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永遠の空の下 [空のように、ひとつに] (7)-1

前回のお話  [空のように、ひとつに] (6)  電車の窓から、ぬるい風がひゅうっと吹き付ける。 「——あ……」  今朝までいた、茶色くて低い屋根が連なる旧市街。そしてさっきまでいた、高い近代的なビルが集まる新市街。短かったけど——すごく大切な時間を過ごした、大切な思い出のある場所。電車が空港に向けて動いていくにつれて、だんだんとその風景が遠く、小さくなっていく。  胸の奥が、きゅっと絞られるような感覚。……だけど。 「これで——よかったんだよね」  小旅行で訪れた場所。ずっと、ここにいられるわけでもないから。私は、自分の場所に戻るから——  そう。帰ればお姉ちゃんがいる。きっと笑顔で、迎えてくれる。今日はお母さんと一緒に、お父さんの誕生日を祝うんだ。大切な、家族の時間。  少ししたら、ホープくんが祝賀会をしようって言ってくれてる。スノウにもヴァニラにもファングにも、サッズさん一家にも……ノラのみんなにも……きっとそこで、会えるんだ。  すごくいい留学生活を送って、少し気分が高まったまま旅行に出て、すごく楽しく過ごして——そんな非日常も、もう終わるんだ。私は元の日常に、帰っていくの。  ——そこに、ノエルはもう、いないんだ。 『手を出すな! その子は、俺のエモノなんだ!』  そう言って、助けてくれたのも。 『3回も会ってたらどうせまた会いそうだし、ついてくよ。旅は道連れって言うし』  一緒に旅をして、いろんなところをまわるのも。 『お守りいっぱいあってさ。セラは、たくさんの人に守られるんだな』  人のことに、嬉しそうに微笑むところも。 『どこにいても、自分を大事にすること。他の人を助けるためだとしても、自分もちゃんと守ること。自分がいなくなったらどうなるって、常に考えること』  ……本気で気にかけて、怒ってくれるのも。 『……みんなが生きてる世界。生きてるのに人同士争ってるんじゃなくて、ちゃんとみんなが……それぞれの人生を、生きてる世界……』  どれも、自然のことみたいで。  1回目は駅で会った。2回目は、朝市で。——だけど、偶然じゃ嫌だった。あの焦げ茶色の髪の男の子に、また会いたいって思って——だから、はぐれた後も探した。人違いはしちゃったけど、それでもまた会えた。  会ったばかりの人。ほんの数日間なのに、どうしてか、一緒にいると、温かくて嬉しくて、当然みたいに思って——  でも、だからこそ——  私だけが、変に感傷的になってたのかもしれない。私は帰るって決まって、寂しかったのに。ノエルは……そんなことなくて、昨日と同じ、笑顔で。そんな様子に……私は、すごくすごく、寂しくなったの。  昨日は一日中、手だってつないでたのに。——今日はどうしても、自分からできなくて。ノエルだって忘れてる感じだったし、今更何かできる気がしなかった。  別に、それでもよかったはず。3日間楽しく過ごさせてもらって、ありがとう。それで終わらせたって、よかったはず。ノエルはこれから、新しい世界に踏み出すんだから。私だって、同じなんだし。お互いにそれを、ただ応援できればよかったのに。  だけど——思わず、言っちゃったの。 『ノエルは、お守りがあれば、それでもういいって思えるの? 3日間、楽しく過ごせた。もうそれで十分だって思うの? あとは私がどこで何してようと、お守りさえあればどうにかなるだろうって思うの?』  それがお守りだって言うなら……私は—— 『ごめんね、私……お守り、つけてあげられない』  だけど。言ってしまった言葉を思い出すと、はぁ……とため息がこぼれる。本当にノエルがそんな風に考えてるって思ってるわけでもないのに、つい言葉が出ちゃって——  ……私は、どちらかって言ったら大人っぽい方じゃないかって、自分では思ってた。お姉ちゃんは——結構寂しがり屋だし、いい意味でもわがままを言うことだってある。そんなお姉ちゃんと一緒にいるのが私で、『そう思ってなかったのに、"お姉ちゃん"と"妹"が逆みたいだね』なんて言われたこともあった。他のみんなとだって——今だったらまた違って捉えられると思うけど、それでも前は、みんなは私のことをかわいい妹みたいに守ろうとしてくれたことも……少し違う、って思ってたりした。私はみんなが思うよりも——  だけど……  なんで、かな。  それも、物わかりいいように、してただけなのかな。  この旅の途中、一度も——自分が大人だって思ったこと、なかった……  ノエルより、3歳も年上なのにね……  本当は自分が思うよりも、ずっとずっと、子供っぽいのかな。  私がもっとちゃんと、大人だったら。さっきみたいなことには、ならなかったのかな……  ……でも。  あんな風に言っちゃったから。さすがにノエルも、それ以上何も言わなかった。  もう……過ぎてしまったことだから。  私はもう、一人で空港に向かってる。これで飛行機に乗れば、もう—— 『ノエル。この3日間、本当に——ありがとう。私……もう大丈夫。……ひとりで、空港行けるから』 『セラ、待って。ごめん。多分俺、よくないこと言った。謝る』 『いいの。平気だから』 『だけど俺も、空港まで』 『ごめんね、ノエル。でも……本当に、いいの』 『でも——』 『ごめんね。今はもう、一緒にいるのが……辛いの』  2日ぶりの駅は、賑わっていた。  ストライキ中の閑散とした雰囲気は、もうどこにもない。目を閉じている間にも、たくさんの足音、列車の発着する甲高い音が耳に入る。そっと目を開けると、高いガラス天井から漏れる光すら眩しい。そんな中、たくさんの人が目の前を足早に通り過ぎていく。案内板を眺めれば列車の情報は刻一刻と書き換えられていく。シャッターの閉まってた売店や飲食店もちゃんと開いていて、客も頻繁に入れ替わっていく。  そんな忙しい風景を、俺はベンチに座ってただぼんやりと眺めていた。  ——どうするかな。次、どこに行く……?  まともに考えてないから、答えも出ない。同じ問いだけを、さっきから繰り返してる。  一昨日までは確かに、こっちに行こうかあっちに行こうかなんて楽しく考えを巡らせてたはずなのに。  急に投げ出されたみたいな、そんな気分。次、何したらいい? よく……わからない。考えてるはずなのに、頭の中がすっきりしなくて。  この前まで、どうしてたんだっけ? 思い出せ。この街に来る前、まだ行き先を考えてた時のこと——そう、初めて寝台列車に乗った。何だかすごく懐かしい。あの寝台の上で、何か——  ……あ、そうか。路線図。小さな路線図開いて、どこ行くか考えてた。うん、そう。正解。この街にいる時は使わなかったけど、バッグに入ってる。じゃあとりあえず、路線図出すか?   そうして足下のバックパックを開けて、雑に手を突っ込む。いろんな荷物をかき分けるけど、なかなか本の感触が手に返ってこない。 「モグ、少し邪魔。出てて」  仕方なくバックパックの口を開いて、さっきもらったモーグリのぬいぐるみを取り出す。ふわふわとした身体を掴んで——ふとその細い目と目が合う。 『——あのね、ノエル。すごいんだよ。モーグリ、知ってる? この子、すっごくかわいいでしょ! そのモーグリが持ってるステッキの先にある時計が、腕時計になってるんだよ!』 『わ、わかった、セラ。わかったから落ち着け』 『だって、嬉しくて……! 私ね、モーグリ、大好きなんだ』 「……」  ため息。ぬいぐるみを身体の横に置いて、手をバックパックの中に戻す。 「——あ」  がさ、という手触り。引っ張り出すと、見覚えのある茶色い紙袋。……そういえば昨日買ったパン、残ってたな。 『おまけのパンは、後に取っとこっかな。お腹が空いた時のために』 『ああ、そうだな。俺もそうする』  でもセラのバッグがいっぱいだからって、俺のと一緒にこっちに入れたままだった。俺もセラも、忘れてた。  手に取る。1日経ってたって……まだ食べられるよな。  そっとかじる。もそ、という感触。 『あ、美味しい!』 『だろ?』  ……はあ———— 「……モグ。セラ、行っちゃった、な」  何となく誰かに話したい気持ちになって——身体の横にいるモーグリのぬいぐるみを手に取って、話しかけてみる。もちろん表情が変わることもないし、返事なんてない。何か言ってくれるなんて、期待してるのか? ……馬鹿だな、俺。 『私……モーグリのこと、本当にどこかにいるって思ってたんだ。——って……もう! ノエルまで馬鹿にして!』 『ごめん、そうじゃない。怒るなよ。俺の秘密も話すから』 『……秘密って?』 『実際俺、最近までモグを探してた』  ありえないのにな。 『世の中何があるかわからないんだ。信じるのも悪くない、だろ? ——モグだって、どこかにいるんだってさ』 『うん……本当に、そうだよね』 『いつか、探しに行ってみたいな。周りには、何馬鹿なことって大反対されるんだろうけどな』 『うん、行ってみたいね——』  ……本当に、馬鹿だな…… 『ごめんね、私……お守り、つけてあげられない』  そう言って返された時計は、ズボンのポケットに入れたまま。手を入れると、硬質な手触りが返ってきた。出して、針が指す時間を確認する。 「……まだ電車、かな。さすがにもう空港着いたかな」  どっちにしても、余裕で間に合うな。俺がいてもいなくても、ちゃんと飛行機には乗れるだろうな。  まあ俺は……見送りもしてやれなかったわけだけど。 『今はもう、一緒にいるのが辛いの』  ——そう言われたら、それ以上何もできなかった。引き止めることも、追いかけることも。せめて空港まで見送り、って思ってたけど、それすらも。  ……セラは俺のこと、たくさん、励ましてくれたのに。たくさんのもの、くれたのに。 『だから、ノエルも大丈夫。そんなに気負わなくても、絶対大丈夫だからね』 『ノエルだって、同じじゃないの? 未来を変えるんじゃないの?』 『後押しがなかったら出れなかったって言うかもしれない。でも、私はそう思わないよ。ノエルがちゃんと心からそれを望んでたから……だから行動に移せたんだって、思う』 『ノエルも、同じ。ノエルが出たいって思ったから、——出れたんだよ。自分で何かをしたい、っていう気持ちが、ちゃんとノエルの中にあったから——』  でも。  俺はセラのこと、励ませなかったんだな。もらった分、返せなかったんだな。  俺はセラといて嬉しかったけど。俺がいることで、セラには、嫌な思いさせたのかもな……  モーグリのぬいぐるみを見つめれば、細い目がいつもよりつり上がって見えて。馬鹿クポ、なんて言って怒ってる気さえする。 「……そうだよな。そんなことまで思う必要は……なかったんだよな」  ありえないなんて言って、ごめんな。やっぱりお前、慰めてくれてんのかな——と、指でその腹をつついてみる。18歳にもなって、こんな風にぬいぐるみ遊びするとは思わなかったけどな。  だけど。……今日何度目かの、ため息。 「でももう、会えない……か」  幸せに、暮らしていくのかな。まずは大好きな姉さんに会って、そして母さんと一緒に、父さんの誕生日を一緒に祝って。それと、仲のいい仲間たちと会って。  それに大学に戻ったら、夢に向かってたくさん勉強していくのかもな。 『ちゃんと、子供たちの力になりたくて……。生きるだけで精一杯の子供たちにも、勉強を教えたくて。……もっと別の、優しい笑顔が見たくて。私は——受け取ったものを、まだ返せてなくて。——未来を、変えたくて』  あの時のセラの真剣な眼差しを思い出せば、自然と口元が緩む。そうやって大切な夢に向かって、一歩ずつ歩いていくんだろうな。勉強したくてもできないたくさんの子供たちを、セラが教えていけたら。そしたら言葉だけじゃなくて、きっと未来は変わっていく。その時たくさんの光が、この世界には満ちているんだろうな——  ……もしももう会えないのだとしても。多くを望むことなんて、ない。  ただ、セラの優しさが、この世界中にあるというのなら。  セラがこの世界のどこかで幸せになって——そして、たくさんの人達を幸せにしているなら。  それだけで十分、なんだ。  それで十分だって……俺は、そう、本気で、思っ…… 「——なんで、だろ」  どうして?  本気で、そう思ってたのに。  あの時までは……ちゃんと送り出そうとしてた。セラは、大切な家族と仲間のところに——自分の場所に帰るんだって。  なのに、なんで、涙なんて…… 『ノエルは……平気なんだよね』  違う、のに。 『3日間、楽しく過ごせた。もう……それで十分だって思うの? あとは私がどこで何してようと、お守りさえあればどうにかなるだろうって思うの?』  そんなわけ、ないのに。 『私だって、どうしてかわからない。でもどうしても、ノエルにまた会いたい、って思ってたから。でも……ノエルは、違うんだよね』  ……誤解、してる。  会えなくなってもいいなんて、これっぽっちも、思ってないのに。 「……セラ」  はた、と涙がモーグリの顔に落ちていく。  大体、俺はいつも遅いんだ。他の誰かのことよりも、自分の気持ちに気付くのが……いつも少し遅くて。  村を出る時だってそう。ばあちゃん、ユール、ヤーニ……みんなが言ってくれなかったら、きっとそのままだった。また俺、同じことしてるんじゃないのか? 自分の気持ちをうまく言えなくて——セラにも、伝わらないまま。  ……誤解されたままで、いいのか?  でも、何言えばよかった? 突き返された手の中の時計を、もう一度見つめる。……わからないんだ。途中まではそれでも普通だったのに、なんであの時急に、セラが怒ったのか。 『セラ、手出して。セラのお守りに一つ追加……かな』 『——えっ?』 『この時計に、願掛け。——セラがどこにいても、俺とモグが、いつでもセラを守れるように。……セラがもっともっと、幸せに生きていけるように。……別に俺が買ってやったわけじゃないのに、偉そうかな?』 『う……ううん。そんなことない——それに、一緒に買ったんだから……』 『そっか。そう言ってくれると、嬉しい。もう……なくすなよ』 『な、なくさないよ。……絶対。——ノエルのも、貸して』 『俺の?』 『私も……願掛け、する。私だって……ノエルに守られてばかりじゃないから』 『ああ、セラは——そうだよな。ありがと。じゃあ、頼むな』 『……ノエルがどこにいても、私とモーグリも、ノエルを守れるように。ノエルも、もっともっと、幸せに……——』  正直何もわからなくなって、ため息をつく。思わずベンチの背もたれに、もたれかかる。  ——ベンチ、か。昨日はずっと、川沿いのベンチに座って、いろんなこと話してたよな…… 『ノエルがそういう風に言ってくれること。——すごく、すごく嬉しい。でも……違和感』  それで、セラの夢を聞いたんだっけ。勉強したいのにできない子供たちに、勉強を教えてあげたい——その話を聞いて、すごく嬉しくて。『セラなら、できるよ』純粋にそう思って言ったのに——  だけど、思わぬ反応が返ってきたんだった。 『だって、ノエルは? 私……ノエルの話、聞いてない』 『俺? ——別に……俺の話はいいだろ?』 『よくないよ。だって……私だけじゃない。ノエルだって、同じじゃないの? 未来を変えるんじゃないの?』  そう言われて、全然具体的でもない俺の夢を……話したんだっけ。 『みんなが生きてる世界。生きてるのに人同士争ってるんじゃなくて、ちゃんとみんなが……それぞれの人生を、生きてる世界……』  だけど……そんな夢みたいな話を、セラは、嬉しそうに頷いてくれた。 『私も……同じなんだ。私たち、同じ夢、見てるんだよ』 『同じ夢……』 『うん。だから……ノエル。一緒に進もう?』  ——あ……  思わず、立ち上がる。 『変えようよ、ノエル。一緒に、未来を変えよう』  ……そっか。そうだよな。  なのに俺……何て言ってた?  ……あれじゃ、セラが怒るのも……当たり前か。  どうする……?  いや、選択肢は一つしかない。どうするもこうするも—— 『……何モタモタしてるクポ? わかったら、早く追いかけるクポ!』 「えっ?」  思わず、周りを見回す。どこか聞き覚えのある、幼さのある声が耳に届いたような。 「……モグ?」  何となしにモグの時計を見る。さっきと何も変化はない。ぬいぐるみを見つめる。もちろん、口を開けてるなんてことはない。  でも、妙な確信がある。……きっと、そうなんだって—— 『走るクポ!』  俺に構わず、急き立てる声。 「——ああ……そんなの、わかってる!」  空港駅を降りてからはエスカレーターやエレベーターに何度も乗って、ロビーに着く。広いフロアに何個ものカウンターがあって、ざわざわという人の声や、たまに飛行機の搭乗アナウンスが響いていた。  エア・フェニックス132便、16:30発、ボーダム行き。その文字を見たら、すごく懐かしくて……お姉ちゃんの笑顔が、浮かんできた気がした。  本当に、帰るんだね。 「——チェックインをお願いします」 「かしこまりました」  トロリーバッグを預けてしまうと、何だか急に身軽になった。ショルダーバッグに入れてたガイドブックも、お土産も、かさばるものは全部しまっちゃったし。  って言ってもこの街に来る前の数日間も、毎日普通に持ち歩いてたんだけど……この街にいるときは、ずっとノエルが持っててくれたから、すごく楽だったんだな—— そう考えてることに気付いて、ぶんぶんと首を振る。  そうしているうちにも、トロリーバッグは、黒いレーンを通って壁の向こう側に吸い込まれていく。 「——それでは、よいフライトを」 「ありがとうございます」  搭乗券をもらって、ふう、と一息。  ……これから、どうしようかな? まだ早いけど、もう手荷物検査も受けちゃおうかな。別に免税店で買いたいものもないけど、でもこっち側でやることも特にないし。  そう思って、手荷物検査の列に並ぶ。いくつか検査レーンはあるけど、結構人が並んでて、まだまだ時間がかかりそう。うん、やっぱりギリギリになってこの列に並ぶのも大変だよね。やっぱり、早めに検査受けておこう。  パソコンや携帯電話はバッグから出してトレイへ、という案内板を見て、まだ早いけど携帯電話を取り出す。 「……ケータイ」  そういえば、ノエルとは連絡先も交換しなかったんだよね。って言ってもノエルは携帯電話を持ってないし、持つかどうかも考え中って言ってた。それに新しい場所に引っ越すところだったんだから、……結局私が連絡先を渡したって、そこで終わってたのかもしれない。結局同じこと、なんだよね。  ——本当に、終わっちゃうんだ。偶然も、ここで終わるんだ……。 『偶然という名の奇跡を無駄にしちゃ、運命の女神が悲しむよ』  そんなこと、言われたっけ。人違いで話しかけちゃった広場のお兄さん。そんなつもりで言ったわけじゃないと思うけど——なのに、心をちくちくと突き刺してくる。  私は——最初の偶然で終わらせるのが嫌で、どうしてもまた会いたくなって、探して。そうしたら——3回目、また会えた。  こんなに何回も会うなんて……普通ありえないのに。あのお兄さんが言う通り、運命の女神がくれた、奇跡みたいなことなのかもしれないのに。  ……なのに。そんな奇跡を、最後は私が……ダメにしちゃった。確かにノエルは、私と離れることなんて別に気にしてなかったかもしれない。でも——そうじゃない。ノエルがどう思ってたって、お互い大切な思い出として残すことも……できたはず。たくさんたくさん、大切なものをくれた人。——なのに私が、終わらせちゃったんだ。子供すぎて、ひとりで寂しくなって。ノエルを……困らせた。  この手荷物検査を過ぎたら……もう、この街ともお別れで。  そしたらもう、会えなくなっちゃうんだ。あんな別れ方を、したままで。  知ってるのは、ノエル・クライスっていう名前。18歳で、今度大学生になるってこと。それだけ。今度住む街も、大学も知らない。今まで住んでた村ですら、山の中にあるってことしか知らない。そんな情報だけで、この広い世界でまた探し出せるわけ、ないのに。 『ノエル。この3日間、本当にありがとう』  最後に言っちゃった、言葉だけの感謝の言葉。ありがとうって言いながら、大切なこと、何にも伝えられてない。  昨日だって——伝えたかったのは、そんなことじゃなかったはずなのに。  本当に、それで、いいの? 「うん、……」  もう、バッグは預けたし。飛行機には、乗らなきゃいけない。だから、このまま進めばいいんだよ。  なのに、首が——自然に左右に振られる。 「……そんなの」  大切なもの、くれた人。だから。  今しか、ないの。今を逃したら、もう二度とチャンスなんてない。絶対……一生、後悔する。  せっかく会えたのに。こんな風に終わるなんて……嫌。 「……探しに行かなきゃ」  でも、どこに? もう別の街に行ったかもしれない。この街にはいないかもしれない。いたとしても、こんな広い街、どうやって探すの? 最初はぐれたときだって、あんなに探しても、あんなに待っても、会えなかったのに。  仮にいたとしても、今更どうするの? 謝って、どうするの? ノエルだってきっと、呆れちゃったよね。私のことなんて別に、もう……  残された時間も少ない。いくら出発まで余裕があるからって、一度市街地に戻っちゃったら、飛行機にはもう乗れないかもしれないんだよ。  ……でも、だけど—— 『セラなら、見つけられるクポ!』 「——えっ?……」  急に耳に届いた、声。  かわいくて、温かくて、懐かしい……私の大好きな大好きな、——  どうしてかわからない。  でも、わかるの。  ノエルに着けてもらった腕時計に、そっと触れる。  涙が出そうになって、何度も頷く。 「うん……うん、そうだよね。ありがとう、モーグリ——」  すごく、温かくて。  モーグリが私の背中に、羽をつけてくれたような。  そしてそのまま——人の列から飛び出す。 「……ごめんなさい、どうしても忘れ物があって!」  空港の職員さんに断りを入れて、駆け出す。手荷物検査の列に並んでた人達が、びっくりしたように見るけど。空港のロビーで歩いてる人達、椅子に座ってる人達も、振り返るけど。 「えっと……電車!」  街に戻らなきゃ。来た時と逆。エレベーターとエスカレーターを何個も使って電車のホームまで下りていって、また電車に乗って——  そう、まずはエレベーター。ロビーでチェックインカウンターとは反対側にあったエレベーターまで、走っていく。風を切って。  2台のエレベーターの間にある行き先ボタンを、思わず何度も押す。息を整えながら。 「早く来て、お願い!」  ゆっくりと開く、ガラス張りのエレベーター。乗って下に向かって動き始めてからも、気が急いて落ち着かなくて、そわそわと周りを見渡す。  緑色っぽいガラス越しに見下ろすと、人がたくさん見える。カウンターに列を作って並んでたり、椅子に腰掛けて話していたり。いろんな髪の色、いろんな肌の色、いろんな顔をした人達。  でも、違うの。  私が探してるのは……—— 「……あっ?!」  今すれ違った、上に上がっていくもう一つのエレベーター。  そこに、いたの。あの焦げ茶色の髪の男の子が—— ガラス越しだからはっきりとは見えなかったけど、それでもあれは……  どうして? また見間違い? 人違いじゃない? 私は探してた、でもノエルの方は来るわけないじゃない。あんな風に言っちゃったのに。  ううん、でも間違いじゃない。すごく一瞬だけど、目だって合った。今回は間違わない。今のはノエル。どうしてかわからないけど、ここにいる—— 『戻るクポ!』 「うん!」 「——セラ!」  今一瞬すれ違った、もう一つのエレベーター。間違いない、セラの姿があった。  こっちに、気付いた? びっくりした顔、してたけど。  まだ飛行機に乗ってなかったことに、安心。でも、どこに行こうとしてる?  どうすればいい? エレベーターでまた下がれば、セラのところに戻れるのか——でもセラは、どこまで下がってった? わからない。  そう考えてるうちに、途中でドアが開く。何人か人がどかどかと乗って来て、エレベーターはこのまま上に行こうとする。違う、俺は下に行きたいんだ。 「ごめん、降りる!」  エレベーターじゃないなら、何だ? 走って辺りを見回しながら、下に下がる手段を探す。 『右クポ!』  右? ——あ、階段! エスカレーター!  目に入ったのは、大きな飛行機の模型を吊るして、両脇を花壇で飾った白い階段を挟むようにして伸びる上りと下りの2本のエスカレーター。これで下れば……あ! 「……セラ!」 「ノエル!」  ちょうど上から見下ろすと、セラが駆けてくる姿が見えた。 「そこで待ってろ! 今行く! ——……って、セラ?!」  俺が下りのエスカレーターに足をかけるのと同じタイミングで、セラも上りのエスカレーターに乗るのが見えた。  ——って、おい。 「何でだよ! またすれ違うだろ!」  俺の乗ったエスカレーターが下に下がるのと同時に、セラの乗ったエスカレーターは上に上っていく。ていうか、どう考えてもすぐわかるだろ? 「だ、だって! 私、ノエルに謝りたくて! 待ってたくなかったんだよ……!」  まったく——でもここまで来たら、どっちでも同じ。絶対に捕まえる。それだけ。  不思議そうに振り向く人の合間をすり抜けて、エスカレーターの下端を目指す。一旦下がって、それでまた逆のに——  いや、もうそれも面倒。無理矢理かもしれない、でもエスカレーターの手すりに手をかけて、ジャンプ! ここを乗り越えれば、もっと早く—— 「おわっ!」  乗り越えたはいいけど、階段の途中での着地。バランスが崩れて、数段下に下がる。 『ナイスチャレンジだけど、間抜けクポ! 早く登るクポ!』 「うるさい!」  体勢を立て直す。階段を一段抜かしで駆け上がる。 『どうしてもノエルにまた会いたい、って思ってたから。——でも……ノエルは、違うんだよね』  本当に、完全誤解。あの広場でだって今だって、探してたのはこっちも同じ。俺だって、全力で走ってたのに。  ——いや、この3日間だけでもない。  あの灰色の空の下。不思議な声を聞くずっと前——まだ小さい頃から、毎日山の途中まで登っては、山の向こう側を考えてた。心躍る何かが……駆け出したくなる何かが、そこにあるんじゃないかって。あの時の俺にはそれ以上の勇気はなくて、何も見つけられないまま、毎日を繰り返すだけだったけど。  今なら、わかる。  大切な家族を——それだけじゃなくて、仲間を、子供たちを、そして世界を守ろうとする、優しさと、強さに。  俺を見つめる、その柔らかい笑顔と、眼差しに。  俺は、……会いたかった。ずっと、探してた。その存在を、抱きしめたかった。そこに、行かなきゃって。そこに、帰らなきゃって。今よりも、ずっとずっと、昔から——  後少し、手を伸ばせば。  そう。自分の気持ちに……正直になれば。  そうすれば、望んだ未来に……  息を切らせて階段を駆け下りてくる、セラが……—— (7)-2に続く
半端なところですみません(><) 諸事情により、前後分割しました! 後半はほぼできてるのですが調整中です(5/30時点) 調整したらアップする予定。。。 って前後に分けたら前半はたかせさんの絵がないじゃないですかっ! 楽しみにされてた皆様ごめんなさい……。たかせさんもすみません……(^^;

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