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長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

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トップページ > > FF13 > いつか帰るところ

いつか帰るところ(8)-2

(8)-1 みんなが生きてる未来がないのなら へ  心の中で、セラへの説明を考える。  あのさ、と言いかけたところで、セラが、深い溜め息をついて、膝を抱える。 「やっぱり、自分が考えたことを話すのって難しい……」 「………そうか?」  こう話したい、っていうものでもあるのか? 俺なんかと比べたら、十分ちゃんと話してたと思うけど。 「うん。自分の中でもうまく整理ができてない話がたくさん……ホープくんは、よくあんな風にスラスラ話せたよね……表現力が違うのかな?」 「無理に話すもんじゃない。雨宿りのついでの話なんだ」  ……沈黙が怖いからセラに話していてほしかったのは、俺の方なんだけどさ。 「でも、話したいとは思ってるの。……あのね……カイアスとユールのこと」  思いがけず出てきた名前に、身体が強張る。  頭の中では何度も出てきた名前。だけど、改めて耳で聞くと、どこか身構える。 「……いつの?」  俺の時代にいた二人なのか、それとも過去か。さっきまではビルジ遺跡の話をしてたから……だとしたら、ええと、いつだっけ。ヲルバ郷?  「AF400年のアカデミア……AF200年のアガスティアタワー……かな。でも……全部かもしれない」 「……あれ? 結構話飛んだな」 「私の中では全部繋がってるの」 「はいはい、いいけど?」  少し、むくれた顔。そんな風に言われたら、何も言えない。 「……ユールは、ヲルバ郷で会ったときはまだよくわからなかったから。でも、アカデミアで会ったユールは……自分からシ骸に……その、殺されようとしたよね」 「……ああ」  思い出したくはない、けど。  また会いたいと願ってた懐かしい姿がそこにあって、だけど、自分からシ骸の前に立って、吹き飛ばされて……。覚えてる。抱き起こした時の、冷たさ、弱々しさ。雨が打つごとに、消えてなくなるんじゃないかと思った。 『私が生きたら……時が矛盾する』  ……声こそ弱々しくて、だけど、それは、時詠みの巫女としての姿。  "己の身を守るために、時を変えてはならない。それは、たくさんの人に、より悪い運命をもたらす"……。  俺の時代のユールは、時詠みの巫女としての振る舞いは殆どなかった。……だけど、時詠みの巫女は代々、そうやって"時詠みの掟"を守ってきたんだって……まざまざと、認識させられた。 「ユールは……生まれてから死ぬまで、自分はそれこそ何も望まないで、生きたんだよね。自分が死ぬことも、世界が滅びることも、全てを織り込み済みで生きるっていうことが……正直、辛いと思った。  だって……何か新しい明日があるって思えなかったら、苦しいはずだよね……」  ……何も望まず、か。  そう。同じだった。俺の時代のユールも。ありがとうなんて言って、現実を全て受け入れて。俺がなんて言っても、生き残りを探しに村を出ようとなんて決してしなかった。そして、最後に命を落とした……。 「……ユールが本当のところ何を考えていたかなんて、わからない。でも、物心ついた頃からそんな風に生きていくなんて、……そんなことあるべきじゃないんだ。絶対に……」  旅をする中で、いろんな時代のユールに会った。  みんな、あんな風に、苦しんでた……?  『ねえ、どうして? なんで、わたしを殺すの。あの時も、あの時も……』  ——……俺が、苦しめたのか……?   そのことに、ぎゅっと、胸が掴まれる気がする。 『……君が行動し、未来を変えたから、消える人がいる。死ぬ人がいる。偽りない、真実』  カイアスは、俺が苦しめたユールの姿を、見てた。そんな運命を止めたかった。全てを犠牲にしてでも、ユールを、救いたかった……。 「だから、カイアスも世界を滅ぼしたかったのか……って、思うこともある。ユールがそんな風に、自分の死や世界の滅びばかり見るために数えきれない人生を繰り返しているとしたら……。そして、それを百年も千年も横で見ているしかないんだとしたら……。それは世界の方が間違ってたんだ、と思うのかもしれない。  それほど、ユールのことを守りたかったんだ……やり方は間違ってたとしても」  やり方が間違ってた、か。  ……俺に何が言える?   やり方がいいかどうかなんて、どう断言できる?   正解なんて、わからない。  全ての時を正しく導かなくても。時をなくさないまでも、パラドクスでもいい。守れたなら、きっとそれが正解。そういう考え方、……さっきまでしてただろ? やっぱりそうするのがいいんじゃないかって、セラに言おうとしてただろ?   ……だって、命を落とす姿なんて、絶対に、見たくない。その気持ちは、理解できる……  ——だけど、でも、そうじゃない。そもそもそんな考えに至る前に、何とかならなかったのか? 掟なんて、破って。そして、未来を変えて……だって、そうすれば…… 「そう。カイアスもきっと、苦しかったんだよね……。  でも、今思うのは、ユールは……」  そこまで言って、言葉を選ぶように、一旦止まる。 「ユールは……何?」 「……AF700年のユールは、笑ってたから。ユールはそれでもやっぱり、ノエルが、未来を変えてくれるって思ってたんだよ。ノエルが明るい未来を見ているっていうことが、彼女の救いだったんだと思うの。それでも、希望を持ってたんだと思うの……」  静かな、セラの言葉。……だけど。  ……ユールが、希望を持っていた?   何に?   俺が、未来を変えること?   どうして? 俺に希望を託す? 自分が死んでも? だって、死んだら意味がない。  俺一人に希望を託すんじゃなくて、一緒にどうにかしようって考えてくれたって、よかったのに。  わからない。俺には、わからない。  セラになら、理解できるのか? それとも、同情して、擁護してる? ……どうして?  「ユールのこと。そんな風に、言ってくれなくたっていい」 「……ノエル」  さっき、村のみんなの声が聞こえた時……セラが、言ってくれた。 『きっとみんな……ノエルのこと、心配してるんだよ』  みんな俺を置いて死んで、俺のこと忘れたんだって……そんな風に思ったこともあったけど。 『村のみんなだってノエルのこと、忘れてなんてないよ。ちゃんと覚えてて、今でもこうやって気にかけてるんだよ』  一人になっても、一人じゃなかった。みんな、俺のこと考えてくれてる。そうやって納得したはず。  あの時、ユールの声は聞こえなかった。でもユールだって、同じかもしれない。だけど。 『……馬鹿。違う……っ、だろ……? ユール……』  ……静まったはずのあの時の気持ち。ユールが生きてる時には、決して言うことのできなかった言葉。  非難したいわけじゃない。なのに、……どうしても、自分の中の原始的な感情が、顔を出す。 『本当に、俺の思いも大切にしてくれるなら……なんで、あいつの言葉を先に聞いた?』 『なんで……早く俺に言って、未来を変えさせてくれなかった?』 『どうして、ユールが生きて、みんなが生きてる歴史にさせてくれなかった?』 『全て終わった後に真実を知るだけで……俺が喜ぶなんて、思った?』 『なんで……俺を一人にした?』 「……割り切れない。俺が、未来を変えることを期待してた? それまでに自分が死んだら? もしユールが先にそれを言ってくれてたら、ユールが生きている未来だってあったのかもしれないんだぞ?   それなのに、俺は知らなかった。ユールが時を詠んで命を削られた、その瞬間まで……」  時詠みの掟? ……誰が決めた? 結局最後まで、"ユール"は、掟に縛られてた。  自分が死ぬくらいなら、掟なんて関係なく生きればよかった。  掟なんて、破ればよかった。  たくさんの人に、悪い結果をもたらす?   でも、その掟を守ったから……世界はもっと悪い結果に向かって行ったんだろ? カイアスが世界を滅びに向かわせるのを、止められなかったんだろ? 掟守ったって、結局悪い結果になってる。  だったら! カイアスが時をなくすなんて考えるもっと前に……掟破って。自分も、みんなも生きられる道を、探せばよかった……。  そうすれば……こんな悲しい世界なんて、見ることなかった……。  ……俺の時代のユールも、そう。  俺に希望を持ってたなんて言われても、納得できない。  だって、どうして? ユールだって生きてなきゃ、意味がなかった。みんなで生きていたかった。そういう未来だって、もしかしたらあったかもしれないのに。  そういう行動、何も取らせてくれなかった。  俺に何ができたかなんて、わからない。わからないけど、……何かさせてくれたって、挑戦させてくれたってよかった。  何もさせないで、俺を一人にして……自分は苦しんで。  どうしてそんなこと、必要だった? カイアスに言われたから? 俺より、カイアスの言うことの方が大事? 俺、あいつに負けたのか?   違う、そんなの、勝ち負けじゃない。あいつはあいつ。俺は俺。カイアスにも、言ったよな?  『俺は、あんたじゃない! 俺は俺で、あんたはあんただ。どっちか一人がいればいいって話じゃないんだ!』  そう、そういうこと。ユールだって、悪気があったわけじゃない。ユールのこと、信じたい。信じたいのに。  だけど、なんで?   なんで、俺を見捨てたんだよ——  そんな強い言葉が出てきたことに、自分自身驚く。  別に見捨てたなんて、思ってないはず。なのに。  未熟。本当に……こんなところでも、俺は。  ……やめよう。  ただの、自己弁護。責任転嫁。  自分の未熟さを棚に上げて、ユールを責めればいいと思ってるのか……?   ……首を振る。 『おかえり、ノエル』  ユールは、いつだって、静かな笑顔を向けてくれた。 『……昔みたいにもっと大勢で祝いたかったな。……三人だけじゃ、逆に寂しいか』  でも、その笑顔に、たまに寂しさが混じるから。どうにかしてやりたいって、ずっと思って。 『そんなことない、寂しくなんかないよ。ノエルとカイアスがいてくれるから……』  寂しいなら寂しいって言ってくれたって、よかった。でも、ユールはそんなこと、一言も言わなかった。 『みんないなくなったし、チョコボの雛ももう生まれないけど。わたし、ちゃんと生きている、って思う。ちゃんと生きていて、ノエルとカイアスと話して。そういう時間を過ごせているってことが、大事だと思う。毎日が、大切。だから……今は、幸せ』  なあ、ユール。あの時代でさえ、幸せって思ってくれたのか……?  『泣かないで。また、会えるから……』  転生したらまた、俺やカイアスに会えるって、思ってた……? だから今までも、そうやって、死の運命を受け入れてた……?  「……でも、私、わからなくなるの」  ふと思い出したかのように、セラがぽつっと口にする。 「コロシアムで、スノウを捕まえていたユールの影は……」 「……コロシアム? ユールが?」  ……何の、話? それ、知らない。  コロシアムに、確かにスノウはいたけど、ユールの姿は見なかった。その時、セラも何も言ってなかったはず。  セラは、少しばつが悪いような表情で俺を見る。 「う、うん。ごめん。あのね……  スノウが、黒いもやに取り付かれていて、この場所を動けないって言っていたでしょ。あの時、見たの。黒い影が……ユールの影が、そこにいたの」 「ユールの、影……」  俺もスノウも気付かなかったけど、セラは……見たってこと? ユールの影が? スノウに取りついてた?  「ユールの意思なのかカイアスの意図なのかわからないけど……何かの理由で、スノウをここに縛り付けているのかもしれない、と思ったの。  スノウが動けるようになったら、自分たちが困るから? スノウがいれば、未来が変えられるかもしれないのに、それを阻止しようとしているの? って」  まだ何もわからないんだけど、って言いながらも、声は小さくなっていく。 「……ごめんノエル、まだ何もわかってないのに、こんなこと言っちゃって……」 「……違う、と思う」  反射的に出てくるのは、否定の言葉。 「そんなはずない。ユールが、そんなことするはずない」  スノウを、縛り付ける? スノウが動いたら、困るから? 未来を変えさせないために?   そんなこと、……ユールがする?  「でも、確かに私は見たの。スノウの横に、ユールの影があったの」 「……ごめん……疑ってるわけじゃない。でも……納得できない。ユールは、そういう子じゃない」  信じたいのか。信じ切れないのか。   責めたいのか、擁護したいのか。  ほんと自分でも、ぐらぐらしてるって自覚……ある。  ……俺の知ってるユールなんて、たくさんのユールのうちの何人かでしかない。  もしかしたら、俺の知ってるユールが全てじゃないかもしれない。  でも……だけど。  ユールは、頑なに掟を守ってた。そして、自分が苦しんで。それがもどかしく思ったことだって、たくさんある。もっとこうすれば……って、さっきだって。  でも、少なくとも、人が困ることを願うような子じゃないんだ……。  ユールは…… 「……セラ?」  ふと目をやれば、床を見つめるセラの顔。  ……眉尻も目尻も下がって、すごく、沈んだ表情。声をかけても、返事がなくて。 「………セラ」 「………え……」 「暗い顔。……今、何考えてた?」 「ううん……ごめん。なんでも……」 「なんでも? ……こんな、泣きそうな顔してるのに?」  セラはただ、大丈夫とだけ言って、ゆっくりため息を吐いた。  ……大丈夫なようには、見えないけど。  ユールのこと言われて、つい、強く当たったかもしれない。  言いにくいだろうこと。でも、見たままのことを言ってくれてるのに、ちゃんと考えることなく、頭から否定した。  俺……駄目だ、本当に。こんな時にまで、セラを悲しませる。本当は、そんなことしたくないのに。  ……いつもごめん、セラ。 「…………ノエルの、夢の中。悲しかった……」  ……俺の、夢の中……?  「私、わかってなかった。ノエルの悲しみなんて、これっぽっちも……。ただ、想像しかできなかった。人の生きられない世界。夢も希望も存在できない世界。  なのにわかったつもりになっていて……。  でもこれが、満ち足りた生活だったのかなって考えたら、苦しかった……こんなにも寂しく、こんなにも悲しくて……でも、これが満ち足りてるだなんて、やりきれなかった」  ……ああ。 『君の望む夢で、眠れ』  ……俺が望んだ、俺の世界。大事な人が、一人一人死んでいく。だけど、何も知らず、未来を夢見ていた時のこと。  ……俺が、まだ誰も傷つけずにいられた時のこと。 「ありがと……でも、いいんだ。あんな世界、想像なんてできない方がよかった。できれば、セラにも見せたくなかった……」  ただただ、苦しいだけの、悲しいだけの世界。あんな世界があるなんて、俺が知っていればいい。セラには、幸せな世界を描いていてほしい。 「……でも」 「……俺にとって、あの世界は……ユールがいて、カイアスがいて……まだ、希望があると思ってた。探せば、生き残った人がいるんだって」  あの夢を見てる時だって、最初は……前向きな気持ちだったんだ。絶対、未来が変わっていくんだって。そう信じてた。  ……でも、そうならなかった。 「何も知らないから言えたのかもしれない……虚しい希望だってカイアスは言った……」  カイアスは、全部知っていて、何も知らない俺を嘲った。  俺は確かに、何も知らなかった。それは、事実。だけど、じゃあ、あいつは何をした?  「カイアスは誰もいなくなるって、知っていて。でもユールが時を詠まなくていいように、何もしなかった。  世界を滅ぼせばユールが救われるなんて言って、でもそれは本当の意味で救ってなんかないんだ。ユールが他人の幸せじゃなく、自分の幸せも考えられる未来……。ユールのために世界を滅ぼすだけの力を持ってるなら、ユールが他人の幸せじゃなくて、自分の幸せを実現できる方法を考えればよかったんだ。誰よりもユールのそばにいて……誰よりもユールの声を聞いてきたんだから」  俺の時代からずっとそうだった。みんな生きたいって思いながら死んでいったってのに、あいつは、あれだけの力を持ちながら、殺せと言った。  それでも、今なら理解……してる。それも全部、ユールのため。ユールのためなら、何を犠牲にしてもいい。……自分がどうなってもいい、死んだっていい……そういう、強い覚悟。  悔しいけど、わかるよ、カイアス。わかるけど……  そうじゃないだろ……?   ユールは本当に、世界の滅びなんて望んでた? 俺の会った"ユール"は、そんなこと考えてなかった。例え、命が短くたって…… 「ユールは、ずっとカイアスと生きてきて……それだけを望んで……」  記憶がなくたって、きっと、覚えてた。 『……魔物は怖かった。でもあの人は怖くない。優しい人だから』 『知らないのに、なんでわかるんだよ』 『……わかる』  何も知らないはずなのに。カイアスを見る時の、確信に満ちたユールの顔。  ずっとそうやって、過ごしてきたから。自分の命は削られても、カイアスはちゃんと守ってくれてたって、心の奥底で、知ってたから。  時がなくなるなんて、望んでなかった。  だって時がなくなったら、あんたにだって、会えなくなるだろ……? そんなこと、望むわけないだろ?  「……でもだからこそ、カイアスにはもっとちゃんと考えてほしかった」  そう。ユールが本当に望むこと、どうやったら叶うのかって……考えてほしかった。  だから、俺も……同じ。セラが望むこと、ちゃんと考えて……。 「……ノエル」  心配そうに見つめる、セラの顔。  時をなくさないまでも、パラドクスでもいい。さっきまで、そう思ってた。セラにもそう言おうとしてた。……だけど。 「……俺たちは、カイアスと同じことはしない」  俺……あんたへの反抗心で、心を持たせてるのかもな。  ……いや、違う、そんなんじゃない。  俺は…… 『約束。生きること、諦めないこと』  セラの望むこと。みんなが生きてる……未来。俺と、同じ。  セラだって、先が怖いはず。さっきからずっと垣間見える、不安そうな顔。それでも先に進むって言ってる。……だけど、自分が犠牲になろうとしてるわけじゃない。生きること、諦めてなんかない。  悪いこと想像して怖がってるのは、俺。俺だけが、足が進まなくなってる。  一人なら、勝手に止まったっていい。でも、今の俺は、クリスタルの砂漠を歩いて、黒い岩山を登ってた時と違う。……一人きりでいるんじゃないんだ。  考えろ。何のために、一緒にいる? 何のための、仲間?   不安でも、一緒に未来に進むため。失敗、後悔、悲しみ……そんなものに、心を明け渡すな。乗り越えなきゃ、何にも得られない。一人なら諦めてたかもしれない。でも、セラはそんな弱い俺に手を差し伸べてくれた。今も、同じ。セラに助けられた。だから、俺がセラを助ける。  苦しい。怖い。でも、だからこそ、その手を取れ。 「決めたよな? ……未来が変わるのを待つんじゃない、自分から変えに行く。そうだろ? 俺だって、もう駄目なんだ、死ぬんだって思った。でも、女神……ライトニングがチャンスをくれたから、ここにいる。俺たちは、そうやって未来を変えるって信じるんだ」  口の中も、からからで。上手く言えてるのかどうかさえ、わからないけど。  無理してでも、言う。そうやって、進む。そうじゃないと、俺……  ふいに、それまで話を聞いていたセラが、控えめながらに、口を開く。 「うん。未来を変えるんだよね、私たち……。だけど……」 「……だけど?」  セラの顔が、また俯く。水色の瞳が、伏せられる。……何か、心配?  「だけど、ユール……」  そこでまた、言葉が消え入る。でも、何……?  「ユールが……何?」  そして、一瞬の間。 「……でも、ユールユールって……私はユールじゃない……」  苦しそうに、絞り出された言葉。 「……え?」  今、俺、何言われた?   セラの顔、見つめ直す。でも、セラは顔を上げない。その横顔は、さっきよりももっと苦しそうで。だけど……何?  『私はユールじゃない』  心の中で、言われた言葉を繰り返す。  わたしは、ユールじゃない。セラは、ユールじゃない。……何だ、それ?  「……そんなの、当然。ユールとセラが同じだなんて、思ったことない」  セラを見て、ユールを全く思い出すことがなかったか? そう言われると……わからない。  そう、さっきだって思い起こしてた。  同じ、守らなきゃいけない存在。最初会った時のセラは、みんなに守られて……その姿が、どこかユールを思い出して。ユールだって、平和な時代に生まれてたらこうだったのかな……なんて、思ったりした。 『あなたも、わたしと同じ』  そして、ユールと同じ、時詠みの運命……。  でも……違うだろ? 全然、違う。  セラはセラ、ユールはユール。そんなの、当然。 「……なんで、そんなこと言う……?」  セラは、ユールの代わり?   俺が、セラを、ユールの代わりだと思って助けてる?   セラを見ながら、ユールだと思って接してる?   そう見えてる? なんで?   悲しさが、身体中に広がる。大事なこと、全然伝わってない。 「セラはセラで。ユールとは違う。でも、大切で」  ネオ・ボーダムでセラに会った。たくさんの子供たちと笑ってて、あんな風景、また見たいって思った。セラのおかげで、未来を変えたいって心から思うことができた。  アカデミアで暮らす親子と話した時だって同じ。子供たちが、無邪気な笑顔で、家族や友達と歩いてる。そんな平和な風景に、出会った。子供たちの遊びに、付き合ったんだっけ。 『よかった。自分がしたことで、誰かに喜んでもらえるって……嬉しい』 『……うん。ほんとに、そうだね』  ……そう。みんな生きてて、セラがいる。そういう景色、俺が、守りたいから。 「別にライトニングに頼まれたからじゃない、俺は……」  世界が救われたって、セラがいなきゃ意味がないから。  救われた未来にも、子供がたくさんいて、笑ってて。そんな風景には、絶対にセラがいてほしいから。  セラが今まで頑張ってきたことも、知ってるから。  俺自身、たくさん助けてもらったから。すごく励ましてもらったから。  みんな死んで、俺一人になって。それからセラと出会って。"人と一緒にいる"って感覚、思い出せた。  色々な話をして、喜んで、焦って、悲しんだり……色んなことがあったけど、誰かと一緒に同じものを見て歩いているって、すごく貴重なことなんだって、心から思ってた。  悩むことあっても、セラが隣で笑っていてくれるから、だから……この人が笑える未来にしようって、また思うことができて……  だから……セラには、笑っててほしいから……セラには、絶対に幸せになってほしいから。  もしもそこに俺がいれなかったとしても。変えた後の世界には、どうしたって、セラがいてほしいから。  ……だけど、浮かぶ気持ちは、一つも言葉にならない。言葉に、できない。  でも、だから……なのに、なんで……?  「……なんで? セラ……」  その瞳から涙が一粒こぼれたかと思うと……止まることなく、溢れる。 「……ごめ」  消え入りそうな声。謝るのはきっと、俺の方。だけど何を、謝ればいい? ……わからない……。 「違う……そういう顔をさせたかったわけじゃない。俺は」 「ごめん……」  なのに、セラの口からこぼれるのは、謝る言葉ばかり。  違う、セラ。違う…… 「泣くな。泣かないで……」  そう言っても、涙が止まることはない。余計に、涙が溢れる。  何言えばいい?   俺の方が、泣いたところ見せたこともあった。アカデミアでユールのこと思い出した時も。夢から覚めた時も……。  でもセラは、滅多に泣かなかったのに。アリサが墓標の前で話をした時だって、スノウと離れた時だって、時詠みの運命を知った時だって。落ち込んだ顔を見せることはあっても、涙は見せなかった。夢から覚めた時に、一度だけ一緒に泣いてくれたけど……でも、それくらい。 『例えばセラだって、本音言ってないわよ』  俺がちゃんと聞けてない、それは、そうだ。  だけど、なんで?   なんで、今、泣く?   何が、悲しい?   未来が不安? 前に進むの、やっぱり怖い?   それとも、俺のせい?   本当は話なんて、したくなかった? 黙ってたかった?   ……本当は泣きたかった? 俺がいたから泣けなかった?   何か悪いこと、言った?   それとも、全部?   どうすればいい?   どうしたら、泣かないでいてくれる?  「ごめん、セラ。ほんと、俺……ごめん」  でも、返事があるわけじゃない。ただ、泣くだけ。  何したって、全てが裏目に出る気さえする。ユールも、カイアスも、アリサも……セラも。  こわごわと、セラの頬に触れる。ひんやりした涙を拭おうとする。でも、拭いきれない。指の隙間から、すり抜ける。 「あのね、ノエル……」 「……え」  掠れた声で、呼びかけるから。必死に、耳を傾ける。 「私……夢の中で、ノエルの背中、ずっと追いかけてた。カイアスも、ユールも、みんないなくなって、ノエル一人になって……」  ……夢の中の、セラの話? 俺からは、見えなかった…… 「夢を見たまま、いなくなったら、もう会えなくなったら、どうしよう、ってすごく不安になって、怖くなって……必死で、走ってたの。  ノエルがいなくなるなんて、考えたくなかった。私は、私は……」  そしてまた、セラの言葉が止まる。  顔が上がる。濡れたその目と、視線が合う。じっと、少しの間。  戸惑う。……この距離でセラと目を合わせたことなんて、あった? ふいに、記憶を辿る。  そして、また目を伏せる。  ……セラ?  「言ったよね……ノエルの代わりはどこにもいないんだから、って……」 「……うん」  静かな、声音。でも、どこか凛としている、と思った。 「私。ノエルが、大切。ノエルが……好き。仲間として、そしてそれ以上に」  大切? ……好き?   仲間? それ以上?   ……誰が? セラが? 俺……を?  「誰と一緒にいるのか。どう過ごすのか。それは、自分の生き方を決めていることなんだと思うの。……だから……  今まで、自分のことしか見えてなかった。でもこれからは自分のためだけじゃなくて。  みんなが笑える未来のために……一緒に変えようとした未来のために。ノエルが悲しまない、笑っていられる世界を作りたいから。ノエルに、夢じゃない、本当に幸せな未来を見せてあげたいから。だから、ノエルと一緒に、私は歩いていきたい……。私にとってノエルはもう、別の時代の人じゃない。隣で歩いていきたい人なの」 『なんで、俺のこと、そんなに信じてくれるんだ……?』  そんなこと、聞いた。  命削るかもしれないのに、なんで俺の言ったことそんなに信じるんだって。 『なんでそうまでして、未来、救いたい? そこまでする理由、何?』  さっきだって、そんな風に、思って。でも…… 「突然、びっくりしたよね? ……自分でも、びっくりしてる……。こんなこと言ってるなんて聞いたら、スノウもお姉ちゃんも、ノラのみんなだって怒るだろうし。そもそも自分がどうなるかもわからない。今後世界がどうなるかもわからない……こんな時にって。……もちろん、信じてるよ?   でも、知っていてほしかったから……。人から与えられるだけじゃなくて、守られるだけじゃなくて、人に与えられる生き方をすることにしたんだって。  もしかしたらそのことで、私だって死ぬかもしれない、って考えるだけで、すごく怖い。  でもノエルだって、自分が消えるかもしれないって思いながら戦っているんだから。  ここで逃げたら、昔の私に逆戻りなの。でもそれは嫌なの」  何もできない自分が嫌だった、と話していたさっきまでのセラの姿は、なくて。 「自分のためじゃなくて、みんなのために。お姉ちゃんのために、ホープくんのために。スノウのために。助けてくれたヴァニラとファングのために。そしてノエルがあんな絶望と孤独じゃなく、幸せって思えるように。そういう世界を作るために、私は進んでいくんだって。  今まで一緒に戦ってきてくれたノエルには知っててほしかったから……」  ……それが、セラの本音?   今までわからなかった、セラの?   ……みんなのため?  俺のため?   俺に、幸せな未来を見せるため……? 俺が、幸せって思える世界……?  「……そんな風に思えたのも今までこうして進んでこれたのも、全部ノエルのおかげ。ノエルがネオ・ボーダムに来て、一緒に戦おう、ヴァルハラを探しに行こうって言ってくれたからだよ。  ノエルと一緒にいられて、本当に嬉しかった……ありがとう」  ——セラの言葉が、熱くぶつかってきて。身体が揺らぐ程の、感覚。  言い終わって、セラは深く息を吐いて、……また、涙を流して。  ……だけど、俺は、掛ける言葉を完全に失う。  だって……何が言える?  『一度、死んだと思えばいい。そう、俺はあの世界で、死んだんだ。だから、何もない。何も持たないなら、恐れる必要もない』  旅を始めた頃は、そう思ってた。失うものは全部失った。だから、頑張れる。  ……でも今じゃ、もう違う。  一緒に話して、一緒に笑って、たまに、誤解やケンカなんかもあって。だけど、その時間が、俺にとってはかけがえのないもので。  俺だって、セラと同じ気持ち。セラがいたから、ここまで来れた。セラがいなかったら……どうなってたか、わからない。チャンスはもらった、でもどこに行けばいいかわからない。覚えていてほしかった人も覚えていない。歩いても、……どこまでもやっぱり一人で。  セラが隣にいてくれたから。励まし合ってきたから。だからこうして……ここまで来れた。  信じてくれた。未来を変えようよ、って言ってくれた。俺の言葉、何の保証もないのに。  大切な気持ち。特別な気持ち。そんなの、多分、ずっと…… 『認めるしかないのか? ……そういう、感情』  そうかもしれない、と思ったこともあった。セラがアガスティアタワーで時を詠んで倒れて、すごく……心配して。 『頼む……目を開けて。……このまま俺の前からいなくなるなんて、しないよな……?』  人がいなくなるのはもう見たくない。……でも、それ以上に。  ……初めて、"セラ"が目の前からいなくなったら、って怖くなった。  その後に、あいつが……モグが、余計なこと言って。 『セラのこと、好きクポ?』  ……嫌いなわけない。だけど、逆のこと言えるわけもなかった。  セラは、別に俺と同じ時代に生きてるわけじゃない。歴史が正しくなれば、セラは、スノウのところに帰る。  平和になった世界。たくさんの人が生きてる。そこで幸せになるセラの姿を目に浮かべながら……俺は消えていく。  ……そんな風に思っておかないと、自分が苦しくなる。平和な未来に、自分がいないことが。  自分の気持ちなんて、見ない。何も望まない。ただ、敵を倒す。正しい歴史に導く。自分の役割を果たすだけ。そうやって、強くなろうとした。  なのに……それなのに。  ——あんな夢の中まで、助けに来てくれた。  何度も何度も孤独だって、無力だって見せつけられたのに。  無力じゃないよって言って。ノエル、って名前呼んで、手を引っ張ってくれた。温かくて。一緒に、泣いてくれて…… 『ノエルはもう……違う時代の人じゃないよ。時を超えて、出会っちゃったんだから』 『一人でいることに、慣れないで。一人でいることを、当たり前だと思わないで。置いていかれるとか、忘れられるとか、消えるとか、そういうことを受け入れないで』  消えるんじゃないって。平和な未来に俺もいるんだって、セラが言うから。 『私。ノエルが、大切。ノエルが……好き。仲間として、そしてそれ以上に』  そうやって、俺の意図なんて無視して、セラの存在が、大きくなっていくから……  ……だからって、どうすればいい?  『こうしたいっていう自分の望みを大切にしていいんですよ』  ホープなら、そう言うのかもしれないけど。  ……でも、駄目なんだ。  今ここで、セラの言葉に応えたら。特別大切だって、言葉にしたら……?   ……違う。言葉にするのが怖いんだ。  大切だって思えば思う程、言葉にするのが怖くなる。  触れてしまえば、尚更。  きっと、もっと大切さが深まって……  そして、失うのが怖くなる。未来を変えたいと願う気持ち、弱くなる。前に進むこと、できなくなる。  だから。  セラの言葉が嬉しいと思っても、それと同じ言葉で応えられない。触れること、できない…… 「あの……ごめん……ノエル。勝手なことばかり言って……」  セラが、謝る。  こんな時にまで謝るのは、セラらしいとも思うけど。  ……自分が泣いてるのに……謝るなよ。  そんなの見て、……俺が、平気だと思ってる……?   せっかく、ぎりぎりの線、歩いてるのに。身体中が緊張して、息も詰まりそうで。  ……だけど、ごめん。もう……限界。 「……そうじゃなくて」  手を伸ばす。  そっと壊さないように、抱きしめる。形を確かめるように。  ……柔らかい。すごく、細くて……腕の中に収まってしまう。  こんな体で、大きな苦しみを背負おうとしてる。命が削られても、覚悟ができてるなんて言って。  どうして? ……俺のため?   今まで一緒にいれて、嬉しかった? そうじゃない。  嬉しいけど、嬉しくない。生きてなきゃ……意味がないんだ。  セラが、いなくなる? だって、俺、そんなこと……考えたくない。  だから、そういうこと、言うなよ。ちゃんと、生きるって、約束……。 「今まで、じゃない。これからも……だろ。約束しただろ。生きること……絶対に諦めるなって。望みはあるから、絶対。俺たちは、未来を変えるんだ。  だから、いなくなる……みたいな言い方、するなよ……」 「……うん……」  抱きしめる腕に少しだけ力を入れて、それからゆっくり、静かに息を吐き出す。  とんとんとん。まだ降り続く雨の音を聴きながら、セラの背中を撫でて、同じようにとんとんと軽く叩く。  こんなのがいいのかどうかも、わからないけど。……昔ばあちゃんにやってもらって、落ち着いたことを思い出す。  泣いてるセラを落ち着かせたいのか、不安な自分を落ち着かせたいだけなのか。  ……ここにいる存在がなくなるかもしれないって冷たい不安に、ずっと心の中、乱されてる。  だけど、セラの身体の震えが静かになって、呼吸も少しずつ穏やかになってくるのを見れば、安堵して。また違う感情が割り込んでくる。  ちゃんとセラがそこにいる……一緒にいる。そんな温かい、安心感。  ……そして思い起こされる、少し前の記憶。 『ノエルと旅ができて嬉しいのは、私も一緒だよ。それだけでも、たくさんのこと共有できてるって思わない?』 『それに、言わなくたって、ノエルが真面目だったり優しかったり、裏切らないってこと、わかってる』 『言わなきゃいけないことなんて何もないの。つらかったら無理して言うことないし、言いたくなったら言ってくれれば、それで十分だよ』 『——でも、言いたくなったら、たくさん話そうね』  ……瞬間、二つの真逆の感情に自分が大きく揺らされた、と感じた。 「セラ、俺……」 「……何?」 「ごめん。……全然違うこと、言っていい? そのままで聞いてくれればいいから」 「……うん」  ……何、言おうとしてるんだ、俺。 「……俺……強く、なりたかった。強くなれば、みんな守れると思ってたんだ。  だから、カイアスに勝ちたかった。カイアス程の強さがあれば、世界を変えられる、みんなを守れる、って思ってた。剣の鍛錬だって、毎日欠かさず、頑張って。  それに、みんなが不安なんて持たないように、未来に希望を持っていられるように……強いところだけ見せたい、って思ってた」 『……だって、心配、させたくないだろ? 弱いところなんて、見せたくない』 『大丈夫、頑張ろう、そんな言葉で前向きになれる。それでセラが安心して、笑顔でいられるんだったら、それで十分だろ?』  そう。アカデミアにいた時までは、少なくとも、そう思えてた。 「強いところ見せてれば、みんな安心する。弱いところなんて……誰にも見せる必要がないって思ってた」 「……そうだね」  思わぬところで頷かれるから、逆に、少し戸惑う。 「……知ってたのか?」 「ノエル、辛い思いしてるのに。私、励ましてもらってばかりで。……自分のこと、言わないでいるだけなのかもって」 「……そっか。そう……だよな」  見せないようにできてるって思ってたのは……俺だけか。ほんと、ホープの言う通り……。 『苦しいとか、悲しいとか、あるに決まってるじゃないですか? ノエルくんにはそれを出さずに人を励ませる強さがあるからこそ、そこにあるのに、自分でも見えにくくなってるんだと思うんです。……でも、いいんですよ。弱さを見せたって。見せたからって、強さはなくなりません』 『ノエルくんと接する時間が限られている僕でさえ、こうなんです。セラさんはもっと長く一緒にいるわけですから、もっと感覚的にも、ノエルくんの辛さを知っていますよ。本当は、そういうことをもっと言ってほしいし、力になりたいんだと思いますよ』  いや、そうかもしれないけど、でも……。 「だけど、そうやって強くなろうとしてきたけど。……別に、俺自身強くなったわけじゃなかった。  セラは、カイアスの仕掛けた偽りの夢から抜け出せた。でも俺は、セラが来てくれなかったら抜け出せなかった。来てくれるまで、何度も……同じ夢見てた」 「……ノエル、それは」 「力が足りなかったって考えるなって言ってくれたけど! ……俺、どうしてもそう考える。  セラは、こんなに強くなったのに。会った時よりずっとずっと、強くなってるのに。  ……弱いのは、俺なんだ。強いフリして、守るって言ってたけど。本当は、違う。ほんとはセラより、ずっと弱くて! セラが思ってるような、すごい奴じゃない。セラに……そんな風に言ってもらえる奴じゃない」  ……そんなこと言われても、セラ、困る。もう、いいから。 「俺だって、セラと同じ。何もできないままの自分が、嫌で……だから俺も、足を踏み出した。言うだけで何もできなかった過去を変えたかった。それで、未来を変えたかった。  ……だけど、俺、迷ってるんだ! ……今もまだ、迷ってるんだ。さっきからずっと、気持ち、揺らいでばっかりで。  前向き? 違う! 自分の不安にも、不足にも、向き合う強さもないから。だから前しか見れなかっただけ。今までも、全部そう。自分の存在が、パラドクスかもしれない。消えるかもしれない。消えなかったとしても、どうなる? セラにはライトニングもスノウもいるけど、ホープだってそうだけど、俺は? 世界救ったって、ユールもカイアスも覚えてない。誰も俺を待ってないかもしれない。帰るところなんてないかもしれない。なんで? 俺……みんなが生きてる未来を願ってたはずなのに、それが叶えばそれ以上望まないはずだったのに、いつの間にか、そうじゃなくなって! 前向きなだけじゃ、いられなくなって」  そこまで、言わなくていいんだ。自分の欲深さ、そんなことまで。 「……それでも、前に進めばいい、って思ってた。まずは、未来を変えることだけ考えればいいって。自分の役割、果たせばいいって。  でも、何も知らなかったから……思い出せなかったから!」  ……やめろ。それ以上は、言わずにおこうと思ってたことだろ……?  「だって、俺が! 今までのユールだって、傷つけてた! アカデミアにいたユールしか、死んだ場面見なかった。でも、あのユールだけじゃない! 他のユールだって、その瞬間を見なかっただけで、俺が歴史変えたから、みんな、いなくなった! あなたたちなら正しい時を導けるって言われたから、新しい明日をわたしに視せてって言われたから。その後のユールのことなんて、何も考えられてなかった……。  それだけじゃない。俺が進んだから、アリサだっていなくなった! 消えたんだ! セラには言わなかったけど、たまにアリサの話聞いてて、パラドクスかもしれないってずっと聞いてたのに! 自分が消えるかもしれないって不安、俺だったらわかってやれたのに! 俺がもっと話聞いてやれればよかったのに、大丈夫だからなんて気休めの言葉言って、結局俺が間違ってた。アリサ、すごく、泣いてた……。  みんなが生きてる未来? ……そんなの、本当は、どこにもなかった……」  涙が、出てきそうになる。人には泣くなよって言っといて、これなのか。 「そんな現実ばっかり見てきたのに。セラが絶対大丈夫なんて、どうして言える? どうして進むなんて選択できる? 俺の選択が、また命を左右するかもしれないのに! そんなの、望んでないのに! ……選べるわけない。セラ、時を視てるって、教えてくれてたのに。俺、時詠みの運命を思い出せなくて、たくさん未来変えて、セラの命削ってきたかもしれないのに!   ……俺が旅立たなきゃ、俺があのまま死んでたらよかった」 「……ノエル」  そういうこと言うなってセラに止められたのに、……なんで、また。 「そうじゃなきゃ、ここにいるのが、俺じゃなきゃよかった。  例えば、ここにいたのがホープなら? すぐ色んなこと考えてくれて、解決してくれるかもしれない。  ここにいたのがスノウなら? 心配すんな! って言って心配させることばっかりして、だけど、あの行動力で突破してくれるかもしれない。  ……じゃあ、俺は何ができる? 未来のこと怖がって、何もできない! セラを安心させることだって、できない。  一人前の守護者だなんてカイアスに言われても、無力じゃないってセラに言ってもらっても、俺自身はいつまで経ったって、何も成長してない。  セラは、覚悟してるって言った。なのに俺は、村の奴らに、セラに、覚悟があるって言うことすら、できなかった!   自分が消えることなら、ずっと前から覚悟してたのに! あの時みたいに一人残されるくらいなら、みんなを守って、この世界を救って、そしてパラドクスになって、消えてしまうなら、本望だって。もう失うものなくて、何も怖いものないって思ってたはずなのに。  でも……だけど……」   言いながら、自然と、腕に力が入る。 「……セラの、ことは……失いたくない」  ………そう、そういう、こと。 「守ってばっかりってセラは言うかもしれないけど……本当に、違う。  俺、誰にも信じてもらえなかったのに。何もできなかったのに。一人だったのに。……でも、セラが、信じてくれたから。セラが一緒に歩いてくれたから。セラに、力をもらってた。  うまく言えないけど、言葉にできないくらい……すごく感謝、してて」  そこだけは、何よりも自信がある。……やっぱり、言葉にするのは難しいけど。 「すごく……大切。セラだから。俺、変えた後の未来には、絶対セラがいてほしいって思ってるから……」  そう言うと、感情が少しだけ落ち着いて。  ……でも逆に、それまで上ってた血の気が、今度は一気に引いていく。そんな感覚。 「今は、俺……カイアスの気持ち、わかる。  カイアスはきっと……いつもこんな風に怯えてた。いつまでこうしてられるのか、とか、いつその時が訪れるか、だとか。  さっき俺、カイアスみたいなことしないって言ったけど。もしかしたら、時がなくなれば、セラは時を視ないようになるのかもって、カイアスと同じこと考えた。  最低……だろ? 全然、前向きなんかじゃないだろ?   じゃあ時をなくさないならどうする? そんなこと考えてもさ、前に進むなんて言葉、セラが言わなかったら出てこなかった。どうすれば先に進まずに、セラの命を救えるかなんて考えて、後ろばっかり見てた。本当は、やっぱり別の道探そうって……言おうとしてた。せめてライトニングとスノウだけが戻るパラドクス、そんなものでいいから。セラが安全に生き残る道探したいって……そんな卑怯なことばかり考えてた。  また一人になるの、嫌で。セラがいなくなるかもって、考えただけで、すごく……怖くて」  足だけじゃない。……心が……止まるかもしれない。 「こんなんで、未来を守るなんて、……できる?   一人前の守護者だなんて……言葉ばかりで。力だけ持ってたって、駄目なのに。それ以上に、覚悟なきゃ、守れないのに。何の覚悟も、足りてなかった。人を守れるだけの強さ、本当の強さなんて、全然、持ってなかった。  全てを背負う覚悟がなきゃ、本当の強さがなきゃ、カイアスにも勝てない。女神の心臓に取り込まれる。未来なんて守れない……」  そんなことばかり言っても、仕方ないのに。 「俺にチャンスをくれたのは、エトロなのに。今度はそのエトロの心臓を持つカイアスに刃を向ける。  カイアスを殺したら、どうなる? でも、カイアスを止めないと、世界は滅びて、時のない世界になる。  神に……背く? それを、背負う?   でもカイアスは、全部背負って、女神を殺そうとしてる。正しい正しくないじゃない。でも、そういう覚悟。自分の命だって投げ打って、ユールを救おうとしてる。  なあ、なんで? どうしてみんなそうやって、自分を犠牲にしようとする……? ユールもカイアスも、ホープも、スノウも、セラも……。生きてなきゃ駄目なのに。みんな生きてる未来、夢じゃないって……思ってたいのに。  でも……カイアスが言うように、そんな甘いこと言ってるから、俺は覚悟が持てないのか?」 「……ノエル」 「俺しかできない。俺じゃなきゃ。  ライトニングがそう言ってくれて、嬉しかったのに。  今は何よりも……不安。  女神に背いて、カイアスを倒せる? 世界を、守れる? ……セラのこと、守れる?   嫌なんだ。もうどうしたらいいか、わかんなくて……ただ、怖い……」  ……はあ、と溜め息。 「ごめんほんと。俺だけこんな、腰抜けで……  呆れるよな。俺がしっかりしなきゃ、俺がやらなきゃだめなのに……。こんな弱くて、ごめん」  ……随分と長い、救いようのない話。自分の感情に、大きく振り回されて。  ようやく、それ以上言葉が出てこなくなった。妙なところで、安堵。もう一度溜め息。今度は深く、長く。 「……あ」  抱いた違和感に、身体を離す。……考えてみれば、ずっと抱きしめたままだったんだ、俺。  ……でも。 「な! なんでセラまでまた、泣いてるんだよ!」  せっかく泣き止んだと思ってたのに、セラが、また顔を崩して、目から涙をこぼしてて。 「なんで? 今度は、なんで? 確かに、後ろ向きで、暗くて、始末に負えない話だったけど……」  駄目だ、ほんと焦る。こういうのは、苦手。 「……ごめん、俺自身、わからない。別に、そんなことまで話すつもり、なかったのに」 「違うの、そうじゃなくて……」  セラが、勢い良く首を振って。 「……ありがとう。ノエルの本音、言ってくれて、ありがとう……」  柔らかい声で、言ってくれるから。  戸惑って、言葉に詰まる。 「………呆れないのか? あんな、弱いところばっかり、見せたのに」 「……呆れるわけ、ないよ。ノエルは……強いよ」 「だから、セラ。強くなんか……」 「——じゃあ……弱い」 「……そう言われるのも……すごく、癪」  何だ。どっちなんだ、俺。でも、自分で言うのはいいけど、人から言われると嫌なことって……あるだろ?  「知ってたよ……どっちもあるって」  手で涙を拭いながら、静かな言葉。 「本当は誰より辛い思いをしてきて。苦しくて。悲しくて。なのにノエルは、できるだけそういうところを見せないようにして、私を助けてくれて……たくさん励ましてくれた。  だけど……ノエルだって、辛いこと、嫌なこと、……ちゃんと話してくれたらって、ずっと思ってた……」 「……ごめん」  そういう風に思われてるの、自分自身気付いてたのか気付いていなかったのか。確かにホープはそう言ってたけど、でも……どうしても、話すことできなくて。 「ノエルにとってはきっと……すごく、勇気の要ることだったよね?」 「……うん」 「ありがとう、ノエル。弱いところ、見せたくないところ、見せてくれてありがとう。  私のこと、信頼してくれてありがとう……。  強いところも、弱いところも……ノエルは、ノエルだから。……そのままでいい。だから、どっちもあって、いいよ……」  ……なんか、変だな。  そんな考え方なんてしたこと、なかったのに。  すごく、温かくて。心にすっと入ってくる。 「弱いところ……あってもいい? そういうの見せたら……もっと弱くなるって、思ってたのに……」 「今は……どう? 私に言って……弱くなったって、感じる?」 「……え」  そう言われて、改めて自分の心に意識を向ける。弱く……なったのか? さっきより、不安、大きくなった?  「変わらない。むしろ……」  ……何だろう。状況は何も変わってないのに。……さっきと、全然違う気がする。こり固まってた緊張、いつの間にかなくなってて。 「……楽に、なった? 不思議。こうしなきゃああしなきゃっていう変な気負い、なくなった? 前よりも……身体が温かい、気がする」  弱さを見せても強さはなくならない……って、こういうこと?   むしろ……それ以上、かもしれない。 「よかった」  少し微笑んでから、……だけど、ふと、目を伏せる。 「あのね、ノエル。本当は、私も、怖いよ……」 「……セラ?」 「いつ、どうなるかわからない。いつ、最後になるのかわからない。きっと、ノエルもこういう気持ちで、生きてきたんだよね……」  雨音に耳を立てながら、身を潜めるように、じっと。 「ごめん……セラ。俺の話ばっかりで。セラの不安、ちゃんと聞けてなくて」 「ううん。十分聞いてもらってたよ」 「……でも」  そうして、セラはふうっと息を吐いて、顔を上げて。 「ねえ……ノエル。一緒に、進もう?」 「……進む……」 「うん。不安になったら、また言ってくれたらいいから……」 「……」 「……嫌?」 「セラの方が不安なのに、俺ばっかりそういうこと……言えない」 「……ノエルらしいんだから」 「俺がそのままでいいって言ったのは、セラだろ?」 「そういうところ、強情」  呆れの混ざったような苦笑が浮かぶ。……でも、悪い気はしない。 「……じゃあ、言い合おう?」 「言い合う……」 「だって、私たち……仲間でしょ?」 「……仲間」 「不安だからこそ、一緒に進むんでしょう? 一人でいるんじゃないから。二人だから。ノエルが不安でも、私がいるから……。私が不安になったら、ノエルがいる」 「それは……俺も、そう思ってた」  何のために一緒にいるんだって。何のための仲間なんだって。  一人で不安や苦しさに怯えるためじゃない。それを乗り越えて、一緒に未来に進むためだって……。 「だから……生きよう?」  セラの言葉が、静かに心に入ってきて。  ゆっくり、大きく動かしていく。 「……うん」  すごく、不思議な感覚。……何だろう。 「——セラ、俺……。いつも、人のこと守るって、思ってた」 「……うん。守護者……だもんね」 「自分が相手を守るって気持ち、それが俺にとって、一番大事だった」 「……うん」 「だから……セラが俺のこと、大切って言ってくれて……守るって言ってくれて……正直、違和感」 「……違和感って」 「ごめん、その……変な意味じゃない。いい意味。  俺が思うだけじゃなくて、相手も同じように思ってくれるってこと。すごく……嬉しい。……だから」  もう一度、手を伸ばす。 「——ありがと……セラ」  セラの頬と耳を包むように、お互いの額と額を、くっつける。  息づかいを感じるくらいの、目と鼻の先の、距離。 「……ごめん……俺、消えたいとか、諦めるって、もう絶対に言わない。  ちゃんと……生きる。生きて、ちゃんと未来を変えて。それで、セラのところに帰るから……  だからセラも、覚悟できてるなんて……もう言うな」 「……うん」 「どっちかがいなくなるなんて……嫌だ」 「……うん」 「一緒に……生きたい」 「………うん」  一度口にすれば、今まで言えないと思ってたことが不思議なくらい、自然。 「俺にとってセラは、大切で……特別」  色んなこと、たくさんある。……だけど、大事なこと以外削ってしまえば、それだけが残る。 「——俺、セラが……好きだ」  ……今度は、返事がなくなって。代わりに、また涙が流れる。 「……泣くなって」 「だって……」 「……悪いことしてる気になるだろ?」 「そうだけど……」 「だから、笑って」  最初は少しぎこちなくて。でも、うん、と頷いて、柔らかい微笑みを浮かべてくれる。 「……ありがとう、ノエル。私も……好き。一緒に、未来、変えよう……」  セラは、受け止めてくれた。俺の強いところも、弱いところも、全部。  強くても弱くても、俺は俺だ、って言ってくれた。 『ねえ、ノエル』  力だけじゃない。見せかけだけでもない。  "本当の強さ"が何か、教えてくれた。  そして、一人だった俺に、一緒に歩くってこと、教えてくれた。 『つらかった……よね……一人、生き残って……。  苦しかったよね。なんで自分が生き残ったんだって、思ったんだよね……?』  あの夢から覚めた時も、言ってくれたっけ。 『……それでも、……ノエルが生き残ったことには、ちゃんと意味があることなんだよ……』  ——なあ、セラ。  今でも俺に……生き残った意味があったって、言ってくれる?   ……救えなかった。救いたかった人は、誰一人。  ユールも、カイアスも、村のみんなも。アリサも。  俺のせいで、女神が死んで。世界は混沌に呑まれて。  俺のせいで、もっと多くの人が、苦しんで。  そして、俺のせいで、セラは……  ねえノエル、って振り向いて、笑って名前を呼んでくれることも。  他愛もない冗談言って、和ませてくれることも。  がんばろうって、励ましてくれることも。  私のこと、もう忘れた? って、必死に俺の手を引っ張ってくれることも。  未来を変えたい、世界を救いたいって強さを見せることも。本当は怖いって弱さを零すことも。  泣きながら、俺に幸せをあげたい、って言ってくれることも。もう、何も……  そんな俺に……まだ、生き残った意味が……ある?   ……ごめん。また、弱音吐いた。  弱いところ見せていいって言っても、こんなにだなんて……思ってなかったよな?   ……ごめんな、セラ。聞いてくれて、ありがと。  生き残った意味、作るのは……俺だよな……?   ……約束、ちゃんと守る。……生きること、諦めないこと。  ライトニング、ごめん。あんたにまで刃を向けるなんて、思ってなかったけど……。  この手は、もう汚れてるから。みんなが生きてる未来だけを夢見て、戦いたくないって甘えてたあの時とは……違う。もう、躊躇わない。どんなことだって、やってやる。闇で見えなくなるまで、汚れきったとしても。  運命を……切り開く。  そして、帰る。セラのところに、いつか、必ず——
セラ編(2)の裏側。これで、ノエル編は終わりです。 セラはノエルと会って心が強くなった。じゃあノエルは? ノエルも辛いことだって沢山あるはずですよね……だけど、人を励ますことばかり優先してしまいそうで。でも、セラと一緒に旅をすることで、強くあろうとするだけじゃなく、少しずつ、弱さを見せられるようになっていたらな……そういう信頼感を築いていたらな、という気持ちで書きました。(好きかどうかはある意味ついでで) それだけを書くためにやけに長くなりました……。 本当、ここまでお読みいただきましてありがとうございます。ご感想等いただけると、とても嬉しいです。 しかしラストは……元々LRFF13(発売前妄想)につながる感じで書こうと思ってたのでこうなったのですが、闇堕ちノエル、とても悲しくなりました。(発売してみたら、また違うノエルがいるのかもしれませんが……) もう誰がどうとか関係なく、LRFF13ではみんなの幸せが描かれることを望みます。