しとしと、しとしと。
さらさら、さらさら。
クリスタルの砂が、形を取ることなく掌から逃げていく。そんなことを何回も繰り返す。
「この家も、何も変わってないな。まあ誰もいなかったんだから当たり前か……。変わったことと言えば粉塵が家の中まで入ってることくらいで……」
床をぎっと鳴らしながら、少しため息混じりにノエルが隣の部屋から戻ってくる。すると、私の砂遊びを見咎めた。
「……セラ、あんまり触るな。その粉塵のせいでみんな肺をやられたんだ。雨が止んだら、早く次のゲートを探そう。モグも心配だし」
「うん…………ごめん」
「……疲れた?」
「ううん。ここが世界の終わりなんだなって。……ノエルの生まれ育った時代」
ノエルの夢が覚めて現れたのは、どこまでも荒涼とした、白いクリスタルの砂に覆われた世界。放置された集落の家並みは、そこに人がいたと想像しきれないくらいに荒れ果てていた。
空を見ながらもうすぐ毒が降るって言われて、ノエルのいた家に足を踏み入れた。そこでようやく生活の跡のようなものが見て取れて、少しだけほっとした。
「うん。晴れれば粉塵、雲が覆えば毒の雨。そうなればこうして家にいるしかない。つまらないだろ?」
「つまらないだろって……」
そんなどうしようもない状況を、さも普通のことのように言うことが、とても痛々しい。
世界の終わりから来たと聞いた時には、思い浮かべることしかできなかった。実際に見てみると、どれだけこれが絶望的なことだったのか、って思う。今みたいに天気の移ろいですら、楽しむことのできない世界。ノエルの夢に出てきた村人達もみんな俯いていて、死にたくないとか、どうして、って苦しみばかり訴えていた。
私の夢にはお姉ちゃんやスノウやノラのみんながいて、作り物だったけど私が望んだ世界があった。……でも、ノエルの夢は?あんな苦しみばかりの世界がノエルの想像できる最大限の夢なんだとしたら……そんなの、悲しすぎる。
「ごめん。そんな顔するな」
「……どんな顔?」
ホープくんと騒いでる時に同じことを聞いた時は、こーんな顔、と思いっきり変な表情を見せてくれたノエルも、今はただ少し困ったような顔をした。
「……ここがネオ・ボーダムだったらな。
青い空、眩しい太陽。それに空と同じ色の、塩っぱい海……」
「……ふふ。塩っぱかった?入ったの?」
「隕石が落ちた次の日の朝早く、行ってみたんだ。……ばあちゃんが、海がどんなのか知らなくて見たかったって言ってたからさ。
教えてやりたいな。ここの海は暗いけど、本当の海は青くて、きらきらしてたって。
あと、人も良いんだって。海なんて入るものだと思ってなかったけど、見てたら村の子供たちが遊ぼうって言って近寄ってきてさ。初めて入ってみたんだ。動くとばしゃばしゃ水が跳ねて、水は塩っぱかったし目にもしみたけど、潜れば魚も泳いでて。潜ったらベトベトになって、後でレブロには怒られたけど。子供達、みんな魚みたいな動きしてた」
「そんなに速かったの?」
「速い速い。俺は泳ぎ方知らなくて悔しい思いをしたけど、絶対すぐに覚えて次は勝ってやるからまた勝負しろ!って言ったよ」
「お手柔らかにね。ノエルが本気出したら、子供たちなんてすぐに追い越されちゃうんだから」
「セラ先生が、裏で秘密の特訓をしてやるんじゃないのか?」
「そうそう、鬼コーチとしてビシバシね……って、そんなことしないから!」
そんなことを言いながらレブロや子供達、ネオ・ボーダムの情景を思い浮かべていたら、緊張していた気持ちが少し緩むするのを感じた。
ノエルが、私の好きな話を出してくれたのかな、とも思う。
……自分が一番大変だったと思うのに、いつも自分じゃなくて人のことを気にかけられる人。ネオ・ボーダムで最初に会った時から、そして旅の途中もずっとそうだった。今も、おばあちゃんに海を見せたかったって残念そうにする姿はなんだか微笑ましくて、同時に、少し切なくもある。
「でも、本当にいい場所だよな。だからこそ俺も、みんなが生きていられる未来……ネオ・ボーダムみたいに平和な未来を作りたいって思えた」
「ネオ・ボーダムをそんな風に言ってもらえて、私も嬉しい。未来、変えようね」
……私も変わったな、って改めて思い起こす。ネオ・ボーダムで暮らしてた頃は、人に頼るしかなくて、自分がこんな風になるなんて思ってなかった。でも、ネオ・ボーダムに隕石が落ちて、ノエルと出会って、お姉ちゃんが生きてるって聞いて。それからいくつもの時代を旅した。お姉ちゃんに会うため、この世界にある時空の歪みを正すため、そして未来を救うために。そしてまだ大変なことが待ち受けている。それでも、私はちゃんと前に進んでいきたい。
………だから今……、自分の生き方を、ちゃんと決めていきたいって思う。
「……セラ」
「えっ?」
「さっきから少し、ぼうっとしてる。大丈夫か?」
「あ、ごめんね。大丈夫。……ネオ・ボーダムで旅に出て、今までのこと……いろいろと、思い出してたの」
「へえ。じゃあ、セラも今までのこと話すか?この前のホープみたいに」
少しだけ、躊躇った。でも……。
「うん、そうだね。じゃあ……そうする。ちょっと恥ずかしいけど……」
「今更?」
「そうだよね。今更だよね」
これまで、ずっと一緒にいてくれたのだから。いろんな私を見てくれた。守ってくれた。いつもそこにいて、力を与えてくれた。
「だろ?俺が今までセラのボケ発言にもどれだけ付き合ってきてるか……」
「え?いつボケてた私?」
「……それもボケ発言ってことでいいんだよな?」
「正解!」
「……口真似?」
そんな他愛もないやりとりをしながら。
大丈夫って、そう思えた。
「……ノエルは、お姉ちゃんに会ったんだよね?お姉ちゃんのこと、どう思った?」
「ライトニング?そうだな……少ししか一緒にいなかったから、そんなにはわからない。
でも、毅然とした人だって思った……かな。カイアスは本当に強いから、大変なんて言葉では言い表せないはずなんだ。それでも、そんなこと顔には絶対に出さない。私は大丈夫だから、行けって。そうやって俺をゲートに送り出してくれた」
「うん……そうだね。
なんだろう、お姉ちゃんだって多分色々とあると思うんだよ。だけどそういう弱さを出すことをよしとしないんだよね。弱さじゃなくて強さが絶対的に重視される軍隊にいたからかもしれないし、両親がいなくなって私を育てなきゃいけなかったからかなとも思うんだけどね」
「しっかりしてるんだな」
「うん。敵わないなあ……って思う。軍隊に入ってからは生活も違うし、話す機会も減っちゃって、すれ違っちゃうこともあったけど。それでもお姉ちゃんは、いつも優しくて……。お姉ちゃんが軍隊で頑張ってくれてる分、私も学校のことと、家のことはちゃんとやろうって思ってたよ。
そんなお姉ちゃんに精神的にすごく支えられてたって思ったのは、お姉ちゃんがいなくなってから、だったの」
『スノウ。私……自分の不注意でルシにされてしまって、色んな人を傷つけてきたよね。
なのに、スノウもお姉ちゃんも私を守ってくれたよね。だから私はクリスタルから戻ることができたんだよね……。でも。
私は人に守られるしかしなかったのに、多くの人を……ヴァニラ、ファング、そしてお姉ちゃんを犠牲にしたってことなの?
私が生きたせいで、お姉ちゃんたちが死んだ。そういうことなの?』
『セラ……それは違う。ルシになったのは事故だ。セラは責任を感じることはねえ。セラがルシになってなきゃ、他の誰かがルシになってたってだけだ。
それに義姉さんだって死んだわけじゃねえ。クリスタルになったんだ』
『だってそれって同じことでしょう?もう前みたいに、話すこともできない……振り向いてもらうこともできない……』
『クリスタルなら、俺らみたいに人間に戻れる可能性だってあるだろ?』
『いつ、何年後?私たちがたまたま早く戻れただけで、ヴァニラみたいに何百年後ってこともあるんじゃない?』
『信じるんだセラ、絶対義姉さんはすぐにクリスタルから戻れるって!』
『信じる……?何を……?もう、何を信じていいのかわからないよ。だってお姉ちゃんは、あのお姉ちゃんは……私のこと、抱きしめてくれたのに』
『ホープも言ってたろ?………夢だったんだ』
『夢、なんかじゃない……』
『ライトニングはもういない……信じたくないのはわかるけど』
『……なんで?信じたくないから?わ、私が生きたせいでお姉ちゃんが死んだって思いたくないから……だから生きてるだなんて言ってる、って言ってるの?』
『疲れてるっすよ、セラさん』
『そうだよ、大変だったんだから』
『疲れてない!私、何もしてないんだから!』
『色々あって環境も変わったんだから、何もしてなくたって気持ちは疲れてるよ。セラだけじゃない、コクーンの人たちもみんな今日明日どう過ごしていくかってところだし、ファルシも止まって、食料も水もない。ボーダムの人はパージのせいで戻るところがもうないんだ。……私たちもみんなそうさ』
『心配いらねえよ!コクーンで食ってけねえなら、グラン・パルスがある。ファルシなんて関係ねえ。俺たちで新しいボーダムを作るんだ!明日にでも、騎兵隊に協力を依頼してくっから!』
「みんな、目の前のことで手一杯。お姉ちゃんのことが夢だったのか、疲れてただけなのか、私がそう信じたかっただけなのか……みんなにとっては正直些細なことだったんだよね。目の前にある紛れもない真実は、お姉ちゃんはいないっていうこと、そして生活を立て直していかなきゃいけないっていうこと。
スノウは、ネオ・ボーダムを作るんだっていってみんなを励まして。わかるでしょう?コクーンに住むなんて考えたこともない人たちに、大丈夫だ!いけっから!食べ物もあるし!俺も死ななかった!って」
「ああ……想像できるな。でもよく信じられたな。あんな頑丈な奴に言われても、あんただからだろ!って俺なら言いそうだけど」
「みんな、切羽詰まってたの。ボーダムは破壊されちゃったし、少しでも可能性があるなら信じていかないと、食べることもできないんだから。でもすぐに騎兵隊の人たちも協力してくれたし、ネオ・ボーダム建設は順調に進んでいったんだ。
前はお姉ちゃんが家にいないことも多かったから、家事も勉強もって、自分で色々やらなきゃいけないことが多かった。だから、それなりに私も何かできるって思ってたんだ。
でも、違ったの。そうじゃなかった。お姉ちゃんがいなくなって、できてたこともできなくなって。今までの自分が自分じゃなくなるみたいな、そういう感覚だった」
『お姉ちゃん……。ごめん。
お姉ちゃんが軍隊で頑張ってたとき、私は家事をやってたし、勉強だって頑張ってた、って思ってた。
だから、家事だって、勉強だって、友達のことも、スノウのことも……
自分でできてるような気になってたんだよね……
でも、違ったんだよね。
家にいなくたって、お姉ちゃんが精神的にも大きく守ってくれてる生活があったからこそ、成り立ってたんだね……。
それがわからなくて、ごめんね……。
お姉ちゃん。ごめん。早く、帰ってきて……』
「そうやって、ふさぎ込んで。
泣いてることが、増えたって思う……。
余計に何もできなくなって。
……そんな時スノウは、ノラのみんなは、私のことを守ろうとしてくれたんだと思う」
『セラ、見てみろ!ネオ・ボーダムの家、第一号!ノラハウスだ!すっげーだろ!』
『作ったのはガドーだけどね』
『お、おう!ガドーが作ってくれたぞ!』
『コクーンみたいに傾いちゃ困るからよ、うんと頑丈に作ったぜ』
『よし、このノラハウスを、ネオ・ボーダム復興の拠点にするんだ。ここで生活して、他の家も完成させていって。マーキーの作業場にして復興に役立ててくれればいいし、それと疲れたらレブロの飯が待ってる』
『任しといて!グラン・パルスの食べ物も、もっと美味しく作れるようにするから』
『部品とか色々置いておける場所があるのは嬉しいっす』
『じゃあ僕は、他の人たちにも困り事がないか聞いておくよ。困り事があれば全部ノラハウスで解決!ってどう?』
『それいいな、ユージュ!そうしようぜ。
うん、いいな。復興も確実に進んできてるな』
『……ごめん、スノウ』
『どうした?セラ』
『私……何もできてない。みんながそれぞれのやり方で何かしてるっていうのに、私は何も……』
『何もできなくたって、いいんだ』
『でも、何もしないなんて……』
『何もできないなら、ただ笑っててくれればいい。そこにいてくれるだけでいい。セラが生きてそこにいる。それだけで十分なんだよ。俺も、みんなも』
『いいこと言うじゃん、大将!愛だね!』
『そりゃ俺はセラの顔見てれば、やる気も起きてくるってもんだぜ!だからよ、別に何かしようと考えなくたっていいんだ。セラはそのままでいてくれればいい』
『……うん』
「嬉しかったの。スノウもノラのみんなも、私を大切に思ってくれているのがわかったから。いつもそう、お姫様みたいに大切に扱ってくれる。でも……嬉しかったのに、私の気持ちはまた寂しくなった」
『テレビ!つながったっす!』
『やるじゃんマーキー!どれどれ?』
『お、リグディじゃねえか。あいつもすっかり偉くなりやがって』
『リグディって、騎兵隊の?』
『そうだ。ネオ・ボーダム開発にも随分協力してもらってた。騎兵隊から、臨時政府の人間になったんだ』
『マーキー、音大きくできる?』
『ちょっと……待って』
『……臨海都市ボーダムでパルスのファルシが発見され、このことから聖府は旧ボーダム市民を"下界の魔力に汚染された可能性がある"と断定し、全住民をコクーンから"追放"することを決定しました。しかしこのパージ政策が実行された背景には、旧ボーダム市民が下界の魔力に汚染されたといういかなる事実も存在せず、代わりにあったのは、ファルシ=バルトアンデルスの目論み……市民を抹殺しコクーンを滅ぼすということでした。
パージ後に発生した、下界のルシによるクーデター。これは、ファルシ=バルトアンデルスの目論みを阻止しようとする勇気ある行動でした。その内の三人は、ファルシ=オーファンを失い落下するコクーンをその身を挺して守り、そして現在もクリスタルとなって我々の生きるコクーンを支えています。下界出身のヲルバ=ダイア・ヴァニラ、ヲルバ=ユン・ファングの両名、並びに警備軍ボーダム治安連隊のエクレール・ファロン元軍曹。臨時政府は、この三人の勇気ある行動を讃え、感謝を表明し………』
『っていうことは……』
『……これで、俺たちも"危険な人たち"じゃなくなったってことっすか?』
『そういうことになるな』
『これで旧ボーダムの人たちも、何もしてないのに白い目で見られるなんてことがなくなる?胸を張って生きていけるんだね?』
『やった!他のみんなにも知らせてこないと!』
『これから、ネオ・ボーダムもますますでかくなっていくな。なんたって、危険な奴らが魔力を使って作った村じゃなくなったんだからな。何もしなくたって、コクーンで住めなくなった人たちがもっと流入してくるぜ。よし!……三人の分まで、これからも頑張っていくぜ!な、セラ』
『………うん……』
「……私の中ではまだ受け入れられていなかったのに、お姉ちゃんがいなかったことということを、みんながわかりきった事実のように扱って。でもそうやって、復興に向けて頑張ってくれてたんだよね……。でも私の気持ちは置いてけぼりになって。
何が真実なのか、何にもわからなくて。テレビの中の臨時政府の話も、目の前のノラのみんなの話も、どこか遠い世界にあるように思えて。
そうやって一人だけお姉ちゃんのことにこだわって、何もできない自分。みんなが頑張れば頑張る程に足が動かなくて。そして、気を使われるだけ使われて、何もできない自分。みんなを傷つけたのに、みんなの好意を受け取っているだけの自分が……全部嫌で……」
「………そんなこと。セラだって、学校の先生になったんだろ?」
「うん、スノウは覚えてなかったけど、クリスタルから戻った時に先生になるって言ったし。それに魔物が現れるようになって、子供達に身を守る手段を身につけてもらわないといけないって思ったから」
「そう言っても、なかなかできるもんじゃない」
「ありがとう。子供達に教えるようになってからは、ちょっとだけ気分がよくなったの。私にもやれることがあるんだって。
そのうちにね、スノウが……お姉ちゃんの話を聞いてくれたの。私だけが覚えてた記憶の中で、何があったのかって」
「……そっか」
「その時も、ちゃんと信じてくれた。お姉ちゃんは生きていて、私を抱きしめてくれてたんだって。
スノウは、いつも味方になってくれるから。私がルシになった時、お姉ちゃんですら信じてくれなかった時でも……、私を信じてくれたから」
「………ふぅん。また、言っていいか?」
「「……馬鹿だからだろ」?」
「……わかってるじゃん」
「もう、何回言われたと思ってるの?
……実はね、ノラのみんなにも言われたの。スノウが話を信じてくれただけじゃなくて、お姉ちゃんを探しに行くって言ったから」
『……馬鹿だろ?』
『馬鹿じゃねえ!義姉さんはどこかで生きてる!おかしくなっちまったのはこの世界の方なんだ!』
『スノウ……いくらスノウの話でも……急にそんなこと言われて、信じられるわけないよねえ。世界がおかしくなってる?……スノウがおかしくなったんじゃなくて?だってこの前の臨時政府の発表でも、言ってたよねえ。ライトニングは身を挺してコクーンを救ったって。それが全てじゃない?』
『なのにライトニングさんを探しに行くってこと?ネオ・ボーダムを置いて?』
『ネオ・ボーダムの復興だって軌道に乗っただろ?ちょっとくらい俺がいなくてもやってけるさ。それより世界がおかしくなってるんなら、そっちをどうにかしねえと!それに義姉さんが戻れば、セラだって元気になる』
『……よくわかんないっす』
『今はよくわかんなくてもいい!とにかく俺は旅立たなきゃなんねえ』
『……セラが言い出したことなの?』
『私……』
『セラは関係ねえ。俺が決めたことだ』
『そう言ったってさ、きっかけはセラの言葉なんでしょうが』
『まあ、そりゃそうだけどよ……』
『セラ、あんたが言い出したことなら、あんたが止めてやんなよ。そうじゃなきゃこの馬鹿大将、止まれないんだから』
『馬鹿じゃねえ!義姉さんは生きてんだ!』
『ねえセラ。あんた、この生活が不満?スノウがいて、みんないて。まだ随分ちっちゃいけど、あんたのやりたかった学校も作った。学校作りから見回りまで、みんなあんたを助けてくれていたよね。それって、幸せなことだと思わない?
あたしは、目に見える現実しか信じられない。
……ライトニングはね、もういないの。帰ってこないの』
『レブロ!』
『だからって、あたしが悲しんでないなんて思わないでね。でも……人生そういうことだってあるでしょ。
目の前にある現実はどれ?
ライトニングが生きているんじゃなくて、いないのが現実。でもそれでも、スノウがいて、みんないて、あんたもいて、支え合いながら生きているっていうのが現実。コクーンが落ちたけど、ネオ・ボーダムで新しい生活を作って、みんなここで生きているっていうこと。それって、大切な現実じゃない?
ないものを悲しむんじゃない。今目の前にあるものを精一杯大事にしようって、思おうよ……』
『……僕も、そう思う。せっかく生き残ったんだから。今ある生活を頑張って生きていく、その方がライトニングさんも喜ぶんじゃないかと思う……』
『私……』
『二人で話したけど、もう決めたことだから』
『……セラは行くの?』
『セラは連れて行かない。子供たちに教える先生がいなくなったら困るだろ?俺一人で十分だ』
『またまた〜危ない目に遭わせたくないだけのくせに〜』
『……まあ、そうなんだけどよ』
……あ。
『まあ大丈夫だ!すぐ義姉さんを見つけて戻ってくっから!なんたって俺はヒーローなんだからよ!』
『大将は、言い出したら聞かないからな……』
「スノウは、いつも味方になってくれて。どれだけこれに救われてきたことか、って思うの。
でも……その時もまた、じり、と少し心が縮こまって、沈み込んでいくのがわかったの……。
スノウに悪気はないの。でも、私はまた守られるだけで、何もしないんだ……って」
『セラせんせ〜!』
『うん、どうしたの?』
『スノウ、いないんだって?いつ帰ってくるの?』
『すぐだよ、ちょっとお仕事でね、お出かけしてるの』
『スノウがいなくなって、セラ先生も寂しいんじゃないの〜?』
『さみしーのー?』
『ばっ……そういうことは、言わなくていいから!さっ、勉強するよ!』
「それでも生徒に教えることで、気を紛らわしてたよ。……でも、気が紛れてるふりをしてるだけ。
ノラのみんなが、猫を拾ってきてくれた。スノウって名付けて、かわいがった。
そうやってただ、待つだけ。嵐が過ぎるのを待つように、時間が過ぎていくのをただ待つだけ。
そうすれば、スノウが帰ってきて全部うまくいくのかもしれない、って言い聞かせて」
『セラ先生』
『……どうしたの?』
『スノウ、いつ帰ってくるの?』
『……まだちょっとかかってるみたいだね……』
『なんのお仕事なの?』
『なんだろうね……あんまり詳しくは聞いてないから……。騎兵隊と何かやってるんだと思うんだけど……』
「すぐと答えていたのが、まだしばらく、と答えるようになって。
やっぱり私も行けばよかった、と思うには遅すぎたの。
それに、子供に嘘なんかついてる自分のずるさが、すごく嫌になった」
『セラ先生。僕……勉強、楽しくない』
『レト……どうして?ちょっとずつわかるようになってきたじゃない』
『だって……セラ先生だって、楽しそうじゃないんだもん』
『……ごめん。笑えてなかったかな……』
『……スノウ、仕事じゃないんでしょ?』
『えっ?』
『そう話してるの、聞いたんだ。スノウはセラ先生のために、セラ先生のお姉さんを探しに行ってるって』
『……ごめん』
『なんで嘘ついたの?』
『嘘っていうか……心配かけたくないって思って』
『絶対それも、嘘だ。セラ先生のためにスノウがどこかに行って戻ってこないなんて、説明するのが嫌だったんじゃないの?』
『……、……、そういう、わけじゃ……』
『じゃあなんで、スノウが探しに行って、セラ先生はここにいるの?セラ先生のお姉さんなんでしょ?』
『……行きたいって言ったよ。でも子供たちのために残れって』
『なんで俺らのためなの?』
『村から先生がいなくなったら、教える人がいなくて困るだろうって……』
『……勝手に俺らを言い訳にしないでよ』
『…………』
『………面倒だから?いやだからなの?』
『……え』
『先生、言ったじゃん。勉強でも、面倒なことでもいやなことでもやらないといけないんだって。でも先生だって、スノウに全部任せて自分は何もしてないじゃん。先生だからって人にばっかりやれやれって言って、自分はやらないの?行きたいなら行けばよかったじゃん!』
『……それ、は……』
『ガドーさん!レトがセラ先生を泣かしてる!』
『何!レト、お前!』
『うわっ、ガドーさん!ごめんなさい!!』
「自分の言葉。でも、言われたくなかった。できれば、子供たちには気付いてほしくなかった……」
「……ごめん。俺も、どうして二人を探しに行かなかったのかって聞いたよな……無神経だった。ごめん」
「いいの。本当のことだから。その子も、後で謝ってくれたよ。
でも、やっぱりずっとスノウが戻ってこなかったから、みんな少しずつ苛立ってたんだと思うの。ノラのみんなもそうだよ」
『もうスノウが旅立ってから一年になろうとしてるよね……。
セラ、このまま、スノウが戻ってこなかったらって、考えたことある?』
『……レブロ?』
『ライトニングは、もう死んだんだ。もういない、って今までは言ってたけど、この際はっきり言うね』
『………』
『大切だったことは知ってる。ずっとセラを育ててくれたんだから。それにみんなにとっても、そうさ。
でもあんたが前を向けなきゃ、スノウはいつまでも戻ってこれない。
ライトニングはもう死んだんだ、今の生活で十分なんだから、ってセラが言ってあげないと、あいつは立ち止まれないんだよ。一生、人探しをさせる気なの?そろそろ前を向いていかないかい?』
『……セラさんがかわいそうっすよ』
『きついこと言ってるってわかってる。でも、かわいそうなのは誰?
私には、スノウだってかわいそうだって思うんだよ。見つからないものをいつまでも探すなんてさ……でもスノウは、見つからなかったからって自分から帰って来るなんてできないだろ?
ねえセラ。今のままじゃ、死んでしまった人のために、生きているスノウを犠牲にするってことなんだよ。あんただって、ライトニングどころか、スノウまで失うってことなんだよ。それでいいの?』
『………』
『って言ってもね。
もういいから帰ってきなって伝えることも、もうできないんだけどね……今やどこで何してるのか、連絡も取れなくなったからね……』
「もう、どうすることもできない。そうやって、ただただ時間が過ぎるのを待ってたある日……ネオ・ボーダムにあの隕石が落ちてきたの」
「隕石……あの日か」
「うん。隕石が落ちて、自分の服も変わってて、見たこともない魔物がたくさん現れて……なのに足がすくむだけで……お姉ちゃん助けて、って言ったのは覚えてる。またレブロに怒られて……」
『しっかりしなさい!ライトニングは、もう死んだんだ!自分の足で立たないと、セラも死ぬんだよ!……いい加減、現実と向き合って!』
「みんな、必死に戦ってくれてた。なのにこんな状況になってまで何もできないんだ私、って思って……。
そんな時、ノエルが助けに来てくれたよね?」
「ああ。囲まれてて、危なかった」
「でも、ただ助けるだけじゃなかったの。ノエルは…………」
『立てよ、セラ』
そう。お姉ちゃんやスノウみたいに、抱き起こしたり手を差し伸べたりしたわけじゃなかった。その代わりに差し出されたのは弓だった。
『話は後。戦えるだろ?』
『え……』
『やればできるって!』
あ……これ、だ。
「……厳しかった?」
「違うの!ノエルの言葉……嬉しかったの。一緒に戦ってくれて、本当に嬉しかったの……ちょっとしたことかもしれない、でも自分で何かできるんだって、ちゃんと思えたの!だから……私にとっては、すごく大きなことで……」
そう。あの時の感覚は、今でも覚えてる。
行動を促す、ストレートな言葉。戸惑いながらも、弓を手に取って、立ち上がれたことが、嬉しかった。
「……そっか。よかった」
「その後、お姉ちゃんがヴァルハラにいる、ヴァルハラに行こうって言ってくれたよね。
嬉しくて、でもさすがに急なことだったから戸惑って……」
「ノラの奴らにも反発されたな。まあ、そりゃそうだよな。突然来た奴がセラを連れていこうとするんだから、反対するよな」
「……ノエルが寝た後、ノラのみんなとはもう一度話したの」
『セラ。あんな奴の言うことなんて信じなくていい』
『仮にも助けてくれたのに、その言いっぷりはひどいんじゃないっすかね〜』
『でもいい奴かどうかと、セラが行くかどうかはまた別の話でしょうよ。
何度も言うようだけど、ライトニングは……もう死んだんだ……。だから、スノウだって帰ってこないんだよ。そんな人をこれ以上追ってどうすんのさ……』
『もし、彼の言ってることが本当だったら……?』
『信じるのか、ユージュ』
『半信半疑だけど……頭ごなしに否定するのはどうかなって思って。隕石も落ちて、見たことのない魔物も現れて。コクーンも見えなくなってたし。普通じゃ考えにくいことが起きてるのかも』
『……はあ……。どうだろうね。もう私が、ライトニングが死んだと思いたいのかもね』
『……なんで?』
『だってもう、待つのもきついじゃないの。ライトニングの次は、スノウ。そしてまたセラがいなくなるなんて……考えたくもなかった』
『レブロ……』
その気持ちも、痛いくらいにわかった。待つなんて、本当はもうたくさんなんだ。みんな、そう思ってた。
『じゃあ、みんなで探しに行くっすか?!』
『馬鹿。それぞれはぐれるパターンだろ、それ』
『それにネオ・ボーダムは復興も軌道に乗ったとはいえ、また魔物もいつ出てくるかわからないし、ここでみんながいなくなったら困るでしょうよ』
『……そっすよね。でも、じゃあ……?』
『俺は、大将からセラを守れって頼まれてるんだ。セラを危ないところに行かせるわけにはいかない。しかもあんなどこの馬の骨ともわからん奴に』
『どこの馬の骨って……』
『うーん……』
『……セラ、あんたはどう思ってるの?』
『私……』
『スノウがライトニングを探しに行くって言った時、みんなで話したよね。
あの時も聞いたけど、スノウが遮っちゃったからさ。結局あんたの意見は聞けずじまいだった。その後も、あんたからはっきりと何か言われたことはなかったよね。
今、どう思ってんの?ちゃんと答えて、セラ。あのお兄さんが言ってるからじゃなくて、あんたの気持ちを聞かせてくれない?』
『私……』
みんなが話すのをやめて、静かに私の発言を待ってる。
『ごめんね。今まで、苦しかったの……。
苦しいのは、レブロの言うように、目の前の幸せがわかってないからなんじゃないのって、思ったりしたけど。
みんなが優しくしてくれればしてくれる程、自分の心が小さくなって。
守ってくれればくれるほど、何もしていない自分が嫌になって……。
スノウは、笑ってくれればそれでいいって言ってくれたけど、どうしてもそう思えなかったの。
お姉ちゃんはいたはずだった。でもみんなはもういないんだって言う。
本当は自分が見たものを信じて、自分で行動を起こせばよかったのに、私自身が自分を信じられてなかったの。
スノウがお姉ちゃんを探しに行くって言ってくれた時も、嬉しかった……。
でもスノウは、私を連れて行かなかった。子供たちのためだなんて言われたし、私だって頷いたよ。でも危ない目に遭わせたくないからでしょってその後に言われて。すごく悲しくなったんだ。私、また何もさせてもらえない。何もできないんだって。
でも、レトにまでこの前、行きたいなら行けばよかったじゃんって言われたの……。ガドーは知ってると思うけど』
『……ああ』
『本当にそうなんだよね。スノウがなんて言っても、行きたいっていう気持ちを突き通せばよかったの。できるできないの問題じゃない、んだから……。
でもそうしなかった結果、お姉ちゃんもスノウも帰ってこない。人を傷つけてばかり。この前レブロが言った通りなの』
『……ごめん』
『……ルシになった時もそうだった。何もできないくせに自分の行動のせいで人を振り回して、たくさんの人を傷つけた。今、同じことをしようとしてるのかなって……。前も後も、私って人は何も変われてない。
結局、与えられるだけなの、私。
お父さんもお母さんも早くにいなくなって、姉妹だけになって。妹だからって、まだ少女だったお姉ちゃんに生活の面倒を全部見てもらうだけの、子供だったの。
お姉ちゃんがいなくなったら、ヒーローに助けてもらえるヒロインに甘んじてるだけの、何もできない人になってた。
今も、同じ。自分が何かできるっていう自信がなかったから……何もしないから、何もできなくなる。何もできないから、何もしなくなる。そんな悪循環だったと思う。そんな自分が嫌で仕方なくて……。
でも、彼は……ノエルは、違ったの。
戦えるよな?って、そう言ってくれた。私、嬉しかった。やればできるって!って励ましてくれたことが。後ろで守ることより、横で一緒に戦ってくれたことが、何よりも……。
彼は……ノエルは、お姉ちゃんは生きてるって言った。私も夢に見るの……その中では、お姉ちゃんが戦ってた。その夢にも出てきた彼が、今日目の前に現れて……そして私が見た夢の内容を話してくれたの。だから、夢だけど、夢じゃないって思う。
言われてすぐだから、まだ全部信じ切れたわけじゃないし、踏ん切りがついてないところもある。もうちょっと話してから、って思う部分もある。それでも……話してみて、彼のことを信じられるんだったら……私は行きたいって思ってる……。お姉ちゃんがいるんだったら、ちゃんと自分で会いに行きたい。可能性があるなら、信じたい。望めば、自分でも何かできるんだって、信じたい……。子供たちに口うるさく言うだけじゃなくて、ちゃんと"先生"として胸を張れる自分でいたい……』
しーんとした。みんなを俯かせてしまった、と思った。
『ご、ごめんなさい。私、その……』
『セラ……その、悪かった。苦しませていたなんて……わかってなくて』
『ガドーさん?!そんな、謝らないで!悪いのは本当に、私の方だから!本当に、私がみんなの気持ちをちゃんと受け取れなくて……一人で悩んで……』
『俺も、言われないとわからなかったっす。ごめんなさい、セラさん』
『ライトニングさんもそうだけど、さすが姉妹、なのかな。二人とも見た目と中身は違うってことなんだよね……』
『えっ?』
『見た目はかわいらしいって思うんだけど。でも本人たちは守られるだけではいたくないんだよねえ。俺らがちゃんとわかってなかったんだな、って……。ごめんなさい』
『そうだね。あたしらも、変に気を使いすぎちゃってたんだよね。ごめん、セラ』
『みんな……ごめん……。でも、みんなが優しくしてくれるのが嬉しかったのは、本当だから……みんなが支えてくれなかったら、今こうしていなかった。これは嘘じゃない、心からそう思ってるから……』
『はあ〜、つまりは何?ライトニングもスノウもガンガンにあんたのこと守ってくれちゃって、あたしらはあたしらでそういうもんだと思ってあんたの気持ちを汲み取ってあげてなかったところを、あのお兄さんはさらっとやっちゃったわけだね。それって……ねえ』
『そういうこと?』
『だって、そういうことじゃない?』
『何!それは……どういうことなんだ?』
『ガドーさんには一生わかんないっすよ』
『何っ!』
『あの、えっと、その……』
『ま、どっちにしても明日、ちゃーんと話してみるんだね。信じられるかどうか、自分の目で確認して。
……あたしらは、セラの味方だから』
『……うん。みんな……本当に、ありがとう』
「納得。だからあんなに反対してたのに、次の日にはすっかり静かになってたんだ。ガドーなんて特にそうだよな。
変だと思ったんだ。だって反対してるのに、ライトニングのナイフを研いでやったり、猫にブラシかけてやったり、ペンダントのチェーンを付け替えてやるなんてしないよなあ、って」
「うん。本当に、みんな味方だって言ってくれて……嬉しかった」
「それに、セラ。俺の方こそありがとう……俺の言うこと、信じてくれて。あの時は必死だったんだけど、そりゃ突然現れて信じろとかいっても、信じられるかわかんないよな」
「その次の日。……私が、ノエルの願いは何?って聞いたでしょう?何て言ったか覚えてる?」
「うん。……みんなが生きてる未来」
「そう。それで、未来を変えられるって言葉を俺は信じる、ってノエルは言ってたの」
「……うん。ネオ・ボーダムみたいな未来にみんなが生きられるんだったら、いいなって思って」
「何て言えばいいんだろう。あの時はまだ、ノエルが実際どんな人で、どんなところから来たのか、全然わからなかったんだけど……。
例えばね。何か自分のためにやってたり、嘘をつこうとしていたりしていたら、そんな言葉、絶対に出てこないよね。
私……自分のことしか考えられてなかったんだなあ……って思ったの。みんなが頑張ってるときにも、お姉ちゃんがいないことを寂しく思う自分の気持ちばかり見てた。でもノエルは、そうじゃなかった。自分のことじゃなくて、みんなが生きてる未来を作りたいって真剣に話してくれた。だから……この人の言うことは信じられる、って思ったんだよ」
それを言ったら、ノエルは何だか照れくさそうに頭を掻いた。
「別に……そんな大したことじゃない。俺だって、別に自分のこと考えないわけじゃないし、そんなに聖人でもない」
「今は、そういうところだって知ってるけど。自分の気持ちに正直に行こう!がモットーだもんね」
「そういうこと!」
「それでもね、ノエルのそういう前向きさに、すごく助けられてたよ。ノエルは自分ではすごくないって言うかもしれないけど。旅に出てすぐのビルジ遺跡だって、そう……」
パージの生き残りだという、アリサに会って。
「……アリサ?」
「……うん。
自分の軽率な行動で、今も苦しんでる人がいる。本当にいいのかな……、って、前に進もうっていう気持ちに、水を差された気がしたの。歩き出したけど、足が止まりそうになった。
それでも、何も知らないノエルが、"どんなつらいことでも、過去がなきゃ、今この瞬間の俺もない"って言ってくれたから……
なかったことにはできない、だけど、それでも前を向いていかないといけないんだな……って思った」
「……そっか」
アリサの話になって、二人とも多くを語ろうとはしなかった。
……夢の世界に閉じ込められた時、ユールは、裏切ったのは私の知ってる人だって言った。
私には、アリサの声が届いてた。"ごめんなさい"って……。その声が、ノエルに聞こえていたのかはわからない。
……アリサは、どんな気持ちで私と接してたんだろう。
ホープくんは、どこまで知っていて、どこまで知らなかったんだろう。
「それでもね。……そうやってね、進んできて。ヤシャス山でホープくんと会って、予言の書を見せてもらって、ヲルバ郷でパラドクスを解消して、戻ってまたホープくんと話して。
お姉ちゃんが生きてるのは夢だったって前は言ってたホープくんも、この時には、ちゃんとどこかで生きてるって言ってくれた。その内にコクーンが落ちて、そのせいでノエルの世界が終わるってこともわかったけど、ホープくんとも協力して未来を変えていったら、コクーンと、そして世界も救えるかもしれない……って話したよね。
だから。
何かしてもらうのを待つだけじゃない。誰かに守ってもらうだけじゃない。
自分も、何かできる。助けてもらいながらでも、ちゃんと行動できる。ホープくんみたいにすごいことなんてできないかもしれない。でも手伝ってもらって、一歩一歩、進めていけてるんだって、実感できたの」
「ああ、俺だって同じだ。この世界で一人で歩いてたときを考えれば……間違いなく、未来を変えるために動けてるんだって思えた」
「……うん、そうだね」
そう。彼と一緒にいると、前向きになれて。一つ一つ未来のために進んでいける。
自分の周りだけじゃなくて、一歩先にまで目線を向けられる。世界が広がっていく。
そんな自分を、前よりもずっと好きになった……。
でも、少しずつ……前向きな言葉に救われながらも、……形のはっきりしない違和感が、自分の中に積み重なっていった。
ネオ・ボーダムにいた頃、スノウとはもう会えないのかもしれないって考えてた時期もあった。でも……サンレス水郷でようやく会えて。あの大きなプリンさえ倒せれば、一緒に旅ができるんだって思ってた。三人でお姉ちゃんを探しに行けばいいんだって考えたら、すごく嬉しくなったんだ。
でも現実はそうじゃなくて……スノウは、パラドクスが解消されたら他の時空に消えてしまった。そして……スノウの腕にはルシの紋章があった。
なんで?どうして?あの時、ルシの使命から解放されてたはずじゃないの?確かにスノウの腕の紋章は、消えてたはずだから。だとすれば、またルシにされてしまった?
ノエルが言った。……”自分からルシになったのかもしれない"
そんなこと信じられなかった。だってルシになったら、シ骸になるか、使命を果たしたってクリスタルなんだよ。また会えなくなるんだよ?一年どころか、もしかしたらずっと……、って。
でも、ノエルは。
”あいつは自分を顧みないで、他人を守ろうとするタイプだろ"
”……嫌い……だけど、気持ちはわかる"
そう言われて、気付いた。
私……また自分のことしか考えてられてなかったのかな、って。
自分が会えなくなるのが嫌で、だからなんでどうしてってやり場のない気持ちをまき散らしてしまった。スノウの事情なんて考えられていなくて。
でもノエルは、そういう人は嫌いだけど、気持ちはわかるって言った。……自分がそうだから?ちゃんと、相手の立場でものを考えてるからなのかな……って。
私の考え方って幼いんだ……、ってノエルに気付かされて、深呼吸したら、不思議と気持ちが落ち着いた。
よく、考えて。今必要なのは何?
……悲しむことじゃない。悲しんだって、スノウがルシじゃなくなるわけじゃない。
だったら必要なのは、今の自分に何ができるか考えること。未来を信じること。
そう考えたら、言えていた。”……私がルシになった時、支えてくれたのはスノウだから、今度は私の番"って。……今は離れていても、辿り着くよって。
でも、その言葉を口にした途端。
あれ?
私、今までだったら同じ状況で、こんな風に言えてたかな。きっとすごく落ち込んで、動けなかったかもしれない。
そう考えたら、思わず、ノエルの顔を見つめてしまった。
"了解。それまで導くよ。あいつに頼まれたしな"って、ノエルは言った。
あ、れ?
何か、ずれてる。
なんだろう、この感覚。
本当は、スノウと一緒にいて、ノエルと一緒にいないのが正しい姿。
スノウとは同じ時代に生きていて、ノエルは遠い未来から来ている。
……始まったこの旅の終わりを、初めて想像した。ホープくんと一緒にコクーンを救って、お姉ちゃんと会って、スノウと会って……それまでノエルが導いてくれて?でもその後、ノエルは?ノエルは一緒にいるの?
急に怖くなって、"全部のパラドクスを解消したら、どうなるの?"……って、初めてノエルに聞いた。
"俺が存在しない歴史になったりしてな"
"あくまで、可能性。そうなってもいいんだ。出会わなければ、あんな哀しみもなかったんだから"
……何があったのかまではわからない。
でも、そんな風にまで言い切れてしまう姿が、とても悲しくなった。
自分がいなくなってもいい、未練なんてないって思えるくらいに、絶望しかなかったの?
いつでもいなくなってもいいと思ってるから、もう後ろを向く場所がないから、だからこそ、いつも前を向いていられるの?
あなたの前向きさは、絶望の裏返し……?
……そう考えたら、どうしようもなく泣きたくなった。
そんなの、だめ。
消えちゃだめ、笑顔でいてほしいって、強く思った。
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セラのテーマ〜記憶〜の、"Since the day you came, I knew you would be with me"のイメージで書いてみました。
セラについては、FF13のEDで「あっスノウ〜!じゃねーよ・゚*・(゚O゚(☆○=(`◇´*)o」と思ったのが懐かしいです。
でも小説版で読むと、旅立つ前は割と暗かったり、だけど旅立った後は悩んでた風には全く見えなかったりですね……。(自分的に)謎の多い人だったなと思い出しました。
うんお姉ちゃんがいなくなったらいつもみたいにできなくなったんだねきっと、でも自分で決めて旅立ったことで変わったんだね、と納得することにしたのでした。