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長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

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Find Your Way (4)

(3) どうしてこんなに  暗闇。暗い、怖い。  音? 音が……してる? そう、音。どこか遠くから。  ずずずず、と、絶え間なく、低く響く、世界が動くような音が聞こえる。  ここは、どこ?  どうにか、手探りで歩く。  でも、本当に、歩いてるの? 浮かんでるの? どこが地面? どこに向かってるの?  何も、わからない。 「ねえ! 誰か……誰かいないの?!」  耐えきれずに、叫ぶ。自分の声は、どこにも響かない。  ただ、地鳴りのような音が聞こえるだけ。 「誰か!」  呼びかけながら少しずつ進んでいると、遠くに、薄ぼんやりとした光源。  その光源に、誰かの影が映る。 「……誰かいるの?」  もがきながら、近づく。  手が、何かを引っ掻く。足が、何かを蹴飛ばす。それでも、がむしゃらに進んで。 「……ホープ……先輩?」  ぼんやりとした姿だけど、知ってる。その姿は、ずっと一緒に仕事をしてきた、ホープ・エストハイム。  ……それに、ノエル・クライス、セラ・ファロンもいる。  何をしてるんだろう。でも、ここからじゃ何もわからない。横顔と後ろ姿が見えるだけ。 「……先輩!」  大声で、呼びかける。でも、先輩は振り向いてくれない。 「ホープ先輩! 聞こえないの?!」  近づいていく。……なのに、進んでも進んでも、3人との距離は近くならない。私から遠ざかるように歩いていく。 「先輩! ……私は、ここにいるの! 気付いて!」  嫌なの。  暗いのは、嫌い。  怖いから。  さっきから聴こえる、この音も。 「ノエルくん……! ……っ、セラ……さん……! どうしてっ……!」  次第に、手足がこわばる感覚。その内に、動かすことができなくなった。  私は、遠ざかっていく3人の姿を眺めることしかできない。 「ねえっ……お願いっ……!」  どうして、気付かないの……。  その間にも、音が、近づいてくる。何の音? 嫌。怖い。 「……時の流れの果て。人の願いが流れ着く場所。終わりも始まりもない世界——」  ふいに、低く響く地鳴りの音の間から、声が聞こえた。  姿は見えない。でも、幼い印象のある、女の子の声。 「正されようとする歴史を歪めれば、未来は、視えなくなる。……そしてそれは、あなた自身をも苦しめる」  ゆっくりと、淡々と、静かに言葉を伝えてくる。  でも、何? 時の流れ? 人の、願い? 未来が、視えない? 「……何、わけわかんないこと言ってんのよ。あんたのせい? 私を、帰して! もう、こんなのはたくさん!」 「——どこへ、帰るの?」  その言葉を聞いたと思った瞬間、薄く光っていた光源が、白く大きく輝いて——  その時に、私は見た。  私が引っ掻いて、蹴り飛ばしていたもの。それは、血塗れのヒト。男の人、若い女の人、お年寄り、赤ちゃん。たくさんのヒトが、血を流して、倒れていた。 「……ひっ!」  思わずのけぞる。その弾みで、その場でつまづいて転んでしまった。  ……つまづいたもの。そう、私の足下に転がっていたのは。  年の若い、女の子。恐怖に打ち震えて見開かれたままの目。真っ赤な血がべっとりとついた、金髪のショートヘア。そう、それは、14歳の頃の……—— 「………っ! ……」 「魂は、闇に……溶けるの」  地鳴りが、一層大きくなる。  何か、大きいものが崩れてくる。怖い。押しつぶされる。助けて。 「いっ………いやあああああぁぁ」  はあ、はあ、はあ、はあ、……はあ………  薄暗い中、目に入るのは、白い天井。もう随分と見慣れた、新都アカデミアにある、私の部屋。首だけ動かす。4:13。赤いデジタル文字の光すら眩しくて腕で目を覆うと、腕が涙で濡れた。  私は眠っていた。夢を見てただけ。そう、ただの夢、だけど………  呼吸は、浅くて、早くて。心臓も、異常なほど早く脈打っている。涼しいはずなのに、身体中から汗が吹き出ている。  だるい身体を起こして、ミニキッチンまで歩いていく。……冷蔵庫、何があったかしら。ああもう何だっていい、水でいいわ。  蛇口をひねって、コップに水を注いで、一気に飲む。冷たい。汗ばんだ身体が、冷やされる。コップを置いて、そのまま壁に背中をつく。  ——最悪。最近、あんな夢見ないと思ってたのに。  ……今度こそ、本当に死んだのかって、思った。  はあ……っ  でも、乱れていても、息をしてる。いつもよりずっと早くても、ちゃんと心臓は動いてる。私、まだ、生きてる。  ようやく、息が収まってくる。汗が引いて、落ち着いてくる。  ったく……なんなのよ、あの夢は。ゲートが現れてからはああいう夢見ないようになってたのに、しつこいんだから。  でも……わかってるの。まだ私の願いが、完全に達成された訳じゃないから。  ゲートが現れただけじゃ、カイアスのオーパーツを渡しただけじゃ、私の願いは叶えられたことにならない。もう少しなの。なのにまだ、ノエルとセラが色々寄り道してるせいで、あのゲートを使わないから。二人があのゲートを通って、ホープを消した時にこそ、本当に私の願いが達成される。邪魔者はいない。私は新しい世界で、新しい人生を生きる……。そう、新しい、人生を……—— 『それは、あなた自身をも苦しめる』  ……何が言いたいってのよ。私は、寝たかったのに! このままじゃ、また眠れそうもないわよ。 「……ああ、もう!」  心の中に入り込みそうな黒いもやを振り払うかのように頭を振って、クローゼットを開けた。いいわ、とりあえず着替えられれば何でもいいわ。今はこのままベッドに戻りたくない。  パジャマを脱ぎ捨てて、目に入った黒いTシャツとジーパンに手早く着替える。まだ暗いけど、このまま外に出てしまおう。  エレベータの階数表示を勢いよく拳で押す。やけに遅く感じるエレベータにイライラしながら、ようやく外に飛び出すと——少し冷える、新鮮な夜の空気。でもそれ以上に——夜明けに近い時間だというのに、新都アカデミアは無数の小さな光で溢れていた。そして、昼間ほどじゃないにせよ、道路には歩いている人達も見える。男女問わず、若い人達が多い。………でもそれは、私がこの前ホープと仕事のために徹夜した……なんていう理由じゃなくて。 「ここまで来たら、もう一軒行く?」 「ん〜、もうさすがに眠いんだけどなー」 「冷たいじゃない、せっかく楽しいのにぃ」 「明日はどうせ非番だろ? だったらもう諦めて、明日は寝てようぜ。人生暇つぶし!」 「まあ……それもそうだな。……じゃあ、次!」  私の目の前を通り過ぎる人達をイライラしながら眺める。何なのよ、その風体は。酔っぱらっちゃって、私が足引っ掛けたら絶対転ぶわよね。イライラついでに引っ掛けてやるわよ! ——……と思うけど、さすがに私が事件を起こしたらまずいから、すんでのところで我慢する。こういう余計な"配慮"が、私の気苦労を増やしてるのよね、本当に。ああもうせっかく外に出たのにミスった。やっぱりあのまま部屋にいればよかったかもしれない。 「……ああ、もう……ほんと、馬鹿。馬鹿、馬鹿、みんな馬鹿!」  何なのよ、人生暇つぶしって。私にはあんたたちみたいに潰してる暇なんてないのよ? 一日中寝てるなんてことはできないのよ! 一日中仕事するか、ぶっ倒れて仮眠を取るだけ。そんな生活してるってのに!  ——わかってはいた。アカデミアに来て、しばらく経った辺りから。『暇』『何か面白いことないかな』街を歩くと、そんな言葉がよく聞こえてくる。  でも、ムカつくから、あまり考えないようにしていた。私はこんなにも時間がないのに、彼らはなんで、時間を浪費しているの? まだコクーンが堕ちる恐れもない、焦る必要はない。そんな漫然とした安心感が、どこかに漂っていたから。……この時代は、ただの通過点。私にとってずっと住むべき場所じゃない。だから、この時代の人がどう考えてたって、私には関係ない。……そういう気持ちで過ごしてきたけど。  ……そう。彼らはただ、時間を持て余しているから、暇だから、ただ暇つぶしのために……日々を過ごしているだけ。平和だから、何もないから、昼も暇そうにしてる。そして夜中に飲んで騒いで、日々を消費しているだけ。絶対に、気なんて合いっこないわ。……まだ、ホープの方がずっと………って、ううん、別にホープが私と気が合うなんて思ってるわけじゃないわよ? ただ単に、比較の問題。アカデミアの人達がこんなんだから、相対的に気が合うかもしれないってだけ。……それだけ! 『——どこへ、帰るの?』  さっきの、夢の声。  どこへ、………か。そんなの、私にだってわかりっこないわよ。生きられるなら、多くは望まない。どんなところだっていいわ。  ……でも、少しだけ考える。  もし、私の帰る先が、あの夢の中の世界だったら……どうなのかしら。真っ暗闇、誰もいない。唯一いたホープも、ノエルも、セラも、私の声が聞こえなかった。私の存在に、気付かなかった。  あの三人の他に、もし人がいたとしたら? 夢の中の話だから、考えたって無駄なんだけど……。  もしも、私の生き残った世界が、この新都アカデミアみたいなところだとしたら? ……さっきみたいな人達しかいない世界を考えると、急激に絶望的な気分になる。適当に付き合うことさえ、苛立たしい気分にもなるのかもしれない。  ……というか、私……今まで誰かと仲良くなんて、なってたかしら。……親友のネーナが死んで……ああ、エリダなんて女も、いたけど。それ以上でも以下でもない。向こうはいい子ちゃんだから私のことを友達だって思っていたかもしれないけど、私は全くそんな風に思えなかった。……じゃあ、その他は? 一番よく話すのはホープで、……あとは、もしかしたら、ノエルとセラ……なんてことに……なるのかしら。友達少ないって自覚はあったけど。  ……まあ、ね。  私は、自分が生きられるということのために、いろんなことを犠牲にしてきたけど——  もしも、私が本当に新しい世界で生きられるとしたら。  ……そこには、誰がいるんだろう?  ホープは、いない。ノエルとセラも、もちろんいない。知ってる人は……誰もいない。  もちろんそんな場所だって、一から人生をやり直せばいいって思ってた。新しい仕事を持つ。新しく人と知り合う。そう、過去のことなんて、全部忘れて……  こんな私だけど……人を踏み台にしたりもした私だけど。わかってるつもりなのよ。人は……人と関わりなくして生きられない。  ……だけど。 『立場がどうだとか事情がなんだとか、そんなことはどうでもよかった。どんな状況であろうと、ちゃんと接して向き合うことが大事だった。自分から距離を取っちゃ駄目なんだって思った。話せなくなってからじゃ、遅いんだ……。だからアリサに対しても、わからないからってそのままにしておきたくない』  本当にわかり合うことなんてできないと思っていたホープが、……今更、初めて、歩み寄ってくれたって……思えた。 『僕らもこれまでずっと一緒に研究してきた仲間だろう? 君だって、そう言ってくれただろう? だから、君が困っているなら助けたい』  相変わらず偽善者っぽい言葉。それでも、今までのどの言葉よりも——本当は、心に"刺さった"。  だからこそ……逆に……私は…… 『……そういうところ、ほんっと先輩らしすぎて……大嫌い、です』  私は、受け入れられなかった。自分のこだわりが、そうさせた。 『まあでも。自分はそうなりたくはないし付き合いたくもないですけど、そういうまっすぐなところ、大好きでしたよ』  ただ、先輩をからかって、ごまかした。 『お互い、望みを実現して……自分の大事なものを大切にしていきましょう』  一緒に歩こうなんて、言えなかった。お互いに、別々の道を。そう宣言しただけ。 『………なんで?』 『……なんで、って?』 『アリサ、迷ってる顔してる』  ごまかしてたことに、気付いてた人もいた。私のことをよく見て、まっすぐな言葉をくれた。  だけど、その気遣いにも——  そう……私は、偽物のオーパーツで、返した。  嘘ついてばかりで、本音の本音まで言えなくて、人ときちんと向き合うこともできない、この私が。  人の幸せなんて、願えない。ただ人を利用して、蹴落としてまで、自分だけが生き残ろうとする私が。  本当に……生きられるの? 誰もいない、誰も私を知る人のいない、そんな場所で。  生きようって、強く願ってきた。だけど。  ……生きるって、何? 人は、誰もいないところで、一人で生きられるの……? 「………」  やめよう。  考えたって、わからない。新しい世界がどんなところなのかも、わからないんだから。  "消えるよりマシ"。今は、そんな風に思うしかないの。  だから、ノエル、セラ。早く、カイアスのゲートを使ってよ。  ……いつ、使うの? 時間だけが過ぎていくの。そわそわして、落ち着かないのよ。  ——これ以上私に、後ろめたさを感じさせないで。  ノエルとセラがアカデミー本部に再度訪れたのは、その日の午後だった。  二人はいつものようにホープの元にやってきて、また色々な情報交換をし始めた。いろんな時代を訪れた話を、セラがホープにしている。ああ、そう。やっぱりそんな寄り道してたのねって思いながら聞いてたんだけど——  ノエルの様子が、気にかかった。一見した表情こそ、いつも通り。熱心に二人の話を聞いているようにも見える。でもよく見れば、ホープとセラから少し距離を取って、緑色の球体をぼんやりと眺めたり、小手を撫でてみたりして……落ち着かない雰囲気。その内に、あてもなくその辺をぐるぐると歩き出す。今までにこんなことはなかった、って思うけど。 「……あのね、ホープくん。コロシアムっていうところに行ったの。そうしたら、スノウがいて——」  セラがそういう話を始めたところで、ノエルがふらつきながら出口の方へ歩いていった。  ……どこへ?  ノエルが最初からあまり会話に入っていなかったせいか、ホープとセラはノエルがいなくなったことにすぐには気付いていない。真面目な顔で、コロシアムでの話を続けてる。  ——そんな話より、こっちの方が大事なんじゃないの?  アカデミー本部のエントランスに出ると、もうノエルの姿は見えなかった。何よ、ふらふらしてたくせに、案外動き早いわね。 「ねえ! ノエル、見なかった?」受付の女性に聞く。 「アリサさん。ノエルというと、ええと……」 「黒い髪で、青っぽい服の人! 今、ここを通ったでしょ?」 「そういう人なら、確か、横の通路を通っていかれたと思いますが……申し訳ありません、要領得なくて」 「ありがと! また聞いてみるからいいわ」  そうやって、何人かの人に聞きながら上層階に上がっていく。何なのよ、階段使うなんて。いくら機械が不得意だからってエレベータくらい使いなさいよ。息が切れるし、寝不足の頭にまたがんがんと痛みが襲ってくる。まったく、私をこんなに走らせる人なんていないんだから。  探しまわって、ようやく見つけた。アカデミー本部の屋上。男性にしては少し長めの黒髪で、柵に背中を預けて、空を見上げながら座っている横顔を。  どこかほっとして、壁に手をついて、肩を上下させて息を整える。  そして息が整って、歩き出そうとして、……——また、歩みが止まった。  だって、ノエルってば。……雲一つない晴れた青空を見上げてるくせに。……その表情、……ものすごく、薄暗い。……"身につまされる"。  もう……本当、馬鹿じゃない……? 人に素直になれって言っておいて……あんただって、全然素直じゃない。あの後に何があったのかは、わからない。……でも、辛いこと、あったんでしょう? でもそう思ってること、セラにもホープにも言えなくて、……こうして一人でやり過ごすしかない、ってことなんじゃないの?  ……あんたは、オーパーツを受け取った。未来を救うために、前に進むために。  でも……無理してるんじゃない……? 私がギリギリのところでホープと一緒にいるように、あんたはあんたで、精神的な苦しみを負って…… 『……ねえ。セラには過去の人同士って言ったけど、ノエルと私は人にも歴史にも見捨てられた者同士、仲良くしましょ。私はホープに見捨てられて。あんたはユールにもセラにも見捨てられて。寂しいわよね〜、だから』  見捨てられてないし! って反論したけど、すぐに、……見捨てられてた? なんて、不安そうに私を見たっけ。 『そういう不安も孤独も、その気持ちになった人じゃないとわからないわ。ホープにも理解できない。セラにも理解できない。私がホープに言えないように、あんただってセラに本音言えないんじゃないかなって』  ——基本的に私は、他の人なんて思いやれない。そんな余裕なんてない。でも……ノエルの気持ちだけは、"わかる"気がしたのよ。  ノエルは、遠い未来から来た最後の人間。パラドクスが解消されてしまったら、どうしたって、現在の延長線にある未来に生まれていたノエルという人間は……高い確率で、消えてしまう。少し考えれば、わかること。……パラドクス解消の場面を見てきたのならなおさら……不安も恐怖も、あるでしょう。  なのに、それを本当の意味でわかる人はいない。あんたは一人きりで過去に遡った。一緒に旅するセラも、ホープも、その苦しみを持たない側の人間。自分の存在は当然続くもので——消える側の苦しみは理解できない。  ……だから、本音を打ち明けられない。ただ一人で、自分の存在が消えるかもしれない恐怖と戦う。  ……それは、私もあんたも、一緒なんだろうなって……思ったのよ。  だけど……少し、言い過ぎたのかしら…… 『ちゃんと未来像描けなかったら、生き残れないわよ』 『……未来像?』 『未来を変えて、自分はどうしたい? どうなりたい?』 『自分のことなんて……わからない』 『素直ね。でも、じゃあ例えばあんた、カイアスが敵じゃないとか言ってるけど。そんなこと言っててどうすんの? もし敵だったらどうするの? ホープとかセラと戦うの?』 『そんなこと……ない』 『じゃあカイアスを倒すの?』  不安も悩みもあるだろうって知ってたのに、敢えて、けしかけた。 『あんたは色んな人を気にかけて、励ましたりするけど。誰があんたのこと理解して気にかけるのかなって。例えば今一番近くにいたとしても、セラにそれを言えるのかなって。あの女はきっとあんたの不安はわからないし、あんただって後ろ向きなこと言えないんだろうなって。……別に私が全部わかるなんて思ってないけど、私が少しの本音を言えたように、あんたも少しは本音言えてもいいんじゃないかなって』  別れ際も、わざとセラの目の前で、頬にキスしてみた。ノエルもセラも固まってて、笑えたわ。それと、モーグリも。 『ふふ、またね、ノエルくん。ご機嫌よう、セラさん』  そうやって、距離を作ればいいって思った。たくさん考えて、やっぱりセラたちとは違うって思えばいいって。そうすれば、ホープとセラの距離が遠くなって、私のところに来るんじゃないかなって。そう考えてたんだけど———  どこか生気のない表情を見ていると、これはちょっと……落ち込ませすぎたの……?  ——……もう、本当に。  少し疲れた足をまた前に出して、ノエルのすぐ近くまで歩いていく。 「一人でふらっとどこかに行ったかと思えば……こんなところで何してんのよ」  少しだけ驚いた顔でこっちの方は見て、いつもより小さくて、ハリのない声で答える。 「……気が向いただけ」  ふうん……そんな態度で、気が向いただけって言い張るのね。全く、ほんとに素直じゃない。  ……ま、いいわ。とりあえず、私もノエルの隣に座ってみる。  涼しくて少し強い風が吹いてくる。夜明け前のアカデミアの無数の光よりも、ずっと気持ちいい。私も昨夜はここに来ていたらよかったのかしら。閉まっていたかもしれないけどね。 「アカデミーの屋上なんて来たことなかったけど。いい天気ね。いい風も吹いてて」 「……ああ」  そっけない返事。 「元気ないじゃない」 「……普通」  普通って。あんたね、それで信じられると思う? 「また、強がっちゃって。本音は?」  本音言っちゃったら? あんたが本音を言えって私に言ったんだから——そんな気持ちを込めて、前から覗き込むようにしてじっとノエルの目を見上げる。  ノエルはぐっとうなって、戸惑ったように視線を外して泳がせて、しばらくしてからやっと静かに言った。 「元気ない……かもしれない」 「……上等ね。よくできました!」  頑張って言ったのかしら。それか、腹に溜めておけるレベルじゃなくなったのかもしれない。……でも、どっちでもいい。  手を伸ばして、ノエルの頭をゆっくりと私側に引き寄せる。ちょっとの抵抗、でも、案外すんなりと私の肩の上に乗った。首にあたる髪の毛が少しくすぐったい気もする。 「本当は膝枕させてあげてもいいけど? 私の生足はあんたには刺激が強すぎるかなって」 「それ……何て答えればいい?」 「何でもいいわよ?」  からかってみたけど、今日はやっぱり元気がない。それでも最初は控えめながら、少しずつ肩に体重が乗ってくるのを感じた。……正直、人の頭ってこんなに重いんだっけ、って思ったけど……たまには力を抜くことがあったって、いいはずよね。きっと私と同じように、精神的に疲れているはずだから。自分の不安と、目の前の戦いと——……  あんたはすごく真面目だから。私みたいに、心労を減らすために"合理的に"考えることなんて、できないんでしょうね。私なら、自分の利益にならないなら、"相手を消す"ことを考える。それでもあんたはきっと、そんなものの考え方はできない。 『だけど、……ホープは、カイアスが時を歪めてると思ってる? 敵があいつだって、決まったわけじゃない。俺は、カイアスは、本当の敵じゃないと思う……』  そんなことも、言ってたわね。  未来は救いたい。でも、元の仲間とは戦いたくない。でも今の仲間は、その人を敵と見なしている。そこを頑張って倒しても、自分は消えるかもしれない。今の仲間は、自分たちだけ幸せになる。  余計……苦しくなる。 「……ノエル」  何か言葉を交わしたくなって、口を開く。 「……時代がそうさせなかったとはいえ……あんたも本当、難儀な人よね。人のこと考えて、自分が苦しくなって。だけど、自分の苦しさを無視してでも人のためになろうとして。……だけど、自分がそんなに苦しくて、どうするの? あんただって、もっと自分にとっての生きやすさを考えればいいの」  聞いているはずなのに、反応がない。……考えてる? 首を横に向けて様子を窺うこともできないから、じっと待つ。 「ぴんと来ない? みんなのため、も大事かもしれないけど。それで苦しむより前に、自分がいいと思える暮らしをすること」  ……わかってるのかしら。『まずは自分が安心できることを考えればいい』って昔あんたが言ってくれた言葉、そのままなのよ。……少し、ニュアンスが違うことは認めるけど。  ノエルは少しして、ぽつりと一言こぼした。 「……考えたことなかった」  予想通り……ね。本当に、そういう人。 「だと思うけど。自分がどう暮らしたいか、考えればいいじゃない、今からでも」 「この前もアリサにも言われたけど……正直、未来像なんてないんだ。自分がどう暮らすかなんて、わからない。だって、どうなる? どこに帰ればいい? 俺にはもう、帰るところなんてないんだ。……進むしか」  ……ああ、そうね。あんたにはもう帰る場所がない。元の時代は、死に絶えた。今一緒にいるセラもホープも、パラドクスが解消されたらきっと忘れてしまう。でもあんたは、それをとやかく言う立場じゃないと思ってるんでしょう。ただ、先に進むしかない……  あんたには、選択肢がなかった。自分が原因じゃないのに、みんなが死んで。それしかないから、過去にさかのぼって。パラドクスが解消されて自分が消えても、それ以外にないって思ってる。好むと好まざると、自分のいた時代よりはマシって思うのかもしれないわね。  ——私もあんたも、……時代が時代なら……状況が許すならば、きっと今よりも全く違う人生を歩んでたのにね。  ……アリサ、どうするの?  ……このまま黙っていればノエルはそのうち、カイアスのゲートを通る。そして私はホープを殺す。当初の計画通りに進んでる。……だけど。 「ここに。アカデミアに……いればいいわ」  ……自然と、言葉が出てきた。……前まで、言おうと思っていた言葉。 「このアカデミアってところは、正直、あんたのいた村とは全然違うと思うわよ。人の考え方だって全然違う。誰かの話聞かなかった? アカデミーはコクーンを救うために頑張ってるけど、実際には一部の人だけよ。この時代の人たちは、平和ボケしてるの。コクーンが落ちるって言っても、自分が生きてるうちは大丈夫って思ってる。服が似合うとか飽きたとか正直どうでもいいことしか考えてないわ。それと、人の追っかけだとかね。そんなことして時間の無駄じゃないって思うわよ。そんな人たちと一緒に暮らしたって、最初は違うって思うかもね」  ほんとに、そう。今日の夜中に見たやつらだって。  もしかしたら時代によっては、ノエルが時を旅していることを知っていて、旅をやめることを責める人もいるかもしれない。そうしたらノエルは苦しむかもしれない。——でも、ここはそういう場所じゃない。ある意味彼らには、100年後のコクーン墜落も関係のないんだから、結局人ごとなの。——以前の私みたいに。 「でもだからこそ、あんたがここにいたって……とやかく言う人なんていないわ」  ——幸か不幸か、ね。でもある意味では、今までの人生にあったような不安や絶望を考えなくてすむ環境でもある。  だから、ここにいれば、あんただって……こんなところで一人だけで暗い顔してることもなくなるの。 「……でも、アリサだって、俺たちが先に進むためにってオーパーツくれただろ?」  なんで突然私がそんなこと言い出したのかわからないとでも言いたそうな、当惑した口調。  ……確かに、私はオーパーツを渡した。もう、それでもいいと思った。ホープもセラもライトニングも、結局自分たちのことしか考えてないから。私は、私自身で生きていかなきゃいけない。だから計画通り、二人をカイアスのゲートの先に閉じ込めて……私はホープを殺して……新しい世界で……… 「まあ……そうね。でも本当は、あんたが、あんなもの使わずにここにいればいいと思ってる」 「……どうして」 「確かに私は自己中心的な人間だけど。こうして人の心配してたら……おかしい?」  今はただ純粋に、……そう——"心配"……してる。心を砕いてる。……自分でも、不思議なくらい。 「私、言ったわよね。あんたのこと、誰が考えるのかなって。今私が言わなかったら、誰もあんたに考えることもさせてあげられないわ。  もちろんホープもセラも、どうしてって言うかもね。でも、聞き流せばいい。だって、あんた自身は嬉しいの? ……そんなにあんたが苦しまないといけないの? もっと、自分のこと考えたら? あんたってほんと、他人のこと考えすぎて、自分のこと大切にできないんだから。でも、もっと自分を大切にしていいの」  あんたの置かれた状況を完全に知ることはできなくても——理解はできるから。ノエルほどじゃなくても、私だって、似たような境遇。  それだけに……あんたを見ていると、悲しくて、苦しくなるの。本当に辛いことは見せられないで、こんなところで一人でやり過ごしてる、なんて。……今は苦しくても、全てが終わればそれでいいなんて考え方もあるかもしれない。でもあんたには、"全て終わった時"なんてものは存在しない。苦しんで、全て終わった時には……あんたはいないかもしれないのだから。その一方で、あんたの尽力を忘れて、あの元ルシの人達だけが喜んでいるとしたら?  そんなの不条理で……悲しくなるじゃない…… 「……色々、やり方はあるわ。あんたに渡したオーパーツは、なくなっちゃったの。タイムカプセルも、一度壊れちゃったら直せなくなったの。そう言ってここにいれば、普通に暮らせるわ。人がたくさん生きてる中で、平和な生活を送れる。ライトニングやスノウ、カイアスもユールもいないかもしれないけど、少なくともホープと私はこの時代にいられるわよ。それと、セラもね」  ……すぐに返事はなかった。  でも、少し考えるような間があってから、問いが耳に届いた。 「……もし……そうなったら……アリサはどういう生活を送る? アカデミーは?」  ノエルが聞くから、考える。  もしそうなったら、か。こんな場所はどうせ通過地点だと思って、具体的に考えたことはなかったけれど。  本当にここにずっと住むことになったら……  アカデミアにいるのは、あんな平和ボケした人達。……それでも、私も同じように平和ボケしてみるのもいいかもしれない。  大体が今までの私は、切り詰めすぎてたの。悪夢も見るし、——いつ消えるかわからないから、純粋に遊ぶなんて気持ちが持てなくて——寝る間も惜しんで、研究に没頭してきた。その結果、慢性睡眠不足で……頭も痛いし気分は悪いしで——余計イライラして、何も楽しめなくなる。人の些細な言動も、許せなくなる。……ホープのことだって、きっと同じ。  でも、それが変わる。きっと私の人生を覆す、ものすごく大きな変化ね。 「んー、そうねえ……アカデミーの研究は適当に続けてるかもしれないけど。もう少しちゃんと寝て、ちゃんとした生活して。もっと人生を楽しむかな」 「人生を、楽しむ……」 「焦ったり、人を羨んだりとか憎んだり、そんな時間がもったいないことはしない。美味しいもの食べたり、きれいなものを見たり。身近な人と一緒に過ごす時間を大事にするわ」  イライラしながらじゃない。ただのんびりと、知識の発展に貢献するなんて高尚な気持ちになれるかもしれない。  ホープとの関係性も、変わるのかもしれないわね。私自身が自分の存在を信じられなかったから、あの……自分の存在を信じて疑わない態度が、ものすごく嫌いだった。でも今度からは……卑屈になるんじゃなくて、そしたら、ホープとも素直に、対等に話すことができたら——あの男のいいところだって、素直に受け入れることができるかもしれない。  ……今は全然想像できないけど、セラのことも……本当の意味で許せる日が来るかもしれない。あの女の浅はかな行動のせいで私の13年間は悲惨だった。すぐにそれを忘れることはできなくても、ここでの新しい暮らしが安定してくれば……その内に少しずつ、あの女とも素直に向き合うことができるようになるかもしれない。一緒に買い物なんて行っちゃったりしてね。想像できないけど、それでホープとノエルを驚かせるのも面白いかもしれない。  空いた時間なんて、今まではただの無駄だと思ってた。最初は、どう過ごしていいか戸惑うかもしれない。でも、だけどもし、3人が一緒にいるなら—— 「身近な人と一緒に過ごす、か。それ、いいな」  そうね。ノエルとだって、同じ。  今みたいに傷を舐め合って、痛みや悲しみを分け合って寄り添うような……そういうんじゃなくて……もう少し、人生の明るさや楽しさを、共有できるような…… 「もしそれが実現するなら、嘘つきアリサはやめるわ。今度こそ、もっと素直な私になるわよ。ホープにもね」 「……画期的」  せっかく私が真面目に話してるのに、その反応。 「ちょっと。馬鹿にしてんの?」 「いい意味。でも、まだ想像できない。文句ばっかり言ってるんじゃないのか?」  ……今まで見てきただけあって、鋭いわね。それはあるかもしれない。でも。 「かもね。今まで溜め込んでた分、全部発散させちゃうかもね。でも、文句だけとは限らないじゃない?」  いろんなことがあって素直に出せなかったかもしれないけど、あの男に対して抱いてたのは、負の感情だけではないはずだから。 「ああ、そうだな。……それも、楽しそうだな」  どこか遠い夢物語を想うように。それでも少しだけ、ノエルの声に笑みが混ざったと感じた。 「でしょ? あんたも同じよ。溜め込まないで、もうちょっと、色々言えるようになるかもね」 「そっか」  "楽しそう"。その言葉が……何だかすごく嬉しかった。  アカデミアに残ること。ホープもセラも——そして私もそこにいる生活のこと、いいイメージで考えてくれてる気がして。  ……ねえ、ノエル。私は、できる限り本音で話したの。だから……私の思い、わかって。  他の誰かなら、ここまで言わないわ。でも、あんただからここまで言ってるの。  私は……あんたに消えてほしくないし、出口のない世界に閉じ込めたくもない。  これが最後のチャンス。だから、お願い——  うっすらとした雲がゆっくりと動いて、風がさらさらと吹いていく。無言の時間を、祈るような気持ちで待って。  ……しばらくしてノエルは、ゆっくりと首を持ち上げて……元の姿勢に戻った。 「本当、ありがと……アリサ」  見上げると、ありがとうって言ってるくせに、……最初の苦しそうな表情に戻っていた。 「俺にしか、できない。信じてくれた人を、裏切れない。目標は……変えられない。俺がこの世界に存在する理由が、なくなる。諦めたら、後悔する」  ……どこかでわかってた。  私の言うことに、頷くことはないんじゃないかって……  それでも、わかっていても……苦しくなった。 「人のことばかり信じて……裏切られても、いいの?」  私だけじゃない。ほんとのところで誰が裏切るかなんて、わからないのに。  裏切るって意図してなくたって、結果的にあんただけが見捨てられることだってある。人が死に絶えた未来だって、同じでしょう? あんただけが、残された。過去に遡ったって、セラもホープも、同じこと。 「……そうだけど」 「次はもう、私なんていないかもしれないわよ。それでも?」  カイアスのゲートを進んだら、"次"なんてものは存在しない。そそのかしてるように思われたって、こんな救いの手は……現れないかもしれないのに。 「それは嫌だけど。俺、……AF500年のアカデミアで、またアリサに会いたい」  ——でも、大真面目な顔で、言う。  ほんと……馬鹿なんだから。この次に会うなんて、ないんだってば………  このままで別れたら、私たちは、もう永遠に会うことはないの。  ………嫌、なの。そんなのは……嫌!  あんただから。それ以上苦しんでほしくない。  もう……いいじゃない!  ……ねえ……ノエル。もしも少しでも、私にまた会いたいって、そういう風に思ってくれるなら。  もう少しだけ、考えて。  ねえ、なんて言うの? もし私が全てを正直に話したら。  あのオーパーツは偽物で……あのゲートは罠で……、ううん、違う。もうこの際、そんなことはどうでもいいの。  私が、もう少しだけ……あんたと一緒にいたいんだって——  ——だけど、ノエルは、どこまでもノエルらしいから。 「……俺は……アリサのこと、最初わかってなかった。嘘付くの得意ですから、って初めて会った時言ってたよな? だから、どんな奴か正直よくわからなかった。  でも、今は違う。アリサのこと、知ることができて、嬉しい。アリサはすごく、色々考えてて。……その、人のこと悪く言ったりすることもあるけど、それだって、その人のことよく見てるからだし、正直に言ってるだけで。俺、自分のこと言うの苦手だけど……アリサは辛いことがあるって、言わなくてもわかってくれて。言われて初めて、無理してたって、わかった。言ってくれなかったら、苦しいこともわからないままで、疲れて空回りだけしてた。  ……今は別の道を行くかもしれないけど、AF500年でまた会いたい」  苦しそうな表情はまだそこにあるけれど、それでも、……きっぱりと言ったから。  ……言おうと思っていたたくさんの言葉が、消えていった。  ——ああ。ノエルは、そういう人なのよね。  ……だからこそあんたのことが……気になった。もしあんたが結局自分のことを考える人だったら、私だってここまで言わなかった。  でも、あんたは不器用なほど……自分のためには動けない。私が何を言ったって、自分が苦しいからって、自分だけ楽になる道なんて……選べない。そんなこと、考えられない。  ……そういう、こと。 「……あんたって本当に、馬鹿な人」  たくさんの言葉の代わりに出てきたのは、そんな短い言葉。 「……馬鹿馬鹿って」 「誉めてるのよ? 半分はね」  そうね。そういうところが、……いいところ。 「後の半分は?」 「まじ馬鹿だな〜こいつ、って思ってるわ。うふふ」 「……いいけど」  悲しくて、笑えてしまう。  ここに残るって選んでおけばいいのに、わざわざ苦しい道を進んでいくなんて——切ないくらい、大馬鹿なんだから。自分には、何も得られるものがないのに。  私と似てるなんて、大間違いだった。仮に境遇が似ていたとしても……中身は、全然違う。それが悪いってことじゃない。……私は…… 「私はね。私の世の中の見方、間違ってたんだなって思ったわ。本音がどうだって、適当に楽しいこと言って人と付き合っていればいいって思ってた。そうすればみんな笑って、楽しい時間を過ごせるんだと思ってた」  ……ノエルからしたら、全然わからない考え方だと思うかもしれない。でも、いい。 「でもあんたはそういう人じゃなかった。全部じゃなくても、人にここまで本音で話すなんて思ってなかった。ホープのこともセラのことも散々言ったし、あんたのことだって遠慮なく言ってたわよね。でもあんたってほんと変な人で。正直に言ってくれた方がわかりやすいとか、ちゃんと理解できるとか言っちゃって……いくら言っても、私のそういうところを受け入れた上で、接してくれて。……嬉しかったわ。こんな風に本音を言った方が人と付き合えるだなんて、昔の私は思ってなかった」  嘘つくの得意だって言って粋がってたかもしれないけど——ここには、何の嘘もない。でも、それが嫌だなんて全然思わない。本当の、素直な気持ちだから。  それは、何かを隠そうとしてこころの中に溜め込んでいたどろどろとしたものが、どこかに流れ出て、そこに……そう、今みたいな柔らかい風が通って、明るい日差しが差し込むような……そんな感覚だった。代わりに……少しだけ、涙が出そうになる。 「ホープのことも、あんたの言う通りで。仕事上の付き合いを適当にしていればいいと思ってたのに、本音はそうじゃなかったって気付いた。そうね、人として見てほしかった。  ……でも、本当は私のせいなのよね。私が適当に付き合うってことは、ホープだって私と距離を置いて適当に付き合うってことで。私が気持ちを隠して、本音で付き合おうとしなかったから、悪かったのよね」 「……そう、か」 「だから本当はあんたみたいに、自分からちゃんと本音で接していればよかった、って思うわ。もう遅いけど」 「遅くない、だろ?」 「……遅いわよ」  もうここまで来ちゃったら……今更、どうなるものでもない。一度は歩み寄ってくれたかもしれないのに、それもごまかしてしまった。きっとホープも、呆れたわよね。……もうあんなチャンスはない。  ホープのことを考えると、不思議とまた少し涙が出そうな感覚。思わず空を見上げると、日差しが涙に滲んで眩しい。 「……たまに思うの。自分の望む未来が来たとして、そこに何があるのかなって。今までは、そこで新しい自分になるんだと思ってた。だけど、そこには何もないのかもしれない。私はいる。でも、誰もいないの。……それって、寂しいわよね」  人が生きてる、でも私を知っている人が誰もいない時代。……そんなところに行き着くかもしれない。それかひょっとしたら今日見た夢みたいに……あんたも、ホープもセラも、誰もいない……そんな世界が……—— 「そんなこと今まで考えたことなかったけど。年取ってふっと立ち止まってあんた見てると、少しは考えるわ。あんたみたいな人と一緒にいれば、また違う人生があったかな、なんてね」  ずっと嘘ついたり、ごまかしたりしてきた。でも、ノエルと一緒にいれば、嘘なんてつかないで……素直な私になって——それこそ、生まれ変わった気分で、新しい自分になるんじゃないかなって、思った。今までと違って人とのつながりを大切にしてる自分なんて、全然想像もできないけど。さっき感じたみたいな……柔らかい温かさがあるのかもって。……今はただの空想になってしまったけれど。 「だから、あんたともう少し一緒に過ごしてみたいと思ったの。あんたが次の時代に行かなくて、今の時代で自分のこと考えられるなら、それを助けたいとも思った。こんな自己中心的な私が、何の気まぐれって思うでしょ? ……嘘だって思う?」  ノエルは隣で、勢いよく首を横に振った。「……全然」 「ふふ、ありがと。ほーんと、こんな嘘つきの私でもたまには嘘つかなくて。あんたみたいに自分が正直者って思ってる人が嘘付くんだから、あんたもちょっとは人の言葉の裏を考えた方がいいわよ?」 「……それは、苦手分野」 「例えばセラだって、本音言ってないわよ」 「えっ?」  見ていたら、少しくらいはそう思うこともある。でも、多くは言ってあげない。「ふふ、知らないけどね〜。自分で確かめれば?」それだけ言って、足に力を入れて、立ち上がる。 「……じゃ私、もう行くわ」  あんたが前に進むって言うなら……私と進む道が違うっていうなら。  もう、行かなきゃ。  そうじゃないと……これ以上一緒にいると、……苦しくなるから。  ……そう、私、ここでずっと話してもいられないはずでしょう? ノエルとセラが来る前はホープと話してたはずで、まだ途中じゃなかった……? どこまで話してたかしら。それに、一人でやるべき作業、まだ残ってたはず。……ああ、そういえば……今日打ち合わせ、あったかしら? ……何だったかしら。……頭がぼうっとして、何だかはっきりしない。  ぼんやりと考えながら、歩き出す。 「——あ、……アリサ」  ふいに後ろから腕を掴まれる。  ……やめて。振り向くのも、怖い。だって……振り向いたって、どうしようもないのに。 「……何?」  静かに息を吐いて、できる限り冷静に、振り向いて。でも、勇気を持ってノエルの顔を見て——苦しい、って思った。 「……見捨てる? 俺を……置いていく?」  お願い。……そんな、見捨てられた動物みたいな顔……しないでよ。 「もうこんな風に話さない? 嫌だ、そういうの……また、一人になる」  ……わかってるつもりよ、あんたの気持ちだって……  ——私だって、一人になりたくない! 誰も知ってる人がいないかもしれない? 誰もいないかもしれない? 嫌! 生きられるならどこだっていいって思ってたのに、……いざとなったら、全然そんなことない。どうしてよ、踏み台にしたって平気だって思ってたのに。……全然違う!  私だって、一緒にいられるならそうしたいわ……! 見捨てたい? 置いていきたい? そんなこと、全然思ってない!  でも……じゃあ、どうすればいいの……? もう私だって、どうしたらいいのかわからないのよ……! あんたは私の手を取らないで、前に進むって言う。なんでよ! あんたが戦いたくない敵だって、そこにいるのに……! パラドクス解消しちゃったら、あんただって私だって消えちゃうかもしれないの! 消えたら、あの男もあの女も、あんたの努力も私の努力もただ忘れるだけなのに! ……そこには、苦しさしかないのに……!  だから私は、ここに残ろうって言ったのに……!  ——……でも、あんたは……それを選ばない……どうしたって、選ぶことができない。  ……そういう人だから! 自分の苦しさなんてほっといて、他人のために前に進む人だから! それがあんたのいいところなんだから——それを変えろなんて、これ以上……言えるわけないじゃない……! 「そうよね……見捨てられた者同士仲良くしましょって言ったのは、私なのにね」  ……どれだけできてるかは、わからない。でもできるだけ、平静を保って。普通の顔ができそうにないから、少しだけ笑って。 「……でも、置いていくのはあんたでしょ?」 「……え」 「あんただって、私のこと選ばないでしょ? セラと一緒に、次の時代に行くんでしょ?」 「そう……かもしれない……けど」  違うの。そんな冷たい言い方したいわけじゃない。突き放した言い方したいわけじゃない……!  でも……こんな言い方しないと、私は……——もう、言葉がなくなって、座り込んで、……泣いてしまいたくなる。 「選んでるつもり、ない? 確かにあんたの場合は、ちゃんと十分な選択肢も与えられなくて。好むと好まざるとに関わらず、半分は選ばされてるわよね。……でもね。それでも選んでるのよ、一つ一つ。選ぶも選ばないも、ちゃんと自分で」  ——……そう。滅びゆく世界に生まれたのは、選択したわけじゃない。過去に遡ったのは半分は望んだかもしれないけど、半分は違う。過去でパラドクスを解消したら消えてしまうかもしれないってことも、あんたが選んだわけじゃない。  でも、その後は? 戦いたくない敵と対峙することも、自分の存在がなくなったって未来を変えたいと願うことも、——あんたが、選んだこと。  その勇気が………純粋に、眩しいと思うから。  あんたくらいの勇気が私にも欲しかったって、心から思うから——  私の腕を掴んでた手を離して、改めて、ノエルの方に振り返る。 「……ほんとにもう。せっかく私が、この時代にいればいいって言ってやったのに。なのに選ばないんだから。ほんと馬鹿だわ! ……でもそれも、選ばないことを選んだってことよ?  でも、いいの。選んでること、自信持ちなさい。誰かが決めた滅びの運命を選ばされるのが嫌だから、こうして頑張ってるんでしょ? 私だってずっと、そうやってきたわ。自分がいいと思うことをやってきた。……正解も、今後どうなるかだって、わからないけど……。でも、誰かの決めたことに従うなんてまっぴら。自分のことは自分で決める。そうでしょ?」 「……そうだけど」 「誰かが決めた人生を選ばされるんじゃなくて、自分が人生を選んで作っていくの。それって、大事なことよ。あんたは自分が苦しくても、諦めないで前に進んでいくことを選んだ。それで、いいの」  私が言うのもおかしいって、わかってる。それでも……あんたのそういうところは、曲げないでほしいから。勇気を持って前に進む勇気を、ずっと持ち続けていてほしいって思うから……——  だから我慢して、首を傾げて、笑う。少しでも表情が和らいでくれれば、って思うのに。  そんな辛そうな顔……しないで。私が泣きそうになるんだから。  もうだめ。本当にもう、行かなくちゃ。  くるっと足を返して、扉の方を向いて。だけど一つだけ、思い出す。 「……あ、そうそう、忘れてたわ。お別れの挨拶」 「え、と……」  最初にしたのは、ノエルとセラが初めてアカデミアに来たとき。……あの時は、ライトニングとスノウの話になって話に入れなくて寂しそうにしてるノエルを誘って、外に出たのよね。 『じゃ、私はここで失礼するわ。ノエルくん、短かったけど楽しい時間をありがとう。またあんなことやこんなこと、しようね』 『あ、あんな? こんな? どんな?』 『もう、そんなこと言わせないでよ。……じゃ、お別れの挨拶』  あの時は、ノエルとセラが変に気まずくなれば面白いなっていう冗談半分、気まずくなってノエルが私の案に乗ってくれればいいなっていう打算半分。……でも今は、全然違う意味。  もう一度だけ、ノエルの方に振り返る。前例があるからか、どこか警戒と戸惑いの混ざった表情。でも、残念ね。私、そんなの気にしないわよ。  ノエルに近づく。前も思ったけど背、高い。手を伸ばして首に回して、……あの時は、頬にキスしたけど。  まあ……いいわ。もう、最後だから——  手に少し力を込めて身体を引っ張る。ノエルはかがんで、私はつま先立ちで、近づく。  ……自分でもびっくりするくらい、何だかドキドキする。こんなの、前はなかったのに。……でも。  もう一段足を伸ばして。そっと、唇にキス。……何だか温かくて、時間が止まったみたいに感じた——  唇から離れて、首に回してた手を肩に落として、足を地面に付ける。  そっとノエルの様子を窺うと、彼は……意外にも、表情一つ変えていなかった。頬にキスした時の反応からして、もっと慌ててると思ったけど。 「……思ったより平然としてるのね。そういうの、慣れてないと思ってた。したことなくても、かわいいなって思ってたんだけど」 「そ、その………なんだ」  うまく言えてない。ふふ、それくらいであってほしいなと思うのは、私の勝手なのかもしれないわね。  ——でも私自身、最後の最後で、嘘ついてる。平然としてないのは……私のほう。  だけど、それくらいの小さな強がりなら、……許してくれるわよね? 「うふふ、まあいいわ。お別れの挨拶。それと、お礼よ。ありがとう」  ——そうね、ありがとう。  私は、自分のために誰だって踏み台にするって……思ってたけど……  ……私も人並みには、人に対して思いやりの気持ちを持ったりするんだって……自分の違う一面を、知ることができた。 「…………」  声が出ない。喉が熱を持って、熱い。まぶたが腫れて、目の前が見えなくなる。  でももう……完全におしまい。  4人で生きられるかも、って、考えた時もあった。  でもそんな幻想……もう見ない。私は、私のやり方で……生きていくしかないの……  カイアスのゲートに向かう背中を、じっと見つめる。  たったさっき笑顔で握手した手が、その背中を追ってふいに伸びかける。  違う、早く行って! 嫌よ、行かないで……! 「……クポ……?」  モーグリが、不思議そうな顔をして私を見る。  ……ごめんなさい、何でもないのよ。心配かけてごめんなさい。早くノエルとセラを追って行けばいいわ。  その姿が、光に包まれて消えて行く。  もう、どうしようもない。  ごめんなさい。  ……せめて、出口のない世界が、あなたたちの望んだ夢であることを願うだけ。  ごめんなさい……!  ——あなたたちの"新しい未来"に、私は存在できないから………おやすみなさい…… 「未来は……閉じられた」  少し幼い、だけど冷徹な声が響く。 「そして、あなたの帰る場所は……あっち」  彼女の細い腕が伸びて、指し示す先。この前も見た。積み重なった、もう動かない血塗れの肉の塊。あそこには——  やめて! 違う! 『だって、ちゃんと生きてきたんです! 落盤事故から13年、私、本当に生きてたんですよ……?!』  ……そうよ、私は生きてきたの! ううん、今もちゃんと、生きてるの!  なのにどうして……そんなこと…… 『だから、探すんだ! 君の存在に繋がるパラドクスを特定して、その時間軸をぎりぎりまで歪みに沿わせて固定すればいい。パラドクスを部分的に残しても、固定できるはずなんだ。時間を行き来できるセラさんとノエルくんの力を借りれば……きっと……』 『は……あははははっ! もう……先輩ったら、忘れたんですか? そのセラさんもノエルくんも……私が消しちゃったじゃないですか』  ……消した。セラも、ノエルも、……私が!  偽物のオーパーツ。ゲートに吸い込まれる二人の背中を、見送った。  だって……もうそれ以外に、どうしようもなかったんだもの……!  もう、ああするしか……! 『もっと早く、僕が気付くべきだった。君の苦しさに。……それは本当に申し訳なく思う。でも、まだ手詰まりってわけじゃない。今までだって、こんなことは何度もあっただろう? 失敗したって、どんなに絶望的な状況だって、僕らは乗り越えてきた。時間はかかっても、ずっとそうやって前へ進んできたんだ!』 『前へ進んできた結果が……これなんですよ。……だからもう、こうするしかないんです』  私は、……生きるために!  ホープ先輩を……この手で……——! 『どういうことなの?! なんで私が消えるの?!』  ……どうして?!  私が、先輩を殺したはずなのに!  ねえ、カイアス・バラッド! どこにいるの?! 出てきなさいよ!  あのオーパーツを渡せば、私を助けてくれるんじゃなかったの?!  ずっとそう、信じてきたのに……! 『……なんで優しくしてくれるんですか? 私……先輩のこと殺そうとしたのに』 『それでも僕は……君に感謝してるから。君は優秀な研究者で、有能なパートナーだった』  私は……間違ってたの?  私が信じるべきなのは……誰? ……カイアス・バラッドじゃ……なかった?  ………信じるべき人を信じないで、信じるべきじゃない人を……信じてた……? 『……僕自身、投げ出したいこともあった。でも君がいつだって投げ出さないで、諦めないで、ついて来てくれたから……だからここまで来れた。……前、自分の存在が何にもならないんじゃないかって言ってたよね。違う。君の存在がなかったら、ここまで来れなかった……本当に、そう思ってるから』  先輩の言うことなんて、何も信じなかった。偽善だって、切り捨てた。  全然素直じゃなかった。たくさん困らせた。それでも先輩が歩み寄ってくれたのも、ごまかした。……最後には……アガスティアタワーで……殺そうとした——  ……本当は、ちゃんと信じるべきだったの? 偽善じゃなくて、先輩は本当に、私のことを少しでも考えてくれていたの?  消えようとして初めて、それがわかるなんて……——! 『……ありがとう。今まで、ごめんなさい。……これは嘘じゃなくて、本当のありがとうと、ごめんなさいですよ。  私がいなかったことになっても……先輩がちょっとだけでも、私のことを覚えていてくれたら……』 「——だけど、あなたという歪みが消えれば、彼の記憶も失われる」  ……何?  嫌、……やめて! 『エストハイムさんもたまにはお休みになられてください』 『みんなに頑張っていただいているのに、僕だけ休むわけにも……』 『研究員の皆さんにも、交代でうまく休んでいただいているんです。ホープさんにも、たまには休養は必要ですよ。最近ずっと根詰めてらっしゃいますし、顔も少しお疲れで、心配です』 『はは、エストハイムさん。助手はよく見てますよ』 『困ったな。……、アイナ。ありがとう』  ……違うでしょう……? それは、私じゃない! ホープ先輩、どうしてわからないの……?!  そんな女、知らなかったはずじゃない! 私に感謝してるって言ったじゃない! 私の存在がなかったら、ここまで来れなかったって言ったじゃない! 私の研究があったからこそだって、言ってくれたじゃない……! なのに……なんでそんな女と笑ってるの?  どうして! 私は……ここにいるのに……!  ホープ先輩! 聞こえないの?!  先輩! ……私は、ここにいるの! 気付いて!  あの言葉、嘘だったの?!  ……そんなの、認めたくない。ねえ、あそこにいるはずなのは私! 私を……私をホープ先輩の隣に、戻して! 「これは、あなたが選んだ結果」  こんなの、私は……どうして……?! 「あなたの帰る場所は……あっち」  い、いやああああああ……! 『本当はホープにとって私は、そんなもの。ただの仕事相手、それ以上でも以下でもない。自分の仕事が進めば、誰だってよかったの!  はっ、あはは……何それ。私が、自分のことばっか考えてたから? その報いだとでも言いたいの? 少しでも信じた私が馬鹿って? そんなことって……ないわよ』  ……私。私は、負けたの?  誰からも忘れられてしまったの?  ちゃんと生きて行こうって、諦めずに頑張ってたのに……  その結果が……これなの?  手段を選ばなかった。人を騙した。信じるべき人を信じなかった。……その報いなの? 『……私の選択とあんたの選択がぶつかって、私が負けたの。あんたが勝ったの。あんたがあんたの未来を選ぶ限り、遅かれ早かれこうなったの……!』 『俺が、俺の未来を、選ぶ限り……? ——ごめんアリサ……ごめん。俺……そんな、つもりじゃ……』 『そんなつもりじゃなかった、知らなかった。そう言えば、何でも許されるの……?』  私?  誰を、責めて……  ……これは、私、だけど、私じゃ…… 『忘れるの、簡単に。このままあんたは仲間だとか思って頑張って、未来を助けて満足するかもしれないわ。……でもあの二人は違うの……そんなこと、微塵も思わない。忘れちゃうの……私を忘れたみたいに。忘れて、スノウだとかライトさんだとか言って、ただ呑気に笑ってるだけよ。……信じる方が、馬鹿なの。そんな人たちのために、あんただって頑張ることないわよ』 『俺は……忘れられても……』 『あんたは、頑張ったわ。自分が苦しくても進むって言って。未来を変えようと、みんなを助けようと、頑張ってた。でも、このまま進んでも、また犠牲が出るわ。私だけじゃなくてね。そうやって進んだ先にあるのは……人を犠牲にして変えた未来。あんたに与えられるのは、忘れられる孤独、人を犠牲にした罪と哀しみ。……そんなものが、欲しかった?』 『……違う、誰も、犠牲になんか……俺は、みんなと……』 『幸せな未来なんてないの。……そんなの、悲しいでしょ? そんな未来にするために、旅立ったわけじゃないでしょう? ……だったら、もう変えなくていいじゃない』  ……待って—— 『これ以上旅を続けても、もっと辛いだけ。一緒に眠りましょう?』  バチン。  ゆらゆらと、たゆたう。  ここは……どこ?  ただの、漆黒の闇。何も、見えない。 『……カイアス……あんたが、アリサを騙したのか?』  声だけが、遠くに聞こえる。 『騙す? 彼女が生きることを約束した覚えはない。二つの歴史は同時に存在し得ない、その事実を伝えたのみ』 『だけど、アリサはあんたの言葉を信じて!』 『自分が嘘をついても、人に嘘をつかれることに慣れていない。そんな、愚かな娘だ。あのオーパーツを使えば自分がどうなるのか、考えもしなかった。……それとも、君のような甘い人間にでも影響されて、人を疑うことができなくなったのか?』  そう、やっぱり負けた……のね。  今までさんざん人を騙してきたから、今度は、騙された。  ……そういうこと?  ほんと私って、最後まで馬鹿みたい……。 『カイアス! さっきのアリサも……全部あんたの仕業か?!』 『幻影なら、真実ではないとでも言いたいのか? 全て、彼女の声だ。どこに偽りがあった? 真実を突きつけられて、悔しいか?』 『……俺は!』 『いずれにせよ、彼女は最初からいなかった。何を悲しむ?』  最初からいなかった。  ——そう、パラドクスだから……やっぱり、あのパージの時の落盤事故で死んでいた。頑張って生きてた私は、ただの……歪み……  私の存在を認めてくれたはずのあの人も、忘れてしまった。  何も、なかったの。私の存在は、そこには…… 『いたんだ! そこに! 俺と同じように笑って、泣いて、怒って。頑張って、生きようとしてたんだ!』  ——。  ……ノエル。  あんたは、……覚えててくれるの?  パラドクスだとしても、私が生きようとしてたこと、わかっててくれるの?  いなくなったこと、そうやって、悲しんでくれるの……? 『では、君に何ができた? そんな彼女の存在を消すことくらいだろう?』 『違う! 俺は、俺は……』  意識がゆっくりと、薄くなっていく。  ………ありがとう。  苦しめて、ごめんなさい。  罠にかけたことも。  優しいあんたを、ひどい言葉を浴びせたことも。  つらい夢に閉じ込めて、悲しい過去を思い出させたことも。  ……でも、私。  私……自分勝手だから。今までは自分が生きてない時代なんて何の意味がないって思ってた。  だけど……今は、少し違う気持ち。  ”自分がどうなっても、みんなが生きてる未来を作りたい"  そう願った、ノエル。  私なりに生きてたことも、あんたが覚えてるというのなら。  私が消えたとしても、あんたが生きてる未来があるのなら。  大変な思いをしてきて、だけど他人を思いやることができるあんたが、幸せに生きる未来があるのなら……  そこに私が存在しなくても……、それで十分。  ……ううん。あんただけじゃない。私を忘れちゃったとしても—— 『僕は、みんなが一緒に歩ける未来を作る』  ……自分が会いたい人に会うためだなんて勝手に解釈して、その気持ちを全然理解しようとしてなかったけど。……きっと、こういうことだったんでしょう……?  ……そして、ずっと憎かったセラさんもきっと……同じ。過去には、いろんなことがあったかもしれない。でもその分だけ、きっと前に……進もうとしてたんだって……  今なら、そう思えるかな。自分がこんな風にならなきゃ、わからなかったけど……  ——ありがとう  最後に、あんたに会えてよかった  ……だから、お願い  何があっても……今目の前にどんな困難があったとしても、生き抜いて  そして最後には……絶対、幸せになって——
アリサは(LRFF13にも出そうにないですし)あまり救いがない感じでは……あるかもしれないですが……少しでもこうだったら……という気持ちを込めて書かせていただきました。書ききれてないとか書きすぎとかあるかもしれませんが…… Find Your Way(自分の道を見つけて)という言葉は、最初はアリサの生き方のつもりだったのですが、途中からは、アリサからノエル達へのメッセージになってたら……嬉しいなあ……! と思いながら書きました。 アリサ話のリク頂いた方も、本当にありがとうございます。4話通してお読みいただいた方も、本当にありがとうございました!! 主にいつか帰るところ(5)(後半)〜(6)(前半)辺りに対応しております。もしお嫌でなければノエアリパラドクスED嘘つくの、やめるわも。 ブログの方

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