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長い文章ですので、できるだけ目に優しい環境でお読みいただければと思います。

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そっと、手を

- 1日目 -  ざ……ざざ……  人のざわめきのような波音を聴きながら、青い水面がきらきらと光を返す様をぼうっと眺める。 「あれえ? レブロさん、こんなところで一人でいるなんて珍しい〜!」  最初に声をかけたのは、同じノラのメンバーのリリーだった。まとめた金髪と、日焼けした肌と、屈託のない明るい声。 「まあね。たまにはあたしもお休みさ」 「えっ? どうして?」 「包丁でざっくりやっちゃってね」  包帯でぐるぐる巻いた左手を見せると、リリーはぶるぶると身震いした。 「うわああいったそう……! レブロさんでもそんなことあるんだ……」 「大した傷じゃないんだけどね。この際、少し休もうかなって思ってさ。3日間だけ休みをもらったんだよ。最近働きづめだったしね」 「うん、レブロさんて元々働き者なのに、最近もーっと忙しそうに働いてたし! でも、村なら平気だよ」  明るい口調で、言う。 「でも、レブロさんの料理食べれないのは悲しい〜!」 「マーキーと同じこと言うんだねえ。あんただって料理できるようになったくせに。ほら、みーくんに食べさせるんだって張り切ってさあ」  リリーの恋人のみーくん。昔から熱々の二人だったけど、リリーが料理もうまくなりたいって言ってから、セラと一緒に三人で料理してみたこともあったっけ。 「えへへ、そうだけど〜。やっぱりレブロさんのは美味しいから!」 「おだてても何も出やしないよ。ま、そのうちにまた復帰するからね。あたしはいないけど他の奴らは相変わらずノラハウスにいるから、何かあったらそっちにお願い」 「うん。私も手伝うから! レブロさんはゆっくりしてて。こういう時じゃないと休まなそうなんだから」 「はいはい、ありがとね」  木の桟橋に軽やかな足取りが響いて、小さくなっていく。コンコンという音がザクザクという砂を蹴る音に変わって、その内に、波の音に紛れて消えていく。 『レーブロ、なーに暗い顔してんだよ! らしくねえなあ』  波の音に混じって、懐かしい声が聴こえる気がする。まだ声変わりもしていなくて……でもやっぱり元気いっぱいでわんぱくな少年の声。  あの時は今と違って、波の音も聴こえない、風の表情も感じられない……コンクリートの壁に囲まれた空間。だけど、いろんな子供と少しの大人の声の行き交う場所に、あたしたちはいた。 『別に……何でもないんだよ。でもさ、ちょっとだけ思い出しちゃったんだよ。あたし、なんで一人になっちゃったんだろうって。お父さんも、お母さんも——  ……ごめん、あんたたちだってみんな、同じなのにね』  謝ると、あの時から身体も態度も大きかったあいつは、何も問題ねえって顔で笑い飛ばした。 『俺たちには、親はいないかもしれねえ。でも俺たちには、仲間がいる! 辛いときこそ助け合って生きて行くんだ。なっ! おい、ガドーもユージュも何か言えよ』 『おっ、おう! 大将の言う通りだ!』 『そうだよ。同じ施設にいるんだから、助け合っていこうよ。困ってることがあれば、いつでも手伝うから』  状況は前と何も変わらない。……それでも、その言葉だけで……胸にのしかかってたものが、どこかへ行った気がした。 『……うん。ありがとう』  住む場所は大きく変わったけれど、今日みたいに——雲の間から光の射す、明るい空色の日だった。 「レブロ」  振り返って見上げると、ユージュが近づいてきていた。 「おなか空かない? 差し入れ」  微笑みながら、手にしていた包みを少し持ち上げて見せてくれる。  気付けば、低かった太陽もいつの間にか空高く動いていて、——……確かに、おなかも空いたかもしれない。 「ありがと。ユージュが作ったの?」 「そりゃあね、レブロにはかなわないけど。俺だって一緒にノラカフェやってたんだし、これくらいはね。ガドーとマーキーよりも美味しいことは保証するよ」 「そりゃ、違いないね」  料理なんててんでダメな二人を思い起こすと、自然と笑ってしまう。 「畑も、ちゃんと水やりしてるよ」 「……そこまでされちゃうと、あたしのやることが本当になくなるじゃないの」 「元々交代でやってたんだし、今まで通りだよ」  そうかな。今まで通りなんて言われても……落ち着かない感じしかしないんだけど。  立ったままのユージュから、包みを受け取る。座るかなと思ったけど、そうじゃなかった。そのまま、じっとした視線。 「……どうしたの?」 「髪、乱れてるよ」  手がそっと、髪に触れる。 「……またどうせ風吹くのに」 「そうだけどね」  そんなこと言いながら、丁寧に、絡まった髪を直す。 「んーと……夜も作るからさ、遅くなる前に帰ってきなよ。魔物もいつ出るかもわからないから、何かあったらすぐ呼んで」  言ったのは、それだけだった。 「……ん、ありがと」  ごめんね。  歩いていく後ろ姿をしばらく見つめて、それからため息。海の方に向き直って、差し入れの包みを開けた。片手だけでも開けやすいように、布の端を縛るなんてこともしてなかった。  ……ユージュが作ってくれたサンドイッチ。  すごく美味しい。  すごく美味しいのに……  なんでだろう。全然……味がしない……—— 『——俺は、この施設を出るぜ!』 『お、おいおい、大将』 『スノウさん、どうしたんですか。いきなりそんなこと……』 『俺の中じゃ、急じゃねえ。聖府にはもう頼らねえ! 自分の力で生きていく! だから、聖府の息のかかったこの施設も出なきゃならねえ』 『そんな、急に……寂しいこと言うじゃないのさ』 『それは心配ねえ。お前らも一緒だ!』 『えっ?! あたしたちも?!』 『もちろんだろ。今までも一緒だったんだ、これからも同じだろ? ……それによ』 『………それに……何だよ?』 『実はよ……出た後のこと、まだ何も考えちゃいねえ!』  あたしとガドーとユージュは、——息を詰めて上げていた肩を、はぁ……っていう長い溜め息とともに落とした。 『……スノウさんらしいなあ……』 『あんたさ……どうやって食べてくかとか、後先ってもんをちょっとは考えないの?』 『だからこそ、一緒に出るんだろ? 俺たちの力を合わせれば何とかなる、いや、してみせる!』  俺たちには仲間がいる。力を合わせて、何とかする。そうすりゃ、強くなる。『俺たちノラは、軍隊より強い!』って言い合って。  まずはノラカフェを作って、自分たちでお金を稼いで、少なくとも自分たちだけは食べていけるようにって——  陽が波間に落ちるという頃には、ネオ・ボーダムの空はすっかり雲に覆われて、この日は夕日が見えなさそうだった。予定より少し早く、ノラハウスに戻った。 「おう、戻ったか」 「うん」  ノラハウスで出迎えてくれたのは、一番ドスの利いた声と腕っぷしを持つガドーだった。 「メシの準備はユージュがやってくれてる。今はマーキーと一緒に裏の畑に行って、サラダにする野菜を採ってくるんだとかなんとか」  キッチンを見れば、確かにもう夕ご飯の準備は粗方終わっているようだった。  ガドー自身は、見ると、ソファに座って大きな箱を前に何かしていた。 「あんたは何してんのさ」 「端っこの家がよ、魔物に壊されたところを自分で直してたっつってたんだが、最近すきま風も吹くし雨漏りもするっつうことで、明日直してやるんだよ。ったく、早く言ってくれりゃなあ」  不満そうな顔をしながらも、刃こぼれがないかとか、工具の点検をしている。その目はどこか嬉しそうに笑っていた。 「そっか。そりゃ、あんたの出番だね」  そう言って、ふとあたしは、別のことを聞いてみたくなった。 「ねえ、ガドー」 「あん?」 「村の中、他に何か変わったことあった?」  そう聞くと、ガドーは工具から目を離して、いつものいかつい顔であたしの方を見た。 「……レブロ」 「? ……何さ」 「疲れてんだろ? 休むって言った時くらい、ちゃんと休めよ。何も心配するこたねえよ!」  思わず出る、苦笑い。 「……あ〜、そうだねぇ……ユージュにも言われちゃったんだけどさ。いつもの習慣みたいだよ」  村であったことを逐一報告したり、それを元にまたどうするかを話し合ったり。それがいつものやり方。  ……でも最近は……本当は、"必要以上"。リリーに言われたみたいに、村は大丈夫なのに、忙しくしようとして……。 「……あのさ。ほら、施設長さんいたじゃない?」 「施設長?……ああ」  今じゃすっかり思い出すことも少なくなってたのに——ふいに思い浮かんだのは、優しい顔をして、でもてきぱきと動く——そんな活発な女性だった。  あたしとガドー、スノウとユージュの過ごした孤児施設には、何人かのスタッフの人がいた。その人は、一年中その施設にいて、あたしたちの面倒を見てくれた。白髪まじりでも、あたしたち子供にも負けないパワーがあった。スノウとガドーが騒ぎを起こすと、誰よりも早く駆けつけて、ふたりにげんこつをくれた。あたしたちだけじゃない、色んな子供がいて……毎日色んな問題があったけど。彼女は、それをうまくまとめていた。 「スノウは聖府の孤児施設だからって言ったけど、あたしはあの施設が好きでさ……あの施設長さんみたいになりたいと思ってたんだよね」  あたしたちには親がいなかったけど、それでも仲間がいて、そして……親の代わりみたいにして面倒を見てくれる大人も、少しはいるんだって。そうやって、支え合っていくってことを、知って…… 「……レブロ」  少し感傷的な気分になったところで、またガドーがいかつい顔で何やらあたしに言おうとしているのが目に入った。 「今度は……何だい」 「言っておくが。ノラハウスの長は、この俺よ!」  びっと親指を自分の方に向けて、声高に言う。 「なっ……なんだよそれ! いつ決まったってのさ!」 「俺は大将から後のことを頼まれてるしよ。それだけで十分だろうが」  さも最初から決まってたように話すから、しゃくに触る。 「ちょっと待ちなよ。あたしだってさ、毎日食事の準備して、村のみんなのことにだって気を配ってるよ。ノラハウスの長? あんたじゃなくて、あたしじゃないのかい?」  睨み合ったところで、後ろから声が聞こえる。 「まあ……二人ともまだまだじゃないっすかねえ〜?」 「何っ!」  振り返ると、頭で手を組んでどこか呆れ顔のマーキーが、入り口から入ってくるところだった。……外にまで聞こえてたってのかい。 「ガドーさんは怖そうって言われてるし、レブロさんは忙しそうって言われてるし……相談しやすいのはユージュさん!ってことで、村のみんなからは頼られてるし」 「えっ? 俺? いやいやいや……ただの雑用係って噂もあるんだけど……」  少し遅れて入ってくる、ユージュ。首と手を必至に横に振る。 「長は、ガドーでいいよ」  そんなこと言うから思わず、えっ、と声が出る。 「わかってるじゃねえか、ユージュ」 「ユージュ、あたしの味方しないってのかい!」 「いやまあ……そんな怒らないでよ」 「じゃあなんでよ!」  ユージュに詰め寄ると、まあまあ……と手の平を見せるようにして上げた。 「まあ単純な話……ノラハウスはガドーが建てたんだしさ」 「………」  なんだか、それ以上言いようがなくなった。 「そ、それは……確かに……そうだね」 「おっ! さすがユージュ! 無事解決っすね〜」  マーキーはよかったよかったっすなんて言いながら目の前を通り過ぎて、野菜をキッチンテーブルの上に上げた。ユージュも、ごめんね、と言いながら同じように歩いていった。……まあ、大体そんな言うほどのものでもなかったんだけど。 「ま、そういうこった」  ガドーは腕を組んで、満足そうに頷いた。 「——だからよ、レブロ。話は逸れたが、ノラハウスの長として言っておくけどよ」 「何、今までの話ぜんぶ脇道だったって? 言いたいことがあるなら早く言ってよ、えっらそうに」 「まあな。……いろいろあるけどよ、おめえだけが背負うことじゃねえってこった」  うん……そうなんだよね。そう言ってくれるんだよね。  ……あたしは……それが…… - 2日目 -  あたしは、朝から桟橋の先に座った。  今日は曇り。少しだけ、光が弱い。だけど、曇っていても、いつもと変わらない海。繰り返す、波の音。ただ……静か。  施設の外に出て、ボーダムでの暮らしも随分慣れた頃、スノウが、俺は結婚するっ! ……なんて言い出した。  またいつもみたいに突然なんだから。あの姉さんに認めてもらえるの? なんて言いながらも、祝福しようとして……  少しだけ、戸惑ってる自分がいた。  もし、スノウが結婚したら……——?  ……そんなことを考えているうちに、ファルシが止まって、コクーンが堕ちた。……それまで築きつつあった生活が、全部ゼロに戻ってしまった。  だけど、あたしはまだマシだったって言えるのかもしれない。  なんだかんだ言って、ノラのみんなは無事だったんだ。スノウだって、ルシになったけど、無事に戻ってきた。  だけど、セラは……泣いていた。 『私が生きたせいで、お姉ちゃんたちが死んだ。そういうことなの?』  セラは、両親を亡くしてから一緒に生きてきた姉を失って、疲弊して……混乱しきっていた。 『信じるんだセラ、絶対義姉さんはすぐにクリスタルから戻れるって!』 『信じる……? 何を……? もう、何を信じていいのかわからないよ。だってお姉ちゃんは、あのお姉ちゃんは……私のこと、抱きしめてくれたのに』 『ホープも言ってたろ?………夢だったんだ』 『夢、なんかじゃない……』 『ライトニングはもういない……信じたくないのはわかるけど』  ……あたしは、セラが、現実を受け入れられてないんだと思った。  抱きしめてくれてた? じゃあ、ライトニングはどこにいるって……? だって、いないじゃないか……  大切な人を失うことだって、ある。あたしだって、そうだった。ここにいる奴らは、みんなそう。受け入れたくない現実が、やってくることだってある。  だから……抱きしめてくれてたなんて言葉……ただの幻だったんだ、って思った。……セラは、疲れてたんだって。 『疲れてない!私、何もしてないんだから!』 『色々あって環境も変わったんだから、何もしてなくたって気持ちは疲れてるよ。セラだけじゃない、コクーンの人たちもみんな今日明日どう過ごしていくかってところだし、ファルシも止まって、食料も水もない。ボーダムの人はパージのせいで戻るところがもうないんだ。……あたしたちもみんなそうさ』  あたしは、信じなかった。  みんな、そうだった。 『心配いらねえよ! コクーンで食ってけねえなら、グラン・パルスがある。ファルシなんて関係ねえ。俺たちで新しいボーダムを作るんだ!明日にでも、騎兵隊に協力を依頼してくっから!』  そう。その時は、まずは目の前の生活の立て直しが、最優先だった。  また力を出し合って、協力して、一からやっていかないと。 「今日も代わり映えしないかもしれないけど。はい、差し入れ」  今日は太陽の位置がよくわからないけど、またいつの間にかお昼の時間になってたみたいで、ユージュから声をかけられた。 「……ありがと」 「ごめん、ちょっと呼ばれてるから、またすぐ行かないといけないんだ」 「うん、あたしは大丈夫だからさ。行っといでよ」 「んー、じゃあ……また夜に」 「ん」  ユージュが急ぎ足で遠ざかっていくのを見送って、その場で仰向けに寝転がる。 「……は〜あ。何やってんだか……あたし」  雲がでんと空を占領してる。遠く高いところで、鳥が飛んでる。……じゃあ、あたしは?  小さいことで、ぐちゃぐちゃ。……こんなの、あたしらしくない。  大体が、時間が有り余りすぎてる。だからこんな風に考えだすんだ。できるだけ考えないように考えないように、やってきたのに……  ——だけどそしたら、ぼうっとして、手なんか切っちゃって。 「にゃあ」 「……え?」  鳴き声が聞こえたと思ったら、いつの間にか猫のスノウが頭にすり寄ってきていた。 「こら。音も立てないんだから。びっくりするじゃないの」  なんて、猫に言っても仕方ないんだけど。寝転がったまま、右手を伸ばして首筋をなでてやる。 「あんた、どこ行ってたのさ? スノウみたいに、どこ行くかわかんないんだから」 「にゃあ」 「うちの屋根に上って、下りられないでいたみたい」  桟橋の向こうから、声をかけられる。セラの学校に来てた子供の、お母さん。長い髪を押さえながら歩いてくる。慌てて身体を起こす。 「ずっと鳴き声が聞こえるなあって思ってたんだけど、屋根だとは思わなくて、助けてあげられなかったの。やっと主人が下ろしてあげて、ノラハウスに連れて行こうとしてたの。おなか空かせてるみたいで……少しは食べさせたけど、大丈夫かしら」 「ありがとうございます。この子はいつもこうなんです。外によく遊びにいって、うちになんて滅多に帰ってきませんよ。どうしてもおなか空いたときだけなんです」 「ちゃんとノラハウスが家だってわかってると思うわ。見かけないな〜って思うと、ノラハウスに帰ってるから」 「本当? あんたの家、どこだかわかってる?」  猫のスノウに話しかける。首の周りを撫でてやるけど、気持ち良さそうに目を閉じる……というより、ユージュにもらった包みにすり寄ろうとする。 「わかった……わかったってば。あげるから。——あ、ありがとうございます! 後は大丈夫です!」 「よろしくね」  微笑んで、元気になってねって猫のスノウに言い残して、家の方向に戻っていった。 「まったく……そんなにおなかすいたのかい?」  ユージュからもらったばかりのサンドイッチを細かくちぎる。左手が使えないから、ちょっとだけ歯で噛みちぎって、猫のスノウの前に出す。品定めでもするようにくんくんと匂いをかいだり、舐めてみたり。ようやく食べ始めたのを見て、あたしもサンドイッチをかじる。 「あんたも幸せだねえ……えさももらえて、ネオ・ボーダムもいろんなところに行って満喫できてさ」  村を開拓すると決めた場所は、近くに木々の生えたきれいな海辺だった。  降り立つと、あたしはその光に圧倒された。あたしの知ってる"海辺"よりもずっとずっと眩しくて、潮の香りが強かった。……これが、あたしたちが知らなかった本当の海なんだ、って思った。  不安も、なくはなかった。でも何よりも、浜辺に座って太陽と海を眺めていれば——懐かしいボーダムの海を思い出して、どこか安心した。  ……それにあたしは、一人じゃなかった。 『セラ、見てみろ! ネオ・ボーダムの家、第一号! ノラハウスだ! すっげーだろ!』  スノウってば、まるで自分が作ったみたいにセラに自慢してる。でも、作ったのはガドーだけどね、なんて言っとくけどね。 『コクーンみたいに傾いちゃ困るからよ、うんと頑丈に作ったぜ』  うん。何年経っても、何百年経っても、絶対傾かなさそう。自分が作ったんじゃないけどさ、妙な自信があるね。  あたしたちの新しい生活がこうやって形になっているのを見るのは、すごく嬉しい。 『よし、このノラハウスを、ネオ・ボーダム復興の拠点にするんだ。ここで生活して、他の家も完成させていって。マーキーの作業場にして復興に役立ててくれればいいし、それと疲れたらレブロの飯が待ってる』  ……そうだね。単にあたしたちが生活するんじゃない。他の人もこの街で生活できるようにしていく。  あたしたちは——もしかしたら今までは、ガキ同士で集まって、自警団を名乗っているだけだったかもしれない。でも、これからは本当の意味で……この村を守っていくんだ……。  そう思うと……何だってできるような気がした。 『任しといて! グラン=パルスの食べ物も、もっと美味しく作れるようにするから』  そう言うと、マーキーもユージュも続いてくれた。 『部品とか色々置いておける場所があるのは嬉しいっす』 『じゃあ僕は、他の人たちにも困り事がないか聞いておくよ。困り事があれば全部ノラハウスで解決!ってどう?』 『それいいな、ユージュ! そうしようぜ。……うん、いいな。復興も確実に進んできてるな』  あたしたちを取り巻く環境は、今までと大きく変わった。  生活を管理していたファルシは、もういない。温室のようなコクーンとは違って、ここは厳しい環境のグラン=パルス。住み方も、食べ方も、なにもかもが手探り。  それでも、ひとつだけ変わらないものがあった。  あたしは、仲間と一緒にいるんだってこと。  住み慣れた街は失ったけど、ここでまた、仲間と一緒に新しい暮らしを始めていけばいいんだって思えた。 『……ごめん、スノウ』  ただ一つ、気になっていたのは——セラのこと。 『どうした? セラ』 『私……何もできてない。みんながそれぞれのやり方で何かしてるっていうのに、私は何も……』 『何もできなくたって、いいんだ』 『でも、何もしないなんて……』 『何もできないなら、ただ笑っててくれればいい。そこにいてくれるだけでいい。セラが生きてそこにいる。それだけで十分なんだよ。俺も、みんなも』  スノウが、励ます。みんなが、ひやかす。……セラは、一度はふっと頬を緩めるのに、その笑顔ははかなくて。今にも消えてしまいそうだって、思った……。 「——あ」  気がついたら、あたしの周りには誰もいなかった。猫のスノウはどこかにいなくなっていた。 「まったく……本当にえさだけなんだから」  そうこうしているうちに、変わらない波の音に、いくつもの甲高い笑い声と砂を蹴る足音が混じってくるのが聞こえた。思わず振り返ると——そこには砂浜を走り回る子供たちの姿が見えた。  楽しそうにしている子供たちを見るのは、好き。みんなには友達もいて……親もいる。——あたしだって、親がいなくてもノラのみんながいてくれたから、……孤児施設の生活でも十分だったって思えるけど。できれば子供たちには、友達も親もいる、そして施設の中だけじゃなくて村のみんなとも関わり合っていく、——そんな生活を送らせてやりたいって思うから。  だから、子供たちが遊んでるのを見るのは好きなんだ。好きなんだけど、……この時はちょっとばかり気持ちが違った。 「あんたたち! セラ先生がいなくなったからって、勉強するの忘れたわけじゃないだろうねえ?」  立ち上がって桟橋から叫ぶと、子供たちはぎくっとした顔で立ち止まって、恐る恐るといったようにあたしの方を振り返った。 「わ、忘れたわけじゃないけどさぁ〜」 「どうだか」  先生がいなきゃ授業もできないってことで、セラが旅立ってからは学校は休校ってことになっていた。あたし含めノラのメンバーはみんな勉強なんてできなかったから、セラの代わりに教えるなんて無理な話だった。  ……でもその間、子供たちはというと——元の生活に戻っちゃっていた。勉強しなくて、たまに開墾作業を手伝ったり、みんなで遊びに行ったり。そういう生活。  気になっちゃいたんだけど……忙しくしていたし、勉強なんて話はあたしにはどうしようもない……って思ってたから、ついそのままになっていた。 「だって……先生がいないと、勉強するの難しいよ。セラ先生だって、そのうち帰ってくるんでしょ? そしたらまた教えてもらえばいいかなって」  桟橋から歩いて近づいてきたあたしに、子供たちは申し訳なさそうに——だけど、どうしようもないよと言いたそうにした。  ……あたしだって、そう思おうとしてた。……でも—— 『学校を……作りたいの』  村が魔物に襲われたある日のこと。セラは——ライトニングを失ってからうつむきがちだった顔を上げて、あたしたちに話した。 『今日ね……子供達を避難させてみて、わかったの。大人が守ってやるだけじゃなくて、自分で自分を守れる方法をちゃんと子供達に教えなきゃいけないって』  まだ少し遠慮がちに。だけどその中には、一本筋の通った、凛とした強さを感じた。 『……学校っていうより、塾って感じの人数しかいないけどね。今はまだ』 『心配いらねえ。村が安全になって人が増えれば、学校なんてすぐにデカくなるさ!』  スノウもにかっと笑いながら、こーんな、と長い腕を広げた。うん、……嬉しいよね。 『ちょい待った、大将。デカい学校は先の楽しみに取っとくとして、だ。すぐに使う分の教室はどうする?』意外にもガドーが、現実的に考えてる。 『当面は外でいいと思うの。マーキーの作業場の前に空き地があるじゃない? そこを使えないかなって思うんだけど。それに、マーキーが色んな機械とか武器とかを試作してるから、何かあったらそれを使わせてもらえるし。だめかな?』  セラの言葉に、マーキーは渋った。……まあね、作業場の前の空き地ってことは、うるさいし、子供たちがいたずら半分に入ってきて散らかすかもしれないしね。……でもね、今はそんなの問題じゃないんだ。 『作業場を貸せって言ってんじゃないんだから、協力してやんなさいよ』  そう。何かあったら、散らかしっぱなしのあんたが悪い! これでマーキーの散らかしグセが治ったら、一石二鳥かも! なんて思ったりして、楽しい気分にもなった。 『明日は朝イチでみんなに知らせに行かないと』  ユージュが、村の子供たちに学校に来てくれるように言ってくれることになった。  うん。こうやっていつもみたいに、力を合わせて。一歩一歩進めていく。 『学校の先生か。うん、セラらしいよな』  みんなは気付いたか気付かなかったか。スノウの言葉に、セラはまた少しだけ顔を曇らせた。でも、あたしは気付いたけど——気にしなかった。何もできなくてごめんと言っていたセラが、お姉ちゃんと言ってよく泣いていたセラが、自分で何かをしたいって言い出したんだから。あたしたちだって、セラを助けることができる。少しずつでもいい、下ばかり見てる時が減って、上を向いてる時が増えていってくれたら。 『頑張りなよ、セラ先生』 『……うん!』  学校が始まってからは、セラは料理しながら考え込むこともあった。 『難しいな……』 『何が難しいって?』 『いろいろと、ね。どうして勉強しなきゃいけないのかとか。学校の勉強が何の役に立つのかとか』  学校も、すぐにうまくいったわけじゃない。なんで勉強するのかわからない、といって、宿題をやろうとしなかった子供もいた。  あたしはつい、そんな悪ガキは頭をひっぱたいてやればいいのさ、って言った。 『かもしれないね』  そう微笑みながらも、セラは、力づくで勉強させるなんてことはしなかった。きちんと自分で答えを考えて、生徒に話して聞かせていた。生徒も、すぐには納得できなかったかもしれない。それでも、前よりは……宿題をやってくることが増えたって喜んでたのを覚えてる。  セラもそうやって、一歩一歩前に進もうとしていた。  その気持ち——、途切れさせたくないんだ。   「勉強ね、難しいよね。でもさ、難しいだろうけど……セラ先生がいなきゃ、なーんにも勉強できないってのかい? ほんの少しも?」  子供たちは、言葉を詰まらせた。 「セラ先生の言葉、もう忘れたのかい? 勉強するってことは、自分を守れるようになることなんだって。どんな世の中になるかわからないから、準備しておくことだって。身体を鍛えるのと同じで、頭も鍛えるんだよ。——ってことはさ、どういうことかわかるかい? 勉強はね、自分でできるようにならなきゃいけないんだ。誰かに教えてもらう、最初はそれもいい。でも最後には、自分で自分を鍛えられるようにならなきゃいけないんだよ」 「自分で……鍛える?」  うーん、と、子供たちは首を傾げた。 「わかりにくい?」 「わかる気はするけど……どうすればいいのかよくわかんなくて……」  まあ、それはそうかも。あたしだって自分で勉強しろなんて言われたって、どうやって?って言いたくなるかもしれない。 「じゃあさ。一人で勉強するなんて退屈だろうから、あんたたちの遊びに、勉強も入れてみたら?」 「勉強が、あそび?」 「そ。みんなでやれば楽しいんじゃないかい? 毎日なが〜く勉強しろなんて言わない、少しだけでもいいよ。一緒に勉強し合ってさ、わからないことがあったら、お互いに聞くんだ。知ってることを教え合うんだよ」 「それでも……わかんなかったら?」 「自分たちで調べてみるんだよ。セラ先生に本もらってただろ? そこに何か書いてないか、まずは探してみなさいよ」 「……本、かあ……」 「そう。もし! 自分たちで教え合っても本を読んでもどうしてもわからなかったら……マーキーに聞いてみて。情報網を駆使して調べてくれるからさ」 「そっかぁ……わかった!」  具体的に言うようにしたらイメージがついたみたいで、子供たちは元気よく返事した。 「うん、いい返事」  じゃあ明日から? どうやってどこでやろうか? っていうことを子供たちでわいわいと話してるから、あたしも嬉しくなって、顔が緩んでくる。 「それにしてもあんたたち、元気そうで何よりだねえ」 「うん! 元気だよ〜」  そっか、と言いながら、少しだけ……胸が痛む。 「——……セラ先生がいなくなっちゃって、寂しくないかい?」 「えっ?」  きょとんとした顔であたしを見上げるから、はたと気付く。……あたし、何聞いてるんだろう。  でも、子供たちはお互いの顔を見ながら、頷き合って、言った。 「全然、寂しくないよ!」  ……なんだか、身体中ががっくり来た気がした。 「あんたたちさあ……人として薄情ってもんじゃないの? ちょっとはさあ、心配だったり寂しがったりしないのかい」 「こないだも帰ってきてたじゃん。何か探しに」  まあ、確かにそう。当分帰って来ないって思ってたのに、"ゲート"と呼ばれたものに吸い込まれて日数も経たないうちに——またセラとあのお兄さんは現れた。なんとかコアを探しに来たんだって。……あの時は、何だか拍子抜けしたのを覚えてる。だってこっちは決死の思いで送り出したのにさ。 「あの時は、そうだったかもしれない。でもその後は帰ってきてないじゃないか。もう随分経つのに」  ……子供たち相手に、何言ってんだか。 「まあでもさ、あの兄ちゃん強いし! それに……セラ先生、ここで勉強教えてた時よりも、すっごく明るい顔してたからさ! だから寂しくないよ!」  ……そうだね。子供たちの方が、よくわかってる。  グラン=パルスに下りてから、一番いい顔、してたね……  お姉ちゃんって泣いてた時より、ここで子供たちに勉強を教えてた時よりも、あたしたちと一緒にいた時よりも……ずっと……  夕焼けも見えないままに日が陰ってきて、あたしは腰を上げてノラハウスに戻った。  波の音が少しずつ遠くなって、その代わり聞こえてきたのは、なんとも情けないような声だった。 「ん〜。ムリっす。やっぱりムリっす……」 「やめる? 無理しなくてもいいよ」 「でももうちょっと頑張りたいっす。でも……ムリっす……」 「……あんたたち、何してんのさ」  入ると、ユージュがキッチンにいる。それはわかってた。でも今日はびっくりすることに——マーキーが、包丁を手に持っていた。 「あっ! これは……何でもないっす。ちょっとした……実験……っすかね」 「何の実験さ」 「それは……その」 「マーキーがさ。レブロが怪我したし、自分も少しでも手伝えるなら、ってさ」 「……そんなこと、言わなくてよかったっす」  包丁を静かに置くと、マーキーはため息をついて、うなだれた。 「……でも、難しいっす。何ができるんすかねえ……俺……機械のパーツは組み立てられても、食べ物は……何が何だか……」  マーキーは、いつになくぐったりとして見えた。 「もう、あんたは料理できないんだからさ。無理しなくていいんだよ。ユージュに任せておきなよ」  そう言うと、マーキーは沈んだ声で了解っすなんて言いながら、ちょっとふて腐れたように口を尖らせた。 「どうしたのさ」 「……もっと喜んでくれるかと思ったっす」  ……ああ。 『ちょっと、3日間だけ休みくれない?』  あたしが怪我したってんで慌てた顔してた男衆3人が、今度は驚いた顔でこっちを見た。 『あたしとしたことが、包丁で自分の手切るなんてさ。……多分、疲れてたと思うのさ。たまにはのんびり海でも見ながら休むのもいいかなって思ってさ』  レブロ、とユージュが何かを言いかけたところで、マーキーが声を上げた。 『ええー、レブロが作ってくれなかったら、俺何食べればいいんすかね……』 『馬鹿! そういう問題じゃねえだろ』  ガドーの鉄拳が、マーキーの頭に落ちた。 『心配いらないよ。食事なら俺も作れるし。レブロはゆっくり傷治して』 『ユージュの飯っすか……』 『おめえよ、文句言える立場なのかよ。もっと他に言うことあるだろうが』 『いいんだよ。ま、3日間だけ我慢してよ。その後はまた作ってやるから』 『ていうか、3日で足りる? その傷、もっとかかりそうじゃない?』 『3日もあれば、疲れも取れるでしょ。それに休みすぎたら絶対あたし飽きるんだから、3日で十分』  ——そんなこと話してたから、……マーキーも、気にしてた? 「もう……ありがとね、マーキー。あたしはほんとに、その気持ちだけで十分だって。ごめん、言い方悪かったね。  あんたには、自分の得意なことがあるでしょうよ。あたしはね、あんたが楽しそうに機械いじってるの見るのが好きなんだから。料理なんてほんとにしなくたっていいんだよ。あんたの得意なことやって目を輝かせてるところ、あたしに見せてよ」 「……うっす」 「あ、そうそう……じゃあさ、ちょっとお願いがあるんだけど」 「? なんすか?」 「村の子供たちに、自分たちでも勉強したり調べたりするための情報端末、作ってやってくれない?」 「情報端末?」 「教える人がいなくなったけど、あの子たちには勉強するのをやめてほしくないから。……もっと早くやってあげられたらよかったけどさ」  マーキーは、うーん、とうなった。 「……やったことないっすけど。どうやったらできるんすかね……どう部品調達すれば…… ていうかその前に、どういう設計にすれば……」 「やったことないから余計、腕が鳴るんじゃない? 頭の使いどころだよね。子供たちのためだし」ユージュが笑顔で後押ししてくれる。 「……いいっすよ。そういうことなら、やってみるっす!」沈んでた顔をしてたマーキーも、ようやくいつもの明るい声。「そういえば最近できたアカデミーって組織、いろんな知識を発信してるみたいだし、うまくそこの情報取れるようにできないか、やってみるっす」 「だからって、捕まることはするなよ」後から入ってきたガドーが、まるで脅すような低い声をマーキーに投げかける。 「そんなことしないっす!」  そんなやり取りを耳だけで聞きながら、どこかまたぼうっとする。  勉強……勉強か。  先生がいなくたって、子供たちは勉強して……  それで、勉強したら、子供たちは…… 「でも……レブロ」 「……ん? 何?」  マーキーが少し言いにくそうに、後ろ頭を押さえてあたしを見る。 「……いいんすか? それって……」  そこまで言って、その後の言葉が続かなかった。  ……マーキーは、機械は得意だけど、人に対しては少し口下手なところもある。だからいつもなら、「それって、何?」って、続きを引き出そうと言葉をかけてあげるところ。  でも今は……あたしは……ただ単に、マーキーの顔を見つめるだけで……何かを言ってあげることができなかった。  マーキーは、う〜んとか、あーとかうなりながら、頭を掻いて、ため息をついた。 「……何でもないっす」 「………そう?」  ……あたしは、わからないふりをした。 「ま、あんたの力発揮してすんごい機械作ってさ、あたしと子供たちをびっくりさせてよ!」  手が、ズキズキと痛む。  力を合わせて、やっていく。  そう思ってた。今だって、そう思ってるはずなのに……  ……でも、今は……あたしは……… - 3日目 -  薄い雲の張った、曇り空。それでも、薄い雲の間から穏やかな日差しが差していた。  海鳥の鳴く声。風が波に吹き付ける音。全部いつもと変わらないのに。 「もう……3日目か……」  3日もあれば、少しは楽になるかと思ったのに。……どうしたもんだろ。  傷は少しずつ良くなってきてるはずなのに、全然…… 『……馬鹿だろ?』  ネオ・ボーダムでの暮らしも、セラの作った学校も段々うまく行き始めてた、って思ったのに。それを破る言葉を言ったのは、またスノウだった。 『馬鹿じゃねえ!義姉さんはどこかで生きてる!おかしくなっちまったのはこの世界の方なんだ!』  ……どうしてよ。もう、その話は終わったはずでしょうが。  ライトニングは死んだ。臨時政府だって、そういう発表してた。セラだって少しずつその事実を受け入れて、前を向いてやっていこうとしてたじゃないの……。  なんで、いまさら…… 『ネオ・ボーダムの復興だって軌道に乗っただろ?ちょっとくらい俺がいなくてもやってけるさ』  軌道に乗ったって言ったって、まだまだあんたの力は必要だって思うのに。 『それより世界がおかしくなってるんなら、そっちをどうにかしねえと!それに義姉さんが戻れば、セラだって元気になる』  ……セラのため、か。  わかるよ。あんたはほんとに馬鹿なんだから、あんたの大切な人がずっと気にかけていることがあるなら、それを取り除いてやりたいっていう気持ちなんだろうね。  その気持ちは……わかる。でも、あたしは納得できない。 『……セラが言い出したことなの?』 『私……』 『セラは関係ねえ。俺が決めたことだ』 『そう言ったってさ、きっかけはセラの言葉なんでしょうが』 『まあ、そりゃそうだけどよ……』 『セラ、あんたが言い出したことなら、あんたが止めてやんなよ。そうじゃなきゃこの馬鹿大将、止まれないんだから』 『馬鹿じゃねえ! 義姉さんは生きてんだ!』 『ねえセラ。あんた、この生活が不満?スノウがいて、みんないて。まだ随分ちっちゃいけど、あんたのやりたかった学校も作った。学校作りから見回りまで、みんなあんたを助けてくれていたよね。それって、幸せなことだと思わない?』  わからないよ。どうして、その生活をまた壊すなんてことが、言えるのさ……? 『あたしは、目に見える現実しか信じられない。……ライトニングはね、もういないの。帰ってこないの。  だからって、あたしが悲しんでないなんて思わないでね。でも……人生そういうことだってあるでしょ。  目の前にある現実はどれ? ライトニングが生きているんじゃなくて、いないのが現実。でもそれでも、スノウがいて、みんないて、あんたもいて、支え合いながら生きているっていうのが現実。コクーンが落ちたけど、ネオ・ボーダムで新しい生活を作って、みんなここで生きているっていうこと。それって、大切な現実じゃない?  ないものを悲しむんじゃない。今目の前にあるものを精一杯大事にしようって、思おうよ……』  ——あたしは、多分、苛立ってた。  ボーダムの生活を、パージで失ったことは、……もう過去のことだと思えた。今は、新しい生活があるんだから、と。  でも。  ネオ・ボーダムの生活は、あたしにとっては、理想の詰まったものだったから——  それを否定されたくなかったんだ。  今日のお昼は家にあったものを持ってきたけど、それを食べる気にもならなくて、猫のスノウにあげた。  猫のスノウは、勢いよく食べると、またどこかへ走り去って行った。 「まあ、いいんだけどね……」  もう走っていく先を振り返る気にもならない。 『もうスノウが旅立ってから一年になろうとしてるよね……。セラ、このまま、スノウが戻ってこなかったらって、考えたことある?』 『……レブロ?』 『ライトニングは、もう死んだんだ。もういない、って今までは言ってたけど、この際はっきり言うね』  セラは、……コクーンが堕ちてすぐの時みたいに、悲しそうにうつむいた。 『大切だったことは知ってる。ずっとセラを育ててくれたんだから。それにみんなにとっても、そうさ。でもあんたが前を向けなきゃ、スノウはいつまでも戻ってこれない。  ライトニングはもう死んだんだ、今の生活で十分なんだから、ってセラが言ってあげないと、あいつは立ち止まれないんだよ。一生、人探しをさせる気なの?そろそろ前を向いていかないかい?』 『……セラさんがかわいそうっすよ』 『きついこと言ってるってわかってる。でも、かわいそうなのは誰?  あたしには、スノウだってかわいそうだって思うんだよ。見つからないものをいつまでも探すなんてさ……でもスノウは、見つからなかったからって自分から帰って来るなんてできないだろ?  ねえセラ。今のままじゃ、死んでしまった人のために、生きているスノウを犠牲にするってことなんだよ。あんただって、ライトニングどころか、スノウまで失うってことなんだよ。それでいいの?』 『しっかりしなさい!ライトニングは、もう死んだんだ!自分の足で立たないと、セラも死ぬんだよ!……いい加減、現実と向き合って!』  一瞬、怯えたような目であたしを見たっけ—— 「……ああ、ほんと。いやだな——あたし」 『ごめんね。今まで、苦しかったの……』 『みんなが優しくしてくれればしてくれる程、自分の心が小さくなって。守ってくれればくれるほど、何もしていない自分が嫌になって……。スノウは、笑ってくれればそれでいいって言ってくれたけど、どうしてもそう思えなかったの』 『スノウは、私を連れて行かなかった。子供たちのためだなんて言われたし、私だって頷いたよ。でも危ない目に遭わせたくないからでしょってその後に言われて。すごく悲しくなったんだ。私、また何もさせてもらえない。何もできないんだって』 『ルシになった時もそうだった。何もできないくせに自分の行動のせいで人を振り回して、たくさんの人を傷つけた』 『結局、与えられるだけなの、私。お父さんもお母さんも早くにいなくなって、姉妹だけになって。妹だからって、まだ少女だったお姉ちゃんに生活の面倒を全部見てもらうだけの、子供だったの。お姉ちゃんがいなくなったら、ヒーローに助けてもらえるヒロインに甘んじてるだけの、何もできない人になってた』 『でも、彼は……ノエルは、違ったの。戦えるよな?って、そう言ってくれた。私、嬉しかった。やればできるって!って励ましてくれたことが。後ろで守ることより、横で一緒に戦ってくれたことが、何よりも……』 『お姉ちゃんがいるんだったら、ちゃんと自分で会いに行きたい。可能性があるなら、信じたい。望めば、自分でも何かできるんだって、信じたい……。子供たちに口うるさく言うだけじゃなくて、ちゃんと"先生"として胸を張れる自分でいたい……』  ……はあ。 「ああ、やだやだ。もう!」  思わず、また仰向けに寝転がる。  白っぽい空色に、薄い雲が流れて行く。絶え間なく繰り返す波が、一定のリズムで耳を打つ。昨日も一昨日も、ずっと同じ。あたしが何を考えようとどうしようと、変わることはない。今も昔も、同じ。  ……未来も?  あのお兄さんがいた未来の海…… 『……ねえ。未来から来たって、本当なの?』 『本当。土地も海も全部汚染されて、動物も、植物も、人間も生き残れない時代だった。もちろんこんな美味しいものなんて手に入らなかった』  想像したくない程の過酷な状況を、とつとつと、そして淡々と話した。 『……このネオ・ボーダムも?』 『多分。俺が見た海は、黒く濁っていて、近づくのも危険って言われてた』  嘘をついてるようには、思えなかった。  ……本当は、セラの言ってることだって……嘘かどうか、目を見ればわかったはずなのに…… 『俺が守る。傷つけたり、死なせたり、絶対にしない』  あたしは…… 「っていうかさ、スノウ——あんたそんなこと、他の男に言わせていいわけ……?」  そんなこと、八つ当たりだってわかってんだけどさ。  はあ、とため息。 「ほんと……やだな……」  ガドーは、セラが行くことに強く反対してた。あたしはそれでも、行かせたいって思った。  でも……何なんだろう。あたしの、この………  ……心の中にあるもの全部、波が一緒に持ってってくれればいいのに。  やっぱり、休んだのなんて間違いだった。セラがいなくなってから、考えないように考えないようにってしてた。無理に用事を作って忙しくして駆けずり回って、暇になる時間を作らなかった。暇になったら絶対、いろんなこと考えるから。でもあたしは、考えたくないんだ。  でもそしたら、気付かないうちに疲れてて、……いつもならそんなことないのに、手も切っちゃって……  気がついたら、休みたいって言ってた。のんびり海でも見るなんて、らしくないこと言っちゃってさ。ゆっくり考えたいって、その時は思ったんだけど——  こん、こん、こん  木の鳴る音が、桟橋にくっつけた頭に響いて近づいてくる。 「今日は、迎えにあがりましたよ。お姫様」  青い髪が視界に入る。真上に、逆さまになったユージュの笑顔が見えた。  ——いつもなら。そう、いつもなら……あたしの気分の波も柔らかく受け入れてくれるその笑顔を見れば、大抵はほだされて、いつの間にか何でもないような気分にさせられる。  だけど今日は、あたしの気持ちは頑固で。その顔を見たって、気分がすぐに変わることはなかった。 「……別に。姫はセラひとりで十分でしょうが。あたしはそういう柄じゃないし、ばあやでいいよ」 「あれ、今日は……結構、ご機嫌ななめ?」 「ななめも何も——最悪、って言ったらどうするのさ」 「うーん。難しいことを言うね」 「難しいの?」 「そうだね。……とりあえず、様子をうかがうかな」 「うかがうだけ?」 「レブロ姫が何にご機嫌ななめなのか知らないとさ。大切な大切なお姫様だからね。少しでも間違えたら大変だから」 「ふうん……少しでも間違えたら爆発でもするっての? そう、あたしは爆弾ってわけ。へー、そう。じゃあ、いいよ。もっと離れて様子をうかがいなよ。ほらもっと遠く」 「ごめん、やっぱ間違ったかも。近くでうかがわせてください」 「はいはい、好きにしてよ」  ユージュは苦笑いしてありがとうと言いながら、あたしの隣に座った。  しばらくの間、そうしていた。あたしは、雲が空を流れるのを眺めて、ユージュは多分、波が返すのをじっと見ていたんだと思うけど。 「……悪かったね。食事作ってやれなくてさ」  そう言うと、ユージュは笑った。  「怪我したんだから、当然だって。それに俺も、結構新鮮だったよ。よく考えたらちゃんと作るのってボーダム以来だった気がするし。それに、あとは何て言うか……」 「?」  最後の方は、笑うというよりも、真面目な声音になった。 「——あのキッチンに立って、包丁で切ったり、炒めたり、煮たり、あとは盛りつけしたり。そうするとさ、いろんなこと考えるんだよね」 「……いろんなことって?」 「レブロはいつもここで、どういう気持ちで過ごしてたのかなって」 「………そんなの」  あたしは思わず、横に転がってユージュに背中を向けた。 「よくわかんないんだよ……あたしだって」  もやもやしてるのはわかってる。とりあえず動いてれば忘れられるって思ったのに、そうじゃなかったのもわかった。手を切るまで気付かなかったけどさ。 「なーんかさ……」  何を言えばぴったりかなんて、ちっともわからない。ただ、思いつくまま。 「やってることが意味ないんじゃないかって」 「意味ない?」  ……意味ないという言葉は、間違っちゃいないけど、正しくもない。  あたしは……何にひっかかってたんだ。 「……あたしはさ、スノウにとって何だったの? セラにとって何だったの? ……スノウとセラは、あたしにとって何だったの?」 「え……っていうと」  あたしは起き上がって、ユージュと同じように海の方に向き直った。日は隠れてはいるけど、見える雲は全体的に少し山吹色がかっている。 「あたしは。施設にいるときから、スノウが仲間だって言ってくれたときから……みんなのこと仲間だって思ってたけど——……本当は、仲間になれてなかったかな」 「なんで……そう思うの?」 「だってさ。スノウなんて、いつもなーんの相談もなしに勝手に決めて、勝手にどっか行っちゃう。別に、全部相談しろなんて言うつもりもないけどさ、仲間だったらもう少し言ってほしかったってこと、いーっぱいあるんだよ。大体いっつもスノウが言い出しっぺなのにさ——」  別に普段そんなこと言ったことないのに。これじゃただ拗ねてるだけみたいだ。 「セラだって……ずっと苦しかったのに、あたしたちには言えなかったって言っててさ。辛かったよ。信じてやれなかったのは……あたしなんだけどね。  ……あたし、嫌なこと言ってたよね。最初はただね、セラが辛い時に一緒にいてやりたいって気持ちだけだったんだよ。なのにさ……黙ってることができなくなってきちゃってさ……」  あれこれと思いついたことが出てくる。でも、あたしは……そんなことが言いたいんだろうか? 「仲間になれてなかったのかな、あたしたち。だからスノウもセラも、あたしたちを置いてったのかな」  口から出るにまかせて言って、なんだか急に……不安になった。 「……別に、置いていったわけじゃないよ。戻ってくるって言ってたし」 「そりゃね、あたしだって言ったよ。絶対戻ってくるんだってさ。セラの覚悟見たらさ、もう止められないし、行かせた方がいいんだって思うじゃないか?  でも、わかんないじゃないか。現実的に考えて、戻って来れないこともあるかもしれない。スノウだって、あんなハチャメチャで頑丈だけが取り柄なやつだって、ずっと戻ってきてないんだからさ。何があるかわからないんだよ」 「それは……もしかしたら、そうかもしれないね」  あくまで、静かなままで言う。 「でも……大丈夫だよ」 「何が大丈夫なのさ」 「心配しなくても、大丈夫」  ……ユージュには、あたしの気持ちが本当に伝わってるんだろうか? 「……余裕じゃない」 「そうでも、ないけどね。……俺だってさ……もどかしいよ。ここにいて、応援するしかないなんてさ。セラさんもノエルくんも、どこかで戦ってる。スノウさんも……もしかしたらライトニングさんも、どこかで……頑張ってるのに」  ふと横を向くと、ユージュはいつにもまして真剣な顔。……それでも、あたしが見てることに気付くと、にこ、と微笑み返した。 「でもだからこそ……俺はさ、余裕持つようにしてるんだよ。余裕ないとさ、誰かが困ってても話しかけたいなんて思えないし。だから俺は、ネオ・ボーダムのみんなに対しても、なるべく余裕もって接してる」  ……ふいにあたしは、一昨日のマーキーの言葉を思い出した。 『ガドーさんは怖そうって言われてるし、レブロさんは忙しそうって言われてるし……相談しやすいのはユージュさん!ってことで、村のみんなからは頼られてるし』  ユージュ自身は、ただの雑用係だって謙遜してたけど。  だから、ガドーじゃなくて、あたしでもなくて、ユージュなのかな。 「……それに」 「?」 「好きな子が不安がってるのに、俺が余裕ないなんて、嫌だしね」  ……。  にこっとした笑顔であたしを見つめる。だけど……何て言ったらいいんだろ。 「ユージュさ……」 「ん?」 「ほんっと、いつの間に、そんなに余裕ある人になったのさ?」 「そりゃあまぁ……昔からじゃない?」 「嘘ばっかり。昔なんてさ、風邪引いてあたしの膝の上で寝てたのにさ」  それを言うと、ユージュは気恥ずかしそうな顔をした。 「いやいやいや、そんな子供の頃のことを持ち出されても。しかも風邪の時くらい、大目に見てよ」 「じゃあ、大きくなってから。あたしに対する態度だって、最初ぜんっぜん余裕なくって……」 「ストップ!」ユージュの手が、あたしの口の前まで伸ばされた。「それは……悪かったと思ってるけど。頼むから、もう言わないでくれる?誰だって、若かりし頃ってのがあるんだからさ」 「だってさ、たまには言いたくなるんだよ。ユージュがいっぱしのこと言ってたりするとさ」  はあ……と深いため息をつくと、今度はユージュが橋の上に転がった。 「やだなあ。こういうことって、一生言われるのかな。許してくれたのかと思ったのに」  一生、という言葉が、少し気になった。 『……あんただったから』  自分で言ったことを、思い出す。 「……ふん。あんな言葉で許したなんて甘く考えない方が身のためだね。あんたはずーっと、あたしに借りがあるってこと。それこそ、一生ね」  承知してますよ、なんておどけて、ユージュはまた勢いを付けて起き上がった。 「——まあ、さ。認めるよ。何だって余裕もなかったし、弱かったよ。スノウさんとガドーと比べると、線も細いし力も弱いしさ。魔物が来た夜だって、ノエルくんがいなかったら俺はレブロを守れなかったんだし」 「……あれは」 「それが現実だからね。でも、いいんだ。やれることは力で戦うことだけじゃないし。レブロもいつも言ってる通り、仲間同士で自分の得意なところを持ち寄って、力を合わせればいいって思ってるからさ。だから俺自身は弱いかもしれないけど、みんなのやりたいことも聞いてうまく力を合わせられるようにすることが、俺の役割かなって思うんだ。  ユージュ隊も同じだよ。ガドー隊みたいにできないからさ、個人の力に頼るんじゃなくて規律とチームワークを重視してる。……たまに厳しいって言われるけどね」 「あ、誰かぼやいてた気がする」 「そんなこともないはずなんだけどなあ」  困ったなあ、というように苦笑い。そしてまた真面目な表情に戻る。 「——だからさ。スノウさんも、セラさんも、それにライトニングさんも、ノエルくんも——ちゃんと仲間だよ。今までも、これからも。近くにいても、離れていても。やれることは限られてたとしても、俺たちはここでやれることをする」  ユージュは、そう言う。  わかってる。  ユージュの言いたいことは、わかる。  だけどあたしは……素直にうなづくことができない。 「わかってるんだよ……でも、違うんだよ。そうじゃないんだよ」  それくらいは、言われなくたってわかってるよ。でも、違うんだよ。あたしが気にしてるのはきっと……そうじゃない。  そんな話したって、心の中のぐちゃぐちゃ、まだ残ってるんだから。 「あたしだって、別に仲間だって思ってないわけじゃない。ただ……仲間になれてなかったって思ってた方がいいかもって……思っただけ」 「仲間になれてなかった方がいい?」 「だってさ。仲間だって思うほど……辛くなるよ」 「……どうして?」  どうして……?  そこまで言ったのに、すぐに言葉が出てこない。「……だってさ」きらきらと光る水面から目を離して、聞こえてくる波の音からも逃げるように、あたしは下を向いた。 「——あたしだって、仲間だと思ってたよ。今までだって、全部そうでしょ? あの施設でも、ノラカフェでも、このネオ・ボーダムでも。あたしたちには家族はいないけど、仲間がいる。そう言ってくれたし、あたしだってそう思ってさ——ずっと一緒だと思ってたんだよ。仲間同志で力を合わせて、一つの街を作っていく。それぞれ得意なことを活かしてね。それって最高だなって……思ってたんだよ。  ……でも、そうじゃないんだよ。仲間だけど、ずっと一緒じゃないんだよ。……スノウとセラが悪いって言ってるわけじゃないんだ。あの二人は、やらなきゃいけないと思うことがあるから、旅立った。でもさ、どうなるのさ? そうやってやらなきゃいけないことができたり、考えが変わったりしたらさ。……仲間でも、いつだってバラバラになるんじゃないの?  あたしだって……人のことは言えない。だってセラが帰ってくるのを待つって決めてたのに、セラ先生が帰ってこなくても子供たちが勉強できるようにしようとしてる。それじゃ、セラが帰ってこなくてもいいって言ってるみたいだ」  あ……嫌だ、この感じ。 「あたしたちの言う仲間って何だったのさ。他にやることができればバラバラになるのが仲間なの? それぞれの人生がある? そんなこと、わかってるよ。でもさ、そう言われたらあたしにはもう何も言えることがなくなるじゃないか。でも、あたしは……」 「……スノウさんも、セラさんも……」 「違うってば。そうじゃない。あたしが言ってるのは……スノウとセラのことだけじゃない」  ……あ。 「ずっと一緒だって言ってても! そのうちさ、考えが変わって——どっか行っちゃうんじゃないの? ……ガドーも、マーキーも、それに………ユージュも」  ……そういうことなんだ。  今まで、そんなこと考えたことなかったのに。  どんなことがあったって、どうしてか、この人は一緒にいるんじゃないかって思ってた。  施設でも、ずっと一緒で。ノラカフェを始めてからだって、一緒にお店を切り盛りして、誰よりも一緒に過ごしてきて。パージがあった時も……その後も……ずっと……だから……なのに……  もしかしたら、その考えは違うんじゃないかって。  ずっと一緒だって言ってても、スノウみたいに、セラみたいに、どっか行っちゃうかもしれないって。  そう思ったら……急に、不安になって。  怖くなって。  考えないようにしたのに、全然消えてくれなくて—— 「……泣かないでよ」 「馬鹿、あたしはっ! ……あんたがいなくなるなんて、考えたことないんだからっ……」 「……そんなこと心配してたんだ」 「そんなことじゃない。あたしにとっては大問題! ぜんっぜん、わかってないんだから……」  ふいに、背中があったかくなった。身体中が、ふわっと包まれる感覚。 「ごめん。そんなこと心配されてるなんてさ、思いつきもしなかったんだよ。俺だって、どっか行くなんて考えたことなかったのに」 「……どうだか」 「ほんとだって」  頭の後ろで、少しのため息が聞こえた。 「——仮に、の話だよ。……スノウさんとセラさんが戻ってこなくても、例えばガドーとマーキーが今後どこかに行っても。俺は一生、レブロと一緒にいるよ」  ふいに、波が静かになった気がした。 「……一生?」 「うん、一生」  はっきりとした言葉で、言った。 「……そんなの」……あたしは、それでも、素直に頷けなかった。「……みんながいないって決まったみたいな言い方……嫌だよ。それに……一生なんてわからないじゃないか。途中で考えも変わるかもしれないじゃないか」  ……今日のあたしは、どれだけ素直じゃないんだろう……。  ユージュは、うーんとうなった。 「難しいね。じゃ……少なくともガドーとマーキーがこの村で暮らし続けるよう、頑張る。手始めに、ネオ・ボーダムで彼女を見つけてあげようかな」 「……それ、いいね。ユージュ」  全然女っ気のない二人の顔を思い浮かべたら、何だか急に笑えてしまった。誰かいい人いないかなっていつも思ってるんだけど、全然そういう気配がなかった。 「今の村の人じゃ……やっぱり駄目かな? そしたら、外の人がいいかな。ネオ・ボーダムもだんだん安定してきたし、グラン=パルスも意外と人が暮らせるっていう話が広まったら、もっと村も大きくなって、人が入ってくる。そしたらさりげなくあの二人と接点多くして、仲良くさせるとか」 「……あの二人、うまく仲良くできるのか、ちょっと心配だよ。本当はふたりともすごく優しいのに……ガドーはあんなコワモテだし、マーキーもああ見えて誰とでも仲良くなれるってわけでもないしね……」 「そこをどううまくやるかだね。頭の使いどころかもね」  どんな人がいいのかなあって、ユージュは笑いながら考え込んでる。ガドーは女の子らしい人がいいのかな……マーキーはやっぱりお姉さんタイプがいいのかな、なんて。 「それでさ、みんなで一緒に住もうよ」 「みんな一緒に暮らしたら……さすがに手狭じゃないか」 「ノラハウスに入りきらなくてもさ、お隣さん同士で暮らすのってきっと楽しいよ。ああ、でもガドーならきっと簡単に増築してくれるよ。増やしたぞ!ってさ」 「あははっ! それは、そうかもね」  あたしが笑ったら、ユージュも笑った。  俺を何だと思ってやがる、っていう声が聞こえそうな気がしたけど、そこはもうしょうがないよね。だってガドーなんだから。 「この3日間、俺も考えてたんだけど——」 「ん?」  ユージュがまた声のトーンを落ち着けて話し始める。 「俺はさ、スノウさんやガドーみたいな力強いヒーローにはなれない。第一、キャラじゃないし」 「……それは……そうだろうね。だって変だもん」 「わかってるよ」こつん、と後ろ頭を小突かれた。「……それにノエルくんみたいに、未来を救うなんて大それたことも、できそうにない」 「うん、そうみたいだね」悔しいから、あたしも首を逸らして後ろ頭で小突き返した。 「でもそんな俺でもさ、俺なりの夢があるんだよ。俺なりのヒーローの形」 「……どんなもの?」 「ネオ・ボーダムを世界一いい村にしていきたい、っていう夢」  日差しを隠していた太陽が、雲間から少しずつ出てくるところだった。 「——ネオ・ボーダムはさ、自分たちで作った村だし、愛着もあるよ。作ったときから、小さいながらも、それぞれの力を合わせて暮らすんだって言ってきた。最初はガキ同士の自警団の延長だったかもしれない。それでも、少し人が増えた今も、村人全体でその気持ちを持ってやってきてると思うんだ」  ユージュの声は、どこまでも穏やかで、落ち着いていた。 「コクーンが落ちてから、みんなの生活は完全に元通りに戻ったとは言えない。困ってる人、まだたくさんいるから。でも、こんな時代だからこそさ、ちゃんと助け合える場所がある。大きくなくていい。でも、そこにそういう村があるってみんなが知ってる。それで、困ってる人がここに移り住んで、安心して暮らせるようになったら——それって、すごいことじゃない?」  うん。……すごいこと。もっと人が増えるってのは、スノウがいた時から言ってたことだけど。どういう村にして、そこに住む人がどうなるかなんてことまでは——多分、考えきれていなかったと思う。 「それに、例えばレブロが言ってくれたように、情報端末を使って子供たち同士で教え合うことができてたらさ——それも、すごいことだよ。こんな辺境の村かもしれないけど、ちゃんと子供達もコクーンにいるのと変わらない知識を得ることができる。グラン=パルスにいることがデメリットにならないんだからね。そのうちに、このネオ・ボーダムから、マーキーと子供たちで何か大発明が生み出されるかもしれないしね」 「……それ、すごいね。マーキーも子供たちも、すごい人になっちゃうんだ」 「そういうこと。あんなに引っ込み思案だったのにね。そうなれば、レブロも一安心」 「……そうだね」  マーキーが機械をいじっているのを、よくユージュと見ていたことを思い出す。う〜んとうなってたマーキーが、できたっす!ってすごく嬉しそうな笑顔を見せれば、三人で一緒になって喜んでたっけ。 「助け合えるなんて、言うほど簡単なことじゃないってわかってるよ。色んな性格の人がいて、色んな状況の人がいる。でもさ、そうやって人とのつながりを感じられる場所にできたら、毎日が楽しいって、思わない?  スノウさんとセラさんが帰ってくるかどうかは……関係ないんだ。帰ってこなくていいって言ってるわけじゃない。帰ってきたら、そりゃ嬉しいよ。でも、みんないなかったら俺たち幸せじゃないのかな?……俺たちは、自分の力で幸せをつくる。それに、その二人の他にも、手を差し伸べるべき人はきっとたくさんいるから。たくさんの出会いが、これからあるよ。それで、みんな幸せになる。そういうことだって、今は思ってる」  スノウとセラのことも、悲観するでもない、だけど、目を背けるでもない——ただ、きちんと見て、その上で現実的に前に進もうとしてる。……その中に、力強さがあった。 「最初はさ……ノエルくんの話も、さすがに、落ち込んだんだ。ノエルくんの生きていた未来は……土地も海も全部汚染されて……動物も、植物も、人間も生き残れない時代……って話だったよね。このネオ・ボーダムの海も、きっと今みたいな姿をしてないかもしれないって考えたら、……すごく、悲しくてさ。  でも——それはさ、あの二人が救ってくれるって思ってる。  あの二人が未来を救ったときに……そこに、海も緑もあって、景色がきれいで、人と人が助け合える村があって——そんな村が、未来まで続いてたら、嬉しい。そのためになら俺は、何だってするよ」  昔から、ずっと一緒。ずっと隣で見てきたはずなのに。  あたしは、気付いてなかったのかな。  昔のユージュは、こんな風に話す人じゃなかったと思うのに。どっちかって言えば、あたしの方が引っ張ってる気がしてたのに。  ……いつの間に……こんなに頼もしい人になってたんだろう。 「……ねえ、ユージュ」 「ん?」 「もうさ。ノラハウスの長はガドーでいいけどさ………ネオ・ボーダムの村長は、ユージュがやればいいんじゃない?」  ああ、といって、ユージュは笑った。 「ありがと。でもさ、俺にとっては長かどうかなんて本当に関係ないんだよ。  そうやって、ネオ・ボーダムがいい村になって、そこでレブロが笑っててくれたら、俺にとってはそれが最高の人生ってこと」  ……変なの。  ネオ・ボーダムの風景も、だいぶ見慣れてきた。ノエルもすごく感動してた、きれいな空、輝く海。それでもここ最近は、何となく気分もふさいで、どんな風景だったかも覚えてもなかったのに。 「だからさ、レブロ。  ……ずっと一緒にいようよ。いつも隣にいて、いつでも力になるよ」  なんで今日の夕日は、こんなにきれいな橙色なんだろう。  なんで今日の海は、こんなにきらきら輝いてるんだろう。 「……うん」 - その後 -  ——そうして。  次の日からは。  いろんな意味で……あたしを取り巻く環境は……一変してしまった。  いらいら、いらいら。 「昨日の夕方ね、桟橋で……ユージュとレブロが……」 「俺も見た!」 「えっ、何それ知らない! 教えて教えて!」  どこ歩いたって、聞こえてくる。子供達の好奇心むき出しの……会話が……。 「——……こぉらっ! いい加減に……しなさいっ!!」  何さ。いつもならちょっと怒鳴れば子供たちなんて言うこと聞いてたのに!  今日に限っちゃ……ぜんっぜん! 「怒られたって、怖くないもんね〜」 「ね〜」  わー、と走り回って、くすくすにやにや笑いながらあたしを遠巻きに見てくる。ガドーとマーキーの生ぬるい表情が、遠くにも見える。ああ、もう! 「ちょっと……ユージュ! 黙ってないでさ、あんたも何とか言ってやってよ!」 「ん? ……まあ、だってほんとのことだもんねぇ。子供たちは賢いからね、よくわかってるよ」 「そうだそうだ! ほんとのことだ! 俺たちはわかってるぞ!」 「ちょっ……何言っちゃってんのさ、もう! それじゃ意味ないじゃないのさ!」 「う〜ん、困ったね。じゃあ……どうしようか」  そう言いながらも、すい、と一歩近寄ってくる。思案顔から一転、無邪気な笑みで。 「じゃあ、教えてあげよっか。あれでわかった気になっちゃだめだって。あんなの序の口だよ、ってさ」      
FF13-2のAF3年の後のノラの話@ユーレブ風味(あくまで風味)です。 実はコラボ的作品です。ユーレブの話を……ということで、ユーレブのイメージをお聞きしながら、今までの作品を見させていただきながら、色々考え。個人的に実は気になっていたAF3年以降のノラの話を書いてみようかと言うことで。ノラがLRFF13でどうなのかはわからないんですが……でも、FF13-2でどう思って過ごしてたのかなというのは、気になっていたので。 「私は飛べる」(1)あたりと繋がった話です。 書いてる間は、Mr. ChildrenのHEROのイメージでした。「でもヒーローになりたい ただ一人 君にとっての」かっこつけないかっこよさが好きです。→歌詞 なかなか、FF13-2本編を彷彿とする歌詞だったりします。 yuleさん、色々とありがとうございました!!!yuleさんのイメージに少しでも添えてたら、嬉しいのですが(>_<) 元となったサイトについては、こちらまで。yuleさんの熱いユーレブ愛に満ちたユーレブ解説がご覧になれます! ブログの方