時を旅するようになってから知ったはずの、きっと世界をそれで満たすんだと思っていたはずの穏やかな笑顔は、世界のどこにもなかった。
そこにあったのは、始めは、恐怖。泣き叫んだり、膝を折ってうずくまったり。
そのうち、無気力の表情。全てを諦め、投げ出した。
"生きること、諦めるな" 昔言ったはずの言葉が、虚しく宙に浮かぶ。
生も死も失った世界。それは人々が、生きることも——そして、死ぬことも諦めた世界。
でも。
その恐怖も、悲しみも、無気力も、絶望も——どこか、痛いくらい懐かしくなる。瞬間、目を背けたい衝動に駆られる程に。
ああ。表情、同じなんだ。
俺が何の力もなくて助けられなかった、あの死にゆく世界の人達と。
からん。
短剣が、頼りない音を立ててでこぼこした石畳に落ちる。
「や……やめてくれ! ……悪かった。この通りだ……!」
薄暗い、建物と建物の間の物陰。傾けた剣の先には、腰と手を地面に付けて、怯えた目で俺を見上げる男。でかい図体も、随分小さく見える。威勢の良かった声は、か細く震えてる。
「反省……してるのか?」
「してる! いや……反省しています! だから……」
……どうして。
どうして人は、こうして極限まで追いつめられないと、省みることができない?
最初からやらなければよかったなんて、言って意味のある言葉なのかわからないけれど。
もし何か一つが違えば、俺もこの男と同じようになってたのか。この男だけじゃない、他にも同じような奴らは何人もいた。全てを諦め、あまつさえ、社会を乱し……
でも、俺は……どうなんだ。人のことが言えるのか。俺がやったことは、何だ?
神殺しの大罪を負い、世界を破滅的な混乱におとしめた。大体、この男だって——
……嫌だ。もう、十分。こんな人々の姿を見るのは。
「……心配ない」
男が皺の多い顔を少しだけ緩める。……だけど、俺は。
「罪人が罪人を裁くなんて、おかしいけどな——地獄があるなら、俺も行くから。そこで裁かれるのは、あんたじゃなくて、俺だから。……一安心、だろ?」
冷たい地面に伏して言葉を発さなくなった男を見下ろしていると、後ろから、場に似合わないくらいいたずらっぽく、はつらつとした声。
「——闇の狩人、ね。ほんとはいつも、その辺にしてあげたら……って思うんだけどね」
振り向くことなく、応える。
「……なんで」
「こんな時代なんだもん。一生懸命生きるのなんて、馬鹿馬鹿しいでしょ。少しは何かしてやろうって思うのも、心情として当然じゃない?」
生きるのが、馬鹿馬鹿しい。その言葉に、胸の奥底がきり、と痛む。
きっと、俺は……人のいい側面しか、見えていなかった。セラも、ホープも、ライトニングも、スノウも……未来のために身を賭していた。ネオ・ボーダムでも、ノラの奴らは……仲間思いで助け合って、暮らしていて——アリサだって、自分なりに生きようと頑張って……こういう奴らがいるんだって、……心を動かされた。
俺の育った時代の人達は、絶望の末、ちゃんと生きようとなんて誰もしていなかった。もうどうしようもない、と誰もが口にした。……だけどそれは、きっとあまりに時代が厳しすぎたから。俺が未来を救えば、きっと人の心も変わるんだって、どこかで思ってた。……思おうとしてた。
……だけど……
生きていればいいわけじゃないって一番最初に身をもって知ったのは、デミ・ファルシに支配されたアカデミア。
『人工だとか機械だとかさ、何なんだ? そもそも何のための機械化なんだ……? 知能も機械、街も機械、ファルシも機械、人間も機械。そこまでして、何になるんだ。コクーンの墜落を防いで、人間が生きて、幸せになるためじゃなかったのか……? 人間を殺して、どうするんだよ……。今回のことだけじゃない。アトラスだってそうだろ? なんで人間て、自分の作ったもので自滅しようとするんだ。……別にさ、何かを責めたいわけじゃないんだ。だけど、意味がわからない。俺の感覚だと、わからない』
アガスティアタワーで、思わず零した。あの時のやるせなさも……昨日のように、思い出せる。
『俺が目指したかったのは、みんなが生きてる未来。だけど……みんなが生きてるからって必ずしも幸せなわけじゃないんだって、理解してたはずだけど……今回、再認識した。一歩間違えれば、生きてるのにこんなに悲しい世界もあるんだって。生きてればいいわけじゃない。わかってたけど……だけど、やり切れない。ファルシに支配された世界なんて、一例でしかなくて。きっと……世界が救われたからってそれで終わりじゃないんだよな……?』
あの時は、セラが……慰めてくれたから——……それに、あれは、機械の反乱の話だったから。人の性質に起因する問題じゃないはずだったから。……でも。
『このアカデミアってところは、正直、あんたのいた村とは全然違うと思うわよ。人の考え方だって全然違う。誰かの話聞かなかった?アカデミーはコクーンを救うために頑張ってるけど、実際には一部の人だけよ』
デミ・ファルシを倒した後、アリサも……そんなこと言ってたっけ。AF400年のアカデミアは——頑張ってるのは一部の人だけで……他はみんな平和ボケしてるんだって。俺が知ってるような人達ばかりじゃないんだって。
それも、わかってたけど。コクーンのために頑張っている人達に溢れたアカデミーを一歩出れば、平和な暮らしを謳歌する人達の陰に、つまらなさそうにぶらぶらする奴らも……何人も見たけど。
俺は……それでも、いいと思ってた。生きてることが、大事だから。いつも死の恐怖と隣り合わせにして怯えているより、数段マシだって……——もしかしたら、そう言い聞かせようとしていたのかもしれない——
今の世界にいるのは、AF500年にいた人達。あの100年で……どれくらい考え方が変わってた? 少しは、コクーンや世界のために一生懸命生きようとする人が、増えてた……?
……でも。
今となっては、どっちでも同じだ。
「……ルミナ。そんな理解も同情も、不要。悪いものは、悪い」
「かわいそうじゃない」
「……かわいそう?」いつもなら、そんなこと言わないのに。「……どうして」
「だって、彼らも犠牲者なのに」
犠牲者。
「……それは、知ってる。俺の行動の、な」
俺の行動の……犠牲者。
心の中でも、声に出しても。その言葉を言うたびに、身体の奥深くに巣食うようになった黒く濁ったモノが、うごめく感覚。
あの死にゆく世界も、このノウス=パルトゥスも、同じ。
目の前にある絶望の表情は、俺の無力さの結果。過去のユールにもカイアスにも警告されてたのに……なのに俺は、世界を救うと妄信して、その結果——
俺が、壊してしまった。この世界も、セラも、そして……人々の心も。
「——だからこそ」
振り切るように、力を込めて言葉を出す。
「……放っておけない。少しでも俺が始末、つけないと」
こうやって、何度も剣を振るってきた。最初は、魔物と戦って——ユールや村のみんなと一緒に生き残るための剣だったはずなのに。もう、人に刃を向けることに何のためらいもない。
剣だけでも、不利だから。今まで俺がばあさんからの伝聞だけで知ってたことを、全部目で見るようにした。たくさんの文字にも慣れて、たくさんの情報を収集できるようにした。そして、この新しい社会にどんな組織があって、どんな動き方をしているのか……ちゃんと、頭に入れるようにした。ちゃんとした教育を受けてなかった分だけ人よりも時間がかかったし、本当なら"先生"がいれば……と沈むこともあったけれど。……幸か不幸か、時間だけは有り余る程あった。
始末をつける。……そう言ったって、たかが知れてる。ルクセリオを乱す奴ら、それをつかまえる俺。だけど一人を潰したって、その内にまた二人、三人。
『生きることは無意味だ』そう俺をあざ笑ったあいつと、同じ言葉を吐く奴が……そう、何人も。
……そんなこと、誰にも言ってほしくないのに。
「生きたかったのに……生きられなかった人だって……いるんだぞ」
昔も言ったはずの言葉を思わず、呟く。
クリスタルの砂塵を吸い込んで、しゃべれなくなって、何も言えずに苦しみながら死んでいった人達がいた。
短命であることを受け入れていたはずなのに、さよならって怖いね、と最期に悲しそうな顔で呟いた人がいた。
パラドクスである自分が消えないように——一度死んだ気で頑張ったの、って言いながら……消えていった人がいた。
このまま進めば命が削られるってわかってたのに……未来を信じて……———
「…………、……っ」
吐きそうになるのを、すんでのところで、ぐっと止める。
空を仰ぐ。明けることのない、黒に近い灰色の空。
ふいに、背中に体温の感覚。背中から、きゅっと腕が回される。
「ほんと……真面目。かわいそうなのは、ノエルも同じだよ。そうやって彼らのこと見続けてたら、ノエルだってもっともっと辛くなるのに」
「……仕方ない」
「仕方なくない」
「俺の責任なんだから、仕方ないだろ。それに、これ以上辛くなることなんて、ないだろ? ……俺は、大丈夫」
「……せっかく、人が心配してあげてるのにな」
……心配、か。そういう会話も……したっけな——
『止まりたいなら止まりたいって、言って』
辛さも苦しさも、見せたくないから。未来を変えたら自分が消えるかもって、自分の中だけで抱えて……苦しんで。でも、そんな悩みをうまく隠せてると思ってたのは自分だけで、みんなに、バレてて……
『……あるかもしれないじゃない。少しだけ立ち止まりたくなる時も。前に進みたくなくなる時だって』
だけど、あの時も俺は……色んなことに苛ついて、素直に受け入れられなかった。
『なんで? そんな風に、見えてる? 正直……心外』
『……そういう意味じゃないよ』
『じゃあ、何? ……セラの言うこと、わからない』
もう随分と昔の記憶。こういう時に限って、自分の馬鹿な発言ばかりが記憶の中で膨れ上がる。
『ごめん。俺、大丈夫だから』
『……でも』
その先は、もういい。やめてくれ。
……その後は、ちゃんと弱さだって見せられるようになったのに。
……だから、嫌なんだ。
「心配なんて……してくれなくたって、いい……放っといてくれ」
ひんやりした空。ひんやりした手——
こんな風に思い出すから、辛くなる。
ああしなきゃよかった、こうしなきゃよかった。
心配? そんなものされたら、自分の犯した罪と、黒く濁った中身に目を向けなきゃいけない。
それが辛いから、ホープとスノウの元を離れた。
そのはずなのに……結局は、ルミナといる。
ルミナと一緒にいれば、予言の書のことも、解放者のこともわかる。……でも、それだけじゃない。
「ざーんねん。放っとかないよ」
誰もいない孤独に慣れてたはずなのに、誰かと一緒にいる心地よさを知った。あの旅で、そして……今も。
本当は一緒にいるのも辛いのに、もう一人にはなりきれない。
「辛いのは……わかる。悲しいのも。だけど、追いつめないで。ノエルは悪くないの。彼らだけじゃない、ノエルだって犠牲者なんだから。運命ってやつの冷徹さと、女神エトロの戯れと、解放者ライトニングの欺瞞の……ね」
いつものいたずらっぽい声音が身を潜めて、どこか静けさと、重々しさが混じる。
「解放者が現れて、するべきことをすれば——きっと、ノエルの苦しみは終わるから」
……セラ。
まだまだ時間はかかるけど。俺は……俺は、するべきことをする。
この世界の人だけじゃない、ライトニングにまで刃を向けること、悲しむかな。……悲しむよな。
俺は、セラを……死なせて——その上、セラがずっと会いたがってた大切な姉さんを、殺す……——
……ごめん、セラ。もし許されるなら、って思ったこともあったけど。もう絶対に……俺のこと、許してなんてくれないよな。
だけど、きっとそれが……俺の生き残った意味。セラと、この世界のみんなへの、責任。命をかけてセラが救おうとしてくれた世界を壊す解放者を、何があっても止める。それしか、俺にはできることがないから。
それまでは、この混沌に塗り替えられた世界に生きる人々が……嘘でもいい、少しでもいい、平穏に暮らすことができたら。それを、些細な努力と笑ってもいいから。
全部終わって——そしたら、死んだらセラに会えるなんて……俺は思わない。本当に天国と地獄なんてものがあるなら、きっとセラと俺のいる場所は違うから。……セラだって、俺の顔なんか見たくないだろうから……安心、だろ?
——だから……すべて、押し殺せ。
「……ああ」
雨の、匂い。見上げれば、建物の隙間からのぞく灰色の空から、小さな涙が無数に降り出す。少しだけ、ひんやりする。
背中の体温を感じて、その場で立ち尽くす。
「……あのさ、ルミナ」
「ん?」
ふいに、思いついて。……手に持っていた剣を一度地面に落として、腰に回っていた手を静かにほどいて、後ろに向き直る。
……ぎゅっと目を閉じて、ぱっと開ける。目に飛び込んでくる、薄いピンク色。——セラによく似た……でもセラとは違う、人。
穏やかな笑みとはちょっと違う。だけど、首をかしげて、じっと俺を見上げる。
少しだけためらって、腕を伸ばして、その小さい身体を引き寄せる。
「——その……ずっと、そばにいてくれて……ありがとう」
ルミナは、少しだけ身をよじった。
「……何? 急に」
「そうだけど。俺……多分、あのままじゃ、一人で……いられなかった。……きっと、解放者が現れるまで、ずっと」
ホープとスノウは、罪を犯した俺にも優しく接してくれた。そんな二人と一緒にいるのが、辛かった。
その手を離したから……もう、誰とも一緒にいることはないんじゃないか、とも思った。でも……違った。
俺とルミナが一緒にいるのは、ただ、目的のためかもしれない。それに俺にとっても、自分が救えなかった大切な人を思い出すことは、辛いことも……心がえぐられることもある。
だけど……それでも、いたずらとも無邪気ともつかない顔して、俺の隣にいてくれる。俺が予想しないことを言って、気分を変えてくれることもある。ただそれだけで、救われることも、たくさん……
「……ノエル?」
「急に、ごめん。ただ、俺が言いたかっただけだから」
言い終えて、ふう、と息をつく。
「……ルミナ。雨、寒いだろ。もう終わらせるから、早く戻ろう」
髪と腕に触れた霧雨の細かな粒を、袖で拭いてやる。そう、やりかけのことも残ってる。早いところ、終わらせないと。
だけど、ルミナは返事も、動きもしなかった。
「ルミナ?」呼びかけて、ぽんぽん、と軽く背中を叩く。
「う〜ん……」
ようやく出したのが、そのうなり声。
「……何?」
「"心配なんか、してくれなくたっていい。放っといてくれ"」
「……え」
「さっきノエルだって、言ってたし。寒いだろなんて、心配無用」
俺を見上げて、挑戦的な眼差し。しかも、声を低くして、俺の口真似までする。
……そりゃ、言った、言ったけど。……拗ねてる?
「……さっきのは、言葉のあや。ごめん」
「謝る?」
「謝る。ごめん。……俺も心配、する」
「じゃ、私もまたノエルのこと、心配しちゃおっと」
くすくすと、笑う。
「……ルミナ。わかるけど、今は、そうじゃなくて」
「わかってるけど」
俺の胸に頭を押し付けて、今度は背中に腕を回す。
「雨の心配なんて、してくれなくてもいいから。ね、……たまにはこうして、単純に抱き締めててよ」
こうしてって。……そんなこと、言うけど。
「だけど……寒いだろ」
「くっついてれば、温かいでしょ」
「……風邪、引くぞ」
「二人で引いちゃえばいいんじゃないの?」
「俺は、引かないけど。……ルミナが、心配」
「じゃあ、そしたらノエルが看病してくれるんだ。楽しみぃ!」
「……ルミナ」
つい、ため息が漏れる。
「いいでしょ? ……こうしたかったの。……あと少しだけだから」
「……少しだけだぞ」
観念して、もう一度抱き締め直す。できるだけその髪に、背中に、腕に……霧雨が当たらないように、上から包み込むように。
「ね、ノエル」
「今度は……何」
「さっきの、もう一度言ってよ」
「……さっきの?」
「さっきの! 抱き締めて、一番最初に言ってくれたやつ」
抱き締めてって……ああ、あれか……って。
「改めて言えと言われると……照れるんだけどな」
「ふふ、いっぱい照れちゃえばいいじゃない」
楽しそうに、言うけれど。
「それは……勘弁」
だけど、この手のやり取りで勝てた試しなんてない。二度目の、観念。
息を大きく吸う。抱き締める腕に、力を込めて。
「ルミナ。……ずっと、そばにいてくれて……ありがとう。これからも……よろしく」
俺は、いつでも死ぬ覚悟はできてる。
……だけど。
俺が解放者を倒して、全部終わらせたら……
その時、ルミナは……どうなる?
社会の治安維持活動中のノエル+ルミナ妄想です。ノエルは責任を感じて治安維持しながらも、自分も傷ついてそうです。
ルミナさんのことは…最初は、色々思い出すからできるだけ目も合わせない感じだったんですが、その限りでもないかもな〜、と。
「鎖」では、どこか退廃的で…愛はないけどルミナにセラを見て縋るような雰囲気だったんですけど、それもあるかもしれませんが、一方で…情の移った、少しかわいい雰囲気もあるのかもしれないなと。(※しかしルミナのキャラ設定はいつもながら怪しくてすみません)どんな関係であれ、傷ついたノエルが一人で過ごすことがなかったのは、よかったなと思うのです。
公式ではない、当サイトの捏造会話(アリサやセラなど)も使ってますm(__)m
さて、発売まであと3週間!
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