文字サイズ・配色変更(試験版)

長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

    背景
  • 元に戻す
  • ピンク
  • 青紫
  • 灰色
  • 反転
    文字サイズ
  • 元に戻す
  • 少し大きく
  • 大きく
    文字の太さ
  • 元に戻す
  • 太字
    行間
  • 元に戻す
  • 空ける

トップページ > > FF13 > 私は飛べる

私は飛べる(2)

(1)へ  そこまで考えて、膝を抱えた。 「……やっぱり、自分が考えたことを話すのって難しい……」 「そうか?」 「うん。自分の中でもうまく整理ができてない話がたくさん……ホープくんは、よくあんな風にスラスラ話せたよね……表現力が違うのかな?」 「無理に話すもんじゃない。雨宿りのついでの話なんだ」 「でも、話したいとは思ってるの。……あのね……カイアスとユールのこと」 「……いつの?」 「AF400年のアカデミア……AF200年のアガスティアタワー……かな。でも……全部かもしれない」 「あれ? 結構話飛んだな」 「私の中では全部繋がってるの」 「はいはい、いいけど?」 「ユールは、ヲルバ郷で会ったときはまだよくわからなかったから。  でも、アカデミアで会ったユールは……自分からシ骸に……その、殺されようとしたよね」 「……ああ」 『私が生きたら、時が矛盾する』  痛いはずなのに、苦しいはずなのに。そんな悲壮な表情で静かに語った。 『だからって……!』  彼女が息を引き取るのを見送った後……ノエルが教えてくれた。  "時詠みの掟。己の身を守るために、時を変えてはならない"……って。  時詠みの巫女は、未来を視る力が与えられている。でも、未来を視て、自分がどうなるか、世界がどうなるかを知りながら、それを変えようとすることなく生きていく。 「人が死ぬのを見るのは、初めてじゃなかったよ。お父さんも、お母さんも、死んじゃったんだから……でもそれでも、ただ死ぬのとは、全然意味合いが違った。  お父さんやお母さんは、楽しい、幸せな時間を過ごした時もあっただろうと思うのね。  でも、ユールは……生まれてから死ぬまで、自分はそれこそ何も望まないで、生きたんだよね。  自分が死ぬことも、世界が滅びることも、全てを織り込み済みで生きるっていうことが……正直、辛いと思った。  だって……何か新しい明日があるって思えなかったら、苦しいはずだよね……」 「……ユールが本当のところ何を考えていたかなんて、わからない。  でも、物心ついた頃からそんな風に生きていくなんて、……そんなことあるべきじゃないんだ。絶対に。  だから、カイアスも世界を滅ぼしたかったのか……って、思うこともある。ユールがそんな風に、自分の死や世界の滅びばかり見るために数えきれない人生を繰り返しているとしたら……。そして、それを百年も千年も横で見ているしかないんだとしたら……。それは世界の方が間違ってたんだ、と思うのかもしれない。  それほど、ユールのことを守りたかったんだ……やり方は間違ってたとしても」 「そう。カイアスもきっと、苦しかったんだよね……。  でも今思うのは、ユールは……」  今こうして自分が死ぬかもしれないなんて状況になって、思うのは。 「……ユールは……何?」 「AF700年のユールは、笑ってたから。ユールはそれでもやっぱり、ノエルが、未来を変えてくれるって思ってたんだよ……  ノエルが明るい未来を見ているっていうことが、彼女の救いだったんだと思うの。それでも、希望を持ってたんだと思うの……」 「ユールのこと。そんな風に、言ってくれなくたっていい」 「……ノエル」 「割り切れない。俺が、未来を変えることを期待してた? それまでに自分が死んだら? もしユールが先にそれを言ってくれてたら、ユールが生きている未来だってあったのかもしれないんだぞ?   それなのに、俺は知らなかった。ユールが時を詠んで命を削られた、その瞬間まで……」  カイアスを複雑そうに……そして、ユールを大切そうに話すノエル。アカデミアでも、アガスティアタワーでも、こうして話す今でも。  ……自分から始めた話なのに、心が臆病になっていく。  意識を向ければ、鮮明に思い出す。  時が矛盾しないために、視たままの歴史通りにするために、シ骸の前に身を差し出すユール。  そして、倒れたユールを大切そうに抱き締めるノエル。  体の奥底で、心が、揺れた。  人の死と、運命を受け入れる重みと……それと、自分の中に沸き上がった得体の知れない感情で。  突然現れたその感情をどうしていいのかわからなくて……  そんなこと言うつもりなんかじゃなかったのに、鎌をかけてみたくなって。  "ユールってかわいいよね"って、ノエルに言った。  そしたら、"一見クールなんだけどさ……笑うとこれがかわいいんだ"って、顔を赤らめながら語るノエル。  厳しい時代を生きてきて、私よりも大人びてると思う彼が見せる、10代の少年らしい表情。  アカデミアでも、アガスティアタワーでも。そういう表情を見れば、それで十分だった。  "恋人? "……はっきりした質問は、言葉にはならなかった。  ……そして、それから時間が経った今でさえも。  初めて会った時、"スノウって誰? セラの何? ”ってノエルは単刀直入に聞いてきたんだから、同じように私が"ユールって誰? ノエルの何? "って聞いたって……いいんじゃない?   なのに、ノエルからの質問の答えるより何倍も、ノエルに聞くことを躊躇った。  何とも思っていないのなら迷いなく聞けたはずなのに……明確に肯定されることが、怖いと思った。  そういう言葉、聞きたくない。……どうして?  『……あなたたちなら、正しい時を導ける』  アガスティアタワーでその時代のユールに出会い、色々な話を聞いた。  カイアスが死なないこと。歴史が既に壊れているんだということ。すべてのパラドクスを解消すれば、お姉ちゃんも戻る。  だから、今までのことは、間違いじゃない。きっと、お姉ちゃんがいて、みんながいる歴史に戻る。コクーンが落ちる危険は残ったままだけど、きっと、ホープくんがコクーンが墜落しないようにしてくれる。落ちても被害を抑える方法を考えてくれる。みんなが幸せに生きていける。世界が滅びる運命も、避けられる。そうすれば、ノエルも悲しい思いをしなくて済む。そう思えた。 『行こう』  そう声をかけたけど、ノエルは……ユールの元を去ることを、躊躇っていた。  同じ顔で、同じ声で、なのに俺のこと全然知らない--ヲルバ卿でノエルは、遠くを見るようにつぶやいた。だから、ノエルにもわかってる。ここにいるユールが、彼の知っているユールじゃないっていうこと。それでも、彼女の中に"彼のユール"を探さずにはいられないんだ。 『行って。新しい明日を、私に視せて』  ユールに笑顔でそう言われて、ようやくノエルは、また足を踏み出した。 『……わかった』  戦いに迷いは要らないとノエルは言っていたけど、その様子が……気になってしまった。  ……気になってるの?   彼が?   そんなはずない。ただ、寂しかったんじゃないの? スノウと会ってなくて。  だって、決めたじゃない。離れていても、ルシになってしまった彼を支えるんだって。  婚約は保留だって言われたのに?   そんなことは関係なくて。  きっと、距離が近くなりすぎたんだ。二人で旅をしてるから。  少し優しくされたから、気になっちゃっただけなの。  そこに、女の子が現れたから。揺さぶられただけなの。  違う。  彼はいつも前向きで……でも誰よりも痛みを知ってて。その分だけ誰よりも人に優しく、誰よりも強い心を持っていて……。  いつも横にいてくれて、冗談も言い合えて、一緒に歩いてくれているから。  そんなこと言って、どうするの。考え直して。 『私、生きてる?』 『………よかった』 『ノエル、心配しすぎだよ』  ……デミ・ファルシを倒した後、未来を視て、倒れて。目を覚ました時、不安そうに私を見つめていたノエルの顔が、ため息まじりに安堵に変わっていった様子を覚えてる。  心配しすぎだよ、って言ったけど、それくらい心配してくれてたってことがすごくよくわかった。  ……男女関係じゃない。そこにあるのは、そう、信頼関係……。  男女なんて関係ない。人としての大切さ。それはきっと男女よりも大事なもので。信頼関係があれば、それで十分じゃない? 男女関係なんて、考える必要がないの。  うん、そう。人として、大切。  でも、だとすればどうして?   男女よりも人としての関係が大事なのであれば、どうして、人として大切と思うノエルと一緒にいることがないの?   あれ?   今私、人としてはノエルの方が大事って言った?   ……もう、ぐちゃぐちゃ。  否定したいのに、できない。デミ・ファルシがいないアカデミアでホープくんとアリサに会って、グラビトンコアを探すことを頼まれて……いろんな時代、いろんな場所を旅する中でも、同じだった。 『あそこまで進んだら、少し休憩しよう』  そうやって、ノエルはヤシャス山山道の隅の少し開けた場所を指した。 『休憩クポ〜?』 『え、私だったら平気だよ』  って言いながらも、疲れは確実に溜まっていた。それなりに旅にも慣れてきて、休みたい時は休みたいって言えるようにはなっていたけど、できれば言わないで済めばいいと思って、言わないこともある。でも、そういうところもノエルにはわかってしまっていた。 『駄目。セラは、こういう時に無理しがちだから。  いつも言ってるけど、休むのも仕事のうち。休める時に休んでおかないと、いざって時に力が出せないんだ。  それに、ただでさえ俺たち金がなくて、ギサールの野菜を節約してチョコボに乗らずに歩いてるんだから。疲れは倍だろ? 俺も疲れたし。そこまで行ければ、予定以上だから』  ノエルはハンターなんだしきっと疲れてないと思うんだけど、そうやって、休むことに私が気を使いすぎないようにって声をかけてくれる。  一緒に戦ってくれるだけじゃなくて、さりげなく気遣ってくれる優しさが嬉しくて。それに、リードしてくれるところも頼もしく感じた。 『それに、あれ』 『あれ? ……どれ?』  といって指差した方向に何があるのか、よくわからなかった。すると、ノエルがすぐ横まで歩いてきてくれる。 『あれだよ』 『えっと……』  そういって、顔を近づけられる。指の指す方向と二人の目線が、重なるように。 『花。咲いてるだろ?』  さっき言われた時には気付かなかったけど、確かにそこにはピンク色の花が咲いていた。 『あ、そうだね。気付かなかった』 『ああいうのを見ながら休むって、元気になりそうじゃないか? 俺の世界にはなかったからさ。なんて花なのかわからないけど、きれいだろ? セラの髪の色みたいでさ』 『えっ……と』 『クックックポポ……ノエルが、気障クポ……! セラみたいできれいだって、クポ! ノエルは、セラを見て元気になるクポ!』 『……こんの、ブタネコが……! どの口がそういうことを言うんだ? ん?』 『ク……グポっ? 離すクポ! 図星だからって、虐待反対クポ! ライトニング様に告げ口するクポ!』 『ああよくわかった。また、ぶん投げられたいんだな? 今度はどこまで飛びたいんだ? また崖の下か? ベヒーモスの目の前か?』 『嫌クポ! セラ、助けてクポ!』 『その辺にしてあげて、ノエル。モグもね、あんまりからかっちゃだめだよ』 『モ、モグも怒られるクポ?!モグはノエルの心の内を説明してあげただけ……ムギュポ』『だーかーら! 黙れっての!』 『もう、仲良くしよ! じゃああそこまで行ったら、ちょっと休憩ね!』  モグの冗談に、救われた気がする。近づかれても、その近い距離感が……嫌じゃない。  それ、信頼関係なんていう言葉で、収まってるの……?   そして、パラドクスが解消した後のAF4XX年のアカデミアでは……ホープくんに、言われてしまったんだ。 『大切なもののためにできることはその時々にしたほうがいいんだな、って思うんですよ。セラさんだって、同じですよ』 『えっ私?』 『実はスノウと同じくらい大切なものができちゃったんじゃないですか?』  まさかそんなこと言われるなんて思ってなくて、うまくかわすことができなかった。でも、かわせないってことがホープくんには答えになっちゃってたのかもしれない。  そんなことあるはずないじゃない、って言ったのに、ごまかしてちゃだめですよなんて言われた。  ごまかしてた? 私?   ううん。違う。  そんな風に言われちゃったのは……自分の心が迷ったからだ。  惹かれている自分に気づいて、それを気づかれないようにして。でも気になって仕方なくて。  スノウに保留なんて言われたから、宙ぶらりんになって……どっちつかずだったからだ。  ……だったら、決めてしまえばいいの。  そういうタイミングでコロシアムでスノウと会ったのは、私にとってちょうどよかったんだと思う。  時の審判ヴァルファズルを倒したら、スノウとようやく話すことができて……。  でもスノウは、黒いもやに取り付かれて、この場所を動けないでいた。 『………一緒に来られないの?』 『そりゃまあ、な。悪さはしねえんだ。ただ離してくれないだけでさ』  ……別に、一緒に行くなんて言葉、期待してたわけじゃない。  それでも、落胆するには十分だった。  サンレス水郷で離ればなれになってから、別々に動いて。ようやくまた会えたのに。また、別の道を行かなきゃいけないの?   ……一緒に行きたい、っていう言葉が口から出てしまう寸前、ぐっと飲み込んだ。  ……そして、そこで目にしたのは、ユールの影。  一瞬のことだったし、黒い影だったからよく見えなかったけど、あの姿は間違いなくユールだった。 「……でも私。わからなくなるの。  確かにユールは、ノエルが変えてくれる未来を信じてたんだよって言ったけど……。  コロシアムで、スノウを捕まえていたユールの影は……」 「コロシアム? ユールが?」  ……あ。失敗したかもしれない。気付いていなかったんだとしたら、不用意に言わないほうがよかったかもしれない。 「う、うん。ごめん。あのね……  スノウが、黒いもやに取り付かれていて、この場所を動けないって言っていたでしょ。  あの時、見たの。黒い影が……ユールの影が、そこにいたの」 「ユールの、影……」 「ユールの意思なのかカイアスの意図なのかわからないけど……何かの理由で、スノウをここに縛り付けているのかもしれない、と思ったの。  スノウが動けるようになったら、自分たちが困るから?   スノウがいれば、未来が変えられるかもしれないのに、それを阻止しようとしているの? って。  まだ何も、わからないんだけどね」 「……」 「ごめんノエル、まだ何もわかってないのに、こんなこと言っちゃって……」 「……違う、と思う」 「……」 「そんなはずない。ユールが、そんなことするはずない」 「……でも、確かに私は見たの。スノウの横に、ユールの影があったの」 「ごめん。疑ってるわけじゃない。でも……納得できない。ユールは、そういう子じゃない」  ノエルはすごく大人びてるって思うけど、カイアスと、それにユールのことになると、どうしても……そうはなれないんだよね。  わかってた。わかってたけど、そういう時、決まって自信がなくなっていく。  せっかく未来を変える旅に出て、自分を好きになれたのに、苦しくなる。  ……だから、決めてしまえばいいの。  ……黒いもやの正体が何なのかは、わからない。でも、一つだけ言えるのは、スノウも未来を変えるために頑張っているということ。 『俺はここに残る』  そう言って見せてくれたのは、スノウらしいいつものニッとした笑み。でもいつもの自信ありげな顔、とまではいかなくて、心配させないようにって思ってくれてたんだと思う。 『必ず戻る、少しだけ待っててくれ』  ……サンレス水郷のときの私なら、黒い影がスノウに取り付いていようと、どうして来れないのってぶつけてた。  だけど、今回は同じ間違えはしない。相手の立場も考えるんだって、ノエルが教えてくれたから。だから。 『わかった。でもね、いつまでも帰ってこなかったら……』  そう。だから。迷わないように、ちゃんと決めてしまえばいい。  ……横に、ノエルがいる。口を出さないようにと、少し距離を持ってこっちを見ないでいてくれてるんだと思う。でも、言葉に出せばちゃんと聞こえてる。  スノウも、ノエルもいて。この場でちゃんと決めてしまえばいいの。  私は、お姫様みたいなわがままはもう言わない。もう待ってるだけの私じゃない。私は、歩いていくから。だから…… 『私、待ちきれなくなって……迎えに来るよ』  うん。今ならそう言える。  ……無理にでもそう言わないと、自分の気持ちがわからなくなる。  別に、スノウが嫌いになったわけじゃない。今は黒い影にとらわれているけれど、未来のために頑張ってくれてる。  だから、他の人が気になっている自分の気持ちなんて、閉じ込めておけばいいの。  頼もしいな、ってスノウが言ってくれた。そう、私だって、成長したんだから。  ね、ノエル、これでいいでしょう?   うん、これでいいの。  こうやって、決めてしまえば、迷わない。  私には、スノウがいるんだから。スノウだって一緒にはいられないけど、きっと私のことを思ってくれてる。だから、これ以上、心が揺れる必要なんてないの。  ………そう思っていたのに。 『起きな、セラ! ……こんなところで昼寝かい?』 『いい天気だし、気持ちはわかるっすけど』 『昼寝なら家でやれよ』 『寝ぼけてる?』  ……声をかけられて目を開けると、懐かしい顔が、私を囲んで笑っていた。  ノラのみんな。時空の旅に出る前まで、私を守ってくれていた人たち。真剣に私の旅立ちについて考えてくれた人たち。そして、私の勝手で、ネオ・ボーダムに置いてきてしまった人たち……。  私、時の狭間にいて。カイアスに刺されて。なのに、ネオ・ボーダムに戻ってきたの?   だって、この景色は忘れもしない。ヴァニラとファングが守ったコクーンが空に浮かんでる。潮風が吹いて、優しい波の音が聞こえてくる。たまに子供の歓声と、水をかき分ける音が聞こえて。開拓は決して楽じゃなかったけど、みんな頑張って家を建てて、畑を耕して……そうやって作り上げた村。平和な景色。  みんなの顔からは、スノウが帰ってこなくて私もふさぎ込んでた時のような、焦りと苛立ちの表情が消えていた。代わりにあるのは、きれいな笑顔。 『今日は先生の仕事がないからって、こんな場所で何やってんだか』  レブロも、昔みたいな……そう、チャーミングで、大人の余裕でみんなをからかうような表情を見せてくれた。  ……私に、人を待つのはきついってこぼした時の、苦しそうな表情はどこにもなかった。 『レブロ……、今って、AF何年?』 『本気で聞いてる? 先生なのに、知らないのかい?』  レブロが呆れた目で私を見る。でも、そんなことは気にしていられなかった。 『AF3年! わかったら、とっとと家に帰るよ!』  AF3年……。私が時空の旅に出た年。ってことは、ここは旅立つ前のネオ・ボーダム? ……お姉ちゃんもスノウがいなくて。でもノラのみんながいる。……だから、ノエルも、モグもいない?  『ノラハウスで、お待ちかねっすよ!』  マーキーも、機械をいじっている時のような純粋な面持ちで私を見つめてくる。 『……待ってるって、誰が?』 『あれ、もう倦怠期っすか〜?』  マーキーが、倦怠期だなんて言う人だなんて一人しかいない。 『……スノウ? スノウがいるの?』  AF3年なら、スノウはとっくに旅に出ていたはず。……どうして? ……今までのこと、全部夢だったの?   スノウを待ってたのは、私。旅に出てからだって、会えたらって思ってた。でも…… 『うたた寝なんて珍しいね。畑仕事で疲れちゃった?』  ユージュは……いつもと変わらないようにも見える。だから、少しだけ聞いてみたかった。 『ねえユージュ、ここって現実の世界なのかな……? 見た目は同じだけど、本物じゃなくて、夢や幻のような……  うまく説明できないけど、ここには何かが足りないの。何かが……』  何が足りないって言われると、難しい。でも、すごく違和感がある。 『俺にはわからない感覚だけど、そういう直観、大切にした方がいいよ』  ユージュはそう、言ってくれて。……でも、この直観は、正しいの? ……わからなくなる。 『ぐっすり、お昼寝だったな。ったく、毎日が楽しそうだ』  ガドーさんからは、私が楽しそうに見えるんだ。……何も心配しないで、木の下で昼寝して……? だから?  『……私、楽しそう?』 『あんま高望みすると、幸せが逃げてくぞ。これ以上望むのは、贅沢ってもんだろ。  早く行ってやれ。中であいつが待ってるぞ』  ……スノウがいて、みんながいて……? それが、私が望んだ暮らし。もうそれ以上望むのは、贅沢。  でも、どうして。 『私が望んだのは……もっと……』 『お帰り! セラ』  ……ノラハウスに足を踏み込んで……声をかけられて、心臓が、止まるかと思った。ノラのみんなが言ってたからそうかと思っていたけど……実際に会うと驚いて……。どうしてここに、って言ってしまった。 『ひでえなあ。自分ちにいちゃ、いけないのかよ』 『だって! お姉ちゃんを探すって、出て行ったじゃない!』  サンレス水郷で会って……"悪いなセラ、そばにいてやれなくてさ"って謝ったのは彼だ。  コロシアムでも、"少しだけ待っててくれ"って言ったのは彼だ。  それなのに、なんでここに……。 『変なこと言うなあ。義姉さんがいつ、いなくなったよ?』 『えっ?』 『義姉さんは、俺らが結婚してからずっと、一緒に暮らしてたろ』  だから何も心配いらないんだ、セラはここにいれば……そういう顔をした。  ……ここには、お姉ちゃんがいる?   そして、スノウもいて、ノラのみんなに囲まれて……? そう、それが、私が望んだ暮らしなんだよね。  でも、どうして。 『なんか、今日……変だぞ』  そうやって近づいてくるスノウの、手を取れない。  ルシになっても、私が支えるって言ったはずだったのに。いつまでも帰ってこなかったら、迎えに来るよって言ったはずなのに。  この手じゃない……。違う、違うの。 『どうして……!』  そうやってノラハウスを飛び出すと、目の前の世界が……大好きなネオ・ボーダムの景色が、歪んでいった。  さっきまでノラハウスの前にいたはずのガドーさんも、他の人も……みんなが姿を消した。  世界が、壊れてく……。  ……これは夢の世界? 私だけ夢の中に閉じ込められたの?   どこかにお姉ちゃんがいるの? スノウは?   ……手を取れなくて振り切ったはずのスノウがいないか、ノラハウスに戻ってみた。でも、そこにも誰もいなくなってしまった。  ほんとにだれもいないの? レブロ……ガドーさん、ユージュ、マーキー! 私の声、聞こえないの?   全身が粟立つ。この感覚、あの隕石が落ちた日と一緒だ。  隕石が落ちた日、夢から覚めて……起きてノラハウスを出たら、急に世界が歪んで……ネオ・ボーダムが魔物に襲われてる姿が現れるまで、これと同じ感覚だった。あの時見たのは、荒廃しきったネオ・ボーダムの景色だったけど……。  あの時のネオ・ボーダムと、今目の前にあるネオ・ボーダムが……入り乱れている?   もし、このまま待っていれば、また魔物から襲われてたAF3年のネオ・ボーダムに切り替わる……? ループする? そして、彼が現れて……。え、彼……が……? 彼って……  "でも、もう……旅は、終わり"  ふと、そんな言葉が頭をよぎった。どれだけ歩いても、走っても、景色は切り替わらない。魔物が現れるわけじゃない。人が現れるわけじゃない。ゲートもない。ただ、ネオ・ボーダムの家が、海が、山が、歪められた空間に映っているだけ。……閉じられた、世界。ここを出ることが、できない。  そうだ……鏡! 私の部屋にあった鏡。あの時私、あの鏡からオーパーツが取り出せたんだ。またあの前に立てば、何かが起こるかもしれない。  ……でも、映ったのは、迷子みたいに不安そうな自分の顔だけだった。その手にオーパーツが映ることはなかった。  私は、どこにいるの?   お姉ちゃん、助けて。お姉ちゃん……。 『……お姉ちゃん』  胸が締め付けられた。歪んだ空間の先に見たのは、桟橋の先に立つお姉ちゃんの姿。クリスタルから解放された後、何度も何度も夢見て、探した姿。 『……お帰り、セラ』 『どうして、ここにいるの……?』 『お前が、望んだんだ……歴史を変えて、帰ってきたんだ。危険な旅をさせて、すまなかった。帰ろう、セラ。家族が待ってる』  お姉ちゃんが、私に手を差し出す。  歴史を変えて、戻ってきた。ってことは、パラドクスが全部解消されたの? ……世界が壊れたわけじゃない……そういうこと? だから、スノウもいたの?   この手を取れば、お姉ちゃんもいて、きっと風景が切り替わって、スノウやノラのみんなが……心配いらないよって笑ってくれる、そんな場所があるの?   怖かったのはちょっと戸惑っちゃったからで、もう何も心配しなくていいってこと?  『うちに、帰る……? そうだよね、私。ここに帰ればいいんだ……』  ネオ・ボーダムから旅立って、どれくらいが経ったんだろう? かなり家を空けてちゃったんだよね。  ここの世界にはゲートがない。でもだからこそ、ここにいれば何の心配もいらないのかもしれない。  お姉ちゃんがいる。スノウがいる。みんながいる。懐かしい景色。穏やかな暮らし。私が夢見た幸せが、ここにある。  クリスタルから戻った時に私が望んだ、夢見ていた暮らし。  ……そして、私が自分のことばかり考えた結果、その全てを失ってしまった暮らし。  涙が、出そう。  もしも、この世界にいれるなら。  お姉ちゃんがそばにいて、スノウとの結婚を許してくれてるのかな。ささやかだけど結婚式も挙げてたのかな。  お姉ちゃんはきっとスノウと仲良くなれないけど、仕方なくつきあってやってるんだとか言いながら、義姉弟としてうまくやってるのかな。  ノラのみんなもノラハウスに集まってきて、レブロの作ったおいしい食事を取って、次はどこを整備しようか? ってわいわい言いながらネオ・ボーダムを開拓してるのかな。  私は……クリスタルから戻った引き換えにお姉ちゃんを失ったって自己嫌悪に陥らなくて、必死にみんなについていけてたかな。  スノウを当てのない旅に出して、大変な思いをさせる必要はなかったのかな。  レトや子供たちに何にもできない"先生"の姿を見せずに済んだのかな。  ガドーさん、レブロ、ユージュ、マーキーを傷つけた挙げ句に、ネオ・ボーダムに置いてくるなんてしなくて済んだのかな。  ルシになった過去までは変えられなくても、少しでも前を向いて歩いて、一日一日の暮らしを大切にしていくことができてたのかな……。  後悔が止めどなく溢れ出て、手が、自然とお姉ちゃんの手に向かう。  この手を取ってしまえば。  "めんどうだから? 嫌だからなの? "  違うの、レト……ただ私は……何もできなくて人を傷つけて自分が嫌で……  誰にでも、嫌な過去ってあるでしょう?   私にだって、少しくらいそういう過去があるの。消してしまいたいくらいの過去があるの。  この手を取れば、その内の一つだけでも、幸せな過去に上書きできるの。  "ちゃんと先生として胸を張れる自分でいたい……"  自分でそう、言ったけど。もしも最初からやり直せるんだったら……そっちを選んだって、いいじゃない?   "今の俺たちを形作っているもの、それが過去。俺たちの行く先にあって変えられるもの、それが未来。どんなつらいことでも、過去がなきゃ、今この瞬間の俺もない"  お姉ちゃんに伸ばされた手が、止まる。  それを言ってくれたのは……誰?   過去がなきゃ、今この瞬間の私もない……全部が、私。  だとしたら、今この瞬間の私は……何?   昔望んでいたのは、穏やかな暮らし。お姉ちゃんとスノウが私を守ってくれて、何も心配することがないの。  それは、確かにそうだった。  でも、今ここにいる、今この瞬間の私は……?   確かに、守られるだけだった自分。でも、そんな過去から、未来のために踏み出した自分。  そして、今この瞬間の私が望むのは、一緒に歩きたいのは……。  戦えるよな? って、人生の戦い方を教えてくれた彼。  みんなが生きてる未来を望むって言って、人のために動くことを教えてくれた彼。  女神エトロは、絶対に諦めない者に扉を開くって、大真面目に話した彼。  ずっと横で、戦って、守ってくれた彼……  そんな彼と一緒に、過去じゃなくて、未来のために戦っていくこと……。  世界が広がった。  一歩一歩進んで行くのが嬉しかった。  一緒にいろんな話をして、一緒に同じものを見ている時間が、心地よくて、愛しくて。  大人びていて、頼りになって……私をたしなめるような発言だってする。でもたまに見せる意固地さや照れくさそうな表情は、まだ少年らしさも残っていて。  彼のおかげで、お姉ちゃんが生きてて、ヴァルハラで一人で戦ってるんだってわかった。ホープくんが、コクーンを救うためにものすごい努力で研究をしていて、その努力も結実しようとしている。行方知れずだったスノウだって、未来を救うためにがんばってるんだってわかった。  彼の普段の前向きさに隠れた、果てない悲しみと絶望を思えば、私の悩みなんて大したことないんだって思った。彼の世界を、守りたいって思った。悲しみと絶望に満ちた世界じゃない、喜びと希望に溢れた世界を見せてあげたい、って思った。過去を悲しむんじゃなくて、未来に向けて動くことを知った。……だから。  今までずっと守ってくれた存在。今までの私だったら、きっとこの手を取ってた。お姉ちゃんと、スノウと、ノラのみんなの手を。  でももう、その手を取れない。  選べない。この暮らしを夢見ることを。全ての過去をなかったことにして、守られるだけの生き方を。  私が私じゃいられない。そんなの、私が望んだ私じゃない……!   私が選びたいのは、彼の……ノエルの手。ノエルに、会いたい……。だから。 『ごめんね、お姉ちゃん……』  そう告げると、笑顔の消えたお姉ちゃんから黒いもやが吹き出して、視界が真っ黒になって……。私が今度は黒いもやに取り込まれるんだと思った。  その時、懐かしい声を聞いた。負けないで、って。  その声を頼りに意識を保って……そして目を開けると、黒いもやとお姉ちゃんは、消えていったんだ。  その優しい声を探すと、隕石のあった場所に懐かしい人がいたんだ。  私がクリスタルから戻り、反対にヴァニラがクリスタルになってしまってから………もうずっと会っていない。会えるなんて、思っていなかった。  ……ヴァニラ……本物、なんだよね?  『私はクリスタルになって夢を見てる。セラも終わらない夢を見てる。だから夢見てる同士、繋がったんだよ』  やっぱり、夢。歴史が書き換わったわけじゃなかった。だとしたら、今まで見てきた歴史は、ちゃんと別のところにある。……苦しかった過去、だけど私の過去。 『どうしてここに?』 『助けたくてよ!』  そう言って、ファング……クリスタルになった時に見えていた彼女が、宙から姿を現した。見ていた通り、力強くて、頼もしい姿。  ここの夢は、助けがないと永遠に目覚めないんだって、二人は言った。自分で気付けなかったら、例えばホープくんのいたAF4XX年にも、出発したAF003年にすら戻れなくて、ここでずっと夢を見ることになってたんだ、と思うと、怖くなる。  そしてファングが槍をひと突きすると、そこにゲートが現れたんだ。 『……ありがとう』 『手ぇ貸しただけさ。あんたがあのまま夢に浸ってたら、どうしようもなかった。自分の意志で偽のライトニングを否定したから、うちらが助けに来れたんだ』  そうやって、何でもないことのようにファングは笑うけれど。  どうして二人は、ここまでしてくれるの。私たちを救ってくれる理由なんて、元々ないはずだった。それでも、コクーンが落ちた時も身を挺して助けてくれた。そしてクリスタルとなった今もこうして、私を終わりのない夢から助けてくれようとしている。  思い出せばそうやって私は、いろんな人から助けられてた。ノラのみんなもそう。一時はその優しさが苦しくて……。  だけど今は、受け取る優しさの分だけ、私だってちゃんと返せればいいんだって。みんなが頑張る分、私も頑張ればいいんだって。そうやって支え合っていけばいいんだって、素直にそう思う。 『……ついていきそうになったけど、思い出したんだ……』  お姉ちゃんはヴァルハラで戦ってる。スノウもホープ君もそれぞれの場所で戦ってる。だから、自分だけ逃げられない。 『私、ルシになった時……現実が辛いなら逃げてもいいんだよって、ヴァニラに言ったよね。  あの時は、スノウが追いかけてきてくれたから……だから、そういうことを言えたんだと思う。  でも、今はそうじゃない。ちゃんと戦いたいって思う。  現実から逃げられたら、消したい過去がなくなったら……どれだけ楽だったんだろうって思うよ……  でも、楽なことを選ぶんじゃない。ちゃんと戦っていかないと、本当に望んだものだって手に入らないんだって思うから……。  ヴァニラだってそうやって立ち向かってくれたから、コクーンが救われたんだよね。だから、私も逃げない』 『……うん。見守ってるから』 『それでいい。今度は、あんたが助ける番だ。夢に囚われてる奴が、もう一人いる』 『……ノエルのこと?』  そう、カイアスが言っていた。彼は満ち足りた時を過ごしているって。……私みたいに、幸せな嘘を見続けている?  『迎えに行ってあげて。セラなら、きっと助けられる』  ……待って! まだ、話したいことがあるの。  ちゃんと言いたい。助けてくれてありがとうって。ラグナロクにさせてしまってごめんなさいって。古いコクーンを救ってくれてありがとうって。ずっと、クリスタルにさせていてごめんなさいって。  二人が救ったコクーンは、ホープくんがまた助けてくれるんだよって。二人のクリスタルは、ちゃんと守られるんだよって。私も新しいコクーンを守っていくよって。  でも、それを言葉にする時間は残されていなかった。二人は光に包まれて、消えてしまったんだ……。  ちゃんと未来を救って、コクーンを救って、そしてクリスタル化も解除されたら、その時にちゃんと言うから……今はちょっとだけ待っててね、って心の中で二人にお願いしたの。  だから。  ……ノエルを助けに行かなくちゃ。二人のためにも、未来を救わないと……ノエルを助けて、ヴァルハラに行かないと。ヴァルハラに行って、未来を変えないと……。  夢で終わるなんて、駄目なの。  夢じゃない、現実の幸せを、彼に見せてあげたい。  そうしてくぐったゲートの先にあったのは。  青いはずの空は、異様な程の赤さで塗りつぶされていた。  周りは暗闇で、少し先に何があるのかさえ見えない。  これが、ノエルの夢。……これが、安らぎ? これが、満ち足りた世界?   そんな暗闇の中で、倒れたベヒーモスの前で、満足そうに立つノエルの姿を見つけた。 『誕生日のお祝いはこれで充分かな』  ノエル! って名前を呼んだけど、ノエルから私のことは見えていなくて、私の体もすり抜けて走って行った。  待って! ……声は届かないけど、それでも追いかけると、ベヒーモスを一人で倒したことを誇らしげにカイアスに話すノエルの姿があった。 『もはや一人前の守護者だ』 『ただの一人前じゃ嬉しくないな、あんたを超えなきゃ意味がない』 『ああ、超えてみせてくれ。君には挑戦する資格がある。私に勝って、巫女を支える誓約者になるがいい。私も前代の誓約者を倒したんだ』 『そいつはどうなった?』 『殺した。誓約者は、この世に一人。それが掟だ。私を超えたければ、私を殺せ』 『できるかよ。俺はあんたに勝ちたいだけだ』  そんな会話の中、私が話しかけると……カイアスは、ふっと霧散してしまった。あ……と、手を伸ばしかけるノエル。でも、目に映るのは何もない……私の姿でさえも。 『なんでだよ……俺、まだあんたに勝ってない……勝手に消えんなよ……』  これは夢……そう思うけど、私がカイアスをノエルの前から消してしまったことには変わりなかった。ごめん、と謝る。  カイアスは、ノエルにとって……超えたい師匠、だったんだ。カイアスと肩を並べてユールを守りたい……そういう気持ち。なのに、いなくなってしまった……。その師匠が世界を滅ぼそうとしていると知った時……ノエルは、どんな気持ちだったんだろう。  ごめんね、ノエル。私、わかってなかったよね。カイアスを倒せばいいなんて言って、そこにあったノエルの気持ちなんて、きっと考えられてなかったよね。  そしてまた、夢の中のノエルを追いかけた。  たくさん、家があった。時詠みの民の集落……でもどこからか聞こえるのは、ネオ・ボーダムみたいな波の音や、子供達の笑い声じゃない……誰かのすすり泣きや、叫び声。  もう、だめ…… 死にたくない  母さん、母さん……   助けて……  傷ついて……失って……死ぬために……生まれたのか?      どうして……  胸が、痛い。  なんて、悲しい世界。  これが、ノエルが望んだ世界?   私の夢は、嘘だとしても笑顔に溢れていた。だけどこの世界に溢れているのは、苦しみ、恐怖、諦め、痛み、悲しみ、絶望……。  ふと、ホープくんとの話でノエルが言っていた言葉を思い出す。  "変わった後の俺の時代……どんな世界なんだろう。想像ができないな……"  これが、ノエルが今まで見た中で想像できる、精一杯の幸せだっていうこと?   ……こんな場所にあって、それでもノエルは、希望をなくさず、人に優しくできたの……?   そんなのって、ない。 『大物仕留めたぞ! 今日はユールの大事な日だろ』 『私の誕生日、覚えててくれたんだ』 『当たり前だろ、今夜はお祝いだ。昔みたいにもっと大勢で祝いたかったな。……三人だけじゃ、逆に寂しいか』 『そんなことない、寂しくなんかないよ。ノエルとカイアスがいてくれるから』  嬉しそうなノエル。目指している師匠と一緒に、大切な人の誕生日を無事に祝う。それがノエルにとっては、この絶望の世界にあって、一番の幸せだったのかもしれない。それがあればどんな状況でも生きていける、そんなの気持ちでいたのかもしれない。  ……でもそんなユールも……私が話しかけると、霧のように消えてなくなって……ただ、悲しそうな表情と、肩を落として歩き出す姿が胸に刺さる。  ごめんね、とつぶやいてもノエルには聞こえない。その背中を、また追いかける。 『寂しい思いをさせて、結局救えなかった。  許せない運命があって、許せない相手もいた。けれど、一番許せないのは、何もできない無力な俺だ』  ……そんなことないよ、ノエル。何にもできないなんて、絶対に。  何にもできなかったのは、ネオ・ボーダムにいた頃の私。  ノエルは、何にもできない私を立ち上がらせて、前に進ませてくれたの。  ノエルがいなかったら、今の私はないんだから。  これからだって、一緒に未来を変えていくんでしょ?   だから、ノエルは無力なんかじゃない……!   お願い、わかって……どうやったら伝わる? どうやったら、こっちを見てくれるの?  『……他に生きてる人が見つかれば、ユールも、寂しい思いをしなくて済む』 『それが、虚しい希望だと、君もわかってるはずだ』  そう言って、カイアスは自分を殺せ、とノエルに言った。カイアスにある混沌の心臓を止めれば、女神も死に、ヴァルハラの混沌が解放され--歴史を歪める程の力を持つのだと。  だけど、ここでノエルがカイアスを殺すことはなかった。 『……やはり、今の君には無理か』 『あんたを殺すとか、歴史を歪めるとか、わけわからねえ。そんなのどうせ、ユールが悲しむだけだ』 『悲しませても、救えればいい』  そう言って、カイアスは去っていった……ヴァルハラに向かって。  ……そして、ユールも。 『おい、ユール!』 『ノエル……。  わかってたけど、さよならって怖いね。もう少しだけ一緒にいられたら……』  あ、涙が、こぼれる………。ノエル…… 『……泣かないで、また、会えるから……』  お願い。こんな夢なんて、見ないで。早く、夢から覚めて。    そして、誰もいなくなった。ノエルが勝ちたかった師匠も、守りたかった大切な人も、一緒に暮らしてた村人達も、全ての人がノエルを残して消えた。ノエルも、思い出のある村を離れ、旅に出た。走っても、どこにも、誰もいない。すすり泣きや叫び声ですら、聞こえなくなった。……完全な、死にゆく世界。  これで、ノエルまで消えてしまったら? もしも、夢で死を迎えたら……どうなるの………?   怖い。ノエル、どこにいるの? 走っても走っても、届かない。ざくざくとしたクリスタルの砂の音だけが聞こえる。目に見える景色は、決して越えられなさそうな高い山、生命の宿らない樹木、血を思わせるような赤い空。こんな景色を、ノエルはずっと一人で見ていたの? どんな気持ちで……。人が見つからないのなら、奇跡を探す? そんな、起こるかどうかもわからないものを、最後まで信じて……?    『ユールの幸せにつながるなら、俺はどうなっても構わない。消えてしまっても構わない。  ひょっとしたら俺は心のどこかで、この世から消えたいと願っていたのかもしれない……』  駄目、そんなの……消えちゃ駄目……!   こんな悲しい夢に囚われたままだなんて、絶対に駄目!   今までこんな苦しかったんだから、ノエルには絶対に、幸せってどんなものなのか知っていてほしい。  ささやかかもしれない、それでも。  明日死ぬんだって思いながら暮らすんじゃなくて、明日どんな楽しいことしようか? って考えられる暮らし。  周りにいろんな人がいて、お互いを励ましたり怒ったりしながらも、日々成長していける暮らし。  ユールも笑ってるよ。カイアスだって、仏頂面じゃなくて、穏やかにユールを見つめてるよ。そう言ってたよね?   そう、私とホープくんが笑い合って喧嘩するところに、ノエルもいるんだよって言ったじゃない。  だから、消えちゃ駄目……。お願い、消えないで……私……… 「セラ。………セラ」 「………え……」 「暗い顔。……今、何考えてた?」 「ううん……ごめん。なんでも……」 「なんでも? ……こんな、泣きそうな顔してるのに」  心配そうに私の顔を覗き込むノエル。……ゆっくりと深く、ため息を吐く。そうしたら、幾分落ち着いた。 「…………ノエルの、夢の中。悲しかった……」 「………」 「私、わかってなかった。ノエルの悲しみなんて、これっぽっちも……。  ただ、想像しかできなかった。人の生きられない世界。夢も希望も存在できない世界。  なのにわかったつもりになっていて……。  でもこれが、満ち足りた生活だったのかなって考えたら、苦しかった……  こんなにも寂しく、こんなにも悲しくて……でも、これが満ち足りてるだなんて、やりきれなかった」 「ありがと……でも、いいんだ。あんな世界、想像なんてできない方がよかった。できれば、セラにも見せたくなかった……」 「……でも」 「……俺にとって……あの世界は……  ユールがいて、カイアスがいて……まだ、希望があると思ってた。探せば、生き残った人がいるんだって。  何も知らないから言えたのかもしれない……虚しい希望だってカイアスは言った。  カイアスは誰もいなくなるって、知っていて。でもユールが時を詠まなくていいように、何もしなかった……。  世界を滅ぼせばユールが救われるなんて言って。でもそれは本当の意味で救ってなんかないんだ。ユールが他人の幸せじゃなく、自分の幸せも考えられる未来……。ユールのために世界を滅ぼすだけの力を持ってるなら、ユールが他人の幸せじゃなくて、自分の幸せを実現できる方法を考えればよかったんだ。誰よりもユールのそばにいて……誰よりもユールの声を聞いてきたんだから。  ユールは、ずっとカイアスと生きてきて……それだけを望んで……でもだからこそ、カイアスにはもっとちゃんと考えてほしかった」 「……ノエル」 「俺たちは、カイアスと同じことはしない。……決めたよな? 未来が変わるのを待つんじゃない、自分から変えに行く。そうだろ? 俺だって、もう駄目なんだ、死ぬんだって思った。でも、女神……ライトニングがチャンスをくれたから、ここにいる。俺たちは、そうやって未来を変えるって信じるんだ」  真実を知らされていなかった、虚しさ。勝ちたい人が姿を消した、悔しさ。守りたい人を失った、悲しさ。  だから、同じことは繰り返したくないんだって。そんなノエルの気持ちだって、痛いくらいにわかってる。  わかる、わかってるのに。なのに、なんで? どうして、こんなに苦しいの。 「うん。未来を変えるんだよね、私たち……。だけど……」  あ、だめ。 「……だけど?」 「だけど、ユール……」  だめ、早くごまかして。それを言っちゃだめ。 「ユールが……何?」  だめだから。だけど、言葉が出てしまう………。 「でも、ユールユールって……私はユールじゃない……」  自分で言った言葉に、体が押しつぶされそう。私、どうして……。 「……そんなの、当然。ユールとセラが同じだなんて、思ったことない」  静かだけど、ノエルの声に、怒りが込められた気がした。 「なんで、そんなこと言う?   セラはセラで。ユールとは違う。でも、大切で」  耳を塞ぎたい。頭が痛い。嫌だ、聞きたくない。 「別にライトニングに頼まれたからじゃない、俺は……」  ……何も言わないで、と言いかけた時、彼の言葉が途切れた。 「なんで? セラ……」  ……間違えた。最初から、何もかも。  こんな風になるつもり、全然なかったのに。 「……ごめ」  謝る言葉も、うまく出てこない。 「違う……そういう顔をさせたかったわけじゃない。俺は……」 「ごめん……」 「泣くな。……泣かないで」  ノエルの手が、私の顔に触れる。涙を拭ってくれる。  でも、涙が止まらない。  ……もうどうしようもない。何が言いたいのか、自分でももうわからない。  ただ、勝手に言葉が出てこようとする。 「あのね、ノエル……私……夢の中で、ノエルの背中、ずっと追いかけてた。  カイアスも、ユールも、みんないなくなって、ノエル一人になって……。  夢を見たまま、いなくなったら、もう会えなくなったら、どうしよう、ってすごく不安になって、怖くなって……必死で、走ってたの。  ノエルがいなくなるなんて、考えたくなかった。私は、私は……」  そこまで言って、言葉が止まった。  言おうとしてた、言葉。  ……でもこれ以上言って、どうなるっていうの?   そんなこと言ってる場合じゃない。  言ったから、何がどうなるわけじゃない。  また、自分を押し付けるだけ。  これが終わったらでいいじゃない。  でも、……その未来に、私はいるの?   その覚悟はできてる、って言った。  でも、心はずっと、怯えてる。  もしかしたら、こうしていられるのが最後なのかもしれない。  背中が、すっと冷えていく。  ううん、諦めるなって。生きるんだって、ノエルが言ってくれた。  ノエルは、強いから。あんなに絶望的な状況にあっても、なお。  そんなノエルだから……  ……失いたくない。笑っていてほしい。一緒にいたい。  今までだって何度も考えた。こんな特別な感情、持ってどうするの、って。  やっぱり、信頼でいいじゃない。私とノエルをつなぐものは。  最後まで一緒って言ったけど、もしかしたら今は私と一緒にいても、ずっと一緒にいたいのはユールかもしれない。  話しているとすごく楽しくて、馬鹿なことだってたくさん言った。落ち込んでいる時には、短いけどストレートな言葉で元気をもらった。そういう一つ一つの小さなやり取りに、勇気づけられてきて。でも、そんな前向きさの裏にある悲しさを思うと、彼のことが気になって、目が離せなくなって。ユールのことを大切に思う姿に嫉妬する浅ましい自分もいて。……ホープくんの言うように、誤摩化せなくなった。  そして私は、スノウの手を振り払い。お姉ちゃんの手も取らなかったんだ………あれほど大切で、あれほど望んでいたのに。  あの閉じられた夢の世界のネオ・ボーダムで、考えてしまったんだ。  例えばお姉ちゃんもスノウも戻ってきて、例えばノエルがいなくなったとしたら……私は私でいられるの?   今みたいに、自分に自信を持って、前を向いて歩いていける。そんな自分でいられるの?   スノウとお姉ちゃんに、守られるような生き方をもうできないって、思ったから。ノエルと一緒に歩いて行きたい、ノエルに幸せを見せてあげたいって思った。  今を逃したらもうその瞬間が訪れないこともある、ってホープくんが言ってた。いつかって思っていた未来が来ないことだってあるんだって。  そのために、あの時のホープくんはもう13年、400年もお姉ちゃんと会えてないんだ。次に会った時は、500年。  言おうと思ったときには、言えないんですよって。だから、大切なものはその時々で大切に、って言ってた。  ……私の大切なものは何?   ……例えばアリサはパージ被害者で。パラドクスが解消することで自分が消えたくないから、だから私たちを罠にかけた……。  今だったら、その気持ちが痛いくらいにわかる。きっと誰だって、自分が消えるって思っていたら先に進めないって思う。今の私だってそう。覚悟はできてるって言ったけど……本当は自分が消えるなんて、思いたくない。だって、それなら今まで何のためにやってきたの? って思う。  そこに、目の前に、自分をパージに遭わせた人が現れたのなら……その歴史をなかったことにしたい、って思う事だって、あるでしょう。  ユールは、たくさんのユールは。  自分が消えることを知った上で、それを受け入れ、未来を変えなかった。  もちろん、その運命に抗ったユールもいたでしょう。コロシアムで会った黒いもやに包まれたユールだって、何を考えているのかわからない。でも少なくとも私の会ったユールは、死を受け入れ、時空を見守っていた。  カイアスは、そんなユールを救いたくて、世界を滅ぼそうとしたんだよね。  ノエルは?   自分が消えてしまったとしても、未来を変えたいと言った。死んだ村の人のために……そして、ユールのために。それでも、どんな絶望に接しても、希望を捨てなかった。諦めなかった。そして、みんなが笑っていたならそれでいいって言って、自分の知らない誰かの未来のために、ずっと頑張ってきた。  その強さが、その悲しさが、心にすっと染み込んで。  私は、ノエルの望んだ、みんなが笑っていられる世界を作りたい……って思ったんだ。  "自分の気持ちに正直にいこう。そうすれば、自分の望んだ未来に行ける"  ……こんな時にそんな言葉を思い出させるなんて、ノエルってずるい、と思う。 「言ったよね。ノエルの代わりはどこにもいないんだから、って……」 「……うん」 「私。ノエルが、大切。  ノエルが……好き。仲間として、そしてそれ以上に」  ……言ってしまった。もう、取り返せない。ノエルの顔を見ることもできない。  でももう、ためらうことなんてない。ごまかさなくて、いい。 「誰と一緒にいるのか。どう過ごすのか。それは、自分の生き方を決めていることなんだと思うの。  だから。  今まで、自分のことしか見えてなかった。でもこれからは自分のためだけじゃなくて。  みんなが笑える未来のために……一緒に変えようとした未来のために。ノエルが悲しまない、笑っていられる世界を作りたいから。ノエルに、夢じゃない、本当に幸せな未来を見せてあげたいから。だから、ノエルと一緒に、私は歩いていきたい……。私にとってノエルはもう、別の時代の人じゃない。隣で歩いていきたい人なの」 「……セラ」 「突然、びっくりしたよね? ……自分でも、びっくりしてる……。  こんなこと言ってるなんて聞いたら、スノウもお姉ちゃんも、ノラのみんなだって怒るだろうし。  そもそも自分がどうなるかもわからない。今後世界がどうなるかもわからない……こんな時にって。  もちろん、信じてるよ。  でも、知っていてほしかったから……。  人から与えられるだけじゃなくて、守られるだけじゃなくて、人に与えられる生き方をすることにしたんだって。  もしかしたらそのことで、私だって死ぬかもしれない、って考えるだけで、すごく怖い。  でもノエルだって、自分が消えるかもしれないって思いながら戦っているんだから。  ここで逃げたら、昔の私に逆戻りなの。でもそれは嫌なの。  自分のためじゃなくて、みんなのために。お姉ちゃんのために、ホープくんのために。スノウのために。助けてくれたヴァニラとファングのために。そしてノエルがあんな絶望と孤独じゃなく、幸せって思えるように。そういう世界を作るために、私は進んでいくんだって。  今まで一緒に戦ってきてくれたノエルには知っててほしかったから……。  ……そんな風に思えたのも今までこうして進んでこれたのも、全部ノエルのおかげ。ノエルがネオ・ボーダムに来て、一緒に戦おう、ヴァルハラを探しに行こうって言ってくれたからだよ。  ノエルと一緒にいられて、本当に嬉しかった……ありがとう」  落ち着いてたはずなのに、また涙が出てくる。でも、言いたいって思ってたことをちゃんと最後まで言えたから、もうごまかさなくていいから、心の中が澄んでいくようだった。  ……だけど、ノエルの反応は何もなくて。不安になって見上げると、ノエルの表情は曇っていて。 「あの……ごめん……ノエル。勝手なことばかり言って……」 「……そうじゃなくて」  そう言って、驚くくらいそっと抱きしめられた。どこか苦しそうな吐息が、かかる。震えてる……私が? ノエルが?  「今まで、じゃない。これからも……だろ。  約束しただろ。生きること……絶対に諦めるなって。  望みはあるから、絶対。俺たちは、未来を変えるんだ。  だから、いなくなる……みたいな言い方、するなよ……」  そして不安を打ち消すかのように、その力強い腕に、力が込められた。腕に、肩に、背中に、首に触れるノエルの体温が、熱い。 「………うん……」
人を守るノエルと一緒にいることで、守られてるだけだったセラが、自分も強くなって誰かを守りたいっていう気持ちを持ってたらいいなあ、という、友達/仲間の延長線なノエセラで本編を追いなおしてみました(>_<) 最初良さがよくわかってませんでしたが、セラは本当にいい子ですよ……。……こう言われてノエルがどう思ったかについては……ノエル編に持ち越しにしてます……