「今まで、ゆっくり話す時間がなかったと思わない? こんなにホープくんが時間取れる日ってなかなかないんだから、今日くらい、ホープくんの話を聞きたい。アリサもいないし。ねっ、ノエル」
「あぁ、そうだな。次に会うのはまた先になるだろうし」
「モグも今日はおとなしく聞いてるクポ」
「そうですね、お二人がグラビトンコアを集めてくれたおかげでアカデミー側もお二人と接する時間を作ってくれましたから。お二人がお気に召す話ができるかわかりませんが、いいですよ。……どんな話が聞きたいですか?」
LIVE TRIGGER どんな話が聞きたいって言おう?
○どうやったらそんなにすごい人になれるの?
×アリサと二人でタイムカプセルだなんて、付き合ってるの?
△お姉ちゃんのことは好きじゃなかったの?
□最初から最後まで全部
「えっ、そう聞かれると逆に難しいな。俺はどれって言われたらアリサかな……二人で時間を越えるって何だかさ」
「あ、あのアリサとは……」
「待って! そういうおもしろい話はもうちょっと後にとっとかなきゃ!
やっぱり最初から全部聞きたいな〜。カタストロフィがあってから、どんな風に過ごしてきたのか。だって本当にすごい人になってるから、びっくりしちゃった。もちろんアリサの話もね!」
「セラ……俺が話したって聞いてなかったりするのに、ホープの話だと全然違うのな」
「ノエルの話だっていつでも聞いてるじゃない。拗ねないで」
「拗ねてないけど」
「はいはい、わかりました、全部ちゃんと話しますから……まずはここはおさめてください」
「そうですね……まあ確かに今のアカデミーでも形式上最高顧問として扱ってもらい、いろんなことをやらせてもらってるわけですが、ここに来るまではやはり紆余曲折がありました。
僕自身は本当に、一人じゃ何もできない人ですよ。守りたいって思ったものが、目の前からなくなることが、すごく怖い。なくすのが嫌だから、前に進んでいる……というか、進ませられているという感覚ですよ、自分としては」
「……意外」
「ホープくんは、いつも迷うことなく前に進んでるイメージがあるよ」
「僕はこんなもんですよ。本来はただの甘ったれなんです。そういう姿は、限られた人以外には見せないようにしてるだけです。精神的にだったり、立場上だったり、理由は違いますけどね。
でも、心の中を見せられる人間関係っていうのを求めていないわけじゃないんですけどね。スノウの、人の気持ちを無視した接し方でさえ、時々どうしようもなく懐かしくなるくらいですから。あんな風にずかずかと入ってこられて、僕も遠慮なく文句ばかり言ってたけど……。どんな醜い感情を見せても、どんな態度を取ったって、そしてそれが後腐れなく受け止めてもらえる、そんな貴重な関係だったのかなって思うんですよ」
「……俺は……勘弁かな」
「ノエル!」
「あはは、まあ僕も、そんな風に思う日が来るなんて夢にも思いませんでしたね。
僕は母親を亡くし、ルシになって、世界を敵に回してしまった……小さな子どもにも怯えられて、やりきれなくて……スノウに八つ当たりするしかなかったんです。
でも、スノウは体を張って守ってくれて……スノウだけじゃない、サッズさんは優しく支えてくれて、ファングさんが力強く奮い立たせてくれて、ヴァニラさんが明るく励ましてくれて、ライトさんは……そう、ずっと、守ってくれてたんです。
僕にとって、あの五人はいつまで経っても特別な仲間なんです。一番大変な時を一緒に戦った仲間。その時の記憶はずっと心の中にあって、今でも同じ気持ちです。
……自分1人なら、あんな状況諦めてました。シ骸になって、一人さまようことになってたと思います。
でもみんながいて、だから僕は、この戦いが終わったらきっとみんなで幸せになるんだって、信じていたんです。
でも気がついたら……ファングさん、ヴァニラさんはクリスタルになってしまい、ライトさんもそうだと思い込み、みんないなくなっていって……戦いが終わったらきっとって描いていたものは、何一つそこにはなかったんです」
「ホープくん……」
「ライトさんは、前だけ見てろって、背中は守るって言ってくれました。みんな、仲間だろって笑って支えてくれました。
ものすごく温かくて、力強くて……だから、生きるか死ぬかだっていうのに、いつも希望を持って、前だけ見ていられたんです。甘ったれな僕でしたが、最後にはみんなにからかわれるくらいの前向きさだったんですよ。
でもコクーンに戻って、生活も落ち着いて……でも、みんなもいなくて、以前の生活にも戻りきれない自分がいた。背中はずっとひんやりしていて、怖かった。みんながいなくなってから、その大切さがじわじわと自分の中で膨らんでいったんです。あの騒乱の中、大変だったけど……いつも本音で接してくれる人たちがいて、こんなにも救われていたんだ……って……本当に思ったんです。
そんな喪失感を埋めるかのように、僕はカタストロフィの後、昼も夜も勉強に明け暮れました。勉強してコクーンに償いをするんだといって。……当時の僕にはそれしか思い浮かびませんでしたから。
でも、償うといっても勉強してどうすればいいのか、全くイメージできていませんでした。勉強すれば何とかなるといったような、生温い考えだったんですよ。
でもAF2年頃、そんな考えじゃだめなんだって思う出来事がありました。
悔しくて、焦っていて、……正直、思い出したくない時期です」
『おう、ホープ。大きくなったな。元気でやってるか?』
『わっ、びっくりした。リグディさん? どうしてここに?』
『たまたま通りがかった。アカデミーが着々と出来てきてるなと思っていたら顔が見えたからな。バルトロメイ氏と一緒か?』
『そうなんですけど、電話がかかってきて、社会勉強と思ってしばらく建設現場でも見学しておけと言ってどこかへ行っちゃいました』
『ん、臨時政府の絡みか? まあ俺のところには特に連絡ないから、大したことじゃないか。
お前は元気にしてたか? 成績優秀って聞いてるぜ。アカデミーに入るんだろ?』
『はい。推薦もいただきまして、お陰様でなんとか』
『前途洋々だねえ。……その割にはしけたツラしてやがるじゃねえか』
『しけた……ですかね。そんなことないですよ』
『じゃあなんだ、つまらないのか』
『そんなに顔に出てるんですか僕?
ちょっと自分でもよくわからなくて、何て言えばいいのかわからないんですけど……まず、早く学生じゃなくなりたい』
『なんだよ、これまでも飛び級重ねてきて、これ以上どうするつもりだよ? いいじゃねえか学生。俺だって学生からやり直したいくらいだぜ……まあ、戻ったところでどうせまた脱落するだけだけどな。
学生なんてずっとやっていられるわけじゃねえんだから、今はよく勉強も遊びもして、青春を謳歌しとけよ。お前友達多そうじゃねえか、モテそうだし』
『そんなことないです。それに、ライトさんもファングさんもヴァニラさんも大変な思いをしてるっていうのに、僕だけが楽しみを追うことなんてできないですよ』
『お前……』
『僕はリグディさんみたいに、コクーン復興のためにもっと現実的に尽くしたいんです。今は学生で、まだ何ができるわけでもない。アカデミーに入ったって、もしかしたらどうにもならないのかもしれない、僕は何の価値も生み出さない。コクーンのためにもならないし、ライトさんファングさんヴァニラさんの助けにもならない。ただ、その三人に生かされただけなんです』
『おいおい、お前がそんなこと言うな。悲しむぞ、あいつらもバルトロメイ氏も』
『ごめんなさい。自分でもちょっと言いたいことまとまってなくて……
もっとちゃんと現実的にコクーンの力になれる人になりたいんです。それには、今みたいに学生の身分に甘んじているのではいけないし、アカデミーに入っても足りないのかもしれない』
『……何、焦ってんだ』
『焦りますよ! だってスノウが……』
『スノウか。あいつ、何余計なこと言ってやがるんだ?』
『別に、スノウはいつも通りのスノウなんですけどね……。ライトさんを探すんだと言って、旅立っていきました』
『それは知ってる。俺のところにも来たからな。ライトニングについては、軍もちゃんと捜索隊を出してる』
『ファルシによる情報操作によらない正しい知識と情報を得ることができるようになったけど。ちゃんと真実を知るんだって思って、あれだけ頑張って勉強してきたけど。
それが全てじゃない。そんな勉強だけでは今も自分は全てを知ることができていないんだって、わかったんです。
ライトさんはクリスタルの柱になったって思われてたけど、そうじゃないんだってスノウは言った。ライトさんがどこかで別の場所で生きてるんだって。いなくなったと思っているのは僕らの記憶が書き換えられたからだって。
でも、僕にはそれがわからなかった! ここで勉強してたって、そんなこと知る由もなかった。僕は………クリスタルにはなってしまったかもしれないけど、せめて三人一緒だったら少しは寂しくないかな、なんて呑気に考えてただけだった! セラさんにはあろうことか、ライトさんがいたのはセラさんの夢だ、なんて言った! それが……たまらなく悔しいんです……。
そしてスノウは、ライトさんを探しに行きました。リグディさんも臨時政府に居ながらにして、捜索隊を出してくれてますよね。じゃあ僕は? みんながそれぞれのやり方で動いていますよね。僕は成績優秀なんて言われてるけど、それが何だってんだ? って。ライトさんが生きてることもわからない、探しに行くことも出来ない。
コクーンのためにもならず、何も知らず、ここでただ使えるかわからない勉強をしていい気になってるだなんて、考えたくないんです。そんなの、嫌なんです。それだったら一刻も早く外に出たい。気ばかり焦ってるのなんて、わかってます。でもどうしようもないんです』
『……あのな、他人と比べたって仕方ないんだ。お前が俺の真似をしたって仕方ないし、スノウのやり方だって真似すべきじゃない』
『……だから、スノウがライトさんを探しに行くと言った時、ついていくとは言わなかったですよ。口に出しかけましたけど、僕も同じことをすべきなのかどうかわからなかった。
まあ父さんもいますし、学校もあるしっていう理由もありますけど』
『それでいいさ。焦るなら、正しく焦るんだ』
『……正しく焦る?』
『今お前に必要なのは、自分なりの正しい目的と、正しい力だ。それがなきゃ誰だって、気が急いただけで空回りして終わるか、誤った道に行ってしまうか、道は正しいがたどり着けないで終わるか、どれかだな。
例えばお前がスノウを真似して外に出ることを望み、実際に外に出たとしよう。でもお前に武器はない。結局何もできずに終わる』
『残念ですけど、その通りです……それが悔しいです。……どうすればいいですか?』
『まずは力を持たないと何にもならない。自分の力と、組織の力だ』
『自分の力と、組織の力……』
『まず、人間向き不向きがあるんだから、コクーンとあの三人のために自分がどういうところで勝負できるのか考えろ。例えば俺は飛空挺と泥臭さなら誰にも負けない自信はあるし、スノウはあの向こう見ずさが突破力になるのかもしれないが、お前の持ち味は違うだろう? 全体を見渡して、洞察し、知識を生かして対策を考えていく。そういう方向で伸ばしていった方がいいだろ』
『あ、ありがとうございます』
『知識を伸ばす方向に行くなら、今はアカデミーが最善の選択肢だろう。なんせコクーンと下界の情報が全て入ってくる。アカデミーは確かにそれ自体は完全な組織じゃないし、お前の言ってたような情報が全て手に入るかというとそうじゃないかもしれないが、少なくともわかり次第すぐに入手できる場所だと言えるだろうさ。それに、情報がないなら自分で調査することだってできる。まずはそこで自分の実力を伸ばしていくんだ。
今は確かに学生だし何もできていないと思うかもしれないが、それもアカデミーに入ったときの基礎となる力をつけるのに必要な時間だって考えろ。まあ、俺には学生なんて向いてなかったけどな。まあ確かにただ勉強するなんて面白くないから、新しく学ぶ一つ一つの知識がどうコクーン復興に役立つのか考えながら勉強することだな。そうすりゃ、その考えた時間分が自分で研究する時に生きてきて、無駄にもならないだろ。合理的に焦るんだ』
『そっか……』
『そういう風にして実力がついたら、自分の属する組織の力を使えるようになるまでに上りつめろ。ここで言えば、アカデミーのことだ。個人の力だけではやれることに限界があるが、組織の力を自分が使えるようになれば、やれることが格段に広がるんだ』
『組織の力……権力ってことですか?』
『こういう一見薄汚さそうな話は絶対にバルトロメイ氏がお前に教えることはないだろうから、俺が言っておくが、権力が悪いことだなんて思うなよ。俺だって、元々は権力なんざ欲してなかったし、今だってそれがなけりゃ飛空挺乗るだけのただのオッサンだと思ってる。でも、やるべきことを効率よくやるためには権力が役に立つことがある。自分がやりたいことをやるために、自分が持ちうる力が何倍にもなるんだ。
つまり、お前一人でやるよりも早くライトニングが見つかるかもしれないし、ファングとヴァニラだって早くクリスタルから解放される日が来るかもしれないってことだ』
『えっ?』
『目的の話に移るぞ。
例えばの話だ。本当に何らかの原因で記憶が書き換えられているとしたら? コクーン全体が、何らかの原因で本来あるべき姿と違っているとしたら? ……コクーン全体の問題だろ。
アカデミーは、コクーンや下界の情報を正しく集約する場だ。そうなれば、お前の疑問だって調査対象になるだろう。つまり、自分で解明できるようになるんだ。……もしうまくいけば、ライトニングにだって会えるようになるのかもしれない』
『なるほど……!』
『例えば二つ目。今コクーンはファング、ヴァニラがクリスタルとなって支えてくれている。もし、何らかの原因で二人のクリスタルが元に戻ってしまったら? ……コクーンはまた墜落するのか? これも、コクーンが絶対に回避すべき問題だろう。
じゃあアカデミーはどうするのか? その二人以外の力でコクーンを維持する方法をちゃんと研究すべきなんじゃないか?
もし、だ。その研究がうまくいき、コクーンが別の方法で維持できるようになったとしよう。そうすればあの二人はコクーンを支える重荷から解放できるんじゃないのか? クリスタルから戻す方法だって考えられるかもしれない。
自分と組織の力を、うまく目的達成のために使うんだ』
『そうですね……!』
『俺もできることならあの二人を助けてやりたいとは思っちゃいるが、今は目の前の臨時政府対応で忙しいからな。仮に立場が許したとしても、俺の頭じゃ、コクーンを他の方法で維持するだとか、クリスタルから戻すだとかいう方法を考えるなんてのは難しそうだ』
『ありがとうございます! わかりました!』
『最後に……これは臨時政府に誘うときにバルトロメイ氏にも言ったんだが、お前も力を持とうとするなら汚いことはするな。実力で勝負しろ。汚いことも時には必要だけどな、いざという時、それをネタに足を引っ張る奴がいる。足を引っ張られるってことは、さっき言ってたようなやりたいことができなくなるってことだ。それは嫌だろ』
『……そうですね』
『そして、甘い汁を吸うな。お前はまだ若いし、女には気をつけろよ。ただし処世術のうちだと思って女には優しくしとけよ。ああでも、変なのにつかまって身を費やすなよ』
『それはまた、難しいことを言いますね。僕は基本的に女性にきつく接したことなんてないですよ』
『お前の場合は、だからこそ危ないんだ。万人に優しくしたら、それこそ変なのが寄ってくるじゃねえか。
付き合うなら、ちゃんと信頼できて大切に思える女にしとけよ。口うるさいオヤジみたいになってきたが』
『はは、そこは大丈夫ですよ。
……僕はそもそも元ルシですから。普通に暮らせるようになったと言っても、今までみたいにすべて元通りとはいかないと思ってます。一度は人の怖さも見てしまいましたし……男でも女でも、今は普通に接してますけど、一定の距離を保つようにしているんです。悲しいことではありますけど』
『……そうだったな』
『僕はいざという時に何か言われる材料を既に持ってしまっているわけですから、少しでも正しく歩かないとですよね。せっかくあの三人が名誉回復してくれたのに、僕がそれを台無しにするわけにはいきませんよね』
『……それだけの覚悟があれば……十分だ。
俺のやるべきことは、お前くらいの年でそんな覚悟をしなくてもいいような世の中にすることかな……』
「スノウがライトさんを探しに行って、僕はものすごく焦っていました。リグディさんは、焦るだけで何も見えていなかった僕に明確な目的をくれたんです。
そう、僕は、何かしていたい。何も知らず、何ができるかもわからず、不安に怯えて何もしていないのが嫌だ。書き換えられた記憶の謎を突き止め、ライトさんを探し出す。そして、ファングさんヴァニラさんがコクーンを支えなくてもよくなる方法を探す、それは誰もやれる人がいないのかもしれない……じゃあ、僕がやるしかないんじゃないか。そう思うようになりました」
「リグディさん……臨時政府の人だよね。直接会ったことはないけど、クリスタルの中から見たことがあるよ。それと、臨時政府への政権交代のときの映像、それから……お姉ちゃんとヴァニラとファングさんを、コクーンの英雄だって発表してた映像」
「逆に僕はセラさんに聞きたかった。その臨時政府の発表を、どんな気持ちで聞いていたのか……」
「すごく遠くのものを見ているイメージ、かな……。もう何が夢で、何が現実なのかわからなかったよ。
スノウだけじゃない、再会したときにいたみんなだけじゃない、そしてやっぱり臨時政府も、誰もお姉ちゃんが生きていることを覚えていない。みんなお姉ちゃんがいなくなったものとして扱おうとしてるって……」
「本当に謝ります。セラさんがライトさんに会ったことを、夢だなんて言ってしまって……本当に後悔しています」
「ううん、いいの。あの時は誰もわからなかったんだから……。
だけど、ずっと違和感は消えてくれなくて、納得できないから、自分の中では時間が止まったみたいで……。
でも、スノウは話を聞いてくれて、信じてくれたんだ……」
「……ただのバカだからだろ」
「気が合いますねノエルくん。同意見です。先に言われてしまいました」
「……ひどっ」
「ははは、冗談ですセラさん。スノウは、僕たちがルシになりセラさんがクリスタルになった時も、一人だけ能天気に未来を信じていた。その空気の読めなさが本当に憎かったこともありますけどね。実際、そのおかげでコクーンは救われ、セラさんもクリスタルから戻った。バカみたいに未来を信じられるというのは、一種の才能ですよね。僕にはできないですから、本当に羨ましいですよ」
「……ん? やっぱり、ちょっとバカにしてるでしょ?」
「ちょっとじゃないクポ」
「いやいや、ね、違うでしょ? ホープくんだって未来を信じて、400年先まで来ちゃったわけでしょ? ノエルだって、未来を変えられるって信じてるわけでしょ? それで私にも信じろって言ったわけでしょ? バカみたいに未来を信じてるのは、みんな同じでしょ?」
「それはそう見えるかもしれないんですけど……スノウと一緒にしないでくださいと言いたくなりますね。僕の内面なんてドロドロですから」
「俺もあんな風に後先考えないやり方なんてしない」
「もう……いいです! で、ホープくん、次は?」
「あ、はい。すみません。
それからは、それまで以上に頑張り、アカデミーに入りました。その後は、ひたすら仕事をし、帰ってきてからも起きていれば本を読み、倒れるように寝る。"心は止めて身体で動け"なんてライトさんの言葉が、ずっと心の中にあった時期でした。早く寝ろ、ちゃんと食事しろと父さんが心配したこともありましたが、気にしていられませんでした。
やっていることとやりたいこととやるべきことが一致する瞬間、不安さえバネにできるのだと思いましたよ。
そしてAF5年、アリサのパラドクス報告書に出会いました。ビルジ遺跡にて、セラさん達がまだ未解明の発光体から出現したとの報告でした。お二人の使っていた呼称から、この発光体はゲートと呼ばれることになったのですが……
食い入るように、何度もこの報告書を読み返しました。そして僕自身、なんで自分が行かなかったのかとひどく後悔しましたよ。スノウもいなくなり、セラさんもいなくなり、サッズさんドッジくんも……もしかしたらみんなもセラさんと同じようにゲートを通って時空を行き来しているのかもしれないと考えはしましたが、確信もなく、会えることなら会って確認したかった。
僕は僕でアカデミーで頑張るんだ、と思ってはいましたけど、やっぱり一人でいるのはすごく不安で。みんながゲートを通っているとしたらなんで僕だけ通れないのか、と考えたりもしていました。オーパーツがゲートの鍵になっているのかもしれない、という説もありましたが、それでも僕にはゲートを通ることができない。なんでなんだ、って。なんで僕だけ? って」
「そうだな。一人一人消えてく、自分だけが残るっていうのは……不安だよな」
「いえ、僕はノエルくん程の状況じゃないんですけどね……」
「お姉ちゃんもスノウもいなかったけど、私はノラの人たちがいたからまだよかったのかな……甘えてたかな」
「別に不安比べしてるわけじゃない。不安は、不安。だろ?」
「それ、僕が不安がっていたとき、父さんも言ってくれました」
「……ホープくんも、本当に一人で不安を抱えてたんだよね。ホープくんも、あの時ビルジ遺跡にいられればよかったね」
「まあ、セラさんノエルくんに会えなかったのは残念でしたけど、今となってみれば、あの時ビルジ遺跡にいたのがアリサでよかったなと思いますね。僕ではなくアリサがビルジ遺跡にいて、セラさんノエルくんと出会ったことを報告し、その報告書を見て僕が報告者であるアリサ・ザイデルを研究ユニットにスカウトした。
もう衝動的でしたね、気がついたら、報告書に記載されたアリサ・ザイデルの電話番号を押していましたから。
でもそういった一連の出来事のおかげで、パラドクス研究が急速に進んでいったんです。僕の研究分野はゲートとパラドクス現象ではありましたが、一方では代替的なコクーンの維持方法についても考える必要があったので、パラドクス研究を彼女が主体的に進めてくれたのは幸いでした。
とはいえ、時間というものを考えると、焦り癖はなかなかなくならなかったですけどね」
『ホープ、今日の研究発表ご苦労だった。本部の面々も一様に驚いて、そして感嘆していた。よくここまでまとめあげたと』
『ありがとう、父さん。研究ユニットに優秀な助手がいて、その人のおかげでここまで進めてこれたんだ』
『共同研究者に名前のあった、ザイデルさんか。いずれにせよ、人と協力して物事を進めることができるのも、お前の力のうちだ』
『そういえば、リグディさんもそういうことを言ってたかな』
『リグディ?』
『あ、うん。何年前かな、5年くらいか。リグディさんが、僕に言ってくれてたんだ。目的を達成するために、自分の力だけじゃなくて、人の、組織の力を使えって』
『……そうか。5年前って、16歳だろう。年で判断するわけではないが、16歳の少年にするにはなかなかレベルの高いアドバイスだな。そういう面倒見のいい面もあるのかな』
『リグディさんは、面倒見いいよ。リグディさんもそうだし、レインズ准将含め騎兵隊の方々には本当にお世話になったから』
『カタストロフィの時か。時間が経つのは早いものだな。もうあれから7年も経つのか……』
『……7年?』
『ああ、今AF7年だからな。14歳だったお前も、こうして頼もしく成長し、21歳になった』
『21歳……』
『どうした?』
『………てことは研究を始めて、4年、か。4年間で達成した研究成果は、たったこれだけなんだな……』
『何を言ってる? まったく何もわからないところからあれだけのものをまとめあげるには、大変な努力が要っただろう。
この世界は何らかの原因で異なる時空間が存在している。そしてそれらはゲートによって繋がっており、そのためにパラドクスとなり、本来この時代にあるはずのないものが存在することとなっている。……そんな内容、4年前は誰もわからなかったんだ。研究によってそういう可能性が理論化され、現実的に起こっている様々な現象を説明できるということは、ものすごい進歩だろう』
『そうだよね。それもわかってるんだ……でもね、研究ばっかりしてたら自分の歳なんて忘れてたんだけど。もう僕21歳なんだなって。
カタストロフィの時のライトさんと同じ年になったんだ……』
『……そう、だな……』
『これまでの研究で、パラドクスとゲートの関係がわかった。わかったといっても仮説のみで、完全に解明されたとは言い切れない。
4年でこれだとすれば、パラドクスが完全に解明されるまでに何年かかるんだろう。仮に解明されたとして、パラドクスを解消するにはさらに何年かかるんだろう。
……何百年、なのかな。
そうしたら……もう生きていないよね。父さんも僕も。
ライトさんはどこかへ消え、他のみんなもどこかへ消えてしまった。パラドクスを解消すればそんなこともなくなるんじゃないかと思っていたんだけど……解明して解消するのに何百年かかるんだとしたら、もうみんなには二度と会えないのかな……』
『ホープ……』
『なんだかそれって、怖いな。
ごめん……なんか愚痴みたいになっちゃって。主任なんだから、そんなこと言っちゃいけないのに』
『ここはお前の家なんだから、そんな体面なんて気にしなくていいんだ。お前の母さんも、仲間もいない分、お前が立場も気にせず話せる場所なんて事実限られてしまっているんだから、たまには頼ってくれてもいいだろう。不安なら不安だって言えばいいんだ。
それに、アカデミーや研究の話なら力になれる』
『うん、ありがとう。
いや、不安は不安なんだけどね……愚痴を言ってる暇があったらさらに研究しろってことなんだろうな、とは思うよ。
自分としては、研究ユニットのみんなのおかげで研究が進んだように思っていたし、今日もちゃんと報告できてよかったってほっとしていたんだけど……そうじゃない、もっと頑張らないといけないんだなって再認識させられた』
『そうか……。
一つ間違いなく言えるのは、最初の第一歩が大事だということだ。何もないところから人は考えることはできない。仮説なり何なりの材料があってこそ、検討は進み、事実が解明されていく。そこでようやく、事実に潜む問題点を特定し、対応策を検討していくことができる。
……お前が今日アカデミー本部で発表したのは、その最初の一番重要な部分だ。今後、それに基づいて様々に仮説が提起され、検証され、そして問題の特定と対応につながっていくだろう。
つまりお前は、一番時間のかかる、難しい部分をやったんだ。今後は、もう少し解明のスピードが上がっていくだろうさ。お前は頑張っているし、事実研究も進んでいるんだから、あんまり心配しすぎるな』
『……リグディさんからも焦るなって言われてたのに、またやっちゃったかな?』
『焦ったら、また言ってくれればいいだろう。それに、焦りも正しく使えば物事の推進力になる』
『ありがとう……それもそういえばリグディさんに言われてたか……あーあ、成長してないなあ、僕』
『はは、いいじゃないか。21歳らしくて』
「すごくいい親子……」
「実際、解明のスピードが上がっていくと父さんが言ってくれたのは正解でした。
時間軸を特定するための計算式も、アリサが考えてくれたんです。それを使えばセラさんに会えるのではないか? と掘り下げていったところ、AF10年にお二人がヤシャス山に現れる予測もできたんです。本当に興奮しました。確かに、物事は進んでいるんだって。今度こそ、二人に会おう。そしていろいろと話そう。お二人の役に立ちそうな情報は出来る限り用意しておこう。そう決意しました」
「ありがとう、ホープくん。確かに、たくさんの情報を教えてくれて、すごく助かったよ。本当に手探り状態だったから」
「こちらこそ、ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです」
「大きかったのは、やはりあの予言の書ですね。
予言の書を見つけてくれたのは、やはりアリサのいるグループでした。AF10年頃、パドラ遺跡発掘作業の進捗状況の取りまとめをしていたところ、見てください! って駆け込んできてくれたんです」
『なんだろう? 五角形の面があって……中は見えないか』
『映像記録装置みたいなんです。画質は粗いのですし、いつどこの映像なのかわからないのですが……』
研究員が手をかざして現れたのは、画質は粗いけど、忘れもしないラグナロクの映像。そしてその後に映るのは……見たことのない鎧をまとっているけど、オーディンにまたがり戦っている女性……この凛とした眼差しを、僕は知ってる。
少しも動けなくて、殴られたように頭が痛くて。何とか動かせたのは、口だけだった。
『……もう一回』
『え』
『もう一回、再生して』
『はい』
再度、同じ映像が繰り返される。
何百年も前の地層から発掘されたこの装置に、ほんの数年前のカタストロフィの映像が映っているということは、オーディンにまたがり戦う女性の映像は現在、もしくは未来を映したものなのか。とすれば、この女性は、セラさんの言うように……クリスタルになっていない? 知らないところで、一人戦っている?
映像が終わると、静寂さだけが残った。
『……エクレール・ファロン』
アリサの言葉に、心臓が止まるかと思った。
『先輩と一緒に行動していた、コクーンを救った英雄の一人。通称ライトニング。AF5年にビルジ遺跡に現れたセラ・ファロンのお姉さん』
『……彼女は、クリスタルとなってコクーンを支えているってことじゃなかったのか?』
『わからない。そもそも、本人なのかどうかも確証はないから……でも仮に、本人だとしたら……』
『何百年も前の遺跡から出土した映像に、今生きているはずの人が映っている? とすれば、この装置は、未来を映す装置?』
『そういう可能性もあるってこと。パドラには、時詠みの一族の伝説があるよね……もしかしたら時詠みの巫女が未来を詠み、ここに記録したと考えられるんじゃないかしら』
『だとすれば、やっぱりここに映っているのがエクレール・ファロン元軍曹である可能性も高いってことか』
『そう考えられるんじゃないかしら。ねえ? 先輩』
『………』
『せんぱ〜い』
『……僕もそう思ってた。でも……これだけでは断定はできない』
『慎重ですね』
『明日以降、もっと解析しましょう。この装置が、いつ作られたものなのか。中のデータがいつ記録されたものなのか』
『了解です。でも先輩、思ったより冷静ですね』
『そんなことないよ。でも……まさかね、自分まで映っているとも思わなかったし。これは本当なのか、って思うよ』
『まあ私はこれ、ホンモノだと思ってますけどね。どちらにしても、詳しい解析にかけましょう。じゃ、また明日』
『お疲れさまです、また明日』
『うん、ありがとう』
みんなの手前、断定はできないとは言ったけれど………わかる。直感がそうだと言ってる。あれは、ライトさんだ。
どこを探しても見つからなかったと、リグディさんが言っていた。でも、いつかわからないけれども、どこかで生きている。そして、一人だけで戦っているんだ。
ふらふらと一人で遺跡を歩いていると、色々なことが頭に浮かんでは、消えていく。
『全然、守れてないじゃん……』
三人でいれば、ちょっとは気持ちが紛れるかな……なんて、一瞬でも思っていた昔の自分。
セラさんに、ライトさんがいたのはセラさんの夢だ、なんて口にし、信じてもいなかった昔の自分。
別の場所にいるんだとしても、もしかしてそこで幸せに暮らしていられれば……と、能天気に思ったことのある自分。
知らなかったとはいえ、なんて浅はかだったんだろう。
僕もライトさんを守れたら……なんて殊勝だった過去の自分が、馬鹿みたいだ。ただ、口先だけだった。
『なんで、一人で戦ってることをわかってあげられなかったんだろう……』
ライトさんは、確かに強い。強さというよりはそのスピードで敵をなぎ倒すその戦闘スキルもさることながら、早くに軍隊に入り、親代わりにセラさんを育て上げた分だけ、強い精神力と人への優しさがある。一方で、自分のことは疎かで。人のために、自分の体も、自分の気持ちも、無視してしまうことがある。そうして突っ走っていった結果、もろさを露呈し大きな傷を作ってしまったり、選択を誤ってしまうことだってある。だから、一人で戦うなんてすべきじゃなくて、絶対に誰かが一緒にいるべきなんだ。
『なんで、僕はこのゲートを通れないんだろう……』
いつのまにか、ゲートの手前まで歩いてきた。
セラさんは、このゲートを通ってきたのだという。それがわかってからアカデミー側でもゲートを通れないか試してみたものの、できなかった。何か鍵が必要なのではないか? 発見された、手に乗る大きさの光る物体がそれなのではないか? と考え、色々な条件下で何度も何度も試してみたが、いい結果は得られなかった。
その物体をずっと鞄に入れていたことを思い出し、取り出し、ゲートにかざしてみる。……やはり、結果は変わらない。
これを通れば、ライトさんを助けることができるかもしれないのに。
武器や魔法で一緒に戦うことも、支援魔法をかけることもできるのに。
『僕は、なんで、ここにいるんだろう。
なんで、助けに行けないんだろう……。
ごめんなさい……ライトさん。
わかってあげられなくて、ごめんなさい……。守れなくて、ごめんなさい……』
「もう、なんで? と、ごめんなさい、しかなかったんです。
ライトさんがどこかで生きているという話はしていましたが、実際見てしまうと……自分がどれだけわかっていなかったかというのを、まざまざと認識させられました」
「お姉ちゃん……本当に、こうしている今も一人で戦ってるんだよね……。
私も会いたい。ゲート通れていても、まだ会えてないよ……」
「会いに行こう。ホープも。二人とも、ヴァルハラにいるライトニングにまだ会ってないんだもんな」
「ノエルくんは会ったんですよね。どんな様子だったんでしょうか?」
「え、どうって言うと……」
LIVE TRIGGER どんな様子だったって言おう?
○きれいでセクシーだった
×抱きとめられた
△カイアスにやられていた
□覚えていない
「…………あまりよく覚えていない」
「覚えてない???」
「えっ、そんなことないでしょノエル!」
「いや、パラドクスの影響で、記憶が混乱してるってことなんだ、多分。でも、言わなくてもいい内容なんだ、うん。
俺の中で何かが警鐘を鳴らしている……危ないって」
「ノエル、モグも危険を察知してるクポ」
「本当か。やっぱり」
「え、本当ですか? 僕にはわかりませんが、ちょっと心配ですね……」
「大したことないクポ。何もしなくてもそのうち消えるクポ。ホープは続きを話せばいいクポ」
「わ、わかりました。じゃあ、予言の書の解析の時の話でもしましょうか……」
『先輩〜、大丈夫ですか?』
『ごめん、書類、まだ読めてないんだ』
『そういう意味じゃないですよ! 確かにそっちもありますけど……お疲れみたいでしたから』
『ここ何日か、眠れてなくて』
『元々仕事のし過ぎで寝てないのに、さらにですか? 私も大概不眠症の気がありますけど、先輩も相当ですね。しかも書類まで読んでないなんて……珍しい』
『まあ大丈夫ですよ、ありがとう。それで何?』
『先日見つかった知覚投影記録システムの解析の経過報告です。
あの装置自体も中のデータが記録されたのも、年代は確かに出土した地層のものと一致しました。ですから、誰が何の目的でどうやって記録したかは別としても、あの内容は未来を映したものである可能性は極めて高いと思われます。
ただし、映像自体がノイズで乱れているので、手こずってます。引き続き解析を進めます』
時を越えて未来を知る。……何のために?
もし未来を知った時に、それを防ぐために現在に変化を起こしたら、その未来は変わるのだろうか? 未来を知るってことは、そういうことだろう。
……だったら? 現在を変えれば、未来が変わっていく……それが起こらなかった歴史に。
………だったら? 未来だけでなく、過去を変えることも可能じゃないのか?
そうすれば、ひょっとしたら、カタストロフィが起きなかった過去に変えられる?
直接変えることは難しいかもしれない。でも、例えば過去のセラさんや自分が、この予言の書を手にしていたら?
それを見た過去のセラさんは、遺跡に行かない。セラさんやドッジくんがルシにならない? そうすれば、パージも起きなかった? ……母さんも死ぬことがなかった? みんなと何らかの方法で出会って、みんなでファルシ=エデンを倒せばよかったんじゃないか。そうして、父さんと母さんと再会する……ライトさんも消えない。今もあんな風に戦っている必要はなくなる。
もし、もしも。
今映っているのはラグナロクとライトさんの映像だけど、例えば僕がこの装置を研究して、巫女の力を使わずして、ボーダムでルシにされるセラさんを映せたら?
全身が粟立つ。僕は、とんでもないものを手にしてしまったのかもしれない。
そんなことができるのであれば、僕は、アカデミーは、大きな歴史を変えられることになってしまう。
時詠みの一族の話が頭に思い浮かぶ。
"巫女は、時を詠み、未来を詠み、国のすべてを動かした……"
"滅びの運命を変えようとする者と、都を捨てる者と、絶望する者での争いが起きた……"
時を知るということは、そういうことだ。
でももしも、ちゃんと研究していくことで本当に映像を書き換えられることが可能になるのだとしたら? 僕は……どうする? みんなと会える現在を望むのか。
この装置の存在は、慎重に取り扱わないといけない。
アカデミーは、全ての情報を正しく速やかに公開することをポリシーとする機関だ。それでもこの情報をそのまま公開するには危険すぎる。きちんと正しく研究して、筋道を立てて説明しないといけない。
『アリサ、僕も解析に入るよ』
『えっ? 先輩自らですか?』
『そう。ちゃんと調べたいから』
『先輩が入れば、百人力ですね!』
『状況は?』
『見たままですね。今のところ、やっぱりノイズがひどくて。映っている背景もどこなのかわからないです』
『問題の原因の切り分けはできてる?』
『データや装置の異常は疑いましたが、特に問題なしです』
『とすると、データや装置以外の原因でノイズが発生している。映っている時間に、ノイズが発生している……時間が乱れている………これも、パラドクスの影響か?』
『なるほど……』
『まだ仮説でしかない。アリサ、この装置がどこのパラドクスの影響を受けているのか、特定することはできる? そのパラドクスが解消されれば、この装置のノイズももしかしたら解消できるかもしれない』
『わかりました。
ねえ先輩……この装置、自分の見たい時間軸の未来を指定できるようにならないのかしら』
『え?』
『例えば未来の自分がどうなってるか、気になりません?』
『それは……そうだね』
『それに、過去の自分がこれを見て、特定の行動を避けることによって、過去が変わることだってあるわけですよね。映像を書き換えればそれだって可能ですよね』
『………そう、だね。……僕も、同じことを考えていた』
危険だ、と思った。さっきまで自分が考えていたこととまるっきり同じだっていうのに、それを言うアリサの言葉はひどく怖いもののように思えた。
『それができるのかどうかは、わからないけどね』
『やってみましょうよ。先輩も同じこと考えてたんでしょ? じゃあ、考えは一致するじゃないですか』
『やってみてもいいけど……ちゃんと状況は報告すること』
『了解です!』
「その後、二つのことがわかりました。
一つは、自分たちでは映像を指定したり書き換えることはできない、ただの再生機能しかなさそうだ、ということ。カタストロフィをなかったことにして、母さん、ライトさん、ファングさん、ヴァニラさんを助けたかったなんていう希望はなくなったわけですが、僕は正直ほっとしました。アリサの言葉に怖さを感じたように、未来が変わるだけでなく過去までもが変わるのだとしたら、この歴史全体が一体どうなってしまうんだろう、と思っていましたから。アリサはひどく残念がってましたけどね。
そして二つ目は、AF10年、まさに自分たちのいる時代で起こっているパラドクスの影響を受けてノイズが発生しているようだということ。もしかしたら、これもセラさん達に関係しているのかもしれない……会えば、きっと何かがわかる。そう思っていました。
そして実際、セラさんノエルくんに会えたことで、パラドクスが解消し、ノイズもなくなった」
「うん、そうだね」
「そして、コクーンを落とし、世界を滅ぼそうとしている奴がいることもわかった。
でもセラさんノエルくんが時空の歪みをひとつひとつ直していってくれていて、そして二人と協力して、こちらでもコクーンの被害を食い止めるようにしていけば、コクーンが、そしてもちろんライトさんもファングさんもヴァニラさんを助けることもできるんだって。
そしてライトさんだって、今は別のところにいるけれど、離れていても一緒に戦っているんだって」
そう、僕は時間を越えられない。
でもだからこそ、現在でしかできないことがあるはずだ。考えろ。
元々は、コクーンをファングさんヴァニラさんのクリスタル以外の方法で維持することを考えてた。それがあれば、みんなが助かるはず。
過去は変わらなかったとしても、未来を変えることができる。
「ホープの頑張りがあるからこそ、俺たちも未来を変えるために頑張れてる。あんたのおかげだ」
「いやいや、逆です。セラさんとノエルくんに会えたことが、不安に押し潰されそうな僕に、光を差してくれたんですよ」
「みんなライトニング様のためクポ」
「モグ……正解!」
「そしてコクーンをクリスタル以外の方法で浮かべるべく、またアリサと一緒に試行錯誤するわけなんですが……」
「で? で? で? 結局アリサとは? 付き合ってるの? ホープくん!」
「セラ……今ここでそれ?」
「いいじゃない。アリサ! って聞いて思い出しちゃったんだから。ノエルだって気になってたんでしょ?」
「俺は……言うほどじゃない。言ってはみたけど、そういう感じじゃないと思ってた」
「私だってそうあってほしいわけじゃないよ。でも、距離近いじゃない」
「まあ、物理的な距離が近いと感じるかもしれないですけど、精神的にはそれほどでもないです。さっきも言ったAF10年でのセラさんとの再会の後、こういうことがありました」
『さて、今回のゲート解析も終わったし……』
『ねえねえホープ先輩〜。たまにはご飯食べに行きましょうよ! 最近ずっと山に篭ってるんですから、パルムポルムに帰ってきた時くらいは美味しいもの食べたいです!』
『いつもそうだけど、アリサ、くっつき過ぎだから……』
『そうでもしないと遠いことばっかり考えて、私の話なんて聞かないんですもん。ねっ、たまにはいいでしょ?』
『ごめんアリサ、こっちの作業は終わったけど、他の報告書読まないと。ヤシャス山に行ってた間に随分溜まっちゃって。それに第三研究ユニットからも報告書の確認依頼が来てる』
『第三? 第一とは関係ないじゃないですか』
『そんなわけにもいかない。こっちの研究と関連ありそうな内容みたいだから。うまくそういうところで連携取っていけば、こっちの研究だって進むかもしれないんだからね』
『帰ってきて早々……。ホープ先輩って、ほんとに仕事人間ですね……』
『まあ、それしかできないからね』
『……ねえ先輩、私たちがこうやって頑張って仕事してパラドクスを研究するのって、何のためなんでしたっけ』
『……今更だね。
今、世界は滅びの運命を辿ってしまっている……この前見た予言の書には、カイアスによってコクーンが落とされる姿が描かれている。
僕たちには時空を旅する能力はない。でも、僕らにだって今ここでしかできないことがある。時空を旅するセラさん、ノエルくんと協力することで、パラドクスを解消していくこと。コクーンが堕ちる要因を一つ一つ潰していって、コクーンが落ちない世界を作ること、もしくは落ちたとしても被害が最小限に抑えられること。今、それが僕らの研究の目的だよね』
『パラドクスが全部解消したらって、考えたことあります?』
『そりゃあね……僕は本当に、コクーンが落ちずに幸せな世界が続いていくことを願っている。未来までずっと』
『まっじめ〜。そんなホープ先輩は、私と付き合えばいいんですよ』
『はっ? 今なんでそうなった』
『ほらほら〜、私だって一応、女の子ですし!』
『いや押し付けなくていいから!』
『え、これじゃ足りないって言ってます? 別に私じゃなくたっていいんですよ? じゃあセリスにでも声かけてみます? 巨乳ですし! 彼女だって絶対、先輩がいいって言えば行けますよ!』
『いやいや、行ける行けないじゃなくて!』
『え〜、なんでですか? アカデミー内恋愛が嫌ってことですか? じゃあ合コンします? 先輩合コンとかしたことなさそうですよね〜。でも大丈夫ですよ、先輩なら"あなたの笑顔が好きだから"ってスマイルしとけば誰でも選び放題ですよ! ていうか、真面目なフリしてそういうこと平気で言ってそうですよね?』
『ほっとけ!』
『あれ? もしかして図星でした? 言ってみただけなのに〜』
『もういいから!』
『え〜〜じゃあなんでなんですか? 付き合ったことないですか? いいコいなかったですか?』
『……今日は随分食い下がるねアリサ……。
まあそもそも僕と付き合おうなんて人そんないないしね。付き合ったことはあるけど、違った。それだけだよ』
『違った?』
『はっきり言えば、時間の無駄。』
『うわっ、先輩ぃ~その顔でそれ言っちゃいます? 女の子傷つきますよ』
『少し会えばまた会いたいって言ってきて、僕は忙しいですって言ってるのに、連絡ばかりしてきて』
『あの〜先輩、恋愛ってそういうもんじゃないですか?』
『向こうは会えば満足なのかもしれないけど、僕にとっては、パラドクス研究が進んで、コクーンが救われる道を探すほうが大事だった。目的が違った』
『はあ、目的ですか』
『付き合えば付き合うほど、違いがわかるだけだった。自分にとって大切じゃないことがわかるだけだった……残念だけど、それだけだね』
『……迷いないですね』
『迷ってばかりなんだけどね』
『自分で言うほどじゃないですよ。先輩はいつも迷いなく、未来だけ見てる。私、先輩のそういうところ……大好きだけど、大っ嫌いなんです』
『……大っ嫌い……』
『私にとっては、今が全てなんです。今の延長線でしか考えられないんです。人間、普通、今あるものの延長線で考えるものですよね。ないものを前提にした考え方なんて、できないんです。
今が大事だって、思いませんか? 今だって、いいじゃないですか。
例えば、人と会って楽しい時間を過ごして、あ〜楽しかったな、この人たちに囲まれてよかったな、もっと今みたいな時間が続けばいいな、とか思うことないですか? 私はありますよ。一日が新鮮な楽しさと驚きに溢れていて、ああ今日も生きていてよかったな、って思うんです。アカデミーの日々だって同じです。ホープ先輩がいて、みんながいて、たまには大変だなって思うこともありますけど、まだ未知の分野を研究するっていうことに日々いい刺激を受けて過ごしていますよ。
昔の話ですが……私はこういう性格ですから好き嫌いだって激しいかもしれないですけど、でも、そんな中でもいつも一緒に遊んでくれて、私の発言も面白いって言ってくれる友達がいました。彼女と一緒にいると本当に楽しくて、いろんなことを話せて、ほんと最高のパートナーだったんです……でも、そんな彼女もパージで死んじゃいましたけどね……。でも、本当にネーナの分まで今の人生大事にしていかなきゃ! って思ったんですよ。
ね、先輩は今じゃない世界のことばかり見ていますけど、もっと身近なものに目を向けてみてください。ああ、この人との会話はためになるなとか、ちょっと合わないと思ってたけどこういう女の子もいて面白いな、とか。気づかないだけで、たくさんいいところもあるんです。そういう風に見てみたら、ああ、今の時代もいいな、このままでもいいんじゃないかな、って思いますよ』
『アリサ。君の言ってることはすごくよくわかるよ。………でもこの世界は、今の延長線じゃパラドクスは解消されないし、コクーンはカイアスによって落とされる』
『私だって、コクーンが堕ちればいいなんてことまでは言ってないです。
でもわからなくなるんです。どこからがパラドクスなんですか? どこまでパラドクスを解消すればいいんですか? 全て解消しないと、コクーンが守られないんですか?
じゃあ全部解消したら、今あるもの、今まで私たちがしてきたこと、全部ゼロになるんですか? 全て以前の歴史にリセットされるってことなんですか? "それもパラドクスだったね”って言って、元に戻ればそれで全てオッケー! 幸せ! ってことなんですか?
例えば今、この第一研究ユニットのみんな、頑張ってますよね。パラドクスを解明するためですけど、アカデミーで、ホープ先輩の下で研究できることをみんな嬉しく思ってるんですよ。わかってます? ホープ先輩、こういうのも全部なくなればいいと思ってるんですか?』
『……そんなことはない。僕は、みんなのためにも、コクーンと世界を救いたい』
『それ、正直建前ですよね?』
『……嘘だとでも?』
『じゃあ聞き方変えましょうか? みんなって、誰なんですか? 例えばずっと自分の仲間に会えないけど世界は続いていくのと、仲間に会えて何百年後に世界が終わるのと、どちらを選ぶんですか?』
その時の僕の頭に思い浮かんだのは、クリスタルの欠片が舞い乱れる中、手をつなぎ微笑んでラグナロクへと姿を変えていった三人の仲間の姿。そこにいたはずの一人は、予言の書に映し出された灰色の世界で孤独に戦っている。記憶と現実との乖離。どちらにせよ揺るぎない事実は、三人の仲間が今も自分を犠牲にし、世界のために戦っているということ。
『………世界を救うことの方が大事』
『はあ、嘘ですね。そう言ってるだけですよね。もっと正直になればいいじゃないですか?』
『なんでだよ』
『もういいですよ。もう話に飽きたんで、帰ります。先輩は前向きに頑張ってください! でも、今度ご飯おごってくださいね? 何なら合コンでもいいですよ。じゃ!』
『あ、アリサ……』
「………どこまでパラドクスを解消すれば……かあ」
「確かに、どこまでパラドクスを解消すればいいのか。コクーンと世界を救うということは、その時世界がどうなっていることなのか。そして、仲間と会えないとしてもいいのか? と改めて問われると……自分が口だけで答えていることは、自覚していました。
でもやっぱり、コクーンとこの世界のために自分を犠牲にしている人のことを考えると……その人達の思いを無にすることができない、と、やっぱり思ったんです」
「……俺は……みんなが笑い合える世界であればって思ってる。それであれば、どんな世界だって俺は受け入れられると思う」
「そうですね。僕もそうやって言えればよかったんですけどね。その時はその答えを口にすることが苦しくて、ちょっとだけスノウに会いたくなりました」
「えっスノウ? なんでそこでスノウが出てくるの?」
「”よくわかんねーけど、正解だから正解なんだ! "みたいなこと言ってくれそうじゃないですか? そういうバカらしさが欲しいときもあります」
「間違いないな」
「もう……さっきから二人とも……」
「すみません。気を取り直して……
今が大事だというアリサ、未来が大事な僕。もちろん意見の相違なんて誰しもあるものですけどね。しかしそもそも、そんな風に話していたとしてもぎりぎりのラインで腹を割って話せない、お互いに、自分の核になるものを隠したまま話している。一番近くにいるアリサとですら、そういう関係でした」
「そうなんだ……」
「と、いうわけでですね………大っ嫌いとまで言われてしまいましたので、そんな僕らが付き合ってるなんてことはないですよ」
「そうなんだあぁ。付き合っててほしいわけじゃないけど、ちょっと不思議。ていうか、ホープくんて見た目よりも冷たいね! 時間の無駄だなんて言われたら泣いちゃうよ」
「そう思う人もいた、ってくらいの話ですよ。違った、その人ではなかった、ってことです」
LIVE TRIGGER ホープになんて聞こう?
○じゃあ、お姉ちゃんみたいな人がいいの?
×もしかして、私が好き?
△実は、ノエルみたいな人?!
□ひょっとしてモグ?
「う、うううん……」
「どうしました?」
「ううん……ちょっと時間切れ……聞きたいのになんか聞けない……」
「大丈夫ですか? 気分が悪いですか?」
「セラは元気クポ。元の話に戻ればいいクポ」
「モグ、実はお前さっきから仕切ってるな」
「モグはお目付役クポ。当然クポ!」
「うん……それでいいよ。なんだっけ。コクーンを浮かべる方法……だよね」
(2) 不安と希望と へ
今見ると恥ずかしいです。続く。
アリサ編 Find Your Way
(1) 私だって、に対応しております。
ホープ編を通して、ノエル編 いつか帰るところ
(5) ホープがいてくれてよかった に対応しております。