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永遠の空の下 [空のように、ひとつに] (7)-2

前回のお話  [空のように、ひとつに] (7)-1 ※今回はたかせさんに無理なお願いをしました。 「これまでの過程でいただいたラフ絵を、今のままでいいので載せさせて下さい!」……ということで、いくつか載せさせて頂いております。  念のためですが先にご了承ください。  ぱたぱた、かつかつと、先を急ぐたくさんの足音。  がらがら、とどこかでスーツケースが転がる。時折、がつん、と壁にぶつかる。  ざわざわとする、人の話し声。早く行かないと間に合いませんと焦るビジネスマンがいたり、到着後の予定を楽しそうにきゃっきゃと話して走り回る子供に、こら走るなと叱る親がいたり。  そんな音もすべて、二人にとっては、まっさらな静寂。  今聞こえるのは、息を切らせた、お互いの息づかい。  ノエルの腕は、セラの首と背中の後ろを包むように。セラの腕は、ノエルの腰にしがみつくように。 「——息、切れてる」 「うん。……ノエルも」 「そりゃ、走ったから。……間に合って、よかった」  抱き締めたまま、片手でセラの髪を優しく撫でる。 「ノエルは、どうして……? もう、他の街に行っちゃったかもって思ってた……」  かすれそうなセラの言葉に、そんなこと、とノエルは笑った。 「セラにもう一回ちゃんと会えるまで、行けるわけない」 「……会いに、来てくれたの?」  信じられないとでも言うかのように、セラは不安と驚きの混じった顔を上げた。 「うん。——セラだけじゃない。俺だって……どうしても、セラにまた会いたいって……思ったから」 「……うれしい」  セラは泣き出しそうな顔で、小さく呟いた。ノエルの肩に頭を預けるように、寄りかかる。  少しして、頭を離して、またノエルの顔を見上げた。 「……私。ノエルにどうしても、謝りたかったの。さっき言ったこと——」 「謝るなんて、不要。セラを嫌な気持ちにさせたのは、俺だから。俺が間違ってた」 「そんなこと!」 「いいんだ。訂正したい」  ノエルが優しく微笑むから、セラはそれ以上何も言えなくなった。 「……うん。じゃあ……聞く」 「ん、ありがと。——って言ってもどこから話せばいいか難しいな」  ノエルは苦笑いして、息を吐いて、それからセラの頭をもう一度優しく抱き寄せた。 「セラは——俺にとって、すごく大事な人。昨日そう言ったことは、変わらない。  この3日間だけで、何がわかるんだって言うかもしれない。うまく言えないけど、でも、一緒に過ごしてきて——……思ったんだ」  この街の大学を見に行った。セラの大学生活の話を聞いたし、家族や仲間のことを、大切そうに話すのを聞いた。セラがあまりに無防備だからって、怒った時もあった。でもその後も——市場を見に行って、店の人とも話して。美味しいって笑ったり、どの食べ物を選ぶか迷ってるセラもいて。戦争のニュースに心を痛めてるセラもいて。勉強したいのにできない子供たちに勉強を教えてあげたいって語るセラもいて——  目を閉じれば、その時の感覚が戻ってくる気がした。その全てが、この街みたいにきらきら輝いてて、色鮮やかで。 「セラがこの世界にいる。セラが生きてて、笑ってて、楽しそうにしてる。たくさんの人が守ってきた世界を、セラもこれから、守ろうとしてる。みんなを笑顔にしようとしてる。——俺、それだけで、すごく嬉しくて。セラがいれば、それだけでこの世界は光で満ちていく、って。……俺自身、セラに会って、救われたから」 「……そんなこと、私は別に」 「そんなこと、ある。セラが夢見てることは、それだけ強い力を持ってる。だから、自信持っていい」  セラは、小さく頷く。大事な夢のこと。ノエルにそうシンプルに力強く言われると、すとんと心に入ってくる。  ノエルも嬉しそうに頷いて、そして、続ける。 「……そうだな。でも——何て言うか」  落ち着いた声音のまま、少しトーンを落とす。 「セラの夢は、宝石みたいに——尊いもので。だから、ただそれがこの世界に存在することが大事なんだって思ってた。場所は、どこでも構わないから」  それは、正直な気持ち。 「セラと俺の住む場所は、違う。セラは、元いた場所に帰る。でも、それで父さんの誕生日を祝って、家族みんなで幸せで。それで仲間たちと一緒に充実した時間を過ごしてるなら。セラがこの世界のどこかにいて、前を向いて生きていってるなら——それで俺は十分だって、思ってた」  言いながら、ノエルは自分自身、不思議に思った。  それは、間違いじゃないかもしれない。でも……どうしてその時そう思えてたんだろう。 「だから……モグの時計に願掛けした時も、同じ気持ち。俺は、セラがもっともっと幸せになればって、その時は、本気で思ってた」 「……ノエル。ごめんね、私——」 「——けど……間違ってた」  セラが言いかけた言葉に重ねるように。 「離れてみたら——すごく、寂しくなって。不安になって。急に大きな何かが、自分の中からなくなった気がして」  そしてその腕に、ぎゅっと力が込められる。 「セラの笑顔に……どうしてもまた、会いたくなった」  その腕が、力強くて、温かくて。  出そうになる涙をこらえるように、セラは、そっとノエルを抱き締め返した。 「……うん。私も……同じ、だよ。一人で空港に行くって言ったくせに……馬鹿だよね。他の誰かとなら、それでもよかったかもしれない。でもノエルとは——ノエルとあんな風に終わるなんて……絶対、嫌で。——だからどうしても、また会いたくて……本当に、ごめんね」  それからセラは、小さく首を振った。 「だけど私ね……本当に会えるなんて、思ってなかった」 「……なんで?」 「だ、だって……一人で寂しくなって……一人で怒って。ノエルだって私のこと呆れて、もう他の街に行っちゃったかもって。探してももういないかも、もう会えないかもって……」  馬鹿だな、とでも言うように、ノエルは優しい声を返した。 「そんなこと、あるわけない。俺たちは——時を超えて、出会っちゃったんだから……だろ?」 「……あ」 「セラは、一緒に進もうって言ってくれてたのに。一緒に未来を変えようって言ってくれてたのに。俺あの時、間違えてた。俺——ちゃんと、セラの元に……帰ってきたのに。  だから、訂正。……セラだけが、幸せに生きていくんじゃない。俺だけが、幸せに生きていくわけでもない。そんなこと言われて、セラだって嬉しいはずなかったんだよな。"俺たちが、もっともっと幸せに生きていけるように”。……あの時、そう言うべきだったんだよな」  ——どこか懐かしいその言葉が、心の奥に強く響いてきて。  こらえるこらえないじゃなくて、涙が自然と流れていった。  思わず鼻をすすると、ノエルは困ったようにセラの顔を見る。 「……ごめん。泣かせるつもり、なかったのに」 「う、ううん。違うの。……その」  勢いよく、首を振って。 「嬉しい。ありがとう、ノエル……」 「……正解?」 「ふふ、うん。……正解」  柔らかく笑うから、ノエルも笑って、セラの涙を拭う。  さっきまで行き違ってたもの全てに、ちゃんと一本の線が通って、しっかりと繋がったような。  一緒にいるから、温かいもので気持ちが満たされて、自由なエネルギーがくるくると流れていくような……そんな感覚。  ——だけど、静寂を破るように、ふいに空港館内にアナウンスが流れて。セラは、身体を固くした。 「お客様にご案内いたします——エア・フェニックス132便ボーダム行きにご搭乗のお客様は、手荷物検査にお進みください——」  セラは眉を寄せて、もう一度ぎゅっと腕に力を込めた。  あと少し。あと、もう少しだけ。なのに。 「じかん……」 「……時間?」  ノエルの肩に預けていた頭を少し持ち上げて、セラはぽつりと言った。 「今のアナウンス、聞こえた? ……そろそろ手荷物検査受けなさいって」  そんなこと、言いたいわけじゃないのに——  ノエルは、うーん、とうなる。 「……ボーダム行き?」  セラは、うん、と頷く。 「それ、目的地? 乗り継ぎ?」 「目的地。私の住んでる場所。大学もそこにあって」  ノエルは、ボーダム、とその地名を小さく繰り返した。 「……近いな」 「えっ?」 「近いというか……俺は電車でだけど、行き先同じ」 「えっ?!」  驚いて、セラは顔を上げた。 「えっと……その、もしかして、ご近所さん?」 「可能性、あり?」 「え、えっと……聞いてなかったけど。ノエルって、どこの大学に行くの?」 「大学? ボーダム大学」  ノエルの答えに、セラはすぐに声を出すことができなかった。 「……一緒なんだ」 「一緒?」  今度はノエルの方が、目をぱちっと見開いて、驚いた顔。 「うん。私も、同じ……大学」  だけどその表情も、すぐに笑顔に変わっていく。 「……じゃあ、また会えるんだな」 「うん、会えるんだ……嬉しい」  その笑顔を見て、セラも嬉しくなって、笑った。 「——あっ」  急に思い出したように、セラは声を上げた。 「ね、ノエル。だったら、みんなに会ってほしいの」 「みんなって?」 「お姉ちゃんとか、あと、どこかで話した——いつも、仲良くしてる仲間。わたしが留学から帰ったら、祝賀会しようって言ってくれてて。短期留学から帰って祝賀会なんて、大げさだよなんて言ってたけど……でも、ノエルにも来て欲しいな。きっとノエルも、みんなと仲良くなれると思うんだ」 「そんなところに、俺が参加してもいいのか?」 「大丈夫。ノエルだったら、絶対に歓迎してくれるよ。きっと色々教えてくれるし、大学にも早く慣れるよ」 「そっか。じゃあ、そうする。楽しそうだな」 「あ、あと、私がバイトしてるカフェも! 仲間のみんなと一緒にやってるの。店長、もっと男手増えねーかなーってぼやいてたし。バイトの選択肢として考えてみて」 「大学の中にあるってやつか。そっか、いいな。うん、考えとく」  いつも仲間がいる場所に、ノエルもいる。お姉ちゃんもホープくんもあれこれ面倒見てくれそうだし、もしノラカフェでバイトしたらスノウも何だかんだ言ってきっと目にかけてくれそう。ガドーは荒っぽいかもしれないけど、きっとレブロもユージュもフォローしてくれるし。マーキーは、ノエルの好奇心旺盛なところと合うかもしれない。ヴァニラは同じ大学生仲間としてノエルを明るく励ましてくれそうだし。ファングのさっぱりしたところとも、結構合うんじゃないかな。絶対かわいがってくれる。サッズさん親子とは——ノエルがドッジくんと遊んでたら、きっとサッズさん夫婦も喜んでくれそう、なんて。  それにもしかしたら、みんなで取り組んでることにノエルも入ってくれるなら、もっといろんなことができるようになるかもしれない。ノエルだって、ノエル自身の夢のためにもきっといい経験になるし、なんて。  まだまだ先のことかもしれないけどと思いながらも、そんな風景を想像して、セラは嬉しくなった。今までよりも、もっと楽しく、パワフルになりそうな気がする。  ノエルの方は——まだ自分の大学生活がどんな風になるのか、想像してもまだぼんやりしていた。それでも少し前に感じてた不安よりは、”楽しそう”なイメージを持ってるようになっていた。  うん、とセラは繰り返して、何度も頷く。 「そっか、うん。飛行機乗っても、また、すぐに会えるんだよね……」  だけどその内にまた、言葉が少なくなって、声が細くなっていって。——セラは、目線を下げる。 「セラ? ……どうした?」  数秒。次にセラがノエルを見上げた時には、その表情の中には憂いが強くなっていた。 「ねえ、ノエル。ノエルは……いなくならないでね」  その目には、また涙がにじんでいた。 「いなくならないよね? また、会えるんだよね……?」  一気に言って、セラはまた、うつむく。 「ごめんね……まだ、現実感ないのかな。また会えるってわかって、ほっとしてるのに。飛行機乗っちゃったら、いなくなっちゃわないかなって……」  セラの話を聞きながら、ノエルはセラの髪を撫でる。 「怖がりな自分は、もう克服したはずなのに。だからノエルにも会えたって、思うのに。まだちょっとだけ、不安で……」 「不安……か」  そう呟いて、ノエルは深くため息をついた。 「その、ノエル。本当に……ごめんね。こんなことばっかり言って……」 「そうじゃない。……ごめん、なんだろ」  ノエルは、もう一度セラの背中に腕を回した。 「離れられないのは……きっと、俺の方」  きつく抱き締めるから、セラは思わず、ん、と声を上げた。 「……ノエル」 「なあ。……セラこそ、いなくならないよな? また、会えるんだよな?」  セラはふいに、出会った夜に泣いてたノエルのことを思い出した。 『セラは、考えたことある? 取り残される方の、気持ちなんて——』  あんなに辛そうにしてたのに。さっきまでの私は、そんなノエルの気持ちを忘れて、勝手に置いてきぼりにしようとしてたのかな……  そう思うと——今感じるのは、少しの後悔と、それ以上の優しさ、愛しさ。 「……いなくならないよ……。ちゃんと、いるよ」 「絶対?」 「絶対。……ノエルは?」 「いなくならない。ちゃんといる」 「……うん」 「それと。……俺のいない間にまた変な男たちにひっかかったりしないよな?」 「もう、大丈夫だってば。ちゃんと、今度からは気をつける。自分の身は自分で守らなきゃね」 「なら、いい。……ごめん、俺こそ心配性で。今日着てるのだって、その、ひらひらしてて、かわいいし」 「……見ててくれたの?」 「そ、そりゃ見てる。言ってなかったかもしれないけど」  つたない表現かもしれない。それでも、セラには充分だった。 「ふふ、……嬉しいな」  セラが笑うと、ノエルは、ふう、とため息。片方の手で髪を撫でながら、もう一方の手で頬を撫でる。 「このまま……時間が止まればいいのにな」 「……うん」  そのままただ、見つめ合って、抱き締め合って。お互いの温かさを感じて——  それからノエルは、小さくため息をついて、首を振った。 「——なんて……そんなパラドクスみたいなこと、考えちゃいけないよな。……時間が止まるなんて、絶対に起きちゃいけない。生きも死にもしてない、そんな世界——嫌だよな」 「……うん……そうだね」 「俺たちは、止まった時間の中にいるんじゃない。動いてる時間の中で生きてる。迷ったり悩んだりして、時間かかることもある。それでも、ちゃんと一歩一歩進んできたんだもんな。だから……こうして会えた」 「……うん」 「——だから、会えない時間だって、無駄にならないさ」 「まわり道にも意味はあるんだ。——ってことかな?」 「……同意見。先に言われた」  ふふ、と笑い合う二人。 「だから——絶対、また会えるよな」 「……そうだね」 「今回も、4回も会えた。だからあるよ、5回目。——でも、もう偶然じゃなくて、……そうだな」  少し考えてから、言う。 「向こう着いたら、携帯電話、やっぱり買うよ」 「……うん」 「そしたら、すぐにセラに連絡するから」 「うん……待ってる」  セラは嬉しそうに微笑んで、ノエルを見上げた。ノエルもそれを見て、微笑んだ。 「あ……じゃあ私の連絡先、教えるね」  腰から手を離して、バッグの中の紙とペンを探す。それを見て、ノエルもふと思い出す。 「そういえば……昨日のパン、まだ俺のバッグに入ったままだったぞ」 「あ! ほんとだ」 「じゃ、連絡先と交換な」 「ふふ、うん。ありがとう」  ノエルもバックパックを下ろして、セラの分のパンの紙袋を取り出す。それをセラに渡して、セラからは連絡先が書かれた紙を受け取った。ありがとう、ってバッグにしまうのを聞きながら、ノエルはもらった紙をまじまじと見つめた。 「うん。俺も、たくさん書いてくれてありがと」  きれいな字で書いてあったのは、携帯電話の電話番号とメールアドレスと、家の住所。 「か、書き間違ってないよねって。心配になっちゃって。確認したけど、でも少しでも間違ってたら、連絡取れないかもしれないんだよね」 「セラなら、やりかねないかもな。お姉ちゃんの番号だった!とかな」  バックパックにしまいながら、ついノエルは笑った。 「ま、待って! やっぱりもう一度確認するから……」  からかう言葉に、セラは思わず泣きつくようにノエルの腕に触れる。 「ちゃんと確認したんだろ? ……それに、大丈夫。俺たちには、お守りもある」  ノエルは笑って、ズボンのポケットに手を入れた。手を開くと、さっき二人で買ったばかりの、モーグリのステッキの形をした時計。 「……モーグリ」  二人の耳に届いていたはずの不思議な声は、もう聞こえなくなっていたけど。それでも、二人には十分で。 「モグが引き合わせてくれる。きっと——いつでも、そこにいてくれてる」 「うん……そうだね」 「カイアスの羽のペンダントと一緒でさ。ちゃんとしろクポって俺のこと急き立ててるかもしれないけど」 「でも、モーグリは、優しいんだよ」 「あいつ。人によって、態度違うのか?」 「ふふ、そんなことないよ。態度が少し違ったって——モーグリがみんなの幸せを願って助けてくれることには、変わらないんだから」  ね、と言って、セラはノエルの時計を手に取って、その腕に通す。 「……私たちが、もっともっと、幸せになるように。もっともっとみんなを幸せにできるように……——モーグリ、見守っててね」  クポポポーン、という元気な返事が聞こえた気がして、二人は柔らかく笑った。 「——ノエル」 「ん?」  セラは、ノエルの両手を取って、自分の両手で包んだ。 「会いに来てくれて……ありがとう」  そして微笑んで、ノエルを見上げる。 「それと……隣にいて、守っててくれてありがとう。そこにいてくれてありがとう。私に、未来をくれてありがとう。今私がここにいるのも、幸せなのも、全部、全部……ノエルがいるおかげだから——  私……ずっと、そう伝えたかった気がするの」 「——うん。それは、俺も……うまく言葉で伝えられないのが、もどかしいけど」 「ううん、大丈夫。……わかるよ」  セラはただ、微笑む。一緒にいるだけでも、その気持ちは、伝え合える気がするから。 「……新しい、始まりなんだよね。最初は不安でも、踏み出せば……大丈夫なんだよね」  うん、と何度も首を縦に振る。 「——ありがとう、ノエル。今は少しだけお別れかもしれないけど——また会えるって……信じてるよ」  涙の跡の残る瞳で、それでも笑って、セラは見上げた。  ノエルは、その柔らかい笑顔に、きれいなガラスで何とか作り上げたような儚さを感じて。  セラは、守られるだけじゃないって言うかもしれない。でもどうしても、その笑顔を守りたくて—— 「——じゃあ……セラ」  包んでいたセラの手を、ふんわりとほどいて。  そのまま自分の手を、セラの背中にそっと置いて。 「約束。……また、会うってこと」  少しかがんで、顔を傾けて。その唇に、そっと触れるくらいの、キス。 「……約束の、しるし」  ——少しして顔を離して、呟いて——ノエルは、はあっと息を吐き出してその場で座り込んだ。腕で、顔を隠すように。 「ノ、ノエル? 大丈夫?!」  慌ててセラもしゃがみ込んで、ノエルの肩に手を添える。 「セラ、ごめん。俺……いいなんて一言も言われてないのに、すごい恥ずかしいことした……しかもこんな公衆の面前……」 「え、あ、そ、そうだね……」  今いる広い階段の両脇を、上りと下りのエスカレーター1本ずつ走っているのを、セラもようやく思い出した。自分たちに視線が注がれてる気もして、それとも関心すらないのかもしれないけど、でもそれを目で確認する勇気もない。 「そ、そのごめん。いろいろ」  自分だって恥ずかしかったのに。ノエルが急に我に返ったように恥ずかしがるから、セラは、自分の恥ずかしさも忘れてついくすくすと笑い出す。 「……笑うなよ。俺大体こういうの、慣れてないんだから」 「それは……その、私だってそうだけど」 「そ、そうなのか? 意外」  ノエルはまだ恥ずかしそうな顔で、ちら、とセラを見上げる。 「も、もう。そんなことないでしょ」  肩に置いていた手で、ばしん、と叩く。「いて」とノエルが返すのがおかしくて、セラはついまた微笑む。 「でも——嬉しい……ありがとう。ふふ、ノエルのおかげで、本当にちゃんと会えそうな気がしてきたよ」 「……なら、よかった」  セラの顔を見て、ノエルも、くしゃっと顔を崩して笑うから。  きっと不安なんて、感じる必要ないんだって。少し時間が経てばきっとそこにこの人がいるんだ、って、お互いに思えた。 「……俺たちも、モグを見習わないとな」 「モーグリ?」  うん、と頷いて、ノエルはセラの手を取って、立ち上がった。 「おきらくじんせい、ってさ。俺たち、少し難しく考える時もあるかもしれないけど、もっと気楽に考えたらいいのかもな」 「ふふ、うん。そうかもしれないね」  ——そのまま、また手をつないで、階段を上って。  さっきすれ違ったエレベーターに乗って、手荷物検査場の前まで一緒に歩いていく。セラがさっき見た時より、検査を待つ列の長さは短くなっていた。 「あのね……ノエル」 「ん? どうした?」 「ここから先は、検査場だから。ノエルは入れないんだ」 「……あ、そっか。ここまでか」  ノエルは踏み出そうしていた片足をぶらっと宙に蹴った。 「残念。ゲートまで見送れたらいいのにな。むしろ——俺もセラのゲート、通れたらいいのにな」  検査場の奥を見ながら、ノエルは不満そうに首をすくめた。 「それぞれの道に、それぞれの扉がある、なのかな。——それでも、目の前のゲートは違っても……またすぐ、一緒になるんだよね……」 「……だな」 「ねえ、ノエル」 「ん?」  セラが呼びかけるから、ノエルはセラに目線を戻した。 「その……ね。さっきは私、つい不安な顔したかもしれない。けど……だから。やり直し、していいかな?」 「やり直しって?」 「やっぱり今度こそ、笑顔でまたねって言いたいな」  その言葉にノエルは目を見開いてセラを見て、そして頭を掻いた。 「——それは……俺の方こそ、かな。俺もちゃんと、言えてなかったから」  そう言いながらも、「でも」と続けた。どこか気まずそうな、不慣れなような。 「……でも?」  セラが覗き込むと、ノエルは慌てたように首を振った。 「いや、その……いざ笑えって言われると……難しいな」  その言葉に笑ったのは、セラの方だった。 「もう、真面目なんだから。いつも通りのノエルでいいんだよ」 「そ、そっか」  セラが屈託なく笑うから、ノエルも妙な緊張が取れた気がした。 「じゃあ——」  ノエルは、そのままセラの手を取った。 「——また会おうな、セラ」 「……うん」  手をつないで、互いに引き寄せあって、ひたいをくっつけ合う。 「絶対、すぐ連絡するから。絶対、待ってて」 「……絶対、待ってるね。会えるの、楽しみにしてる」 「うん。セラがいたら、きっと楽しい。全部うまくいく」 「も、もう。そういうところは、大げさなんだから」 「大げさじゃない。そういう、予感」  ノエルが顔いっぱいに笑うから、セラはふいに胸が痛いくらいの感覚に襲われた。 「ノエルの笑った顔……すごく嬉しい」 「俺?」 「うん。ノエルの笑顔、ずっと見たかったんだ……」  セラも、嬉しそうに笑った。 「……それを言ったら、俺だって、セラの笑った顔、嬉しい」  ノエル自身、こんなにも自然に笑えていることが、不思議なくらいだった。 「うん……ありがとう」  より引き寄せ合って、腕を背中に回して、笑顔で抱き合う。 「絶対……絶対また会おうね、ノエル」 「……ああ、また」  最後にもう一度、そっとキスして。  顔が、腕が、身体が離れる。  何度も何度も振り返って、その度に手を振り合う。角を曲がって、完全に見えなくなるまで。   *  轟音と、重力。スピードに乗ってだんだんと飛行機が高度を上げていくにつれて、だんだんと小さく、うっすらとしていく景色。  笑って別れたはずなのに、何となくまた涙が出てくる。愛着の湧いてきた土地なのに、3日間だけで去っていくのが儚くて。  だけど、その3日間で、たくさんのきらきら光るような思い出をくれた場所。  ——お姉ちゃん、みんな。私、怖がらずに足を踏み出してよかったって……今なら本当に、胸を張って言えるよ。  生まれて初めてお姉ちゃんと離れての留学生活は、本当に勉強になったし、自信にもなった。自分の夢に向けて、また少し道筋ができた気がするんだ。  そして、生まれて初めて一人だけでの小旅行。ストライキに始まって、アクシデントみたいな偶然がたくさん重なって。だけどそのおかげでノエルに会って、たくさんのものをもらって、それで—— 「……よかった。最後に、会えて」  もしもあの時探しに行かなかったら、最初に手荷物検査の列に並んでた時みたいに……悲しい気持ちのままで、帰ることになってたかもしれないね。 「モーグリの、おかげだね」  新しいお守り——二人で買った時計を、そっとなでる。それだけで、何だか優しい気分になる。  それにノエルも……会いに来てくれた。それにまた会うって、約束してくれた……  約束のしるし、と言われた時のことを思い出すと何だかほてるような。次会う時が待ち遠しいような、少し気恥ずかしいような。  "Someday I'll find you with open arms"…"いつか、手を広げて、あなたを見つけ出すよ——"  あの夜、歌いきれなかった歌詞。  今ならちゃんと、最後まで歌ってあげられるかな……?  も……もう。それよりも、連絡もらう方が先なんだからね。慌てないで、落ち着いて待ってなきゃね。——ふう、と息を吐きながら、バッグを足下から取り出して、さっき受け取ったパンをかじる。 「……うん、やっぱり、美味しい」  それでも、パンを食べながら話してた時のことを思い出すと、自然と笑みがこぼれる。  分厚くて丸っぽい窓から外を見ると——遠い地平線の上、空色と珊瑚色が出会って、混じり合うところ。……もうすぐ、きっときれいな夕焼けが始まる。明日も、晴れかな。  最初に会った駅も広場も、二人であれこれ言いながら歩いた大学も、美味しいものを食べてた朝市も、夢について話した川沿いの遊歩道も、……少しだけ苦しかった新市街も、最後に会えた空港も。もうとっくに飛行機からは見えなくなっているけど。 「でもこれが……新しい始まり、なんだもんね」  旅行の思い出だけじゃない。これからみんなと会って、勉強も……二人の、夢も。  私たちは、ちゃんと踏み出したから。  きっと、もっともっとたくさんのことが、これからも待ってるんだよね—— 「——今度こそ、行っちゃったな」  空港の、展望デッキ。セラを乗せた飛行機は、動き始めてから何分もかけて滑走路をまわって、そして轟音を立てて無事に飛び立っていった。金網の向こう、だんだんと小さくなっていく飛行機。  これで、父さんの誕生祝いには間に合うな。せっかく選んだプレゼントも、喜んでくれるといいけどな。  って。セラと別れた後、駅で同じようなことを思っていたはずなのに——今は、随分と気分が違うもんだな。 「まわり道にも、意味はあるんだ——か」  ばあちゃんの言う通り、入学前に少し遠回りして、旅行してみた。その中でもさらに、電車が動かないとか、予想以上の回り道もたくさんあったわけだけど。  そのおかげで、たくさんの発見があった。頭で知ってたことを見て聞いて、現実感が湧いた。そこに住むたくさんの知らない人達にも、愛着ができた。  そして……大切な出会いが、あった。  金網から手を離して、——少しの、溜め息。 「とっさに身体が動いたとはいえ……俺も随分、思い切ったことしたな……」  思わず、頭をがしがしと掻いてしまう。後悔? ……全然。ただ、自分に驚いてるだけ。次、どんな顔して会えばいいのかとかさ。——そんなこと考えてたって、会ったらなるようにしかならないんだけどさ。 「——さて、と」  穏やかな風の吹く空を、見上げる。青空の中の日は少し落ちてきて、橙の混ざり始めた柔らかい日差し。俺もそろそろ移動しないとな。  次の移動先は——そうだな……駅にいる時は、次はどこ行こうかって考えてたけど。 「……今はもう、まわり道はいいかな」  "みんなが生きてる世界”のために——俺はまだまだ足りないし、知識も経験も行動も、たくさん必要。  だけど、今は——探し求めてたものが、待ち焦がれてたものが、見つかったから。一緒に歩いてくれる人が……—— 「すぐ行けるなら、行くだけ。まわり道ってかったるいし。うん、それが今日の結論」  もう、別の街は行かなくてもいい。新しい街に行ってしまおう。やることは、盛りだくさん。新しい学校生活、新しい住環境、新しい人間関係。全部一から作っていくようなもんだし、大忙し。  でもそれより、できるだけ早く着いて、できるだけ早く……携帯電話、買わないとな。なくてもいいかなんて思ってたくせに、大転換。  早くセラに連絡して、安心させてやりたいし。俺も……あの笑顔に会いたいし。セラの仲間達と会うのも、楽しみだしな——  いつも山から下りる時みたいに、空に両手を向けて、ぐぐーっと思いっきり伸びをする。ふうっと力を抜く。セラを乗せた飛行機は、すっかり空の彼方に見えなくなったけど。  その先には、どんな景色がある? どんな空がある?  俺がずっと見ていた灰色の空と、違う色。きれいな空ばかりでもないのかもしれない。  それでも——今までになく、"わくわく"、してる。動きたくなる、衝動。まるで、翼が生えたかのような。——俺がやるべきことが、そこにある。 「——よし、モグ。俺たちも、行くか!」  地面を蹴り上げて、駆け出す。  セラの残した、黄金色のひこうき雲がまっすぐ描く先へ。セラが手を差し伸べる色鮮やかな未来へ、帰ろう——  ——約束、したから。  同じ夢を見て、同じ時を旅していく……未来を、変えるために。  ここから、未来が始まる。  また新しい旅が、始まる——
 「永遠の空の下 [空のように、ひとつに]」(通称出会っちゃったんだから編)これで終わりになります…!  ノエル編&たかせさんのセラ編とで4ヶ月半もかかってしまいましたが、長々とお付き合い頂きましてありがとうございました!! 長々とした後書き: ・ノエセラの形  いろんな形はありますが、今回は思い切って「同志的+漫才的+恋愛(←)」を盛り込もう……!というコンセプトでした。  同志的や漫才的はいいにしても、難関は恋愛!  ふと振り返れば当サイトのノエセラは、比較的恋愛っぽくなく(そういや「恋愛色の限りなく薄いノエセラ」とサイトの説明に書いてました)、恋愛っぽいノエセラってどう書くんでしたっけという状態。たかせさんも今まで親愛止まりが多かったということで、1月あたりは二人で悩みましたw(1月だけじゃないですけどw)  じゃ、じゃあどうなるかわかりませんが何とか恋愛書いてみますんで……ということで、最後は身を絞るようにホワイトノエセラで恋愛方面に…なんとか…正面突破…?したような、してないような。書いてるときは「恋愛っぽい?!」と自分では思ってましたけど(あまりの恥ずかしさに転がりました 笑)、日が経って落ち着いて振り返ると、あれ?やっぱりそうでもないか?と思ったり。自分ではよくわかりませんね……  ま、まあ……最終的には、最初言ってた「同志+漫才+恋愛」が何となくバランスよく入ってたら嬉しいです!  みなさん様々な形のノエセラを思い描いていらっしゃると思うので、それとは違うと感じられるかもしれません。やっぱり二人は友情くらいがちょうどいい、と感じられるかもしれません。ただ可能性の一つとして、そういうのもあったかもしれないと思って頂けるととても嬉しいです。  そして管理人については、暗い話だけじゃなくてたまにはちょっと違う(?)話も書けるんだなと思って頂けたら泣いて喜びます。笑 ・記憶  思い出すか思い出さないかがじれったいというご感想をちらほらといただきました……!  基本的には、辛いことがたくさんあった二人ですし(特にノエル……)、新しい人生を歩いていってほしいなという気持ちがあったので、はっきりとした記憶はないほうがいいかなと思っていまして……。  それでも、やっぱり旅の中で得た大切な気持ちや信念といったものは、感覚だけでも覚えていてほしいなという気持ちです。(キャラによって、感覚の残り方は違っていますが)  ただ都合良くいいことだけ覚えてるわけじゃなくて、思い出したくない感覚も残ってるかもしれないのですが。  そういうのも、お互いに支え合いながら、それぞれも頑張りながら、新しい人生で乗り越えていってくれたらなあ、と思っています。 ・モグ  モグについては結構悩みました。転生後の世界設定は私たちのいる現代ということにしてましたので(地名等はもちろんフィクションですけど)、でもそうするとあまりファンタジーすぎるものも書けなくてですね。  最初はとりあえずモグのステッキのデザインの時計をセラがつけてたらかわいいな、程度の気持ちから始まって、あのような形になりましたが……結局は、やはりノエルとセラにとってのお守りはやっぱりモグだといいな、という気持ちでいます。 (そして、モグはやっぱりノエルには少し厳しめでセラには優しいんだろうなと思っちゃいます。笑) ・絵  途中のラフイメージのノエセラ絵は……  抱き合ったり見上げてるものについては私が「スランプすぎて書けません〜」と言ってる時にこんなイメージでと描いて頂いたものでして、あれを見ながら脳内イメージ膨らませて書いたという思い出の2枚です。素敵すぎたので無理を言って載せさせて頂きました……。  ありがとうと言ってる3枚目のセラは以前の絵茶で描いて頂いたものなのですが、それがあってこそ次の展開(約束のしるし〜)が生まれたので、記念すべき1枚として!(ありがとうといってほしいとリクエストをいただいておりましたが、うまく表現できたかどうか……)  4枚目のしゃがみこんだ絵は、かわいすぎたので、ついつい……。  5枚目と6枚目も、いただいた絵を元にまた文章書き直したりしました〜。  そんな感じで、絵があってイメージを膨らませたものが多かったのが最終話なので、その絵をどうしても載せたいと思いまして、無理なお願いをさせていただきました。  他にもここにも載せてはいないラフ絵もあったのですが、それは画廊に載せていただけると嬉しいですね……(^o^) ・ストーリー全般  クリア後色々な方とやり取りをしていてですね、  ノエセラという部分のみならず、まあ様々な面でLRのEDに悲しんでいた方が多かったのも、これを書き始めた一つの動機ではありました。(もちろん自分自身が納得したいというのもありましたが)  そういった方々に、少しでも前向きなED後世界をイメージしていただけたら、そしてノエセラの信頼関係が好きな方に少しでも楽しんでもらえるものが書けていたら、この上ない喜びです。  LRFF13 ED後の新しい世界も、100%いい世界じゃないかもしれません。先のことも考えずブーニベルゼも倒してしまって(←)、またゼロからやり直すなんてことはできないかもしれません。救ったはずなのに、私たちの現実世界のように、いろんな問題があるかもしれません。  それでも、お互い大切に思いながら、少しでも世界の未来をいい方向に変えていきたいと前向きに生きていくみんながいたらいいなあ、と思いながら、書かせていただきました。  (当サイトで書いた「いつか帰るところ」のノエセラの答えにもなっていたら、個人的には嬉しいなあ……とも思っています)  よろしければご感想等いただけたら泣いて喜びます。それと素敵な挿絵を頂いたたかせさんにも、ご感想をお寄せいただけたらと思います。  たかせさんへは、こちらのサイトより→「徒歩」  これまでメッセージ頂いた方々には、改めて深くお礼申し上げます。メッセージいただけると背中を押されたようで、頑張って最後まで書こう!という気持ちにさせていただきました。ああ、こういう風にお読み頂いたんだなあという新しい発見があったり、すごく嬉しかったです。本当にありがとうございました!m(_ _)m  感想絵も、ありがとうございました!!(^^)文字ばかりのページの中、その場の雰囲気をイメージしやすい絵をたくさんいただきまして(><)ノエルとセラが動いてるのを絵で見られるのが、すごく嬉しかったです!書く中ですごく癒されました……ありがとうございました!!  最後にたかせさんに。本当に原案に対してもたくさんのご意見ご感想をいただきまして、素敵な絵やデザイン頂きまして、小説まで書いて頂きまして!本当にありがとうございます!!  たかせさんにあのコンセプトを少しでもいいと言って頂けて、本当に色々とご協力頂けたからこそ本小説も何とか形に出来たと思っているので、感謝の気持ちでいっぱいです……。書き散らした文章にも、雰囲気を表現できるように……と本当に丁寧に描いて頂きまして。ありがとうございます(;><;) 私の方も、書いていただいたセラ編を少しでもうまく汲み取れて、たかせさんにも楽しんでいただけていたらいいなあと…心から思っております。  それでは改めて、ありがとうございました!

これまでお読みいただきありがとうございました!よろしければご感想頂けると嬉しいです〜

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