ライトさん告白大作戦 へ ※この話は、左記のお話の続きとなります。前半は短いので、もしよろしければそちらを先にご覧頂ければ幸いです。
——……ホープ……好きだ……
ベッドで寝転がったまま、心の中で呟いてみた。静寂な空気。窓の外から、ちちちという平和な鳥の声が聞こえるくらいだ。
頭の中では何回と言ってみた言葉。だが、それを実際に口にしているところは我ながらどうしても想像できない。
「……好きだ……」
試しに、言葉に出して言ってみた。……と、腕の中にいる丸っこい存在がもぞもぞと跳ねるように動き出した。
「嬉しいクポ……! モグもライトニング様が大好きクポ……!」
——そういえば……いたんだった。急に気恥ずかしくなって、白い物体をむんずと掴んで部屋の隅っこにぶん投げた。クポー?! という叫びとともに、それはきれいな放物線を描いて飛んでいった。
「ライトニング様、ひどいクポ……! アメとムチってやつクポ? それともDVってやつクポ!」
「す、すまない……悪気はないんだ……つい……」
「悪気がないってのが一番アクシツって聞いたクポ! ライトニング様までノエルみたいなことを……」
モーグリがぷりぷりと怒ったり、めそめそと泣いたりしている。……申し訳ないことをしたな。
……大体、それもこれも、セラとの話が原因だ。
『自分から好きになった人に、好きって伝えるのって、ドキドキするけど、それだけでも幸せなことなんだよ』
『……何が言いたい』
『お姉ちゃんから好きって言えばいいじゃない♪』
そんなことを、セラが言った。こういうことに関してはあいつの方が上だから、セラの勢いと説得力に呑まれる形で、何となく頷いてしまったのだが。
本当に好きなのかもしれないと意識してしまうと、全く駄目だ。まず、意識的に避けてしまう。アカデミアの仕事でできるだけホープと顔を合わせないようにしてしまう。廊下ですれ違いもしないように、遠目でホープがいないかどうかを確認してしまう。こうしていれば、とにもかくも好きかどうかを口にできる機会すらなくなる。
……しかし、いつまでもこうしてはいられない。今日はホープと記録再編纂に関する打合せで顔を合わせる日。逃げ回ったが、今日こそは無理だった。しかも最後に会った時には、あいつのみぞおちを殴って逃げ去った……ということを思い出すだけで……
「………モーグリ。私は……出勤したくないんだ……」
ぱりっとしたベッドの上でごろっと横に転がる。ため息が漏れる。
「今度は登校拒否児ってやつクポね……」
モーグリがふわふわと近づいて来た気配。
「……そんなことはない」
自分への意地でなんとか身体を起こす。
「……着替えて、すぐに出る。今日はお前を連れてはいけないが、後のことは頼んだぞ」
「お任せあれクポ〜!」
行きたくないと言っても、気が急いていたのか性格上なのか。打合せ時間の20分前にはミーティングルームに着いてしまった。
まだ誰もいないかと思っていたのに、勢い良くドアを開けると、そこで椅子に座って資料を読んでいるやつが目に入った。
手を止めて、顔を上げる。目が合う。艶のある銀髪。今日の青空のような、さわやかな笑顔。
……まずい。一気に緊張する。
「あ、おはようございます、ライトさん」
「……おはよう、ホープ。朝……早いな」
とりあえずそんな言葉を言うのが精一杯だった。ホープは少しばらばらになった資料を集めながら答える。
「今日皆さんで共有する内容をおさらいしたくて。資料も最終確認したかったですし」
「余念がないな。だが、お前自らやる必要はないんじゃないのか?」
「よく言われますけど。僕もできるだけ皆さんにお任せするようにはしてるんですよ。ですけど、ちゃんと中身も把握してチェックしておかないと、責任も取れませんからね」
「……さすがだな」
「いえ、全然ですよ」
まずは、仕事の話。……こういう話をしてる分には、ある程度私も落ち着いていられるようだ。
「どうぞ、座ってください」
6人がけのテーブル。ホープは一番奥に座っている。しかし、ホープの顔が常に見える真ん前の席にも、より近い距離感の隣の席にも座る勇気がない。だからといってホープと一番遠い席に座るのも、あまりに変じゃないだろうか。
「ライトさん?」
「あ、ああ」迷った挙げ句、ホープの斜め前くらいの席になんとか腰を下ろした。
……とりあえず、私は何かホープに言うことがあるんじゃないのか?
「その……ホープ。この前は、すまなかった……」
ホープは、ああ、と言いながら笑った。
「はは、大丈夫ですよ。今日は逃げないでいただけると嬉しいです」
「……別に。私がいつも逃げてるように言うな」
……実際には、事実なんだが。
「そんなこと思ってませんよ」
ホープは微笑んだ。が、何となく釘を刺されている感すらして、逆に落ち着かない。
「その……最近会ってなかったが、元気だったか? 忙しくしていたのか?」
……実際、自分で避けてたくせに何を言ってる。
「ええ、そうですね。でもライトさんも手伝ってくれてるおかげで、進められる気がしてます」
「そ、そうか。それなら良かった」
……そういえば、ずっと避けていたせいで忘れていたが。
そもそも、ホープと話す時間は限られているんじゃないだろうか?
こいつもちょくちょく私のところに顔こそ出すが、こう見えてものすごく忙しい男だ。なんせ最高顧問だからな。名前だけだと本人は言ってはいたが、結局記録障害を始めとする様々な諸問題を解決するにはホープは必要だ。実際、見ていればわかる。アカデミーの人間は皆、このホープ・エストハイムという男を畏怖に近いほど尊敬し、精神的にも現実的にも非常に頼っている。何かにつけて、色んな人間が入れ替わり立ち替わりホープの指示やアドバイスを求めに来る。
だから、実は私が何かを言えるタイミングというのは、それほど多くない。言うのであれば、少ないタイミングを上手く生かさないと……——
「でもまあ。仕事以外の面で元気だったかという問いに答えるとすれば、傷だらけですね」
笑顔でいたホープがふいに、眉を寄せた。
「何?」
「手刀を食らわされたり、みぞおちにきつい一撃をお見舞いされたり。最近生傷が増えまして」
「! ……それは——」
すまない、という気持ちがあるのに。どうしてか、そうじゃないと言いたい気持ちが顔を出す。お前がそうさせてるんだ、なんて。
「……昔のお前なら、全部よけられただろう。なまってるんだ。せっかく人が鍛えてやったのに」
ああ、もう。そんなこと言わなくていいんだ。
「僕は勉強に仕事漬けでしたし、やっても発掘だけでしたから。いくらなんでも女神の騎士として戦ってたライトさんと比べられちゃ困りますよ」
さらっと反論する。
こういう、余裕綽々とした態度が嫌なんだ。私が何を言ったって、余裕をなくすことは全くない。昔だったら違ったのに——
いや……今さら昔のことをあれこれ言ったって始まらない。今は今だろう? 余計なところを考えて、立ち止まるな。人のせいにするのも、たいがいにしろ。ちゃんと自分の非は認めるんだ。
「その……本当にすまなかった。殴ってるかもしれないが、別に、お前のことが嫌いだというわけじゃないんだ」
どうにかあれこれ言いたい気持ちを抑えて、素直に非を認める方向に動いた。よし、いいぞ私。よくやった。
「よかった、もう嫌われたのかと思ってましたよ」資料を持ってとんとんと揃えて、脇に置く。椅子の向きをくるっと斜めに変えて、私の方をまっすぐに見てくる。「じゃあライトさん、聞きますけど。嫌いじゃないなら何なんですか?」
にこにこ、という形容詞がぴったりな笑顔で、問いを投げかけてくる。
嫌いじゃないなら……?
……。
嫌いじゃないなら……何か、だと?
予想外に、一気に核心に踏み込んでしまった気がする。これはまさに、私がしようとしていた話なんじゃないのか?
いや、ちょっと待て。いくらなんでも急すぎる! 朝っぱらから何なんだ。しかもこの打合せ前などというタイミングで、しかもこんな挨拶みたいな話の流れで好きだとかいう大事な言葉を言うつもりか? それはさすがに困る。私としても順番というものがあってだな! そう、最初は……
はた、と考える。
……最初? 次? 最後?
どう話せばいいんだ? そういえば私は、「好きだ」という言葉を伝えることばかり考えて、どう話を持っていくのか全く考えてなかったじゃないか……!
——何たる失態! 何なんだ私は。いつもならこんなことにはならないのに、こんな個人的な話題になった途端、これだ。
いや……落ち着け。想定外であろうと、どういう意図があろうと、せっかくホープが話を仕向けてくれたんだ、それに乗ればいいだけだろう。か……簡単なことだ!
そう、お前の言う通りだ。ホープ。殴っているからと言って、私はお前を嫌いなわけじゃない。
嫌いじゃなくて……嫌いじゃなくて……
嫌いじゃなくて……………
………
ぐったりとした身体を、ソファの上に投げ出す。
「はあ……はあ〜あ。何なんだ……」
たまらずに、ごろごろと転がる。大きめの革張りのソファ。ひんやりした感触が知恵熱の出そうな頭を冷やしてくれそうな気がする。
どうして……たかがこんなことなのに、うまく行かないんだ……
「もう嫌だ……」
呟いて足をばたばたさせていると、横から声が飛んできた。
「なんで……ごろごろじたばたしてるんだ」
「……筋トレだ! ……迷惑か?」
「いや……全然。大歓迎」
男性にしては少し長めの黒髪を揺らして、ノエルは笑った。
——結局、ホープには、何も言うことができなかった。"嫌いじゃなくて"の続きの言葉が、どうしても口から出てきてくれなかった。あまりに固まってしまい、他の打合せ参加者が入ってくるまで意識がすっ飛んでしまった。結局何も言えずに打合せが始まり、打合せが終わるとホープは慌ただしくどこかへ行ってしまった。私は、作業の都合上少し待機してほしいということになり、一旦セラとノエルと一緒に部屋に戻った。
これで、本当に私はホープに何か言えるようになるというのだろうか? ……前途多難だ。
ソファで寝転がったまま、見やる。ノエルは反対側のソファに座っている。アカデミアで住むことになってからと言うもの、ノエルにとって情報端末が大のお気に入りのようで、今も何か操作している。最初はその情報端末そのものに好奇心をぶつけ、驚嘆だの画期的だのと呟いていたが、最近ではそれを使っていろんな知識を調べたり、新しい機能を試したりしながら、嬉しそうな顔をしている。
「それより、セラは?」
打合せから帰ってくる時までは一緒だったのに。どこに行ってるんだ。
「どうしてもって、モグと一緒に少し出かけた。俺じゃ不足?」
「いや、そんなこともないが」
何だ、ホープのことで相談したいって言っておいたのに。出かけるってどういうことなんだ。……まあ、いいが。
「……ノエル、お前は新しい生活に慣れたか?」
人に聞くのに寝転がっているのもないだろう、と思い、さすがにソファから身体を起こしてきちんと座り、聞いた。ノエルは端末から目を離して、答える。
「人も多いし考え方も違って、たまに驚くこともあるけど。でも、平気! ちゃんとやることもあるし、助かってる」
「そうか、それはよかった」
セラもノエルも、消えてしまった歴史の一部を知っている者として、記録の再編纂の作業に共に携わっている。急に知らない歴史に放り出されてそこに住めと言われたら戸惑いも強かったかもしれないが、幸い、その仕事のおかげでノエルも私たちもこのアカデミアに早く馴染めている。ノエルも、ヴァルハラから視ていた時よりも、随分と笑顔が多くなった印象が強い。
「ライトニングは? 体調、大丈夫か? 変なところないか?」
「……ありがとう。この通り、大丈夫だ」
「なら、よかった」
心配そうな表情が消えて、嬉しそうに笑う。知ってはいたが……改めて、いい奴だな。
「まぁ、ただ……」
「どっか、悪いのか?」
「そうでもないが。お前もこの前聞いていただろう? それがあまりにもうまくいかなくてだな……本当はセラに相談したかったんだ」
ホープに告白するしないの話をセラとした時、口は出さなかったものの、ノエルも横で聞いていた。
「え、あ、あれか。そうだな」
妙にどぎまぎしたように、頭を掻いた。
「やっぱり……難しいのか?」
「……そうだな。大した話じゃないはずなのに、全くうまくいかない。何と言えばいいのか、いつ言えばいいのか、そもそも相手はどう思うのか——そんなことばかり考えて、うまく先に進めない」
……セラに話そうと思っていたことが、次々と出てくる。こんなこと人に相談するものじゃないと思っていたのに、誰かに聞いてもらいたかったのだろうか。慰めて、励ましてもらいたかったのだろうか。
「好きなら好きって……素直に言えばいい」
「……簡単に言ってくれるな……それができないからこそ、困っているんだろう」
「………ふうん……」
ノエルは、拳を顎に当てて、考えて込んでいるようだった。
「……えっと……」
「? どうした?」
「その。ライトニングがホープを狙わないなら、俺がホープを奪ってもいいけど?」
「……は?」
狙う? 奪う? ノエルが? ホープを?
何だそれは。狩りの話か? 何か、私の思考の範囲を大きく超えた話に聞こえるのだが。
「えっと。俺、ホープのこと好きだし」
ようやく頭の中で単語が意味をなすと、妙な汗が身体中から吹き出す。
「なっ、なな、……何を言っているっ! おっお前は男だろう!」
「そうだけど。俺も驚いたけど、この時代だと、男も女も関係ないんだって話」
「そ、それは、一部だけだ! お前がそれを真似する必要はどこにもない!」
「真似じゃない。ホープのことは、男も女も関係ない。人として好きだ」
「な、何……」
焦る私を前に、堂々とした態度。その人懐っこい顔から笑みは失せて、真剣そのものだった。……おかしいのはノエルじゃなくて、私なのかとさえ思う。
いや……私は……私の感覚は間違っていないはずだ。
だったら、好奇心旺盛で勉強熱心だと思っていたのに、そんな妙なことに感化されたのはこいつは? ……確かにアカデミアには雑多な情報が溢れているからな、赤ん坊のように吸収力のあるノエルにとっては、そんなものも素直に取り入れてしまうのかもしれない。情報の扱い方を一度きちんと教えてやらないとまずいな。
……いや、違うかもしれない。こいつの記憶も断片化されて不整合が起きて、自分の愛する人の記憶も、基本的な倫理的概念さえおかしくなってしまったのかもしれない。早く記録の再編纂してやらないとまずいな、10年かかるなんてとんでもない。1週間ででもどうにかしてやるのが私の責務に違いない。
それとももしかして、正史と思ってた今も実はパラドクスなのか? それでこいつの頭もパラドクスにまみれて、何が何だかわからなくなってるんだろうか。
………はっ! 待て。まさか……
まさか、ノエルという奴は元からそういう傾向を持ってたのか?! いや、まさかな。……いやでも納得できる。あの旅の途中でセラに手を出さなかったのはてっきり律儀だからとばかり思っていたが、実は男に興味があったのか!
驚愕しながら頭の中でいろんな仮説を考えてるうちに、ノエルは情報端末をぱたっと閉じて立ち上がり、ドアに向かった。
「異論ないなら、もう一回行ってくる」
「ど、どこへ」
「ホープのところ!」
「ま……待て!」
追いかけようとして、何かを思い切り蹴飛ばす。それが自分の靴だとわかった時に、そういえば靴を履いてなかったことにようやく気付く。
くそ、さっきソファに転がってたせいか。失態!
何とか靴を履いて部屋を出てはみたが、まったく見当たらない。くそ、悔しいがさすがはハンター、行動が早すぎる。狙いを定めた途端にこれか。戦いなどもういいと抜かしてた私とはわけが違う。
なんとか居住スペースからアカデミアの執務スペースに向けて激走する。昼の休憩時間帯。仕切る壁のない広いフロア、机がたくさん並び、人がたくさん行き来し話している隅っこに、ホープとノエルの姿はあった。
肩で息を落ち着かせながら、遠くから、二人の様子をじっと見つめる。
——二人の様子は、今までと同じ。同じはずなのに、……今までとは完全に違って見えるから不思議だ。
ノエル! お前……今までそんなにホープに近づいていたか? 身体が近すぎるだろう! 顔が近すぎるだろう! 肩に手を置くのも、必要ないんじゃないか? 大胆に獲物に近づきすぎじゃないのか!
しかもホープもなんで何も言わない? お前は今狙われたウサギなんだぞ。なのにやけに楽しそうじゃないか。私と話してる時はそんなに楽しそうだったか? もっと外敵との距離は確保しろ!
周りの人間もなんで何も言わない? ここはお前たちの職場だぞ。こんなベタベタした奴らがいて気にならないのか。目の毒だってもっと注意しろ!
——と。ふいに、ノエルがちらっとこっちを確認した気がした。確かに目が合った。だが、すぐにホープに目線を戻した。
……何なんだ、一体!
「ホープ」
近づいて、話しかける。ホープとノエルが振り向く。
「ライトさん、どうしました?」
「その、聞きたいことがある。ちょっと来い」
「いいですけど、ちょっと今ノエルくんと……」
「後にしろ。すぐ終わる」
「俺は、後でもいいけど?」ノエルは自信すら感じさせる声音で言った。
余裕だな。私がお前の獲物を横取りするとは思わないのか? ハンターのくせに詰めが甘いんじゃないのか。確実に仕留めるまでが勝負なんだぞ。
「そうですか? ノエルくんが構わないなら」
そうして、半ば強引にホープを引っ張って、ノエルから離れてさらに隅に移動した。
アカデミーの人間は、たくさんいる。ただ、話し声があちこちにあって活気があるため、声を潜めれば会話の内容までは聞こえないに違いない。
しかし、聞きたいことがあると反射的に言ってはみたものの、何を聞けばいいのかまとまらない。とはいえ呼び止めた以上は、何か聞かなくてはならない。
「その……単刀直入に聞くが」
ごちゃごちゃした頭の中にあるたくさんの疑問の中から、表面に浮かび上がったものの一つを何とか拾い上げた。
「お……お前はっ、ノエルのことが好きか?」
まさかこんなことを聞く日が訪れるなんて、夢にも思わなかった。自分の質問が、不思議なくらいだ。……自分のことは全然話せないのに、他人のことになればはっきり聞けるというのが、皮肉なところだ。
しかしホープは、あっさりと頷いた。
「はい、好きですよ」
……いろいろな返答を考えていた。しかしそこまで潔く肯定されるとは思わなくて、様々な否定や反論の言葉がどこかへ消えていった。
「そ、そう……か……」
「ええ」どこか優しい笑顔を浮かべながら、ホープはもう一度頷く。「コクーンを浮かべるために、時には一緒に、時には遠く離れながらも、力を合わせて頑張ってきたんです。彼の尽力なしには僕はここにはいませんよ。そして今も記録の再編纂にも、それにヴァニラさんファングさんのクリスタルについてもご協力いただいています。スノウとサッズさんについても同じです。……彼は僕以上に苦労してきた人ですからね……ノエルくんがこの時代で幸せになるためなら、どんなことだって僕は力になりますよ」
優しく、しかし力強くホープは語った。だけど、ホープがそんな顔をすればするほど、私の心は深く深く沈んでいった。
「そうか……相思相愛だな……」
人々のざわめきに紛れるくらいの小さな声で、呟いた。
「えっ? そうし?」
「いや、なんでもない……」自分の言ったことをかき消すように、首を振った。「もういい。いい話だな……ノエルは本当に今まで苦労してきたんだ。幸せにしてやってくれ……。もう、さよならだ」
「あっ、ライトさん?!」
ノエルは、ホープが好き。ホープも、ノエルが好き……か。
全くそんな可能性、考えていなかった。
私がホープに告白すればいいとセラが言ったとき、ノエルは何も口出ししなかった。……本当は、どう思っていたのだろう。本当は辛かったのだろうか。私に遠慮して、その胸の内を心の奥底にしまっておこうとしていたのだろうか。苦しかっただろう。
そのくせ、ノエルは何て言っていた?
『好きなら好きって……素直に言えばいい』
本当は自分だってホープのことを好きなのに、私を励まそうとしていた。……ノエル、お前……本当にいい奴だな。いい奴だが、そんなことする必要は何もなかった。お前の言う通り、好きなら好きと最初から素直に言ってくれればよかったんだ。ホープだってそれを受け入れていたんだ。
……もしも私の存在がお前に気持ちを言わせなかったのだとしたら、どこかでお前には謝らなければならないな……。
頭が重い。自分の部屋に帰るまでの足どりが、重い。さわやかだと思ったはずの青空が眩しすぎて、目が痛い。
身を引きずるように何とか部屋までたどり着くと、そこにはセラの姿があった。
「あっ、お姉ちゃん。さっきはごめんね。話したいって言ってくれてたのにちょっとどうしても用事があって……帰ってきたらノエルもお姉ちゃんもいないから、ちょっとびっくりしちゃった」
気の遠くなるくらい長く感じられた間、ずっと待ち望んでいた——セラのいる、平和な風景。なのに、今までと同じように笑顔で応えることはできない。
「……セラ」
「? お姉ちゃん?」
「セラ、私はお前に言わなければならないことがある」
「……どうしたの?」
きょとんとした愛らしい顔で私を見上げる、私の最愛の妹。パージやルシ、そしてパラドクスや時詠みといった数多くの苦難を乗り越えて、見違えるような強さとしなやかさを身につけた、私の誇りの妹。
しかしいくら精神的に強くなったと言っても……さすがにセラも、ショックを受けるだろう。とはいえこれが事実ならば……きちんと伝えなければならない。
「セラ。お前も悲しむかもしれないし、辛いかもしれない」心を強くもって口を開く。が、悲しむ顔を見る勇気がなくて、セラに背を向けた。「だが……よく聞いてくれ。ホープとノエルは、相思相愛なんだ」
「……えっ?」
驚くのも無理はない。私だって、こんなに動揺しているんだ。
「記録障害の影響は予想外に大きかったようだ。ホープとノエルまでそんなことになっているなどとは……夢にも思わなかった。
……いや、記録障害なんてもので事実を覆い隠そうとしている訳ではない。そう、信じられないかもしれないが、これは事実なんだ。私は、直接二人に確認した。この目で見て、この耳で聞いたんだ。ノエルはホープを人として好きだと言った。ホープはノエルを好きだしあいつの幸せのために何だってするといった。二人ともそういう気持ちなんだ。わかるか? セラ」
「……えっと……」
背中から投げかけられるセラの声が、か細くなった。すまない、こんなことは本当は言いたくないのだが……仕方がないんだ。いずれはセラの知るところとなるのだから、早い方がいい。
「——セラ。私は……誤解していたんだ。最初はホープが、アリサ・ザイデルのことは覚えてて私に言おうとしていたことを忘れてるかもしれない、などと……本人の努力の範囲外のことで、引っかかってしまった。……ただそれでも、自分が多少なりとも好かれてるんじゃないかと……どこかで思い上がってたんだと思う。何も言わなくたって、何となくずっといい関係のままでいるんじゃないかと思ってたんだと思う。
でも、そうじゃないんだな。アリサ・ザイデルのことがなくたって、記録障害がなくたって、あいつがいつ誰を好きになるかなんて、わからない。そんなの当たり前の事実を、どうしてかすっかり忘れて、私は……何もしなかった。一切の努力を怠ってしまったんだ……」
「えっと……その……」
「いいんだ……私の落ち度も全て事実だからな。救いがあるとしたら、相手がノエルだということだな。確かにあいつは男だが、いい奴だ。あの二人はきっと深い信頼でつながっている。これが変な女だったとしたら、自分でもどうしていたかわからない」
「その……お姉ちゃん」
「何も言うな。今はただ、それだけを伝えに来たんだ。お前も辛いだろうが……今後のことは、また後日話そう。正直……さすがの私も、今はこれ以上話す気にはなれない。すまない、セラ……」
私は、静かに部屋を出た。セラは、もう何も言わなかった。
建物を出て、外の空気に触れる。少しだけ生ぬるい風が、頬に触れる。ホープと……セラ、ノエル、モーグリが力を尽くしてくれた、新しいコクーン。たくさんの人が行き交う、活気のある未来都市アカデミア。
……歩くたびに嬉しさを噛み締めていたというのに。今日だけは、その風景に——どこかよそよそしさすら感じる。
——……本当に、馬鹿だな。私は。言ったことを忘れてる忘れてないとか、あいつの見た目が変わった変わってないとか、順番がどうだとか。そんなどうだっていい理由で自分に足かせをつけていた。好きだと気付いた時点で、早く言ってしまえばよかったんだ。
……いや、もうもしかしたらその時には既に、あの二人は相思相愛だったのかもしれない。私が何かをホープに言おうと言うまいと、あの二人の気持ちは揺るぎないものだったのかもしれない。
結局、好きだなんて言わなくて正解だったんだ。きっと、みじめな思いをするだけだった。あの二人が幸せに暮らしていくのであれば、私はセラと共にそれを見守るだけだ。
……こんな気持ちなんて、どこかに埋めてしまおう。
これは、好きな気持ちを押さえつけるのが、ノエルか私かだったという違いだけでしかないんだ。必ず、どちらかが苦しんだんだ。ノエルは立派に自分の気持ちを私に教えてくれた。私はただの敗者だから、気持ちを押さえつける側に回るしかないんだ。
けど。
好きな気持ちを言わずに、どこかに隠して、それで終わりにできるんだろうか?
ノエルだって、本当は気持ちを言うつもりはなかったのかもしれない。しかし、結局はそれを明らかにした。……ノエルのような精神的強さを持つ男でさえも、好きな気持ちを言わないまま心に留めておくことが苦しかったということではないのだろうか? だったら、私のように……ホープの一挙一動なんかで動揺するような弱い人間には、到底それができるはずもない。
だったら?
「ライトニング様、お帰りなさいクポ〜!」
自室に戻ってドアを開けると、モーグリが飛んで迎えに出てくれた。
「ああ……ただいま。何事もなかったか?」
「もっちろんクポ! お片づけもして、ちゃんとこの部屋を守ってたクポ!」
「すまないな、この部屋に閉じ込めるようなことをしてしまって。明日は連れて行くから」
「大丈夫クポ〜!」
モーグリがステッキを振りながら、元気な声で答えてくれる。……何だか、疲れた心が癒される。
「……モーグリ」
「どうしたクポ?」
「おいで」
荷物を置いて腕を伸ばして、その白くて丸い身体を腕の中におさめる。ふわふわして、何だか気持ちがいい。
「ど……どうしたクポ??? 嬉しいクポ……」
「モーグリ、お前……私のことが好きか?」
モーグリは、腕の中で飛び上がった。
「も、もちろん……大好きクポ! モグは、ライトニング様が大好きクポ!!」
「……ありがとう。そういえば……朝も言われたんだったな」
「そうクポ! 当然クポ!」
「あの時は、気が動転していてつい投げてしまったが……痛くなかったか?」
その白い頭をなでると、モーグリは嬉しそうにピンクのポンポンを揺らした。
「ライトニング様は、やっぱり優しいクポ……! モグは、何度でも言うクポ。モグは優しいライトニング様が大好きクポ! いつだって、味方クポ……!」
その言葉が、妙だと思うくらいに心にしみてくる。傷ついて腰が引けた心が、後ろから支えられるように。その純粋さに、救われる。
「……ありがとう、モーグリ」
私には、セラもモーグリもいる。もしここで私が倒れそうになっても、支えてくれるものがある。……だから、少しくらい痛みがあろうと、きっと大丈夫だ。
だから。
……潔く、フラれよう。
潔くホープに告白して、フラれよう。恋愛感情なんて、隠したまま心の中で押し殺そうとするから辛くなる。だったら、ちゃんとホープに自分の気持ちを話してしまおう。その上で、僕はノエルくんが好きですという言葉を改めてきちんと聞こう。ホープの思いの丈も、たくさん聞いてやろう。そうすればこんな恋愛感情も……後腐れなく、きれいに終わらせられるはずだ。
私はすっきりしても、ホープの方が困るだろうか。あいつは優しいからな、ひょっとしたら責任を感じてしまうかもしれない。受け入れられない人の想いを抱えることほど、辛く思うものもないからな……
でももし本当に私が後腐れなく気持ちを終わらせることができて、私が新しいことに打ち込めるようになれば、きっとあいつもそのうち安心してくれる。あいつに心配をかけないように私が努力すればいい話だ。
だから……逃げずに、きちんと話そう……。
そして私は、コミュニケーターからメールを送った。
『さっきはすまなかった。ちゃんと話したいので、後で部屋に来てほしい』
返事は、少し遅れてきた。
『ちょうどよかった。僕もちゃんと話したいです』
「——ライトさん、教えてください。一体どういうことなんですか」
ホープは部屋を訪れた途端に、勢いよく話し始めた。
「どう、というと……」
「最近、ずっとおかしいですよね。どうして僕を避けてるんですか。なんで急に殴ったりするんですか。なんで話してるのに、急に逃げたりするんですか」
普段は穏やかな態度を取るホープだが……この時ばかりは、さすがに違った。
「最初に聞きましたよね? 僕何かしましたかって。直しますから言ってくださいって。だけどライトさんは、何も言わないで僕を避け続けるだけだ。
気軽に接しても駄目、節度を持って接してみても駄目。じゃあ、どういう風に接したら、前みたいに話してくれるんですか? ……いくら僕でも、我慢の限界です」
いざ話そうと決意してきたはずなのに。不機嫌さを表に出すホープを前にすると、勇気が萎みそうになる。
しかし、ホープの言うことも当然だ。おかしな態度を取り続けてきたのは私なんだ。
だからこそ——ちゃんとしよう。
「別に……お前に悪いところなんて、何もないんだ」
「そんなこと言われたって。……じゃあ、何なんですか」
じゃあ、何か……か。また、聞かれてしまったな。
「お前は……知らないだろう。ルシの時も、ヴァルハラにいた時も。……私が、どれだけお前の存在に勇気づけられていたか」
足手まといにもなる弱い子供だと思っていたのに、いつの間にか、窮地に追い込まれた時もみんなが落ち込んだ時でさえ、冷静で前向きな言葉でみんなを——私を励ました。
ヴァルハラにいた時だって、直接顔を合わせることがなかったとしても——永劫と思うような戦いの間にも、ホープが未来を救うために頑張っている姿が視えれば、まだ頑張れる、と自分を叱咤した。
「……お前のおかげで、私の戦いは終わった。だが、お前の戦いはまだ終わってないだろう? お前にはアカデミーを、そしてこの新しいコクーンを率いていくという役目がある。今も、見ていればわかる。お前は大したことはないと言うかもしれないが、ものすごく責任の重い責務のはずだ。
だから……私は思ったんだ。私は今までお前に助けられていた分、今度は私が助けてやりたい、と。どこか別のところで戦うのではなくて、もっと近いところでお前の役に立ちたい……と。……お前は笑うかもしれないが」
「ライトさん……」
「……なんだがな」
「……なんだが?」
「もっと近いところにいたいと思ったくせに。私は……嫌になったんだ。お前の近くにいるということが」
聞いていたホープが、がっくりとうなだれた。
「それは……やっぱり落ち込みます」
「……だってお前は、アリサ・ザイデルの存在を覚えていたのに。私に伝えるってアリサ・ザイデルに言っていた言葉を忘れていた。
そのことを考えて私は悩んだのに、当のお前はまったく意に介さないで、無神経に私にベタベタしてきて。
私がこんなにお前のことを意識してるのに、お前は私のことなんてどうも思ってないんだとか……」
だけど、平和にかまけて安穏としているうちに……ノエルが現れて——
ああ、改めて……なんて馬鹿な話なんだ。自分が、つくづく嫌になってしまう。
——いや、違うだろう? 別に自分を嫌いになるために、この話をし始めたわけじゃない。大体私は、ごちゃごちゃと考えてるなんて性に合わないんだ。自分の中の誠実さを守って、一本筋の通ったものにするために、ここにいる。
「私は……色々と自分に些細な言い訳を付けて、何も行動することがなかった。何も態度にはしなかった。あまつさえお前を避け続けて、怒らせてしまった。
だが、言わせてほしい。私は、お前のことが嫌だというわけでは決してないんだ。
お前が誰を好きかというのは関係ない。お前は、ノエルのことを好きだと言うかもしれない。
だけど私は、……お前のことが……ホープのことが、好きなんだ」
言い切ってから……思う。
——セラ。お前の言ってたこと……本当なんだな。
好きだというはずだったのを覚えていようといまいと、関係ない。そして相手が誰を好きかどうかも、関係ないんだ。
ただ自分が本当に好きだって言える人がいるっていうことは、……こんなにも、幸せなことなんだな。
自分の気持ちをこんなに強く動かす人がいるということ。そういう人に出会えたということ。そういう人がいなかったとしたら、私はどれくらい味気のない人生を送っていたんだろうな。
……それに、自分の恋敵がいい奴だというのも、救いがある。セラにも言った通り、恋敵が全く気に入らない奴だったら、私の心は荒れていたかもしれない。しかし、実際はそうじゃない。この問題で対立したのを横に置いておきさえすれば、ノエルは強くて優しく、相手としては全く申し分ない。
——そうだな。だんだん、二人を温かく見守ることができそうな気がしてきた。そう、それに私にはセラもモーグリもいる。もう……大丈夫そうだ。
「はあ……すっとした。もう大丈夫だ、ホープ」
「……えっ?」
「言いたいことを言えたら、すっとした。もういいぞ、ホープ。私の話は終わりだ。もう行ってくれていい」
ドアの方を指差したが、ホープは何やら焦った様子で声を上げる。
「え、ラ、ライトさん。ちょっと待ってください」
「? まだ何かあるのか?」
「……何かって」
ホープはうなだれて、はあ……と深いため息をついた。
「なんでライトさんは、いつもそうやって、自分の中だけで話をつけようとするんですか。僕の話なんて何も聞いてくれなくて、一人で考えて、勝手に僕を避けて。今は言うだけ言って、話を終わりにしようとする」
……言われてみれば、確かに、最初はホープの思いの丈を聞いてやるつもりでいたんだった。思いの丈を聞く前にすっきりしてしまったために、完全に忘れていたが。
「わかった、ホープ。何かあるなら、言ってみろ」
せっかくすっきりしたというのに、塞ぎかかった傷に塩を塗るような真似をすることになるかもしれない。
しかし、ホープがそれを望むというのであれば、聞いてやる必要があるだろうな。……私だって、聞いてもらったのだから。
「……なんていうか……本当にライトさんらしいですね。昔からそういうところありましたけど」
ホープは、呆れたような苦笑いをした。
「……すまないな」
「大体色々考えてること、最初から言ってくれればいいのに」
「お前みたいに、器用にはできないんだ」
「知ってましたけど。ルシとして一緒に逃げてた時も——一人で考えて、一人で決めて、一人で突っ走って。セラさんのために軍を抜けてパージ列車に乗ったり、僕を逃がすために勝手に囮になったり……」
「お前……言うことがあると言っておいて、わざわざ私の欠点を並べ立てるつもりか?」
ホープは少しだけ笑って、違いますよ、と言った。
「……それも全部、人のためなんですよね」
いつの間にか、呆れた表情も、苦笑いも消えていた。
「ライトさんは、誰よりも優しくて……セラさんのためだったり、仲間のためだったり。いつも、他人のために突っ走ってるから……
ルシの仲間としてライトさんを見てた時も、その後離れて予言の書でライトさんを見てた時も、夢の中で会った後も……変わらないです。僕はずっと、ライトさんみたいになりたくて——」
まっすぐな眼差し。それは、14歳の時のホープと、何も変わっていない。
「……ライトさん。——僕はずっと、ライトさんのことが好きなんです」
「……っ」
ずっと、直接聞きたいと思っていたはずの言葉。
もう聞けないのかもしれない、と思っていた言葉。
それは、一気に身体中を駆け巡って、そして———
だけど。少しずつ右手の拳に力が込められていく感覚を、自分ではどうしようもなかった。
「………おっ、お前はっ、……馬鹿かっ!」
瞬間、私は思いっきり右手の拳をホープにふるっていた。
「っ……!」
吹っ飛ぶ身体。図体のでかいスノウを昔殴りつけたのと同じくらいの力を込めただけあって、勢いも半端なかった。
ホープは殴られた顔に手を当てつつ、床から私を見上げた。
「なっ……なんで! なんでまた殴るんですか!」
ホープは抗議した。しかし、私の怒りは収まらない。
「お前はっ……なんて男なんだ! そんなことが許されると思うのか……!」
「何が問題だって言うんですか!」
「ノエルも好きで、私も好き……? そんな優柔不断な態度で、私がなびくとでも思ってるのか! 寝言は寝て言え!」
「優柔不断じゃないですよ! 大体、さっきからなんでノエルくんのことが出てくるんですか! 関係ないじゃないですか!」
「関係ないだと? ……よくもそんな不誠実なことが言えたな!」
本当に、なんて奴なんだ。自分が言ったことも忘れたとでも言うのか?
「……お前がっ、……お前がノエルを好きだって言ったんだろう!」
言った瞬間、ホープは、文字通りぽかんと口を開けて私を見上げた。
そして、数秒。
「……は」
息が漏れたと思った直後、ホープは床で膝を抱えてうずくまった。よく見れば、肩が細かく震えている。
……やりすぎたのか?
「……おい、ホープ……」
しゃがんで肩に手をかけると、様子がおかしいことにようやく気付く。
「は………あっははっ」
ホープは、苦しそうに………腹を押さえて、笑いをこらえていた。
「なっ……、何を笑っている!」
「だって……ライトさん。それ、確かに言いましたけど……あんなの、本気にしたんですか?」
震えそうな言葉を何とかコントロールしながら、ホープは聞く。
「あ、あんなのとは何だ! あんなに……真剣に言ってたくせに! 幸せにしたいって言ってたくせに!」
少しだけ落ち着いてきたのに、ホープは、また笑い転げた。
「……笑うな!」
「幸せにしたいだなんて……すごい飛躍ですね。そう解釈していただいても間違いではないんですけど」
「ほら見ろ!」
「……でも」
ホープは急に笑うのをやめて、真剣な表情に変わった。
「だとしても、ライトさんへの気持ちとは、全然違うんですよ」
何なんだ。……やめてくれ。
そんな顔で見つめられると……何も言えなくなるじゃないか……——
「ねえ、ライトさん。僕の近くにいたいって思ってくれたんですよね? 誤解だとしても……本気で僕がノエルくんを好きだと思って、嫉妬してくれたんですよね?」
「それは……その」
腰を床から浮かせて身体が伸ばされ、その手が私の腕を静かに掴む。
「……何」
「もう殴られるのは嫌ですし」
「……ホープ」
「それに、どうせ何言ったって、ライトさんには言葉では伝わらないんですから」
顔が、近づく。なのに、押し返す力が入らない。
「いや……ちょっと待て」
「ライトさん……」
「ちょっと待て……!」
「……好きです」
最後には、そっと囁くくらいの声。
そのまま——少し、強引なキス。だけど、抵抗するだけの力も入らない。
ホープが身を離すと、たまらず、私は目線を下に落とした。
「……強引だ」
「嫌でした……?」
静かな問い。そう聞かれると、なんて言えばいいのか。
「そういうわけじゃない。……でも」
「でも?」
そのまま私は、受け入れられるのか……? ふいに思い出すのは、あの黒髪の青年の顔。
「……ノエルに悪い……」
「まだ気にするんですか?」
少し、呆れたような声音。
「まだって何だ。大事なことだ」
「ライトさんって人は……どこまでも真面目なんですから。ライトさん、ノエルくんも本気じゃないですよ」
「そんなことない。あいつも真剣な顔で言ってきたんだ。ホープのことが好きだと。私は直接本人から聞いたんだ」
「だとしても、僕が言ったのと同じ意味ですよ。何なら、聞いてみましょうか?」
「……聞いてみる?」
ええ、と微笑みながら、ホープは立ち上がり、ドアに近づいた。
そしてドアを開けた途端、2人と1匹がごろごろと床に転がってきた。
「きゃっ!」「クポポ〜!」「………重い」
「セラ? ノエル……? モーグリ……」
何なんだ、これは。まるで映画か何かを見るように、現実感がない。
「よかった……お姉ちゃん! うまく行ったんだね! ノエルから話を聞いたときはどうなるかと思ったけど……!」
セラはいち早く起き上がって、私に駆け寄り抱きついた。
「そ、その、ごめん。セラと話して、心配になって来てみたら……こうなってて……」
お前は飛べるんだから早くどけブタネコ、と言いながら下敷きになっていたノエルが起き上がる。何をクポ! と反発して、モーグリも飛びあがった。
「……お前たち……そこにいたのか……?!」
頭がぐらぐらする。全身から力が抜ける。
もう駄目だ。全てがおかしい。
「部屋全部つながってるんだし。嫌でも聞こえてくるよ」
言われれば、そうではあるんだが。……私としたことが、全く気付かなかった。
「ライトニング、その、ごめん。俺、ちょっと言い過ぎたみたいで……」
相変わらず真剣な顔つきで、ノエルは謝った。
「ちょっとお姉ちゃんをけしかけてってノエルにはお願いしてたんだけど……ここまでになるなんてね」
ノエルを振り返りながら、セラが言った。
「まったく、ノエルの言い方が悪いクポ!」
モーグリは、ステッキでノエルを攻撃するような仕草をした。
……私はというと、出がらしのような身体を支えることで精一杯で、ただ目の前のやり取りを眺めていることしかできない。
「ごめん。けしかけるって言っても、とっさにそれくらいしか思いつかなくてさ」
「でもノエル、こういうことを"終わりよければ全てよし"って言うんだよ。結果的にはうまく行ったんだし、作戦成功! だね」
「なら、よかった。終わりよければ全てよし、か。またひとつ学んだ」
「まあ……ちょっとね、お姉ちゃんは驚いちゃってるかもしれないけど……」
そう言いながら、セラが私を見る。驚いてる? 当然だろう! と言いたいのに、声が出てこない。
「普段そういうことを言いそうにない人が言ったから、余計だったんじゃないでしょうか」
ホープはまた笑い出しそうな顔で言った。
「そうクポ! モグにはわかるクポ。ライトニング様は驚いて、落ち込んでたクポ……!」
「そっか」ノエルは、頭を掻いた。「別に……全くの嘘じゃなかったんだけどな」
「うん、わかってるよ。ノエルはホープくんのこと好きだもんね。人としてね」
「ええ、僕もですよ。ありがとうございます」
ノエルはホープが好き、ホープもノエルが好き……か。
……私は一体、何を考えていたんだ……
「でもおかげでホープも殴られたみたいだし、悪いことしたな」
「もういいんです、ライトさんですから。僕もそこはある意味諦めてますよ」
「俺は最初から、ホープの方からライトニングに好きだって言わせた方が早いって言ってたのに、セラがどうしてもって言うから」
「そうなんだけど。やっぱりここはお姉ちゃんから言わせたいなって」
……何だかさっきから、聞き捨てならない。
「——おい、セラ、ノエル。お前たち……ホープが何て言うか知ってたのか?」
声すら出せなかった口をなんとか開き、ようやく問いを絞り出す。セラとノエルはきょとんとして、目を見合わせた。「そりゃあもうね〜、最初から」「ああ」そんなことを言いながら、頷き合う。
「……だったら! 最初からそう言ってくれればいいだろう! なんでわざわざ知らないふりして、私にあんなことさせたんだ!」
「ほらだって、ね」
セラは、ピンクブロンドの髪を揺らして、天使のようににっこりと笑う。今までの人生でその笑顔が怖いと思ったことが、どれくらいあっただろうか。
「やっぱりホープくんも今まで500年も頑張ってきたんだし、ご褒美があってもいいよねって! ほら、お姉ちゃんの方から頑張って好きって言うところがまたいいんじゃない。ねえ、ホープくん」
「セラ、お前が元凶か……!」
姉として、育て方を間違えたのか? いつからそんなことを企む子になったんだ。
「ええ、すごく嬉しかったですよ。セラさん、ライトさん」
「うん。ライトニングのかわいいところ、見れてよかった」
「ライトニング様はいつもかわいいクポ! でも、よかったクポ〜!」
「………お、お前たちは……!」
みんなが、微笑む。ホープが、セラが、ノエルが、モーグリが。
頭が悪くなりそうだ。ぐらぐらする……
何なんだ一体。本当に、何なんだ。
セラ——私の最愛の妹。両親のいない苦労は負わせたものの、人を困らせることのない、まさに天使のように愛らしい子に育ったはずなのに。
一体いつから、そんないたずらめいた悪巧みで私を惑わすようになったんだ?
しかも自分ひとりじゃなく、ノエルまで味方に引き入れて共謀するなど、昔のお前なら決してしなかったはずだ。
大体、私と違ってお前にはもっと可憐なたたずまいが似合うというのに、一体いつからそんな小悪魔じみた黒い服を着るようになったんだ?
一体いつから、挑戦的な眼差しで私を見上げて笑うようになったんだ?
どうしたと言うんだ。何を考えている? お前は……
『想像つくでしょ、解放者』
想像なんて、つくか……
……セラ。どうして……
『……新しい世界で、お姉ちゃんと暮らした懐かしい日々に帰るの——』
ぐら ぐら する
『おかえりなさい——お姉ちゃん』
……… セ ラ ?
暗闇からもがき出ると、まばゆいくらいの光。
その中に、彼は立っていた。
「おかえりなさい、ライトさん」
「……ミスター……ホープ……エストハイム……」
「ホープでいいですってば、じゃなくて、どうしました?! 顔色が……」
「頭が……悪い……ぐらぐらする。頭が痛い……箱舟に入る時に、少し……めまいがして……」
「! それは一大事です。今日もたくさん戦ったんですし、お疲れなんですよ。ちょっと横になって、休んでください」
「いや……いいんだ。精神的なものだ。別に……そこまで大げさな話じゃない」
「精神的なものなら、なおさらです。僕は音でしか聞こえませんが、直接その現場にいるライトさんにとっては、辛いこともたくさんあるでしょう。それにタイムリミットもあって……焦りもあるでしょう? ……ここでなら、時間も何も心配しなくて大丈夫ですから。ご自分の心も、労ってください」
なんだかんだと言われて、結局ベッドで寝かされてしまった。ミスター・ホープ・エストハイムは、ベッドサイドの椅子に腰をかけて静かに微笑む。
「ゆっくり休んでくださいね」
……心労、か。そんなもの感じないと思っていたのだが、やはりあるのだろうか。
——ルミナ、と言ったか。
こちらを妨害したり、手伝うと言ったり……何を考えているのか、全く読むことができない。
そして、中身は違えど、見た目がセラに似ていて……。
……セラ……——。
一つ、ため息をつく。考えても、どうせ私は答えを持っていないんだ。確かにここでしかゆっくり休めるところはないのだから、言われた通り、今は何も考えずにゆっくり休むことも大事だろう。
そうして静かに横になっていると、確かに少し落ち着いて。頭がおかしいと思った話も、少し話せるような気になってくる。
「……何か……昔のことを思い出した気がするんだ」
話し始めると、ミスター・ホープ・エストハイムは声を上げた。
「ほんとですか。いつのことですか?」
「いや……大したことじゃない。クリスタルになる前に私が体験した、数多くのパラドクスの一つだ」
「……なるほど。どのようなものだったんですか?」
「どうせ、実現しなかったことだ。お前も知らない話だ」
「いいじゃないですか、教えてください」
「……」
ふいに、顔を横にして、ベッド脇に座る少年の顔を見つめる。銀髪、私を見つめる瞳。心配こそしてくれるものの、いつも、どことなく淡々とした表情。
「ライトさん?」
「……お前。今までの記憶も……感情も、ないのか?」
「ないわけではないんですけどね。少し、曖昧になってて。そこにあるはずなのに、どこかぼんやりとしてて……はっきりしないんです」
「……そうか」
「でもライトさんだって、人のこと言えないですよ? 僕のことホープって呼んでくれないんですから」
「……善処する」
「はは、ありがとうございます」
そうして、静かに笑った。
「——……さっき思い出したのは……めちゃくちゃで、幸せなパラドクスだったんだ」
「めちゃくちゃで、幸せなんですね」
「驚くかもしれないが、私はもう戦ってないんだ。剣はふるわなくなった。もう、その必要がなくなったんだ……他にやれることを見つけようとしていた」
「驚きませんよ」
あのパラドクスの中では、驚いてたくせに。……今は、違うんだな。
「それに、セラも、みんないて……幸せで」
「——そこには、僕もいましたか?」
「……」
「なんでそこでそっぽ向くんですか?」
思い出すだけで、どうしてか、ものすごく気恥ずかしい。
「……どうせ、実現しなかったんだ。それにあんな思いは……もう嫌だ」
「もう嫌? めちゃくちゃだけど、幸せだったんですよね?」
「……うるさい」
左腕で、両目を覆う。もう、どうしたって見られたくない。
「ライトさん。……大丈夫ですよ、実現しますよ」
少年の顔に似合わない落ち着いた声で、私の右手を握って、静かに言った。
「……何を根拠に」
「ライトさんだからです」
「……なんだ、それは」
「まったく同じ結末じゃないかもしれない。だけど、形を変えたって——ライトさんがみんなと一緒に幸せになる結末は、必ずあるんですから」
静かに、ゆっくりとしたペースで、穏やかに話す。
「だから、ライトさん。今は少しでも、眠って。身体の疲れも心の疲れも取ってください。僕も、そばにいますから」
その落ち着いたリズムに合わせて、少しずつ私の意識もゆっくりと動きを緩め、深くなっていく。
「………りがとう、ホープ……」
すっかり放置してた話の続編をリクエストいただき、本当にありがとうございます!!!FF13-2パラドクスエンディング+最後のLRFF13発売前妄想です。
当サイトじゃライトさん視点の話って少ないのに、なのにこんなお遊びで申し訳ないです…。
ですがホプライ愛とノエセラモグ愛は何とか詰め込んだつもりです。
特にライトさんとノエルの絡みが…こんなんですが、書けて満足です…!
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