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長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

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トップページ > > FF13 > いつか帰るところ

いつか帰るところ(5)

(4) 自分も、そこにいたくなった へ 新都アカデミア AF4XX年  グラビトンコアを全て集めた俺たちを迎えてくれたのは、ホープの笑顔だった。 「セラさんノエルくん、ひょっとして……グラビトンコア、揃ったんですね! これで、新しいコクーンを浮かべることができます! やっぱり、AF400年に来たのは正解だったなぁ……父さん、ライトさんの言う通りだった。ありがとうございます!! 本当に、お二人のおかげです」  代わる代わるセラと俺に握手する。ものすごく力強い。  そして振り返って、いつもより大きな声で、アカデミー本部の研究員に呼びかける。 「皆さん、お仕事ご苦労様です。少しだけ、聞いてください。僕らの探していたグラビトンコアが、ついに今日揃ったのです。……つまり僕らの新しいコクーンは、夢物語じゃなく、現実のものになるんです」  喜びとどよめきが混ざったような歓声が上がる。 「それも全て、ここにいるセラ・ファロンさんとノエル・クライスくんのおかげです。改めて皆さんから、労いの拍手をお願いします!」  沸き起こる、拍手と、笑顔。  お疲れ様! とか。よくやった! とか。ありがとう、とか、そういう言葉が、俺とセラに投げかけられる。  ……やばい。泣きそう。 「本当にありがとうございます。グラビトンコアが揃い、人工コクーンは最終段階に入ります。すべてあなた方のおかげ。本当に感謝しています!」  研究員の一人が近づいてきて、そんな風に言ってくれる。 「みなさんのお役に立てて、私たちも嬉しいです」  セラも嬉しそうな、少し照れた表情をしてる。目が合って、笑い合う。  ……こういうのを見ると、やってよかったなと心から思う。  パラドクスが完全に解消したわけじゃないし、未来もまだ救われてない。まだ、旅は途中。それでもこの感覚、何て言えばいい? ……達成感。 「これからアカデミーは新コクーンの建造、また市民の移住を推進していきます。100年スパンの計画になりますが、また皆さんのご尽力をお願いします」  締めくくりのホープの言葉。研究員は口々に、元気のいい返事を返してくれるけど。……100年?  「えっ、100年?!その前に、今のコクーン崩れちゃったりしない……よね?」  セラがこっそり、不安そうに尋ねる。 「大丈夫です。間に合わせます!」  強い意志を感じる言葉。  ホープならその言葉で十分。間違いなく、間に合わせてくれる。 「本当にグラビトンコアが集められるなんて、さすがね! これでまた、パラドクス解消に近づいたのね」  喜びで沸き上がる雰囲気の中、アリサも、笑顔で近づいてくる。 「うん、ありがとう。アリサ」 「私は何もしてないわ。探してきてって言っただけ。本当、どこにあるかもわからないのに大変だったと思うけど」 「そうだね、少し大変だったけど。ノエルもいてくれたし」  ……そう言われると、照れるんだけどな。まあ、いい。 「そうそう、街に不完全なゲートがあったの、知ってる?」 「不完全なゲート? ああ、あったな」  アカデミー本部に近い場所。はっきりしなくて、ゆらゆらしていて。 「あれがちゃんとしたゲートに戻ったの」 「クポ〜! 結晶が揃って、未来が変わったからクポ?」  モグの言う通りだったクポ、とでも言いたげに、モグが胸を張る。 「かもね! これも、あなたたちのおかげね」  アリサの言葉に、モグも益々上機嫌。ステッキを左右に振る。 「それに、ゲートのそばで、こんなものも見つかったわ」  そして取り出したのは、緑色に輝くオーパーツ。 「あっ、オーパーツ! どの時代の鍵だろう?」 「残念ながら、時空のゆらぎは予測できても、具体的にどの時代と繋がってるかまでは、今のアカデミーの技術でも特定が難しいの」  古いコクーンが落ちて、新しいコクーンが浮かぶ。次の歴史の転換点があるなら、そこかもしれないけど。 「……予言の書で視た、古いコクーンが崩壊する日かもしれない。カイアスが戦ってた」 「決戦が、待ってる?」  決戦、か。 「そうね、頑張りましょうね」  そう言って、アリサがオーパーツを差し出す。 「……ありがと。でも大体、ゲートのそばになんて落ちてるもんなのか? 俺たち、今まで散々探すの苦労したのに」 「ゲートに隠れてたのかしらね。ま、すぐに見つけられたからって羨ましがらないでよ」  ゲートとオーパーツが姿を現した……か。時空のゆらぎのせいで姿を現せない、とモグは言った。でも今まではどのゲートも、最初から現れてたのにな。  ……未確定の未来へのゲートだから?   でも、ホープの強い意志によって、グラビトンコアを集めて新しいコクーンを浮かべるという方向性は固まってたはず。  ……なんで、揺らいでた?  「ノエル?」 「え? ああ……」  セラの声で目の前に引き戻される。……最近頭使いすぎてたし、考え過ぎ、か?   手を差し出す。  ……だけど、アリサが、少しだけ迷ってるように見えたから。 「………なんで?」  そんな言葉が、口をついた。 「なんで、って?」 「アリサ、迷ってる顔してる」 「そう見える?」  アリサは、小さく笑う。 「そうね……いよいよなんだな、と思うわ。今までの研究が形になる。新しいコクーンが浮かぶ。  でも、それとは別の話よ。前言ったでしょ? アカデミーで過ごすことには何の不自由もないけど、誰も知ってる人がいなくて、時々不安になるって。だから二人とは仲良くなって嬉しかったのに、またどこかの時代に行っちゃうんだなって思って。もし一緒にいられたらな、って思ったの」  そう話すアリサの表情が、真剣なものだったから。二人だけで話してる時のアリサを思い出す。  本当はアリサだって、人のことよく気付くし、普段言えないこと言ったっていい、って言ってくれる優しさのある人で。色々文句は言うけど、本当は、人との繋がりを求めてるのかな、とも思う。 「また、会えるだろう? 僕らも未来に向かうんだから」 「そうなの?」  届いたホープの声に振り向くセラ。 「僕らは相変わらずゲートは使えませんけどね。壊れたタイムカプセルを修理するかして、未来に向かいます。ここまで来たら、とことん行くところまで行きますよ。一緒に戦いましょう! 守りたいものは、そこにあるんです」 「……うん! ヴァニラとファング、そしてコクーンだね」 「ライトニングもな」 「ええ、そうですね!」  そうしてオーパーツを受け取ってしまえば、未来を変えているという実感が身体を包む。 「もうすぐ、ホープたちのコクーンが浮かぶ。俺たち今まさに、歴史を変えようとしてるんだな」  感慨深い。何をすればいいのかわからなかったところから、ここまで進んだ。新しいコクーンが浮かべば、古いコクーンが落ちても、人が生きていける。クリスタルの粉塵も有害物質も少なくするようにしてる、ってホープも言ってる。多少の被害があっても、グラン=パルスもまたそのうち人が生きていける土地になるはず。  もう少しでそういう未来になるんだ、ユール。 「でも……」 「どうした?」 「……ノエル、気にならない? もしかして、カイアスにまた邪魔されるんじゃないかな」  セラ、意外に冷静。俺たちがカイアスにやられる未来、視たから? ……忘れてたわけじゃないけど、今この瞬間、カイアスのことは正直考えたくなかった。でも、セラが正解。こめかみを指で回して、考える。 「……そうなんだよな。予言の書には、コクーン墜落と、カイアスの姿が映ってた。新しいコクーンが浮かぶなら、何らかの動きをしていてもおかしくないけど。……今、そんな動きは見えない。  実際アカデミアのシ骸事件を起こしたのは、カイアスの偽物だったよな。本物は、なぜ手を出してこない? セラだって、視たんだろ? 俺たちがカイアスにやられるところ」 「うん。……もしかして、見逃してくれたのかな?」  ……冷静な割に、甘くないか?  「あいつがそんなぬるいこと、するかな……。ユールを守るためって理由なら、そうすると思うけど。そういう奴。俺、そのことでカイアスと喧嘩して……」  そう、喧嘩した。 『……そんなのどうせ、ユールが……』  って俺、言った。でも、ユールが……何だっけ。 『……ヴァルハラへ……ユールを……』  あいつは何て言った? ヴァルハラ……?   あれ?   俺、カイアスと……?  「……あれ? 喧嘩なんかしたっけ?」  記憶が、抜け落ちていく。 「思い出せないんだね、未来のこと」  いや、待て。なんで? たった今まで、思い出せてただろ?  「未来で……何かあったんだ。ユールを守れなくて……一人で世界をさまよって。ヴァルハラに出た時までは確かに、覚えてたのに。たった今まで、覚えてたのに」 「ノエルの記録が消えるって……未来が、変わろうとしてるってこと? 新しいコクーンが、浮かぶから……」  未来が、変わろうとしている……?  「……セラ」  向き直って、セラの肩に手を置く。戸惑うセラ。水色の目を見つめる。……エトロの紋章はそこには浮かんでいない。  大丈夫、か。時は、詠んでない。  でも、だったら何故?   未来が変わる時に、時を詠むんだと思ってた。  でも、未来が変わろうとしていても、視えない時もある?   それとも? そんなこと考えたくないけど。 「未来が変わる時、時詠みの巫女は時を詠む。未来が変わろうとしてるなら、時詠みの力を持ってるセラは、時を詠むはずじゃないか? 同時に、カイアスは制裁を与えに来るはずなんだ。  でも、セラは時を詠んでいない。  それは、未来が変わらないから……? カイアスが来ないのも、見逃したというより、今進んでる歴史は未来を救うことにつながっていない……? 俺たちが、突き進むのを待ってる? ……例えば、罠があって……俺たちがそれに引っかかるのを待ってる……」  考えながら、話す。 「……そんな。だって、グラビトンコアも集めたし、新しいコクーンも浮かぶんだよ?」 「そうだけど。静かすぎるのが、気になるんだ」 「……時詠みの力、持ってなかったとか?」 「違う。エトロの紋章が浮かんでたんだ。俺、見たんだ」  うーん、と首を傾げるセラ。 「……だったら、どんな罠が?」 「……それは……わからない」  罠……? グラビトンコアが? 新しいコクーンが? ホープとアリサがAF500年に向かうのが? 俺たちが次の時代に向かうのが?   そんなこと考えだしたら、キリがない。  だけど急に、怖いと思う。カイアスが何を考えているのか。進む先に何があるのか。 「でも、お姉ちゃんはホープくんに、間違っていないって言ったんでしょ? ユールだって。ホープくんが新しいコクーンを作って打ち上げる、その方向は少なくとも合ってると思うけど……」 「……そうだけど」 「ノエル、私たちなら大丈夫。今までだって、そう進んできたじゃない。だから……今回も、まず進んでみないとわからないんじゃないかな……」  わかってる。確かに今までだってそう言いながら、進んできた。……でも、サンレス水郷でも言っただろ。  後先考えないで、危険に飛び込むようなことはできない。道を間違えたら死ぬかもしれない。未来を変えられないかもしれない。そんなことできない。確実なやり方しないといけない。  俺は、慎重になる。俺はセラの好きなあいつみたいに、楽観的になれない。なんとかなるさって道を切り開く? そんなやり方、してやれない。…… 「……ああ、くそ」 「大丈夫? ノエル……」 「……何でもない!」  もうわからない。……自分が、一番。  その夜、ホープがセラと俺を部屋に招いてくれた。 「グラビトンコアも見つかりましたし、僕もたまには仕事から離れてお二人とお話ししたいですよ」 「それいいね、ホープくん! ね、ノエル、いいよね?」  セラも嬉しそうにしたし、賛成、とは言ったけど。  ごめん。正直に言えば……集中できなかったんだ。冗談めかして何か言うことだけで、精一杯。  目の前のこと……この先に何があるのか、カイアスはどうしてるのか。そんなこと考えて、気を取られてた。  それに。  ホープからは、色々聞いた。ルシになって、ファルシを倒した。仲間がみんないなくなって、焦って、でもちゃんとアカデミーで力をつけてきたこと。ゲートとか、パラドクスとか、たくさん研究したこと。デミ・ファルシ計画が駄目になった時は諦めかけたけど、それでもアカデミーの奴らに協力してもらって、アリサと一緒にタイムカプセルでこの時代まで来たこと。……大雑把に言えばそんな話だけど、たくさん話してくれた。  ホープも諦めずに頑張ってきたんだ、って改めて知ることができて、よかった……と思うけど。  どこか、遠い話を聞いてるみたいで。俺とは違う。……そんな感覚。  セラとホープが、ライトニングがああだとかスノウがこうだとか言い合ってる。……そんな場面にも感じる、疎外感。  気付かれないように、ため息をつく。  ……本当、どうしたんだろうな……俺。こんなこと、なかったのに。  セラとホープが、笑い合って喧嘩して。そんな未来なら十分。……そう思うことができたら。  なのに、セラとホープは違うことを言う。 「笑い合って喧嘩するのは、ノエルだって一緒だよ」 「そうですよ、もちろん」  セラ、違う。ホープも。俺は違う。二人とは違う時代に生きてるから。二人と一緒にいたいけど、でも、いられないから。 「そんな顔しないで。みんな一緒じゃないと、意味がないんだから」  みんな? みんなって……誰だ?   セラとホープが笑い合って喧嘩してる未来は描けても。俺がそこにいる未来像……は、ない。  ……でも、いいんだ。先のことなんて考えても意味がない。今は、どうやって敵を倒すかだけを、考える。いつ誰が、罠をかけようとしてるかわからない。カイアスが敵だって決まったわけじゃないけど、あいつは確実に俺たちを狙ってる。姿を現さなくても、絶対に。  そう、余計なこと考えてる暇はない。俺はカイアスほど、ホープほど強くないから。  カイアスは、何百年と、ユールを守ってきた。誰にも負けないくらいの、強い覚悟で臨んでいる。  ホープは力が強いわけじゃない。そういう強さじゃない。でもきっと、俺よりもずっと強い。葛藤、苦悩、たくさんあったかもしれない。でも、未来を救いたくて。未来を変えて、ライトニングと仲間に会うんだって、信じていて。その気持ちがホープを強くしてる。  ……俺は、どうだ? ただ未来を変えればいい。そう思い切れてる……?   まだ、そうじゃない。  俺は消える、という気持ちと、俺だってそこにいたい、という気持ちと。  ……違うんだ。なんでそんなこと望んだ? 人にあって、自分にないものを羨んで。それが自分にもあればいいって、願う。でも、出過ぎた欲求は、身を滅ぼす。最初から何もなかった。そう思えばいい。  帰るところもないから。今はセラと一緒にいる時間だけ、唯一俺がいていい場所で。でもこれがいつまでも続くわけじゃない。この旅が終われば俺は消えて、セラはスノウのところに戻るから。  嫌だ。……ダメだ、振り切れ。  俺の望みは何だ? みんなが生きてる世界。それだけでいいだろ? それ以上何か望むな、……頼むから。
コロシアム 年代不明  セラが会いたいと思う奴は、どこの時代にも属さない、時の狭間のコロシアムにいた。  戦った後も、サンレス水郷で会った時と何も変わらない表情。……ただ一つ違うのは、奴が、黒いもやに取り付かれていたこと。 「……一緒に来られないの?」  最初に会話の口火を切ったのはセラ。頼りない声で、スノウに問う。 「そりゃまあ、な。悪さはしねえんだ。ただ離してくれないだけでさ」  俯くセラ。そりゃそうだよな。サンレス水郷で離れてから、ようやく会えたんだ。きっと、一緒に旅をしたいんだろう。……また離れてしまえば、次に会うのがいつになるかわからないから。 「俺はここに残る。……必ず戻る、少しだけ待っててくれ」  スノウだって、サンレス水郷の時よりも心なしか優しい声音。だけど。  そんな二人を、見たくない。  その会話を、聞きたくない。  できることなら、ここにいたくない。  今できることは、距離を取って、背中を向けることだけ。セラとスノウの姿を見ないでおく。  だけど、セラの声が、嫌でも耳に入ってくる。 「わかった。でもね、いつまでも帰ってこなかったら……私、待ちきれなくなって……迎えに来るよ」  芯のある声。……セラは、強くなったよな。守られるだけじゃないし、俺を助けてくれる時だってある。  と同時に、やっぱりな、と思う。あんな馬鹿でも、セラはスノウがいいんだ。  だから、なんだ。わかってたことだろ?  「おっ、頼もしいな」  スノウも、そう言ってる。はっきり言わない、だけどスノウなりの理由で戦っていて。セラのことが嫌で婚約保留したわけじゃない。それは……今ならわかる。  何も言わなくていい。そういうやり方。  でも、いいだろ? 恋人に迎えに来るって言ってるんだ。いいことだろ? これで俺が黙っていれば済む話。  なのに何だ、この——。 「よっ、ノエル」  近づいて来てたのに、気付かなかった。油断。 「……挨拶、不要。暑苦しい。離せよ」  わざわざ、肩組むな。力を込めて引き寄せるの、やめろ。 「何だよ、冷たいな。お前だって仲間だろ?」  仲間。こいつのこと、今は認めてるけど。ホープとこいつじゃ、同じ言葉がなんでこうも違うのか。  というか。人が余計なこと言わないようにしてるのに、その努力を無にするな。話したくないんだ。  だけど、放っておいてくれないんだ。こいつは。 「ノエル。おーい、ノエル。無視するなよ、ノエル。仲間だろ? なっ、ノエル」 「……うるさい! 何度も呼ぶな! 身体揺さぶるな!」  ああ何なんだ、こいつは。相手しなきゃ駄目なのか?  「で! ……何。用件は!」 「セラのこと守っててくれて、ありがとな」  そのことか。 「別に。あんたのためじゃないし」 「わかってるさ。お前は、平気か?」  何だよ、何の心配なんだよ。 「心配、不要。何だよ突然。あんたが心配すべきなのは俺じゃない。その黒いのにまとわりつかれたあんた自身と、セラだろ? もう何も話すことないのかよ。俺と話すんじゃなくて、セラと話してればいいだろ。セラはあんたと会いたかったんだから」 「わーってる、わーってる。ったく、ホープみたいな反応しやがって。……でも、今はこれでいいんだ。な、セラ」 「……うん」  ああ、そうだな。あんたの言う通り。  あんたがセラのことをちゃんと考えてて、セラもこんな馬鹿でもあんたがいいって言うなら、俺には何も言うことはない。  悪いのは全部パラドクス。あんたが何も言わずに姿を消したのも、それでセラが悲しんだのも。だからパラドクスが全て解消しさえすれば。あんたとライトニングは戻ってくる。無鉄砲なあんたをセラが支えて、セラは幸せになる。  そうやって二人のこと納得したよな、サンレス水郷でも。今も同じこと。  ……なのに、今更何を言いたいんだ、俺。 「あんたのそういう態度、嫌いだ。あんただって、セラのこと考えて行動してるって、わかる。でも、なんでそんな風に言える? セラだって苦しいとか寂しいとか、あるんだぞ? なんで何年も放っておいて、大した言葉もかけずに、平気でいられる? あんたにだって、何か事情があるのかもしれない。でも、そんな事情とセラの気持ちは別だろ? なんで、セラの気持ちちゃんと聞きもしないで、これでいいなんて決めつけられる? あの時だって、今だって!」  ノエル、って駆け寄る声と足音。 「何だよ? お前だって、聞いただろ? セラは頼もしくなったんだ、大丈夫さ」  頼もしい。そういう面もあるけど、……それが、全部?   アガスティアタワーでデミ・ファルシに殺されるかもしれないって時、生き延びるんだよね、って聞いてきた時だって……セラの表情にあったのは、決意と、後の半分は不安だった。  頼もしいけど、そうじゃない……。 「頼もしいかもしれないけど。もっと他に言うことないのか。セラを少しでも安心させよう、って思わないのか?」  必ず戻る。その言葉が、あんたなりにセラを安心させようって意図なのかもしれない。そうも思うけど。  ……だってあんた、見てないだろ? あんたが消えて、どうして、って落ち込むセラの姿。  確かにその後は気を持ち直してたけど……無理してたんじゃないのか?  「なんで怒ってんだよ。機嫌直せよ、な」 「ノエル。本当にいいの。私は大丈夫だから」  なんで? ……セラも、あの時と同じ。  つっかかってるのは理解してる。でも俺……間違ったこと言ってるなんて思わない。  なのに、あの時も今も、セラが何か言うのは俺の方で。スノウには、何も言わないんだ。  なんで? 俺がセラのこと、わかってないから? セラを見てきた年数が違うから?  「……理解不能。二人に、俺の知らない何がある? 何があれば、そんな風に思える?」 「何って……」  んー、と、考えるスノウ。  そして、ニッと笑って、自信たっぷりに言うんだ。 「愛だろ? ……いってぇ!」 「……もう、いい」  多少手が出たことくらい、大目に見てくれ。  そう。もういい、納得。俺がセラのこと見てたと思うのは、きっと間違い。  セラとスノウは、恋人。俺は、ただの他人。セラとスノウは同じ時代を生きていて、俺は違う時代から来てるから。  俺が違うって思っても、口出しできない。それが二人のやり方。  ……だけど。  自分の形が、曖昧になっていく。  知らない世界で自分を受け止めて形作っていたものが、急になくなって。……落ちていく。
新都アカデミア AF4XX年  コロシアムからアカデミー本部に戻るまでのことは、覚えてない。セラが何か言ってた気はするけど、俺は意味もわからず頷くだけ。アカデミー本部に着いてホープに会うと、そのままセラとモグを置いて一人だけでその場を離れた。アカデミー本部なら、ホープがいるなら、少しくらいセラと離れても……、って。  きっと、少し疲れたんだ。  知らない場所。うまく適応してると思ってたけど、知らない間にきっと疲れが溜まってた。  ずっと戦いっぱなしだし、それに……ずっと、一緒だから。ゆっくり考える暇もなくて。  ……最初はあんなに、一人じゃないことが、嬉しいと思ってたのに。一人だったら、きっとどこかで駄目になってたと思うのに。  いつから俺、そんな贅沢になったんだろうな。何もなかったのに。得るものだって、失うものだって。  背中の柵にもたれかかって、空を見上げる。雲一つない、クリスタルの粉塵もない。澄んだ青空。俺の気持ちとは真逆だな、と苦笑する。  そんな風に思っていると、テンポのいい足音が近づいてきて、俺の横で立ち止まる。見やると、短い金髪。腰に手を当てて、どこか呆れ顔で。 「一人でふらっとどこかに行ったかと思えば……こんなところで何してんのよ」 「……気が向いただけ」  ふうん? とだけ言うと、アリサは俺の隣に座った。 「アカデミーの屋上なんて来たことなかったけど。いい天気ね。いい風も吹いてて」 「……ああ」 「元気ないじゃない」 「……普通」 「また、強がっちゃって。本音は?」  本音……?  「……元気ない……かもしれない」 「上等ね。よくできました!」  アリサの腕が、伸びる。  え、と。少しの抵抗。だけど、意外な程すんなりと、俺の頭はアリサの肩と首の間に収まった。体温が、近い。でも、今は戸惑うよりも……違う感覚。 「本当は膝枕させてあげてもいいけど? 私の生足はあんたには刺激が強すぎるかなって」 「それ……何て答えればいい?」 「何でもいいわよ?」  何でもいい、か。  体重を預けてみる。重い? でも、何も言わない。……どことなく、心の中の疲労と緊張がゆっくりほどける気がする。  アリサは少し、ため息をついて。 「時代がそうさせなかったとはいえ……あんたも本当、難儀な人よね。人のこと考えて、自分が苦しくなって。だけど、自分の苦しさを無視してでも人のためになろうとして。  だけど、自分がそんなに苦しくて、どうするの? あんただって、もっと自分にとっての生きやすさを考えればいいの」  生きやすさ? 生きやすさって……?  「ぴんと来ない? みんなのため、も大事かもしれないけど。それで苦しむより前に、自分がいいと思える暮らしをすること」  苦しいよりも、自分がいいと思える暮らし……?  「……考えたことなかった」 「だと思うけど。自分がどう暮らしたいか、考えればいいじゃない、今からでも」 「この前もアリサにも言われたけど……正直、未来像なんてないんだ。自分がどう暮らすかなんて、わからない。だって、どうなる? どこに帰ればいい? 俺にはもう、帰るところなんてないんだ。……進むしか」 「ここに。アカデミアに……いればいいわ」  当たり前のように、言う。  ……アカデミアにいる?   旅をやめて?   この時代のこの場所で、生活をする?  「このアカデミアってところは、正直、あんたのいた村とは全然違うと思うわよ。人の考え方だって全然違う。誰かの話聞かなかった? アカデミーはコクーンを救うために頑張ってるけど、実際には一部の人だけよ。この時代の人たちは、平和ボケしてるの。コクーンが落ちるって言っても、自分が生きてるうちは大丈夫って思ってる。服が似合うとか飽きたとか正直どうでもいいことしか考えてないわ。それと、人の追っかけだとかね。そんなことして時間の無駄じゃないって思うわよ。  そんな人たちと一緒に暮らしたって、最初は違うって思うかもね。でもだからこそ、あんたがここにいたってとやかく言う人なんていないわ」 「……でも、アリサだって、俺たちが先に進むためにってオーパーツくれただろ?」 「まあ、そうね。でも本当は、あんたが、あんなもの使わずにここにいればいいと思ってる」 「……どうして」 「確かに私は自己中心的な人間だけど。こうして人の心配してたら……おかしい?」  アリサは、いつもよりもずっと優しい声で。 「私、言ったわよね。あんたのこと、誰が考えるのかなって。今私が言わなかったら、誰もあんたに考えることもさせてあげられないわ。  もちろんホープもセラも、どうしてって言うかもね。でも、聞き流せばいい。だって、あんた自身は嬉しいの? ……そんなにあんたが苦しまないといけないの? もっと、自分のこと考えたら? あんたってほんと、他人のこと考えすぎて、自分のこと大切にできないんだから。でも、もっと自分を大切にしていいの」  耳に届くアリサの言葉が、ゆっくりと身体中に広がる。 「色々、やり方はあるわ。あんたに渡したオーパーツは、なくなっちゃったの。タイムカプセルも、一度壊れちゃったら直せなくなったの。  そう言ってここにいれば、普通に暮らせるわ。人がたくさん生きてる中で、平和な生活を送れる。ライトニングやスノウ、カイアスもユールもいないかもしれないけど、少なくともホープと私はこの時代にいられるわよ。それと、セラもね」  俺が、次の時代に行かずに、アカデミアで過ごす。 『カイアスが敵だって、決まったわけじゃないけど』  本当は戦いたくない人とどう戦うなんて考える必要もなくて。 『ひょっとしたら、俺が存在しない歴史になったりしてな』  こんな風に、自分が消えるかもなんて思わなくて。 『自分にないものが、少しだけ、羨ましい』  自分にないものを羨むんじゃなくて、手に入れる。  ユールとカイアスが俺を忘れてても、俺は新しい人生をここで送る……。  ……どんなことになるんだ?  「もしそうなったら……アリサはどういう生活を送る? アカデミーは?」 「んー、そうねえ」  少し、考えて。 「アカデミーの研究は適当に続けてるかもしれないけど。もう少しちゃんと寝て、ちゃんとした生活して。もっと人生を楽しむかな」 「人生を、楽しむ……」 「焦ったり、人を羨んだりとか憎んだり、そんな時間がもったいないことはしない。美味しいもの食べたり、きれいなものを見たり。身近な人と一緒に過ごす時間を大事にするわ」 「身近な人と一緒に過ごす、か。それ、いいな」 「もしそれが実現するなら、嘘つきアリサはやめるわ。今度こそ、もっと素直な私になるわよ。ホープにもね」 「……画期的」 「ちょっと。馬鹿にしてんの?」 「いい意味。でも、まだ想像できない。文句ばっかり言ってるんじゃないのか?」 「かもね。今まで溜め込んでた分、全部発散させちゃうかもね。でも、文句だけとは限らないじゃない?」  文句だけじゃない、か。 「ああ、そうだな。……それも、楽しそうだな」 「でしょ? あんたも同じよ。溜め込まないで、もうちょっと、色々言えるようになるかもね」  そっか、と返す。  そんなアリサの言葉に混じって、俺を引き戻す言葉。 『お前にしか、できないからだ』  ……わかってるよ、ライトニング。  苦しいから何だ、甘えるな。きっとあんたならそうやって俺を叱咤するんだろうな。チャンスをもらっただろう? って。セラを導いてくれって言っただろう? って。 『時を守ってほしい。……あなたたちなら、正しい時を導ける』  わかってるよ、ユール。時を変えなくていいって言い続けたユールが、あの時ようやくそう言ってくれたのに……、それを忘れたフリなんて、できない。村の奴らを俺が忘れて、どうするんだ。 『変えようよ、ノエル。一緒に未来を変えよう』 『変えましょう! 未来を』  誰も信じてくれなかったのに、俺を信じてくれたから。一緒に進もうとしてくれたから。  ……結局俺は、そういうやり方しかできない。 「本当、ありがと……アリサ」  姿勢を戻して、アリサに向き直る。アリサは、微笑んだまま俺を見上げてる。 「俺にしか、できない。信じてくれた人を、裏切れない。目標は……変えられない。俺がこの世界に存在する理由が、なくなる。諦めたら、後悔する」  一つ一つ、言葉にしていく。すらすらなんて出てこない。むしろ、苦しくて。  アリサは、顔色一つ変えない。俺の答えがわかってたとでも言いたそうに。 「人のことばかり信じて。裏切られても、いいの?」 「……そうだけど」 「次はもう、私なんていないかもしれないわよ。それでも?」 「それは嫌だけど。俺、AF500年のアカデミアで、またアリサに会いたい」  それは、素直な気持ち。 「……ほんと、馬鹿ね」 「……俺は」  今までのこと、思い出す。アリサとは、ビルジ遺跡で最初に会って、ヤシャス山で2回会って、そしてこのアカデミアでまた再会して。 「アリサのこと、最初わかってなかった。嘘付くの得意ですから、って初めて会った時言ってたよな? だから、どんな奴か正直よくわからなかった。  でも、今は違う。アリサのこと、知ることができて、嬉しい。アリサはすごく、色々考えてて。……その、人のこと悪く言ったりすることもあるけど、それだって、その人のことよく見てるからだし、正直に言ってるだけで。  俺、自分のこと言うの苦手だけど……アリサは辛いことがあるって、言わなくてもわかってくれて。言われて初めて、無理してたって、わかった。言ってくれなかったら、苦しいこともわからないままで、疲れて空回りだけしてた。  ……今は別の道を行くかもしれないけど、AF500年でまた会いたい」  アリサは一度目を伏せて、小さくため息。そして、笑う。 「……あんたって本当に、馬鹿な人」 「……馬鹿馬鹿って」 「誉めてるのよ? 半分はね」 「後の半分は?」 「まじ馬鹿だな〜こいつ、って思ってるわ。うふふ」 「……いいけど」  アリサは、ひとしきり笑って。そして、真顔になる。 「私はね。私の世の中の見方、間違ってたんだなって思ったわ。  本音がどうだって、適当に楽しいこと言って人と付き合っていればいいって思ってた。そうすればみんな笑って、楽しい時間を過ごせるんだと思ってた。あんたからしたらそれこそ馬鹿みたいでしょうけど。本当にそれでいいと思ってたのよ。  でもあんたはそういう人じゃなかった。全部じゃなくても、人にここまで本音で話すなんて思ってなかった。ホープのこともセラのことも散々言ったし、あんたのことだって遠慮なく言ってたわよね。でもあんたってほんと変な人で。正直に言ってくれた方がわかりやすいとか、ちゃんと理解できるとか言っちゃって……いくら言っても、私のそういうところを受け入れた上で、接してくれて。……嬉しかったわ。こんな風に本音を言った方が人と付き合えるだなんて、昔の私は思ってなかった。  ホープのことも、あんたの言う通りで。仕事上の付き合いを適当にしていればいいと思ってたのに、本音はそうじゃなかったって気付いた。そうね、人として見てほしかった。  ……でも、本当は私のせいなのよね。私が適当に付き合うってことは、ホープだって私と距離を置いて適当に付き合うってことで。私が気持ちを隠して、本音で付き合おうとしなかったから、悪かったのよね」 「……そう、か」 「だから本当はあんたみたいに、自分からちゃんと本音で接していればよかった、って思うわ。もう遅いけど」 「遅くない、だろ?」  遅いわよ、と言って、アリサは空を見上げる。 「たまに思うの。自分の望む未来が来たとして、そこに何があるのかなって。今までは、そこで新しい自分になるんだと思ってた。だけど、そこには何もないのかもしれない。私はいる。でも、誰もいないの。……それって、寂しいわよね。  今まで考えたことなかったけど。年取ってふっと立ち止まってあんた見てると、少しは考えるわ。あんたみたいな人と一緒にいれば、また違う人生があったかな、なんてね」  小さく、笑う。 「だから、あんたともう少し一緒に過ごしてみたいと思ったの。あんたが次の時代に行かなくて、今の時代で自分のこと考えられるなら、それを助けたいとも思った。こんな自己中心的な私が、何の気まぐれって思うでしょ? ……嘘だって思う?」  そう言われると、首を振るしかない。 「……全然」 「ふふ、ありがと。ほーんと、こんな嘘つきの私でもたまには嘘つかなくて。あんたみたいに自分が正直者って思ってる人が嘘付くんだから、あんたもちょっとは人の言葉の裏を考えた方がいいわよ?」  俺を指差して、笑う。いつものいたずらっぽい笑顔で。 「……それは、苦手分野」 「例えばセラだって、本音言ってないわよ」 「えっ?」  セラが、本音言ってない? いつ?  「ふふ、知らないけどね〜。自分で確かめれば? ……じゃ私、もう行くわ」  そうやって、立ち上がるから。 「あ、……アリサ」  同じように立ち上がって、思わず、腕を掴む。 「……何?」  ……引き止めてどうする?   でも、何か……。  何だ、この感じ。嫌だ。 「見捨てる?」  え?  「俺を、置いていく?」  ……今の、俺の言葉?  「もうこんな風に話さない? 嫌だ、そういうの……また、一人になる」  でもアリサは、少しだけ笑って。 「そうよね……見捨てられた者同士仲良くしましょって言ったのは、私なのにね。……でも、置いていくのはあんたでしょ?」 「……え」 「あんただって、私のこと選ばないでしょ? セラと一緒に、次の時代に行くんでしょ?」 「そう……かもしれない……けど」  選んでる? 選んでない? セラを? アリサを?   そうじゃなくて、でもだったら俺は……何を言いたい?  「選んでるつもり、ない? 確かにあんたの場合は、ちゃんと十分な選択肢も与えられなくて。好むと好まざるとに関わらず、半分は選ばされてるわよね。  でもね。それでも選んでるのよ、一つ一つ。選ぶも選ばないも、ちゃんと自分で」  アリサはゆっくりと、俺に向き直る。 「ほんとにもう。せっかく私が、この時代にいればいいって言ってやったのに。なのに選ばないんだから。ほんと馬鹿だわ! ……でもそれも、選ばないことを選んだってことよ?   でも、いいの。選んでること、自信持ちなさい。誰かが決めた滅びの運命を選ばされるのが嫌だから、こうして頑張ってるんでしょ? 私だってずっと、そうやってきたわ。自分がいいと思うことをやってきた。……正解も、今後どうなるかだって、わからないけど……。でも、誰かの決めたことに従うなんてまっぴら。自分のことは自分で決める。そうでしょ?」 「……そうだけど」 「誰かが決めた人生を選ばされるんじゃなくて、自分が人生を選んで作っていくの。それって、大事なことよ。あんたは自分が苦しくても、諦めないで前に進んでいくことを選んだ。それで、いいの」  そう言って、首を傾けて、笑って。  身を翻して離れようとする腕を、捕まえておくことができない。 「あ、そうそう、忘れてたわ。お別れの挨拶」 「え、と……」  また、アリサが近づいて。その腕が、俺の首に回る。  温かくて柔らかいものが触れたと思ったのは、この前みたいに頬じゃなくて……唇で。  少しして、そっと離れると、アリサは上目遣いに笑う。 「ふふ、思ったより平然としてるのね。そういうの、慣れてないと思ってた。したことなくても、かわいいなって思ってたんだけど」 「そ、その………なんだ」 「うふふ、まあいいわ。お別れの挨拶。それと、お礼よ。ありがとう」  ……何だ、これ。  平然?   全然違う。……極度の、混乱。  アリサがいなくなって暫く床でごろごろした後、空を照らす光が淡くなってきたことに気付く。何とか起き上がって、身体を引きずってエレベータまでたどり着き、降りる。  いつもの場所に戻ると、セラがいない。……呆れすぎて、置いていかれた? 自分がふらふらしてたせいなのに、一気に不安。 「ノエルくんの姿が見えなかったのと、僕も少し手が離せなくなったので、セラさんには来客用の部屋でお休みいただいています。今日は遅いですし、休んでいってくださいね」  と、ホープはにこやかに言った。  一旦、安心。だけど……  こんな状態で、どうすればいい? 暗澹、混沌。落ち着け、俺。……落ち着くわけない。  アカデミーの人に案内されたものの、部屋に入れない。会いたくない。今会えない。というか、会わない方がいい。  扉に頭を付けて、それでも自分の気持ちをまとめようとする、と。 「……っ!」  アカデミアはそういう場所ってわかってたはずなのに。……扉が勢いよく横に開いて、身体が思わず前のめる。 「ノエル?!」  少し先から、セラの声。立ち上がって、俺を見てる。 「やっぱり、ノエルクポ〜!」  扉のすぐ近くにいたのは、モグ。くそ、お前が開けたのかよ。当たったクポって喜んでるけど。モグ、俺は嬉しくない。心の準備、できてない。もっと時間がほしかった。  でもそんなこと言っても、仕方なくて。 「ご、ごめん! うろうろしてた……」  何となく、ばあちゃんに怒られて言い訳してる時を思い出す。 「その……色々と……」 「色々クポ」 「そう! 色々!」 「……ノエル」 「な! 何? セラ」  セラに声をかけられて、思わず緊張する。 「……熱でもある? 顔、赤いよ」  赤い? もしそうなら……違う、完全に。 「ない! 平気」 「でも、フラフラしてるクポ?」  余計なこと言うな、モグ。 「そうだよね。……やっぱ、熱あるんじゃないかな」 「違うから。ほんと、大丈夫!」  そう言うのに、セラが近づいてきて。 「じっとしてて」  その手が伸びて、額に触れる。ひんやりしてる。動けない。 「やっぱり、熱いよ?」 「大丈夫だから。俺、元々体温高いし」 「だめ。私に休むのも仕事のうちって言ったの、ノエルだよ? 休める時に休んでおかないと、いざって時に力が出ないんだって。次のゲートを通ったらこんな風に休める場所ないかもしれないし、アカデミアにいるうちに治しておこ? ね?」  なんでそんなまともなこと言ったんだ。いやあの時はセラが心配だったからで。 「いい。ほんとに」 「もう、ノエルも頑張り屋さんなんだから。大人しく介抱されてよ」  その後は、もう有無を言わさぬ空気で靴を脱がされ、剣を降ろされ、寝かせられ、毛布をかけられ。……ふわっとした感覚。 「着替えはすぐ借りてくるから」 「い、いいよ。そこまでしなくて。セラも疲れてるだろ? 俺、大人しく寝てるから。これで十分」  渋々、セラが横の椅子に座る。モグが、クポクポ〜って飛んでるけど。  ……落ち着かない。こんなつもりじゃなかったんだけどな。  はあ、とため息が漏れる。  ……今のは俺じゃなくて、セラ?  「……どこか行っちゃったかと思った」  見ると、セラは心もとない表情で。胸元で両手を握って。 「どこか、って?」 「私の知らないどこか、かな」 「……そんなこと、あるわけないだろ。帰るところないんだし」  俺から見たらセラは、いくら頼もしくなってたって、こうやって、不安な表情を見せることもあるのに。  どうしてもセラやスノウが言うようには、思えないのに。 「アガスティアタワーで、デュプリケートのアリサに会ったよね。その時ノエルが言ってた。覚えてないかもしれないけど」 「……何だっけ」 「"心"は女神が人間だけにくれた贈り物なんだって。人が矛盾した存在で、道を誤るのも、また立ち上がれるのも」 「そうだっけな……」 「そうだよ。元気なくても、何でもないって言って。自分だって同じくせに、人には眉間に皺寄せるなって言って。ふらふらしてるのに、大丈夫って言い張って。本当、矛盾だらけ」 「……聞いたことある話」 「でしょ? だから……止まりたいなら止まりたいって、言って」  ……普段なら、何でもない言葉。  セラがきっと、俺のこと考えてくれて、そんな風に言ってくれて。  ありがたいと思っても、とやかく言うものじゃない。  なのに。今は何故か、素直に心の中に入ってこない。 「俺なら、大丈夫だから。そんなこと、ないから」  どこかぶっきらぼうに、返してしまう。  さっきも、アリサとそう話したんだ。苦しくても、前に進むんでしょうって。止まることなんて、しないから。 「……あるかもしれないじゃない。少しだけ立ち止まりたくなる時も。前に進みたくなくなる時だって。仕方なく進んでるかもしれないじゃない」 「なんで? そんな風に、見えてる?」  思わず、語気が荒くなる。  そんな半端な覚悟じゃない。変えた未来で俺を待ってるものが何もなくたって、それでも進むって思ってるのに。 「正直……心外」  違うってわかってる。セラは、そんなつもりじゃない。俺だって、そこまで言う必要ない。 「……そういう意味じゃないよ」 「じゃあ、何? ……セラの言うこと、わからない」  俺もわからない。でも、セラもわからない。  頼もしいセラ。心もとなさそうなセラ。  どれも正しくて、どれも違う気がしてくる。  ……そして、こういう時に限って、アリサとの会話がまた浮かぶんだ。 『セラだって、本音言ってないわよ』  もしも、アリサが正しいとしたら?   セラの本音って……何?   どれが嘘? どれが、本当? ますます、わからなくなる。 『自分で確かめれば?』  ……自分で確かめる?   何を、どうやって? わからない。  いや、俺はもう知ってる。  セラの本音は……。 「ごめん。俺、大丈夫だから」  手の甲を、両目の上に置く。人工の光も、セラの視線も遮るように。 「……でも」  違う。こんなのただの……。 「俺の心配、しなきゃいい。セラはスノウのことだけ、考えてればいいだろ」  ……何言ってんだ、俺。  息が止まりそうな、沈黙。  身動きすら、できない。  少しして、ようやくセラが口を開いて。 「……そうだね。私が、そうしたんだもんね……」  小さい声で呟いて。立ち上がる、かすかな音。 「だけど……ノエルが、言ってほしくないこと言ったの、……これで二回目」  少しずつ足音が遠のいて、シュッと扉が開く音。セラの気配が消える。 「……ノエル、」 「モグの言いたいこと、わかるから。……ほっといてくれ」  クポ、と小さい返事。……暫くして、また扉が開く音。 「やっぱり、言わずには立ち去れないクポ。やっぱり馬鹿クポ!」 「……うるさい」  そうして、モグも部屋からいなくなって。  しん、とする。どこからか小さな機械音が聞こえるけど、耳に届くのはそれだけ。  一人……だな。  最後の一人になって歩いてた時と比べ物にならないけど。それでも、人が生きてる時代でもこんな風に"一人"を感じることも……あるんだな。誰もいない。そこにいるのに、一緒じゃない。  ……でも、元々こうあるはずだったんだ。  みんな死んで、カイアスもいなくなって、ユールも死んで。たまたまライトニングがセラを任せてくれたから一人じゃなかっただけで、本当は、一人で未来を変えてるはずだった。誰かと一緒にいるって、思ってなかった。  だから、悲しくないんだ。セラが俺を置いていったって。最初から、出会ってなかった。ユールもカイアスもそう。ライトニングも、ホープもアリサも。誰とも。出会っていなければ。出会わなければ、……こんな風になんて。  それから、どれくらい時間が経ったのかわからない。起きて同じことを何度も考えていたような、それとも疲れてうたた寝したような、そんな曖昧な意識。  また扉が開く音がして、反射的に、起き上がる。  でも、そこにいたのはセラじゃなくて。 「……驚いた。セラが戻って来たのかと」 「セラさんじゃなくて、すみません」  穏やかに笑いながら、ホープが歩いてくる。 「そうじゃないけど。……ホープも、手が離せないって言ってたから」 「幸か不幸か最高顧問なんて立場ですからね。必要であれば誰かにお願いして、時間を融通するくらいできますよ。今日はノエルくんが体調を崩されたとのことで、セラさんの代わりに馳せ参じました」 「体調なんて……崩してない」 「あれ、まさかの仮病ですか? 着替えとか色々持ってきたんですが」 「セラが、大げさなんだ。少しふらついただけで、大人しく介抱されろっていうから」 「はは、心配されてるじゃないですか」 「……必要なかった」 「ノエルくんのそういうところ、ライトさんを思い出すんですよね。僕にとっては」  そう言ってテーブルの上に赤いものをいくつか置いて、さっきまでセラが座ってた椅子に座る。 「それ……何?」 「りんごです。普段も食べるものですが、疲労や風邪に効くんですよ」  そう言って、ナイフで器用に皮を剥く。赤い皮が剥がれていって、薄黄色の実が見えてくる。いくつかに分けて、どうぞ、と差し出してくれる。 「……おいしい」  甘い。でも、この前アリサと一緒に飲んだ飲み物よりもずっとすっきりしてて、穏やかで優しい甘さ。 「でしょう? 僕の母さんもこうやってくれて。風邪なんだから嬉しく思っちゃいけないかもしれませんが、嬉しかったんですよね」  母さん、か。最初はホープも、母さんと会いたいから過去を変えようとしたって言ってたっけ。……きっと、優しい人だったんだろうな。  もう大丈夫、って言うまで、ホープはりんごを剥いてくれた。何となく、身体がほぐれる気分。  ホープは相変わらず微笑んでる。  ……だから少し、話してみたくなった。 「……なあ」 「どうしました?」 「……ホープも、迷った? んだよな……」  そんなの、この前聞いたから知ってる。なのにそんなこと、改めて聞きたい? ……そうじゃないけど。 「もちろんそうですよ。お話したでしょう? アリサには迷いないって言われますけど、自分の中では迷ってばかりで。27歳になって、今はもう迷わないって言えますけど」 「そんな時間、ない。27歳にならないと、駄目なのか? 今すぐにでも、迷わなくなれないのか? どうすれば、ホープみたいに強くなれる?」 「……迷っているんですか?」  そう改めて聞かれると……すぐに答えが出てこない。……俺、何が言いたいんだ。 「……不明。迷ってるのか迷ってないのか、迷ってるなら何に迷ってるのか。  色々な時代に行って、色々考えたから……かな。みんなのために未来を変えるって決めてるはずなのに、ぐちゃぐちゃして」  困った表情をするかと思ったけど、ホープは肯定も否定もしない。静かに、俺の次の言葉を待つだけ。 「……ホープは、カイアスとの決戦のために準備してるって言ったけど。  俺……カイアスと戦いたいわけじゃない。一緒に暮らしてた奴なんだ。戦うことになったとしても、どうやって倒すか正直まだわからない」  いつも、勝てなかった。ヲルバ郷でも、ユールがいなかったら殺されてたかもしれない。 「変えた世界が必ずしも幸せじゃないかもしれない。シ骸に溢れたアカデミアみたいに。世界が救われたからって、それで終わりじゃない……」  だけどホープは、何言ってるんですか、とも言わない。ホープだって、危険を冒して400年の時間を超えてきたんだ。カイアスを倒すことも、未来を変えることも、当然ずっと考えてるはずだけど。 「でも……」  それだけじゃない。そんなことじゃない。もっと根本的な気持ち。  その下にあるもの、形がないけど今そこにある感情。……何が言いたい?  「……その」  みんな、死んだ。俺は、みんなのために未来を変えたくて。  でも、ユールだって、カイアスだって、俺を忘れてたんだ。喜んでほしかったのに。未来を変えたら、一緒に暮らしたいって思ってたのに。……俺の入る隙なんて、なくて。 「……えっと」  ホープとアリサと一緒に、協力し合って未来を変えてるって思うことだって、嬉しかったのに。  アリサだって、俺のことわかってくれるって思ったのに。なんで? 選ぶとか選ばないとか。それで、俺を置いてく? ……どうして?  「……なんだろ……」  セラは?   わかり合ってる気がしてた。一緒に旅をして、たくさん助けられて。隣を歩いてることが嬉しくて。でも、それを当然のように思ってから、おかしくなった。疲れて、苛立って、怒って、……ひどい自分、見せてる。 「……」  俺は最後の人間で。何もないから、何も望まないから。だから何でもできるし、強くなるはずじゃなかったのか?   最初から何もなかった。羨んだり、望んだりしなければ。出会わなければ。  ……違うんだ。本当はそんな風に、全部否定したいわけじゃない。 「俺……」  ……そんなこと、ホープに言ったって。  だけど、そこにある感情が、言葉にされることを望む。  喉の奥から、締め付けられるような。 「…………、寂しいんだ」  自分がそこにいないことが、こんなに苦しいなんて前は思ってなくて。  俺が存在しない歴史になっても、みんなが幸せならそれでいいって思ってたのに。  ただ悲しくて、苦しい。  目も鼻も痛くて。目尻が湿る感覚。慌てて指で押さえる。深く、息を吐き出す。 「……ごめん、ほんと」  アリサのこと、セラのこと、色々ありすぎて、きっと感傷的になりすぎた。  駄目だ、こんな自分。強くなりたいのに。ホープと肩を並べられるくらいに。カイアスに……勝てるくらいに。  ホープも見てる。きっと困ってる。……俺が、落ち着かないと。 「……こんなこと言って、困らせるつもりなかった。忘れてほしい」  何とかそう言ったのに、ホープは逆に微笑みを浮かべる。 「困りませんよ、全然」 「……困るだろ?」 「そんなに心の狭い人間だと思ってました?」  そう言われると、首を振る。 「……僕が14歳だった頃。肉体的にはもちろん、精神的にも子供でした。怒って、焦って、それを態度にも言葉にも出して、人にぶつけて。でも、そんな僕を全部受け入れてくれてた人達がいたんです。その人達のおかげで、今僕は生きていて。感謝してもし足りないくらい、助けられましたから。  その人達の心の強さには全く至ってませんが、それでも僕も、人に対してそういう接し方ができる人でありたいと思ってるんですよ」  懐かしそうに、すごく優しい目をする。 「……ルシの仲間?」 「そうです。あの時は僕もまだ14歳だったから、みんな優しかったのかもしれませんが。  ノエルくんだって、過酷な時代を生きてきて、優しいなんて言ってられなかったかもしれません。でも本当はそういう心配されるべきなんですよ。まだ18歳なんですから」 「……もう18、だぞ。俺の時代じゃ、とっくに大人」 「すみません。年は関係なかったですね。ノエルくんは、大人だと思っていますよ。僕が勝手に心配してるだけです」 「……心配」  使い慣れない単語。あの時代で、心配し合ってなかったわけじゃない。でも、わざわざ言うものでもなかった。……だって、言ったって。 「ホープもそうだけど……誰も俺のこと心配してないと思ってた」 「そんな考えじゃ、寂しいに決まってますよ」 「その……ごめん。心配させないようにできてると思ってた。みんなが俺のことで余計な気を使わなくて済むように、強く振る舞えてると思ってた」  ……そりゃ、気付かない間にたまには零したかもしれないけど、それでも。  でも、ホープはわざとらしいくらい大きなため息をつく。 「ああ、残念だな。せっかくあんな恥ずかしい話したのに、ノエルくんには全然伝わってなかったってことですよね。確かにあの時はセラさんもいたし、はっきりとは言わなかったですけど」  あの話? 伝わってない? ……何だっけ。集中してなかったから? 俺と違うと思いすぎて、何か聞き逃してた?  「僕だって、自分が悩んだことを人に話すのは勇気の要ることだったんですよ。でも、ノエルくんに言いたいなと思ったんです。自分の経験が、多少なりとも役立つならと思って。それが話をした動機ですよ。じゃなきゃ、あんなに言わなかったですよ」 「……なんで」 「ノエルくんが苦しそうだったから、ですよ」  ……なんで、みんなそう言うんだ。 「ノエルくんは、すごく辛い経験をされてきた。僕にはその全てを知ることはできないし、想像すら追いつきません。  でも、気付かないわけないじゃないですか……? 少し考えれば、すぐ思い至ります。苦しいとか、悲しいとか、あるに決まってるじゃないですか? ノエルくんにはそれを出さずに人を励ませる強さがあるからこそ、そこにあるのに、自分でも見えにくくなってるんだと思うんです。  でも、いいんですよ。弱さを見せたって。見せたからって、強さはなくなりません」  ……正直、ぴんと来ない。 「じゃあ……ホープは、例えばライトニングに、何でも言える? 弱いところも?」 「何でも……というと、違う気がしますが。そもそも、話す機会も限られてますから」  そう言って、残念そうな顔をして。 「僕も、大変って思う気持ちがあっても、立場上表には出せないですよ。そつなく振る舞おうとしてましたし、それが癖になってるかもしれません。  でも、この前ライトさんと夢で会った時に実感したんです。ライトさんは、昔の僕にとっても、今の僕にとっても、安心して等身大の自分を出せる相手なんです。取り繕わないでいい、そんな相手なんです。夢の中でまで自分勝手に泣いて、喚いて、振り返ってみれば、あぁ27歳になった今ならもっと大人っぽく振る舞えたはずなのにな、って思ったりもしますよ。でも、実際にはそんなこと関係なくて。大人っぽくでも子供っぽくでもいいか、って、そう思えるんです。だから、自然体で自分の力を出せる、って思うんです」 「取り繕わない……か」 「ノエルくんも、そういう人、いるでしょう?」  その問いで一番に思い出したのは、穏やかな微笑みをくれたばあちゃん。その膝の上にいるのが好きだったな、と思う。いつも、優しい声で諭してくれて。ヤーニが帰ってこなかった時だって、俺のせいだって責めるのを、宥めてくれた。 「いたとしたら、ばあさんくらい。だけど……俺は、ユールにもカイアスにも、言わなかったな。友達にも。セラにだって……言ってない」  アリサの顔も思い出したけど。……わかってくれたのに、結局うまく言えてないままで。 「基本的に、こんなの言いたくないんだ。俺は……強くないといけない」  そうだ。強くなって、みんなを守らなきゃ。 『……どうして女神エトロは、私たちを救ってくれないの……』  最近じゃ思い出さなくなってた、村の奴らの言葉が浮かぶ。 『……もう女神でさえも、どうすることもできない世界になってしまったんだ……』  みんな俯いてる。人生に希望なんて、持ってない。誰も未来、信じてない。 『……もう、限界だろう。時詠みの一族ももう、終わりだ』  違う、そうじゃない。俺たちは、未来を変えなきゃいけないんだ。 『……ダメだ! 女神エトロは、絶対に諦めない者に扉を開く。そう教えてくれたのは、みんなだろう?』  俺が言わなきゃ、誰が言う?  『ノエル。お前はまだ若いから、そう言えるんだ』  俺だって、不安。だって、人がひとりずつ、死んでいくんだぞ……? いつ誰がいなくなるのか……そんなことばかり考えて。  だけど、ここで不安を見せたらどうなる?   誰も未来を信じる人がいなくなる。——だから、俺は。 「強くあることの、何が悪い? 苦しさとか寂しさを外に出して、何になる? ホープだって、わかってるだろ? これは戦いなんだ。力がなければ……強さがなければ、生き残れない。敵を倒せない。カイアスと戦えない。未来を、セラを……守れない。  俺はずっとそうやってきた。みんな余裕ない。俺が諦めたら、みんなが諦める。弱さなんて見せられない。だから!」  そこまで言葉を吐き出して、止まる。……ホープの悲しそうな表情。 「迷いや苦しさを覆い隠したら、本当の強さが手に入るのでしょうか……? そうなってないから、ノエルくんだって、寂しいって僕に言ったんじゃないですか……?」  ……言葉が、詰まる。いつの間にか身体が前に出ていたことに気付いて、元に戻す。 「さっきのは……事故。意図してなかった」 「事故、ですか」 「ホープは……特別。男だし、強いし、話聞いてくれたから」 「それは、光栄ですね」  そう言って、また微笑む。 「事故でも、いいですよ。できればそれを言ってあげてください、セラさんにも」 「セラに……」 「セラさん、心配していますよ」 「……心配なんか」 「してないとでも?」  首を振る。 「ノエルくんと接する時間が限られている僕でさえ、こうなんです。セラさんはもっと長く一緒にいるわけですから、もっと感覚的にも、ノエルくんの辛さを知っていますよ。本当は、そういうことをもっと言ってほしいし、力になりたいんだと思いますよ」  ……私じゃノエルの力になれないよね、とか、止まりたいなら止まりたいって言って、って言った時は、そういう気持ち?  「でも、一つだけ。ノエルくんがその心の内を僕にもセラさんにも見せなかったとしても……それでもいいんです。別に僕らは、無理に言ってほしいわけじゃないですから。  ただ、わかっていてほしいんです。僕もセラさんも、ノエルくんを、気にかけてますよ。少ししか会ってないかもしれませんが、ライトさんだって。みんな、心配していますよ」 「……」 「僕らがノエルくんの立場を全て理解できるかというと、そうじゃないと思います。弱さを見せるに足る人間ではないかもしれません。ですが、だからといって一人でいるんじゃないってわかってください。この前の話は本当は、ノエルくんにそれを伝えたかったんです。僕らはいつでも、ノエルくんのことを大切に思ってますよ」 「……うん」  ホープの言葉が染み込むように入ってきて、今は、自然と頷かされる。そんな感覚。 「だから、セラさんともケンカしたなら早く仲直りしてください」 「うん……」 「ケンカ別れなんて、絶対に嫌でしょう?」  ヤーニを思い出す。もう、あんなことにはなりたくない。 「うん」 「セラさんのこと、大切でしょう?」 「うん」 「だったら、ちゃんと言わないと」 「……うん」  ホープの声は、柔らかくて、優しい。 「僕の父さんも、人のことを考える前に自分を大事にって言ってくれました。ノエルくんも、人のことをまず考えてしまうでしょう? でも、こうしたいっていう自分の望みを大切にしていいんですよ」 「自分の望み……」  って言ってもな。望んでもいい、と急に言われても、何をどこまで望めばいいのか。 「何それ、って顔してますね。例えばノエルくんは、未来が変わったら、自分が消えるかも……って、思ってます?」 「……図星」 「本当、寂しい考えですね」  そんな、呆れたような悲しそうな顔するなよ。俺がおかしい?  「仕方ないだろ。未来が変わったら、その未来から来た俺は消える」 「諦めてるんですか? それを運命だと思って、受け入れるんですか?」  ……諦める? 受け入れる?   俺の嫌いな言葉だったのに?  「………、そうじゃ、ない」 「だったら、諦めずに進みましょう。歴史が壊れてるんだとしたら、それが戻る時に何が起こるかなんて、誰にもわからないんですから。自分の気持ちを大事にして、自分の望む未来を創る。それでいいんです」  最後には、アリサと同じことを言う。 「……最後まで意思を失わず、自分で正しい道を見つけた者だけが、未来を変える資格がある……ってこと?」 「ええ、その通りですよ。ノエルくんもわかってるじゃないですか?」 「ライトニング流だからな。忘れたらいろんな意味で後が大変そうだ」  そうやって笑い合うと、心の中が動いていくような感覚。 「その……ありがと」  話したからって、何か解決したわけでも、自分の考えがすぐに変えられるわけでもないけど。  それでも……何だろう。  余計なものが、剥がれ落ちていく。ざわついてた音が、落ち着いていく。ふらついてた心が、真ん中に戻っていく。 「俺……、ホープのこと好きだ」 「はは、僕もです」 「……ホープがいてくれてよかった」  ホープが笑顔で部屋を去って、息を大きく吐き出して、また寝転んで。  何だろう。  ホープが言うこと、すぐに全部信じ切ることができなくても。  一旦、一からやり直したい。少しだけ自分を、最初の場所に戻せたら。  ……最初。俺がいた村?   そこまで、戻らなくていい。  そこにあったのは、青い海。  レブロの作ってくれた料理。初めての味、って思う程美味しくて。  初めて見る、朝焼け。光の色が刻々と変わって、雲や、空や、家や、海や、木々の色を変えていく様子に……見とれた。  ばあちゃんが見たがってた海に入った。波に浮かんで、ゆらゆら揺れて、気持ちよくて。子供たちに、水かけられたな。そんなことも、楽しくて。  ノラの奴らが、セラを自分のことのように心配して俺を警戒してたことも、……手強くも、同時に微笑ましく思った。  セラが、宿題ちゃんとやった? って子供たちを叱ってて。チビシイ、って言いながら子供たちは逃げるけど。  だけど、セラが、みんなが、楽しそうに笑うんだ。  苦しいこともあるかもしれない、でも、みんな生きてて、明日を見ながら暮らしてる。  ……どうってことない、って言う?   でも俺にとっては、初めて目にするもの。その一つ一つが、大切に思えて。  こいつらのために、絶対に未来を変えるんだって思ったんだ。  そこまで至って。  自然に起き上がって、靴を履いて、剣を持って。部屋を出ようとする。 「あ、あれ……」  ……扉が開かない。そういえば、開け方知らない。扉に何もついてないし、引っ張っても押しても開かない。  入る時もモグが開けたしな。セラとホープが出入りするのも、ちゃんと見てない。  これも機械だからか? ……ホープ、機械って本当に……面倒。  どうする。そんな風に呆然としていると、扉の向こうに誰かいる気配がして、急に扉が開いて。 「きゃっ! ……ノ、ノエル?」  もう随分と聞き慣れた声。 「ご、ごめん」 「びっくりした! そんなところにいるなんて思わなくて」  それは、こっちだって同じ。心臓がバクバクいってる。 「な、治ったの? どこか行くの?」 「あ、えっと、その……」  想定外だからって、落ち着け、俺。でも、セラもどこか慌ててる。 「な、なに? ……あ! お腹鳴ったとか?」 「……りんご、食べたし」 「じゃあ、モグを投げたくなった?!」 「クポ?!」 「そうなんだよな。って、おいおい」 「さっすがノエル! トレジャー見つけたんだよね? どこどこ?!」 「……そうじゃない」  離れようとするセラの手を思わず取って、止める。 「宝物なら……ここにあるから」  俺の顔色を伺うようなセラ。……態度こそ冗談めかしてる。だけどその目は、どこか怖がるような。……それに。  ……泣いた?   でも……だとしたら、そんな風にさせたの、俺か。 「俺、セラに謝りたくて」 「……私も。ホープくんに、言われちゃった……」  ホープ? セラには何言ったんだ? まあ、いいけど。俺は、俺の言うべきことを言うだけ。 「……俺、たまにセラに言い過ぎる。思ってもないこととか……」  大体あいつが絡むといつもこうなる。サンレス水郷の時もそう。ここにいない時まで俺を苛立たせるのはやめてくれ。  いや、やめよう。考えるだけで、話がまた変になりそうだ。 「……あのね。いいの。悪いのは、私だから」 「別に、セラは」 「ごめん、本当にいいの。こんな謝り方しかできなくて……ごめんね」  まだ、ちゃんと言えてないと思うのに。セラは、目を伏せて、首を振る。言葉でこそ謝ってるけど、元気ない。  ……そういう顔、させたいわけじゃない。そういう顔じゃなくて……。  セラといると嬉しくて。近づきたい、触れたいなんて思ったけど。でも、こういうのを望んだわけじゃないんだ。  ——だから……戻ろう。初心に還ろう。 「……じゃあ謝る謝らないは、終了。今からは、俺の独り言。……セラが聞きたいことじゃないと思うけど」 「……何?」 「あのさ……」  目を閉じたら、思い浮かぶ。ヴァルハラから過去に遡って、ネオ・ボーダムで会って。いつも、そこにいてくれて。笑ったり、喜んだり、冗談言ったり、不安だったり、冷静だったり、怒ったり、悲しんだり……いろんなセラを見てきたけど。 「俺……セラが笑顔でいると、ほっとするんだ。生きてるって、実感できる。未来を変えたら、きっとこうなるんだ、って思える」  不安なこと言わなかったのは……言うの、慣れてなかったから。弱さを見せたら、強くなれないと思ってたから。  でも、それだけじゃない。  何も言わなくても、セラが隣を歩いてくれてるから。不安でも大丈夫って、思えたから。 「なのに、笑顔じゃなくなることばかり言ってて、……ごめん」  セラは、大きく左右に首を振る。 「……あのさ。俺ももうちょっと大人になって、言い過ぎないようにするけど……  その、セラもさ。嫌なことがあったら……例えばスノウとまた会って、その時またあいつが勝手なこと言ってたり、逆に必要なこと言わなかったりしたら。その時は我慢しないで、俺に言えよな。いつでも殴り込みに行くから」  ……何の反応も、ない。目を伏せたまま。  しばらくして、ようやく小さな声で呟く。 「……そんなこと言われたら、逆に言えないよ……」  でも、俺もそこで退けない。 「駄目。ただでさえ言ったって聞かないんだ。殴ってわからせないと」  そう言って拳を握って見せると、セラはようやく表情を崩す。 「……お姉ちゃんみたい」  微笑んで、でも、泣くんだ。目に手を当てて。 「なんで。泣くのは余計、だろ? ……また嫌だった?」  セラの髪をわざとぐしゃぐしゃに撫でる。 「……ごめん。違うの……私……」  それ以上何も言わなくなるから、モグも心配して、セラの周りを飛ぶ。 「仲直り……クポ? ノエルが泣かせてる……クポ?」 「ち、違うだろ? ほら。セラがそういう顔するから、モグも混乱する」 「……ごめん、モグ。おいで」  セラに抱きしめられて、ようやくモグも落ち着いた表情をする。 「泣いてないよ。もちろん、仲直り……だよ」  うん。これでいい。  セラがいつもみたいにしていれば、……それでいい。  前に進もう。未来、変えよう。セラが笑っていられるように。 「……行こう。もうやり残したことはないよ。もし、カイアスと戦うことになったとしても……」 「わかった。決着をつけよう」  オーパーツに呼応して、開いていくゲート。その様子を、自然な気持ちで見つめる。 「黙って行くつもりですか?」  声に振り返ると、よく見た二人の姿。 「まさか。この後最後の挨拶に行こうと思ってた」 「そんなこと言って、もう私たちのこと忘れてたんじゃないんですかぁ? ねえ、先輩」 「ねえ、アリサ」 「えっ? 何だそれ。ホープまで。ち、違う。その、ゲートがちゃんと開くか確認しに来ただけ」 「はは、冗談ですよ」 「そんなところかと思って、見送りに来ました!」  ホープ、アリサ、セラ、そして俺。4人で、笑い合う。 「……こんな風に、みんなが笑顔でいられる未来が来るといいね」  セラが、どこかしみじみと呟く。  少し前なら、俺はそこにはいないな、と思った。今はもう少し自然な気持ちで、そうだなと返すことができる。……未来のことなんてわからなくても。 「……希望が見えない時、人は誰かを責めたり憎み合ったりしてしまうものだけど、それは哀しみの本当の理由がわからないから……なんですよね」  本当の理由、か。  俺が、セラに思ってもいないこと言ったのも、同じか。寂しさとか、焦りとか、そんなものをぶつけて、八つ当たりしてただけ……かな。  アリサも……ごめん。そういうところもわかって、手を差し伸べようとしてくれたのに。……今こんな場じゃ言えないし、言ったって、何が? って言うだろうけど。今改めて、思う。 「先輩! なんですか? その顔は!」人の気をよそに、ふん、とホープにむくれてるアリサ。「先輩ってば、私がいつもと違うこと言うと、すぐ変な顔するんだから」 「ち、違うよ、アリサ。……思い出してたんだよ。僕が昔、憎しみで自分を見失った時、道を示してくれた仲間のことを」 「お姉ちゃんとスノウ?」  ホープは小さく頷く。 「全てが始まったあの時、最初に"コクーンを守って"と言ったのはセラさんでした。スノウとライトさんがその願いを大切に守ったから、僕らは一つになれたんです。ヴァニラさんとファングさんは、今もコクーンを支えています」 「もしかしたら、ライトニングも……?」 「だけど、古いコクーンはもう限界なんです。みんなで守った故郷を捨てるのは、すごく辛いですけど……」  力なく、項垂れる。……本当は、このコクーンを守りたかったんだよな。だから、人工ファルシなんてものを作ってまで、どうにか古いコクーンを浮かべようとした。……結局、その案は捨てることになったけど。 「でも、新しい箱舟が浮かべば、みんな救われる。世界を支える重荷から仲間は解放される。その時、クリスタルになったヴァニラもファングも救い出せるかもしれない。  ホープくん、私たちが守ろうとしてるのは、コクーンじゃない。みんなが生きてる未来。私たちもみんな生きてて、ヴァニラもファングも救い出せて、そんな未来……だよね?」  コクーンじゃなくて、みんなが生きてる未来、か。……その言葉、セラに言ったっけ。 「先輩。古いコクーンを諦めることになった時、内心、これで仲間を助けられるかもしれない、って思ってましたよね?」  驚いた表情で、アリサを見つめるホープ。 「みんな、知ってて協力したんです。先輩は隠せてると思ってたかもしれませんけど」  首を傾げて笑ってみせる、アリサ。ホープは、参ったな、というように笑って。 「みんなが僕を助けてくれてたって気付いたのは、最近になってやっとだったけど。そこまでだったなんてね……。  本当に僕は、みなさんに助けられてばっかりです。アカデミーが心を一つにして進めるようになったのも、未来を変えるためにすべきことをセラさんノエルくんが見せてくれたからですよ」 「道に迷って、もうダメかもって何度も思ったよ」 「いつ、そんなこと思ってた? セラはいつでも迷わないで、前だけ見てただろ?」 「それはノエルでしょ? ノエルがいつも、諦めないから」 「僕からしたら、お二人とも同じですよ」 「先輩もね!」  また、4人で笑って。  さっきは少し心配したけど、アリサもいつもと変わらず、元気そうに話してて。……ほっとする。 「過ちを繰り返すのが人間。でも、新しい道を見つけることができるのも……人間なのさ」  自分で言って、考える。  ……だったら。迷っても、道を誤っても、大丈夫?   今進んでる道が正解なのか罠なのかも確証がなくて、不安でも。例え間違ったとしても、そこで新しい道を見つける事ができる? いつかは、未来を変えることができる? セラの笑顔、見ることができる? 最後には俺の求める場所に帰ることができる?  「同意見です。先に言われてしまいました」  セラもアリサも笑うから、思わず頭を掻く。……すごく穏やかな時間。  アリサの言うように、ここでみんなで同じ時間を過ごせていたら、どうなってただろうな。  ……でも、そうじゃない。全部終わらせて、それからみんなで同じ時間を過ごせたら。 「準備が終わったら、僕らは100年後に向かうつもりです。コクーン打ち上げの瞬間を、この目で見届けたいですから」 「きっと、また会えるね」 「次に会うときは、ライトニングも一緒だな」  そうしたら、俺もそこにいられるかな。 「じゃ、笑顔でお別れね」 「新しい未来のために」  お互いに、握手して。未来に希望を持って。  そうやって、笑顔で別れたのに。  あんな風になるなんて、……思っていなかったんだ。 (6) 君の望む夢で、眠れ へ
ようやくホープ編で書きたかったけど割愛したホープとノエルの会話が書けて嬉しいです。ホープは自分がルシになって大変だった時に、ルシの仲間に色々優しく声をかけてもらったことを覚えていて、自分の方が年も上になった今、ノエルみたいに苦しんでいる人を助けたいって思ってるといいなあという、そういう気持ちでした。そして、あああ、アリサ。ノエアリパラドクスエンディングがあれば満足だとさえ思いました。もしもう少しアリサに寄り添えていたら、どうなっていたのでしょうか。(追記)ということで……ノエアリパラドクスEDを書きました。相当この話と雰囲気が違うのでご注意ください→「嘘つくの、やめるわ」 アリサ編 Find Your Way (3) どうしてこんなに(4) 何があってもに対応しております。 ホープ編 人の弱さと強さ(1) 覚悟を行動に(2) 不安と希望と(3) 反発も衝突もに対応しております。