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Find Your Way (3)

(2) 生まれて初めて  はあ。ノエル・クライス……か。  息を細く長く吐き出して、現実感覚を取り戻す。ちゃんと管理された空調。無機質で白い壁。青白い蛍光灯。青白いモニタ。  ……過去を思い出したって話が先に進むわけじゃないのに。寝てなくて頭だって疲れてるってのに。なんでこんなに長々と思い起こしちゃったんだろう。  感傷的になる必要はないの。そう、私が考えるべきは、これからのこと。  とりあえずノエルには、アカデミアに留まる選択肢もあるんだって言ったんだから、あとは彼の決断を待つこともできる。作戦は、ちゃんと進行してるの。それが成功すれば、これ以上歴史が変わることはなくなって……私が生き残れるようになる。結果はすぐ出るわけじゃない。今は待つのよ、アリサ。  そう、今私がやることは何? 過去を思い出すことじゃない。今日やるべき、というか昨日やるべきだったことを全部終わらせて、仮眠を取るの。いくら普段も寝れてないって言っても、さすがに一睡もしないのは明日に響くわ。  ——って、思い出せば、嫌が応にも目の前の男が余計に憎らしくなる。机に突っ伏して、安らかな寝顔の銀髪。 「…………」  大体、起こしても起こしても全然起きないから、私がこうやって待ってるわけでしょ? 起きるのを待つにも、程があるわよ。そう、時間の無駄。これ以上どれだけ私の睡眠を削るつもりなのよ。  ……本当に、私、何やってるんだろう。  改めて、思いを馳せる。……私の宝物……緑色に輝く、オーパーツ。  いつでも渡せるようにってバッグのポケットに入れていて——そして、毎晩また取り出して、ため息をつきながらその鈍い光を眺める。それが、新都アカデミアに来てからの私の日課。  ——このオーパーツを渡して、あの二人がカイアスの言ってたゲートをくぐれば、それで済むはずだった。  その後は、計画通りにやる。どの選択肢を使ってもいい。テロリスト。アガスティアタワーに引き入れて自分で。  でもゲートも現れないし、……他の選択肢を考えた。ノエルを味方に引き入れれば、パラドクスは解消されなくても私もみんなも、ベストじゃなくてもベターな結果を得ることができる。  そうやって……いろんなことを考えて……今までやってきて……  ……現実は?  何も、実現していない。あのゲートに二人をぶち込むことも、テロも暗殺も。……第2の選択肢だって。  こうやって、ホープの寝顔を眺めてるだけ。  ……今は計画段階なのよ、アリサ。そんなに急いだら、全ての計画がパーよ。カイアスがわざわざオーパーツくれたってことは私に利用価値はある、価値があるうちは消えないだろうから……まだ時間はある。そう納得したでしょ?  そんなこと言ってられないわよ。いつ消えるかわからないのに、いつまでそんな悠長なことやらなきゃいけないのよ…… 「……回りくどいのよ」  ホープは、まだ寝てる。魔法にでもかかったかのように、静かに、深く。  ったく、何なのよ。誰が、あんたのためにやってやってると思ってんのよ。  ……あんたのために?  別に、あんたのためじゃない、私のためだった。  私は大きなものを望んだわけじゃない。  パージがなかったとしたって、嘘つきアリサがどんな人生を送れたかなんてわからない。でも私は、人並みに楽しんで生きられればいいって思ってただけ。それなりに友達と楽しい時間を過ごして、それなりに……恋愛もして…… それなりの……  それを望むことの、どこが悪いって言うの……?  でも私が得られたものは、多少の知識と、寝不足と頭痛と目の隈だけ。  もう……いいでしょう? あんたはもう、十分手に入れてるでしょう? なのに、あんたは……私が私のためにやったことを、全部自分のためにする。寝る間を惜しんで私のためにやったはずが、いつの間にかあんたのためにすり替わって。パラドクス研究だって、全部そう。  最終的にお互いの利益になるなら、それでもいいって思おうとした時もあった。でも……どうしたって……違うの……  私と同じように、パルムポルムの出身。  私と同じように、たまたま訪れた街でパージに遭って。  私と同じように、アカデミーに入った。  私と同じように……頑張ってる、ってことだけは認めてやるわ。  でも。  私と違って、いつ自分が消えるか心配することもない。  私と違って、いつもいい夢、見てるのかもしれない。  私と違って、誰からも信頼されて。  私と違って、まっすぐに、自分を、未来を信じて——  ……どうして、違うの?   利用する者、される者。最初は、私が利用しようとしたのに。逆転したものは、いつまで経ってもひっくり返せない。  そう。打ち消そうとしていた、小さなひっかかり。もしかしたら、ホープがいなくたって……同じなの?  パージで私は、死んでいた。パラドクスのおかげで生き残った。頑張って生きようとした。不安を打ち消そうと勉強したし、研究もした。でも行動の結果はすべて、自分の存在の否定へつながっていく。ホープと共にまとめたパラドクス理論は、私がパラドクスである可能性を証明しただけ。ホープはより一層、パラドクス解消に心血を注いだ。でも、パラドクスで消えなくたって、私は自分で作った機械に殺されていた……——  パラドクスであってもなくても、私は生き残れないかもしれない。抗えない、運命の流れってやつの中にいるのかもしれない。大河の中の、小さな存在。どれだけ自分を主張したところで、大きな流れに……飲み込まれていく。  そんなの、冗談じゃない。そうじゃないって思わせてよ。 「ホープ……先輩……」  相変わらず、静かな寝息。  すごく近くにいるのに、全然違う世界にいるみたい。  ……ねえ、誰か教えて。  どうしてなの?  なんで私、こんなに仕事ばっかりしてるの? 時代を超えたってのに、何にも生活が変わらない。  なんで私、こんな男に付き合って徹夜なんてしてるの?  この男も頑張ってるのは、知ってるつもり。疲れてるんだから、つい寝ちゃったってこともあるかもね。他の人なら、そう寛容になれるでしょうね。……でも、私はそうは思えないの……だって、私だって同じだけ頑張ってるはずなのに。  どうして? 『頑張れば報われるなんて、そんな子供みたいなこと信じてるわけじゃないし』  ノエルにはそんなこと言った。それも嘘。本当は、頑張ったなら報われたい。当然でしょ?  ねえ、同じように頑張ってるのに。  ……なんで、ホープだけなの?  なんで、この男は寝てるの? なんで、私は寝てないの?  なんで、この男は当たり前に存在できるの? なんで、私は存在しないはずのパラドクスなの?  もう、いや。……もう、疲れた。こんな風に、私だけが、振り回される人生を送ることが。  どうして。こんなに、やってるのに……先輩でさえ、私のこと、わからないの。 「せんぱーい。……起きてくださいよ……」  バカバカしくて、涙が出る。  徹夜明けの顔。今泣いたら、化粧だってぐちゃぐちゃ。鏡見たら絶対、目も当てられない。  私は、自分の存在を残すために、研究してたはずなのに。  なんで? どうあがいたって、私の研究は、この男のやろうとしてることの助けにしかなってない。  この男の目的は……パラドクスを解消すること。そう意図してなくたって、つまりは、私を消すこと。  私は、自分の生活のすべてを犠牲にして、自分の存在のすべてを否定しているの?  ねえ。パラドクスだって言うなら、いっそ早く消してよ。  私が気付かない間に、早く消しちゃえばいいじゃない。こんな風に悩む暇なんてないくらいに。  何のために、私はここまで生きてきたの?  私が生きてきた意味は……何? 全然私のこと見てくれない、こんな男のためのはずじゃないのに。  押し付けられるような、心臓の音。頭がわんわんと鳴る。締め付けられるように、痛い、痛い痛い。 『道は一緒になるかもしれない』  彼は、そう言った。私だって、頑張った。  だけど、やっぱり駄目。いつまで経っても道なんて一緒にならない。  テロリストに、ホープを襲わせる。……いつ?  ノエルとセラに、あのオーパーツを渡した後。  そう。やるべきことは、何も考えず、あのオーパーツを渡すだけ。  あの二人、いつ来るの?  だけどあの二人が来たって、カイアスのゲートが開かなきゃ意味がない。  いつになったらあのゲートは完成するの?  色々、手は打ってきたはず。  でも……そんなの、待ってられない。全部……全部、回りくどいのよ。  だったら? 「誰かの行動を待つだけなんて……ナンセンスなのよ」  そう、今までだってそうだったじゃない。時代を超えるのに、女神の力なんて頼らない。私は私の力で、時代を超えるんだって。そうやってきた。  今も同じ。  汗ばむ手。皮のポケット。冷たい金属。弾は入ってる。ずっと一緒に仕事してきた銀髪を見下ろす。そこに、銃口。  そうね。最初から、こうすればよかったの。 「もう、今すぐにでもっ……消えちゃってよ……」  重い。  眠い。頭が……痛い。  ぐらつく。  暗い。白い。眩しい——  蛍光灯もモニタもない。  息苦しさも、頭の痛さもない。  ……何もない。  ただ、白い。上も、下も、横も—— 「……すまない。介入させてもらった」  後ろから、聞き覚えのない声。男じゃない、でも女にしては、少し落ち着いた声音。振り向く。  ……声を聞いたことは、ない。会ったこともない。  でも、その顔を忘れたことなんて、一度もないの。 パージの後、あんたの映像、見たわ。ルシとして追われてる映像。そして、コクーンの敵と言われていたのが一転、コクーンの英雄なんて言われちゃってね。  そしてそれ以上に、ヤシャス山で、アカデミー本部で、何度も見た。予言の書を発掘した。再生した。あんたの映像。珍しく言葉を失ったホープの顔。その後も、変化がないか確認のためにって、何度も見た。 「……なんでよ」  私の人生を壊した、あのセラ・ファロンとよく似た顔と髪の—— 「なんで……人の夢に、勝手に入ってくるのよ」  これは、夢。きっとカイアス・バラッドと似たような方法で、私の夢に入ってきた。ホープもタイムカプセルの中で、彼女の夢を見たと嬉しそうに話していた。きっとそれと同じ。  私は、頼んでいないのに。 「そうやって、人の領域にズカズカ入ってきて、全部壊していくの。……それが、あんたたち姉妹のやり方よね。ほんと私、あんたたちが大っ……嫌い」  ライトニング——エクレール・ファロンは、私の言葉には何も返さない。……ただ、静かな声で、言う。 「……希望を、消さないでほしい」  その顔は、映像の中にあった勇ましく戦う姿よりもずっと、悲しそうに、儚そうに見えた。  でもそんな姿も、私には癇に障るだけ。 「希望を消すな? ……ふふ、人の夢に勝手に入って何を言うかと思えば、笑わせるじゃない。  あんただって、同じじゃないのよ。あんたはルシになって全コクーンを敵に回して、それでも生き続けようとした。自分が生きるために、追ってくる兵士、立ちはだかる兵士を何人も何人も殺してね! 名前がわからなくたって、マスクを付けて顔が見えてなかったとしてもね、その人達にも人生があったのよ……? ……ねえ、聞かせてよ。あんたは何人の人生を奪ったの? 知らないとは、言わせないわ。  そうやって自分のために何人もの命を奪った人が、私が自分のために誰かを殺すのをやめろなんて、ほんと笑っちゃう。ねえ、どの口がそんなこと言えるのよ。  あんたより、きっと私の方がマシよ。私が殺すのはホープ一人だけだもの。間接的にノエルとセラを含めたら三人になるかもしれないけど、それでもあんたと比べたらかわいいもんでしょ? 数じゃないとでも言うつもり? ……言えないわよね。私にだってね、生きる権利はあるの! 私が生きるには、あの男が邪魔なの! あんたの希望は、私にとっての絶望なの!」  何も、反論しない。そりゃそうよね、全部本当のことだもの。何か反論できるとしたら、その面の皮の厚さを尊敬するわよ。 「——大体、なんで私がこんなことになってるのか……わかってるでしょう?  あんたの妹が撒いた種じゃない! あんたの妹のせいで、私はパラドクスになったんでしょ?! あんたの妹がルシになったから、私はパージに遭った。何が起きてるかわからなくて、暗くて、怖かった……! でも、生きたの! その後だって、私なりに頑張ってきたの。でもやっぱり死んでたなんて、ひどいじゃない……!  ねえ、あんたの妹でしょ?! 文句あるなら、あんたが責任取りなさいよ! ねえ早く、早く私を元に戻してよ!」  ライトニングは口を閉ざしたまま、悲しそうに、目を伏せる。  私は、息を吐いて、声のトーンを落とす。 「……ううん、エクレールさん。怒鳴ったりしてごめんなさい。過去を批判したり、妹の責任取れなんて言って、ごめんなさい。  やっぱり、いいの。私、あなたに何かしてほしいわけじゃない。反省も……責任も……そう、何もかも、必要はないの。  ——……だって……あんたは、死んだんだから」  眉間の皺が、深くなったように見えた。 「聖府と……そしてファルシとの戦いでたくさんの人を犠牲にした。それでも何とか、生き延びた。……そのはずだったのにね……心から残念に思うわ。でも可哀想に、あなたは死んでしまったの。ねえ、わかるでしょう? 今生きてるのは私、パラドクスなのはあなたなの。死んでる人が、何かしろなんて言われても無理よね。ごめんなさい。だから、何もしなくてもいいわ」  子供にでも言い聞かせるように、優しく、ゆっくりと、わかりやすく。 「ああ……ごめんなさい、失念してたわ。死んでる人にもできること、一つだけあるわね。  ——ねえ、エクレールさん。パラドクスはパラドクスらしく、消えなさいよ」  ……そうよ。ホープもセラも、この女も、目障りなのよ。いちいちいちいち。 「なのになんで、出しゃばろうとするの? パラドクスでしょう?  私は確かに悪夢に悩まされていたけど、あんたがいなきゃ、それなりに暮らせてるはずだったのよ。カウンセラーでも何でも使って、その内にパージのことも少しずつ忘れて、普通の生活をしているはずだったの。  ホープだってね、仲間を犠牲にしながらも生き残った。その悔しさをバネに勉強して、アカデミーで頑張った。そういう人生を送れたの。あんたが映ってる予言の書がなければ、そうやってただ単に学問の発展に貢献するっていう人生を送れたのよ。こんな風に徹夜して睡眠を削ってなんて、切り詰める必要もなくなるの。  ねえ、エクレールさん。自分のせいだって、わからない? あなたが出しゃばらなければ、ホープはそれなりに幸せな人生を送れたのよ。あんたが、いなければ……」  ……あんたがいなきゃ……ホープは。  パラドクスを解消しようとなんて思わなかった?  遠い未来なんかより、自分の周りの人の人生に関わろうとしていた?  ……ずっと横にいた私を、見てくれてた?  ああ、もう嫌。なんで? どうして夢の中でまで、泣かなきゃいけないのよ……  できるだけ優しく話していたのに、心がまた……乱れていく。 「………そうじゃなきゃ、あんたが私を殺せばいいのよ。私、いつホープを殺そうとするかわからないわよ? ホープもセラのことも守りたいなら、今ここで! あんたが私を殺せばいいじゃない! どうせパラドクスだって言うなら、今すぐに!」  ライトニングは動こうとすることもなく、ただようやく口を開いて——静かに、謝った。 「……すまない」 「何に……謝ってんのよ。やめてよ、うざったいんだから」  もう、なんなのよ。どいつもこいつも。 「……もう、消えてよ。私の夢の中から消えて!」 「——……サ……。アリサ!」  背中に、冷たい感覚。ペチペチ、と間抜けな音に合わせて、顔と腕に、叩かれてる感覚。 「……いたい」 「アリサ!」  今度は、聞き慣れた声。男性にしては少し高い。でも、いつもとは違う雰囲気。焦ってるような。 「先輩……痛い。それ、嫌です……叩かないでください」  うっすらと目を開けると、さっきまで寝てたはずの銀髪が、私を見下ろしていた。いつものムカつく笑顔は見えない。 「大丈夫? 頭痛くない? 気分悪くない?」 「頭も痛いし、気分も悪いです……」  夢の中では消えていた頭の痛さも、身体のだるさも、全部思い出したかのように一気に襲ってきていた。 「わかった。やっぱり救急車を呼ぶ。どこか悪いのかもしれないから」 「……呼ばなくていいです。単なる、寝不足と疲れ……ですから」 「でも、倒れたんだろう?」 「そりゃ……好きこのんで床で寝ようと思ったわけじゃないですけど」 「ほら、アリサ——」 「ああもう、大丈夫ですから……ちょっと静かにしてくださいよ」  そういって、開けた目をもう一度軽く閉じる。……もう、うるさいんだから。私だってちゃんと寝るところくらい選ぶわよ。だけど——先輩の好きなライトさんが無理矢理入ってきたんだから、しょうがないじゃない。そう言ったら、どうするのかしら。……めんどくさそうだから、やめておくけど。  ふいに、ノエルとあの女が来た時の4人の会話が思い出される。あの時、ホープの夢にライトニングが出てきたという話をしていて…… 『——あのさ。ライトニングは、未来のことを知ってる? ……助けてほしいとは思わないけど、セラに声を届けるのも難しいのか? ホープに声を届けたみたいにさ。なんでカイアスと戦ってるのかとか、もう少しわかれば、俺たちもやりやすい』 『私はライトニングさんのことは存じ上げないけど……セラさんに助言することで、歴史が変わる可能性がある。全て順調なら、敢えて黙っているってこともあるんじゃないかしら?』 『ええ、ライトさんのやり方なんですよ。最後まで意思を失わず、自分で正しい道を見つけた者だけが、未来を変える資格がある』  普段出てこないライトニングが、わざわざ出て来た、か。ちょうど寝不足だった私に、介入して……私が……ホープを殺そうとしたから……  ……は、と思い出して、手の感触を確かめる。倒れる前に持っていたはずの銃がない。少しだけ手を動かして近くに落ちてないか確認するけど、冷たい硬質の床の感触が伝わるだけ。  あれがホープに見つかるとまずいの。床に手をついて、ゆっくりと起き上がる。 「アリサ。起きて大丈夫? もう少し横になってた方が……」 「でも、床で寝てるのはやっぱり嫌ですし」  起き上がって、ゆっくりと周りを見回す。どこかに落ちてるんじゃないかと思ったけど、……視界のどこにも入らなかった。  ……ものがなくなるパラドクス、か。ライトニングが、どこかの時代に隠したってこと? それを隠したくらいで私がホープを殺せないなんて、考えてないわよね。銃なんて、どこからでも調達できるんだから。  その様子をホープはじっと見ていて、……ちょっと、落ち着かない気分になった。……それとも、やっぱりホープがあれを見つけたなんてことも……ないわよね? 「アリサ……」 「……何ですか?」 「ここは、僕の執務室。君はここで僕と一緒に、明日使う資料の最終化をしていたんだ。覚えてる?」  思わず、ため息。見回してたから……私が記憶でもなくしたと思ってるの? 好都合っちゃ好都合だけど…… 「……記憶もちゃんとありますから、大丈夫ですってば」 「頭打ってたかもしれないし、やっぱり心配するよ」 「先輩でも……心配することあるんですね」 「そりゃ、そうだろう。目の前で倒れてて……僕がどれだけ心配したと思ってるんだ? 僕がそんな薄情な人だとでも思ってる?」  珍しく、ちょっと怒ってるかも。呆れたの、顔に出ちゃったのかしら。 「そんなこと……なくないですねぇ」 「……アリサ。それ、ひどくない?」  心配していた、か。  あんたが心配していたとしたら……私がいなくなったら、新コクーン計画が停滞して、AF500年の打ち上げに間に合わなくなるっていうことなんじゃないの?  それだけが、心配で。私自身のことなんて、……何も、気にしてなんて。 「先輩だって……私が頑張って資料作ってるとき、薄情に寝てたじゃないですか」  ちょっとだけ、拗ねてみせる。ホープは、急にそれまでの勢いがなくなって——言葉に詰まる。 「……ごめん、アリサ。それは本当に謝る。君の体調にもよくなかった。本当は早く終わらせるはずだったのに……って、弁解にもならないかもしれないけど」 「いいんですよ。私も早く終わらせられればよかったんですけど、最後がどうしてもまとまらなかったんですよね」 「本当に、ごめん。すぐに終わらせよう。それで……あれから、どうなった? 結論、まとまった?」 「……結論?」 「そう、まとまらなかった最後の部分」 「ああ……結論……——」 『君が、アリサ・ザイデル?』  ホープ・エストハイム。最初に会ったときから、うまく、利用しようって思ってた。元ルシとはいえ、アカデミー創設者の一人息子。みんなに将来を嘱望されてる研究者。……ご機嫌とって取り入れば、損になることはない。見るからに、ただのお人好しなんだって思ってた。  でも、そうじゃなかった。私のパラドクス報告書、誰よりもちゃんと読んで、内容を理解していた。真剣な顔で、細かいところまで質問してきた。適当に会話して終わらせればいいわって思ってたのに、……気付いたら、何時間も話していて……——私は、戸惑いながらも、楽しいと思ったの。簡単に私になびかない、本当に頭のいい人が、いるんだって。  ホープは、誰よりも私の研究を理解してくれたし、評価してくれた。"媚び売って取り入る"なんてことはできなかったけど……それでも、私の実力は、誰よりも見てくれていた。ホープと組めば、研究が進むって思った。自分の利益にならないこともあったけど、それなりに私、ホープの助手でいることを、楽しんでいたのよ……  私は、ホープ・エストハイムの助手。ホープが私の実力を理解してくれる。私も、誰よりもホープの研究を理解して、サポートすることができる。それだけ、長い時間を研究施設で一緒に過ごした。なんだかんだ言ったって、誰よりも近くにいるんだって、錯覚しちゃってた。  ——でも。  ヤシャス山で発掘した予言の書を見せた時から、変わった気がする。 『……もう一回、再生して』 『はい』  先輩がエクレール・ファロンを見て、初めて動揺した顔を見せた。……押し殺しても伝わる、悔しそうな表情。何日経っても、上の空。 『無事で、よかった。僕の時間は止まっていたんです。みんなが消えてしまってから……』  その後にセラと会って、心底苦しそうに、そして、いつになく嬉しそうに話した。 『……了解。俺たちはゲートを探して、未来を変える。あんたは「いま」から準備を始めてくれ』 『変えましょう、未来を』  コクーンが堕ちる映像を見た後、ノエルと、未来を変えることを誓った時の、輝くような前向きな顔。  ……あの時に感じたのはね、パラドクスが解消されたら私が消えるっていう不安だけじゃない。  思ったの。私……一番近くにいるって思ってたのに、違ったんだって。ホープは私と一緒にいるけど、精神的には私と一緒にいるわけじゃないんだって。私は、アカデミーでの顔しか見てなかった。トラブルを起こさないように、浅く、広く、誰とでも人間関係を作った。でもそういう時に見せるのは決まって、深い感情なんてないんじゃないかと思うくらい、上っ面だけの笑顔なのよ。話す言葉も、どこまでも合理的かつ論理的。感情的な物言いなんて、聞いた記憶がない。  ……でもね、本当は、そういう顔もするんだって、わかったの。本当は、心の中では、いろんな気持ちや感情を抱えていて——でも、それを、私に見せてないだけなんだって。  私だって、ホープに自分の気持ちを見せてたかって聞かれたら、間違いなく否定するわ。  だけど。  そこにある、感情。別にそんなもの見たいと望んでたはずじゃなかったのに……それを知ったとき、すごく、寂しかったのよ。  私が知っていたのは、アカデミー研究ユニット主任。でも、ホープ・エストハイムという人ではなかった。 『アリサは、まずは自分が安心できることを考えればいい。そうすればそのうち、道は一緒になるかもしれない。だろ?』  考えた。みんなが消えない、でも私も消えないやり方も、あるかもしれないって。  ねえ。もしも、頑張ったら。  私は、消えないでいられるの? ホープは、私のこと、ちゃんと認めてくれるの? 同僚なんて枠じゃなくって、もっと——? 『……すまない』  ……ねえ。なんで……謝るのよ…… 「……ええ、結論、まとまりましたよ」 「よかった。……じゃあ、すぐ確認して、終わらせよう」 「ええ、そうですね」  ……そうね。もう、終わらせよう。  結局……相容れることなんて、ないの。  もう、いい。どいつもこいつも、正義面して自分たちのことばっかり。ホープも、セラもライトニングも。  そもそも私が間違ってたの。自分のことばかり考えてる人に、私のことを認めてほしいなんて。始めから無理な要求してたのよ。  私は、私を守るために、私のやることをやるしかないの。  タイムカプセルだって、作ったわ。新コクーンへの道筋付けたのだって、私がいなかったらできなかったこと。今までと同じ。これからも。  ホープに見てもらう必要なんて、ない。私は、私。人には頼らない。道は、自分で作っていかなきゃいけないの。  先輩が迷わないなら、私だって、迷わない。  先輩が未来のために私を見捨てるなら、私だって、自分の未来のために先輩を消すわ。  もう……、吹っ切れた。  私は、生きる。カイアスのオーパーツを渡す。そしてその後、ホープを消す。道を……自分で作っていく。  気持ちが、すっきりした気がした。  そして、吹っ切れたと思ったら—— 「あっ、アリサさん! ……ちょっといいですか?」  アカデミア本部で、緑色の球体を取り囲む、大きな研究スペース。上層部のモニタをチェックして下に移ろうとしたとき、声をかけられた。何かわかったらすぐに教えてねと言っておいた、ゲート研究チームの研究者。 「なあに? どうしたの? 急いでいるみたいだけど」 「あっあの……例の件なんですけど。アリサさんにはいち早くお知らせしようと思って」  そう言うから、通路の端に移動して、声を潜めた。周りには、誰もいない。ホープは下層にいて、こちらの姿すら見えない。 「……ありがとう。何か、わかったの?」 「そ、そうです。あのゲートが、急に戻ったんです」 「戻ったって……」 「ちゃんと姿を現したんです。ちゃんとゲートとしての形になったんです!」  ……吹っ切れたら、今まで何だったのよって文句言いたくなるくらい、急に、カイアスのゲートが姿を現した。  何よ。私が迷ってたこと、お見通しだったってこと? ちゃんと私がホープを殺すつもりがあるのか、試したってこと?  ……私の気持ちひとつだったなんてね。  大丈夫よ、カイアス・バラッド。罠くらい、ちゃんとかけるわよ。そうしたら、私のお願い、叶えてくれるんでしょう? 私の存在、残してくれるんでしょう?  ……余裕よ。  すごく、晴れやかな気持ち。 「最近元気じゃない? アリサ」  久しぶりに執務スペースに行って資料を提出したら、その場ですぐに目を通していくつか質疑をして、その後にホープがそんな質問をしてきた。 「そうですか? 普通ですよ」  ……まあね、ゲートも姿を現したことだし、不安に思うことも減った。新コクーンの話も順調に進んでるし、全てがうまく行っているような気がして。パージの後の人生では、初めての感覚。私の念願が達成するまでもうすぐなんだって思ったら……以前よりも、きつい顔をしてることが減ったかもしれない。よく働いて、よく眠れてた。 「そうかな。最近行動が別だったけど、たまに見かけると元気そうだから。グラビトンコアも集まってきて人工コクーン計画への組み込みも順調だし、研究が楽しいのかなって」  ホープは机の引き出しからペンを出して、紙の最後にサインをして、はい、と書類を返す。私は、それもそうかもしれませんね、と答える。  ……意外と、見てる。でも……間違ってはないけれど、随分と好意的な解釈をしてくれるものね。  私があんたを殺そうと決意したからすっきりして元気なんです、なんて、思いもしないのかしら。 「……ねえ先輩、私、鬱陶しかったと思うんですよ。私という人を認めてほしくて。ホープ先輩にも付き合おうって言ってみたり、うるさく議論ふっかけた時もありましたよね。セラさんなんかに対しては、つっけんどんな態度も取ってたこともあったと思いますけど」 「はは、そんなこともあったかもね。なんだか懐かしいな」 「アリサ・ザイデルって存在がここにいるんだって認めてほしくて、余裕なかったんです。私という人が必要だって認めてくれる人が欲しかったんです」  ホープが驚いた顔をする。まあね、そんなこと言うなんて、思ってなかった?  ……そうね。私の気持ちなんて、こんな風に言ったことなかったものね。でも、今なら素直に言えるわ。本当に、余裕なかったんだって。  だって、どうせ、ホープは死んじゃうんだから。 「……君は、必要だよ」 「ふふ、ありがとうございます。でも、もうそんな上っ面な言葉なんていらないんです。……私は、人に認めてもらいたかった。でも、人に認めてもらわなくても、私っていう存在は必要だって思えたんです。ね? 見てください、この世界を」  大きな窓に、歩いていく。ここからは、景色が一望できるから。  指し示す先は、文明の発達した社会。AF400年の、新都アカデミア。何層にも折り重なった建物。交通は完全に空にシフトした。コクーンのすべてが、アカデミーを中心に回ってる。創立して間もない頃、まだただの研究機関だった頃を思い出せば、……目を見張る程の違い。  昔は、時間を超えるなんて物語の中だけに存在するんだと思ってた。でも……そうじゃなかった。それも、誰か知らない人が時間を超えたんじゃない。女神様の力を使ったわけでもない。私が、自分の力でやったの。 「400年後に来たんですよ、時間を超えたんですよ。私がセラさん達に出会って、パラドクス報告して、それによってパラドクス研究が進んで。コクーンが落ちて世界が滅びるなんてことがわかりましたけど、これを解決するために400年越えて来ましたよね、私の設計したタイムカプセルに乗って。パラドクス研究も、タイムカプセルも、自分だけにしかできなかったことなんじゃないか、って思うんです。——傲慢って思うかもしれませんけど、誰でも、自分の存在が何にもならないって思いたくないし、自分の力を発揮して存在が認められることって、すごく嬉しいことですよね?」 「それは……そうだね」 「これまでのことだけじゃない、これからのことも全部、自分がいるからこそできること。13thアークの浮力の解明も、コクーンが救われることも、そうやって世界が続くことも。私の存在は確かにここにあって、これからも世界が続くために必要なんです。そう思ったっていいですよね。  だから、自分の存在が何にもならないんじゃないかとか、要らなかったんじゃないかとか、そんなことを考えて小さく怯える必要はもうないんです。私は私だから」 「……アリサ、僕にも、そういう風に考えてた時期があったよ。何もできない自分が本当に嫌で、何かをしたくて仕方がなくて。でも本当は、そんな風に考える必要なんてない。君はこれまでも、これからも必要な存在だよ」  ホープが立ち上がって、私に近づきながら言うから、ちょっとまずったなと思う。楽しい気分になってたし、ホープとまともに話すのも今後もうないかもって思ったら色々話しちゃったけど……自分でも想定以上かもしれない。言い過ぎたから、先輩が口を出す。私は別に、先輩のご高説が聴きたかった訳じゃないんです。だから私の発言に、何か言ってやろうなんて思わなくていいんです。先輩には、何も言われたくないの。 「……いるだけで価値があるなんて思えるとすれば、それはホープ先輩が恵まれているからですよ。先輩には私の気持ちなんてわからないです。同じだなんて思わないでください。立場も考え方も全部」 「……僕だって、正直違うって思ってた。僕とアリサは、隣にいながらも違うものを見て、違うことを考えてるって。出発点はもしかしたら近いのかもしれないのに、考え方は全く違っている。でも僕も余裕がなかったし、アリサの考えがわからなかったとしても一緒に仕事ができるのであればいいと思って、それ以上踏み込むことはしなかった。アリサだけじゃない、色んな人と距離を取ってたのは自分の方だった、って思ったんだ。アカデミーの人たちだってそう。でもちゃんと話してみれば……あんなにアカデミーの人たちが協力してくれるなんて、思ってもいなかった」  ホープは私の隣まで歩いてきて、同じ窓から、アカデミアの風景を見下ろした。 「……本当にあのアカデミーを387年間、守ってきてくれていた。ちゃんと、僕の構想だって受け継いできてくれていた。道筋を引くなんて本当に簡単で、それを他の人が引き継いで実行するなんて方が遥かに大変なはずなのに」  ……何よ。話長いのよ。それで、結局何が言いたいの? 「立場がどうだとか事情がなんだとか、そんなことはどうでもよかった。どんな状況であろうと、ちゃんと接して向き合うことが大事だった。自分から距離を取っちゃ駄目なんだって思った。話せなくなってからじゃ、遅いんだ……。だからアリサに対しても、わからないからってそのままにしておきたくない」  その銀髪がくそ真面目な顔して話している姿にいたたまれなくなって、背を向ける。  ……何? いきなり、どうしちゃったっていうのよ。今までそんなこと、1回だって言ったことなかったのに。  目的と違うなら、時間の無駄。そういう合理的で効率的な考え、してたでしょう?  百歩譲って、他の人にそれを言うなら、わかるわ。でも、私にそんなことは言う必要はない。私には、要らないの。 「……アリサとは考え方は違っていたのかもしれないけど、違いがあっても接するからこそわかることだってある。……以前、コクーンと仲間をどっちを取るのかって言ったよね」  ああ……そんな話も、したと思うけど。 「あの時は自分の気持ちを抑えつけて、自分の思いをきちんと言うことができなかった。でも今は違う。考え方の違うアリサが、僕に問いかけてくれたおかげで、自分の思いがはっきりしたんだ。  ……僕は、仲間に会いたい。仲間を助けて、コクーンと世界を守りたい。それは全部一緒にしかできないんだ。どれが欠けても駄目なんだ。偽善と言われても、僕は仲間を助けて、コクーンを守る。どちらも諦めない。  アリサのこともそうだ。僕らもこれまでずっと一緒に研究してきた仲間だろう? 君だって、そう言ってくれただろう? だから、君が困っているなら助けたい」  背中でホープの声を聞いていて、笑いそうになる。  仲間? ……ああ、そんなことも言ったかしら。 『後ろを支える人がいるなら、横からも支える人が必要でしょう? 設計者は私ですから、何かあった時にも対応できます。それに……みんなの言う通り、先輩一人に全部を背負わせるわけにはいきませんから。AF13年の第一研究ユニットの仲間の分まで、AF400年でも先輩をサポートしますよ』  タイムカプセルに先輩が乗る、って言った時の話ね。……覚えてるわよ。でも先輩、本当に仲間だと思ってたからじゃない。単に、そう言えば、私を連れてってくれると思った。それだけのこと。それに……—— 『アリサ……、なんていうか』 『なんですか? その顔は』 『いや、怒らないで聞いてほしいんだけど……君らしくないなあって思って。仲間だとか支えるとかそんな言葉、君の柄じゃないと思ってたんだ』  ったく、柄じゃないとか言いながら、こんなところで持ち出してくるんだから。勝手よね。 「ほんと、そういうところがお人好しで……大嫌い。仲間だって言ったのだって、適当ですよ、適当」 「アリサ……」  先輩、本当にわかってないんだから。一緒に実現なんて、できないんですってば。  私が困ってたら、本当に助けてくれるって言うの? 違うでしょう? 私を助けたら、先輩の本当に助けたい人は助けられなくなるんですよ?  私は、あなたの一番じゃないんだから。  私は、あなたの仲間でもないんだから。  ——仲間になんて、なりたくても……なれないのよ。  私の心を、乱さないでよ。 「そういうお人好しな考えが間違ってるかもしれないって思わないですか?」  立ち止まって、もう一度ホープに振り向く。  ホープは、沈黙する。………でも、それも一瞬のこと。 「僕は……僕は、間違っていない」  そう言うから、思わず、ため息と……少しの笑みがこぼれた。 「本当に……迷いないですね」 「前にも言われたね、それ。その時は迷ってばかりだけどねって言ったけど……今は迷わない、って答えられるよ」  本当に、馬鹿。どうしようもない馬鹿なのよ。  未来のためになんて言っても、結局先輩が会いたい人に会いたいからなんでしょう?  あんたがタイムカプセルの中で、夢に見た人。  あんたより先に起きてたから、知ってるのよ。ライトさん、って嬉しそうに、ずっと寝言言ってて。  ……本当に、幸せそうな寝顔だった。  私も、その女を夢に見たわよ。あんたが危ないからって、勝手に私の夢の中に入ってきたから。  ……何かほんと、馬鹿馬鹿しくなる。  もういいの。助けたいって言われても、間違っていないなんて言われても、どうなることでもない。  ——もうこの話はしたくない。黙ってるのもしゃくだから、少しいじめてやりたいだけ。 「……迷わないって言えるのは……夢のせい、ですか?」 「え?」 「"ライトさん"が夢で、決断が間違っていないって先輩に言ったからですか?」 「っ、なんで知って……あ、セラさんに言った話、聞いてたんだっけ」 「その夢の話。今まで言わなかったですけど、私、セラさんとの会話の前から知ってましたよ」 「えっ……」  ふふ、いつものあたりさわりない笑顔はどうしたのかしら。 「うふふ、なんでか知りたいですか?」 「え……」 「面白いから、ここぞという時まで取っておこうと思ってたんです。でもそろそろ言ってもいいですよね?」 「え……なんで」 「だってそりゃ〜先輩、あんな盛大に寝言言われたらね」 「…………えぇっ?」 「しかも笑顔で泣いてましたし」 「………………」 「これにはさすがの私もびっくりですよね〜」 「……………………ああああ、気付いてないと思ってたのに!」  ああ、いい反応してくれるわね。  ——そうやって、ひとしきりライトさんのことでホープのことをからかい倒したら。 「ほんと迷いないですね〜。やっぱり、それだけ大切なんですね」 「……うん。それだけは、間違いない」  すごく、はっきりする。  やっぱり、私じゃないんだなって。  ……わかってたことではあるはずだけど。 「私よりも?」 「……え」 「もう何年も一緒に研究して、何百年って時間を越えた私よりも、ちょっとの間一緒だったライトさんの方が大事ですか?」 「……どういう質問?」  別に、聞く意味なんて……何にもないけど。 「確認、ですよ。私と一緒に歩く未来より、ライトさんと一緒に歩く未来を選びますか?」  わかりきってること。  聞いても、ただ、嫌な気分になるだけだって、わかってる。  それでも私は、何かを期待しているの……? 私と一緒に歩く未来を選ぶって?  ……馬鹿馬鹿しい。  ほら、黙ってないで先輩、さっさと言ってよ。ライトさんと一緒に歩く未来を選ぶって。それが、最後通告。 「……僕は、みんなが一緒に歩ける未来を作る」  ——でも、ホープが言ったのは、そのどちらでもなかった。  もう、なんなのよそれ。呆れて……笑えるわよ。 「……そういうところ、ほんっと先輩らしすぎて……大嫌い、です」 「それなりに落ち込むよその言葉」 「先輩、私には眩しすぎますもん。私、そんな風にまっすぐに物事を見れませんよ。ライトさんはどうか知りませんけど、私は付き合いたくないタイプ」 「そ、そう……」  もう何だって、言ってやるわよ。 「私と先輩ってそれなりに境遇似てるはずなんですよ。同じ歳で、同じパルムポルム出身で、パージ経験もある。まあ私はルシの経験はないですけどね。アカデミーでそれなりの年数一緒にいましたよね。それなのに私はこうで、隣を見ればこんな風に明るい未来ばっかり信じてる暑苦しい人がいるなんて信じられないじゃないですか。しかも、考え方が違うんだからっていうことにしとこうと思えば、話せばわかるみたいな夢見がちなこと言い出すし」 「スノウに毒された……? いや、夢じゃないって思ってるんだけど」 「もう先輩はそれでいいんです。バカみたいに理想を追いかけてる、まっすぐなところがいいんです。そうでしか生きられないんですから」 「誉めてるのか、けなしてるのか……」 「誉めてますよ一応。私もそういう風になりたかったですよ』  ……そうね。私も、先輩みたいになれたら。あんな風に、自分の信念に従って、自分で人生を切り開いていくことができたら。  そうなれなかったから余計……悔しかったのかもね。  もう、過去のことだけれど。 「……そうなの」 「言ってみただけですけど」 「あっそ……」 「まあでも。自分はそうなりたくはないし付き合いたくもないですけど、そういうまっすぐなところ、大好きでしたよ」 「……そう。そこは過去形、でね」  ああ、そこ気付いちゃうのね。だって、先輩はもうすぐいなくなっちゃうんですもの。ま、そんなことまでは教えないけど。 「うふふ。何だっていいじゃないですか。先輩はそうやってまっすぐに、前だけ見ていてください。  グラビトンコアももうすぐきっと集まります。もう人工コクーン計画の実現も見えてきていますよね。まだまだ設計や建造、市民の移住ですとか、やることは沢山ありますけど、道筋ができていきますね。カイアスとの戦いも、待ってますね。お互い、望みを実現して……自分の大事なものを大切にしていきましょう」  そう、お互いにね。  お互いに望みを実現しようとしたら……私たちはぶつかるわ。  それでもいいって先輩だって言ってるんだから、私だって、戦うしかない。人に振り回される人生じゃなく、自分自身の人生のために。 「……」 「ね? 先輩」 「ああ、そうだね。僕は彼女のいる世界を実現する。世界も、コクーンも、仲間も、彼女も守る。絶対に」  ——もう……いいわ。  ……そして。  頼んでいたグラビトンコアが、全て集まった。ノエルとセラが、持ってきた。 「セラさんノエルくん、ひょっとして……グラビトンコア、揃ったんですね! これで、新しいコクーンを浮かべることができます! やっぱり、AF400年に来たのは正解だったなぁ……父さん、ライトさんの言う通りだった。ありがとうございます!! 本当に、お二人のおかげです」  ホープがノエルとセラと握手してるのを見て、……やっと、という気持ちと、本当に? という気持ち。 「皆さん、お仕事ご苦労様です。少しだけ、聞いてください。僕らの探していたグラビトンコアが、ついに今日揃ったのです。……つまり僕らの新しいコクーンは、夢物語じゃなく、現実のものになるんです。——それも全て、ここにいるセラ・ファロンさんとノエル・クライスくんのおかげです。改めて皆さんから、労いの拍手をお願いします!」  研究員からの、惜しみない歓声と拍手。  嬉しそうなホープ、ノエル、セラの顔を眺めながら——私もようやく、笑みがこぼれる。  ようやく、全て揃った。オーパーツ、カイアスのゲート、そしてグラビトンコア。これで、コクーンの浮力が獲得できた。これがあれば、新しいコクーンは浮かぶ。あの二人も、用済み。ホープももう、要らない。  ……私は、新しい世界で生きる。 「これからアカデミーは新コクーンの建造、また市民の移住を推進していきます。100年スパンの計画になりますが、また皆さんのご尽力をお願いします」  ホープの終わりの挨拶に、セラが不安そうな顔をする。 「えっ、100年?! その前に、今のコクーン崩れちゃったりしない……よね?」 「大丈夫です。間に合わせます!」  力強い答え。  ええ、ありがとう、先輩。先輩が一緒に道筋をつけてくれたおかげで、確かに新しいコクーンは浮かびそうだわ。  ——でも先輩、100年後に間に合わせるのは私の役目。先輩はもう、頑張らなくてもいいのよ。後は私がやるから。安心して、死んでてくれればいい。  セラも、同じよ。100年後の不安も心配も、要らないの。あなたはこの後きっと、出口もない、やり直すこともできない世界に、閉じ込められるんだから。  そう。後は、私に任せてくれればいいの。  ……さあ、アリサ。今やるべきことは何? 「本当にグラビトンコアが集められるなんて、さすがね! これでまた、パラドクス解消に近づいたのね」  笑顔を作って、ノエルとセラに近づく。今日はいつもと違って、笑顔を作るのに苦労しないわ。だって、純粋に嬉しいもの。 「うん、ありがとう。アリサ」 「私は何もしてないわ。探してきてって言っただけ。本当、どこにあるかもわからないのに大変だったと思うけど」  本当、ご苦労様なことよね。ただのお使いじゃない。自分のためにもならないことを、延々とやってきたってことよね。 「そうだね、少し大変だったけど。ノエルもいてくれたし」  ノエルを見ながら、微笑む。何だか照れて、落ち着かなさそうに頭を掻くノエル。……何なのよ、一体。……ま、いいんだけど。 「——そうそう、街に不完全なゲートがあったの、知ってる?」 「不完全なゲート? ああ、あったな」 「あれがちゃんとしたゲートに戻ったの」 「クポ〜! 結晶が揃って、未来が変わったからクポ?」 「かもね! これも、あなたたちのおかげね」  モーグリもステッキを左右に振って、嬉しそうな顔をしてる。  ……それにしてもこのモーグリも、罠だって気付かないものかしら? それとも、それだけカイアスのゲートが巧妙にできてるってこと?  まあ、気付かないのはいいことだけれど。 「——それに、ゲートのそばで、こんなものも見つかったわ」  そして、例のオーパーツを取り出してみせる。緑色の輝きに、ノエルもセラもモーグリも、目を見張る。 「あっ、オーパーツ! ……どの時代の鍵だろう?」 「残念ながら、時空のゆらぎは予測できても、具体的にどの時代と繋がってるかまでは、今のアカデミーの技術でも特定が難しいの」  ええ、"そういうことになってる"わ。——実際、特定もできたかもしれない。でも、ものすごくノイズが大きくて、完全な解明には長い時間がかかりそうだった。アカデミーには、他にも取りかかる必要のある研究がたくさんあった。だから、"解明する必要はない"と、判断された。 「……予言の書で視た、古いコクーンが崩壊する日かもしれない。カイアスが戦ってた」 「決戦が、待ってる?」  ノエルの神妙な言葉に、セラが応える。  決戦。そういうことかもしれないわね。私にとっても、これはある意味決戦だわ。 「そうね、頑張りましょうね」  そしてオーパーツを渡そうとして手を伸ばして——受け取ろうとして進み出たのは、ノエルだった。  瞬間、伸ばしかけた手が止まって、身体の方に戻ってきた。 「——……ありがと。でも大体、ゲートのそばになんて落ちてるもんなのか? 俺たち、今まで散々探すの苦労したのに」  ノエルは腰に手を当てて、私の手の上に載ったままのオーパーツを、まじまじと見つめた。  ……どうして。今更でしょう? ねえアリサ、オーパーツを渡して、ホープを殺す。そう決心したでしょう?  迷わないで。  新しい時代に生きる。——そこに私以外の誰がいるかなんて、わからない。どんな人生になるかだって、わからない。でも、わからないからこそ、希望を持つ。どんな環境だって、適応してみせるわよ。私はそこで、何の心配も要らない人生を送るの。 「……ゲートに隠れてたのかしらね。ま、すぐに見つけられたからって羨ましがらないでよ」  ふうん、と言ったまま、黙る。オーパーツを眺めて、口を固く結んで、手は腰に当てたままで。  何か、考えてる? 何か、疑ってる?  ……お願い。何も言わずに、早く受け取って。 「ノエル?」 「……え? ああ……」  行動を促すセラの声に、ようやくゆっくりとノエルが手を伸ばす。  ……そう、いいわ。そのまま、受け取って。  ——でも、この人が受け取ったら……  カイアスのオーパーツを使ったら、この二人がどんな時代に行ってしまうのかは……はっきりとは、わからない。  でも。だけど。  私の汚い本音だって、受け入れてくれたこの人が。私以上に可哀想な人生を送ってきた、この人が。未来を救ったら自分は消えるかもしれない、そう理解してても、他の誰かのために、前に進もうとしてる。誰よりも——本当の意味で、自分のためじゃなく、他人のために動いてきた、この人が。  ……もっと苦しむことになるの? 『……夢じゃないだろ? 俺もあんたも、確かに今ここにいる。ちゃんと生きてる。それだけは、確実』  誰も、私の悩みなんてわからない。聞いたって、笑うだけ。そう思ってたのに、彼は、励ましてくれた。 『恐れなきゃ、何だってできる。そう思えばいい。だろ? だから……できるよ、大発見。アリサなら』  彼も辛い体験をしたはずなのに。……辛い経験をしたからこそなの? 明るく、言ってくれた。 『それがアリサの本音なんだよな? ……だったら、正直に言ってくれてたほうがいい。その方がわかりやすい』  媚び売ってかわいく振る舞ってたはずの私が、汚くホープの悪口言ったって。それも、受け止めてくれた。 『まずは自分が安心できることを考えればいい。そうすればそのうち、道は一緒になるかもしれない』  彼の時代の心配なんて、できなかった。私の時代にコクーンが堕ちてなきゃいいって態度を、した。なのに、あの時も励ましてくれた。 『やっぱり、あんたの研究が功を奏してるんだよな。タイムカプセルの話聞いてたけど、まさかあれが本当になるなんてな』  ずっと前から私が頑張ってたこと、覚えててくれた。——歴史が変わって、私が忘れてしまったって。 『俺は、いいと思ってるけど。裏アリサ』  だから、思ってることは素直に言えばいいって、言ってくれた。 『ありがとう。言っていいって言われたからって全部言えるわけじゃないけど、そういう場所があるってだけで……嬉しい』  あんたも本音を出したっていいって、打算的な理由半分で声をかけた。そんな私にも、……純粋に、感謝の気持ちを伝えてきた。  肌が、粟立つ。背中が、汗ばむ。手が、小さく震える。  私は、この、オーパーツを……—— 「………なんで?」  投げかけられた言葉に、はっとして、見上げる。ノエルは、微笑むでもない、だからといって怒るでもない、ただ、わからないことがある生徒のような、真面目な表情をしていた。 「……なんで、って?」 「アリサ、迷ってる顔してる」  直球の、言葉。  ——つい、笑っちゃった。もう、勘は鋭いんだから……。  迷ったとしても、そんな顔、絶対に見せるつもりなかったのに。  なんで、わかったんだろう。ホープだって、見抜けないでいたのに。やっぱり、"本音"で話してたから……? 『大体アリサって、本当はそんなに嘘つけないんじゃないか?』  そういえばノエルには、そんなことも言われたんだっけ。感覚的なものであっても、私のこと、よくわかってるのね。  ……これだから、本音で話すなんて嫌なの。いざという時に、弱みになるんだから。  でも。  もしここで、全部バレたらどうなる……? ノエルに、今の気持ちを伝えたら? 「…………」  終わっちゃう。ここでバレたら、全部が終わるの……。  うまくオーパーツを渡さないと、私は消えるかもしれない。もうカイアスに要らないって判断されるかもしれない。  私が消える瞬間は、明日? 明後日? それとも……今すぐ?  ここで渡せなければ、何も意味がないの。今まで頑張ってきたことだって。全部、何もなかったことになる。  違うの。私はここにいるの! たくさんの不安があった。でも、今までこうやって歩いてきたの……! だから、何もなかったことにしてほしくない……  早く、ちゃんと渡さないと。 「………そう見える?」  大正解。さすが、ノエル。そういうところ、密かに尊敬してるわ。  ……だから、嘘はつけない。嘘をついたって、どこかでバレる。  なら、できるだけ嘘をつかずに、本当のことを話して——ぎりぎりのところで引き揚げる。そういうことをしないとだめ。  ……笑ってたのをやめて、天井を見上げる。できるだけ、心の中の動揺は見せちゃだめ……。 「そうね……いよいよなんだな、と思うわ。今までの研究が形になる。新しいコクーンが浮かぶ。  でも、それとは別の話よ。前言ったでしょ? アカデミーで過ごすことには何の不自由もないけど、誰も知ってる人がいなくて、時々不安になるって。だから二人とは仲良くなって嬉しかったのに、またどこかの時代に行っちゃうんだなって思って。もし一緒にいられたらな、って思ったの」  ——嘘じゃないの。  本当は、この4人で生き残れるなら、……それでもいいって思ったの。ベストじゃなくてもベター。誰も生き残れないよりマシでしょう……?  だからこそ、ノエルにはそういう選択肢があることも伝えたの。私なりに、努力はしたわ。  ……そう。ノエルがここに残るって言ってくれればよかった話。でも彼は、それをしなかった。何も言わずに、私のオーパーツを受け取ろうとしてる。  それなら、仕方ないわよね……? 私だって、最初の計画通り、オーパーツを渡すだけなんだから——  ……ノエルはまだ少し訝しむような表情をしていた。それでも、ホープとセラが会話に入ってきたから、そちらに振り向く。 「また、会えるだろう? 僕らも未来に向かうんだから」 「そうなの?」 「僕らは相変わらずゲートは使えませんけどね。壊れたタイムカプセルを修理するかして、未来に向かいます。ここまで来たら、とことん行くところまで行きますよ。一緒に戦いましょう! 守りたいものは、そこにあるんです」 「うん! ヴァニラとファング、そしてコクーンだね」 「……ライトニングもな」 「ええ、そうですね!」  ……馬鹿な、二人。  そしてノエルは、ようやくオーパーツを受け取った。まだ首を傾げていたけど、ホープとセラに言いくるめられる形で。  ……焦ったわ。まさか私が、あんな風になるなんて。ホープとセラが相手なら、ああはならなかったと思うけど。  でも……せっかくノエルが気付いても、周りの二人があれじゃあね。本当に、かわいそうなノエル。  でも、かわいそうだけど、もうオーパーツは渡しちゃったの。  もう終わり。もう、これ以上考えなくていい。ホープのことも、ノエルのことも。  ……なのに。  ——どうしてこんなに、悲しいんだろう…… (4) 何があっても(終) へ
「ライホプアリorアリサ愛溢れる短編」ライトさんと話すアリサ……というものだったんですけど、お応えできたでしょうか……そして寝てるホープを前にライトさんと話すアリサの場面を書いたのは書きましたが……どうにもシリアスな妄想しか広がらず……恐縮です……! 厳しい言葉しか出てきてくれないんです(涙) 時間ばっかりかかっちゃってすみません。1〜3で書きっぷりが安定しないしで反省しきりです。しかも終わりませんでした。まさかホープ編より長くなろうとは思いませんです。 主に人の弱さと強さ(3)(後半の方)といつか帰るところ(5)(最初の方)辺りに対応しております。 ブログの方