(2)-1 俺の帰るところなんて、ない へ
ヤシャス山 AF01X年
初めて、歴史が変わるのを目の当たりにした。
AF200年ヲルバ郷から戻ると、AF10年ヤシャス山の日蝕は"なかったことになった"。
数少ない人工の光を頼って、探るように暗闇を進んだ時とは違う。山道は、本来の姿を見せている。茶色い岩肌。少ない土を争うようにして、草がたくましく生えている。セラも、怖がることなく岩場を登ってくる。
初めての、"過去を変えた"感覚。
だけど同時に、いくつかの疑問が俺にまとわりついていた。
俺の行動は、"正しい"のか? 歴史にとって、人にとって。
"過去を変えることが未来を変える"ことに繋がる。そう信じて疑わなかったけど。
"未来が変われば過去も変わる"って、時詠みの巫女……ユールは言った。
実際目の前の結果を見れば、そういう風に歴史が変わるんだってことはわかる。……だけど。
「納得していいのか? 未来が変わったら過去が変わるなんて」
「……やっぱり変だよね。過去を変えたら未来が変わる、ならわかるけど。未来が変われば過去が変わる? 未来に起こる出来事が決まると、それに合わせてふさわしい過去が選ばれる……なんて。考古学も歴史学もびっくりだよね」
これでも考古学好きだったのに、とセラは悔しそうに言う。
「……ユールは、何を知ってるのかな。もう一度会ったら、教えてくれるかな」
ユールは巫女だし、俺の知らないことも知ってると思うけど……。
「かもな。でも未来に合わせて過去が決まるなんて考え方、運命思考みたいで好きじゃない。運命は変えられない、って聞こえる。もしそうなら、俺たちの行動も意味ないだろ?」
「……そうだね」
一方で、ユールらしいとも思う。現状を変えようって、仲間を探しに行こうって言っても、決して頷くことはなかった。今でいいんだって、頑なに。
『……気持ちは、嬉しい。……ありがとう……』
ユールの言葉は、優しくても……寂しくて、悲しい言葉だった。そこは受け入れてもらえない。その裏にはいつも、カイアスの存在があって。
俺は、ユールに喜んでほしかったんだけどな……。
そしてヲルバ郷で会ったユールは、俺のことを全く知らなかった。
『あなたのユールは、わたしじゃない』
……。
「会いたいな。会って、確認したい。その真意を」
そして、俺のことも。
「……そうだね」
そんなことを話しながら山道を歩いてたから、小さな銀髪の姿が横から現れた時は、すごく驚いた。
「お帰りなさい」
跳ねたようにドキドキする。心臓に悪い。……今回はカイアスの姿はない。
「ユール、あなたも、ゲートでここへ?」
「あなたが会ったのは、違うわたし。遠い未来のわたし……」
この前と同じような言葉。……思わず、首を振る。
「……ここにも、俺を知らないユールか」
「知ってる」
知ってる?
「あなたたちのことは、視ていたから」
「なんだ。……視てた、だけか」
落胆。だから、会ったこともないのに"お帰りなさい"、か? それも、時詠みの巫女ってこと。
だけどやっぱり、どのユールにも"俺の記憶"はないんだな……。今回は期待してなかったけど、二回も言われるとさすがにこたえる。
「わたしは、時を詠む。時を詠んで、正しいところへ導く。確かめたかった、あなたのこと」
ユールの瞳に、紋章が浮かぶ。……エトロの、紋章?!……時詠みの証。
待て、ユール。それは……!
言い出しかけて、だけど、声にならない。
ユールはゆっくりとその細い腕を上げ、セラを指差す。
「あなたも、私と同じ」……戸惑う、セラ。「あなたなら……きっと、導ける」
……自分の中で、話に追いついていない。
ユールは俺を忘れていて。だけど、俺も何かを忘れてる。何か大事なことがあると思うのに、聞くことができない。
カイアスの姿は見えないのに……去っていくユールを、追いかけることもできない。
頭が、痛い。未来と過去。時詠み。エトロの紋章。そして……セラが、何なんだ?
俺は、本当に何もわかってない。記憶が元々ないのか、それともなくなったのか。
このヤシャス山も同じ。パラドクスが解消された今、何が正しくて、何が誤っていたのか。そもそも、"今"も本当に正しいのか。注意深く見ないと……怖いと思った。
日蝕はない。アロアダイはいない。アカデミーの奴らは調査中。そして、遺跡にかけられた階段を上っていった先には、この前見た時と同じ姿の、ホープとアリサがいた。
覚えてるかな? と恐る恐る話しかけたセラに、ホープはにこやかな笑顔を返した。
「お久しぶりです、セラさん」
「……久しぶり! ホープくん」
「そして初めまして、アカデミー第1研究ユニット主任、ホープ・エストハイムです。あなたはノエルさん、ですよね?」
「えっと……正解!」
この話を前もしたことを相手は知らないのに、こっちは知ってる。変な感じ。
日蝕がなかったことになった。同じように、ホープとアリサと会った事実も、俺たち以外の記憶から消えた。ただ、AF5年にビルジ遺跡でアリサと会った事実は、なくなってない。その延長線上にある時代と考えればいいのか。
「セラさん、無事でよかった。僕の時間は止まっていたんです。みんなが消えてしまってから……」
両手でセラの手を握るホープ。そういうところは同じ。
「でも……強く握りすぎじゃないか?」
すみません……つい、と謝られてしまう。いや、何が悪いわけでもないけど。こっちもつい。
「あのね、ホープくん……実は、ホープくんの記憶、変わっちゃったの」
「どういうことですか?」
セラは説明した。日蝕に覆われたヤシャス山で既に再会したこと。パラドクスが解消したから、日蝕がなかったことになって、再会した記憶もホープとアリサから消えたこと。俺とセラの記憶だけは残っていること。
そして、ホープはその話をあっけない程すんなり受け止めてくれた。
「……もしそうだとすれば、ここをちゃんと調査しないと。
ここでは大規模なパラドクス現象が起きていなかったので、アカデミーも本格的な調査対象としていなかったのですが、念のため最近調査に来ていたのです。もちろん、セラさんのこともありますが。
パラドクスがないのは、解消したから……か。パラドクスの痕跡がないかどうか、改めて調査の観点を見直そうと思います。ご指摘ありがとうございます」
この前もそう思ったけど、ホープってやっぱり、すごい。これはパラドクスが解消したって変わらないんだろうな。
思考だけじゃなくて、それを着実に行動に移せている。研究熱心。行動の方法は違うけど、尊敬。
出来事を理路整然と捉えてくれるから、パラドクスが解消して違う歴史になっても、”間違えてない"感覚になる。
そう。だから大丈夫。言い聞かせるようだけど、きっと大丈夫って。
「お陰様で、随分と研究も進みました。お二人にお見せしたいものがあるんです」
ホープはそう言うと、後ろにあった予言の書に手を伸ばした。
「あ、予言の書! ……変わってるかな?」
……そして空に映し出されたのは、色のない世界、ヴァルハラ。この前の予言の書とは違って、セラとライトニングが再会する映像はもう見れなかったけど。
その代わり、鮮明に映っていた。俺がヴァルハラで見た光景。オーディンに跨がり、無数の魔物を従えるライトニング。そして、カイアス。二人が、人の力を超えた戦いをしていた。
「いつの時代かはわからないけれど——そこにはライトさんがいる。
オーファンを倒したあの時いなくなってしまったライトさんは、未来のどこかで、生きてるんです」
穏やかだけどきっぱりとした、ホープの言葉。セラが、少し涙ぐんで返す。
「夢じゃ、ないんだよね……? お姉ちゃんに、会えるんだよね?」
「必ず、会えます」
頷きながら返してくれる。何の疑念も抱かせない、力強い言葉。
「うん、会いに行くよ」
その時のセラの言葉が、すごく嬉しそうで。
ほら、俺たちが旅してるのは間違いじゃないって。ライトニングに会えるんだって。また前を向いていこうって。そう言おうと思ったのに。
自分の中で、何かがずれる音を聞いた。
……?
だけどそれに意識を向ける前に、ホープが言葉を続ける。
「大丈夫ですよ。僕たちだって、時間を超えて再会できたじゃないですか。はあ……何年も研究した甲斐があったな」
ホープが空を見上げて、柔らかい笑顔を見せてくれる。
「きっかけは予言の書でした。何百年も前の遺跡から発掘された書に、今コクーンを支えている、クリスタルの柱が映っていた。あり得ないことですよね。でも、それで思ったんです。時を超えて未来を知る方法が現実に存在するなら、時を超えて、過去を変える方法もあるんじゃないかって。
歴史を変えて、助けたかったんです……ライトさんを。……だけじゃなくて、ヴァニラさんやファングさん、母さんも」
「お姉ちゃんを……」
「じゃなくて。も、ですよ」
「お姉ちゃんを、ね……。じゃあ……過去を変えたくて、ずっと研究を?」
「いえいえ本当にね、セラさん。……でも、現実逃避と言われても仕方ないですね。ただ、おかげで気付けました。僕らの他にも、何者かが歴史に干渉している。そいつが過去を変えたんです」
ホープも、同じことを言う。誰かが歴史を歪めてるって。でも、誰が? そこでいつも、堂々巡りになる。
「ライトさんは、一度は帰ってきたはずだった。セラさんだけが、それを覚えていて……」
「………先輩!」
突然耳に届いた、アリサの叫び。みんなの視線が集中する。アリサの目線の先には、予言の書。何もしてないのに、ユールと同じ緑色の光を発していた。そしてまた、”未来"の映像が空に向けて映し出される。
さっき見た、ヴァルハラでの、カイアスとライトニングの戦い。
でも、さっきと決定的に違うのは。
カイアスが左手を掲げ、振り抜くと、空間が裂ける。そこには、クリスタルが粉々になっていく音、そして、地上に落ちていく、コクーンの姿。
カイアス。あんた、何して……
俺たちを苦しめてきたコクーン墜落の場面に、なんであんたが。なんで! どうして?
「……何なの?!記録が書き換わるなんて。書き換える機能なんてなかったはず……」
「いや、書き換わったとは限らない。元々記録されていた予言かもしれない。……最初の映像の続きか?」
「これが未来の予言だとしたら、コクーンはいつか落ちる。……ノエル、あなたの時代には、コクーンはなくなってるって言ってたよね」
「俺が生まれる、ずっと前にな。コクーンが崩壊したせいで、世界はめちゃくちゃになった」
わかってる、セラが言いたいこと。だけど、頼む、セラ。……言葉にするな。
「その時コクーンを落としたのは……カイアス?」
わかる。あんな映像見せられれば、誰だってそう思う……俺だって。
だけど信じたくない。カイアスはあの世界の生き残りで。無愛想で強いけど、その強さをあんなことに使ったりしない。あの強さは、ユールを守るためで。だから……違う!
「違う、そんなはずはない! カイアスは誓約者で、時を守る役目で……」
「ねえ! コクーンはいつ落ちるの? 何年後? もうすぐなの?!」
アリサの、悲鳴にも似た問いに遮られる。
「慌てるな。今から何百年も後だ」
「は……。なあんだ、ずっと先じゃない……みんな生きてないわね」
……胸が、苦しい。
忘却も、裏切りも、……無関心も。
今のアリサが、ビルジ遺跡での出会いの延長線上にいるのなら。今もきっと、不安だから。
『……今が精一杯なんだ。今を生きることだけで……』
わからないわけじゃない。村の奴らと同じ。俺、言い返せなかった。そして今も、言葉に詰まる。
コクーンを落としたのがカイアスがどうかなんて、俺だけがこだわって。
残ったのは俺一人。ユールもカイアスも俺を忘れて。セラと違って、待ってる人なんていないから。
なら、俺が一人で、苦しめばいい? 俺さえ黙って、ここからいなくなれば?
そうすればこんな意味不明のパラドクスも、未来も過去も関係なくて。
「……俺が」
何を言おうとしたのか、自分でもわからない。でも口にしようとしたところで、セラの声を聞いた。
「生きてるよ。コクーンが落ちて……世界が傷ついて……そんな時代に生きる人がいる」
セラが、静かに、でもしっかりとした言葉で言ってくれる。
ね、ノエル。だから、言わなくても大丈夫、って、目で伝えてくれるような気がした。
……セラだって、すごく自己主張するタイプじゃないと思うけど。こういうところでは、俺の気持ちを代弁してくれる。
俺の口をついて出ようとしていた何かが消えて、他の言葉が入ってくるのを感じた。
「ああ。……それが、俺の生きた未来だ」
「変えようよ、ノエル。一緒に未来を変えよう。コクーンの崩壊を止めれば、ノエルの時代だって変わるよ」
ライトニングに会いたい、って言ってたのが、いつの間にか未来を変えよう、に変わって。
俺はセラのことを守ってるつもりで。いつの間にか、俺の方が守られて、支えられてた。
「どうやって? コクーンが落ちる現場に行って、支えようとでもいうの? その時代に通じるゲートはあるの?」
皮肉のこもった、だけど、現実的なアリサの問い。
セラが答えに詰まったところで助けてくれたのは、ホープだった。
「直接その時代に行けなくても、方法はあります。"いま"の積み重ねが、未来でしょう? 数百年先にコクーンが落ちる可能性があっても、今から行動すれば、そんな未来を防げる。
落ちることが不可避なら、被害を減らす方法を準備します。今から研究して準備しておけば、例え、コクーンが落下しても、地上の被害は最小限で済みます」
うん、とセラが頷いてくれる。……そうやって、気持ちを形にしてくれるのは、ホープのやり方。
「……ありがとう、ホープ」
「礼には及びませんよ。ノエルくんたちと僕が、それぞれ違う場所で、それぞれのやるべきことをやる、未来を変えるという同じ目的のために、役割分担するんです。仲間でしょう?」
仲間。その言葉を使ってくれたのが、すごく嬉しいと思った。
「でも、礼に及ばなくない。ホープのそういうところ、ほんとにすごいし、ありがとうって思ってて……うまく言えないけど。すごく心強い。嬉しい。本当」
「はは。じゃあ、その言葉、ありがたく受け取っておきますね。こちらこそありがとうございます」
そういって、柔らかい笑顔を見せてくれた。ホープって何だか、大人だなって思う。
「了解。俺たちはゲートを探して、未来を変える。あんたは"いま"から準備を始めてくれ」
「ええ、変えましょう! 未来を」
「……でも。未来が変われば……」
「……セラさん?」
「ううん。ホープくん、ありがとう」
さっきのユールの言葉を気にしてるのか? それは、俺も気になるけど。だけど。
「時を隔てても、目的は一緒ですね!」
コクーン墜落に、カイアスが関わっているのかもしれない。
絶対違う、って言いたいし、でも、あの映像だけ見ればその可能性だって否定できないけど。
進めば、きっとわかる。どちらにしろ、進むしかない。
セラが、ホープが、一緒に未来を変えようって言ってくれるから。
「……あのさ。ユールの言葉。気にしてる?」
えっ、と振り向くセラ。
「未来が変われば、過去も変わるって」
「あ、うん……わかった?」
「わかるよ、それくらい。隣にいるんだし」
「そう、だよね。あのね。過去を変えることが、未来を変えることにはなってると思う。だけど、あんな言葉を言われちゃうと……何を変えるのが正しいのかって思っちゃって」
それはそうだ。同じ疑問、俺にだってある。
「でもユールはセラに、あなたならきっと導けるって言ってたよな?」
「……そうだね」
「それに、なんていうかさ……一番の未来って、俺だと思うんだ」
「?」
「一番最後の未来にいた俺が、過去に行って歴史を変えてる。それって、"未来が変われば、過去も変わる"ことになってないか? だからさ、大丈夫だと思うんだ。未来の俺と一緒に過去を変えてるから、セラはちゃんと歴史を変えられる。未来を守れば、ライトニングと会える。ユールのお墨付き」
「……さすが、ノエルだね」
何がさすがなんだ? と思うけど。セラは、髪を揺らして、笑顔を見せてくれる。
「いつも、前向き!」
「そんなこと、ない。ほんとにこれは、セラと、ホープのおかげ」
「またまた」
無理に言わなくてもいいって言うけど、セラこそ、こういう肝心なところは伝わってる気がしない。……どうすれば、伝わる? こういう時、表現下手な自分が残念になる。
「……えっと」
「ん?」
「……ほんとにセラのおかげ」
「ふふ、わかった。ありがとう」
駄目だな。今はこれが限界。でもまあ笑ってくれたし、今日はよしとする。
少しだけ、アリサの様子が気になったから。セラとホープが話し込むのを見計らって、声をかけることにした。
「アリサ」
「……」
横顔を見せたまま、返事がない。もう一度話しかけてみる。
「アーリサ」
「……今話しかけないでくれない? ノエル・クライス」
返事はしてくれたけど、普段より、数段低い声。それと。
「確かに俺の名前はノエル・クライスだけど?」
「呼び方が気に入らないってわけ? あんただって、私のこともホープ・エストハイムのことも年上なのに呼び捨てじゃない。何が違うのよ」
「……なんで不機嫌?」
「なんでもくそもないわよ。ホープ・エストハイムもセラ・ファロンもあんたも、何なのよ未来未来って、馬鹿の一つ覚えみたいに」
……大層、不機嫌。
「まあ、確かにアリサの言う通り。でも、駄目なのか?」
「この際あんたにとって未来が大事で私がどうだとか、もう関係ないわよ。それぞれ自分の思う通りにやるだけなんだから。でもあんたのせいで、いつもの私が崩れたじゃないの!」
「ええ、そこ……」
「あんな取り乱すところ、見せたくなかったの! 特に、ホープ・エストハイムには! アカデミーでの私の立場が悪くなるようなことは困るの」
「……立場?」
うーん、と、今回と前回のヤシャス山で見たホープの姿を思い浮かべる。
「……大丈夫だと思う」
「何がよ」
「ホープって別に、そんなこと気にしなさそうじゃないか?」
「あんたなんかにわからないわよ」
「詳しくは知らないけど。アリサもホープも、アカデミーの研究を頑張ってる。お互い助け合ってる。それでいいんじゃないか? ホープって、人がどうこうなんて言わなさそうだし」
「……意外と人のこと見てるのね。ま、あんたの言う通りよ。そういうところが逆にムカつくんだけどね。みんながあの人のこと見て、手助けしてるってのに、関係ないです僕は一人だけで進んでいきますみたいな態度。腹が立つわ。全く周りが見えてないの」
「……見てほしい?」
「……別に」
はん、と鼻で笑うアリサ。
「もういいのよ、あんな人。悪口言えて、すっとした。普段こういうこと言えないから。
私だって、自分のためにやってるだけなんだから。他人がどうかなんて関係ないわよね」
「……それでも、いいんじゃないか? 俺も、みんな同じ考えを持つべきだって思ってたこともあったけど……本当はそれぞれ、いろんな考えがあるんだよな」
どうしても、みんなで仲間を探しに行かないと駄目だと言い張った自分。だけど……今の生活で精一杯っていう村のみんなの気持ちを否定することは、本当はできなかった。アリサにだって、きっと同じ。
「みんなが同じく未来を考えることなんてできない。それでも歩いてれば、結局行き先が同じことだってある。アリサは、まずは自分が安心できることを考えればいい。そうすればそのうち、道は一緒になるかもしれない。だろ?」
「……」
アリサは、ふうっとため息をついた。
「大体あんた、何なのよ」
腕組みをしながら、俺を睨みつける。
「……何が?」
「嫌じゃないの?」
「だから、何が?」
……今度は何が駄目なんだ?
「私のこと、嫌な女だと思ってんでしょ?」
そこなのか?
「なんで?」
「なんでって。自分で言うのもなんだけど、表向きはかわいいのに、裏じゃこんなんで。普通、嫌がるわよ」
「普通……がよくわからないけど。大体アリサって、本当はそんなに嘘つけないんじゃないか?」
「は?」
「前のビルジ遺跡だって。探してた墓が見つかった時のアリサは、何も取り繕ってなかっただろ。今回だってそうだし」
「もう、うるさいのよ! たまたまだって言ってるでしょ。たまたまあんたが居合わせて、しかもわざわざ話しかけてきたから。普段はこんなんじゃないの!」
「たまたまでもいいけど。それがアリサの本音なんだよな?」
「だったら何!」
「だったら、正直に言ってくれてたほうがいい。その方がわかりやすい」
「……わかりやすいって」
「そうだろ? 思ってること言ってくれたほうが、俺もちゃんと理解できる」
「……ふん! 変な人」
また、腕組み。だけど、言葉は静かになる。
「だけど……悪かったわよ。みんな生きてないわねなんて言って」
「……アリサ」
びっと人差し指を俺に突きつける。
「一応! 今後も会う機会はあるでしょうけど、私との話はここだけにしといてよね。特にホープ・エストハイムとセラ・ファロンに今の話は一切言わないこと」
「なんで俺だけ?」
「私のやり方を崩されると嫌なの。
それに私とセラ・ファロンって根本的に気が合わないし。私嫌いなの、ああいういい子ぶった女。本当は何考えてるかわかんないんだから、あんただって気をつけなさいよ。
ホープ・エストハイムは、さっきも言った通りアカデミーでの付き合いは崩したくないわ。ほんとね、ああいう前だけ見ちゃうモードに入ると、本人が思ってる以上に周りが見えなくなって人の話なんて聞けなくなるのよ。
その点あんたならまだ話せるかなって」
もう、どこに何を言えばいいのかわからない。
「光栄……なのか?」
「光栄でしょ?」
「まあいいけど?」
「ま、頑張ってよね。ノエル・クライス」
「……ああ。俺は俺で頑張る。アリサもな」
自分の存在も、怪しいし。
ユールも、カイアスも、俺のことを忘れてて。もう、帰るところもないって。
そのカイアスは、もしかしたらコクーン墜落に関わってるのかもしれなくて……。
一方でアリサには、関係ないって顔されて。
だけど俺には、一緒に未来を信じてくれる人がいる。一緒に歩いてくれる人がいる。背中を見せられる人がいる。
話ができる人がいる。道が違っても、同じものを見る人がいる。考えを共有できる人がいる。
それが、嬉しい。そう思うだけで、前を向ける。世界を変えるって信じられる。
村の奴らとはまた違う、心のつながり。同じ考えを持った……そう、同士って、こういうものかな。
アリサとだって、例え考えが違っても、歩いていればそのうち道が交わる、そう思える。
あのまま村にいたら、世界なんて変えられなかった。こんな風に仲間ができるなんて、知らないままだった。
そう思えば、やっぱり、女神は俺に微笑んでくれてたんだと思う。
みんなそれを知らないまま死んでいったけど、俺は知ってる。
だから——早く行こうって意気揚々にゲートに飛び込んだのに、時空の狭間に紛れ込んでしまって、お姉ちゃんは遠いね、ってセラが座り込んだ、その時も。そのことを伝えたくなった。
「……あのさ。女神の伝説っていうのがあって。ハンターが代々語り継ぐクリスタルの神話。苦しい時、この言葉が支えになった」
「……どんな言葉?」
「女神エトロは、絶対に諦めない者に、扉を開く」
大真面目に言ってみせたら、吹き出されてしまった。
「それ神話っていうか、いわゆる人生の教えって感じだけど?」
「同感。だけど、不安で潰れそうな時には、シンプルな言葉が一番効くんだ。ゲートを越えるごとに、ライトニングに近づける。って信じるようにしよう、今から!」
笑いながらでも、うん、って言ってくれる。でも本当にそうだ。
最後の最後で、エトロが扉を開けてくれた。もっと早く開けてくれたら、って思うこともあるけど。それでも、俺は過去にさかのぼることができた。
だから絶対、このチャンスはものにする。ライトニングに会う。コクーンと未来を救う。セラが幸せになれる世界を作る。婚約者だって帰ってくるだろ。セラがあれだけ待ってるなら、相当いい奴に違いない。セラだって幸せになるんだ。いつも笑顔でさ。そんな世界。うん、いいな。
と、その時は思っていたんだけどな……。
(2)-3 俺がなりたかった姿 へ
忘却もそうですが、無関心が一番きついように思います。そういう時のセラとホープの言葉はやっぱり嬉しかっただろうなあ……と。そして、裏アリサの第1歩目が書けて嬉しいです!