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人の弱さと強さ(3)

(2) 不安と希望と へ  ゆらゆらとまどろんでいると、ばたばたと騒がしい音がして、急に光が増した。 『……ホープ・エストハイムさん?』  声をかけたのが誰なのかもわからずに目を開けてみると、心配そうに覗き込む面々があった。 『そうですが……』  その言葉に、目の前の人たちは一様にため息をついた。 『はあ、よかった……』 『なんとか、成功……でしょうか?』 『結果的には』 『エストハイム最高顧問、ザイデルさん、初めまして。バタバタしてしまい、感動の対面といった風にできずにすみません』 『えっと……最高顧問、て』 『あなたが387年の眠りについてすぐに、第一研究ユニット主任から最高顧問に就任されたのですよ。  ここは、AF400年のアカデミーです。タイムカプセルは最後の最後の終了処理の時にエラーが発生して、さすがに我々も焦りましたが……いずれにせよ、お二人は無事に時間を越えられたんですよ。  ……聞くよりもご覧になられた方が早いですね、ご案内します。お立ちになれますか? ザイデルさんも』 『大丈夫です』  まだ少し目覚め切っていない頭と体を引きずるように案内された部屋を開けると、優しく目を覚ませるような華やかな香りが広がってきた。 『あれ……薔薇?』 『お気づきになられました? ご明察の通りです。最高顧問が目を覚まされるということで、切り花を持ってきてくれまして。アカデミーの一画に、薔薇園があるんです。  最高顧問がタイムカプセルの実験に使われた薔薇を、挿し木に挿し木を重ねて増やした、という風に聞いています』 『………』 『そしてここが、AF400年の新都アカデミアです』 『……すごい』  窓から眼下に見下ろすのは、目が覚めるほどの光景。そこには無数の建物が連なる景色が広がっていた。  AF13年の技術では到底作れないような、建築物の数々。それは何層にも重なり合っていて、一見すればどこを歩けばいいのかわからないくらいだった。そして目を凝らすと見えるのは、そこを歩く人たちの穏やかな笑顔。 『この都市全体も、アカデミーが取り組んできた成果の一つです』 『……』 『何かご不明点でも?』 『いえ、ちょっといろいろとびっくりしまして……』 『無理もありません。とはいえこれも、エストハイム最高顧問の作られた超長期構想通り、取り組んできただけですよ』 『……確かに道筋を引いたのは僕かもしれません。でも、実際に実行してここまで発展させることの方が、ずっとずっと大変ですよね。400年という年月は、決して短くないのですから……。  本当に、みなさんのご尽力には頭が下がります……ありがとうございます』 『ありがたいお言葉です……最高顧問』 『それから……最高顧問ってやめてくれませんか? 本当に、アカデミーがこうしてあるのも僕がここにいるのも、みなさんのおかげですから。みなさんだけじゃない、これまでの387年間関わってきた全ての人に、僕は生かされてきただけなんですから』 『承知しました……エストハイムさん。呼び方は変えても、最高顧問であることは変わらないのですけどね。お会いできて本当に嬉しいです。コクーン市民一同、心待ちにしておりました』 「本当にアカデミアに来てみて、すごいって思ったよ……400年かけて、ホープくんの考えを信じた人たちが作ってきたんだよね。  アカデミーなんて、私の中ではパドラ遺跡のキャンプくらいしかイメージがなかったんだもの。それがこんな大きな建物になっていて、こんな大きな都市を作っていて」 「恐縮です。僕自身、びっくりしてしまいましたけどね。初めてアカデミー本部の最上階からアカデミアの景色を見た時は、本当に言葉が出ませんでした」 「うん。みんなが楽しそうに笑っていて、平和になっててすごくほっとした。  私たちが最初に見たアカデミアは、もっと違ってたから……」 「ファルシに管理されたアカデミア……ですね。人々がシ骸になってしまうという……」 「あんな悲しい光景が実現しなくてよかった」 「……ノエル。本当に、そうだね」 「……そう何度も来るところじゃないし、次の時代に行く前にもうちょっと回りたいな。  見たことないものばかりだから、今のうちに色々見ておきたい」 「うん、そうしよっか。でも迷子にならないでね」 「なるわけないだろ。セラじゃないんだから」 「私だって迷子にならないよ。ノエルより年上なんだし」 「年は関係ないだろ」 「ま、まあ……慣れちゃえば大丈夫ですけどね。僕も正直なところ、アカデミー周辺しかわからないんですよね。色々と見て回れば面白い発見がありそうなんですが、アカデミアの都市構造がどうなってるのかとか、防災上問題がないのか? とか。せっかくだから僕もAF400年を去る前に、少しは見ておこうかな」 「追っかけに気をつけてね、最高顧問!」 「その呼び方は本当にやめてくださいよ。まだ慣れないです」 「でも実際、最高顧問なんでしょう?」 「そうなんですけどね、戸惑いますよ。気がつけばアカデミー最高顧問とその助手が400年の眠りから目覚めたことがコクーン全土に配信されてましたし、引くに引けない。だからといって突然過去から来た僕が出しゃばるわけにもいきませんから……。  ですから、どういう風に僕が関わっていくべきなのかは、最初に話しましたよ」 『実際、半信半疑でした。タイムカプセルは外からも中の様子が確認できるようになっていましたが、本当に起きるのだろうか? と』 『そうでしょうね。僕だって、目の前にタイムカプセルがあります、その中に人がいますなんていわれても……本物? って思ったと思いますよ』 『本当によかったです。最後のトラブルは本当に焦りましたが……しかしこれで、アカデミーの技術力の高さと方針の正しさを改めてコクーン全土に示すことができました』 『ええ、つまり広告塔ですね』 『あ、いえ決して悪い意味で言ったわけではありません。エストハイムさんには、その知識をもって我々を導いていただきたいと思っております』 『いえいいんです。アカデミーはこの時代では、もはや政府の役割を果たしているんですよね。今までもそうやってみなさんがやってきてくれたのですから、そこで僕が突然出ていくわけにもいきません。  引き継がれるのは、理念と方向性だけでいいんです。……一人の人だけが幅を利かせるような組織じゃ、これから先もずっとやっていけないですから』 『……とはいえ、理念と方向性を示すのも結局人ですから。  お恥ずかしいお話ではありますが、アカデミーも設立から400年が経とうとしていますが……決して一枚岩でいるわけではないのです。もちろん多くのコクーン市民はエストハイムさんのお話の通り、来るべきコクーンの危機に一人一人が対応しようとしてくれています。しかし一方では、アカデミーに反発するテロ組織というのもありまして……頭の痛い問題となっています。  ……ですからエストハイムさんには、今一度アカデミーの理念や方向性をコクーンに示していただけないかと考えているのです』  テロ組織という言葉に、胸がざわついた。 『今、アカデミーに反発するテロ組織の話がありましたね。このテロ組織の狙いは何なのでしょうか?』 『はい。  彼らが反発しているのは……アカデミーが未来を変え、未来を作るだけの力を持っているという点です。400年が経ち、アカデミーもまさにコクーンを動かす巨大な力を持つようになりましたから。  アカデミーは予言の書を手に入れ、それによって未来を知り、変えようとしてきました。しかしあまりに大きな力を持ったことで、アカデミーは恣意的に未来を作ってるんじゃないか、予言の書を持たざる者の未来を奪っているんじゃないか、それは傲慢な行為である、との考えが生まれてきてしまったのです。  我々としても当初の理念通り、適宜情報を公開して透明性を確保するよう努めてはいます。しかしながら、どうしても情報を持ち力を行使する者とそうでない者との間に不公平感が生まれてしまっています。  ですから、予言の書が発掘されるパドラ遺跡なんかは、彼らのテロ行為の対象になってしまっています。アカデミーとしても長年対処していますが、膠着状態でして……。  今は遺跡が標的になっていますが、それが次はどこに向かうのか……人工コクーン計画とは別に、本当に頭の痛い状況です』 『未来を、奪う……。例え、何もしなければコクーンが落ちて、すべての未来が閉ざされることになっても?』 『全ての人が、そこまでを考えられないということなのでしょうか……』  ずしっと胸が重くなった。  僕には未来に責任がある、未来を変えたいと言ったとき、様々な困難があることはそれなりに覚悟はしていたはずだった。  ……でも、言うのと現実は違う。  未来を変えるって言ってたときは、ただ理想を持って、前を見ているだけでよかった。  本当に未来を変えるというのは、そうじゃない。仮に目的が達成されても、その行動に伴う負の側面にも向き合い、受け入れるってことなんだ。  自分の行動によって、自分の作った組織によって、誰かが傷つく。今までにも、もしかしたら、今この瞬間にも。  わかる。ちょっと考えればわかること。わかってた。でも……苦しい。痛い。  でも。  "迷うな。お前が迷うと、みんなが迷う"……リグディさんのその言葉が正しいとすれば、下を向いていることはできない……。みんなを、迷わせられない。  "自分が守られていると思いなさい"って、父さんが言ってくれた。……実際、守られてきた。僕を笑顔で送り出してくれたAF13年のアカデミーと研究ユニットに。AF13年だけじゃない、会っていなかったとしても、AF400年までの全てのアカデミーの人に。そしてきっと、見えていないだけで、スノウにも、サッズさんにも、ファングさんにも、ヴァニラさんにも。そしてセラさんとノエルくんにも。そうやって守ってくれてる人たちに、顔向けできないようなことなんてできない。  僕は、生半可な気持ちで未来を変えようとしたわけじゃない。僕には目指したい場所がある。……とすれば、やるべきことなんて決まっている。  最後まで意思を失わず、自分で正しい道を見つけた者だけが、歴史を変える資格がある。……ライトさんだって、きっとそう言う。きっと、そういうことだ。 『それでも……未来に責任があるから、今ここで立ち止まれない。何を言われたとしても、何が起こったとしても、滅びる未来なんて作りたくない。進んでいくしか、ないんですよね』  絞り出すように、何とか言葉を出す。 『……はい』 『繰り返し、きちんと説明していくしかないですよね。  だから、もてはやされ、疎まれる……そんな役目は僕が負いますから。最高顧問なんてやつは、そういう風に使ってください。頑張っていただいている皆さんがやる必要はない』 『……しかし』 『すみません。そんな言い方では頷きにくいですよね。では役割分担、と行きましょう。  皆さんは今までのようにアカデミーを運営していただき、また人工コクーン計画を推進していただく。僕は現在の人工コクーン計画と未来との整合性を確認しながら、アカデミーが目指すべき方向性を改めてコクーンに示し、理解してもらうよう尽力します。  確かにコクーンが一枚岩でなくては、人工コクーンへの移住や来るべきカイアス・バラッドとの戦いにも対応できませんから。  また緊急時等、必要があれば対応します。そしてセラ・ファロンさんやノエル・クライスくんとのコンタクト役は担当します。  基本的には、今まで通りみなさんが推進し、僕は全体を俯瞰する立場で関わるという方針でよろしいでしょうか』 『承知しました……ありがとうございます。そういうスタンスであることを、今後人工コクーン計画で関わっていただくメンバーには伝えるようにします』 『あ、ただしアリサ・ザイデルについては、実質的なメンバーとしても関わらせてもらえると助かります。最新の知識には、すぐにアップデートできると思います。僕としても、アリサが推進メンバーに入ってくれるならそこの情報共有はしやすいので』 『承知いたしました。  ……人工コクーン計画の現状についてですが、今一番の課題はやはり13thアークの動力源ですね。アカデミーとしても調査隊を派遣しており、浮力を制御しているであろう結晶体の特定まではできましたが……人工コクーンを浮かべるとしたらそれがどの程度必要なのか、果たして人工的に生成できるものなのかを研究しているところです。人工的に生成できないのだとしたら、改めて対応を考える必要がありますし……。  一両日中にその研究結果を取りまとめることになっておりますので、結果の詳細については別途担当者も呼んで共有させていただきます。対応策についてもご一緒に検討いただければと思います。念のため、関連資料はご用意して事前にお渡しします』 『ありがとうございます。動力源らしきものの特定はできたということですね。着実に進んでいますね。  では、その時までに資料を読み込んで、僕も準備するようにします』 『承知いたしました。  ……エストハイムさん、私からも質問させていただいてもよろしいでしょうか?』 『はい。何でしょう?』 『エストハイムさんは、この時代でのやるべきことを全て終えられたら……コクーン打ち上げ時までまた移動されますか? もちろん、タイムカプセルは修理しないといけませんが』  少しだけ考える。でも、すぐに答えは出てくる。 『人工コクーンの設計までじゃない。ちゃんと市民の皆さんが移住して、人工コクーンが無事に打ち上げられるところまで確認したいですから……そうですね。また未来に移動したいと考えています。……それがどうかされましたか?』 『無理を承知で一つお願いさせてください。コクーンの危機が救われた後の話についてです。  コクーンの崩落危機やカイアス・バラッドとの戦いという共通の外敵が去った後に、問題が噴出するのだと思います。  先ほど言っていた予言の書を巡って、内輪揉めが発生する恐れがあると考えています……。予言の書は時詠みの巫女でなければ記録することはできないとされていますが、我々の未来が大きく変わったとき、それらに何が映るようになるのかはわかりませんから。  また、今でこそ非常時対応ということでタイムカプセルの存在も受け入れられていますが、これも戦いが終わった後にどうするのか。一方通行の装置とはいえ、人が未来に行けるということを許容するのかどうか。もしそれを皆が使えるようになったら、どういう世界になってしまうのか……? 今以上の、新しい問題が起こってしまわないだろうか、と。  ……私自身、テロとの戦いを対応している中で、ずっと懸念していたのです。今はいいが、共通の危機が去ったら……? 理由もなく未来を変える力を持っている巨大組織となってしまわないだろうか? そうすれば、反対勢力が活性化するのでは……? 今は受け入れてくれているコクーン市民はどう思うのか……? そしてアカデミー内部でも、考え方の違いが生まれてしまわないだろうか、と。今のうちにアカデミーとしての対応方針を決めておかなければ、後々大きな問題になりかねない、と懸念しています。  ……そうは思いながらも、私には時を越えることができません。未来の課題に対応したくても、直接力を行使することができません。ですから……』  それは、そうだ。  未来を救うことを第一優先で考え、予言の書も研究し、タイムカプセルも使ってきた。  でも、未来が救われた後にどうするのか……きちんと考え切れていなかった。確かに予言の書は争いを生みかねない危険な代物で、タイムカプセルだってそう。その二つだけじゃない、古いコクーンではなく新しいコクーンを作って移住するんだ、と僕が決めたからには、古いコクーンが落ちたあとの後処理だって具体的に形にしていかないといけない。後処理は頭になかったわけじゃないけど、具体的な方法検討までに至っていなかった。  救われたからいい、では済まされない。 『はい……すべての責任は僕にありますから。終わりまでちゃんと対処します』  それも自分の行動の責任だし、実際自分しか対応できない。そう思えば、もうそんな言葉しか出てこない。 『……本当に、ありがとうございます。現在の問題を全てエストハイムさんには押し付けるような形になってしまい、本当に申し訳ありません』 『いえ、本当に僕こそ……そこまで考えていただいて、本当にありがとうございます』 『まずは我々は目の前の仕事に取り組みます。13thアークの浮力解明から、人工コクーンの設計・建造と移住計画作成、カイアスとの戦いを見越した防衛策……やることは山積みですね。  とはいえ、未来の課題についても。全てをエストハイムさんに押し付けたままにはしません。今のアカデミーでも出来る限りの検討は行っていきます。古いコクーンの後処理の検討を始めとして、予言の書とタイムカプセルの設計書の管理強化……こちらもまた山積みですね。考えていきますので、後日また認識の擦り合わせをさせていただけますか?』 『こちらこそ、よろしくお願い致します』 「……ホープくん。テロって、大丈夫なの……?   それにすごく責任が重い、よね。顧問というか相談役ですよなんて軽い感じで言ってたから……」 「本当に、これでいいんです。  確かに苦しいことは否定しません……未来を変えることは、大変なんだなって正直思ってしまいましたよ。  でも、責任は自分にあるんですから。それに、セラさんノエルくんだって今まさに体を張って頑張ってくれているんですから、当然それくらいしないと。この時代にないって言われていたグラビトンコアだって見つけてくれました。ちゃんと前に進んでるんです」 「……ホープくん」 「僕はこういう世界を作った。もちろん、僕だけの力じゃないですけれどね。  一面では憎まれてもいて、争いも起きてしまっている。歴史を変えることの代償が、現実世界にも現れているのでしょう……。父さんが創立し僕も頑張って引っ張ってきたって思っているアカデミーが、テロ組織を生んでしまっていたということは……すごく苦しいことでした。いいことばかりじゃない。歴史を変えることの重さを、肌で感じてしまいました。  ……それでも、コクーンと未来を救うための行動を止めるわけにはいかないですから。そうでしょう?   だから僕は、繰り返しコクーンに訴える。そして、引き続き人工コクーン計画推進が止まらないよう、アカデミー内で調整する。そして打ち上げに向けてまたアカデミーと一緒に計画を作って、実行していく。  打ち上げだけじゃない、その後の古いコクーンの後処理も。また、カイアスの妨害も考えて兵器開発や防衛策の検討もする必要がある……。  やることはたくさんある……全て、やっていくだけです。……できればテロ組織にもちゃんとわかってほしいところだけど」 「……うん」 「できれば、じゃない。ちゃんとわかってもらいます。  ノエルくんにも、みんなが平和に暮らしている未来を見せたいですからね。ホープが頑張らなかったから、俺の未来が変わらなかったなんて言われたくないですし」 「そんなこと……絶対言わない。  俺もユールに、新しい明日を視せてって言われたんだ。だから……どんなことがあっても、未来を変えたい。  でも、変わった後の俺の時代……どんな世界なんだろう。どんな世界を視せられるんだろう。想像ができないな……  ユールは笑ってるかな。カイアスもあんな仏頂面じゃなくて、穏やかな表情でユールを見ているのかな。みんな、いつ死ぬのかなんて考えるんじゃなくて、楽しく生きることを考えられてるのかな。このAF400年のアカデミアみたいに、みんなが笑顔で。だとしたら、いいな」 「うん。次の時代に行こう。オーパーツだって、アリサが見つけてくれたんだから。全部終わらせよう」 「……さてさて、かなり話しすぎちゃいましてすみません。最初から最後までと言っていた僕の話ですが、ようやくAF400年まで来ましたし、こんなところで終わりですね」 「自分の知らない世界の話が多くて、勉強になった。ありがとう」 「いえいえ、自分を振り返るいい機会になりました」 「モグ、眠くなったクポ~」 「……眠いのか? じゃあ寝るか?」 LIVE TRIGGER なんて言おう?  ○ 今日はアリサはなんでいないの?  × 何か隠してない?  △ そういえば、お姉ちゃんの夢見たって話をちゃんと聞いてないよね □ ま、いっか。寝よっか 「寝るク……」 「私!   お姉ちゃんの夢見たって言ってたよね? その話、ちゃんと聞いてない」 「ああ、そうですね。確かに、今日はお話ししていないですね」 「クポ……」 「辛抱だ、モグ」 「モグ、大丈夫ですよ、そんなに長い話じゃないんです。  そうですね、AF400年に来るまでのタイムカプセルの夢の中で、ライトさんとお会いしました。  とはいえ、まあ、先日お伝えした通りなんです。  色々と迷っていた僕に、決断は間違ってないって言ってくれた……。  だからもう僕は、人工コクーンの打ち上げとカイアスとの戦いに向けて邁進していくだけです」 「うんうん」 「ええ」 「………それだけ?」 「はい」 「今まであんなにたくさん話してくれたのに?」 「まあ、残念なことに夢ですからね。そんなに多く会話できないですし、お伝えできる内容がないんですよ。確かに僕ももっと話したかったですけどね」 「ライトニング様は多くを語る人じゃないクポ」 「そういうことです」 「そう……  でもそれだけじゃないよね?」 「いや、それだけですよ」 「……その微笑みが怪しくない?」 「顔は地顔ですよ。それに僕としてもライトさんに励まされたことは嬉しかったので、思い出せば笑顔くらい出ますよ」 「モグ、お願い!」 「クポ?!」 「モグを投げないでください!」 「クポ~……痛いクポ……」 「かわいそうに……ダメですよセラさん、モグがかわいそうです」 「ホープは優しいクポ〜」 「絶対、何かある!」 「本当に、残念ですけど、お話ししている通りのことしかないですよ」 「え、じゃあ、じゃあ……今日はなんでアリサはいないの?」 「アリサですか? まあ、僕と違って集まったグラビトンコアの解析で忙しそうにしてたので、時間を使わせるのも悪いかなと思いまして。今日のところは誘わなかったんですよ」 「え〜でも、せっかく仲良くしましょうねって言ってくれたのに……」 「そういえばそうでしたね……すみませんセラさん……」 「……やっぱり、何かあるよね? 誘わなかったなんて」 「ですから、何もないですって」 「ふうん……じゃあ、最近のアリサの話をしてみて?」 「わ、わかりました」 『最近元気じゃない? アリサ』 『そうですか? 普通ですよ』 『そうかな。最近行動が別だったけど、たまに見かけると元気そうだから。グラビトンコアも集まってきて人工コクーン計画への組み込みも順調だし、研究が楽しいのかなって』 『まあ、それはそうかもしれませんね。  ……ねえ先輩、私、鬱陶しかったと思うんですよ。  私という人を認めてほしくて。ホープ先輩にも付き合おうって言ってみたり、うるさく議論ふっかけた時もありましたよね。セラさんなんかに対しては、つっけんどんな態度も取ってたこともあったと思いますけど』 『はは、そんなこともあったかもね。なんだか懐かしいな』 『アリサ・ザイデルって存在がここにいるんだって認めてほしくて、余裕なかったんです。私という人が必要だって認めてくれる人が欲しかったんです』 『……君は、必要だよ』 『ふふ、ありがとうございます。でも、もうそんな上っ面な言葉なんていらないんです。  私は、人に認めてもらいたかった。でも、人に認めてもらわなくても、私っていう存在は必要だって思えたんです。  ね? 見てください、この世界を。400年後に来たんですよ、時間を超えたんですよ。私がセラさん達に出会って、パラドクス報告して、それによってパラドクス研究が進んで。コクーンが落ちて世界が滅びるなんてことがわかりましたけど、これを解決するために400年越えて来ましたよね、私の設計したタイムカプセルに乗って。  パラドクス研究も、タイムカプセルも、自分だけにしかできなかったことなんじゃないか、って思うんです。  傲慢って思うかもしれませんけど、誰でも、自分の存在が何にもならないって思いたくないし、自分の力を発揮して存在が認められることって、すごく嬉しいことですよね?』 『それは……そうだね』 『これまでのことだけじゃない、これからのことも全部、自分がいるからこそできること。13thアークの浮力の解明も、コクーンが救われることも、そうやって世界が続くことも。私の存在は確かにここにあって、これからも世界が続くために必要なんです。そう思ったっていいですよね。  だから、自分の存在が何にもならないんじゃないかとか、要らなかったんじゃないかとか、そんなことを考えて小さく怯える必要はもうないんです。私は私だから』 『……アリサ、僕にも、そういう風に考えてた時期があったよ。何もできない自分が本当に嫌で、何かをしたくて仕方がなくて。でも本当は、そんな風に考える必要なんてない。君はこれまでも、これからも必要な存在だよ』 『……いるだけで価値があるなんて思えるとすれば、それはホープ先輩が恵まれているからですよ。先輩には私の気持ちなんてわからないです。同じだなんて思わないでください。立場も考え方も全部』 『……僕だって、正直違うって思ってた。  僕とアリサは、隣にいながらも違うものを見て、違うことを考えてるって。出発点はもしかしたら近いのかもしれないのに、考え方は全く違っている。でも僕も余裕がなかったし、アリサの考えがわからなかったとしても一緒に仕事ができるのであればいいと思って、それ以上踏み込むことはしなかった。アリサだけじゃない、色んな人と距離を取ってたのは自分の方だった、って思ったんだ。アカデミーの人たちだってそう。  でもちゃんと話してみれば……あんなにアカデミーの人たちが協力してくれるなんて、思ってもいなかった……本当にあのアカデミーを387年間、守ってきてくれていた。ちゃんと、僕の構想だって受け継いできてくれていた。道筋を引くなんて本当に簡単で、それを他の人が引き継いで実行するなんて方が遥かに大変なはずなのに。  それに……タイムカプセルのテストに使った薔薇だって、取っておいてほしいって言ったのは僕だけど、400年も咲かせててくれるなんて思わなかった。  エリダとは……周りがセッティングしなければコンサートにだって行くつもりはなかった。でも記録を見てみると、僕がコクーン市民にお願いしたことがちゃんと行われるように、って市民に啓蒙してくれていたのは彼女だった。  立場がどうだとか事情がなんだとか、そんなことはどうでもよかった。どんな状況であろうと、ちゃんと接して向き合うことが大事だった。自分から距離を取っちゃ駄目なんだって思った。話せなくなってからじゃ、遅いんだ……。  だからアリサに対しても、わからないからってそのままにしておきたくない。エリダからもそう言われたしね』 『……エリダが何か言ったんですか?』 『そんな大したことは言ってないよ。アリサとは友達だから、よろしくねって』 『そう』 『……アリサとは考え方は違っていたのかもしれないけど、違いがあっても接するからこそわかることだってある。以前、コクーンと仲間をどっちを取るのかって言ったよね。あの時は自分の気持ちを抑えつけて、自分の思いをきちんと言うことができなかった。でも今は違う。考え方の違うアリサが、僕に問いかけてくれたおかげで、自分の思いがはっきりしたんだ。  ……僕は、仲間に会いたい。仲間を助けて、コクーンと世界を守りたい。それは全部一緒にしかできないんだ。どれが欠けても駄目なんだ。偽善と言われても、僕は仲間を助けて、コクーンを守る。どちらも諦めない。  アリサのこともそうだ。僕らもこれまでずっと一緒に研究してきた仲間だろう? 君だって、そう言ってくれただろう? だから、君が困っているなら助けたい』 『ほんと、そういうところがお人好しで……大嫌い。仲間だって言ったのだって、適当ですよ、適当』 『アリサ……』 『そういうお人好しな考えが間違ってるかもしれないって思わないですか?』 『僕は……僕は、間違っていない』 『本当に……迷いないですね』 『前にも言われたね、それ。その時は迷ってばかりだけどねって言ったけど……今は迷わない、って答えられるよ』 「……っていうところでしょうか」 「……アリサはいつも明るいから、そんな風には見えていなかったけど。今まで頑張ってきたんだよね……本当に、アリサがいなかったら何にもならなかったんよね」 「本当にそうですよ。だから、僕としてはそれがわかってほしかった。  ……なんですけどね。歩み寄ろうと思っても、なかなか届かない。考え方の違いって、難しいです。だからこそわかることもありますし、悪いことばかりじゃないですけどね。でも、お互いが補完し合う関係でいられれば」 「そっか……。  とか言いながら、その話、何か続きあるんじゃないの?」 「そんなもんですよ。ないものはないですよ、セラさん。信じてくれないんですか?」 「ノエル!」 「俺?!」 「たまには何か言ってよ!」 「ええ……」 LIVE TRIGGER どうする?  ○ でもやっぱりホープの味方 □ セラの味方をしてみる 「全く、セラはしょうがないなぁ……。  じゃあ、アリサ本人を呼んで聞けばいいんじゃないか? 忙しいって言っても、ちょっとなら来れるだろう」 「いえ……それはやめときませんか?」 「なんで? セラも仲良くしたがってる」 「アリサが入ったら、話せることも話せなくなるかと思いまして」 「問題ない、俺は誰がいても。な? セラ」 「うん!」 「いやー、みなさんが問題なくても実は僕はちょっと緊張しちゃうんですよね」 「何が問題?」 「諸々な、様々な事情がありまして……  そう、まあ色々とあるんですよ、二人の間には」 「色々って? 言われなきゃわからない」 「そこはノエルくんにはわからない、大人の世界ですよ」 「でもアリサとは何もないって言ってたし」 「まあ、それはそうなんですが……そこは汲み取っていただいて、お願いですから見逃してくれませんか?」 LIVE TRIGGER 大人の世界……らしい。見逃す?  ○ 見逃す □ 見逃さない 「ハンターに向かって、見逃せ……はないよなぁ? モグ! やっぱりアリサ呼んでこい」 「了解クポ!」 「いや、やめてください! ほんとにそれだけは!」 「じゃあ、どうするんだ?」 「…………」 「言うよな?」 「………、はい……」 「よし。完了」 「ノエルさすが! 偉い~☆」 「………逃げ切れると思ったのに……」 「甘いな」 「……呼んでこなくていいクポ?」 「ホープが少しでも抵抗する素振りを見せたら、呼びに行くんだ。その時まで待機してろ。獲物は逃がすなよ」 「クポ! 待ってるクポ!」 「よーし、後でご褒美だ」 「はあ……鬱だ」 「そんなこと言わないで、ね? ホープくん」 「いや、実際本当に本当に本当に、お聞き苦しい話なんですよ。  まあ確かにお察しの通り、さっきのアリサとの会話には続きがありましてっていう話ですが……  ていうか、本当に言うんですか?」 「クポ?」 「……はあ……鬱だ」 『……迷わないって言えるのは……夢のせい、ですか?』 『え?』 『"ライトさん"が夢で、決断が間違っていないって先輩に言ったからですか?』 『っ、なんで知って……あ、セラさんに言った話、聞いてたんだっけ』 『その夢の話。今まで言わなかったですけど、私、セラさんとの会話の前から知ってましたよ』 『えっ……』 『うふふ、なんでか知りたいですか?』  裏表のあるアリサの、唯一といって過言でないくらい、裏表のない満面の笑顔。 『え……』 『面白いから、ここぞという時まで取っておこうと思ってたんです。でもそろそろ言ってもいいですよね?』 『え……なんで』  なんでってお前、自分から落とし穴にはまってるぞ! 今からでも遅くない。全力で逃げろ! ……と自分の声を聞いた気がした。でも、体は動けなかった。 『だってそりゃ〜先輩、あんな盛大に寝言言われたらね』 『…………えぇっ?』 『しかも笑顔で泣いてましたし』 『……………』 『これにはさすがの私もびっくりですよね〜』  頭がぐらぐらした。いや、わかる。そんな気がしてた。でも。 『…………………  ああああ、気付いてないと思ってたのに!』 『うふふ、あんな面白いの、見逃す私じゃないですよ』 『いや! ちょっと待て。違うんだ!』 『違わないですよ〜。こんな動揺するホープ先輩を見るの初めてですね~!』 『いや、そんなんじゃない、そんなんじゃないんだ!』 『そんな否定しなくても~。"ライトさん"がかわいそうじゃないですか』 『なんだ、君が思うのとは違う……そう、付き合う付き合わないとかじゃないから!』 『何言っちゃってんですか? あんな寝言言っておきながら〜? じゃあ何なんですか?』 『……どこまで言ったんだ僕は……。いや、何って、ただの師弟関係で。  ……っていうか、アリサの話をしてたんだぞ今。話を逸らすな!』 『私は心配しなくても大丈夫ですから。  別に考え方が同じじゃなくたっていいじゃないですか? 同じ考え方する人なんて、この世には一人としていないんですから。テロをするわけでもないですし。  ま、一つ言えるのは、私も先輩みたいな夢見の良さがほしいなってくらいですね。私そーんな素敵な夢なんて見ることないですからね〜。自分と友達が入れ替わるみたいな冗談みたいな夢とか、むさい男の夢とか、そんなんばっかですよー』 『そ、そう』 『だから、私の話はもういいんです。  だから先輩、ね? いいじゃないですかぁーそういう素敵な夢の話教えてくれたってー。先輩、心を自分から開かないとって言いましたよね~、たった数分前に。自分で忘れたんですかぁ?』 『い、いや……そうじゃないけど……』 『あ、まだ抵抗します?   じゃ、私から言っちゃっていいですか? 先輩の寝言の中身。覚えてますよ?   "ライトさん……"』 『いやいやいやいや、やめよう! ね! わかったから! 言われるくらいなら自分で言うから!』 『私の勝ち〜♪』 『……はあ……なんでこんなことに……』  タイムカプセルで、夢を見た。  ……でも夢だけど……夢じゃないって直感が伝えていた。これは現実だ、と。  予言の書で散々見てきた姿。甲冑を身にまとい、羽根をまとった………そんなライトさんの姿がそこにあった。そして、僕を見つめていた。  会いたかったのに、もう随分と会えなかった人。夢でもいいから会えたというのに、ずっと二人の間には沈黙があった。  どうしていいのか、わからなくて。  何を言っていいのか、わからなくて。  言いたいことも聞きたいこともたくさんあったはずなのに、全て喉の辺りで止まっていた。 『……ホープ?』  そうやって声をかけられて、ようやく自分の言葉が出てくる。 『ライトさん……。  ………ごめんなさい……。わかってあげられなくて、ごめんなさい……。守れなくて、ごめんなさい……』  初めて予言の書でライトさんを見た時に出てきた言葉が、また繰り返される。  冷たい甲冑越しにすがりつくように抱きしめると、少しのため息を聞いた気がした。 『……お前、せっかく会えたっていうのに、いきなり謝るか?』 『だって! 僕があの時手を離したから! だからライトさんは一人で戦っていて……  僕もその世界に一緒に呑み込まれればよかったのに!』 『そんなこと言うな』 『スノウだって知ってたのに! 僕だけが、ライトさんが生きてるってわかってなくて……何も知らなくて……』 『……お前は、その分だけ頑張ってくれただろう?   これまでのパラドクス研究も、デミ・ファルシ計画も、そしてこれからの壮大な人工コクーン計画も……』 『知っているんですか?!』 『ああ。ヴァルハラからは、全てが視える……そこに至るまでにお前がどれだけ苦しんで、悩んで、頑張ってきたか………全部わかってるから。大変な中、今まで本当によく頑張ってきたな』  多くの言葉なんてない。でも、その言葉だけで十分だった。認めてほしい人に認めてもらった。それだけで、心が凪いでいく。  昔と違って少し低いところから伸ばされる手に頭をなでられると、今までの焦りや苦しみが全部溶けていくようだった。 『自分だけ何も出来ないのが、嫌でした……』 『そんなこと、ないんだけどな』 『自分の行動が未来を変えてしまうという責任も、重かった……』 『……そうだな』 『自分の判断の失敗のせいで人を裏切って、そのせいでコクーンも救えないって考えたら、動けなくなった……』 『……うん』 『父さんが死んだ時、すごく寂しかった……』 『……ああ……』 『ライトさんにもみんなにも会えないまま死ぬかもしれないと思ったら、怖かった……』 『……大丈夫だ』  話を聞いてくれているだけなのに、なんでこの人の声は、こんなにも心を溶かすんだろう。 『だけど……自分だけ何もしていないなんて、絶対に思いたくなかった……  だから僕は、タイムカプセルに乗ることにしたんです……絶対にコクーンを救いたくて。絶対に、みんなに会いたくて……  また、判断ミスしたって言われちゃうかもしれませんけど……』 『………お前の決断は、間違っていない』  ……ただその一言だけなのに、なんでこの人の言葉は、こんなにも安心するんだろう。  その声で、その言葉をもらったというだけで、もう迷いなんてなくなっていく気がする。 『ほんとですか? じゃあもうこのまま突き進んじゃいますよ?』 『……それはもう、怖いものなしだな。ちょっとは周りも見ろよ』 『ライトさんに言われたくないです。僕が一人で突っ込んでいくタイプになったんだとしたら、完全にライトさんのせいです』 『それは言うな』  ライトさんと二人で微笑み合った。言葉こそ優しくなくたって、その声音はいつだって優しくて、安心する。 『ライトさんて……僕の身ぐるみ剥がしていきますよね』 『身ぐるみ?』 『僕も27歳になったのに。ライトさんの歳が変わらないんだとすれば、僕はもうライトさんより6歳も年上になったし、それなりに人生経験も積んだはずなのに……いつもみたいにできない、取り繕えない。14歳に戻ったみたいにすごく素直な気持ちになります。どうしても、ちょっと甘えちゃいますね』 『そうかな。どうしてだろうな。  でもそれは……私も同じだ』 『ほんとですか?』 『ああ。すごく温かくて、優しい……。  今だけじゃない。ずっとヴァルハラで終わらない戦いをしていると、負けるつもりは毛頭ないが……さすがに心が折れそうになる時もある。  でもみんなが、ホープが一生懸命頑張っているのがヴァルハラから見えるから、私も戦い続けられる。……お前のおかげだ』 『ライトさん。僕も、今まで会えない間、その時その時でいつもライトさんの言葉を思い出して、大変な時期を乗り切ってきたんです。デミ・ファルシ計画に失敗して落ち込んだ時も、未来に行くことを悩んだ時も。ライトさんの言葉に助けられたことを数えれば、キリがないんですけど……』 『そんなに助けていたかな』 『助けてもらってますよ、いつもいつも。  本当は今でも、まだ怖さはあります。……AF400年に辿りついてから、一体どうすればいいのか。もし知っているなら教えてほしいっていう気持ちだって、ゼロじゃないです。  でも僕は……ちゃんと目の前を見て、一つ一つ実現していきます。……今日もライトさんが、間違っていないって言ってくれたから。その言葉を思い出しながら、これからも頑張っていきます』 『お前は、それでいい』  短いけど、また一つ、肯定の言葉。それだけで……もう十分だ。 『僕、新しいコクーンを絶対に打ち上げますから。そしてライトさんを守りきれるまで、今度こそ頑張りますから。カイアスを倒しに、ヴァルハラまで行きますから』 『……ヴァルハラになんか、来なくていいぞ』 『……そこは、待ってるぞって言ってくださいよ』 『だって……セラとノエルがいるだろう? お前には、新しいコクーンを無事に打ち上げるっていう大切な役目があるんだ。私のためだけに来てもらったら困る』 『相変わらず厳しいですね。でも、待たないって言われたら追いかけたくなっちゃうんです。それに、待ってなくても来たら喜んでくれますよね? 諦めませんから。絶対ライトさんを守ります』 『お前は……相変わらずだな』  そう言って額をこつんとしてくれた。それでも、いつものきれいな微笑みを浮かべてくれる。なんだかすごく優しい気持ちになる。 『そんなことばっかり言ってないで、体には気をつけろよ。ちゃんと食べろよ、ちゃんと寝ろよ』 『そんな心配、今はいいじゃないですか……』 『お前は自分のことより、他人のことを優先しすぎなんだ。もうお前はお前一人の体じゃないんだぞ。倒れられたら困る』 『それもライトさんに言われたくないですけどね。  ……それにそれ、なんかくすぐったい言葉です。お母さんになる人が言われるみたいな。僕がライトさんに言うならわかるけど』 『それくらい、大事ってことだろ』 『コクーンにとって? ライトさんにとって?』 『お前な……  もう、そろそろ戻れ。AF400年だぞ。……もうすぐ、アカデミーの人間が来る』 『もっと話してたい……』 『甘えるな』 『普段甘えられないんですから、今くらいいいじゃないですか』 『……もう十分甘えた、だろ』 『わかりました、わかりましたよ。そういうところもライトさんらしくて、いいですね。  でも……絶対、守りに行きますから! 待っててください!』  そうして、ライトさんは微笑みながら消えていった……。 『とまあ、短い会話なんですが。わかってもらえたかな。アリサ……』 『わかりました……。つまり恋人同士ってことなんですね!』 『なんでそうなる!』 『もう何なんですか? その会話。聞いてるこっちが恥ずかしい!』 『あれ? い……いや、そうじゃないだろう? 恋人?!そんなんじゃなくてライトさんは……そう、師匠なんだ。  実際の敵との戦いだけじゃなくて、人生の戦い方……困難に立ち向かう術を教えてくれた人なんだ。そういう強さだけじゃなくて、人を思いやる優しさとか……でも必ずしも手助けする優しさじゃなくて、自分でできるようにしてくれようとする優しさなんだよね。そう、母が子を見守るようなさ。温かいんだ』 『ふうん』 『僕はアリサから見れば迷いなく見えるかもしれないけど、決断するときも迷ってばかりなんだ。時間を越えることだってそうで。いや、アリサの設計を疑うわけじゃない。でも、やっぱり不安もあってさ。そんな中、間違ってない! って夢とはいえ師匠に背中を押してもらったら安心するだろう?』 『はあ』 『い、いいじゃないか。別に彼女は自分から守ってほしいなんて言う人じゃないし、弟子が師匠を守るなんておかしいだろとか思うかもしれないけど。でも強い人だってたまには守られるべきだろう? 今度こそ、僕が守りたい。一人じゃないって言いたい。  付き合うか付き合わないかなんて関係なくて……彼女が僕をどう思うかとか関係なくて……ただ単に、守りたい』 『単に守りたい、ですか……  つまり……それはもう、見返りを求めない愛! ってことで、いいですか?』 『え』 『目先の付き合う付き合わないを越えちゃった、ってことでいいんですか?』 『えええ……』 『だってこんなに女性について熱く語るホープ先輩なんて初めてですもん。  ほら、思い出してくださいよ! AF10年、ヤシャス山から帰ってきたときの話! いろいろ話しましたよね?』 『ああ、そんなこともあったね……』 『あの時の先輩! 女と付き合うなんて、時間の無駄だぜ! こいつらじゃなかった! とか言ってましたよね?』 『い、言ったね……そんな言い方じゃなかったけどね……よく覚えてるね』 『ライトさんだったらよかったって思った! って解釈すればいいんですよね?   ライトさんが基準になっちゃってて、その他の女が時間の無駄のように思えたってことですよね! ライトさんだったら、時間をかけても付き合いたい大切な人だってことですよね!』 『………えっと……それはそうかもしれないけど……どうなんだ……』 『……先輩って仕事になるとあれだけ熱っぽく人に語れるのに、恋愛になるとほんと正直じゃないですね〜』 『そんなつもりはないんだけど……』 『その話の後も、ほら! 予言の書が見つかったじゃないですか?』 『ああ、そうだね、ていうかもう許してくれない? そろそろもう僕いっぱいいっぱいなんだけど……』 『そんなの無視です♪先輩みたいな人を追いつめるのって楽しいですから!』 『アリサ、相当Sだよね……』 『何とでも言ってください。  で! ですよ。研究ユニットの女の子同士でも話してたんですけど〜、いくらなんでも毎日毎日飽きもせず、予言の書を見過ぎですよね〜。先輩って』 『いや、あれは……そりゃあ、研究のためなんだから、仕方ないだろう?』 『へ〜、そうですか〜。研究のためですか〜。ライトさんが出てきた途端、あんな切ない顔してため息つきながら?』 『……そんな覚え、ない』 『先輩は覚えがなくたって、女の子っていうのは細かいところまでちゃーんと観察してるもんなんです! あ〜んな顔して、よくもまあ研究だなんて言えますね〜〜』 『……それは! ああ何もできなかったなっていう後悔の念がため息になってる……んだと思う』 『言い訳がましい男って嫌われますよ』 『言い訳……』 『じゃあ例えば! ライトさんが付き合いたいって言ったら断るんですか?』 『……えっ、いや……断らないかな?』 『ノエルくんみたいな年下の男の子に取られちゃっても、俺関係ねーぜ! って言い切れるんですか?』 『………それは……言い切れないかも……』 『うふふ、素直になってきていいですね〜。  ね! 先輩。今度こそ、ライトさんを守りに行くんですもんね? 言ってましたもんね! 寝言でもね!』 『……はい……言いました……』 『ヴァルハラまで追いかけていっちゃうんでしょう? 頼まれてもないのにね〜! 犬ですよね犬!』 『……そうです、頼まれてないのに僕が勝手に……。犬……』 『身ぐるみ剥がされちゃうくらい素直になっちゃうんでしょ? 甘えちゃうんでしょ? 子供みたいにね〜幼児返りしちゃって!』 『……それは』 『こんなのコクーンのみんなが聞いたらどう思うのかしら? コクーンを引っ張るホープ・エストハイム! 責任感強くて真面目で紳士でファンも多いあのアカデミー最高顧問が、まさかあんなワンワンでバブバブーだなんて……! うふふ』 『…………』 『私もゴシップ紙の取材受けちゃうでしょうね〜。取材が殺到して、仕事が進まないかもね。他の研究員も困っちゃいますよね。  でも私はちゃんと、ぜーんぶ説明してあげますよ?   だってしょうがないですよね? 夢に見ただけで、嬉しくて泣いちゃうくらい好きなんだもの〜』 『………………ぅさん』 『え? 聞こえませんけど?』 『………降参、します………』 『はい、素直でよろしいですね☆』 『……うわああ、恥ずかしい。そうだったのかなあ、僕…………いや、えええ?』 『えっ、もしかして先輩……隠そうとしたわけじゃなくて、素でわかってなかったんですか?』 『……………わかっていなかった……かな………』 『ええ〜、27歳にもなって? 恥ずかしっ!』 『27ですけどね……』 『わかってなくてその思わせぶり発言?!……それがライトさんだけじゃないなら、先輩ってただの傍迷惑なタラシですよ? ほんとに!』 『………タラシ………すいません……』 『……先輩、ショック受け過ぎですよ』 『師匠だと思ってたんだ……ほんとに……。違ったのかなあ……』 『元気出してください! 師匠であり理想の女性ってこともありますよ! その人がすべての基準! みたいな。尊敬から愛に変わることだってありますよ!』 『こんなことを人に指摘されるしかなかったなんて……』 『会わないせいでプラトニックになりすぎたんじゃないですか? 大丈夫ですよ。よかったじゃないですか、私のおかげでわかって』 『そう……そう思うと……やっぱ僕、夢の中では恥ずかしいこと言ってたよねきっと』 『ようやくわかりました?』 『ああああ、ライトさんはどう思ったんだろう………』 『ま、ぶっちゃけ何とも思ってないですよ』 『おいっ! そこまで言っといて落とすのかよ!』 『うふふ、そんな怒らないでくださいよ。先輩かわいい〜』 『か、からかうのも大概に……』 『まあまあ落ち着いて。終わりない戦いをしてるなら、きっとそんなこと考える暇はないって意味ですよ!   でも、ホープ先輩が頑張ってるからライトさんだって頑張れるんでしょ? 悪くは思ってないんじゃないですか! 大丈夫ですよ!』 『……そう言ってたけど』 『あ〜でもやっぱり先輩がタラシなように、ライトさんもただの小悪魔かもしれませんしね』 『ちょっ! ライトさんに限ってそんなことは! ……いや、でもまさか? あの無言の笑顔はそういうこと? そうなの?』 『どうでしょうね〜? こればっかりは本人じゃないとわからないですよねー。  ま、ヴァルハラからすべて視えてるんだったら、この会話も視えてますよね〜きっと♪直接聞いてみればいいんじゃないですか? どう思いました? って!』 『………………あああ、もう!』 『うふふ〜楽しみですね! 会いに行けたら、聞いてみてくださいね』 『……はあ……  聞くか聞かないかはおいといて……会いに行けたらじゃない。絶対、会いに行きますから』 『ほんと迷いないですね〜。やっぱり、それだけ大切なんですね』 『……うん。それだけは、間違いない』 『私よりも?』 『……え』 『もう何年も一緒に研究して、何百年って時間を越えた私よりも、ちょっとの間一緒だったライトさんの方が大事ですか?』 『……どういう質問?』 『確認、ですよ。私と一緒に歩く未来より、ライトさんと一緒に歩く未来を選びますか?』  アリサの質問の意図を考えてしまう。でも、そこにどんな意図があろうと、答えは変わらない。 『……僕は、みんなが一緒に歩ける未来を作る』 『……そういうところ、ほんっと先輩らしすぎて……大嫌い、です』 『それなりに落ち込むよその言葉』 『先輩、私には眩しすぎますもん。私、そんな風にまっすぐに物事を見れませんよ。ライトさんはどうか知りませんけど、私は付き合いたくないタイプ』 『そ、そう……』 『私と先輩ってそれなりに境遇似てるはずなんですよ。同じ歳で、同じパルムポルム出身で、パージ経験もある。まあ私はルシの経験はないですけどね。アカデミーでそれなりの年数一緒にいましたよね。  それなのに私はこうで、隣を見ればこんな風に明るい未来ばっかり信じてる暑苦しい人がいるなんて信じられないじゃないですか。  しかも、考え方が違うんだからっていうことにしとこうと思えば、話せばわかるみたいな夢見がちなこと言い出すし』 『スノウに毒された……? いや、夢じゃないって思ってるんだけど』 『もう先輩はそれでいいんです。バカみたいに理想を追いかけてる、まっすぐなところがいいんです。そうでしか生きられないんですから』 『誉めてるのか、けなしてるのか……』 『誉めてますよ一応。私もそういう風になりたかったですよ』 『……そうなの』 『言ってみただけですけど』 『あっそ……』  この会話はもう完全に、僕の手に負えない。 『まあでも。自分はそうなりたくはないし付き合いたくもないですけど、そういうまっすぐなところ、大好きでしたよ』 『……そう。そこは過去形、でね』 『うふふ。何だっていいじゃないですか。  先輩はそうやってまっすぐに、前だけ見ていてください。  グラビトンコアももうすぐきっと集まります。もう人工コクーン計画の実現も見えてきていますよね。まだまだ設計や建造、市民の移住ですとか、やることは沢山ありますけど、道筋ができていきますね。カイアスとの戦いも、待ってますね。  お互い、望みを実現して……自分の大事なものを大切にしていきましょう』 『……』 『ね? 先輩』  アリサは自分の本心に最後まで踏み込ませるつもりはないのかもしれない。  でもそれがどうあろうと、僕の望みは変わらない。そうだろう?  『ああ、そうだね。僕は彼女のいる世界を実現する。世界も、コクーンも、仲間も、彼女も守る。絶対に』 「……とまあ、こんなところだぞ、ちゃんちゃん、と。余計なことまでべらべら話しちゃって、今日の僕はどうかしてるぞ、と」 「キャラが違うクポ〜」 「違うね〜。うふふ」 「ああっもう! そんな目で僕を見ないでください!」 「えっ、どんな目?」 「こ〜んな目」 「ひどいノエル! そんな顔してない! ホープくんを優しく見つめてるだけだもん」 「もう……アリサにはからかわれるわ、ここでもいじられるわ、もう散々です……」 「アリサはホープくんをやっぱり好きだったのかなあ? どっちなんだろうね? まあーでもどっちにしても……アリサってほんといいね〜♪私が聞けなかったこともばっちり聞いてくれて。  もう今日は満足! ねっホープくん」 「……ああ、逃げ切れると思ったのに………セラさんには知られたくなかったのに……」 「同感。気持ちはわかる」 「ノエルくんだって、味方だと思ってたのに……」 「ごめんホープ、見逃せと言われたらつい」 「モグはホープの味方クポ! ライトニング様が落ち着けるなら、クポ」 「モグは優しいなぁ……モグだけだよそんなこと言ってくれるのは」 「私だってホープくんの味方だよー。今までホープくんと一緒に頑張ってきて、ホープくんなら安心してお姉ちゃんを任せられるって思うもん。ねっ、ノエル。何なら全部終わって新しい未来が作れたら、改めて私がお姉ちゃんに聞いてみるよ」 「待ってください! さっきも言いましたが僕は……この13年というか400年かけて、ようやく何か自覚したかもしれない生まれたてな状態なわけでして……」 「じゃあ聞かないの〜?」 「聞かないクポ?」 「いや……。  ちゃんと言います、よ。言える時が来たのなら。  今が大事だっていうアリサの考えも、今は少しわかる気もします。今しかない、今を逃したらもうその瞬間が訪れないっていうことだってある。いつかって思っていた未来が来ないことだってある。……今までだって、そうだったんですから。人生、いい意味でも悪い意味でも、何が起きるかわからないって本当に思います。  だから、大切なもののためにできることはその時々にしたほうがいいんだな、って思うんですよ。  セラさんだって、同じですよ」 「えっ私?」 「実はスノウと同じくらい大切なものができちゃったんじゃないですか?」 「ぅえっ?!」 「………………」 「………………」 「…………クポ」 「………ぁれ、っかしいなあ? ホープくんの話してたのに。反撃?!」 「僕の話もそろそろ飽きたでしょう? たまにはセラさんのことを聞いてみただけですよ」 「や、やだなあ。スノウと同じくらい? そんなこと! ないよ! もう! 変なこと言わないで!」 「あはは、動揺しすぎじゃないですか? 僕は言ってみただけなのに」 「それは、ホープくんが変なこと言うから!」 「そんなに変でした? 変って感じる理由があるんですかね? スノウと同じくらい未来が大切か、って聞いただけですよ? そんなことないんですか?」 「そっ……大切に決まってるでしょ!」 「あはは、セラさんもかわいいなあ〜」 「何なの? ちょっと前までお姉ちゃんへの気持ちもわからなかったくせに! 27歳にもなって!」 「何とでも言ってください。自分に無頓着だった分だけそれなりに周りは見てるので。こうなったら僕も覚悟を決めて愛の伝道師になります」 「い、意味がわからない。もう、この話は終わり!」 「はいはい、いいですよそれはそれで。でも、もしそうならずっとごまかしてちゃ駄目ですよ?」 「お姉ちゃんと付き合ってからそういうことは言ってよね!」 「そう言われると厳しいですね〜。ははは」 「混乱。つまり……」 「ノエルはわからなくていいから!」 「壮絶……。  なんだかわからないけど……了解……。  大切ってことで言えば。俺は、この時間が大切だなって今、思った。  さっきは、変わった後の未来が想像できないって言った。でも今は、セラとホープが、笑い合って喧嘩して。そんな未来を作りたい」 「……違うよ、それ。  喧嘩はいつもじゃないし。  それに……笑い合って喧嘩するのは、ノエルだって一緒だよ」 「そうですよ、もちろん」 「……俺は」 「そんな顔しないで。みんな一緒じゃないと、意味がないんだから」 「うん……」 「ああ、今日は楽しかったね! たくさん話聞けてよかったー。いい夢見れそう。ホープくんはまたお姉ちゃんの夢見れるといいね」 「は、はい……」 「もう寝言言わないといいな」 「はい……ほんとそうです」 「次は100年後にまたこうして話そうね!」 「そうですね、次は祝賀会ということで」 「もちろん、ホープくんはお姉ちゃんと隣ね!」 「そ、そうですね……。  セラさんこそ、その時どうしてるんでしょうねー」 「うふふふ」 「ははは」 「……やっぱり、先に寝てるかモグ」 「クポクポ~」 「ううん、みんな一緒に寝ようよ!   じゃあ、おやすみ~」 「はい、おやすみなさい」 「おやすみ……いい夢を」
アリサとは、ずっと平行線だったんでしょうね。お互い一歩も譲りそうもないし。でも、もしお互い一歩踏み込めてたら……と思ってしまうこともあります。とりあえず、アリサは色々ストレス解消してたのでしょう。ええ。そして、ホープはそれまでたくさん苦労したことが、ライトさんと会って報われてたらいいなあと思っちゃいます。もっと色々何かあればよかったなあと思うのですけど、本編補完という形での私の想像力と表現力ではこれが限界だったようです……(^^;お読みいただき、ありがとうございます! それにしても、こんなに苦労したのに……LRFF13に行かなきゃいけないだなんて……!  アリサ編Find Your Way (2)生まれて初めて 〜 (3)どうしてこんなに に、対応しております。