(2)-2 それがアリサの本音なんだよな へ
サンレス水郷 AF300年
セラを守って未来を変えることで、俺の理想の世界を実現するって思ってる。
だから、暇なんてない。
ユールがセラに、あなたは私と同じと言った。その矢先のサンレス水郷、セラの目にあのエトロの紋章が浮かんだ。
同じってまさか、このこと……? 何か視えたのか? いや、時詠みは時詠みの巫女しかできないはずで……また何かを忘れてる? わからない。
とか。その他、懸念は山程。
そんなことを抜きにしたって……この緑溢れる自然。本来なら、爽やかな空気を吸って、生命の強さを感じて……心静かに散歩したい気分。
だからさ、わかるだろ?
あんたみたいな奴、相手してる暇なんてないんだ。
「忠告。退くことを知らない奴は、長生きできないぞ」
「退くに退けない大事な時ってのもあるだろ?」
いつだよそれは。
「屁理屈言うな。人はそんなに丈夫じゃない。簡単に死ぬんだ」
「たまたま、他人より頑丈なんでな」
現実、知らないだけだろ。
「ともかく、助けてくれてありがとな。名前は?」
あんた、本当にありがたいって思ってんのかよ。確かに俺はあんたがあの巨大プリンに襲われてるのを助けた。でも、子分がボスを助けたみたいに思ってないか? その上から目線は何だよ。ガキ大将かよ。助けられたあんたから名乗ればいいだろ?
いや駄目だ。こいつは自分の論理で動く奴だ、間違いない。きっと平行線。会話不可能。じゃあ何を選択する? 沈黙、一択。
「えっと……」
見かねたセラが、この男と俺の間に入ってくる。
「ノエルだよ」背中から聞こえてくるけど、振り向く気にもならない。
「……で、彼がスノウ。婚約してるんだ」
弾む声、照れたように紹介するセラ。
だけど正直、紹介不要。見覚えあるし。日蝕のヤシャス山の予言の書の中、すごく笑顔のセラの横にいて、結婚を許してくれってライトニングに迫った大男。認識してる。ライトニングも、本当は気が合わないんじゃないか? よく信じる気になったな。いやでも腐っても婚約。セラの気持ちは最大限尊重する。
でもこいつの口から出たのは、全く予想外の言葉。
「保留中だけどな!」
……理解不能。
じゃあ何だ? ライトニングは信じてやったのに、セラは散々待ってやったのに。挙句、保留? 奇跡的に再会して、会えてよかったの言葉もなく、婚約保留? どれだけセラが不安で、どれだけ泣きたかったと思ってんだよ。で、こんなところで勝ち目のない戦いをして?
何が、セラが見てるんでな、だ。何が、退くに退けない大事な時がある、だ。何が、頑丈なんでな、だ。セラの気持ちも考えられてないくせに。さっき無様に倒れてただろ? 俺が魔法使わなかったら、あのプリンの腕があんたを吹っ飛ばしてた。そのうち捕食されてたんだぞ。かっこつけてるつもりで、かっこ悪いんだよ。セラのことも自分のことも、わかってないだろ?
しかも巨大とはいえ、プリンだぞ? 考えてみろよ。婚約してたと思ってたのに違ったの、私の勘違いだったの。え! 本当? その人どうなったの? プリンにやられたの。へー、プリンにね……、え、プリン? そんな会話、セラにさせるのかよ。俺なら絶対そんな会話、耐えられない。
なのに、こんな奴をセラがフォローしようとするのが余計に苛立つ。しなくていいだろ、別に。
……まさかセラ? スノウったら私のために頑張ってくれて嬉しい〜退くに退けないとか超かっこいい! 保留とか言ってるけど言い間違い☆やっぱ私がフォローしてあげないと駄目ね! とか思ってないよな? セラがそんなこと口にした日には俺、人生考え直す。俺の頑張りって何? そんな未来のために頑張ってきたのか俺。で? こいつは、ああそうだセラ、俺かっこいいだろ! とか自慢げにニッて笑うのか。くそ、想像するだけで腹が立つ。セラもライトニングも、見る目なかった。確実。
……いや、ごめん。正直、勢いに任せて先走った、認める。心の中だけに留めておけてよかった。何でも思ったことは共有したいって言ったけど、これはさすがに駄目だな。本人が言ってないことを勝手に推測して怒るなんて、最低。うん、セラは何も言ってない。決めつけるのは失礼。大丈夫、よく堪えた俺。冷静になれ。
でも、セラはよくても……あいつはやっぱり、違うだろ?
どうしても、リーゴの姿が重なる。止めたのに突っ走っていって、アダマンタイマイにやられた、あいつが。
……そう。フォローする必要、ないんだ、セラ。
むくれる必要、全然ない。婚約保留? 問題ない。それこそ熱烈歓迎、積極的に目標変更。こいつじゃ幸せは無理。いつどこに死ぬかわからない。そしたらセラが悲しむ。それは駄目だ。駄目だ駄目だ!
「意外。ここまで無茶な奴とは思わなかった。しかも、未来に来てるなんてな」
……これが、理想なのか? わからなくなる。
別に、セラが俺の理想の生き方をしないといけないなんて、思ってないけど。
この感情をなんて表現すればいいのかわからない。
「で、あんたがセラを置いて出てって、あんなのと戦ってた理由は?」
「んー、なるほどな」
聞いてんのか? 一通りセラが事情を説明しても、この反応。本当に、セラがいなきゃ一生関わらない。セラには悪いけど、早く話を終わらせて、こいつを置いて次の時代に行きたい。……そう思ってたけど。
「俺も、夢の中でライトニングに頼まれたんだよ。コクーンを守れってな」
ライトニング。……思わぬ言葉が、こいつから出てきた。
……相手してる暇はないけど、ライトニングに頼まれたって聞けば、相手せざるを得ない。
大人になろう、俺。セラのため、ライトニングのため。
「そんで、時間を超えて、色々調べて、あのデカブツがコクーンを落とすってわかった」
お前もデカブツだけどな。プリンがクリスタルの柱を溶かしているせいで、コクーンがぐらついて、人間同士でごたごたが起きて、戦争になった……と、俺の目の前のデカブツは語った。
コクーンが落ちる原因。プリン……戦争。つじつまは合っていたとしてもど、本当なのか?
だったら、予言の書で見た映像……カイアスがコクーン墜落の場にいたのは、どう考えればいい?
プリンが柱を溶かして、戦争が起きて、そしてコクーンが落ちること。
カイアスがコクーン墜落をヴァルハラから見ていること。
……いや、わからない。関連なんて……考えたくない。
「ねえスノウ、やっぱりお姉ちゃんは生きてるんだよね? ホープくんも、突き止めてくれたの。お姉ちゃんはどこかで生きてるんだって」
「あいつがそう言い切るなら、義姉さん……ライトニングはきっと無事なんだろうな」
うん、とセラが嬉しそうな顔をする。同じ話でも、ホープとこのデカブツが言うのとじゃ、また反応が違うんだな。
「なあセラ、義姉さん……ライトニングを探すのは後回しでもいいか? きっと無事さ。今すぐ助けが必要なのは、ファングとヴァニラの方だ」
「……二人が危ないだけじゃない。柱が傷ついたら、コクーン全体が揺らぐ」
仕方ない。ライトニング探しは、一時中止。まずはこいつの仕事を手伝ってからだ。
それにしても……婚約保留問題で気まずい恋人の中に放り込まれるって、どうなんだ? 俺、不憫。
デカブツは何も考えてなくても、セラはやっぱり、気にしてる。会えて嬉しいけど、保留って言われて素直に話せない? それとも、モグと俺に遠慮? そんな雰囲気で、俺はどうすればいい?
「……モグ」
「クポ?」
「俺には、お前だけが頼りだ」
「どうしたクポ?!怖いクポ」
「今までのことは謝る。だから、俺のそばにいてくれ」
「そんな……照れるクポ……」
「照れても何でもいいから、頼む」
「わかったクポ! いつでもノエルのそばにいるクポ……」
よし、これで当面の体制は万全だ。モグがいればなんとかなりそうだ。
そして、デカブツは何事もないように俺に接してくる。
「ノエル、歳は?」
「……18」
答えたくないけど、大人になれ、俺。あんたは? なんて絶対聞かないけど。
「年下か」
悪いか。だったら何だ。
「ノエルは意外と大人クポ!」
意外は余計だけど、モグ、ナイスフォロー。……だけど。
「なあ。……俺を相手するよりセラに謝った方がいいんじゃないか?」
余計なお節介かもしれないけど。いや、だってあのセラの顔見てたら、そう言いたくなるだろ。少し距離作ってて、少し俯きがちでさ。可哀想だろ。
「んあ? 謝るって? 何を?」
……わかってんのか?
「婚約保留はやっぱなし、とか。あるだろ?」
「あー、大丈夫大丈夫! 俺とセラの仲だから!」
イラ。
「じゃあ、なんで保留する必要があるんだよ!」
「そりゃーお前、俺とセラの仲だからな! お前には知らないことが色々あんだよ」
やっぱ駄目だ。右手が動きたがってる。どうしてやろう。
「クポクポクポ!」
「何だよモグ! 目の前を飛ぶな!」
「モグの目に、流血の事態が視えたクポ……!」
「時詠みか? んなわけねーだろ!」
「ははは、お前ら仲いいな」
目が腐ってんだよ。誰のせいだよ、くそ!
……こんなめちゃくちゃな奴だけど。無鉄砲なだけじゃないかもしれないとも思う。
オーパーツを探して探索中、行き止まりに当たる。そこに巨大な獣が……ヌシが出てきた。俺は当然、別のルートを探そうと言いかけた。その時、この人間のデカブツが予想外の行動に出た。
「おーい! デカブツ〜!」
なんで手を振ってんだ! せっかく危険を回避しようとしてるのに!
「刺激するな!」
「この先に行きたいんだ! 悪いけど、乗せてくれねえか!」
そう言って、ヌシの背中に飛び乗った。そこで何度も飛び跳ねた挙げ句、お前らも乗れよ、と。
確かに、新しい道が開けた。それは認める。
そして、乗った後も。
「モグ、あっち、調べられるか?」
遠くのトレジャーボックスが目に入り、モグに尋ねる。だけどさすがのモグも、遠すぎるクポ、と項垂れた。
「じゃ、ぶん投げてやるよ」
「クポ?!」
「悔しいけど……名案。探索範囲が広がりそう」
当然モグは嫌がったけど、よくやった! と三人から誉められれば、嬉しそうにした。
俺たちにはない破天荒な発想で、道を切り開こうとしていく。
そういう考えも、わからなくないけど。
でも、違う、って思う。
「……ねえノエル。スノウのこと怒ってる?」
柔らかい草の感覚を踏みしめながら歩いていると、後ろからセラが声をかけてくる。
「普通」
振り向かず、答える。なおもセラは食い下がる。
「怒ってる……よね」
「……普通!」
「私、ノエルが怒ってると悲しい」
「……ていうか怒るだろ? 当然! そもそも、怒るべきは俺じゃない。セラだろ? 婚約保留って、怒らないのか?!なんで俺が怒ってる? なんで何も言わない?!」
振り向いて、思ってることをぶつける。
「……それは」
でも、セラは俯いてしまう。
「俺、わからない」
また、前に向き直って、歩き出す。
「大体、怒る怒らない以前の話。
好きじゃないんだ。俺が守ってやる、お前らは何も心配するなって勝手に先輩面する奴」
「……ノエルは、守ってくれるけど、どちらかって一緒に頑張ろうってタイプだもんね」
そう言われれば、そうなのか? 意識したことなかったけど。
「そう。性格の相違、価値観の不一致。それでも、セラがそれを頼もしいと思うなら、婚約保留されても何でもあいつの隣にいればいい。あいつが同じゲートを通れるとは思わないけど、プリンを倒したら、ひょっとしたら俺の代わりにあいつがセラをヴァルハラに導いてくれるかもな。俺みたいにセラを戦わせたりしないで、ちゃんと守ってくれるさ。セラは何も心配しないで、あいつの後ろをついていけばいい」
「……そんなこと言ってない! 私がいつ! そうしたいって言ったの?」
あまり聞くことのないセラの激しい口調に、思わず立ち止まる。
「ノエルの……バカっ!」
ば、馬鹿? あいつじゃなくて、俺が言われなきゃいけないのか?
振り返ろうとして、後ろにいたはずのセラが、走って俺を追い抜いていくのを見た。追い抜くときの風が、顔に痛い。
「ノエル、馬鹿クポ……」
「お前、聞いてたのかよ!」
「そばにいてくれ、頼れるのはモグだけって言ったのはノエルクポ! もう忘れたのクポ……? ひどいクポ、薄情な男クポ……!」
モグにはやっぱりセラクポ、と言いながら、モグはセラを追いかけていった。
何なんだよ。ていうか俺も、大人になりきれてないな……。
……わかるけど。
あいつだって、仲間想いなことはわかる。俺が守ってやる、何も心配するな、ってのも、仲間を思う気持ちの現れかもしれない。クリスタルの柱になった昔の仲間のことを「今でも仲間さ」と語った時のあいつは、意外な程温かい表情をしてると思った。
でも、だからこそなんだ。
コロシアム 年代不明
プリンの巨大化の原因を求めて、俺たちはさらに時を超えた。その先にいた"時の審判"と話し、フラグメントを手に入れた。これで、少しはあの巨大プリンもおとなしくなってるはず。
「スノウが、待ってるね」
「……やられてなきゃいいけど? おとなしく待ってはいないだろ?」
「正解。お姉ちゃんと一緒で、真っ先に突撃しちゃう人だから」
誇らしげに話すセラ。……だけど。
「真っ先に死んでくタイプだ」
「……え」
「あいつのおかげでできたこともあったけど。年上だからって張り切ってさ。後先考えないで、危険に飛び込む」
「スノウのこと嫌だからって、そんな風に……」
「この前の言い訳したいわけじゃない、でも。
スノウだけじゃない、そういう奴が何人もいた。現実見ないで自分を捨てて、他人をかばって……みんないなくなった。
それが、現実だったんだ! だから、そういう奴を見ると……俺は」
言い募ろうとしたセラも、気落ちさせてしまう。そんなのを見ると、悪いことをした気分になる。
「……ごめんね、ノエル。ちゃんとわかってないのに、バカなんて言って……」
「いや、ごめんセラ。俺こそ……大人げなかったと思う」
冷静になりきれなくて、自分の苛立ちを、セラにぶつけて。本当に、反省。
「ノエルは……いなくならないでね」
ふいにセラが、横から覗き込むように、言う。
「ノエルだって、自分の身を顧みないで、何度も助けてくれたよ」
……でも。
「この前のヲルバ郷を言ってるんだとしたら……それは、守りたいから。だけど俺の力じゃ必死でやらないと、守れないから。力の弱さ、認めたくないけど……」
もしかして、……リーゴも、スノウも、そうだった?
違う。わかりたくない。
「……俺はちゃんと現実を見てる。スノウと一緒にするな」
「してないよ」
「あいつは、セラを残して出ていったんだぞ! 勝手にいなくなって、取り残されるほうの気持ちなんて、考えてないんだ」
わかってる、こんなのただの感情論。だけど、あの時残される方がどんな気持ちだったか。
最後の人間なんて、いいことない。誰もいない。悲しい。寂しい。
嫌だ。なんで一人? なんで生き残った? 生きたかったから。でも一人でじゃない。みんなで生き残りたかった。でも今は一人。なんで?
嫌だ。でも死ねない。俺が生きなきゃ。
何のために? 覚えているために。
何のために? 誰もいないのに? 誰も見てないのに? 力の限り叫んだって、誰も振り向かないのに? 魔物すら襲ってくれないのに?
いない、ベヒーモスも、アダマンタイマイも。嫌だ。いやだ。誰か。女神——
「ごめん、ノエル……」
セラの声に、はっとする。……今、俺どんな顔してた? ……セラに、心配かけるなんて。
「いいんだ……運命は変えられるって信じて、ここにいるから」
アルカキルティ大平原 年代不明
そうやって、反省しても。場所が変わったって、同じような会話をしてしまう。
大平原の風が、俺の悪いところを振り払ってくれればいいんだけど……その願いは叶わなかった。
マルドゥークがプリンを飲み込んで、それがあのサンレス水郷の巨大プリンに繋がっている。そこまで突き止めて、俺たちは何とかマルドゥークを倒すことに成功した。
……その時も、セラには同じようなことを言ってしまった。
「戻ろう。スノウが無茶しないうちに」
「心配してくれるんだ?」
そりゃ心配だよ。どんなやつだって。わざわざ、言わせなくたって。
「……早く、スノウのところに帰りたいだろ? 一人で突っ込んでるかもしれないし」
「頑丈なのが一番の自慢の人だから。離れていても、元気なことだけは信じられる」
……なんでそう思えるんだ。
「俺なら、無理だ。大切な人と離れるなんて、考えられなかった。そばにいたって、いついなくなるかわからない。そんな世界だったから」
「……ノエル」
「もう少しだけ一緒にいられたらって……みんなで言って……」
そう、ユールも最後、そんなことを……。
「大切な人が、また会えるって思ってたのに、死ぬんだぞ? そこまで考えて、信じられるなんて言えるのかよ!
大体セラも、呑気すぎるんだ。一瞬後にスノウがあのプリンにやられるって想像したことあるのか? もし死んだらどうするんだよ! 今までみたいに、再会すら期待できないんだぞ?」
リーゴだって。濃い霧が発生した時、危険だから動かないでまとまって歩こうって言ってたのに、俺がなんとかするんだって言って……アダマンタイマイの通り道に足を踏み入れて、やられてしまった。
記憶は薄れても……あの、もがき苦しむ、叫び声。助けてって、普段出さないような悲痛な声が、聞こえなくなっていって……硬質と粘着質が混ざったあの音だけは、耳に残ってる。
「悲しむだろ。泣く、だろ。……セラのそういう姿、見たくないし」
……悲しそうな顔が、目に入る。ごめん。違う。
「ごめん。辛いことを想像させたいわけじゃない……また、言い過ぎ、た」
やっぱ俺、まだまだ、だ。いろんな意味で。
こんな風に言いたいわけじゃないのに。
それに。
俺がセラを幸せにするわけじゃない。
セラが幸せになるかどうかなんて、………俺が決めることじゃ、ない。
俺は、セラと同じ時代を生きてるわけじゃないから。
全てのパラドクスが解消すれば、いなくなるかもしれないから。
そんな俺が、とやかく言う資格なんてない。
セラはライトニングに会って、そしてあいつと生きていくんだ………。
……。
「………あのさ。聞いていい?」
「……何?」
「セラって、スノウのどこが好きで結婚したい?」
「えっ?」
「俺の何がダメ? 何が足りない?」
「え……」
「スノウと俺の違いって何?」
思いつくままに質問したけど、途中からセラがすごく困った顔をした。……そんなに難しいこと聞いた?
「え……あの……すごく……難しい質問……」
「そう? なんで?」
「なんでって……。じゃあ、なんでそんなことを聞くの?」
そう聞き返されると確かに考える。なんで聞くの、か。頭の中をぐるっと回すと、三つ、言葉が転がってくる。興味……守る……好きなら……。
「うん、理由は三つ……かな。
一つ目。純粋な興味。人の気持ちを理解したい。俺たちの時代は好きとか信じるとか言える余裕なかったし、どういう気持ちなのか、知りたい」
スノウの魅力が何なのか。例えば、セラのスノウへの気持ちと、俺の思うユールへの気持ちは何が違うのか。それと、ユールのカイアスへの気持ちは。……とまでは言わないけど。
「二つ目。俺、まだまだだなって思って。人を守れる自分になるにはどうしたらいいのかって疑問。俺、村でも何かが足りなかったから、守れなかったんだと思うし。根本的に不足があるならセラから言ってくれたら、嬉しい」
セラは、深いため息を吐き出した。
「……何か変?」
「ううん! 変と言えば変だけど……よくわかったよ。だけど、やっぱり難しい……ね」
「そうかな」
「……例えばさ、村の人に同じこと聞いたことない? 答えてもらえた?」
「んー。多分、セラたちの思う結婚と違うと思う」
「そうなの?」
「現に俺だって、結婚してたし」
「えっ!」
元々大きな瞳が、見たことない程見開かれた。モーグリまで、クポ?!と言ってぐるぐる回る。……そんなに意外?
「え、……そうだったの?」
「どうなんだ? 生まれた時から決まってた。健康なら、子どもを作るのが義務みたいなものだったし。俺の時代じゃ、好きなのと結婚するのは関係なかった。……でも、すぐ死んじゃったんだけどさ」
「……そうなんだ」
「だから、好きな人と一緒になるって、幸せなことだろうなって思って。俺は、セラには幸せになってほしいって思ってるから。セラが望むなら、理解したい、応援したい。そういう気持ち。……これが、質問の三つ目の理由」
……何だ? 思ったことを言ったのに、違和感。いや、合ってるはず。
大平原の風に吹かれて、セラの髪がなびく。答えを待つ。
「ノエルは……そのままでいいと思うよ」
静かに、セラは言う。
「……それじゃアドバイスになってないだろ?」
「本当に、そう思うから」
「……じゃあ、俺になくてスノウにあるものって?」
「そんなの、わからないよ」
「セラでも、わからないのか……じゃあ俺が理解しようなんて無理か」
「そういうわけじゃないと思うけど……」
だけど、答えられもしない。そういうものかな。
「……わかった。ありがと」
そんなものかな……。
まあ、はっきりした答えはなかったけど、だからといって別に何が変わるわけでもない。
まずは、戻ろう。そして、あいつを助ける。そうすれば、なんとかなる。
サンレス水郷 AF300年
……そして戻ったサンレス水郷、ちゃんとあいつは生きていた。予想通り、一人でプリンと戦ってたけど。
だけど待っていたのは、想定内と想定外、両方の現実だった。
スノウが"立っていた"場所を、セラも、そして俺も、呆然と見ていた。
「どうして……」
サンレス水郷に戻ると、真っ赤だった巨大プリンは、緑色のミュータントトマトにまで小さくなった。そいつを倒して、この時空のパラドクスを解消したら、スノウは……"この時空に存在できなくなった"。
突っ走って悪かったって珍しく謝ったと思ったら……セラのガードもうしばらく頼むな、と言ったんだ。
少しずつ消えていくスノウの姿。いやだ、と声を上げるセラ。
「……時間を変えるって、こういうこと」
想定、してた。でも、わかる。セラが気にしているのは、そっちじゃない。
「スノウ……ルシにされて、どうして?」
掠れた声で、落ちたペンダントを拾う。お揃いのペンダント、だっけ。
スノウの腕には、ルシの烙印があった。
ルシは使命と、それを果たすのに必要な力が与えられる。使命が果たせればクリスタル、果たせなければシ骸という人ではないモノになってしまうという。
……だけど。あいつが、与えられた使命で動いているようには俺には思えなかった。
「されたとは、限らない。自分からルシになったのかもしれない」
「……そんなわけない! 自分から望んでルシになる人なんていないよ!」
セラは、そう言うかもしれない。でも……
「守りたいものがあったら? 守るために、力が必要だったら?」
『勝ち目がないって、わかってたんだろ。なんで戦った?』
セラに支えられて、苦しそうな声で……あいつは答えた。
『ファングとヴァニラがな。無謀なのはわかってたが、柱が蝕まれるのを、二人が傷付けられるのを、黙って見てられなくてよ』
『仲間のために、じっとしてられなかった? ……バカだ』
俺みたいな。いや、俺以上の。ある意味、俺がなりたかった姿。
『俺は、あんたみたいなバカが一番嫌いだ! 守る守るって、守られた方がどう思うか、考えたことあるのか! 自分のこと考えてくれなきゃ、あんたが守りたかった人が悲しむんだ!』
『だけど、お前もセラを守ってくれたろ。もといた場所では、お前の村や、大事な人を守ってた。俺とやってること、同じじゃないか?』
『違う! 俺はできなくて……守れなくて! だから一人残って……』
そう。あんたみたいにバカになりきれなくて、後悔してる馬鹿は俺だ。
後先考えて、行動できなかったのも俺だ。
反対されても、一人で仲間を探しに行けばよかった。普通に考えれば、それこそ無謀。
でも、俺がやったのは何だ? 一歩一歩滅びに近づくのを見て、みすみす手をこまねいただけだ。
あんたみたいな勇気も、持てなくて。
……もう、そんなことしたくなくて。
だから今は、スノウの気持ちもわかる。
「でもだって、ルシに使命があるんだよ? 成功しても、失敗しても」
「あいつは自分を顧みないで、他人を守ろうとするタイプだろ。仲間を助ける力が手に入るなら、喜んでルシになってやる……そんなこと言いそうだ」
未来を守るのに必要な力があるのなら。どんな力でも手に入れたい。俺がそう願うのと同じように、スノウも守りたいものがあった。だから力を手に入れた。そう、今のままじゃ足りない。
存在してる限り何でもすると俺が思うのと同じように、スノウもきっと。
誰に言われるのでもない。守りたいという、自分に課した使命。それに従って行動してるだけだ。
「……そういう人、嫌い?」
「嫌い。だけど……気持ちはわかる……」
世界が救われるなら、何だってする。やり方は合わなくても、同じ。結局あいつは仲間を、セラを守るって思ってる。
だから、きっと大丈夫。
セラだって……あいつが消える瞬間のセラを見てれば、好きな理由だとか何だとか言わなくたって、わかる。無鉄砲だってなんだって、セラはあいつのことが好きで。
だから……世界が救われて、セラがスノウの元に戻る。ルシになってしまったかもしれない、でもパラドクスが全て解消して世界が救われれば、きっとそれもなんとかなる。無鉄砲なあいつをセラが支えれば、うまくいく。
「……決めた。スノウは誰かを救おうとして、無茶ばかりするから……そういう彼を私が守る。私がルシになった時、支えてくれたのはスノウだから、今度は私の番。今は離れていても、必ず辿り着くよ」
セラも、元気になる。よかった。
「了解、それまで導くよ。あいつに頼まれたしな」
「……うん」
ん? まあ、いいか。
「まあ、これで今すぐコクーンが落ちることはない。あとはホープの仲間がうまくやってくれるって信じよう」
「……そうだね。きっと、うまくやってくれてるよね」
「ああ、俺たちは次の時代へ行こう!」
「……でも……私たちが時間を超えて、パラドクスを解消すれば……歴史が変わって、ノエルが暮らしていた時代は、どう変わるのかな」
ゲートを通った先、また時空の狭間にたどり着いた時。ふいに、セラがそんなことを聞いた。
「ひょっとしたら、俺が存在しない歴史になったりしてな」
「可能性あるの?!」
いつもそう思ってたから、俺にとっては今更な考えだったけど……セラには驚かせてしまった。
「あくまで、可能性。そうなっても……いいんだ。出会わなければ、あんな哀しみもなかったんだから」
あんな歴史、なければいい。そこにしか俺が存在できなかったのなら、それでいい。
みんな死んで、カイアスもいなくなって、ユールが死ぬ。
それが全部、なかったことになる。だったら、いいことじゃないか?
悲しい歴史も俺自身も、全部消えて。
そして、セラが幸せになる。俺の知らないところで——
一瞬、ちりっとしたと思った。
何?
……気のせい。首を横に振る。
「行こう。今は早く、ライトニングに会いたいだろ」
「……うん」
心配かけてるかもしれない。でも、今は先に進むしかない。
強くなる。世界を救う。俺にしかできない。それしかないんだ。
(3) 俺だから笑ってくれるわけじゃない へ
スノウのところはもうちょっと書きたかった……と思いますが……結局削ったまま再録です。イライラするけど、どっかで理解してたり、すごいと思うところがあって、それがまた嫌だったりする。