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Echoes of You (6)

たった、だろ ※ファミ通後日談小説ベースのノエセラなのか何ものか、です。 Echoes of You (5)(勇気を持てたら)へ  夕暮れ時の職員室  橙が混ざり始めた黄色の光に照らされた先生は、目を細めて——  いつも元気のいい活発な先生だけど、この時は、少し寂しそうにして  たくさんの質問を俺にぶつけた 「私はね。強い意欲を持って勉強に取り組んでいるあなただったら、将来についても同じように——自分が何していきたいのか、きちんと考えてるんだと思っていたの。あなたからすれば、勝手な期待を持ちやがって、って思うかもしれないけど」 「……そんなことは」 「あなたのやりたいことは、勉強すること。それは前にも聞いた。勉強そのものに喜びが見出せるということは、何事にも代えがたいし、生徒がそう言ってくれるのは私だって嬉しい。でももうそろそろ、次のステップを考えるべきなんじゃない?」 「……次のステップ」 「勉強そのものを目的とするんじゃなくて。その先に何をしたいの? あなたはこの先の人生で、何をやっていきたいの? 勉強を、何かに役立てることを考えるべきじゃないかな。——私は、あなたならそれができると思ってる」 「俺は……そこまでは考えられない。今は目の前のことをやるだけ」 「どうして? 前も同じことを言ってたわね。でも、本当にそう思うの? 考えないようにしているだけではなくて?」 「俺は、別に……」 「——じゃあ、逆に聞かせて。何かに使う気がないというのなら、何のためにそこまで一生懸命勉強しているの?」  何のために……——? 「……約束だから」 「約束?」  呟いて、俺は急いで、首を振った。 「いや……何でもない。俺は別に、大した人間じゃないから。毎日暮らせたらそれでいい」 「毎日暮らせたら……ね。本当に? 勉強をきちんとやってるあなたなら、わかるでしょう? 世の中たくさん大変なことがあるの。自分が何かしないと、何かしたいって気持ち、少しでもないのかな。例えば何かを見て、こうしたいとか、もっとこうだったらいいのに、って思うことはないの?」 「…………」  俺が黙ると、先生はため息をついた。 「あなたには、そういうところがあるのよね。やれる力があるのに、気になる気持ちだってあるのに、どうしてもっと前に出ないの? みんなあなたの立ち振る舞いを見ている。あなたならもっとできるって、みんな思ってる。 だけどあなたはいつも、後ろに下がってしまう」 「……買いかぶりすぎ」  だって……そうだろ?  俺には、やれる力なんて——  俺が何かをしてしまえば、結果は…… 『おい、ノエル!』  その時にふと思い出したのは、あのドでかい男の野太い声 『お前はよ、たいっせつな仲間なんだからな! 特に——あんな辛い500年を、一緒に戦ったんだからな』  今でも仲間だって言ってくれた……信頼してるあいつが  何の力もないと零した俺に、言ってくれたこと 『ダメだった時のこと、振り返るのもいいけどよ。——少しは自分のことも、認めてやれよな』  ……—— 「——まぁ、今日のところはもういいわ」  ふう、と先生はため息をついた 「まだ時間はあるから。もう少し考えてみて。今日もバイト、あるんでしょ?」  職員室を出ると、くすんだ橙色が、茶色い廊下を照らしていた  目の前のこと  毎日の生活、どう生きるか  ユールを食わせないと ユールが安心して過ごせるようにしないと  金が必要 アルバイト、大事  でも捨てちゃいけない約束 勉強、勉強、勉強  その先の人生……?  その先って、なんだ?  俺がするべきことなんてもう、ないだろ?  ほんとにさ  まるで、毎日生きるのに精一杯で  生き残りを探しに行くなんて考えることもできなかった、あの死にゆく世界の仲間みたいだ 「ほらよ! 給料!」 「あ、ありがとう」  そう言って渡された給料の袋は、何だかいつもよりぶ厚い気がした  いや、確かにいつもより長い時間頑張ったけど—— 「休み取るんだろ? で、金がいるんだろ? んで、ボーナスだ! いつも以上に頑張ってくれたからな!」 「……ありがとう」  そんなのがあるなんて思ってなかったから、驚くけど、嬉しい 「他のやつらがいなくなったりして、お前にゃ苦労かけたが——すごく助かった。ま! お前もいつも頑張ってんだから、たまには息抜きもしろよ! リフレッシュ、だ! 今は若いからいいけどよ、今のうちに調整することも覚えないと、後が辛いぜ!」 「——そうだな、気をつける」 「戻ってきたら、また頼むぜ。無理ない程度でいいからよ」 「ああ。こちらこそ、よろしく」 「それにしても——お前が休みの間、ちゃんと回るようにしねえとなあ」  ふう、と大げさなくらいのため息をついた 「大丈夫なのか?」  確か——仕事のやり方や条件をめぐって、二人のスタッフと協議……とは言えない位、大声で喧嘩していた 「あいつらはもう戻ってきやしねえだろうな。ったく文句言う暇あったら、お前くらい仕事してくれりゃいいのにな。サボることばっかり考えやがって。どこ行ったって、あんなんじゃ続かねえよ」  その言葉には、苦笑いするしかなかった  ——俺はうまくやってる方だと思うけど。この人は少し喧嘩っ早くて——実際よく、人と喧嘩して 人がいなくなって この人はその度に、同じこと言ってる  ここの仕事もうまく回ればいいと願いながら、入ってから何ヶ月も変わることはない  帰るときには、もうすっかり暗くなっていた  繁華街を通り抜けようとして——パトカーのサイレンの音が響いていて、人だかりができていたから、つい足を止めた 「……何があった?」  近くのおじさんに声をかけると、その眉間にはしわが寄っていた 「詳しくはまだわからないが——マフィアと警察が衝突したみたいだな。何とか収まったみたいだけど、一時はひどい騒動だった」 「……衝突。怪我人、出たのか?」 「幸い、少なくとも今回は一般人には被害はなかったみたいだな。警察には2人怪我人が、マフィアに1人死者が出たらしいが」 「——そ、か」 「もう大丈夫だと思うが——気をつけて、帰るんだぞ」 「……ありがと」  繁華街が赤く明滅する中、静かにその場を後にした  この街には、いろんな人間がいる 賑やかで、いつも活気があって  だからこそ、この街で住むことを選んだ "みんなが生きてる世界”を、実感するために  でも、その反面  必ずしも、いい人間ばかりがいるわけじゃない、と知る  いや、こういう身近ないざこざだけじゃない  テレビを見れば、世界各国からニュースが流れてくる  戦争 戦争にまでなってなくても、いつそうなるかわからないくらいの国と国との緊張  ——"あの500年"の間にも、たくさん争いがあった  混沌より出ずる魔物との争いだけじゃない  人同士の内紛 俺を疎む者 ホープを引きずり下ろそうとする者  でもそれは俺のせいだと思ってた 俺があの混乱の元となる、混沌を溢れさせてしまったから  ……でも、そうじゃないんだよな  俺は、知っていたはずだ 混沌のために争う者たちを知るずっと前に  人同士が争ったことでコクーンが落ちて、世界が死んだ、という事実を  俺の師だったカイアスが……そういう風に差し向けた すべては、ユールのために ユールの魂を守るために  ——でもあいつは、ある意味、手を貸しただけ  人同士が、争っていた  巨人兵アトラスも、争いの道具として開発された  コクーンが落ちるということ以前に、人が、自分のことしか考えられなかった  それがコクーンが落ちて、世界が死んだ、一番の原因  ——人が人と、争う  時代が変わっても、世界が変わっても、その性質は……変わらないのか 『ユールの言葉通り、お前を連れて行く。——新しい世界だ』 『……それは、神が創る楽園なのか』 『そうじゃない。当たり前のように生きて暮らす人々が、力を合わせて築く世界だ』  ライトニングのその言葉に、希望を見出した けど  ——セラ  セラが守ってくれた世界は……——  扉を開けると、ユールはいつも通りだったから  ほっと安心する 「ユール、大丈夫だったか? 外、騒ぎになってたけど」 「大丈夫。危ないと思って、学校からすぐ帰ってきたし。ここは安全」 「そっか。なら、よかった」  ユールは、いつもの落ち着いた表情で答えた  まあ、時詠みの力がなくなったとはいえ、やっぱり人にはない感覚があるから  危険があれば、きっと事前に察知できるのかもしれないけど 「そういえば、ノエル。あのジャーナリストさんから、ハガキが来てたの」 「へえ」  数ヶ月前、"転生前の記憶"をインタビューしにきたジャーナリストからのハガキを、ユールが差し出した  白いシンプルな、紙切れみたいな長方形 「何だって?」 「遅くなったけど、こないだのお礼。それと——」  ユールは、少しだけ声を低めた 「これから戦地に行ってくるって」 「……戦地?」  ハガキを受け取ると、そんな内容が、丁寧な字で書かれていた  あのインタビューの内容がどうまとまったのかが気になってたから  予想と違うことが書かれていて、驚いたけど  ——戦地、か  あのジャーナリストは、別に戦争について調べてたわけじゃないのに  どうして、そういう選択をしたのか  インタビューの後に、何か気持ちの変化があったのか——理由はわからないけど  何か、心に突き刺さるものがあったんだろう、な  そして—— 「……大違い、だな」 「え?」 「……いや。何でも」  そして、……何かをしたいって、行動したいって思ったんだな  俺とは、違って 「——……」  ふう、と一つため息をつく  でも、俺も行動する しなきゃいけない  もうこれ以上このままには、できない  見上げるユールに向き直る 「あのさ、ユール」 「……うん。どうしたの?」 「俺も少し——行ってくる。戦地なんてもんじゃなくて、ただの旅行だけど」 「旅行……どれくらい?」 「……未定。でも、そんなに長くはならない」 「どうするの?」 「セラに、……会ってくる」 「——セラ……」  しん、と言葉がなくなって  ユールが、いくらか下を向く  身の置き場がないくらいに押し込めてくる、静けさ  沈黙が問い詰めてくるような気すらして、説明の言葉を探す 「その……ユールがこのへんで一人で過ごすことになって、悪い。事件もあったし、不安かもしれない。  でも、セラには——謝らなきゃいけないこともあるし。だから……どうしても、行ってきたいんだ」  ユールは、首を振った 「安全かどうか、じゃないの」 「……ユール?」 「……どうして?」 「……え」 「どうして、ノエルが謝るの……?」  あまり感情を出さないユールが、声を強めた 「……どうしてって。それは、俺が……」 「そうじゃないの」 「……ユール?」  また、静か  隣の家の音や、道路を車が通る音が聞こえてくるけど  ユールは、微動だにしない  そして、しばらくして——その瞳から、一筋の涙がこぼれて 「っ、……ユール」  ユールは、両手で静かに、その緑色の瞳を覆った 「ユール、なんで、泣いて……」  なんで、って言ったって——  もしかしたら、俺がそうさせてるのかもしれない、と心のどこかで思う  だけど……  それ以上に何かをすることが、できない 「……大丈夫、か? ……」  その言葉をかけるだけで精一杯  選択を取り消せも、しない  行くと、決めたし それに——  この世界では  あの死にゆく世界でいつも見せてた、はかない笑顔は影を潜めて  ユールが無邪気な笑顔を見せてくれることが、増えた  “生きてる世界” ——それを嬉しく思ってくれてるんだ、と安心する、けど  でもそれでも、例えば今みたいにユールが、口を閉ざすときもある 時に、悲しそうに泣く時もある  それはちょっとしたこと  ユール自身のこと カイアスのこと 他の何かのキーワードだったり  俺も、黙る  そこは、二人の暗黙の了解 それ以上、触れてはいけない場所  あのジャーナリストが来た時だって、できるだけそっちに話が行かないようにした  それでもカイアスのことは、話題に出たけど ほとんどは、俺が話したし  過去のユールの話になった時も—— 深い話になる前に、俺が、続きを言わせなかった  ——いや もしかしたら、話そうとしてたのか  インタビューが終わって、ジャーナリストが帰った後——市場にいた時と違って、元気なさそうにしてたっけ 『どうした? 歩き疲れたか? それとも、初めての人と会って疲れた?』 『わたしのこと……全部話してあげられなかった』  そんなことは別に、って思った 『ユールは、一生懸命話してたさ』 『……でも』 『最初に言っただろ? ジャーナリストにインタビューされたからって、全部話す必要なんかないって。思い出して辛くなるなら、昔のことなんて無理に話さなくていい。話せることだけ話せば、それで大丈夫。——大体、無理に出てこなくていいって最初に言ったのに。俺一人でいいってさ』 『……だけど、話せるなら話したいって思ってたの。それにノエルは……辛いこともちゃんと話せていたのに』 『ユールは、気にする必要ない。過去を思い出す痛みの現れ方は、人によって違うってこと。ただそれだけ。話すくらい、俺にとっては今更何ともない。全部……事実だし』  ユールの気持ち、最大限に尊重しているように見えて、さ  俺自身が……ちゃんと聞けてなかっただけなのかもしれない、けどな 『ユールがああして、市場でも楽しそうにしてる。それで、十分。あのジャーナリストだって、笑って帰っていったろ? それでいいさ』  『——……』 『ん?』 『でも、ノエルは——』  ユールはうつむいて、首を振った 『うん……そうだね……』  ごめん、ユール  もしかしたら——  セラが過去に苦しむのと同じように  ユールにも、俺の知らないことがあるのかもしれない そう思ったとしても……  俺には……踏み込めない  踏み込もうと思っても 踏み込んではいけない気すら、して  聞いてはいけないこと 開けてはいけない、箱  そう 今も  肩に触れようとして上げた手は——無力にも、ただ垂れ下がる 「ごめん、なさい……」  そのうちにユールは小さく息を吐いて、覆っていた手をゆっくりと下げた  そういえばスノウにも、ごめんなさいって言ってたっけな……ってぼんやりと思い起こしながら  それでも俺には、かける言葉が見当たらない 「いや、俺も……ごめん」  何に謝っているのかもわからないままで、口から出るに任せて、言う  ううん、とユールは力なく首を振る 「いつかもし、できるなら——」  俯き加減のまま、呟く 「セラと、仲良くなれる日が来るといいな……」  またあの死にゆく世界のように、はかない笑顔を見せた  ……どうしてなんだろうな 『また、会えるから——』  死ぬ間際のユールの言葉から、……本当に長い年月が、かかった 『導きに従って、貴方の魂は未来へ行ける。もうすぐ会えるよ、ノエル』  その言葉の通り、転生して、また会えて、嬉しくて……  守りたかった存在が、そこにあって  それが、何よりも大事なことなんだって  だから、話したくないなら、話さなくてもいいって 本当に思って  なのにこういう時になると  表面だけかすめてる気にすら、なる  心の中、深いところでは——どうなんだ? 『魂をかけて、誓え。二度と離すな』  その言葉も、ちゃんと覚えてるさ カイアス  ——でもさ……カイアス  ずっとユールと共にあったあんたなら、ユールが抱えるものがわかるのか  あんたなら、どうにかできるのか……?  コクーンが壊れなければ 死の大地にならなければ 未来を変えられたら  混沌さえなくなれば 解放者を殺せたら  新しい世界にさえなれば——  そうすればすべてがうまくいく、なんて  そんな甘いこと思ってたわけじゃない、けど  生活と、勉強と、将来と  ユールと、カイアス  スノウ ホープ ライトニング サッズ ノラ ファング ヴァニラ  セラ  どこかにいるかもしれない、モグ  力のない、俺  列車の中では、移りゆく景色を眺めながら  答えのない雲の中を、漂っていた *  列車を降りると、眩しいくらいの快晴だった  駅は、ホームが4つ並んでいて、乗降客も多かった  だけど、騒いで歩く連中がいない分、俺の住む街よりは少し静かかな  大学の近くに住んでるって言ってた ちゃんとした学生が多いのかもしれない  家族連れを見ても、どこか穏やかそう  そんな風景を眺めながら、階段を降りる  ——セラ、もういるのかな  こないだは泣いてたけど、今日は平気? 元気?  会ったら、何を話すか 何も考えてなかったけど  でもきっと会ってみれば、話せるもんかなって  そんなことを考えながら、改札を出る  改札を出たところで待ち合わせ、って言ってたから  あたりを見回して、セラの姿を探す  絶対、すぐ見つけられる自信はあった  記憶にある、ピンク色の髪も 少し危なげのある歩き方も あの優しそうな笑顔も  ——だけど、どこにも見当たらない  列車から降りてきた人たちが、四方八方に歩いて行って  改札付近は人がまばらになった  それでも、いない  今、改札に向かって歩いてきてる人の中にいるのかもしれないと思って、遠目で構内を見渡すけど  その姿は、どこにも  あれ? ……まだいないのか  しばらくきょろきょろしてから、改札を出てすぐ、駅の構内全体が見えるところにあるベンチに、腰を下ろした  隣には、老年の白髪の女性が、腰を丸めて座っていた  バックパックを下ろして、ペットボトルを取り出して一息  人を眺めているうちに、また風が吹いて、違う電車が入ってきて  また人がばらばらと階段を降りて、改札を通って 思い思いの方向に去っていく 「……ばあちゃん!」  その中から、男の子の声  見ると、改札から出てすぐ 小学生くらいの元気な男の子が手を振って、嬉しそうに走ってきていた  その後ろには、穏やかな笑顔の30代くらいの夫婦が続く  すると、俺の隣に座っていた老年の女性が、ゆっくりと立ち上がった 「よく来たね」  ああ この人も、待ち合わせだったのか  この親子は、夏休みで来たのかもな 「うん! ばあちゃんちに来るの、楽しみにしてた!」 「ありがとうね。おじいちゃんも、家で待ってるからね」  そうして、4人で楽しそうに歩いていくのを、微笑みながら眺める  何だか、俺まで嬉しくなる  ……よかったな また、会えて……  どこか自分のことのように思えて、涙腺が緩むような  ——ばあちゃん……か 『人が本当に死ぬのは、誰からも忘れられてしまったとき。一人でも覚えていてくれたら、その人は死なないの。だからね、忘れないで。私のことも。みんなのことも』  ばあちゃん、そう言ってた  俺がばあちゃんを覚えたまま、生き残って 何とか転生して、こうして生きてる  ヤーニも、リーゴも、ナタルも  ひょっとして この世界のどこかに、転生してるのかな  可能性は限りなく低いのかもしれない それでも  ”最後の日”にいなかったとしても。誰かが覚えていたのなら——  だってさ ノラの奴らもこの世界に転生してるって、スノウが言ってた  だったら、ありえる……か?  それに、モグ  ——あの世界の終わりに、何もしゃべってやれなかった  また会えるって言ってたから……ユールとだけじゃない、モグとだって、また会えたら  それと……—— 『選んでること、自信持ちなさい。誰かが決めた滅びの運命を選ばされるのが嫌だから、こうして頑張ってるんでしょ?』 『私の選択とあんたの選択がぶつかって、私が負けたの。あんたが勝ったの』 『幸せな未来なんてないの』  アリサも……——ひょっとして、転生、してるかな  だったら、嬉しい  今度こそ、苦しみから解放されて 嘘つかない正直なアリサでいられてるなら……どれだけ嬉しいだろうな  俺——何にも、できなかったけど  みんなが、この世界のどこかに転生してくれてるなら  あんな苦しんで死んだり、消えるんじゃなくて、それでも生きていてくれているなら  それだけでも……意味があったって、言えるのかな 「……ばあちゃん」  感傷的になって、大きく息を吐く  顔を上げると、ふと駅の時計が目に入って——  セラと約束した時間から、20分が過ぎていた 「……あれ」  改めて、見回す  でもやっぱり、セラの姿はない 「…………」  時間ぴったりに会えないことだって多いと思うけど、これは、……遅い、よな? 多分  昼飯食べてたら遅くなった、とか ……確かに美味しいものがあればセラはそっちに行くかもしれないけど ——って、俺は昼飯より優先順位低いんだな  じゃ、なくて。時と場合によるだろ さすがにそこまでマイペースじゃないことは、ちゃんと知ってる  ——もしかして、俺が日にち間違えたか?  いや、でも。切符を見ると、ちゃんと約束の日付の通り。やっぱり間違ってない  じゃあ、セラが間違ってる?  いや、何度も確認した。今日の到着時間を昨日教えた時、セラからもわかったって返事、あった  場所だって、間違えていないはず  改札は、1個しかないって言ってた 間違えようがないよな  じゃあ……何だ  不測の事態……? 怪我、とか、事故、とか 「——……」  携帯電話を取り出す  特に、着信はない  セラの番号にかけてみる  機械的な呼び出し音が、何回も鳴る  だけど、出ない 「——セラ」  立ち上がる  ここで移動したら、すれ違う可能性だってある けど、そんなことも言っていられない  バックパックを背負って、歩き出す  階段を見つけて、急ぎ足で降りていく  駅を出る ——セラの姿は、ない  知らない風景が、ただ広がるだけ  駅付近はいくつか店も並んでるけど、遠くには住宅街が見える  俺より少しだけ年上に見える人たちが、多く歩いている 学生か  でもそこに、セラの姿はない  だからといって、こないだみたいなサイレンも聞こえてこない  事故、じゃない……?  …… 「戻る、か」  何か急ぎの用事でもできたかもしれないし 不明  どちらにしても、俺には待つしかできない  元いた場所に戻ると、別の男性が隣に座っていた  またベンチに座って、改札付近の様子を眺めていると  ふと、横からゆっくりと、俺に近づく人が視界の隅に入った  セラ?  と思って振り向く  けど——  元は綺麗なブロンドの髪だと思うのに、ぼうぼうに長くなって ちりぢりで  髭も伸びに伸びて 口元が隠れるくらい  肌も妙に浅黒くなって  着ているものも、薄汚れて、ボロボロ  虚ろな目で、ふらふらと歩いて、汚れた帽子の裏の部分を上にして、差し出してきた  俺の隣に座っていた男の人は、無視して、何もしない  銀色の腕時計にちらりと目をやって、立ち上がって足早に去っていった  残された男は、隣にいた俺のところに、近づいてくる 「……」  ”当たり前のように生きて暮らす人々が、力を合わせて築く世界”——か  だけどこの新しい世界も………完璧じゃない  俺の街だけじゃない この街も  血を流す物理的な争いじゃなくても、——武器を使わない争いや、競争も  そうして、社会の庇護の手も届かず 虚ろな目で生きる人もいる  この人も、何かの戦いに勝てなかったのかもしれない、けど  ……”昔”を思い出して……他人事にも、思えなくて 「……これ」  ポケットに入っていたいくつかの硬貨を取り出して、帽子に入れた  ……こんなコイン数枚で、何が変わる? わからない、けど  その濁った青い瞳が、ふいに俺を見た 目が、合う  ……急にまた、この前のスノウの言葉が思い出される 『生きてれば……失敗したって、やり直しはきく』  その言葉は、俺にとってすごく嬉しかったから  同じこと、言ってやりたいって……思った  だけど——  その言葉に励まされはしても、心の底から信じ切ってない俺が  何を言ってやれるんだ、という思いが邪魔して  何の言葉も出なかった  そして、その人は何も言わず、ゆっくりと遠ざかっていった  「……」  はあ、とため息をついて、見上げると  天井にある採光のための窓から 青空が覗いていた  ”あの時”——  時間があれば、こうして……空を見上げてたんだっけな  あの空は、こんな青くない 灰色だけど  漆黒の闇から溢れ出る、混沌の魔物  一刻を惜しんで、剣を向ける  動かないと 動かないと  そうじゃなきゃ、人が死ぬ 世界が死ぬ  事実、セラは、死んだ  他でもない 俺の、せいで  動かないと、死ぬ みんなが、すべてが——俺の心が 『——……ノエル』  魔物の出現が一段落したら、自然と、ホープとスノウが近寄ってきて、固まって座った  スノウは、『休憩!』ってそれだけ言って、どさっと横に座って  ホープは、自分だって消耗してるくせに、『ノエル、大丈夫ですよ』って、傷を治してくれたっけ  そうして3人で、灰色の空を見上げて——  俺はたまらず、地面に身を投げ出して 腕で目を覆って  泣いて、た  2人は、ずっと横にいてくれた  毎日毎日、めそめそと面倒だっただろうし  2人だって、悲しくて、やりきれなかったと思うのに  一番年下の俺がいるから、弱さ、見せられなかったかもな  俺は、敗者  いろんな戦いに、負けた 負けたんだ!  取り返さなきゃ 泣いてる暇があれば戦わなきゃって思えば思うほど  心が冷えて、空虚になって  時が戻ればいいって——過去に戻れればいい、って 何度も願った  なんでもう、ゲートはない? あんなにたくさん、あったのに  どうして? どうして、女神を殺した? どうして、時を止めた?  誰を呪う? カイアスか? 他の誰かか?  違う 呪うべくは、俺自身  未来なんて変えたいと、願わなければ  セラに俺の願いを、話さなければ  セラが俺のために、未来を救いたいって願わなければ  世界は、こんなことに セラだって—— 「——お兄ちゃん」  声をかけられて、目を開けると、足下に細くて小さな足が二人分、見えた 「……だいじょうぶ? きぶん、わるい? おいしゃさん、よぶ?」  手をつないでる、小さな男の子と女の子  整えられた、栗色の髪 顔も、表情も似てる 兄妹かな  二人とも、心配そうに眉毛を下げて、俺の顔を見上げてた  俺、どんな顔してたんだろうな  でも……いろんな混乱のあるこの世界で  小さいけど、すごくきれいに光る良心を見つけたみたいで  そう——まるで、セラみたいな  嬉しさが生まれて、口元が緩んだ 「——二人とも、優しいな。でも、大丈夫。人、待ってるだけ」 「……そうなの?」 「ん。——あのさ」 「え?」 「みんなのこと、大事に思う、心配する。そういう気持ち大事にして、支え合って生きていってほしい」  二人は、目をぱちくりとさせていたけど  母親に呼ばれて、こっちを気にしながらも、走って人の流れの中に消えていった  人が、通り過ぎて行く  その中に、セラの姿はない  風がまた、吹き抜けてく 電車の発着音も、何回聞いたんだろうな  そういえば——暗黒街 遠くから聞こえるルクセリオの北駅の音を、ただ聞いてた時もあったっけ  追ってくる者に見つからないよう、身を潜めて  ——ホープが失踪して、俺たちは——世界の軸を突然失って、崩壊した  いろんな目論みが渦巻いてたとしても、ホープの指揮の下に機能していた人類再誕評議会も、バラバラ  時が止まって、ギリギリで均衡を保っていた世界が、形だけの秩序すらも失った  盗み、奪い、壊し、殺す  敵は……混沌の魔物だけじゃなくなった  スノウがルシの力で人と混沌をどうにか抑えようとした  それでスノウは手一杯になって——知ってる仲間は、誰もいなくなった  俺のこと気にかけてくれてたサッズも、とうの昔に姿を消していた  モグも、もういない 俺がセラを死なせたから——怒ったのかもな、って  そして—— 『……やめろ! 頼むから、落ち着いてくれ! あんたたちに、剣を向けたくないんだ!』  俺の剣は、魔物を倒すため  治安維持とはいえ、人には向けたくないんだ  人に向けるのは——そう、カイアスが最初で最後にしておきたかったのに 『お前が治安維持って、そりゃねえよなあ。治安維持ってんなら、この混沌と混乱を引き起こした最大の原因を排除するのが、先決ってもんだろうがよ』  暗闇 たくさんの人が、俺を取り囲んだ  どす黒い敵意と憎悪に満ちた、たくさんの視線  俺をかばってくれる人は、誰もいない 『……あんたまで』  命を救おうとした相手でさえも、俺に剣を向けた 『ノエル・クライス。女神を殺し、世界の時を止めた大罪を、償ってもらう!』  そうして——命を狙われるようになった  違うんだ……こんなはずじゃ、なかったんだ  俺は、世界を壊そうとしたわけじゃない  未来が変わることを、人が幸せに生きることを 夢見てたはずだったのに  ……どうして? それ自体が、悪なのか? 罪なのか?  なあ、セラ、モグ  セラは一体、何のために命を落としたんだ……?  俺達は一体、何のために未来を救おうとしたんだ?  こうして、人に憎まれるためなのか……?  俺——もう、わからない  ……別に、もう死んだっていいんだ  俺の命なんて、何の役にも立たない  大体、パラドクスが消えたら俺自身消えてしまっていいって……そういう決意で、やってきたのに  セラが死んで、俺が生きてしまった それこそがきっと、間違いだった  セラが生きていた方がずっとずっと、世界が喜んでたはず  一人でも覚えていてくれたら、その人は死なないの、とばあちゃんは言った  だから俺も、生きようとしたけど  でも、ばあちゃん そんなの嘘だろ?  死んだ人は、何年待ったって、還ってこないんだ……ユールだって  特に、さ  俺のせいで死んだ人が——俺の前にまた現れるなんてことはもう、絶対に 『殺せよ……こんな命、奪ってみせろよ 今すぐ!』  死にたがってたカイアスと、同じことを言って  だけど、でも、それでも…… 『……逃げたぞ! 追え!』  エトロが、セラが、救ってくれた命だから むざむざ殺されることも、できなくて——  逃げて、逃げて 辿り着いたのは  救世院の庇護の手から抜け落ち、世の中を諦めた者達の吹き溜まり  俺が誰であるかを知る奴はいないし、気にする気力のある奴もいない  俺には、ちょうどよかった  狭い通路 ボロボロに崩れそうな石の壁を背に、地べたに座って、じっと身を潜めて  生ぬるい風に乗ってくる電車の発着音を、ただ聞いて  雲に覆われた空の色が、薄墨と漆黒を行き来する様を、見上げていた  そうしていれば、それだけで時間が過ぎていった  何時間 何日 何週間 何ヶ月 何年、と 『未来を……変える……』  以前なら、何度となく口にした合い言葉  今はこんなにも、弱々しくて 風にかき消えていく  ——あの死にゆく世界でだって……俺は、希望を捨てなかったのにな  頑張れば、未来を変えられるって信じてた みんなが生き残れる可能性は、絶対あるんだって  あの旅に出てからは、それは確信に変わった  セラがいて、モグがいて、ホープがいて 『でも……もう』  頑張っても、自分の力じゃどうにもならないものがあるんだとを知った  頑張ったら、大切な人を傷つけて……亡くしてしまうこともあるんだと知った  一緒にいたかった人は、みんないなくなって  残った全ての人から、要らないって言われた  自分が何をすればいいかも、もう何もかもわからない  あるかどうかもわからない、何かの救いを、ただただ待って—— 『ユール、ごめん……』  また会えるって言ってくれたのにな。多分……ないんだ、そんなの。俺が、世界を壊したから 『ばあちゃん、みんな、ごめん』  俺に希望をかけてくれたのかもしれないのに……何も、応えられなかった 『セラ——』  不毛なクリスタルの砂漠に、花が咲いたみたいだった  何の保証もない俺を、未来を、信じてくれたのに  ノエルの代わりはどこにもいないって、セラが言うなら  俺にとってセラの代わりだって……いない  なのに、……その花を、俺が潰したんだな 『こんな俺で、ごめんな……』  何千回、何万回と謝罪を口にしても  許しの言葉なんて、聞こえるはずもない  言葉はただ、空気に紛れて消えていく  後悔や、罪の意識だけは、昨日のことのようにすぐそこにあるのに  笑顔が思い出せなくなりそうで、怖くなる  でも  その姿を探しても、探しても 見つからない  その名を呼んでも、呼んでも 答えはない 『ごめん……』  涙が枯れないことだけが、不思議だった 「……セラ」  会いたいって、言われただけで  許されたとでも、思ってたのか  馬鹿だな……俺  やっぱり、許されないのかもな  セラは誰よりも、幸せにならなきゃいけないのに  もし俺が今、平和な生活を送れているとして  それは疑う余地なく、セラのおかげなのに  もしもそのせいで——セラの人生を大きく変えてしまって 今、不幸せなんだとしたら? 「……」  過去に苦しんでるなら、俺のせい  だから、来ないのかもしれないな 会わない方がいいってことかもな  大体、会ってどうしようとしてたんだ?  今更のこのこ出て行ったって、仕方ないって思ってたはずだろ?  セラが苦しんでるなら、セラを助けたい スノウにもそう言った それは変わらない、けど  俺ができることなんて……何も  生活も、勉強も、進路も、ユールのことも、ちゃんとできない俺 人が生きる限り、終わらない争い  もしかしたら——俺はただ、新しい世界の現実から、目を背けたかっただけかもしれないな  それを、セラに会うってことで、紛らわせようとしていたのかもしれないな—— 「……、……」  垂れ下がる頭をもう一度持ち上げて、人の流れに目を向ける  やっぱり、いない 探しても、見つからない  知らない人が、たくさん通り過ぎていくだけ  隣のベンチに座る人も、どれだけ替わったっけ もうわからないな  頭が重たくて、また下げる 「……セラ」  許されることを望んでないなんて言ったら、嘘になる  それでも  あの旅の途中みたいになんて、大きくは望まない  あんな風に、また笑い合えるなんて、そこまで望まないから  許されないままでも、構わないから 「——……セラ、ごめん 会い、たい」  少しで、いいんだ  話すのが嫌だと言うなら、会うだけでいい  会うのが嫌だと言うなら、遠くからだけでも 「どうしても——俺……」  絶え間ない、雑踏の音  人の話し声  電車が通るときの、風の鳴る音  改札が、パタパタと動く音  うつむいた目線の先に、また違う足が止まっていた  今度は、汚れた靴でも、小さな靴でもない 「……どうして」  細身で、女性ものの淡いピンクのサンダル 「なんで、まだいるの……?」  聞いたことのある声が頭の上から、降ってくる  ずっと昔から、知ってる声  最近も、電話で何回か聞いた  だけど電話よりもずっと、柔らかくて、心地いい 「——なんでって」 「もう夕方だし、暗くなるよ……?」 「夕方……? でも、サマータイムだし。まだ明るいし、平気」 「そういうことじゃなくて。待ち合わせの時間、とっくに過ぎてるのに」  待ち合わせの時間、か  もうどれだけ過ぎたのか、わからないけど  でも別に、関係ない 「セラに会いに来たんだから。セラに会えるまで、帰るわけないだろ……?」 「——っ、だって私、何時間も待たせたのに」 「……何時間? たった、だろ?」  そう、たった数時間  あまりの短さに、笑みすら浮かぶ 「セラを失って——会える望みもない500年間を思えば、さ。ここでセラを待つ数時間なんて……何てことない。……それに」  見上げたら、記憶通りの顔が目に入る 「それに……来てくれた、だろ?」  ……ああ、懐かしいな  セラ、だ  ピンク色のふわふわした髪を、横で結んで  まっすぐ見つめる、アイスブルーの瞳  でも、違う セラ  俺が見たかったのは、そういう顔じゃない 「なあ、セラ。そんな顔してないでさ」  立ち上がって、一歩踏み出る セラの顔が、目線の下に来る 「なあ……笑って」  眉毛は垂れ下がって、くしゃくしゃになりそうな顔を 両手で伸ばして、はさめる  せっかく、きれいな顔なのにな 「セラ、何ともないか……? 事故とか、怪我とか、ないよな」 「……だいじょうぶ」 「なら、安心。本当、無事でよかった。ちゃんと、生きてて……——会え、て、」  ——あれ  俺が、変だな  声がうわずって 震えて、さ  ちゃんと、はっきり言いたいのに 「会え……て、よかっ、……」  思わず、手を伸ばして、抱きすくめる  セラは嫌かもしれない、けど でも 「——セ……ラ、来て……れて、りがと……」  冷たさは、どこにもない  だって、ちゃんと温かい 血が通ってる  ちゃんと、いるんだ 「……ごめ、……ノエ、ル」  セラの腕が、伸ばされる  俺の背中に回って  ちゃんと、反応がある  セラがいる 確かに、ここに  「ノエル、ごめ……ね…… あり、と……」
自分でもどうなるのかわからなかったんですが、 書いてみたら、書いてよかったなあ……と思えました・゚゚・(×_×)・゚゚・。 こんなので書ききれるものではないのですが、500年の後悔とか色々と書けて良かったです… お読みいただきありがとうございます! (12/6)些細なところですが、微妙に追記してましたすみません。

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