ビルジ遺跡 AF005年
『……人の造った機械がファルシの代わりをした時代があったんだよ』
『……死の砂を吸い込んで……もう助からない……』
『コクーンの柱は崩れた……』
『……戦争が起きたんだって』
『……もう誰も生き残っていない……』
『娘がクリスタルの柱となり、コクーンを支えた』
『コクーンに混沌が降り、予言された災厄が……』
記憶の海に、揺蕩う。浮かんでは、流される。
いつ、誰が、何を話していたのか。
『……一人で行けよ。俺を巻き込むな……』
ユールの誕生日祝いをどうするか、そんな些細なことで、自分勝手な対抗心が出たんだっけ。一緒に準備しようって言われたのに、突っぱねたんだよな。
そして、ヤーニは戻ってこなかったんだ……一人で狩りに出るなんて、あれだけ無謀だって言ってたはずなのに……
『……俺のせいだ、俺の………』
俺のつまらない意地のせいでヤーニは命を落とし、その分、ユールが余計に寂しい思いをして……。
だから、ちゃんとしないと。
ユールを大事に思っていたヤーニの分まで、三人でも、ちゃんとした誕生日祝いをしてやらないとって
だけど、カイアスがいなくなって……
……あれ。記憶の輪郭が、ぼんやりする。
なんで、カイアスは……わざわざ、ユールの誕生日に……。
あいつこそ、誕生日を誰よりも祝いたいと思っていたんじゃないのか。あいつがいなくなったせいで、ユールは……。
……そのせいで、何だ?
「ねえ、ノエル。アトラスが使われるような戦争が、未来で起きるの?」
セラの問いかけに、思考が現実に呼び戻される。
……集中しろ、集中。
目の前の問題は、アトラス——人間が作り出した巨人の兵器を、どう止めるか、だ。
俺の記憶では、アトラスが出てくるのはもっと後の時代のはずだけど、ゲートをくぐった先のAF5年、ビルジ遺跡と呼ばれるこの場所にアトラスはいて、制御を失い暴走をしていた。
そのアトラスに関わる不審人物として捕らえられたところを、この遺跡を調査する女性アリサに助けられた。アトラスのせいで遺跡が封鎖されて調査ができない、というアリサに、アトラスを止めてやるよと約束した。
遺跡の守衛に嘘をついて俺たちを解放したことを"全部嘘ですよ"と言ってのけるアリサのこと、信用していいのかとセラは戸惑っていたけど、俺にとっては問題じゃなかった。……つまらない意地を張ってヤーニが帰ってこない、そんなことはもうしたくなかったし。
『困った時はお互い様。取り返しがつかなくなって後悔するより、ずっとましさ。
それに、確かにアリサのおかげで助かったんだ。熱意、誠意、真心、笑顔……手段は何でもあるからな、なんて話してたけどさ。真っ正面から行ったらぶつかってたかもしれない。嘘がいいとも思わないけど、そのおかげで無事だったんだから、多少は感謝しないとな。
アトラスのことも同じ。アトラスを止めれば、アリサは遺跡の調査ができる、俺たちは次の時代へのゲートを探せる。目的が果たせれば、お互い嬉しいだろ?』
『……そうだね』
『何か……不安?』
『私の名前を知ってたこと、怖くて。いくら嘘が得意だって、知らなかったら言えないことでしょ? 全部嘘ですって言ったけど、私を知ってたのは嘘じゃないと思うの……』
それもそうか。セラを知ってたのは嘘です、ってアリサの言葉、あれも嘘ってことになるのか。
『……だとすれば、なんでセラを知ってた?』
『私がルシだったこと、知ってる人だったら……』
私、コクーンの敵、ルシだったことがあるから……と言った時の、セラの辛そうな表情を思い出した。もしかしたら知ってるのかもしれない、でも違うかもしれない。どちらにしても、そんなこと聞いてもアリサは正直に答えないだろうし、考えるだけ余計にセラが辛いだけだと思った。
『もしその推測が本当だとして、アリサが何か言ってきたとしても。その時は、俺が言い返してやるさ』
『……うん。ありがとう、ノエル』
……そんな会話をしながら、今はアトラスの暴走を止める方法を探している。今度は、セラにアトラスについて聞かれた。そんなところ。
「そうだな……ええと」
アトラスが使われるような戦争が、未来で起きるの? その答えとなるものを、記憶の海の中で探す。ちゃんと狙いを意識しないと、雑多な記憶に混じって、すぐに流されてしまいそうだ。
『……人と人との戦争に、人が造った兵器が使われたんだよ』
『名前はアトラス。巨人って意味だよ……』
「うん。今度は思い出せる」
「思い出せる……って?」
「記憶……怪しくてさ。忘れるわけない大事なことを、なぜか思い出せないってのがたまにあるんだ。ばあさん……先生から、何回も聞いてたと思うんだけどな」
「ノエルってば。先生の話、ちゃんと聞いてなかった……なんてことないよね?」
「ないクポね〜?」
「えっ、そんなことない、と思うけど」
「ごめんごめん、からかっただけ。続き、聞かせて?」
ひどいな、って言いながらも、セラに冗談を言える余裕ができていることにほっとした。
「うん……でも、大丈夫。本当に戦争の話は覚えてる。俺が生まれる何百年も前に大きな争いがあって、コクーンが落ちたんだ」
「それって、今から5年前の話? お姉ちゃんがクリスタルの柱に消えた日」
「ラグナロクの日の伝説は、戦争と別に伝わってるんだ。女神は娘らに慈悲を与え、娘らはともに永遠となった……。この前も言った話だけど。だから墜落は、もっと後のことだと思う」
「そうなんだ……」
セラが、考え込む。
でも、自分でもわからない。……何を覚えてて、何を覚えていないのか。
ラグナロクの日の伝説、覚えてる。コクーンが落ちた、覚えてる、でも違う気もする。戦争が起きた、なんとなく覚えてる、でももしかしたら違う気もする。カイアスがいなくなった原因、覚えてない。
……ふいに、嫌な仮説が、思い浮かぶ。
その話をいつ聞いたとか、どれだけ真剣に聞いてたかとか、そういうことじゃない。
覚えてるか覚えていないかは、話の内容が、いつの時代の歴史なのか……だ。
その話がこの時代に近ければ近いほど、覚えてる。ラグナロクも、コクーンを支えた娘の伝説も。
もう少し歴史が進んだ話になれば、戦争の話も、詳細が曖昧になってきて……
遠い未来のことが。自分の身近なこと、村のこと、よく覚えているはずのことが、逆に真っ暗。
……近い未来は確実でも、遠い未来は不確実で、変わり得るものだから……?
だとしたら、俺は………
「ノエル」
「え」
「時の迷宮、もう出れるよ。早くアトラスを止めよう?」
……アトラスを止める方法を探してたら、パラドクスに巻き込まれ、モグが"時の迷宮"と呼んだ空間に迷い込んでいた。セラが時の迷宮を解くのを見守ってたはずだけど、そのうちに、何時の間にかまた思考に沈んでいたみたいだ。セラの手が、俺に向かって差し出されている。
「ごめん、ありがと」
手を取る。手袋を通しても伝わる、体温の感覚。まじまじとその手を見つめてしまう。
「……」
「どうしたの?」
「温かいな」
「えっ?」
「手。体温があって、俺もセラもちゃんとここにいるって感じがする。生きてるって感じ、する」
「それは、そうだよ」
「当たり前かもしれないけど。……落ち着く」
「うん。ちゃんと、いるよ?」
こんな風に人の手を取るのって、いつ以来なのか。俺の世界でみんながいなくなってから、どれくらい経ったのか。どれくらい一人だったのか。……もうわからない。それを思うと、今みたいに人と一緒にいられるということが、何物にも替え難いことに思える。
相手がいる。自分がいる。話して、手をつなぐ。信じてくれる。一緒に歩ける。ここに、いる。その一つ一つ全てが、本当に奇跡みたいなことだ……。
「……」
「……」
やばい。手を離すタイミング失った。別にいいのか? いや多分違うよな? セラは何も言わないけど。
「……」
「……いつまでそうしてるクポ?」
「うん、だよな! 行こう!」
ナイスツッコミだモグ、助かった。距離感、測りかねてた。手を離して、時の迷宮の出口に急ぐ。
……だけど、その温かさの感覚がずっと手に残ってたから、ありがと、と心の中で呟く。
時の迷宮を抜け、制御装置として作動していたクリスタルを破壊すると、アトラスは地響きと共に消えて行った。
「パラドクスが解けていく?」
遺跡が元の形を取り戻していく。アトラスが破壊した柱も、壁も、全て、元あったであろう形に。
「……パラドクスは、どうして起きたんだろう……」
セラが呟く。
パラドクスがどうして起きた、という問いと共に、この時代から消えたアトラスがどこへ行ったのかが自分の中で気にかかった。
……アトラスはこの時代からは消えたけど、どこかの時代には存在しているはずなんだ。だとすると、ここから消えたからって楽観視はできない。だって……いや、でも、あれ。……どうして楽観視できない? え、と。楽観視できない理由は? アトラスをどこかの時代に放置すると、どうなる? 頭の中から、何かが消えていく。
「……なあ、セラ」
「ん?」
「俺……アトラスのこと、何て言ってた?」
「さっき言ってた話のこと?」
「ああ……教えて」
「人の戦争にアトラスが使われて、コクーンが落ちたんだって」
「……うん。そうだよな……」
自分で言ったはずの言葉。その言葉は、思い出せる。なのに、頭で、アトラスとコクーンが、どうしても結びつかない……。
歴史が、わからなくなる。記憶が、曖昧になっていく。なんで……。
「……ノエル?」
心配そうに見つめてくる、セラ。
「大丈夫。大丈夫だけど……」
俺たちが未来を変えようとしてるから……? だから、アトラスの歴史が変わった………?
……としても。それでも、おかしくないか?
パラドクスが起きる。そのせいで、身の回りのものが時空を超えてしまうことがあるとモグは言った。それであんな巨人までが時空を超えたわけだけど。
俺たちがしたことは、巨人を元の時代に戻しただけじゃないのか? アトラスが元に戻り、戦争に使われる。とすれば歴史自体も、アトラスのせいでコクーンが落ちたことになってなければおかしいはず。でも俺の今の記憶は、コクーン墜落の原因がアトラスじゃないって話に変わってしまっている?
それって、おかしいよな。
……俺たち以外の誰かが、いる? そいつも、歴史を変えようとしていて……?
「……俺の推測だけど。歴史をねじ曲げて、時を滅茶苦茶に歪めた奴がいるはずだ……」
だとすれば、理解可能。ゲートだとか、未来の兵器が現れるのも、それが原因。
……でも、それは、誰だ?
とにかく、アトラスと共にこの時代のパラドクスは消えて、アリサは遺跡調査を再開できた。そして……アリサが探していたものも、見つかることになる。
「……墓標?」
「ここです! やっと見つけた!」
かがみ込み、すがりつくように石の墓標に手をかけるアリサ。さっきとは違い、笑うような余裕は全くない。
「……よかった……私の名前じゃない……」
自分の名前がそこに書いていないことを確認して、ほっとため息をつく。
「それ……アリサの……」
「……友達のお墓よ」
セラが、うつむく。
「5年前、ボーダムという街が一つ、軍隊に消されたの。私は友達の家に遊びに来てて、巻き込まれた。大人たちと一緒に逃げて、隠れてた。でも引き揚げる途中、ここで落盤事故が起きて……。
あれからずっと、夢を見るの。瓦礫の下敷きになって、暗くて痛くて息苦しくて。気付くと、私の魂は身体から抜け出して、このお墓の前に立ってるの。そこに書いてあるのは、私の名前……」
嘘得意ですから、と言い切ったアリサ。でも少なくとも、今話してることは、絶対に真実だとわかる。
「何度もそんな夢を見て、思ったの。もしかしたら、私はあの時死んだんじゃないかって。今の生活は、夢なんじゃないかって!」
……アリサが、自分を不安に思う気持ち。状況は違っても、その気持ちは、わかる気がする。
俺の記憶も、曖昧なもので。もしかしたら俺の記憶している未来そのものが、ものすごく曖昧なのかもしれない。……だとすれば、そこに存在している俺自身も。
どれが正しい歴史なのか?
どれが正しい俺なのか?
自分自身がわからなくなる。
アリサも同じように思っているのかもしれない。それなら、俺がその気持ちを理解できるのかもしれない。
でも、だからこそ、その不安な気持ちに同調するだけじゃなくて、違うものを見てほしいと願う。
「……ほら。こうやってさ」
軽く、アリサの頭を小突く。……さすがに、セラ相手みたいには手なんて握れないけど。
「ちゃんと感覚あるだろ? だから……夢じゃないだろ?」
少し、戸惑った顔。
「俺もあんたも、確かに今ここにいる。ちゃんと生きてる。それだけは、確実」
そう思いたいだけかもしれない。……それでも、そんな風に思ってくれたら……。
「……そうですね! 一度死んで、またチャンスをもらったんだと思うことにします」
少し微笑むようにして言ってくれる。
一度、死んで……か。
「……アリサ。俺は、こう考えるようにしてる」
「何ですか?」
「一度死んだんだ。だから、それ以上何も恐れることはないんだ。恐れなきゃ、何だってできる。そう思えばいい。だろ? だから……できるよ、大発見。アリサなら」
そう言うと、アリサは一瞬の後、最初に見せていたような不敵な笑みに戻った。
「いいこと言いますね! でももうしちゃったんですよ、大発見。あなたたちを目撃しちゃいましたから」
「……そういうこと?」
「ええ。でもそうね、あなたの言う通り、他にもたくさん大発見することにするわ。ありがとう」
「ああ、その調子」
多少なりとも理解し、励ますことができるのであれば、自分も役に立っていると思える。
そうしてアリサとは別れ、セラ、モグと一緒に次のゲートを探すことになった。
「さてと、これでアリサの探し物も見つかった。次は、俺たちの出番だな! オーパーツを探して、ゲートを開こう」
……だけど。探し物が見つかってアリサは元気になったけど、逆にセラの元気がない。そうだね、と、か細い声で返されて、逆に調子が狂う。
「モグ」
「何クポ?」
「セラが元気ないんだけど? 何か知らないか?」
「う~ん、元気ないクポ……? モグにはわからなかったクポ」
「……わからないか」
「モグも全部わかるわけじゃないクポ! セラに聞いてみればいいクポ」
「……聞いていいのか」
俺は、この時代の話を全く知らない。でも万が一さっきのアリサの話が、セラが辛そうにしてたルシの話とどこかで繋がっていたとしたら……? 俺が聞いたら、余計にまずいだろ。
そうじゃないって。セラが元気ないのは大したことじゃないクポなんてモグが訳知り顔で言ってくれるのを、俺は期待していたのかもしれない。
「いつからそんなに遠慮キャラになったクポ? ノエルの発言はいつも無遠慮クポ? 何を今更クポ!」
「俺がいつ! 無遠慮なのはモグにだけだろ!」
「自覚なしは困るクポね! 今までだって……」
「……ケンカしてる?」
言い合いながら力いっぱいモグを掴もうとしたところで、セラに見咎められてしまう。
「いや? 仲良しだよ。な、モグ」
「そうクポ!」
「だったらいいけど。それじゃあ、次の時代に行こう?」
「了解」
「了解クポ~」
「(結局わからなかっただろ)」
「(ノエルが早く聞かないからクポ)」
「(うるさい。一応セラの事情を考えたんだ)」
「(ただのへたれクポ)」
「(やけに反抗的じゃないか?)」
「(モグをブタネコ呼ばわりするからクポ!)」
「何、ぶつぶつ言ってるの? ノエル、日蝕のオーパーツは……」
「大丈夫! 了解」
モグとの睨み合いを終え、オーパーツをかざすと……ゲートが輝き始める。
「………起動した!」
そうして見やると、セラが苦しそうな表情をしているのに気付く。
「セラ、大丈夫か?」
さっきまでの元気のなさとはまた違う。様子がおかしい。
「う、ん。何でもないの、気のせい。疲れてるのかな」
そのままゲートを通ろうとするのを、腕を掴んで制止する。
「待って。セラ、気になることがあるなら、言って」
……いや、違う。俺が気になってる。だからどうしても聞きたい。……それは、何?
だけど、セラは俺の欲しい答えはくれなかった。
「……ありがとう、ノエル。でも、本当に疲れてるだけだと思うから……」
違う、そうじゃない。
疲れてるとか疲れてないとかそういう問題じゃないんだ。
そうじゃない、でもだったら、何なんだ? 何が言いたい? ……それが言葉にならなくて、そのままセラの腕を放してしまった。
「……了、解」
だけど……胸騒ぎがする。何かが引っかかる。胸が狭まるような感覚。
なんで? きっと理由があるはずだ。でもそんなことですら、思い出せない。俺の記憶、どうなってる?
俺にとっての過去、セラにとっての未来が……曖昧で……
何が正しい?
「さて、と。次の行き先は、未来? 過去?」
「……俺にはもう、何が未来で何が過去か、よくわかんなくなってきたけど」
この世界で、自分自身が、一番不確実。
少し歴史が変われば、もしかしたらすぐに消えてしまうような、曖昧な存在。
だけど……それでも、存在している。
アトラスがいて、コクーンが落ちて。大地が汚染されて、そして、みんなを救えなくて……そんな歴史の上で、俺は成り立ってる。
本当は、そんな俺が存在しない歴史が進んでいるのが一番よかった。どんな歴史であっても、今ここに存在しているということに、感謝しないといけないのかもしれない。
「今の俺たちを形作っているもの、それが過去。俺たちの行く先にあって変えられるもの、それが未来。どんなつらいことでも、過去がなきゃ、今この瞬間の俺もない」
「……そうだね」
「だから、この瞬間もムダにならないさ。まっすぐヴァルハラに行けなくたって、回り道にも意味はあるんだ」
そう。回り道をしたっていい。ここに存在している限りは、どんなことでもやる。ライトニングに、そう約束してるんだ。
「うん、いいこと言うね」
あ、ようやくセラも元気になってきたかな。
「まあ、すぐ行けるなら行くけどさ。回り道ってかったるいし」
「それが結論?!」
「自分の気持ちに正直に行こう。そうすれば、自分が望んだ未来に行ける」
セラも笑顔になる。心配は心配だし、結局ちゃんと話は聞けなかったけど……それでも、うん、セラが笑ってるならいいかな、と思える。
俺はどうなるかわからない。でも、セラがネオ・ボーダムみたいな場所で、子供たちに囲まれて笑える未来であれば、それが幸せなんだろうと思う。
(1)-3 会いたいって思ってくれる? へ
ノエルも自分が不安。でもそれまで一人で歩いてたから、隣に誰かがいることに安心することがあったかなって思います。