文字サイズ・配色変更(試験版)

長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

    背景
  • 元に戻す
  • ピンク
  • 青紫
  • 灰色
  • 反転
    文字サイズ
  • 元に戻す
  • 少し大きく
  • 大きく
    文字の太さ
  • 元に戻す
  • 太字
    行間
  • 元に戻す
  • 空ける

トップページ > > FF13 > いつか帰るところ

いつか帰るところ(4)

(3) 俺だから笑ってくれるわけじゃない へ 新都アカデミア AF4XX年  セラが無事ならそれでいい。そんな風に思ったのはついさっきのことなのに。  デミ・ファルシのいない平和なアカデミア。そこで俺を待ってたのは、また違う感情だった。  アカデミアは相変わらず、高い建物だらけ。空にはエアカーとかいうのが飛んでいて。ネオ・ボーダムやサンレス水郷と違って、緑豊かな匂いはしないけど。  晴れた空。たくさんの人。シ骸じゃない、生きてる人が穏やかに暮らす世界。 「やったんだな、……俺たち」 「ユールも喜んでるよね」  気持ちのいい風が吹いてきて、髪を揺らす。自然に笑みがこぼれる。 「これが……視たかったんだよな?」  この時代のユールはもう、いないけど。みんなが笑ってる未来が視たかったって、期待してるって笑ってくれたアガスティアタワーのユール。どこかで、これを視て微笑んでくれればいい。 「お二人が守った未来です」  突然、横から声をかけられた。……知ってる声。振り向くと、知ってる顔。穏やかな銀髪と……勝ち気な金髪の……。  ……ホープ? アリサ?   確信が持てなくてセラを見る。「……本物?」セラも困った顔をしている。 「モグ。今度こそ見破って来い」 「ク、クポ!?」ふらふらと飛んでいく。「ほ、本物かクポ! 吐くんだクポ! 騙そうったってそうはいかないクポ!」 「もう、ひどいなあ。決死の覚悟で会いに来たのに」  ホープとアリサの周りを飛び回るモグに、苦笑するホープ。 「本物ですよ、幻覚でもありません。何年ぶりの再会になるのかな、アリサ」 「390年ぶりですね」  笑顔のアリサが、俺に向かって手を差し出す。  えっと……手を差し出すのは、挨拶だったよな? 俺の時代では滅多にこういうことしなかったけど。 「ご活躍だったみたいね」  デュプリケート・アリサとの違い、わかるか?   じっと見つめる。アリサの真似をして俺も手を差し出してみる。力強く握手して、俺に笑いかけてくれるアリサ。……でも、その手に込められる力に、妙な圧力を感じて。その時に浮かんだものを言葉にするなら、余計なこと言うんじゃないわよ、か。ヤシャス山で色々言ったことを気にしてるのか? ……大丈夫、言うわけないだろ……とでも返してみる。以心伝心なんてものがあるのかは、わからないけど。  そして、セラと握手するのかと思えば……あ、セラとは握手しない……んだな? そのせいなのか、セラはホープと握手してる。考え過ぎ? いや、そんなことない。  うん……善し悪しはさておき、きっとあのアリサ。多分、本物。 「その話も是非お聞かせいただきたいですし、お二人も僕らがなんでここにいるのか知りたいですよね? 話したいことは山ほどあるので、今すぐに……と言いたいところではあるのですが、お二人ともずっとバタバタしてたでしょう?」  ホープはホープで、相変わらず穏やかな中にも活力のある話し方をしている。うん、デュプリケートの濃淡のない話し方とは違う。 「せっかくですから気分転換も兼ねて、このアカデミアをゆっくり歩いて、お二人が守った未来を実感してみてください。……ほら、ここを歩く人達みんな、穏やかな表情をしているでしょう?」  といって、ホープが大通りの方向を指す。まだ見慣れない、ものすごく高い建物が並んでいるけど。  俺の時代とは違って、人がたくさんいて。笑いながら歩いてる。子供たちが走って、転ぶ姿もある。恐れるものがない、穏やかな日常の風景。 「よかった。……この時代、救えたんだ」  ホープもアリサも機械に襲われてるんじゃなくて、こうやって元気に話してる姿。  また一つ、歴史を変えたんだって心が熱くなる。  見ると、セラも、そうだね、と微笑みを返してくれる。 「できれば俺、アカデミアの人達と少しでも話してみたい。今まで普通の人と話す暇なかったから。この時代に生きてる人達がどんなこと考えて過ごしてるのか、知りたい。聞いてみたい」 「うん、そうだね。じゃあホープくん、お言葉に甘えて、ちょっと見て回ってからでもいいかな?」 「ええ、もちろんです。それでは後で、本部までお越し下さい。アカデミーを挙げて歓迎します」 「先輩ったら、本部がどこか教えてあげないと、来てもらえませんよ?」 「はは、ごめんごめん。すみませんお二人とも。あの一番高い建物です」  そして、その指が差す方向には、シ骸のいたアカデミアにいたデミ・ファルシの姿はない。 「私も仕事しながらゆっくり待ってるから。それじゃ後で」  ホープとアリサの背中が小さくなっていくのを見ながら、俺たちも歩き出す。 「今度こそ……本物。ここが、本当のアカデミア。ホープが作りたかったもの。ちゃんと、救えた」 「本当に、そうだね。……よかった」  うん、とセラも頷く。モグも、クポクポ言いながらふわふわと浮いてる。 「もうファルシはいない。人が何かを恐れながら生きる時代じゃないんだ、もう」 「一つ、歴史を変えたんだよね。私たち」  太陽の光を浴びてそんな風に話しながら歩く。あの暗い雨の中で苛立ちながら戦った夜が嘘のように、穏やか。  セラも、笑顔を浮かべて隣で歩いてて。それを見て、俺も嬉しくなって。そんな自分に気付いて……頭を掻く。  う〜ん……  そんなところで突然、俺の半分くらいの身長の少年が二人、目の前に立ちふさがる。 「でたな〜っ! パラドクスまじん!」  そう叫んで、二人とも何か持つようなフリで今にも戦い出しそうな構えをしてる、けど。 「お、俺?!」 「ノエルだよ! パラドクスまじん!」  セラもなんか楽しそうに言うけど。 「くらえ! アカデミアのひみつへいき! どっかーーーん!」  ま、待ったなし?  「うっ、うわあああぁぁ!」  胸を押さえながら自分でも大げさと思うくらいに後ずさって、地面に倒れ込んでみた。ついでに転がってみた。……硬い地面が、少し痛い。光が、眩しい。 「やった!!」 「かったぞ!!」  上がる歓声。 「くそっ………さすがはひみつへいき! は、敗北……」  そう言ってはみるけど。 「みらいがかわった! せかいにへいわがもどった!」  そんな風に手を上げて喜んでいるのが見えれば、悪い気はしない。むしろ逆。 「負けちゃったね〜、ノエル」 「負けたクポ〜」  セラが歩いてきて、優しいような、からかうような笑顔で手を差し出してくれる。モグのポンポンもどこか元気な気がする。 「パラドクスまじんなら、負けてしょうがない。普段なら、勝つけど」 「ふふ、そうだね」  負けるのなんて大嫌いだけど、たまにはこういうのも悪くない。セラの手を借りて、立ち上がる。 「すみませんね〜、ありがとう。子供たちの遊びに付き合ってもらっちゃって」  少年の両親? 茶色い髪の男性と、長い赤毛の女性が近づいてくる。かがむと、子供の頬に顔を寄せてキスをした。 「遊んでもらってよかったな。ほら、お礼を言いなさい」 「うん。おにいさん、ありがとー!」  頭を撫でて、顔をくっつけて、手をつないで、笑ってて。平和な世界での親と子の親愛の表現って……こういうものか?  「いや、俺も……楽しかった」 「ね。お子さん、かわいいですね〜」 「かわいいけどね、大変よー。男の子なんてこれくらい大きくなると、遊びに付き合いきれないもの。旦那も、もう無理だ〜、ってお手上げ」 「普段動き回る仕事してないもんで、走り回るのもきつくて。その点、君はきっといい父親になるぞ」 「ほんとね〜、旦那がこうやって子供と遊んでくれる人だと、ほんと助かるわよ。ね、あなたもそう思うわよね?」  そうやって、俺とセラに交互に言うけど。 「そうですねぇ……あはは」  セラの言葉をぼんやりと聞きながら、考える。……いい父親?  「ね、あなただってまんざらでもないでしょ?」  まんざら……って、何だ。 「何だろう。考えたことなかったけど、どんなもんなんだろうな……って思って。父親……家族……こういう感じ?」  俺の父親も早くに死んだし。あまりイメージ付かないけど。 「家族ができると、頑張らなきゃなって思わせてくれるよ。仕事が大変でも、力が出せる気がするな。帰るところがあるからさ」 「帰るところ……」 「ま、そんなこと言っても家で男が強いのは子供が産まれるまでだけどな。君も気を付けたほうがいいぞ。どんな女性でも、豹変するから」 「そんなことないじゃない。いつだって優しくしてるはずなのに〜」  そんな風に軽口叩いてるかもしれないけど。 「……楽しそうだな」 「まあそれはそうよ。ねえ」 「ああ、そのうちわかるよ」 「えぇと、あの……」 「ね! そのうち」 「まあ、そうですね……」 「……そっか」  そんなこと考えても……そのうちってのは、来ないけど。 「まあそれまでは、また見かけたらうちの子とパラドクス戦争ごっこで遊んであげて」 「パラドクス戦争ごっこ?」 「そう、さっきの遊び。アカデミアがパラドクス魔人を倒すの。今流行ってるのよ」 「流行る?」  ごっこ、って言われてもな。実際にパラドクスの戦いはあるんだけど。それが遊びとして流行ってるって……俺からすれば変な感覚。 「それが、普通?」 「以前はなかったけど、ホープ・エストハイムさんが現れてコクーン墜落やパラドクスとの戦いの話をされてからは、子供たちも夢中になっちゃって」 「ホープを知ってるのか?」  知ってる名前が出てきたから、何気なく聞いた質問。だけど、突然母親の顔色が変わった。 「だめよあなた! ホープさんを呼び捨てにするなんて! お、恐れ多いにも程があるわ!」  ……何か、まずかった?  「……す、すみません! 私たち、このアカデミアのことまだよく知らなくて……だ、駄目だよノエル。ホープくん、きっとすごい人なんだよ」  ここに来て、セラが出てきてくれるけど。 「ホープくん? あなたこそ馴れ馴れしいわね! ホープくんなんて……私だって呼んだことないのに!」 「ごめんなさい! えっと……教えてもらえませんか?」  またお母さんのホープさん話が始まった〜、と少年たちはまた駆け出していき、父親はやれやれという仕草をした。話ができるのは嬉しいし、ホープの話も聞いてみたいけど。……俺はここにいていいのか? まあ、でも聞こう。 「ホープさんは、言わずと知れたアカデミー史のカリスマ。このアカデミーの発展の基礎も、この街の構想も、全部彼が創ったのよ。400年前から時を超えてこの時代に来たのよ」  てことはやっぱりホープは、AF10年ヤシャス山で会った後にこの時代に来たってことか。 「時を超えてって……どうやってですか?」 「そんな具体的にはよくわからないけど、アカデミーの技術でよ。アカデミーの持つ科学技術はすごいわほんとに。ホープさんがいてアカデミーがあれば、将来コクーンが落ちるって言ったってきっと大丈夫よ」  詳細は不明。でもものすごい信頼感。直接その時代に行けなくてもコクーンを救える方法はある、ってヤシャス山では言ってたけど。……ん? てことは、今のホープはコクーンを救う技術も持ってて、直接その時代にも行けるようになったってことか? ……もし本当だとすれば、すごくないか?  「あの……ホープさんは、何をされてるんですか?」 「ホープさんは今、アカデミーの最高顧問なのよ。そして、巨大組織になったアカデミーを見事にまとめてるじゃない〜。ってことは、全コクーンをも動かしてるってことよ? その指導力に惚れ惚れするの〜! べ、別に、外見はどうでもいいのよ?!どうでもいいんだから! ……どうでもよくても、外見がいいに越したことはないわよね?!そうね、指導力も外見も惚れ惚れしてるわ……」  惚れ惚れする指導力も外見で、アカデミーを率いてるってことでいいのか。 「アカデミーも設立何百年も経って、まとまりがない時もあったのよ。でもホープさんが目覚めた途端、変わったの。ホープさんの指し示す方向をみんなが再認識して、コクーンのためにもう一度まとまろうって団結したの。あの物腰の柔らかさ、それでいて有無を言わせぬ押しの強さでみんなを引っ張っていくの! コクーンは安泰よ。素晴らしいわよね」  そっか。コクーンと未来を救いたいって……ホープも思ってくれてるんだよな。嬉しくなる。 「噂によるとね、コクーンを救うために、13thアークを研究してるみたいなの」 「13thアークって?」  あれよ、といって上を見上げ、空に向けて指を差した。 「空に浮かんでるの、あるでしょ?」  確かに、エアカーよりずっと空高く、球状のものが何個かくっついたような形をしたものが浮かんでいる。何だ、あれ。 「あれはね、古代グラン=パルスの軍事施設らしいの。前はなかったんだけど、今年になって急に現れたのよね〜。なんでなのかはわからないけど。とにかくアカデミーとしてはあれが浮かんでる原理を調べて、コクーンに役立てようっていう話みたい」  なるほど。デミ・ファルシは、確かコクーンを浮かべるためにホープが造ったって話だったよな。デミ・ファルシを使わないでコクーンを浮かべる方法がわかった、ってことか? だとしたら、すごいな。  うん、ここまで聞ければ十分。……それにしても。 「そんなことまで、よく知ってるな」 「ママ友の情報網をバカにしちゃダメよ。私もホープさんに少しでも近づくために、日々情報共有を重ねてるの〜」  そう言って満面の笑顔で、胸を張った。……それが何になるかなんて、聞いちゃいけないんだろうな。そこで、父親が少し不満そうな顔。 「結局こんな感じで、俺のことは二の次なんだよな」 「だって今は仕事もできないし〜、さすがに退屈なのよ!」 「……タイクツ」 「贅沢だとは思うけどね。でもこうやってホープさんに学んでるからこそ、生活も充実して、家庭も円満になるの」 「はあ」 「ほんと、コクーンを救うために、400年もの時を超えてきたなんてね! その情熱! 勇気! 私たちも見習わないとね……。でも情熱だけじゃないの。それを支える知性があるの。13thアークを調査するのもそうだけど、ホープさんは唯一、歴史の真実を知っているの人なのよね。その知性を元に、希望の未来を指し示してくれるの」 「……へえ」 「それに、あのレトロなブーメランを使ってるところもツボね……。だって、科学技術を推進してきたアカデミーのリーダーが、あんな原始的な武器を大事そうに持っているのよ。いくら科学が発展しても、初心忘れるべからずってことなのかしらね。そのバランス感覚、素敵なの」 「………ふうん」 「実は私、今日もアカデミーに見学に行ってきたの。今日もお目にかかれて、幸せだったわ〜。アカデミーの人達は毎日ホープさんと一緒に仕事ができるのよね。私もアカデミーの職員に応募しようかしら。そしたら朝も夜も絶対にお目にかかれるわよね」 「え、っと。ありがとう。もう十分……」 「まだ続きあるのよ?!」 「……今度、聞くよ」  母親は残念がったけど、父親に諌められて、最後には二人で手を振ってくれた。 「……なんか、すごいんだな……」 「ホープくん、雲の上の人みたい」 「でも楽しかったな。ああやって話してみるの」 「うん、楽しかったよね。ノエルもパラドクスまじんの演技、完璧だったよ」 「……あれで、よかった? 咄嗟のことで、あれしかできなかったけど」 「完璧完璧! あれ以外なかったよ! 子供たちも喜んでたし」  そんな風に褒められると、何か照れくさいけど。 「なら、よかった。自分がしたことで、誰かに喜んでもらえるって……嬉しい」 「……うん。ほんとに、そうだね」  何かすれば、喜んだ笑顔を返してくれる。子供って不思議。俺、あんな風に素直な反応返してたか? 大人も子供もそれどころじゃなかったかもしれないけど。  子供が無邪気な顔を見せられるって、やっぱり平和、すごいこと。それで、ああやって家族や友達と歩くんだよな。  だから俺は、この風景を守る。そう思う。でも。  何だ。何て言うんだ、この気持ち。自分にないものが、少しだけ……  ……羨ましい?  「あれは? あれは何クポ?」 「ん? どれ?」  モグも興味津々に飛び回る。セラがそれについていく。  首を振って、前を向く。  このアカデミアには、知らないものがたくさんある。全部、俺の時代にはなかったもので。興味は尽きない。  ……だけど。 「ははん、観光客だな? 案内してやろっか? あんまり大都会なんで、目を回してんだろ!」  少し先を行くセラに声をかけてきたのは、男。俺よりもう少し歳が上に見える。  だけど、違う。うまく言えないけど、そういうものじゃない。勘がそう言ってる。  セラに追いついて、後ろから手を引く。 「……セラ、ついていくなよ。ホープのところに行こう」 「えっ? だってノエルも、色々見たり話したりしたいって言ったじゃない」 「言ったけど、方針変更。やっぱり後ででいい。ホープの話したら、直接話聞きたくなった」 「それならそれで、いいけど」  何だよって男の舌打ちを聞いた気もするけど。いくら人と話してみるのが楽しいって言っても、今のは何か違う。  ……何やってんだ、俺。  そんな風にしてアカデミー本部と呼ばれる大きな建物にたどり着いた。  ホープ・エストハイムさんの友人ですが、とセラが言うと、お待ちしておりましたと案内してくれた。  通された広い空間は、何層かに分かれていて。何人もの人が真剣な表情で何かの作業をしている。昔と変わらない、黄色っぽい服を着ている。きっとみんな、アカデミーの研究員。  その研究員たちが取り囲むように視線を向けるのは、光る大きな球体。……どことなく、予言の書やユールの瞳を思い出すような、緑色。  ここで創っているのは全ての人類の希望です、と研究員の人が言ってくれた。その中心に、ホープとアリサはいた。なんでここにいるのかお話しする前に、デミ・ファルシの話から始めましょう、とホープは言った。 「僕らは……いえ少なくとも僕は、自分が時を超えるなんて思ってなかったんです。ゲートも通れないし、コクーンを墜落から救うにしてもあの時代で何とかあがくしかないんだろうって。それで人工的にファルシを造ってコクーンを浮かべようと思ってたんですが……。  そんな時、予言の書の映像に現れたのは、セラさんでした。デミ・ファルシと戦って、僕に怒鳴ったんです。いいかげんにしてよ! って」  これではっきりした。予言の書で、セラがホープを怒る未来をホープが見たんだ。それで、計画を中止した。 「ごめん、私、夢中で……」 「はは、やっぱりな。セラのあの剣幕。俺も怖かったもんな」 「そうですね、怖かったですよ。夜眠れなくなるくらい」 「もう、ノエル! ホープくんも!」 「……でも、おかげで目が覚めました。それをきっかけに、計画を見直して、中止を決めたんです」 「うん、納得。あんたがセラに叱られて計画を止めたから、デミ・ファルシは消えた。というか、最初から存在しなかったことになったんだな」 「ええ。デミ・ファルシは人工といえど、あくまでファルシ。人を支配しようとする性質までは、僕らでは制御することができませんでした。……僕らは、道を誤りかけていたんです。恐らく、デミ・ファルシはコクーンも乗っ取って、第二のファルシ=エデンになるつもりだったんでしょう」 「それじゃ、昔のコクーンと同じだよね。いつシ骸になるかわからない、そして、ファルシを恐れて人同士が殺し合う世界……」  その言葉に、セラもホープも、沈んだような表情で頷いた。アリサも続ける。 「そうならないよう、人の力で、コクーンを浮かべるのが正しい道だったの」 「……正解。そのまま計画を進めたら、あんたたちは機械に殺されてた」  驚いた表情。……だけど、そりゃそうだよな。自分の先にそんな未来があるなんて、普通わからない。正解だとか不正解だなんて言うけど、後から見ればわかるだけで、そこにいる時にはそんなことわからない。 「もう、機械はちゃんと使えよ? ファルシのためじゃなく、人が生きてる未来のために」 「……ありがとう。僕らは命を救われたんですね」 「セラさんの叫びが、未来を変えたんですよ」  にこやかにセラに微笑むアリサ。……どうにも違和感。まあ、いいけど。 「それで、僕とアリサが未来に来たのは、この時代の空に現れる、13thアークを調べるためなんです」 「空に浮かんでる、あれだね。ファルシじゃない力で浮いてるっていう」 「もうご存知でしたか。そうです」  さっきの母親の情報網、かなり正確。侮れない。 「僕らは結局、壊れたコクーンの再建を断念したんです。デミ・ファルシ計画を中止にしてから、僕らは別の方法を考えたのですが……今のコクーンは、ファルシの力がないと維持できない設計のようでして……ですから、新しく人工コクーンを創ることにしたんです。ただ最大の難問は、どうやって空に浮かべるかでした」 「人工コクーン……。壮大な計画だね」  人工コクーン。機械の技術が、今度はコクーンに使われるってことか。 「機械使っても、平気?」 「今度はデミ・ファルシと同じ過ちはしません。もちろん人が創るものですから完璧な仕組みなんて存在しませんが、考えうるリスクはできる限り排除していきたいと思っています」 「了解。……で、空飛ぶアークの秘密を手に入れようと思った?」 「はい。アークが現れる事を予言の書で知って、未来に行く事を決意したんです」 「決意したっていうけど……」  うん。決意したからって、近くに出かけるのとは違うからな。ゲートも使えないし。 「どうやって未来に来たか、ってことよね?」  アリサの言葉に、うん、と頷くセラ。さっきの母親も、そこまでは知らなかったしな。 「私たちの使ったタイムカプセルはね、自分たちの時間の進み方だけを遅くする装置なの。強力な重力場を発生させるとそうなるんだけど、要は、中で眠ってる間に未来に行けるカプセルね」  時間の進み方を遅くする? 重力場? よくわからないけど、どこかで、聞いたことある話。どこだ?  「……あ! それ……前言ってたやつだろ?」 「知ってるの?」  驚いた表情のセラ。 「ああ、前聞いた。アリサ、あんたが考えたアイディアだよな? 聞いたのは……AF10年のヤシャス山。日蝕がある時の話だから、アリサは話したの覚えてないかもしれないけど」 「うふふ、私が忘れても、ノエルくんは覚えててくれたんだ。当たり! とうとう、それが実現したのよ」  アリサも笑顔。今は違和感なんてない。そりゃそうだよな。考えてたのが形になるって、嬉しい。 「へえ……すごいな。でも、それだと、過去に帰れないよな?」 「帰れないわね、おまけに1回使ったら壊れちゃったし。危なっかしくて誰も乗りたがらないわ。新技術なんて、困難がつきものなのにね。壊れたらまた直せばいいだけなのに」 「……コクーンを守るために、そこまで?」 「セラさんノエルくんだって同じでしょう? 二人一緒だから、不安でも先に進める。何があるかわからないのに、ゲートなんて何の保証もないものを通って、未来を変えるために。……私は、ホープ先輩も一緒だったから」  ねっ、ホープ先輩! と声をかけるアリサ。微笑むホープ。……ホープとは、うまくやってるのかな。  そうして、アリサはセラに向き直る。 「……あのね、未来に来て初めて、セラさんたちの気持ちがわかったの。幸いにして今のアカデミーは歓迎してくれてるし、何の不自由もないけど……誰も知ってる人がいないなんて時々、すごく不安になるから……」 「アリサ……」 「セラさん、前に冷たい態度を取ったりしてごめんなさい。許してもらえないかもしれないけど、できたら過去の人同士、これからは仲良くしたいな」  あれ? そういう、態度?  「うん、私こそ、これからもよろしくね」  ……まあ、でも仲良くするに越したことはないからな。目に見えてケンカがなくたって、何となく緊張した空気があるのは避けたい。 「それでねセラさん、早速なんだけど、聞いてもらえる? 先輩が言い出しづらそうにしてるから」  そういうわけじゃないんだけど、とホープは言ったけど、いいんですよ、とアリサは答える。 「どうしたの?」 「アークの動力炉にはグラビトンコアという結晶が使われていることがわかったの。これを集めれば、新しいコクーンを宙に浮かべることができそう」 「そうなんだ。すごいじゃない!」 「ですが……結晶には、いくつかのタイプがあるんですが、13thアークにあったのはその内の1種類だけでした。1種類だけじゃ、浮かばないんです。アカデミーでもグラン=パルス含めて全力で探していますが、他が見つからなくて……」  グラン=パルスを探しても、見つからない? ってことは……。 「そう、もしかしたら、この時代にないんじゃないか、って話してるの」  ね? っていうアリサの顔。そこまで言われれば、俺もわかる。 「……探してこようか? それがあれば、新しいコクーンが浮かぶんだろ?」 「うん。探し物なら、私たちも手伝えるもんね」 「……助かります。本当に、お手数をおかけします。セラさんたちなら、いい知らせを期待できそうです」  うまく進んでる。少しずつでも、いい方向に。  ホープとアリサが生きていて。アカデミアも、ファルシに支配するんじゃなくて、人がちゃんと生きていて。例えばさっきみたいに、親子が仲良くしている光景がある。古いコクーンはどうにもならなくても、新しいコクーンであれば、人が生きていくことができる。  滅びの未来を、生に満ちた未来に変えていく。……いや、違う。あるべき姿に戻すだけ。  アガスティアタワーのユールの言葉を思い出す。 『歴史は既に壊れているの。あなたたちが出会う前に、時は歪められ、未来は破滅にねじ曲げられた。……氷の花の咲く未来に』  正しい時を導く……か。 「あのさホープ。前、歴史に干渉している奴がいるって言ってたよな? ……ユールも、言ってたんだ。歴史は壊れてるんだって。未来は破滅にねじ曲げられたんだって」 「……時詠みの巫女、ですか?」  頷く。 「そう、ですか。それがはっきりしたことは、いいことですが。未来がどうやって歪められているか、気になりますね。それがわかればアカデミーとしても、対策を絞り込みやすくなります」 「そこまでは、言ってなかった」 「……わかりました。いずれにせよ、アカデミーとしてもあらゆる可能性を考慮して対策を検討しています。ライトさんと戦っていた予言の書の男と実際に戦わなければいけなくなる可能性もありますし」  ……カイアス、か。確かに、予言の書に映ってた。セラだって、夢で見たって言った。俺だって実際、ヴァルハラで見た。ライトニングと戦ってる、あいつの姿。  それにこの前セラは、カイアスと戦ってる俺たちの姿を視たって言ってた。 「すでに戦争は始まっているんです。未来を守るための戦争が……」 「……カイアスとの、決戦……か?」  カイアスが、コクーン墜落の場にいるから。カイアスが、ライトニングと戦っているから。ホープもセラも、ライトニングを助けたいから。だけど。 「だけど、……ホープは、カイアスが時を歪めてると思ってる?」  ホープが一瞬、困った顔をした。 「敵があいつだって、決まったわけじゃない。俺は、カイアスは、本当の敵じゃないと思う……」  こんなこと、言っていいのかわからない。今までだったら、言ってなかったかもしれない。 「ノエルくんと彼は、お知り合い……なんですよね」  頷く。ホープはあくまで、落ち着いた声で。 「……ただ、彼がライトさんと未来のどこかで戦っているということは疑うことのない事実です。ライトさんは何の理由もなく戦ったりしません。であれば、未来を守りたいライトさんに対して、彼が反することをしている可能性は高いと考えています」 「そう、だね……」  頷くセラ。 「俺だって、ライトニングのこと信じてる。ライトニングも、俺のこと信じてくれて、セラと未来を託してくれたから。だけど、カイアスだって、何の理由もなく人と戦ったりしない……」 「……ノエルくんがそう言うのであれば、そうであればいいと、僕も思っていますよ」  わかってる、こんなことホープにもセラにも言ったって仕方なくて。一番重要なのは、事実がどうか。それだけだ。  だけど……でも。  "思い"の、ズレを感じる。 「ねえホープくん。あれから……お姉ちゃんのこと、何かわかった?」 「……実は、夢を見たんです。タイムカプセルで眠ってる時、ライトさんの声が聞こえて」 「ほんと?!」 「ええ。確かに、ライトさんの声でした。僕の決断は間違ってないって、力強く言ってくれました」  そう言うホープが拳を握るのも、力強い。少しだけアリサがおかしそうな顔をした気がしたけど……まあ、いいか。 「お姉ちゃん、やっぱり見守ってくれてるんだ……」  嬉しそうなセラの表情。  ホープにとってもセラにとっても、大事なのはもちろんライトニングで。二人なら、ライトニングとカイアスがいれば、迷わずライトニングを助けてカイアスを倒す。二人にとって、俺の知り合いっていくら言ったところで、カイアスはただの知らない奴。……もちろんそれは、理解できるし。  俺だって、ライトニングのことは信じてる。約束は守りたい。セラを導いて、二人を会わせるし、未来も守る。  だけど……カイアスがライトニングと戦っているとしたら、俺は、止めたいとは思うけど、倒したいとは思わない。カイアスだって、ユールのことを守っていて……。  ………一体俺は何を信じてるんだろうな。 「あのさ。ライトニングは、未来のことを知ってる? ……助けてほしいとは思わないけど、セラに声を届けるのも難しいのか? ホープに声を届けたみたいにさ。なんでカイアスと戦ってるのかとか、もう少しわかれば、俺たちもやりやすい」 「私はライトニングさんのことは存じ上げないけど……セラさんに助言することで、歴史が変わる可能性がある。全て順調なら、敢えて黙っているってこともあるんじゃないかしら?」 「ええ、ライトさんのやり方なんですよ。最後まで意思を失わず、自分で正しい道を見つけた者だけが、未来を変える資格がある」  自分で正しい道を、か。 「……厳しいんだな」 「きっとお姉ちゃん自身が、先の見えない戦いに挑もうとしてるんだと思う。その時、私たちには、頼れる仲間でいてほしいんだよ」 「……そっか」  俺は果たして、頼れる仲間でいると言えるんだろうか。正しい道、見つけられてるのか?   正しい道も、正解も、わからない。カイアスのこと一つとっても、こんなに迷ってるのに。 「ふふ。でも、厳しいだけじゃないよ。自分でそう思ってるかはわからないけど、お姉ちゃんはアメとムチの使い分けがうまいんだよね」 「……わかる気がします。最初はムチだけかと思ってましたよ、僕が困ってても振り向きもしないし、優しい言葉なんてかけないしで、なんでこんなに厳しいんだろうって。でも必死でついていったら、……優しいところもあるんだって、わかったんです。いつも気にかけてくれて。決して手放しに甘やかすような優しさじゃないですけど。そうすると、また頑張ろうと思えて」 「うんうん、わかるわかる。でもホープくん、それってかなりすごいことだよ。ノラのみんなだってそんな優しい顔見たことないと思う。特にスノウに優しい顔なんて見せることなかったから。大変だったんだよ?」 「ああ、そうですね。ルシとして旅してた時も、ライトさん、あんなにでかいスノウを殴り飛ばしてましたからね。あの時の僕は、正直せいせいしてましたけど」 「えっ?!」  ……意外。ホープでも、人に対してそういう風にちょっとでも悪く言う時があるんだ。でもスノウ相手なら、その気持ちはすごくわかる。 「でも最終的には僕もライトさんも、和解して。スノウのことけなしたり足蹴にしたりしながらも、スノウの言葉に励まされたりしていました。……懐かしいなあ」 「和解……してるよね?」 「ええ、もちろん」  ……ライトニングもスノウも知ってるし、わかるところもあるけど。やっぱり詳しくないな、と思うこともあって。  でもそういう話題でこうして楽しそうに笑うセラを見ると、よかったなセラ、と思う自分がいて。俺はその輪には入れないな、と思う自分がいる。  ……セラはやっぱり、俺とは違う時代の人なんだなって。  言いようのない、疎外感。  ……俺、ここで何してるんだ? って…… 「……あのね、ホープくん。スノウの話、だけど……」  掠れた、セラの声。 「……はい」 「ルシにね……なってたの」  ホープは表情を曇らせて、ゆっくりと、大きなため息をついた。 「ほんと、バカですよね。信じられない……ですよね。ライトさんを探しに行くとは言ってましたけど。いきなり連絡つかなくなって、かと思えば時を旅してて、一人でルシになってて……」 「……知ってたの?」 「ええ。予言の書に映っていました。何やってんだ、って思わず机叩いちゃいました」 「ほんと、周りの研究員みんな怖がってましたからね〜」 「だよね。ごめん」  俯いたセラからは、しばらく言葉が出てこなかった。 「セラさん、……」 「ううん……ごめん、ホープくん。私、今度は私が支えるんだって、決めたから……」  一瞬、セラと目が合う。  だけど。  俺はホープほど、スノウのことも知らないし。  スノウの話になったら、また前みたいに、セラの話も気持ちも、うまく聞いてやれないし。  俺がいると、話したくても話せないこともあるのかもしれないな、と思う。  やめろ。そんな風に考えるな。 「……で」 「で、って?」 「質問。なんでこんなところにいるんだっけ」  アカデミー本部を出て少し歩いたところにある場所に、俺はいる。目の前には丸い形のテーブル。座ってるのは金属の椅子。  促されるままに出てきたけど、何かあるのかと思えば行き先は人通りの多い場所だった。カフェよ、と彼女はその場所を呼んだ。 「何よ、もっと感謝したら? あの二人がライトさんとスノウの話しててあんたが居心地悪そうにしてたところを助けてあげたんじゃない」  そうかな、としか答えられない。そういう態度、あの二人にもばれてたのか? それとも、アリサが特別鋭いだけ?   ごまかすように飲み物を飲む。黒っぽい熱い液体の上に白いモコモコした渦巻きが乗っかってる。美味しいとも思うけど、胃がもたれそうなくらいに甘い。この時代の人達にとっては、これが通常?   でも、そうだな。せっかくアリサが外に連れ出してくれたんだ。気分を切り替えよう。きっと、疲れてたんだ。 「どう? このアカデミアに来た感想は」 「うーん、そうだな」  平和とか、思い浮かぶ言葉はあるけど。アリサを目の前にして思うのは、やっぱりあのこと。 「本当、アリサにもホープにも、まさかこの時代で会うなんて思わなかった。やっぱり、あんたの研究が功を奏してるんだよな。タイムカプセルの話聞いてたけど、まさかあれが本当になるなんてな」 「ふふ、もっと誉めてもいいわよ」  ……もっと?  「……アリサ、天才! 圧倒! 驚嘆!」 「あっはは」 「……誉めろって言ったのに、笑う?」  せっかく、貧困な語彙の中から言葉を選んだのに。 「そうじゃなくて。私のアイディアだとか、私の研究が功を奏したなんて……誰かにそんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったから。予想外にすごく嬉しくて」  そう言って、アリサは大きな笑顔を見せてくれた。 「お世辞でも、嬉しい。これでも、寝る間もなく頑張ったから」 「……本当。お世辞なんて、苦手だし」 「ふふ、そうだったわよね。ありがと、ノエル」  ……こういう時の笑顔は、ほんとに違和感なくて。純粋にかわいいな、と思う。 「えっと……」少し考えた後、思いついたのはホープのこと。「……ホープとはうまくやってる?」 「はぁ? ホープ? なんでそんなこと気にするのよ」  一気に不機嫌な顔。……油断してた。そう、ただの笑顔で終わるわけないのが俺の前にいる時のアリサ。 「いやまあ……勢い余って何か爆発させてないかと思って」 「付き合い崩したくないって言ったでしょ? そういうのあったとしても、表に出すわけないでしょ」  と冷静に言いかけて、言い直す。 「……多少は爆発しかけたこともあったわね」 「ほら見ろ」 「ていうか、あんたたちのせいよ!」  慌てたせいで、飲み物がこぼれそうになる。 「せっかくデミ・ファルシ計画進んでたのに! あの女が予言の書に出てきていい加減にしてよとか叫んだからとか? そんな理由で? みんな頑張ってたの、ぜーーーーーんぶ台無しよ。何してくれたのよ! ブチギレそうになったわ!」  いや、それも理解できるかもしれないけど、頷くわけにもいかない。 「俺たちもだな。あの時は生きるか死ぬかだったんだ。必死だったんだ」 「あんな映像じゃそこまでわからないし」 「本当に大変だったんだ! アカデミアだってシ骸だらけで!」 「私そこにいないし」 「ていうか言っただろ? 人工知能とデミ・ファルシのせいであんたもAF13年に死んでたんだぞ!」 「ええ、それは駄目よね」 「……。だろ?」  アリサらしい……と言えばいいのか? でも、一通り文句を言ってすっきりしたのか、アリサの口調も落ち着いたものに戻る。 「……ありがとう……お疲れ様。未来のアカデミアも、アガスティアタワーも」  俺も、今度は素直に頷く。 「あんたたちはいいわ。悪いのはホープよね。リーダーならもっとまともな計画中止の理由考えなさいっての。セラに叱られたからって何なのよ。ガキなの? ほんと恥ずかしいったらないわ。あれが私の上司だなんて、人生やり直したくなるわよ。アカデミアではホープは最高顧問だし、追っかけだっているけど、ほんとはこんな奴よって言ってやりたいわ。  まあ、私の天才的な頭脳のおかげでデミ・ファルシ計画がなくてもすぐに方針転換できたけど、ホープにはもうちょっと私のありがたみをわかってほしいところだわ。私のタイムカプセルがなかったら、ここにだって来れなかったのにね。ほんとわかってないんだから」  やっぱり、相変わらず。でも、アリサが本音を言えていることに、妙なところでほっとしてる自分もいる。不思議。 「本当、そういうところは相変わらず……」 「何よ」 「見てほしいなら、見てほしいって言えばいいのに」 「別にって言ったの、もう忘れたの? 健忘症?」 「覚えてるけどさ」 「大体ホープって基本的に人への興味は限られた人にしか向かないし、あとは全部研究に意識が行くのよね。あんたと違って、私って人に関わろうとはしないわ。基本的に最低限のことしか言わない」  煩わしそうに言ってから、口調が変わる。 「……でも、……そりゃあね、あるわよ? 人として見てほしいって思うことだって。普通のことでしょ? 表面的にじゃなくて、ちゃんと私って人を見て、わかってくれたら。そう思うわよ。  私だって自己中心的な性格だし、適当にしか人と接して来なかったわけだし。なのに人には中身を見てほしいって思うなんて、馬鹿げてるわよね。だけど……こうして関わってるなら、少しでも自分を見てほしいって思うのは、そんな特別なこと? そんなに受け入れられないこと? ……人並みの話じゃない」  アリサのその言葉に、ユールの顔も、セラの顔も浮かぶ。……自分を見てほしくて。自分のこと、もっとわかってほしくて。……だけど、言えなくて。 「ま、そんなこと言ってみたけど。頑張れば報われるなんて、そんな子供みたいなこと信じてるわけじゃないし。ホープが見てくれたからって、何か起こるわけでもない。結果が全てよ。  ていうか、なんで見てもらわないといけないわけ? 私が見てやってるんだっての。逆よ逆」  そんな風に、面倒くさそうに言うけど。 「でも、本当はそう思ってるってことも……本音で、言えばいい」  自分ができないことを人に言うなんて、俺もどうかしてると思うけど。 「私は、表裏があるから私なの。裏なんて、誰も見たがらないわよ」 「……俺は、いいと思ってるけど。裏アリサ」 「ふふ。ほんと、奇特な人ね。セラには過去の人同士って言ったけど、ノエルと私は人にも歴史にも見捨てられた者同士、仲良くしましょ」  今度はまた笑顔。だけど……見捨てられた者、って?  「私はホープに見捨てられて。あんたはユールにもセラにも見捨てられて。寂しいわよね〜、だから」 「別に、見捨てられてないし! えっ、見捨てられてた? えっ? ていうかなんでユールの話?」 「うふふ、知ってるわよ、なーんでも。ま、元からユールは駄目ね」 「なんで!」 「カイアスがいるから。古い文書見たって、あのドヤ顔の名前が飽きるくらい出てくるんだもの。ずっとあの二人一緒なんでしょ? できてるわよ」 「……さっくり、落ち込むこと言うのな。いや、じゃなくて」 「ふっふーん、じゃあ何? あの二人、絶対できてない! なーんて、優しく言ってほしい?」 「そういうわけじゃ、ないけど」  いや、それはわかってた。俺だってアガスティアタワーでそうかもって思ったけど。でもそんなことわざわざ言ってくれなくたっていいんじゃないか?  「それに一応セラには、恋人がいるしね。予言の書にも映ってた、でかい筋肉男」 「……知ってる」  セラとホープは、今頃、その話でもしてるんだろうな。  別に、それでいい。聞きたいとも思わない。俺じゃ聞いてやれないスノウのこと、ホープに話してくれればそれでいい。……いいだろ? 別に。何だってんだ。 「うふふ。少年、悩んでるわね〜」  アリサは楽しそうな顔で俺を見る。 「……別に」 「ほ〜ら今、別にって言ったわよね? 人には本音でって言っておいて、これなんだから」  何だよ、一体。 「……それとこれとは、話が」 「同じよ? ノエルも人のことは言えるけど、自分のことは疎いんだから」 「……もういいだろ?」 「ごめんごめん。いじめすぎたわ」  この話はしたくない。断固拒否。 「……で? 歴史にも見捨てられたってのは?」 「あんたは歴史が正しくなったら消えちゃうかもしれない未来の人。私も歴史が正しくなったら消えちゃうかもしれない過去の人。ほらね、共通点!」  ……。 「アリサと話してると……」 「なぁに?」 「自分の感じ方が唯一じゃないっていう当然の事実に気付かされる気がする……」  この気持ちをどう表現すればいいのかわからない。でも、言うならばそういうこと。 「そりゃ当然よ。人間いろんな考えがあって然るべきよ。知らなかったの?」 「知ってたはずだけど……アリサが言うと違う」 「うふふ、発想の転換って大事よ。あんたたち、前のめり過ぎて一つの側面からしか物事見ないんだから」  まあ、そういうところもあるかもしれないけど。 「……ていうかさ、最初にビルジ遺跡で会った時から年数も経ってるけど、やっぱまだ怖い?」 「何が?」 「自分が消えるかもって」 「そりゃそうよ。だって私パラドクスだもの」 「えっ?」  今、何て? 笑顔のまま、すごく平然と言ってるけど。 「うふふ、いつだってそう思ってるわ。いつ自分が消えるかわからないって思ってるからこそ、全力を出せるの。ノエル、言ってくれたわよね。一度死んだって思えば、それ以上何も恐れることはない、何だってできるって。その延長線よ。それでタイムカプセルも完成させたし、新しいコクーンだって同じ」 「……そ、か」 「でも……ノエルも同じでしょう? いつ消えるかわからないって思ってるから全力出せるけど、……でも、怖いでしょう?」  怖くないなんて言ったら……嘘になる。 「自分がどうなるかわからないし、どう進めばいいかだってわからないし。……そういうところ、理解できるけど。でも、敢えて言うわ。ちゃんと未来像描けなかったら、生き残れないわよ」 「……未来像?」 「未来を変えて、自分はどうしたい? どうなりたい?」  ……そんな、質問。 「自分のことなんて……わからない」 「素直ね。でも、じゃあ例えばあんた、カイアスが敵じゃないとか言ってるけど。そんなこと言っててどうすんの? もし敵だったらどうするの? ホープとかセラと戦うの?」 「そんなこと……ない」 「じゃあカイアスを倒すの?」  言葉が出てこない。答えられない。 「そういうところ、理解できるけど。でもそれに迷ってるうちは、力なんて持てないわ。誰かにやられて、おしまいね。例えば私なんかにね」 「……冗談」 「ふふ、そういう覚悟じゃないと、進んでいけないってことよ。これは、私の忠告。嘘みたいに思うかもしれないけど、現実起こりうることよ。生半可な覚悟じゃ、この先誰も救えないわ」  アリサの言葉が、重い。 「……まあ、厳しいこと言ったかもしれないけど。  でも、見捨てられたもの同士仲良くしましょって言ったのは、……嘘じゃないの。そういう不安も孤独も、その気持ちになった人じゃないとわからないわ。ホープにも理解できない。セラにも理解できない。私がホープに言えないように、あんただってセラに本音言えないんじゃないかなって」 「……そんなこと、ない」 「そう? あんたのことだから、あの女を不安にさせたくないからとか言って自分から不安とかきついとか嫌だなんて言えないんじゃない?」  そう言われると……思い当たることばかり。見てたのか、と思う程。  これから殺されるって歴史でどうデミ・ファルシと戦うかわからなくても、当然生き延びるって言う。あれほど歯が立たなかったカイアスと今後立ち向かわなきゃいけなくて、不安でも、大丈夫だって言う。……その言葉しか出ないけど、それだけが全てじゃなかった。  今だって。自分が消えるかもって思っていても、未来が変わるならいいんだって。そう言ったけど、本当は、本当はそうじゃなくて……。  だけど、それを言っても、仕方ないだろ……?  「私もいつでも自分しか考えないわけじゃないわ。年も食っちゃったし、ちょっとは人のこと考えたりもするわよ。  ……前あんたが私に、考えてること違ったとしてもそのうち道は一緒になるから、まず自分が安心できることを考えればいいって言ったわよね。素直に捉えれば、自分が大変なのに人にそういう風に言える人ってなかなかいないなって思った。  でも……同時に思ったの。あんたは色んな人を気にかけて、励ましたりするけど。誰があんたのこと理解して気にかけるのかなって。例えば今一番近くにいたとしても、セラにそれを言えるのかなって。あの女はきっとあんたの不安はわからないし、あんただって後ろ向きなこと言えないんだろうなって。  別に私が全部わかるなんて思ってないけど、私が少しの本音を言えたように、あんたも少しは本音言えてもいいんじゃないかなって思った。だから、無理に言えとは言わないけど、たまには外に出したっていいのよ」 「……ありがとう」 「何が?」 「言っていいって言われたからって全部言えるわけじゃないけど、そういう場所があるってだけで……嬉しい」 「うふふ、ただの気まぐれよ。大したことじゃないわ。私だって全部言えるわけじゃないけど、あんたにしか言えてないこともあるから、そのお返しってところ」 「それでも、いいよ。十分。ありがとう」 「ふふ。じゃ、そろそろ戻らないとね……って、あんなしかめっ面してたのに、全部飲んだのね」  確かにコップの中は空。その代わり、胃の中に入ったモコモコがおかしい。 「胃、重いけど……残すって罰当たりだし」 「ほんとそういうところ、真面目よねぇ。無理しなくてよかったのに」 「そうかもしれないけど。……アリサ」 「どうかした?」 「腕組むの、歩きづらいだろ?」  歩こうとして、アリサの腕が俺の左腕に絡まる。確かに前、そんな話してた気がするけど。触れられると気になるんだけど……って、そうじゃなくて。 「郷に入れば郷に従えって言葉、あなたの時代にはなかった? アカデミアでは、普通よ普通」 「そうかな……転んで怪我しそうだけど。文化の違い? 俺……アカデミアの理解が追いついてない」 「ふふ、ずっとわかんなくていいわよ」  そんな話をしながら、アカデミー本部のエントランスに戻ってくる。来た時よりも、人がまばら。  そこにいたのは、セラとモグ。心なしか心配そうな顔で……、って。 「あらセラさん、見られちゃったわね。ホープ先輩との楽しい話は終わった?」 「えっ、うん……」 「私たちも楽しかったわね。ねえ、ノエルくん」 「えっ? あ、ああ」  それは間違いないけど。なんだ、この感じ。……微妙。 「じゃ、私はここで失礼するわ。ノエルくん、短かったけど楽しい時間をありがとう。またあんなことやこんなこと、しようね」 「あ、あんな? こんな? どんな?」  何したっけ?  「もう、そんなこと言わせないでよ」  どんなこともない、はず。 「じゃ、お別れの挨拶」  ようやく腕が離れる、かと思いきや、そのまま腕が下に引っ張られて。  勢い、体が傾く。そんな体勢のまま、頬に温かいものが当てられる。クポ! って声が聞こえる。  あ、え、と。おい。  そうして、いたずらっぽい顔で小声で囁く。 「(ふふ、あんたってこういう時どんな言い訳するのかしらね。爆笑よね。そういうとこ見れなくて残念だわあ)」 「(ちょ、と待て!)」  手が離れて、身が翻る。笑顔でひらひらと手を振る。 「ふふ、またね、ノエルくん。ご機嫌よう、セラさん」  軽やかな足取り。アリサの背中が小さくなっていく。  反面、俺の身体は重い。セラとモグの方向に振り向けない。 「えっと……その。何だ……」  ど、どうするんだ。どんな言い訳?   いや待て。俺の時代だとああいうこと恋人にするもんだったと思うけど。もしかしてこの時代じゃ普通?!さっきも親子でしてたし。  いや、アリサがああ言うくらいなら、やっぱり普通じゃないよな? 少なくとも誰にでもってこと、ないだろ?   だとしても。アリサの策略通りになるな。言い訳、不要。やましくない、ないんだ! 堂々としてろ!  「ノエルは……不潔クポ?」 「なんでだよ!」  思わず、声が荒くなる。 「モグ以外にも色んな子に手を出して……嫌クポ!」 「じゃないだろ!」  どの言葉も、全く、身に覚えがない。 「じゃあどこ行ってたクポ? セラだって心配してたクポ!」 「心配? ……ご、ごめん。えっと、そのへん」 「そのへんで愛を囁き合ってたクポ……」 「じゃなくて。いやただ何か話してただけ」 「何かって、何クポ」 「えっと……」  さっきの会話を思い浮かべる。  あんたたちのせいで、台無しよ……。悪いのはホープ……セラに叱られたからって何なの……。見捨てられた者同士、仲良くしましょ……。パラドクスだし……。セラには恋人がいるし……。セラには理解できない……。セラに本音言えないんじゃない……。  結論、無理。言えない。  そもそも、こうして話してること言うなってヤシャス山で言われてるし。 「その。あの。何だ。何か飲み物飲んでた。甘かった。アカデミアの話とか。他愛ない話」 「デートクポ?」  デート? デートって何だっけ? 腕を組んで歩くこと……? って前アリサが言ってたような。だとすれば、さっきのは?  「デート……なのか?」 「ほらクポ〜」  何だこの劣勢。いや、やましいことは何一つないはず。なのに、セラの顔を見れない。違う、誤解。……何の誤解?  「いや、違う。あ、あれは……そう、挨拶! アカデミー流!」 「挨拶クポ……。じゃあ、セラにも同じことするクポ?」 「えっ? ……」  線みたいな目が二本、眼前に詰め寄ってくる。 「するクポ! してみろクポ!」  今アリサが俺にしたことを? 俺がセラに?   ……。 「え、と? いや、モグ? ……いい加減にしろよ? ……ひねり潰すぞ?」 「えと、その、落ち着いて、二人とも!」  線二本と睨み合ったところで、静かだったセラが割り込んでくる。 「その! 仲良しだね! 楽しそうで、いいよね!」 「た、楽しそう?」  いや、違うだろ? そんな風に言われても困る。全く楽しくないのかと言われると、そうじゃないけど。違う。  ……でも、じゃあ何だったらいいんだ、俺。  アリサも。ホープに余計な事言ってほしくないなら、俺にだって余計な事するなよ。くそ、何だよ。 「ちょっとびっくりしたけど、ね! モグ! 楽しそうだよね! 心配することなかったね!」 「ク、クポ……」  モグも、勢いが削がれてる。チャンス。これを機に、とりあえず話を終わらせよう。……とは、思うけど。  なんか、倒れたい。ため息が、出る。 「……あの、セラ。心配かけて、ごめん。次のゲート、行こう……」 「うん、そうだね!」  ……はあ。 「と言っても、どこを探せばいいんだ……?」 「未完成のゲートがあるって、ホープくん言ってたよ」 「どこ? 行ってみるか」  何とか気を取り直して、アカデミアを出る。向かった先にあったのは、確かに未完成のゲート。実体がない、ゆらゆらした影のような形。 「……はっきりしないゲートだな」  どっちにしたってオーパーツもないし、今は通れそうもないけど。 「時空のゆらぎのせいで、姿を出せないクポ。未来が決まれば、ちゃんとしたゲートになるクポ!」 「未来を決めるって、アカデミーの大事な仕事を手伝うとか? グラビトンコアを見つけて?」 「クポ〜!」  その通り、と言うようなモグの声。  未来を決める、か。  アリサの言葉がまた思い出される。 『未来を変えて、自分はどうしたい? どうなりたい?』  ……そんなこと、聞かれても。 『でもそれに迷ってるうちは、力なんて持てないわ』  本当の敵だってまだわからないし。  カイアスだって万が一の時、どう戦ったらいいかわからないし。  不安だらけで。その次のことなんて考えられないし。  そもそも考えたって意味がない。  消えるから。  それ以上望むものなんてない。  だからこそ、俺にしかできないことがあると思ったはずで。  ……だけど、羨ましかった。  俺と違う時代に生きてることが。"未来"があるってことが。  アカデミアで話した親子も。  セラとホープもそう。ライトニングとスノウと会うことを夢見ていることが。  俺には、帰る場所がないから。ユールもカイアスも、いないから。  終わらないループみたいな思考。首を振っても、何度も繰り返される。
ヤシャス山 AF100年  一つずつ、グラビトンコアが見つかっていく。間違いなく嬉しいはずなのに、焦りみたいなものが積み重なる。うまくその思考を片付けられない自分。ユールとカイアスとのことだって、どうするかわからないままの自分。ぐるぐると考えながら黙々と歩いてたら、つい早足になった。 「ノエル、速いクポ」 「え、……あ」  ヤシャス山の山道。モグに指摘されて後ろを振り返ると、セラとの距離が随分開いてた。知らせに来てくれたのか。また、反省。セラの歩調、見れてなかった。 「全く、とんでもなくひどい男クポ!」  呆れ返ったとでも言いたそうに、モグがステッキを振りかざす。 「モグ……最近冷たくないか?」 「ノエルはセラでもモグでもなくてアリサを取ったクポ。もういいクポ」  ……ちょっと待て。 「いつだ!」 「ノエルはアリサみたいにセラに挨拶しなかったクポ」  ……あの話か? 何とか逃げられたと思ってたけど、終わってなかった。いや、でも明確に違うだろ?  「おかしいだろ。それだけでそうなるのかよ!」 「モグの頭じゃ、簡単じゃないとわからないクポ。ノエルはアリサは好きで、セラは嫌いクポ」 「短絡! んなわけないだろ!」 「じゃあ、セラのこと好きクポ?」 「……す?」  言葉が止まる。 「どうクポ!」  好きか嫌いか、そんな風に聞かれれば、答えなんて明白。  "そういう感情"に名前を付けるなら、きっとそれが正解。  だったら、そう言えばいい。どうせモグは大した意味で聞いてないんだ。そう答えてやればいい。だろ?   もしもそれを認めるなら、わかる。……自分にないものを羨む気持ちだって。  ……自分が、そこにいたくなった。  だけど、そんなこと言って……どうする。……いられるわけ、ないのに。  それを認めるしかなくても、口にすれば、今よりももっと苦しい。 「……ノエルは、照れ屋クポ?」 「……てっ?」  何も言わないでいたら、またモグが違う質問をしてきた。 「へたれって言うところを、精一杯好意的に言ってやったクポ! 嫌いなわけないけど、好きとは言えないクポ? へたれ、もとい照れ屋クポ?」 「う……ん?」  いや待て。俺にだって、いろいろあるんだ! ……という言葉が喉元まで出かかる。でも、いろいろって何クポって聞かれても、説明に困る。そしてステッキを左右に振って答えを待つモグを前に、急激に膨らむ面倒臭さ。……少なくとも、さっきの質問に答えるよりマシ。そういう判断。 「……いい。照れ屋ってことで」 「わかったクポ……」  納得したのか何なのか、静かになるモグ。それでいい。とりあえず、そんなところで大人しくしてくれ。  ため息をつきながら、後ろに向き直る。ようやく近づいてきているけど、セラの顔は明らかに疲れてる。いつもなら、ちゃんと歩調を見ながら進んでるところなのにな。俺の問題でセラを気にかけられてなかったとしたら、確かにモグの言う通りひどい話。  周りを見る。……何か、ないかな。 「……セラ。あそこまで進んだら、少し休憩しよう」  山道の隅の開けた場所を指す。あそこなら、急に敵が襲ってきても対処できそうだ。 「休憩クポ〜」 「え、私だったら平気だよ」  ……どこが? 心なしか、いつもより息上がってるし。 「駄目。セラは、こういう時に無理しがちだから。いつも言ってるけど、休むのも仕事のうち。休める時に休んでおかないと、いざって時に力が出せないんだ。  それに、ただでさえ俺たち金がなくて、ギサールの野菜を節約してチョコボに乗らずに歩いてるんだから。疲れは倍だろ? 俺も疲れたし。そこまで行ければ、予定以上だから」  本当はチョコボ乗った方が効率的だし、何より楽しいと思うけど。……いや、俺の個人的な希望は今は封印。  でも、っていう顔をする。……今日のセラ、妙に強情。俺が言えたことじゃないけど。   その時に目に入ったのは、風に揺れてるきれいな色。茶色の山肌の中で、一部だけ色が違ってて。 「それに……あれ」 「あれ? どれ?」  見えないか。といって、その名前がわかるわけじゃない。 「あれだよ」 「えっと……」  ……あれ、としか言えないけど。セラの横まで歩いて、指を指す。 「花。咲いてるだろ?」  ……そう。花。アガスティアタワーにいたユールが持ってた白い花とは、色が違うけど。ピンク色で、そこだけ群がって咲いてる。 「あ、そうだね。気付かなかった」 「ああいうのを見ながら休むって、元気になりそうじゃないか? 俺の世界にはなかったからさ。なんて花なのかわからないけど、きれいだろ? セラの髪の色みたいでさ」  ……何、言ってんだ、俺。  口にしてから、自分の発言のおかしさに気付く。嘘じゃないけど、変、かも。  でも、セラに変って言われるならよくても。モグ、お前にだけは何も言われたくなかった。 「クックックポポ……ノエルが、気障クポ……! セラみたいできれいだって、クポ! ノエルは、セラを見て元気になるクポ!」 「……こんの、ブタネコが……! どの口がそういうことを言うんだ? ん?」  両手で頭を掴む。というか口なんてあったのか? この鼻なのか? どっから話してんだ。 「ク……グポっ? 離すクポ! 図星だからって、虐待反対クポ! ライトニング様に告げ口するクポ!」 「ああよくわかった。また、ぶん投げられたいんだな? 今度はどこまで飛びたいんだ? また崖の下か? ベヒーモスの目の前か?」 「嫌クポ! セラ、助けてクポ!」  必死にセラの方に逃げようとするモグ。誰が逃がすか。 「その辺にしてあげて、ノエル」  なんで俺なんだよ! と言いかけたところで、続きの言葉がモグに投げかけられる。 「モグもね、あんまりからかっちゃだめだよ」  さすがセラ先生。喧嘩両成敗ってやつならまだ溜飲を下げられる。 「モ、モグも怒られるクポ?!モグはノエルの心の内を説明してあげただけ……ムギュポ」 「……だーかーら! 黙れっての!」  余計なこと言うな! ほんと黙ってくれ。どうしてくれよう。どれだけ潰しても潰し足りない。迂闊、失態。こんなことなら何があろうとさっき徹底的に否定すべきだった。照れ屋でいいとか面倒くさがった俺が馬鹿だった。本当に馬鹿! リバースロックがあるならやり直したい。 「もう、仲良くしよ! じゃああそこまで行ったら、ちょっと休憩ね!」  ……はあ、疲れた。  今までとは違う疲れが、身体中に溜まっていく。休みが必要なのは、むしろ俺……。  花の横に腰を下ろして、仰向けに転がる。セラも、横に並ぶようにして座る。モグは機嫌良さそうに近くを遊びに行った。遊びに行く前に、俺の疲労をどうにかしてくれ。  視線のまっすぐ先、きれいな青空と、白い雲が目に入る。コクーンが墜落していない、平和な時代。セラにわからない程度に、ゆっくりと深くため息を吐く。  ……正直もう、よくわからない。  行動して一つ一つ形にできるようなものは、いいけど。こういう風に考えて、しかも答えの出ないことなんて……苦手。 「……ノエル、何だか元気ないね」 「えっ?」 「花も結局見てないし」  言われると思ってなかったことを切り出されて、焦る。俺……わかりやすい?  「そんなことない。言っただろ? 歩いてて、俺もさすがに疲れた。でも少し休めば、大丈夫」 「……そうかな」  "歩いてて"の部分は、ちょっと違うけど。  ……だって、心配、させたくないだろ? 弱いところなんて、見せたくない。  大丈夫、頑張ろう、そんな言葉で前向きになれる。それでセラが安心して、笑顔でいられるんだったら、それで十分だろ?   アリサに言われたことを、ふいに思い出す。 『あの女を不安にさせたくないからとか言って自分から不安とかきついとか嫌だなんて言えないんじゃない?』  ……これじゃ、アリサのこと言えないな。本音で言えばいいなんて、なんで人には言えたんだ。 『俺はセラが一緒に旅してくれてること、本当に嬉しいと思ってるから。何て言えばいいかな。セラには隠し事はしたくない。色んなことを共有したい。もっとたくさん話したい』  そう言ったの、俺なのにな。……ヲルバ郷か。ユールと、カイアスのこと。セラが聞こうとしなかったけど、俺も、うまく話せそうもなくて言わなくて。 『だけどね、そういう話してもしなくても、……私、ノエルを信頼してるから。大丈夫』  そう言ってくれたのは、セラだった。 『ノエルと旅ができて嬉しいのは、私も一緒だよ。それだけでも、たくさんのこと共有できてるって思わない? それに、言わなくたって、ノエルが真面目だったり優しかったり、裏切らないってこと、わかってる。だから、言わなきゃいけないことなんて何もないの。つらかったら無理して言うことないし、言いたくなったら言ってくれれば、それで十分だよ』  ありがとなんて短い言葉しか、返せなかったけど。……嬉しくて。受け入れられてる気がしてた。 『でも、言いたくなったら、たくさん話そうね』  そうも言ってくれたけど。……だからってこんなこと、話せるわけない。ある意味今一番、話せない相手。  ごめん。でも口に出して謝ったら、言えてないことを認めるようなものだし、心の中だけで謝る。 「ごめんね」 「えっ?」  今、ごめんって言ったの俺じゃないよな? なんで、セラが謝ってる?  「私じゃ、ノエルの力になれないよね……」 「待て! ……なんでそうなる?」  勢いよく、上半身を起こす。セラは、所在なさそうに目の前の花を見てる。 「……だって」  本当、なんでそうなったんだ? たまにセラの考えは、わからない時がある。考えがわからないなんて、別にセラに限った話じゃなくて、ユールだって、カイアスだって、他の人たちもみんな同じだけど。……それにしたって。 「セラにはいつも、助けられてるから」  そう、本当に。これ以上ないくらい。  だけど、セラの顔は晴れない。 「……疑ってる?」 「そうじゃないけど」  根拠ない言葉なのが、駄目だったかな。 「そうだな……例えば、シ骸のいたアカデミアでだって。俺一人だったら突っ走って、そのままカイアスと戦おうとしてたかもしれない。でもセラが、まずパラドクスを解消しようって言ってくれたから。アガスティアタワーに行けて、ああやって平和なアカデミアになった。だろ?」 「……うん」 「そもそもこうして、一緒に旅をしてくれてるってことだけで、俺の力になってる」  そう、そこなんだ。ずっと一緒にいるから、少しだけ忘れかける時があるけど。俺を信じてくれて、一緒に進んでくれてる。それだけで、満足すべきなんだ。先のことを望むからこそ、苦しくなる。  ……ユールも、こんな気持ちだった? あるものに、感謝して? 先のことは望まない? 今を受け入れる?   違う。俺はそうじゃない。感謝もするけど、ちゃんと未来を変えていくんだ。セラと一緒に。 「いつも、力になってくれてる。セラのおかげ」 「……だったら……」  セラが、言いかける。 「……何?」  何、って言ったものの。……それ以上の言葉を、恐れてる自分がいる。 「ごめん……何でもないの」 「そう、か」  何を言おうとしたのかはわからない。だけど、俺もそれ以上聞くことはない。正直、何も聞かずにいてくれて……ほっとしてる。何かをごまかし続けるのだって、苦しいから。  ……だけど。 「……セラ、こっち見て」  え、と横に振り返る。 「眉間。皺寄ってる」  左手を伸ばして、セラの眉間をぐりぐりと押さえる。 「ん、やだ、ノエル」目をぎゅっとする。「……皺なんて、寄ってないよ」 「寄ってる。ぐぐっと」 「もう。ないってば」  少しふて腐れたような顔で、俺の手をよける。だけど、いつものセラで。 「笑ってても、俺に文句言ってもいいけど。いつもみたいにしていて」  ……どんな要求なんだ、俺。 「何それ。文句なんて、言ったことないじゃない」 「アガスティアタワーでみたいに、言われたくないこと俺に言われた! って言ってくれてもいいし」 「……ふうん」  同意の代わりにセラの手が伸びてきて、逆に、眉間を押さえられる。 「ノエルこそ、しかめっ面。皺寄ってる」  ……しかめっ面、だった?  「そう言うならノエルも、いつもみたいにしてて。人のこと、言えないよ?」  そっと、手が離れる。  ……また、言われた。人のこと言えないって。  でも、ありがとうという感謝も、ごめんという謝罪も、そんなことないという否定も出てこない。かろうじて、頷くだけ。  その言葉と微笑みが、嬉しいって気持ち。それと同じくらい大きな、苦しいって気持ち。いろんなものが混ざり合って、一つにまとまらなかった。 (5) ホープがいてくれてよかった へ
自分は消えてもいい、って思ってても、少しは考えたりしちゃいますよね……? 幸せな光景に自分もいれたら、って。そして管理人としては、裏アリサを書けるようになってドキドキして一気に文章量が増えたと感じた、そんな思い出。