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長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

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Find Your Way (2)

(1) 私だって、 へ  ホープは、もう父もいないから、と言った。  ああそう、父がいないなら、もう他はどうでもいいってことね。自分が大きくしてきたアカデミーにも、一緒に研究を進めてきた私たちの存在にも……相変わらず、何の関心もない男。一緒に行くって言い出さなかったら、私のことも全部切り捨てて、自分だけ新しい時代に行くつもりだったのね。パラドクスを全部解消して、ルシの仲間に会うためにね。  でもね先輩、私も行くわよ。だって先輩だけ未来に行っちゃったら、私はどうなるの? まさか私が、ここで幸せに生きていけるとでも思ってるの? 目の前から先輩がいなくなったってね、私の人生は変わらないの。むしろ、もっと悪くなる。私の手の届かない未来でパラドクスが解消されるかもしれない、なのに、私にはもう止めることもできない。ただ、自分が消える瞬間が今か今かとおびえて、一度も心が休まらない……そんな希望のない未来。——……それだったら、パラドクスを解消するあんたが目が届くところに、私も行く。  あんたがもう父もいないからと言うなら、私には惜しいものなんて最初から無いの。捨て去りたいものばかり。生きてることへの不安……でもそんなこと誰にも打ち明けられない。誰も信じられない自分。続いていく不安。希望が見えない。そんな過去、一つも惜しくない。  自分の安心のためなら、何だってやってきた。生まれ育った時代を捨てることだって、同じよ。どうってことない。どうせ私の人生、セラにぶち壊されたままなんだから。  それでも、こう見えたって私だって、遊びも寝もしないで、正当な努力を払ってここまでやってきたのよ。遊んでた奴らとは違うの。私が頑張ったから、パラドクスの存在が認知されて、デミ・ファルシ計画だって立案して……色々なことが、私がいたから進んできた。それが、私の利益にもなるならそれでいいと思った。  ……でも、ホープはいつだって目の前に立ち塞がった。パラドクスを——私を、消したくて仕方ないんだって。私のやったことは、一度だって認められたことなんてない。一度だって、成功したと思えたことなんてない。……一度だって、……安心できたことも……ない。  タイムカプセルに乗って、全部捨て去りたい。早く……早く、私が生き残れる未来を見つけて……——そして、できることなら、新しい自分になりたい。  ——そんな願いと共に見た夢の中で、ついに私は、新しい自分への鍵を手に入れた。  タイムカプセルで、目が覚めた。ゆっくりと目を開けると、隣のホープは、まだ寝ていて。ガチガチに固まった身体をゆっくり起こして、目を凝らすと……手の中に、見慣れないものがあった。緑色に光る、これは……  息を飲む。まだ寝ぼけた頭に急に血が巡って、思わずそれを身体の後ろに隠した。見つかったら、困る。心臓がドキドキして、今までにない高揚感を感じたのを覚えてる。 『……現実……』  ずっと探してた、カイアス・バラッド。まさか、現実のどこかじゃなくて、夢の中で会うなんて思わなかった。でも、場所なんてどこだっていい。彼は私の望む言葉は何もくれなかったけど、それでもいい。だってこれが、答えなんでしょう? これが、私の望むものなんでしょう?  これは、どこかの時代に続くゲートの鍵。きっとこれを渡せば、あの二人を、抜け出すことのできないどこかに追いやることができる。そして私がホープを消すことができれば、歴史がこれ以上変わるなんてこともなくなる。パラドクスだっていい、私のいる歴史を残せる! ……もう私、不安から解放される……!  ようやく見つけたわ、私の未来への鍵! 『本当に、時代を超えられたんだ……』  長い眠りから目が覚めて、メディカルチェック、"新都アカデミア"とアカデミーの案内、新コクーン計画の進捗状況共有……そんな"行事"を怒濤のようにこなしてから、ようやく一息つく時間ができた。密集するような大きな建物、それを空で繋ぐ高架道路、縦横無尽に行き交うエアカー……自分たちがいた頃よりずっと大きな都市に発展したアカデミアの姿を見ながら、ホープは嬉しそうな顔で、感慨深そうに言った。まるで、これで全て解決するとでもいうかのように。 『先輩ってば。まだ終わった訳じゃないんですから。今始まったばかりですよ』  そう、ようやく私の番よ。私はね、やっと私だけの鍵を手に入れたの。苦しいだけの人生を変えられる鍵。今から巻き返しを図っていくんだから。これをあの二人に渡して、私はあんたを消す。私はこれから、あの二人にどうやって自然にオーパーツを渡して、あんたを殺すか、綿密な計画を練っていく必要があるの。……まだ、何も終わってないのよ。  ホープは振り返って、少し首をすくめてみせる。 『はは。君も、簡単に満足しない人だからね』  簡単に満足しない人、ね。  ……馬鹿なコメント、しないでよ。私は、そこに安住したいと思う程の満足を、何も持ってなかっただけなんだから。それを、そんな風に笑顔で誉められたって……これっぽっちも、嬉しくないのよ。もっと、わかってほしいのに。もっと、わかってほしかったのに。あんたと共存する道だって、探そうとしたのに……。  ——ホープと、ノエルと、セラを消す……か。  目覚めた直後の高揚感が時間と共に落ち着いて、少しの冷静さを取り戻すと、少し、その意味をじっくりと考えるようになった。 『そのうち道は一緒になるかもしれない』……今までは、自分の利益を優先しながらも、一応ホープ達の利益になるような方法だって考えてきた。でも、このオーパーツを渡すってことは……全ての歴史からこの人達はいなくなって、私は生き残る。この人達の存在を、消し去る……ということ。  嫌いだって、邪魔だって、思ってた。セラも、ホープ先輩だって。私が生きることを、否定し続ける。私のことをわかってくれたノエルだって、……——  ……でも……だけど。私は、その存在を歴史上から抹消しようということまで、本当に、望んで……—— 『……アリサ』 『…………え?』 『——……大丈夫?』  あまり聞かれない言葉に、身構えた。 『……何が、ですか?』 『……しんどそうな顔だったから』  思わず、ええ? ……って、思いもしなかったかのような声を出してみる。  うっさいのよ。何それ? 気遣い? 今更? 馬鹿? 普段、そんなこと言わないくせに。じゃあ、何? 正直に言ったら、どうするのよ。私のこと、助けてくれるとでも言うの? 未来を変えるのは、やめよう。そう言ってくれるとでも言うの? 『——パラドクスが全部解消したらって、考えたことあります?』  ヤシャス山の出来事の後、ふいに聞いてみた、あの時も。 『そりゃあね……僕は本当に、コクーンが落ちずに幸せな世界が続いていくことを願っている。未来までずっと』  だって、見てるものが違いすぎるの。 『——あの〜先輩、恋愛ってそういうもんじゃないですか?』  あんな他愛ないような会話だって、同じ。 『向こうは会えば満足なのかもしれないけど、僕にとっては、パラドクス研究が進んで、コクーンが救われる道を探すほうが大事だった。目的が違った』 『はあ、目的ですか』 『付き合えば付き合うほど、違いがわかるだけだった。自分にとって大切じゃないことがわかるだけだった……残念だけど、それだけだね』 『……迷いないですね』  恋愛じゃなくたって。目的と合わないのなら、私のことだって、迷いなく、切り捨てるんでしょう? 『……先輩はいつも迷いなく、未来だけ見てる。私、先輩のそういうところ……大好きだけど、大っ嫌いなんです』 『……大っ嫌い……』  だって……そうじゃない。 『ね、先輩は今じゃない世界のことばかり見ていますけど、もっと身近なものに目を向けてみてください。ああ、この人との会話はためになるなとか、ちょっと合わないと思ってたけどこういう女の子もいて面白いな、とか。気づかないだけで、たくさんいいところもあるんです。そういう風に見てみたら、ああ、今の時代もいいな、このままでもいいんじゃないかな、って思いますよ』 『アリサ。君の言ってることはすごくよくわかるよ。……でもこの世界は、今の延長線じゃパラドクスは解消されないし、コクーンはカイアスによって落とされる』  正論ばっかり言って、私の言いたいこと、全然気付きもしない。なんで私が、わざわざそんなこと言うのか。 『私だって、コクーンが堕ちればいいなんてことまでは言ってないです。でもわからなくなるんです。どこからがパラドクスなんですか? どこまでパラドクスを解消すればいいんですか? 全て解消しないと、コクーンが守られないんですか?』  ——話したって、無駄なの。……欲しい答えなんて、くれないでしょう? カイアスだって欲しい言葉はくれなかったけど、でもオーパーツはくれた。じゃああんたは? だってあんたが考えるのは、ルシの仲間のことだけでしょう? 私のことなんて、ついででしょう? ちょっと、聞いてみただけでしょう?  だから、しんどそうなんて言葉、今の私には、ちっとも…… 『……へえ〜。珍しいことも、あるもんですね。ホープ先輩が私を心配してくれるなんて』  何でも無いことのように、冗談めかして。そんなことないだろう、ってホープは言ったけど。 『さすがの私も、疲れちゃったんですよ。400年っていう超長旅でしたからね! ね、先輩。今日はもう休みましょうよ。先輩だって、疲れたでしょ?』  でも、って言われたら何て返してたかわからない。だけど、そうやって言っておけば、先輩はそれ以上追及しないでしょう? ……ルシの仲間以外は、あまり仲良くなりすぎないように、距離置いてきたものね。私とだって、深入りしすぎないようにしてるものね。……わかってるの。 『……それも、そうだね。今日はもう、休もう』  ほらね。  私たちは、こうやって……お互いに距離を作って……——  でも、……その距離が、たまらなく悲しくなるときがあるの。  それにしても、このオーパーツ、どこの鍵なのかしら。吸い込まれそうな緑色。……そもそも、オーパーツ……なのよね? ゲートの鍵よね? 手に入れたって喜んでるのはいいけど、どうやって使うのか知らなきゃ、渡しても意味がないわよ。  新しい環境での仕事の合間を縫って、オーパーツの解析をした。誰かに見つかったらまずいから、また夜遅い時間を使って、眠い目をこすって。  ……うん、どこかの時代へのオーパーツに違いないわね。  じゃあ、これを使うゲートはどれ? 『アカデミアには現在、二つのゲートが確認されています。解析の結果、その内の一つを通って、セラ・ファロンさんとノエル・クライスさんがAF400年に現れると予測されています。もう一つのゲートはまだ解析中です』  そういえばブリーフィングの時、誰かそんなこと言ってたわね。ホープが嬉しそうにしてた。  ふん、あの二人、予言の書を使って余計なことしてくれたけど、無事に生きてるってわけね。まあいいわ。私の持ってるオーパーツで、もうどこの時代にも行けないようにしてやるんだから。  ……それはともかく、ゲートの一つはあの二人が通ってくる。ってことは、カイアスにもらったオーパーツはあのゲートに使うわけじゃないってことね。じゃあ、あのオーパーツは…… 『ねえ、教えてもらえない?』  ホープがいない時を見計らって、ゲートを研究してるチームの中から若くて素直そうな職員をつかまえて、ここ最近で一番の笑顔を見せてみた。最近あまり笑ってなかったから、顔が引きつってるかもって心配もしたけど。 『あっ、アリサさん。ぼ、僕ですか? 僕は下っ端だし、知ってることは少ないと思いますが……』 『下っ端だなんて、謙遜することないわ。あなただって、アカデミーの研究を一生懸命頑張ってるんでしょう? あなたの知ってる範囲でいいの。私はこの時代のことまだ全然知らないから、助けがないと駄目なの。あなたの力がどうしても必要なの。だから、お願い! ねっ、いいでしょう?』 『は、はいっアリサさん! 僕でよければ、喜んで!』  うん、いいわね。 『アカデミアにはゲートが二つあるのよね。一つはセラさんとノエルくんが現れるみたいだけど、もう一つはどうなってるの? 解析中って聞いたけど……』 『えっええと、そうですね。残念ながら、その話の通り、まだ解明されていないのです。そもそもゲート自体が、はっきりと姿を現していないので、それがどこに繋がっているのかといった解析もできなくて……』 『……ゲート自体、はっきりしていない? 少なくとも私は、今まで見たことのないケースね』 『今でもそうです。そこにあることはわかるのですが、他のゲートとは、どうやら違うようで……』  他のゲートとは違う、か。きっと、カイアスの言ってるのはそれかもしれないわね。 『ねえ、案内してもらえない? あなたほど有能な方なら、忙しいのは重々承知なんだけど……』 『いえ、大丈夫です! できる限り協力するようにと言われてますし、それにアリサさんのお願いでしたら、いつでも!』 『ありがとう! 本当に、助かるわ』  そうやってアカデミーの建物を出て、噂のゲートにたどり着く。こちらです、と言われた場所には、……確かに、ゲートらしきものがあった。  聞いていた通り、はっきりしていない。それがゲートであるということは認識できるけど、でも——それはぼやけていて、その輪郭も、波のように揺れ動く。いつも見ていた、はっきりと黄金に輝くゲートとは全く違う。 『えぇと、これは……未完成のゲート、と呼ばれています』 『未完成……って?』 『ゲートの形はしていますが、まだゲートとしての本来の機能を有していないと見られています。何かが足りないのか、どうしてこうなってるのか——アカデミーとしても、原因を調査しているのですが、未だ不明なんです。……すみませんアリサさん、ご質問にきちんとお答えできず』 『ううん、あなたのせいなんかじゃないわ。だって、アカデミーの誰も知らないんでしょ? 今の情報だけでも、本当にありがたいわ』  うん、実際そこまでわかれば十分。……というか、どこに繋がってるのかがみんなに知られてたら……罠にならないものね。ホープにもノエルにもセラにも知られちゃったら、それこそ意味がない。最高顧問であるホープにはいろんな情報が集まるだろうけど、少なくともこのゲートに関する情報だけでも私がコントロールして、あの男の耳に入りづらいようにしないと。……簡単じゃないだろうけど、種は撒いておいた方が良さそうね。さすがにホープ程じゃないけど私にも立場があるから、あまりえげつないことはできないけど。 『本当にありがとう。おかげでものすごく助かったわ。やっぱり、あなたにお願いして大正解だったわ!』 『そんな、滅相もありません! お役に立てて光栄です!』 『それと……ごめんなさい、もう一つお願いしてもいいかしら? すごく、大切なことなの』 『た、大切なこと? えっと、僕で大丈夫でしょうか?』 『もちろん、あなたじゃなきゃできないことよ。あなただからお願いしたいの』  なるほど、ってはにかむように私を見る。そう言われたら、悪い気は絶対にしないわよね。 『あのね……今後の研究のためにも、もし今後このゲートのことで何かわかったりしたら、都度私に情報共有してもらえない? いち早く、ね』 『情報共有……ですか?』 『ええ、そう。どんな小さなことでも、構わないわ』  一歩だけ進み出て、嫌味にならない程度に上目遣い。 『お願い。お手間をかけるけど、あなただけが頼りなの』 『は、はい! 了解しました! 誰よりも早く、情報をお届けするようにします!』  笑って、別れる。うん、いいわね。おだてられて動くってのは、時代が変わっても変わらないものね。そう思えば、慣れない環境だってきっとどうってことない。  今日できるのは、ここまで……かしらね。ちゃんとやってくれるよう、働きかけも必要だけど。その内、どんな形でもいいからこの研究チームにも参画できるよう、根回しが必要ね。この人を足がかりにして、他の人にも上手く取り入れば、何とかなりそうね。  ホープ、見てなさいよ。あんたに取り入ることはできなかったし、あんたは私のこと大した奴じゃないって思ってるかもしれないけど、そうじゃないのよ。私は私のやり方で、周りから少しずつ攻めてやるんだから!  とはいえ、あの人たちに取り入ったからって、ちょっと足りないわよね。他に何か……ないかしら。 『——……頭の痛い問題となっています……』  そう……アカデミーの人、ホープに何て言ってた? 『——アカデミーも設立から400年が経とうとしていますが……決して一枚岩でいるわけではないのです。もちろん多くのコクーン市民はエストハイムさんのお話の通り、来るべきコクーンの危機に一人一人が対応しようとしてくれています。しかし一方では、アカデミーに反発するテロ組織というのもありまして……頭の痛い問題となっています……』  そう、それ。 『今、アカデミーに反発するテロ組織の話がありましたね。このテロ組織の狙いは何なのでしょうか?』 『彼らが反発しているのは……アカデミーが未来を変え、未来を作るだけの力を持っているという点です。400年が経ち、アカデミーもまさにコクーンを動かす巨大な力を持つようになりましたから。  アカデミーは予言の書を手に入れ、それによって未来を知り、変えようとしてきました。しかしあまりに大きな力を持ったことで、アカデミーは恣意的に未来を作ってるんじゃないか、予言の書を持たざる者の未来を奪っているんじゃないか、それは傲慢な行為である、との考えが生まれてきてしまったのです』  この時代の人達も、頭いいじゃない。  ……そう、その通りなのよ。ホープは……自分が会いたい人たちのために、他人を犠牲にして、私の未来だって、奪おうとしてる。 『パラドクスが全部解消したらって、考えたことあります?』 『そりゃあね……僕は本当に、コクーンが落ちずに幸せな世界が続いていくことを願っている。未来までずっと』  あの時の、モニターに目を向けたまま、少し微笑むように返した姿。鼻で笑って水に流せばよかったのに、妙に、癇に障ったのよ。 『……でも、わからなくなるんです。どこからがパラドクスなんですか? どこまでパラドクスを解消すればいいんですか? 全て解消しないと、コクーンが守られないんですか?』  驚いて、モニターから顔を上げるホープ。……今考えれば、あれは初めて——私がホープに、何かを言いかけた時だったんだと思う。 『全部解消したら、今あるもの、今まで私たちがしてきたこと、全部ゼロになるんですか? 全て以前の歴史にリセットされるってことなんですか? "それもパラドクスだったね”って言って、元に戻ればそれで全てオッケー! 幸せ! ってことなんですか?』  どうしたって、私からは……あんたがそう言ってるようにしか、聞こえないの。元に戻れば、先輩は、私のことなんて全部忘れたって幸せって思ってるんだって。 『……そんなことはない。僕は、みんなのためにも、コクーンと世界を救いたい』 『それ、正直建前ですよね?』 『……嘘だとでも?』  珍しく、憮然とした表情。……でもね。  アカデミー最高顧問なんて権力振りかざして、幸せな世界の未来のためになんて偽善者ぶって。やってることは自分勝手なことよ。自分が会いたい人以外の人がどうなるかなんて、これっぽっちも考えてないんだから。  そこまで考えが及ばなかった? そんなことないわよね? 何たって飛び級してアカデミーに入って順調に昇進していった、優秀で頭脳明晰で誉れ高い、アカデミー最高顧問様なんだもの。  私は、戦わなきゃいけない。あんたが"切り捨てられる人たち"の未来を顧みないから……私は、自分で守らないといけない。 『——予言の書が発掘されるパドラ遺跡なんかは、彼らのテロ行為の対象になってしまっています。アカデミーとしても長年対処していますが、膠着状態でして……』  ……テロ組織、か。少し、彼らの情報も収集してみよう。危険な行為かもしれないけど……考えが一致するなら、協力できるかもね。  それにしても——  ……そもそもゲートが未完成、か。どうして? カイアスのオーパーツを使うなら、きっとこのゲートのはずでしょう? そこに、私の道があるのに。どうして姿を現してくれないの? このゲートに、あの二人をぶち込む。そして、ホープを手にかける。私は、そうしなきゃいけないのに。私に残された時間は……少ないのに。  ……でも、多分、大丈夫。少なくとも、このオーパーツを渡すまでは、きっと私は消えずにいられるはず。そんな気がする。  カイアス・バラッドは多くを語らなかった。私がパラドクスかどうかなんて、教えてくれなかった。でも彼は、歴史を知っているはずだから——私が今のまま何もせずにいればどうなるかなんて、知ってるんでしょう。  私のタイムリミットがいつなのかわからないけど、少なくとも、あの二人をどこかの時代に始末するまでは、カイアスにとって私には存在価値がある。カイアスも、きっとあの二人に手をこまねいている。私はきっと、その時までは消えずにいられるはず。それまでは、猶予が許されている。そうじゃなきゃ、わざわざ私にオーパーツを渡す意味がないもの……。  ——もし、もしも……このオーパーツを渡さなかったら?  そこには、どんな未来がある……?  あのオーパーツが可能性の一つでしかなくて、まだ他にも可能性があるのなら……  ……揺らめくゲートは、私そのもの。私が、私自身が……  息を、はあっと吐き出す。  意味ないのよ、そんなこと考えても。あの人たちがいる限り、私はいつも存在の危機に晒される。手段を選ばないって、決めてたはずでしょう? 私は、私のために動く。自分の未来を守る。……それじゃ、いけない……? 『アリサは、まずは自分が安心できることを考えればいい』  ふいに、思い出す。自分のこと考えててもいいんだって……言ってくれた人の言葉を。今までも、何回だって。 『そうすればそのうち、道は一緒になるかもしれない。だろ?』  何なのよ、あんた。ほんと……甘いのよ。全然、一緒になんてなってないじゃない……。なのに、どうして。  会ったことも、2回でしかない。だけど、その言葉はどれも、印象深くて——  ……息を吐ききる。もうやめやめ、寝よ。今日も動き回ったし、もう、くたくた。ベッドに潜り込む。最近は悪夢もないけど……今日は、まともに寝れるかしら。  いつもは倒れるように寝るだけだけど、今日は、リネンの匂いと感触で、少しだけ疲れが和らぐよう。ゆっくりと、まどろんでいく。 『——夢じゃないだろ? 俺もあんたも、確かに今ここにいる。ちゃんと生きてる。それだけは、確実』 『……そうですね! 一度死んで、またチャンスをもらったんだと思うことにします』 『……アリサ。俺は、こう考えるようにしてる』 『何ですか?』 『一度死んだんだ。だから、それ以上何も恐れることはないんだ。恐れなきゃ、何だってできる。そう思えばいい。だろ? だから……できるよ、大発見。アリサなら』  ——ねえ。私、また、"大発見"したの。未来に行く方法、見つけたの。発見っていうより……頑張って研究した結果なの。ゲートだとか誰かに頼るんじゃなくて、ちゃんと自分の力で未来に来たの。自分の進む道を、作ってきたの……。  ねえ……いつ現れるの?  でも、現れたら、私、……あんたのことも、消さないといけないの?  ねえ、今の私の状況……あんたなら、何て言うのかしら。  私、あんたの言葉、聞きたい……  なんてこと言ってても、……私のやってることってば。  新都アカデミアに来てから数年、待ちわびたAF400年。握手を求める。相手はノエル・クライス。ま、ピンクの髪の女もいるけど? ああ、そういえばセラって名前だったわね。忘れてたわ。  目下私のミッションは、二人と"和解"して、仲良くすること。特に、セラね。今までに私がセラに取った態度は……少しは加減したけど、敵意丸出しだったし。だけどこれからは違う。そう、なんといっても二人にはオーパーツを受け取ってもらわなきゃいけない。でも、敵意見せてた人がいきなり何か渡そうとしたって明らかに怪しいから、まずは仲直りから。  ……でも、とりあえず仲良くするならノエルから。セラはね、順番を踏んで。今握手なんてしようとしたら勢い余って手を握り潰しそうな気がするし、そんなことして警戒されたら元も子もないのよ。  だからノエル、……だけど…… 『……ご活躍だったみたいね』  ええ、超絶ムカつくほど余計なご活躍、痛み入るわ。あんたたちのせいでホープがより一層馬鹿になって、デミ・ファルシ計画がぜーーーんぶ無駄! 尻拭いした私がどれだけ苦労したのかわかってんの?  ……なんて言葉は、封印。今はできるだけ、にこやかに。  ノエルは、会うと思ってなかった人達に会って驚いてたけど、それでもすぐに笑い返してくれた。もう……単純なんだから。あんた、騙されやすいって言われたりしない? 大丈夫なの? ……って、妙な心配をし始めた。そんな矢先……ふいに頭の片隅に、何かがよぎる。 『…………』  っていうか——よく考えると、ああ、もう!  私……、なんで忘れてたのかしら?  和解する素振りとか言ってるけど、私、私…………——あああ、ほんとにもうっ! 『今話しかけないでくれない? ノエル・クライス』  ……過去のことが、思い出される。あのヤシャス山で、私、……そういうこと、言ってた。不機嫌さを、何も隠すことなく。 『……確かに俺の名前はノエル・クライスだけど?』 『呼び方が気に入らないってわけ? あんただって、私のこともホープ・エストハイムのことも年上なのに呼び捨てじゃない。何が違うのよ』 『……なんで不機嫌?』 『なんでもくそもないわよ。ホープ・エストハイムもセラ・ファロンもあんたも、何なのよ未来未来って、馬鹿の一つ覚えみたいに』 『まあ、確かにアリサの言う通り。でも、駄目なのか?』 『この際あんたにとって未来が大事で私がどうだとか、もう関係ないわよ。それぞれ自分の思う通りにやるだけなんだから。でもあんたのせいで、いつもの私が崩れたじゃないの!』  この人……ノエル・クライスは、面の皮をかぶらない私を、知ってるんだった——  あああ、もう今更だけど……完全に失態! 和解を演じてオーパーツを渡すのだって、絶対、絶対上手くいくって思ってたのに!  震えそうになって、差し出した手を思わず引っ込めたくなる。でも、そんなことをしたら怪しいじゃない。握手すら怪しい人が、どう和解するふりができるってのよ、もう!  大丈夫、まだ大丈夫よ、アリサ。この人なら、きっと……  ……そして、ノエルの手を握る。中途半端な力で震えないように、思いっきり力を込めて。  "あんた……これ以上余計な一言は言うんじゃないわよ。私の裏の顔がどんななのかこの二人に言ったら、承知しないんだから"  言葉にならない言葉を、全身で伝える。一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐにいつも通りの顔で握り返してくる。言うわけないだろ? とでも言いそうな、落ち着いた笑顔で。  ……ふん、やるじゃない。それならいいのよ。  とりあえず何とかその場を切り抜けて、気持ちのうろたえをどうにか鎮めた……はずなのに、落ち着かなさは、残った。 『せっかくですから気分転換も兼ねて、このアカデミアをゆっくり歩いて、お二人が守った未来を実感してみてください。……ほら、ここを歩く人達みんな、穏やかな表情をしているでしょう?』  私はすぐにでも話したかったけど、ホープが呑気な提案をする。また、余計なお節介なんだから。  ノエルは、どこか見慣れないものを見るようにぼうっとして、でも……"嬉しさ"を噛み締めるように、改めてアカデミアの通りを見渡す。私から見ればアカデミアは、ダラダラと平和ボケして生きてる人も多いけど、彼の目からすれば——人がたくさんいて、幸せそうに生きている。こんな景色は、彼の人生では決して経験し得なかったものかも……しれない。  ——ん? ……何か、変ね。 『よかった。……この時代、救えたんだ』  ぼそっと、呟く。  この時代、救えたんだ……か。私たちの知らないどこかの時代で、今とは全く違うアカデミアがあったってこと? ……そしてまた、歴史を変えてきたのかしら。  そうやって見慣れない光景を見渡す表情は、……すごく晴れやかで。何の欺瞞も、利己心も、高慢さも感じられなかった。  ……私とは、違って。 『できれば俺、アカデミアの人達と少しでも話してみたい。今まで普通の人と話す暇なかったから。この時代に生きてる人達がどんなこと考えて過ごしてるのか、知りたい。聞いてみたい』 『うん、そうだね。じゃあホープくん、お言葉に甘えて、ちょっと見て回ってからでもいいかな?』  ……ふん、……無邪気なものね。 『ええ、もちろんです。それでは後で、本部までお越し下さい。アカデミーを挙げて歓迎します』 『先輩ったら、本部がどこか教えてあげないと、来てもらえませんよ?』 『はは、ごめんごめん。すみませんお二人とも。あの一番高い建物です』 『私も仕事しながらゆっくり待ってるから。……それじゃ、後で』 『それにしても、本物? ……は、ひどいなあ』  アカデミー本部に戻ってる間、ホープと少しだけ話した。 『会うなんて、思ってなかったんでしょうね。だって、最後に会ってから400年も経ってるんですから。普通、生きてないですもんね』 『まあ、そうだよね。素直に言えば僕自身、少し不思議な気もする。毎朝起きるたびに周りを見て、ああ、そういえば400年後なんだ、ってよく思うよ』  ……それは、そうかもしれないわ。慣れたとは言っても、未だにこの超高層ビル群とエアカー達を見ると、私——未来に来たんだなって思う。そう、私の目的が果たされるまで、あともう少しなんだ……って。 『それと、アカデミーの研究も、本当に進歩したって実感した。寸分の狂いなく、あの時間、あのゲートに、セラさんとノエルくんが現れるって予測したんだから。僕らは指定された時間に行くだけでよかった。まるで待ち合わせでもする気分だったな』  そういうところは、この人もほんと呑気なんだから。 『……でも』  ふいに黙り込むから、顔色を伺う。『……どうしたんですか?』 『アカデミーの研究は進んだし、あのゲートの挙動も正確に解析してたけど……じゃあ、もう一つのゲートはどうなんだろう? 未完成のゲートってことだったけど、もう何年も研究しても、決定的に何かが判明したとは言いがたい。今のアカデミーの技術でも、全く手がかりがつかめないのか……? 少なくとも、原因だけでも』  ……余計なところに気付くのね。 『今までは新コクーンの浮力を確保するために、13thアークの研究に人を割いていた。だから、あのゲートへの研究体制がおろそかになってたのかもしれない。もう少し、そちらにも人をあてるべきかな』  ここは、慎重に持っていかないと。 『……それはどうでしょうね』 『アリサは、反対?』 『反対というか……。ずっと前も言いましたけど、優先順位の問題じゃないですか? 今私たちとアカデミーが注力すべきことは、新コクーン完成までの道筋を付けること。13thアークの解明や新コクーンの設計なんかは私たちのミッション達成に必要不可欠ですけど、あのゲートはそうじゃないですよね』 『でも、僕たちが新コクーンを完成させるだけじゃ、最終的な目的は達成されない。セラさんやノエルくんがあのゲートを使う必要があるかもしれない』 『わかりますけど。セラさんやノエルくんが使うかもしれない、だからこそ、そっちはあの二人に任せた方がいいんじゃないですか? 元々ゲートは、私たちだって研究してきましたけど、実際に使えるあの二人にはかなわないわけですよね。私たちがやれることに注力すべきかと』 『まあ……そうかもしれないけど』 『……今、あの二人にはかなわないなんて言いましたけど、今の研究チームの人達だって頑張ってますよ。たまに話しますけど、ちゃんと誠実にやってくれてます。際限なく研究員がいるわけじゃないですし、今は彼らに頑張ってもらう以外ないかと思います』 『……そうか。わかった』  最後には大人しく頷く。わかればいいのよ、わかれば。 『アリサがいてくれると、助かるよ』  ……別に。あのゲートのことは、ばれちゃ困るんだから。干渉されちゃ困るの。  ——そう。結局ゲートは、彼らが来るまでには完成しなかった。  最初は、オーパーツをいつ渡そう、ってずっと考えてたのに、そもそもゲートが完成しないんじゃ話にならないわよ。  何が足りないって言うのよ、カイアス・バラッド。  でも、もし本当にその選択肢が使えないっていうなら、その他の選択肢も考えなきゃいけない。  もしかしたら、あの三人を消すなんてやり方しないで、だけど私も生き残れる。そんな選択肢があるかもしれない……。 『……で』 『で、って?』 『質問。なんでこんなところにいるんだっけ』  ノエルが聞く。  ここは、アカデミー本部から出て歩いたところにあるカフェ。よく使ってるけど、そういえば誰かと一緒に来たのは初めてかもしれないわね。  それにしても全く、改めてそんな質問しなくていいじゃない。私があんたと二人で話したかっただけよ、悪い? あんたが現れたら、……また話したいって、思ってたのよ?  でも、今となってみれば……そこには、それ以上の意味がある。大事な話なの。 『何よ、もっと感謝したら? あの二人がライトさんとスノウの話しててあんたが居心地悪そうにしてたところを助けてあげたんじゃない』  ノエルは、ホイップクリームの乗ったカフェモカを飲みながら、しかめっ面をしている。最初は物珍しそうにしてたけど、あんまり甘い物に慣れてないみたい。  ——ノエル達は、あの後しばらく経ってからアカデミア本部にやってきて、ホープと4人でいろんなことを話した。  デミ・ファルシを作ってコクーンを浮かせようとしたこと、でもあの女の一言でそれを覆して、デミ・ファルシ以外の方法でコクーンを浮かせることにしたこと。それにはAF400年にある13thアークの浮力が必要だったこと。だから、タイムカプセルに乗って来たこと。で、ノエルとセラにお願いしたのは、13thアークの浮力の鍵となっているグラビトンコアが各時代に散らばっているから、それを取ってくること。お人好しの二人はもちろん、やると言った。……あの長い話も、まとめるとすごく簡潔ね。  一応、セラとは"和解"したわ。まあ基本的にお人好しだから、ごめんねって言えばそれで終わり。まあ完全に私のことを信じたかっていうと違うだろうけど、関係改善の一歩。少しずつ距離を縮めていけば、いざカイアスのオーパーツを渡すって時もスムーズになるわね。  ……それよりも気になったのは、ノエルのこと。  ヤシャス山の件以降、ホープとノエルとセラは一致団結して未来を変えようとしてる。ノエルも、"未来を変えるために"といって、今まで以上に前向きに積極的に、取り組んでる。グラビトンコアの件もそう。グラビトンコアがこの時代のどこにも存在しないと言ったら、『探してこようか?』と名乗りをあげたのは、ノエルだった。  ……でもね、その会話を、少しだけ輪から離れて冷静に観察してるとね、気付くものもあるの。  ホープとセラはライトニングとスノウのことを考えてる。その二人の会話に、ノエルが入りきれてないことに。  ああ……そうかもしれないわね。だってノエルは、いろんな面であの二人とは決定的に違うもの。  そこにチャンスがあるかもしれない……って。  だから、いまいち話の輪に入りきれていないノエルをつかまえて、外に連れ出したってわけ。 『どう? このアカデミアに来た感想は』  とりあえず、話を向けてみる。 『うーん、そうだな……。本当、アリサにもホープにも、まさかこの時代で会うなんて思わなかった。やっぱり、あんたの研究が功を奏してるんだよな。タイムカプセルの話聞いてたけど、まさかあれが本当になるなんてな』  ……そう。彼は、タイムカプセルの話を知っていた。AF10年のヤシャス山で私がノエルにその計画を話したことになってたけど——解消されたパラドクスの時の話みたいで、私は覚えていなかったけど。 『——どうやって未来に来たか、ってことよね。私たちの使ったタイムカプセルはね、自分たちの時間の進み方だけを遅くする装置なの。強力な重力場を発生させるとそうなるんだけど、要は、中で眠ってる間に未来に行けるカプセルね』  さっきそう説明した時、彼は少し考え込んでから、ひらめいたように声を上げた。 『……あ! それ……前言ってたやつだろ?』 『知ってるの?』  セラが驚いてるけど。……私も、聞きたいわ。そんなこと話したかしら。 『ああ、前聞いた。アリサ、あんたが考えたアイディアだよな? 聞いたのは……AF10年のヤシャス山。日蝕がある時の話だから、アリサは話したの覚えてないかもしれないけど』  私は覚えていなかったけど、……それでも彼は、覚えてた—— 『ふふ、もっと誉めてもいいわよ』 『……アリサ、天才! 圧倒! 驚嘆!』 『あっはは』 『……誉めろって言ったのに、笑う?』  ……びっくりしたのよ。私が忘れても、ノエルは覚えてくれてたんだって……私が頑張ってたってこと、知っててくれてたんだって。 『そうじゃなくて。私のアイディアだとか、私の研究が功を奏したなんて……誰かにそんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったから。予想外にすごく嬉しくて』  アカデミーの中では何言われたって、どうってことない。上層部は私の手柄じゃなくてホープの手柄だと思ってるし、肝心のホープは他の人を気にするせいかことさら私を持ち上げるようなことはしないし、あとはたまにわずらわしい人達が妬むだけなのよ。時代を超えて来た今となっては、ある意味"すごくて当然"っていう対応をされる。  ——だから、こんな風に掛け値無しに、誰かに認めてもらえるなんて……なかったのよ。 『お世辞でも、嬉しい。これでも、寝る間もなく頑張ったから』 『……本当。お世辞なんて、苦手だし』 『ふふ、そうだったわよね。ありがと、ノエル』  これは、私の正直な気持ち。  私の外見的なものや、表面的な態度なんて問題じゃない。少しでも"私"のことを見てくれたってことが、嬉しい。不思議な感覚。どこかくすぐったいけど、悪い気はしない。  だからこそ、彼に興味を持って——彼の様子を追って……そして、気付いたこともあったわけだけど。 『えっと……ホープとはうまくやってる?』  突然の、質問。 『……はぁ? ホープ? なんでそんなこと気にするのよ』  何なのよ。私は、あんたと話をしようとしてるんであって、今はホープなんてどうだっていいのよ。というか思い出しちゃったじゃない、あの嫌味な顔を。 『いやまあ……勢い余って何か爆発させてないかと思って』  スプーンでホイップクリームを崩しながら、ノエルが言う。 『付き合い崩したくないって言ったでしょ? そういうのあったとしても、表に出すわけないでしょ』  と、言っては見たけど。  ……ここまで来れば、別に、ノエルには言ってもいいかな。 『……多少は爆発しかけたこともあったわね』 『ほら見ろ』 『ていうか、あんたたちのせいよ!』  ……あ、言いすぎちゃうかも。まあ、いいか。 『せっかくデミ・ファルシ計画進んでたのに! あの女が予言の書に出てきていい加減にしてよとか叫んだからとか? そんな理由で? みんな頑張ってたの、ぜーーーーーんぶ台無しよ。何してくれたのよ! ブチギレそうになったわ!』 『俺たちもだな。あの時は生きるか死ぬかだったんだ。必死だったんだ』 『あんな映像じゃそこまでわからないし』 『本当に大変だったんだ! アカデミアだってシ骸だらけで!』 『私そこにいないし』 『ていうか言っただろ? 人工知能とデミ・ファルシのせいであんたもAF13年に死んでたんだぞ!』 『ええ、それは駄目よね』  自分でも呆れるくらい、自己中心的な発言。ノエルだって力が抜けた顔をしてるけど……でも、だからってそれで会話が終わることもない。ちゃんと聞いてる。 『……。だろ?』  ……まあ実際、その話は、素直に聞かざるを得なかった。  コクーンが堕ちるのはずっと先だから、コクーンがどうなったって私はそれまで生きていられる可能性は高い——と言ったって、一応私も研究者だからね、コクーンを浮かべる方法は考えた。ファルシを人工的に生み出すことでそれを実現する。それがデミ・ファルシ計画。  でも研究者としては、それがもたらす"副作用"にまで目が行き届いていなかったことは認めざるを得ない。……デミ・ファルシとそれに支配された人工知能が暴走し、……全ての邪魔者を、排除。私を含めてね。  コクーン墜落で死ななくたって、私は自分が作った機械に、殺されてたってこと……なのよね。  私は、途中で死ぬ気なんてさらさらないの。……そう思えば、一応あの女の叫び声にも感謝できるような気がした。めちゃくちゃムカつく女だけど、私を機械の暴走から救ってくれたという事実だけを切り取れば、何とか笑顔を作って和解できそうな気がしたの。  だから言えたの。『セラさんの叫びが、未来を変えたんですよ』って。で、今までごめんなさいって。過去の人同士仲良くしましょって。言ってみたら口が歪みそうだったけど、まあ何とかなった。ホープが驚いた顔したけど、私も意外と素直なんですよ、と言ってやった。  ——でも、少し思った。  パラドクスで消えなくたって、自分で作った機械に殺される。自分で作った機械に殺されなかったら、他の方法で私という存在がいなくなる。  そうやって、私の生き残る道が……もしかしたら限られてるとしたら? そんな"運命"だったら——どうする? なんて……  ……違うの。そんな運命を変えようと思って未来に来たんだから、もっと前向きに考えないと。 『……ありがとう……お疲れ様。未来のアカデミアも、アガスティアタワーも』  ひとまずは、改めてノエルに感謝の言葉を伝える。……これはおべっかなのかしら、本音なのかしら。自分でもよくわからないわね。 『あんたたちはいいわ。悪いのはホープよね。リーダーならもっとまともな計画中止の理由考えなさいっての。セラに叱られたからって何なのよ。ガキなの? ほんと恥ずかしいったらないわ。あれが私の上司だなんて、人生やり直したくなるわよ。アカデミアではホープは最高顧問だし、追っかけだっているけど、ほんとはこんな奴よって言ってやりたいわ。  まあ、私の天才的な頭脳のおかげでデミ・ファルシ計画がなくてもすぐに方針転換できたけど、ホープにはもうちょっと私のありがたみをわかってほしいところだわ。私のタイムカプセルがなかったら、ここにだって来れなかったのにね。ほんとわかってないんだから』  でも、本当にそうなのよ。ノエルでさえわかるところを、なんであの男はわからないのかしら。 『本当、そういうところは相変わらず……』  まだまだ言おうと思えば言えそうだったけど、ノエルが呆れた顔で口を出すから、少し言葉を止める。 『……何よ』 『見てほしいなら、見てほしいって言えばいいのに』  ……何なのよ。  そんなに端的に、私の欲求を表現しなくたって、いいじゃない—— 『……別にって言ったの、もう忘れたの? 健忘症?』 『覚えてるけどさ』 『大体ホープって基本的に人への興味は限られた人にしか向かないし、あとは全部研究に意識が行くのよね。あんたと違って、私って人に関わろうとはしないわ。基本的に最低限のことしか言わない』  ——ホープが悪い、ホープが馬鹿なの、って話なら、今みたいにいくらでもできるけど。  ノエルが、じっと話を聞いてる。ホープの悪口なんて、別に聞きたいと思ってないはずなのにね。……真面目な人。  どうしてか、この私がよ。私自身がどう思ってるか……ちゃんと言わなきゃ、っていう気持ちにさせられる。  見てほしい? ……そんなの、最初からわかりきってるの。ただ、認めたくなかっただけで。 『……でも、……そりゃあね、あるわよ? 人として見てほしいって思うことだって。普通のことでしょ? 表面的にじゃなくて、ちゃんと私って人を見て、わかってくれたら。そう思うわよ。  私だって自己中心的な性格だし、適当にしか人と接して来なかったわけだし。なのに人には中身を見てほしいって思うなんて、馬鹿げてるわよね。だけど……こうして関わってるなら、少しでも自分を見てほしいって思うのは、そんな特別なこと? そんなに受け入れられないこと? ……人並みの話じゃない』  自分でも、驚くくらいにスラスラと言葉が出てくる。  一度だって誰かに言ったことのなかった、ホープへの本音。  悪口だって、たくさん言うけど。本当は、私が……。  ……はあ。なんか、また本音出しすぎたかもしれない。 『——ま、そんなこと言ってみたけど。頑張れば報われるなんて、そんな子供みたいなこと信じてるわけじゃないし。ホープが見てくれたからって、何か起こるわけでもない。結果が全てよ。  ていうか、なんで見てもらわないといけないわけ? 私が見てやってるんだっての。逆よ逆』  そうよ、ホープが何をしてくれるっていうのよ? あの男がやるのは、私の成果を横取りして自分の目的に使うことだけ。パラドクスを全て解消して、自分の会いたい人に会うだけ。ホープの会いたい人リストに入っていない私は、ただ消されるだけ。  だから、消される前に、消さなきゃいけないの。……それが、第1の選択肢だった。 『でも、本当はそう思ってるってことも……本音で、言えばいい』  すごくまっすぐな瞳で、じっと見つめてくる。  ——私が、あんたみたいになれたら……どれだけよかったのかしら。 『……私は、表裏があるから私なの。裏なんて、誰も見たがらないわよ』 『俺は、いいと思ってるけど。裏アリサ』 『ふふ。ほんと、奇特な人ね』  いろんな人と、変な先入観も距離感もなく、フラットに付き合える。セラでも、ホープでも、……こんな私でも。  どんな人でも、生きてるんだって。……そんな当然のことを貴重に思える程の人生を過ごしてきたからこそ、なのかしら。  私は、私以上に不幸な人なんていないって思ってた。私を理解する人なんて、いないって思ってた。  ……でも、そうじゃなかった。  だから、彼に興味を持って。  第2の選択肢を、考えてみたくなった。 『ねえ。セラには過去の人同士って言ったけど、ノエルと私は人にも歴史にも見捨てられた者同士、仲良くしましょ』  そう、それが今日の本題。 『私はホープに見捨てられて。あんたはユールにもセラにも見捨てられて。寂しいわよね〜、だから』  えっ、とノエルが目を見開く。ちょっと強い言葉を使っちゃったかもしれないけど、まあわかりやすいでしょ?  さっきの4人での会話。13thアークやグラビトンコアみたいな重要な話は粗方終わって、話はだんだん、まあ世間話のようなものに移っていって。  ホープもセラも、お互い普段はなかなか話せない話題だから、すっかり話し込んでた。ライトさんがどうだとかスノウがなんだとか、そんな話をね。 『——自分でそう思ってるかはわからないけど、お姉ちゃんはアメとムチの使い分けがうまいんだよね』 『わかる気がします。最初はムチだけかと思ってましたよ、僕が困ってても振り向きもしないし、優しい言葉なんてかけないしで、なんでこんなに厳しいんだろうって。でも必死でついていったら、……優しいところもあるんだって、わかったんです。いつも気にかけてくれて。決して手放しに甘やかすような優しさじゃないですけど。そうすると、また頑張ろうと思えて』 『うんうん、わかるわかる。でもホープくん、それってかなりすごいことだよ。ノラのみんなだってそんな優しい顔見たことないと思う。特にスノウに優しい顔なんて見せることなかったから。大変だったんだよ?』 『ああ、そうですね。ルシとして旅してた時も、ライトさん、あんなにでかいスノウを殴り飛ばしてましたからね。あの時の僕は、正直せいせいしてましたけど』 『えっ?!』 『でも最終的には僕もライトさんも、和解して。スノウのことけなしたり足蹴にしたりしながらも、スノウの言葉に励まされたりしていました。……懐かしいなあ』  でも、後ろから見ていて、わかった。……ノエルだけは、その二人の昔話に入れなかった。そりゃ、そうよね。ライトニングのこともスノウのことも、そこまでは知らないはずだもの。話は聞いてるから頷くかもしれないけど、その目はどこか寂しそうに宙を見ている。  ……でも、知らないからってだけじゃないのよね。……違う時代に生きてるから。ノエルはパラドクスが解消されたら、……私と同じように、消える。そうだと決まったわけじゃない。でも、その可能性はきっと高い。ライトニングにもスノウにも会わないで、消えるかもしれない。  自分でも、それがわかってるんじゃないの?  それに、ホープとセラはカイアスを倒してライトニングやスノウが戻れば満足だろうけど、ノエルは本当はカイアスを倒したくない。だとしたら——  同じ"未来"と言ったって、ホープとセラの見ているものとノエルの見ているものは、必ずしも同じじゃない。本当は、利害が一致していないんじゃない?  強いし、私と違って他人を思いやれる人だけど——そうやって、ホープやセラとの違いを感じていて、それに戸惑っているなら。  ……だとしたら?  私の入る余地が、あるんじゃないのかしら。 『別に、見捨てられてないし! えっ、見捨てられてた? えっ? ていうかなんでユールの話?』  ノエルは慌てて否定するかもしれないけど、ふふ、無駄よ。  いつも私が一方的にあんたに弱み見せちゃってるんだから、たまには逆でもいいでしょう? 『うふふ、知ってるわよ、なーんでも。ま、元からユールは駄目ね』 『なんで!』 『カイアスがいるから。古い文書見たって、あのドヤ顔の名前が飽きるくらい出てくるんだもの。ずっとあの二人一緒なんでしょ? できてるわよ』 『……さっくり、落ち込むこと言うのな。いや、じゃなくて』 『ふっふーん、じゃあ何? あの二人、絶対できてない! なーんて、優しく言ってほしい?』 『そういうわけじゃ、ないけど』  肩を落とす。……ずいぶんわかりやすく落ち込んでくれるのね。 『それに一応セラには、恋人がいるしね。予言の書にも映ってた、でかい筋肉男』  ……これはまあ、ちょっと言ってみただけでもあるんだけど。さっきの話の時だって、やけにアイコンタクトばっかり取ってるから。 『……知ってる』  ノエルから、それ以上の言葉がなくなる。無理して苦手なカフェモカ飲んじゃって。  何も言わないって、それはそれで明快だと思わない? どういうレベルで意識してるのかは、知らないけど。  ——だから余計に、さっきは寂しそうな顔してたのかしらね。 『うふふ。少年、悩んでるわね〜』 『……別に』 『ほ〜ら今、別にって言ったわよね? 人には本音でって言っておいて、これなんだから』 『……それとこれとは、話が』 『同じよ? ノエルも人のことは言えるけど、自分のことは疎いんだから』 『……もういいだろ?』  ちょっと不機嫌。それもわかりやすいんだけどね。そういうの突っ込まれてうまく隠せないところは、なんだかかわいい。 『……で? 歴史にも見捨てられたってのは?』 『あんたは歴史が正しくなったら消えちゃうかもしれない未来の人。私も歴史が正しくなったら消えちゃうかもしれない過去の人。ほらね、共通点!』  ノエルは額に片手を当てて、しばらく目を閉じた。そして、ぼそっと呟く。 『……アリサと話してると……』 『なぁに?』 『自分の感じ方が唯一じゃないっていう当然の事実に気付かされる気がする……』 『そりゃ当然よ。人間いろんな考えがあって然るべきよ。知らなかったの?』 『知ってたはずだけど……アリサが言うと違う』 『うふふ、発想の転換って大事よ。あんたたち、前のめり過ぎて一つの側面からしか物事見ないんだから』  まあね、わざと深刻そうに言わなかったの。  大体……嫌なのよ、私は。深刻なことを深刻な風に言うのが。余計深刻になるじゃない。  ……ま、そんな風にしちゃうからこそわかってもらいにくいってことも、自覚あるんだけど。 『……ていうかさ、最初にビルジ遺跡で会った時から年数も経ってるけど、やっぱまだ怖い?』 『何が?』 『自分が消えるかもって』 『そりゃそうよ。だって私パラドクスだもの』 『えっ?』  あ、そこまで言っちゃった。それも嘘じゃないけど、ちょっと予定以上。 『うふふっ、いつだってそう思ってるわ。いつ自分が消えるかわからないって思ってるからこそ、全力を出せるの。ノエル、言ってくれたわよね。一度死んだって思えば、それ以上何も恐れることはない、何だってできるって。その延長線よ。それでタイムカプセルも完成させたし、新しいコクーンだって同じ』  例え話みたいにごまかしたから、ノエルは、ほっと溜め息をついたみたい。  でも……それも嘘じゃない。  パラドクスだから。  私の時間には、限りがあるから。  力を出さずにいたら、私の時間は終わっちゃうから。 『でも……ノエルも同じでしょう? いつ消えるかわからないって思ってるから全力出せるけど、……でも、怖いでしょう? 自分がどうなるかわからないし、どう進めばいいかだってわからないし』  ホープとセラは、そういう辛さを理解してあげられない。だってあの二人は、パラドクスでも何でもないんだもの。自分たちは正しい歴史でも生きていけるって思ってる。消えるかもしれないって思ってる人達が、どんな思いでいるかまで……考えが至らない。  あんな楽しそうにライトニングやスノウの話したって、その横でノエルがどんな思いで聞いてるのか、なんて……ほんとのところでは、何もわかっちゃいないのよ。 『……そういうところ、理解できるけど』  ——別に、こんなこと言わなくたっていい。だけど…… 『でも、敢えて言うわ。ちゃんと未来像描けなかったら、生き残れないわよ』 『……未来像?』 『未来を変えて、自分はどうしたい? どうなりたい?』 『自分のことなんて……わからない』  ええ、そう言うと思ったわ。 『素直ね。でも、じゃあ例えばあんた、カイアスが敵じゃないとか言ってるけど。そんなこと言っててどうすんの? もし敵だったらどうするの? ホープとかセラと戦うの?』 『そんなこと……ない』 『じゃあカイアスを倒すの?』  押し黙る。 『……そういうところ、理解できるけど。でもそれに迷ってるうちは、力なんて持てないわ。誰かにやられて、おしまいね。例えば私なんかにね』 『……冗談』  冗談じゃ、ないのよ。  戦いたくないなんて言ってたら、逆に負けちゃうのよ。  親切そうに見えてあんたを罠にかけようっていう人だって、そばにいるんだから。 『そういう覚悟じゃないと、進んでいけないってことよ。これは、私の忠告。嘘みたいに思うかもしれないけど、現実起こりうることよ。生半可な覚悟じゃ、この先誰も救えないわ』  ……でも、別に、そんな忠告してあげる必要なんて、ないはずなの。第1の選択肢を取るならね。この人達が未来に進む時に、偽物のオーパーツを渡す。そして、どこかの時代に閉じ込める。そして、ホープを殺す。そうすれば、時代が変えようとする人がいなくなって、私は生き残るはずなの。だからそもそも、罠にかける相手に危ないわよってわざわざ言ってやる必要は、ない。  だけど……ね。 『……まあ、厳しいこと言ったかもしれないけど。  でも、見捨てられたもの同士仲良くしましょって言ったのは、……嘘じゃないの。そういう不安も孤独も、その気持ちになった人じゃないとわからないわ。ホープにも理解できない。セラにも理解できない。私がホープに言えないように、あんただってセラに本音言えないんじゃないかなって』 『……そんなこと、ない』 『そう? あんたのことだから、あの女を不安にさせたくないからとか言って自分から不安とかきついとか嫌だなんて言えないんじゃない?』  ただ、目を伏せる。セラのことを思えば肯定もできないけど、実際否定しきれないってことね。優しいしセラのこと悪く言いたくないから頷けないけど、そういうところもある、か。いいわよ、素直ね。 『——変えようよ、ノエル。一緒に未来を変えよう。コクーンの崩壊を止めれば、ノエルの時代だって変わるよ——』  あんないい子ぶってたけど、セラは基本的に自分の周りしか見えないタイプなんじゃないかしら。姉と恋人が大事。大体、ルシになった経緯だって、自分の不注意から。一応周りも見えてるホープ先輩や、ノエルとは頭の構造が絶対的に違う。周りのこと考え始めたフリしたって、そんなんじゃノエルの不安をわかってあげることなんて、できないでしょうね。 『私もいつでも自分しか考えないわけじゃないわ。年も食っちゃったし、ちょっとは人のこと考えたりもするわよ。  ……前あんたが私に、考えてること違ったとしてもそのうち道は一緒になるから、まず自分が安心できることを考えればいいって言ったわよね。素直に捉えれば、自分が大変なのに人にそういう風に言える人ってなかなかいないなって思った』  ……そう。これは……本当にそう思ってるの。  私、あんたの言葉のおかげで……すごく、救われてたの。  ビルジ遺跡で、夢じゃないだろ? って笑ってくれた。あんなちょっとしたことだって。そして、まず自分が安心できることを考えればいいって言ってくれたことだって。  裏の私を見せるようになってからだって、そう。あんたは、困ったり、呆れたりって反応もしたけど…………でも、いつも通り、接してくれた。それは、私にとって革新的で……びっくりするくらい、心地いいことで……  私、人のことを気にすることなんて、なかった。でも、そんなあんただから、——自分でも変だって思うけど、人のことなのに、すごく気になっちゃったの。 『でも……同時に思ったの。あんたは色んな人を気にかけて、励ましたりするけど。誰があんたのこと理解して気にかけるのかなって。例えば今一番近くにいたとしても、セラにそれを言えるのかなって。あの女はきっとあんたの不安はわからないし、あんただって後ろ向きなこと言えないんだろうなって。  別に私が全部わかるなんて思ってないけど、私が少しの本音を言えたように、あんたも少しは本音言えてもいいんじゃないかなって思った。だから、無理に言えとは言わないけど、たまには外に出したっていいのよ』  自分で、よく考えてみて。自分のことを考えた結果、あの二人とあなたの考えは決定的に違ってくることだって、あるのよ。その違いを、否定しちゃだめ。苦しいだけの選択肢を選ばせられたままでいる必要は……ないの。  言い終えて、少し息を吐いて、呼吸を整える。……何だか、しゃべりすぎた気もする。  ……私の目的を今日で全部終わらせられるとは思ってない。でもとりあえず、今日はこうやって種をまいておくだけでいい。ホープとセラの言うことが全てじゃないのよって、ノエルに知ってもらうだけで、意味がある。  ノエルは一度小さく頷いて、顔を上げる。 『……ありがとう』 『——何が?』 『言っていいって言われたからって全部言えるわけじゃないけど、そういう場所があるってだけで……嬉しい』  そんなにお人好しな、まっすぐな笑顔を向けてくれなくたって……いいの。  別に、感謝されるようなことじゃないのよ。  打算的な私。利害がなきゃ、動いてないんだから。これがもしうまくいけば、私にだってメリットがあるから。  ……だけど、もし本当にこれがうまく行くなら、あんたにだって、悪いようにはならないの。 『……ただの気まぐれよ。大したことじゃないわ。私だって全部言えるわけじゃないけど、あんたにしか言えてないこともあるから、そのお返しってところ』 『それでも、いいよ。十分。ありがとう』  ……実際、本当にね。そこまでする必要はなかったのよ。  単純に、カイアスからもらったオーパーツを渡すだけでよかった。例のゲートはまだ"完成"してないけど、カイアスだって意味もなく未完成のゲートの鍵をくれるわけないだろうから、そのうちきっと完成することを信じて、待つだけでもよかったかもしれない。とすれば、私はノエルを罠にかけようとしているわけで、その相手に注意を促したり、相談に乗ろうとするなんて、全くの無駄な作業。  ——でも、ノエルを見ているうちに……やっぱり、第2の選択肢を考えたくなったのよ。  その存在を消すなんて強硬手段にまで、訴えなくてすむ方法を。  ノエルは、ホープやセラとは決定的に違う。その意識は、本人も否定しきれていない。それをうまく利用して、ノエルをあの二人から引き離すことができたら? 私の味方に引き入れることができたら?  ノエルとセラは、旅を続けなくなる。この時代に留まる。この二人が旅を続けないなら、ホープだって手の打ちようがなくなる。時代は変わらない。  そうしたら、私は二人を罠にかける必要もない。二人は、この時代で生きられる。ホープだって殺す必要はない。そして私も消えない。ねえ、お互い嬉しいでしょ? 結局パラドクスは解消されないかもしれないけど、……私にとっては最善の策なの。  ……そんな打算的な気持ちと。  ノエルが、純粋に、可哀想だなって気持ち。  ずっと私、自分が一番不幸なんだって思ってた。……でも、違うって思った。世界の終わりから来た、最後の人間。世界を救ったら、自分は消えるだろうって思ってる。  私は正直、自分が不安だから、他人のことまで考えられないと思ってた。でも、自分より大変な人が、誰よりも他人のことを考えてる。こんな私のことまでね。不安で、悲しくて、苦しいはずなのに……それを隠して、前を向いて歩こうとしてて、その姿がどこか痛々しくて。  それに気付いてしまったら、見ないフリが……できなかった。  私、本当にこんな人を消さなきゃいけないの? って。  彼を消さずに済むのなら、もうちょっと方法を探してみたいって……思った。  生まれて初めて、自分以外の人を"思いやる"って気持ちが、生まれた。 (3) どうしてこんなに へ
アリサ@暗躍中、です。主に人の弱さと強さ(3)(前半)といつか帰るところ(4)辺りに対応しておりまして、それら(特に後者)を書いてる時は、こんなアリサだったらいいな〜と思いながらいました。 カイアスのオーパーツをただ単に渡そうとするだけじゃなくて、実はいろいろ悩んで、そうならないようにアリサなりに裏で試行錯誤してたら、いいなあと。その中で、色んな気持ちの変化があったら、よかったなっと……