500年という長い年月の中。ルクセリオのどこかで、ある寓話を聞いた。それは、昔々の物語。
『開けてはならない箱。言いつけを破って開けたら、世界にありとあらゆる悪が溢れ出した。
……だけど……箱の中には……』
——カイアスは、俺が剣以外のたわいもない話——例えば村のこと、クリスタルの砂塵、自分たち以外の村のこと——を持ちかけると大抵興味がなさそうな顔で、無視するか、鼻で笑った。
「あのさ……カイアス」
剣の特訓も終わったタイミング。こういう時に俺が話しかけるのはまたただの雑談だと思ってるのか、返事はない。クリスタルの砂に根ざすように、剣を抱えるようにしてじっと腰を下ろしたまま、すぐ前の枯れ枝を見つめるようにしている。横にいる俺のことなんて、見ない。
本当は、こんな奴に聞きたいわけじゃない。自分の不足を、自分で晒してるみたいだ。でも、だからこそ、友人でありライバルでもあるヤーニに聞くのはもっと癪だ。本当はこんな質問しなくても俺が一番わかってるんだ、って言えるものなら言いたい。——……でも、それができないから。
白っぽいくすんだ空。いつもより、風のない日。砂塵が舞わないから、話しやすいけど——だけど、話しかけたくせに、ずっと沈黙。
「何だ。言うなら早く言え」
一応聞いてはやるが言ってみろ、という鋭い目線。
……そう。カイアスは大抵のものに興味はないけど、無下に無視する奴でもない。それに今から言う話題なら……少しは聞いてくれるはず。
「あのさ……ユールってさ。どうしたいんだと思う?」
「……どう、というと」
まっすぐ前を見たまま。だけど、幾分首を傾けて、俺の言葉を待つ。
あんたらしいな。いくら俺の話に興味がなくても、あんたはいつも、ユールの話なら少しは聞こうとする。
「ユールって……何すれば、喜ぶのかな」
すぐには、言葉が返ってこなかった。
「いつも、笑ってるけど。心から、喜んでくれてる? すごい笑顔なんて、見たことあったかな。……別に、作り笑いとまでは思わないけど」
カイアスに言うのは悔しい、って思ってたけど。いざ話し始めると、全然ためらいなく言葉が出てくる。……なんだかんだ言って聞いてくれるんじゃないか、って期待なのかもしれない。
「モノなんかどこにもないけど——それでも何かを贈ると、ありがとうって言う。だけど、いつも消えそうな笑顔。俺だからなのかって思ったけど、他の奴と一緒にいるところでも、同じ。厳しい時代だし、人が減って寂しく思ってるからかもしれないって思った。でも、じゃあ村を出て他の生き残りを探そうって言っても……全然」
その時も、ありがとうっていつもの笑顔でかわされた。……絶対、これだったら喜ぶって思ってたのに。
「あんたがこの生活でいいんだって言うから? ……だけどさ、俺は正直納得できない。巫女と守護者はいつも一緒だし、巫女は自分を守る守護者の言うことを聞く。それは……わかるけど。でもさ、ユール自身は何を望んでる? 本当は、他のことを望んでたりしてるんじゃないのか?
なあ、カイアス。ユールだって、本当は自分の望みを持ってるんだと思うんだ。なあ、どうしたいんだと思う? 何すれば、喜ぶ?」
「……君は、そんなことにかまけている場合か。人をどう喜ばせるか考える暇があるなら、早く私を倒せるくらい、強くなれ。そして守護者になって、君がユールを導けばいいだろう」
カイアスはつまらなさそうに、いつもの低い声で言った。
「……そりゃ、そうだけど」さっきの訓練だって、こてんぱんにやられた。剣の使い方がなってないと、その大剣で俺をクリスタルの砂塵に叩きつけた。……カイアスからすれば、弱い俺が何を言ってるんだって思うかもしれない。「でも、いいだろ。ユールの話なら、大事だろ」
村のみんなが守りたい存在。ユールが笑えば、みんなも笑う。望みがないと天を仰いで嘆いていた人も、少しであっても、やっぱり笑顔になるんだ。そして、そこに救いがあるんだって、涙を流すから。だから……——
「——……喜ぶものは、人によって違う」
ため息まじりながらも、カイアスが、俺の問いかけに答えようとしてくれた。
「……旅が好きな者もいる。歌が好きな者もいる。花が好きな者もいる。君は今までの人生で、ユールを見てきたのだろう。ユールが何に喜んでいたか、思い出せばいい」
カイアスが、応えてくれた。だけど。
「……そう言うけど。さっきも言っただろ。それでもわからないから、あんたに聞いてるのに」
「では、君の目は節穴だということだ」
「……うるさい」
また鼻で笑われた。ああ、こんなことならやっぱり聞かなきゃよかった——そんな気持ちが心の中で膨らむ。だから俺だって、聞きたくなかったんだ。俺がわかってないことを、わかってるあんたに晒すことになるから。
カイアスは、相変わらず表情を変えない。……だけど珍しく、話を続ける。
「人によって、物事の見方も、求め方も違う。君はまっすぐだから、純粋に何かを見つめて、嬉しい時には喜び、自分の信じたものに突き進もうとするのだろうが。ユールは、君ほどには純粋になれない」
「何だよ、それ。ユールが喜ばないって? ユールが純粋じゃないって言いたいのかよ」
「そういうわけではないよ」
やっぱり、癪。カイアスはこれでも教えてるつもりかもしれない。だけど、適当にあしらわれてる気がすごくする。どこか漠然としてて、抽象的で。結局ユールのことはあんたが一番知ってる、ってことを見せつけられてる。
「物事を知れば知る程、純粋にはなれないものだよ」
カイアスが静かに言うから、ふと、気の立った俺の思考が足踏みした。
「……それは」
それは、ユールのこと? 俺より年下でも、時詠みの巫女だから、俺の知らない何か大事なことを知ってるってこと?
それとも、村のみんなのこと? なんで村の外に出ないんだって責めた時、お前は何も知らない、とみんなが言った。みんな今までの経験で色々知ってるから、希望も持てない?
……それとも、あんたのこと? あんたは……
「……物事を知ったって、純粋であり続けることだって……できるはず」
俺は、そう言いたくなった。自分の言ったことが本当にできるかなんて……本当は、自信がない。でも、何も知らないから信じられるなんて、言ってほしくない。俺は……ユールにだって、それに、あんたにだって、純粋な気持ちで喜んでほしいし、まっすぐ前を見てほしいのに——
だけど、急に、言葉が弱々しくなった自分がいた。
「……話しすぎたな」
カイアスが、剣を持ち直して、すっと立ち上がる。
「俺は……結局全然、理解してないままだ」
「気にするな」
「気にするなって……」
仕方なく、俺も立ち上がる。俺は……足に疲れが残っているのか少しふらついて、ざり、と砂の音。
「——私も、長い間"ユール"を見てきたが」
ふいにカイアスは呟いて、遠くをじっと見つめた。枯れた木を見ているのか、もっと遠くの黒い山々を見てるのか、それとも。
「ユールは……十分、喜んでいるよ」
「えっ?」
「君のような喜び方ではないが」
「わ、わかるのか? いつ? どういう時そうだった?」
それさえわかれば、もう少し何かが掴めるかもしれない。
だけど、カイアスはまた鼻で笑った。
「そこまで人に聞く気か? もう帰るぞ」カイアスはあきれ顔で剣を背負って、村の方角に歩き出した。
「頼むって。ここまで来たなら教えろよ」恥ずかしがってた気持ちもどこかに行って、俺はカイアスの横で食い下がった。
カイアスはまたため息をついた。
「……何かをすればいいというわけではない」
「……つまり?」
「旅でもない、歌でもない、花でもない。"あの子"は、そういうもので喜ぶ子ではないよ」
「……そういうものって? じゃあ何すればいいんだ?」
「後は君自身で考えろ」
……妙にわかってる風なのが、やっぱり気に食わない。……あんたは、やっぱりわかってるのか。俺は、やっぱりわからないのか。守護者と守護者じゃない者の違い? 守護者になれば、あんたのいる、何もかも見渡せる場所に立てるのか。……でも、そうしたら、カイアスの言うように"知りすぎてしまう"なんてことが、あるのか……?
カイアスの後ろに付いて透明な砂を踏みつぶしながら、歩く。
「なあ、カイアス」
「まだあるのか」
「なあ、あんたは……どうしたいんだ?」
カイアスは、振り向かない。白くくすんだ空の色が、少しずつカイアスのまとう黒に近づいていく。
「あんたこそ、笑った顔なんて見たことない。いつも仏頂面で、ユールのことだけ守ってる。俺に対しては、早く私を倒せ、そればっかだ。生き残りを探したいって言っても、無意味だって言う。
じゃあ、あんたはどうしたいんだよ。カイアス、——あんたの望みは……何なんだ?」
答えの代わりに……踏みしめられる砂の音だけが耳に響いた。
……あんたは、死にたがってた。ユールを失い続けることに、耐えられなくて。
でも……ユールのためにすべてを賭した。時を変えてはならないと長い間守ってきた掟を破って、時を少しずつ変えた。……そして、望みを実現した。
……あんたは、自分では否定するかもしれない。だけど、どれだけ自分を殺しても、ユールへの気持ちだけは大切にした。あんたは……それでも、純粋だったんだよな
ユールの望みは、生まれ変わって、カイアスに会うことだった。
……だけど、その願いが、カイアスを苦しめていた。
そして今、ユールが望むのは。
『わたしたちの願いが……カイアスを苦しめる』……だから、彼を救って……か
「……は」
……願いは全部、叶わなかった。夢見たものは全部、目の前から消え去った。
そして溢れたのは——深い悲しみと、黒く塗りつぶされた絶望。
だから——自分の気持ちなんて、全部、闇の奥底に葬った。
『開けてはならない箱。言いつけを破って開けたら、世界にありとあらゆる悪が溢れ出した。
……だけど……箱の中に残っていたのは……ただ一つ……』
……俺の。
本当に、全てを知っても、純粋であり続けることができるとしたら。
ただひとつだけ、まだ許されているとしたら。
全て失った俺の、最後の望みは……——?
「モグは……モグは、ライトニング様に抱き締めてもらえたら……もう、それで十分クポ!」
「……聞いてない」
「はは、僕も同じ気持ちですね」
「………純粋、だな……。早く俺も、その境地にたどり着きたい……」
ノエルとカイアスで書いてみました。FF13-2ベースながらLRFF13発売前妄想込みで。
ノエルにとってカイアスは、師としつつもちゃんと反抗できる相手なんだよなあ、と思ったりします。カイアスもなんだかんだ言いながら面倒見いいのかな、と思ったりしました。
最後の方は、LRFF13でノエルとカイアス&ユールが会うのかどうかわかりませんが(まあ会うでしょうけど…さすがに…)、少なくともライトさんに言ったユールの言葉をノエルが知ったら、という仮定です。
あとはあれですね、ちょっとでもモグとホープが書きたくなったんですー。
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